ネジマキヱンジェヰル

    作者:那珂川未来

     とある街の結婚式場ではブライダルフェアーが行われていた。幸せそうなカップルが、有名人プロデュースのドレスをうきうきしながら試着し、引き出物は何がいいかとあれこれ迷うなか、酷く場違いな男が歩いている。
     病的に細く、色白の男だった。そのせいか、大きな黒い瞳が際立って見える。耳と、鼻と、瞼と、口と。そして臍と、無数に開けられたピアス郡もさることながら、少し伸びたランニングから見えるタトゥーは首から下のほとんどの皮膚を埋め尽くしていて。ぼさぼさの羽のように広がる擦り切れた聖職服の上衣の袖だけを両腕に引っかけたままだらしなく靡かせ、ポケットに手をつっこんだまま揚々と歩く青年。
    『いいねぇ、ラブラブで。俺も早く愛し合いたいねぇ……』
     待ち人ここなら来てくれるかねぇと、妙な冷たさを感じずにはいられない歪んだ笑顔を張り付けている。
     そいつはダークネスだった。名を、ジェイル・マッケイガンと言った。
     しかしジェイルの異様な雰囲気も、バベルの鎖のせいか、特に目立っている様子もない。
    『愛よ、永遠なれ……ってな』
     楽しげに鼻歌を歌いながら、すれ違うひと組のカップルの首を切り落とした。
     頸動脈が、行き場の無くなった血を噴水のようにぶちまれる。
     返り血を舐めながら、次は誰にしようかと物色の視線を飛ばす。
     何事が起ったのか。周囲がそれを理解するまでの時間の沈黙。そして悲鳴。悲鳴。悲鳴。人々は逃げ惑う。
    『誓いの場で、どれだけ清く正しく灼滅者らしい愛を見せつけてくれるかねぇ……。一般人は見殺しにできないはずだろしなァ。早く来いよ、灼滅者。俺が永遠の愛を刻んでやるぜ』
     血、肉、はらわた、大理石の床はジェイルが歩くたびに残酷に染まってゆく。
     
     

    「ごめん。今から非常に厳しい依頼を皆に頼むよ」
     いつもはもう少しノリ良く、人懐っこく、チャラい仙景・沙汰(高校生エクスブレイン・dn0101)が、初っ端から無表情、真剣モードで。
     雰囲気から、どんな依頼内容なのか、なんとなくだが推測できた。
     その空気をよ読んだのか、沙汰はゆっくりと口を開く。
    「相手は六六六人衆の、序列四五六番。名前はジェイル・マッケイガン。序列を見てわかると思うけど……ゴメン、本当にこんなの悔しくて言いたくもないけど……残念だけれど、今の武蔵坂の灼滅者じゃ、ジェイルに勝つのはまず無理」
     たぶん灼滅するには、一人二人の闇堕ちじゃ無理だと、沙汰は目を伏せ唇を噛み。
    「ジェイルはこれから、結婚式場で暴れ出す。今から向かえば、ジェイルがキミ達を呼び寄せるために更なる殺戮を行う丁度前」
     残念ながら、二名の死者が出てしまうのは避けられない。
     本当に、人の命や人生をゲームになんて軽く扱われることは腹立たしい。それに乗らなければならない事もだ。
     それでも灼滅者である以上、目の前で行われる殺戮だけは止めなければならない。行かなければ、死者は二人では済まないからだ。
    「奴は君たちが来るの待っていて、わざと大きな事件を起こしているんだ。狙いは、そう、最近何度も報告に出ている、君たち灼滅者の闇落ちだ」
     灼滅者たちが来たら、ジェイルは灼滅者をターゲットにするため、結婚式場にいるほとんど一般人は、避難経路も豊富なこの施設で上手く逃げのびることはできるだろう。
    「けれど到達時にジェイルがいる場所のすぐ横にある広いアトリウム内で新作衣装を見物している人間は、そうはいかない」
     アトリウムは天窓を用いているため脱出不可能。人殺しが目の前にいるというのに、出口目指し飛び出す人はいない。実質ジェイルというバリケードで閉じ込められているも同然。
    「だから、戦うしかない」
     沙汰の話によると、ジェイルは鏖殺領域、シャウトのほかに、ブレイジングバースト、セブンスハイロウ、百億の星に酷似したサイキックを使う。
    「ジェイルは、非常にいい加減そうで狡猾そうにも見えるけれど、戦いに関しては割と堂々としている。小細工はなし。純粋に戦ってくる」
     もちろん戦略というものは用いてくる。弱っている奴を狙う、回復経路を断つ等判断するだろう。場合によってはポジションだって変えるだろう。ただ、卑怯なことはしない。わざと一般人を狙ったり、重傷者を殺すことをちらつかせることはしない。
     かわりに、奴は体力続くまで堂々と潰しにかかる。その過程で、大ダメージを負い殺されてしまうこともあるかもしれない。
     これを、何人も、何人も、闇落ちが出るまで続けるだろう。こちらが全滅するまで。
     それだけの能力がある。
    「ここで、もしも誰も闇堕ちしせず叩き伏せるだけで終わったら――奴はその興奮のまま一般人の殺戮の続きをするだろう。無論キミたちが撤退した場合もね。けれどもしも闇堕ちが出たら、奴が撤退する」
     最後の一人まで戦ってジェイルを撤退に持ち込むか。
     それとも、万が一の大打撃を誰かが負う危険性を回避する為闇堕ちするか。
     どちらもできなかった場合は、アトリウム内の一般人だけでなく、敷地に残っている逃げ遅れた人間を殺すだろう。
     これ以上の殺戮止めるため、非常厳しい戦いに送り出さなければならないことに沙汰は心苦しそうにしながら、
    「きっと君たちは、視えた未来に浮かぶ悲劇に抗いたいと思っているだろうから」
     だからお願いするよと、沙汰は深々と頭を下げた。


    参加者
    私市・奏(機械仕掛けの旋律・d00405)
    沢渡・乃愛(求愛のギルティ・d00495)
    芹澤・朱祢(白狐・d01004)
    玖・空哉(悪の敵・d01114)
    夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)
    加賀谷・彩雪(小さき六花・d04786)
    祁答院・哀歌(仇道にして求答の・d10632)
    羽澄・昴(笑顔の裏に隠された狂気・d14709)

    ■リプレイ

     大理石の床は鮮血の絨毯を広げ、灼滅者を迎えていた。
     その絨毯の上、ジェイル・マッケイガンは恋人がようやく来たかのような、妙に嬉しそうな顔でゆっくりとこちらを振り返る。
     宿敵六六六人衆を前に、羽澄・昴(笑顔の裏に隠された狂気・d14709)はいつもの無邪気な仮面は脱ぎ捨て。とはいえ、宿敵という実感がわかないのは、自身が殺人鬼である実感が乏しいせいなのだろうか。
     自分を臆することなく見つめる視線に、ジェイルは気安く手振った。
    『ようお前ら。名も知らない一般人助けに来たんだよなぁ? 灼滅者らしい正義感でよォ』
    「正義感なんてもんはねぇよ。ただ、そうやって人の命翳して笑ってる顔を、ぶん殴りにきた」
     芹澤・朱祢(白狐・d01004)は無造作に妖の槍をくるりと回し、矛先を突きつけて。
    「愛とか、俺わかんねーんだけど。 それ教えてくれんの? ダークネスのお前が」
     へらりと笑い飄々とした態度だが、目の輝きに油断ない。
    『ほう、愛に飢えてんのか、少年。なら今晩ベッドに招待してやるぜ?』
     気色悪い冗談を吐きながらジェイルは、灼滅者達を物色する様に視線を巡らせ、
    『さて、愛しい灼滅者諸君。お前らが一生懸命俺を愛してくれちゃっている間だけは、一般人やらぶっ倒れたヤツまで手ぇ出したりしねぇよ。だが立っている奴のことは知らん。ヤベェと思ったらとっとと敗北悟って闇堕ちしな』
    「……胡散くせーなオッサン」
     訝しげに睨みつけ、その保証はどこに在ると暗に含める夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)。ダークネスなだけに、その信頼性は疑わしげである。
    『ああ胡散臭ぇよなァ。オッサンは断じて認めんが、そこは認めてやるぜ? だが、とりあえず二言はねぇと言っておく』
     軽く頭痛を起こしそうな気安さと堂々たる姿勢に、玖・空哉(悪の敵・d01114)は不謹慎だとは思いつつも親近感を抱いているのも嘘ではなくて。そしてひしひしと感じる相手の力量に脅威を覚えずにはいられない。
     勝ち目の有無を問わず、看過できない戦いの中に身を置いた祁答院・哀歌(仇道にして求答の・d10632)は、哀を湛え、決意を宿した双眼で、亡骸を悼み、ジェイルへと刃をかざす。
    (「ここで私を辞めることになろうとも、人を救うと決めた道行きに偽りはない」)
     人である、或は在ったという証明の為。
     正直怖いと思う気持ちを押さえられない加賀谷・彩雪(小さき六花・d04786)。先日仲間の闇堕ちに対する衝撃も相まって震えそうになる体。だが常に共にある霊犬さっちゃんの温もりに触れ、信頼と絆でそれを制する。そして出来る限り最低限の被害で抑えようと、固い決意の私市・奏(機械仕掛けの旋律・d00405)。
    「Zauberlied,anfang」
     解除コードに自分の帰還という選択肢は捨てる覚悟を込め、臨む。
    「……お相手、頂けます、か」
     翳す手には六花のように清き輝きを放つ彩雪の円環。
     応える様に、ジェイルは笑みを深くする。
     瞬間、空気が軋んだ。華やかなホールにどす黒い気が膨れ上がる。朱祢を除く全員が前衛という大胆な布陣での開幕だ。
     列攻撃豊富な相手であることを逆手に取った、威力減衰を狙ってのこと。
     僅かしか飛ばない朱色の珠。思いきった前傾姿勢と自身の攻撃を予測した身の回りの調整に正直感嘆した。だがそれを突き崩す楽しみに、ジェイルの目は爛々としている。
    「せっかく結ばれた二人の愛をこんな形で終わらせるなんて許せない」
     仇を誓いながら、沢渡・乃愛(求愛のギルティ・d00495)はナノナノのイーラに攻撃を肩代わりしてもらいつつ闇の契約を唱えて。
     単発で放ったようじゃ不発で終わる予感しかない相手。治胡はその俊足を生かして怖れなく懐へと突っ込んで、後続の攻撃を当てやすくするための配慮も忘れない。
     独立独行型の戦法を得意とする哀歌とて、連携なくしてジェイルを追いこむことは不可能と踏んでいる。相手が強敵であるからこそ一手の無駄が、次の危険に繋がるから。
     精神を研ぎ澄まし、意識した相手の思考も視野に入れながら、挟み込むように横へと滑る哀歌。だが、その拳もするりとかわされてしまう。
     刹那――初めてジェイルから血が飛んだ。
     哀歌の影と槍のリーチを利用して、朱祢が押し込んだ黒死斬。綺麗に決まった大腿部への一撃。
    『おおう。随分イイ連携してくるじゃねぇの』
     さっちゃんの斬魔刀の追撃から逃れたジェイルの着地点を先読みして、彩雪はリングスラッシャー。間髪いれずジェイルへと突っ込んでゆく空哉とライドキャリバーの剛転号。リングを弾き、空哉の拳は軽々と受け流し、ようやく当たった剛転号の一撃すら楽しげに。
     ジェイルの瞳は目まぐるしく動き、たった一分の中でも、的確に相手を潰す目を読み取ろうとしていた。確実に体力の低いもの見定め銃口を向けて。
    『まずは一匹』
     銃声と共に弾ける火炎に血溜まりの中へと落ちるイーラ。乃愛は思わずその名を叫ぶ。
    「仲間は私が殺させない!」
     誰かを守ること、癒しを与えることが自分の使命。自身の片割れをなくそうとも、乃愛は傷つく仲間の回復を徹底しようと。
     回復手の一人をものの二分で打ち落とされた状況はあまり芳しいとは言えない。前傾布陣は一人傷つくたびに、被ダメージが上昇してゆくのだから。
     実際に、再び放たれた鏖殺領域の威力が、僅かだが上昇している。
    「……ったく、電話の一本もありゃ戦ってやるのに、遠回しすぎんぜ?」
     関係ない人間巻き込むんじゃねーよと、空哉はこれ以上のジャマー効果は危険と判断して鉄鋼拳で狙いつけるが、難なくかわされてしまう。
     足を少々鈍らせた程度では、時に気迫属性すら難儀するあたり、序列通りの実力だ。
    「祁答院、受け取れっ!」
     どうにかジェイルの炎弾を交わした哀歌へと、空哉が癒しと共に命中精度を補う力を。剛転号の突撃を避けるよう宙へ舞うジェイル。哀歌は空を蹴る様にして軽やかに側面へ。鋼鉄の如き一撃をお見舞いして、ジャマー効果をなんとか半壊させて。
    「絶対守るの!」
     しかしその乃愛の気合いは空回りする。誰もが傷ついている中、全員を救うにはどうしたらいいかという、隙。
     その一瞬の迷いにジェイルは付け込んだ。思いっきり乃愛の肩を引っ掴み、至近距離で響かせる銃声。炎はあっという間に乃愛を飲み込んで。
     どの程度の深さのものを癒し、どのような時に攻撃に転じるか。そこには自分の意思を伝えるための行動指針がしっかりとしていなければ、それは時に致命的な隙ができる。
     乃愛は悔し涙と共に意識を手放して。
    『いやぁ、いいねぇ。可愛いお譲ちゃんを愛しちゃった感触がたまんねぇよ』
     引き千切った肉片を投げ捨て、べっとりと赤く濡れた手に悦に入る姿を見て、治胡は嫌悪を露わに。哀歌、昴、朱祢と続いた波状攻撃の波に乗り、疾風の勢いで踏み込み、猛禽の如き鋭さで穿つ螺穿槍。唯一届いた己が攻撃に吹き飛ぶ血の向こう、下衆な笑みが消えないことが腹立たしくてたまらない。
     再び湧く黒い殺気。次なる火炎の弾丸に、さっちゃんが倒れる。連携、当てる工夫、様々な方法を用いるものもいるが、高レベル相手に攻撃を当てるには、命中補正、そして能力の低い属性を突かなければかすりもしないと改めて感じさせられる。
    「あの足、徹底的に切り刻まなくちゃ駄目か」
     朱祢は即座に相手の足止めをメインにする戦法へと切り替えることに。
     クラッシャー陣の命中率補正を早く完成させねぇとと唸る空哉。同意見と、奏も唇をかむ。攻撃の系統が、ジェイルと似通ったもの、つまり相手の強化属性しか活性化していなかった奏は当たらない事実に苛立ちも募る。
    『金髪少年。次はお前だ』
     ちょっと色々都合悪いんだよなァと笑いながら、空哉へと風のように間合いを詰めてくる。
    「させないよ」
     咄嗟に昴が前へと飛び出して。防護符で体勢を整えながら、冷やかに告げる。
    「……こういうのを待ってたんだよ」
     火炎に対する障壁を纏いながら、攻撃に転じる昴。しかし防護符からの黒死斬は完全に見切られ、逆に受けるのはどす黒い殺気の刃。
    「教えてよ。僕に、愛ってやつをさ」
    『いいぜ。俺は相手野郎だろうと関係ねぇクチだしよ』
     野卑な顔でからかうジェイルへ、冷徹な視線と共に繰り出すティアーズリッパー。治胡の援護も手伝い、タトゥーに真赤な切れ込みを入れるものの。次なる攻撃に沈む剛転号。更に前衛に隙間があいて。
     今まで必死に自分を庇ってくれた相棒をクラッシュされて、空哉は唇をかむ。
    「さゆたちは、負け、ません……!」
     ジェイルへと放つリングスラッシャー。追尾する力を以てしても、二度目は叩き落とされ届かない。
    (「僕ひとりなら、約9%の損害だけで済む……」)
     勝機は限りなく低いに等しいのは最初からわかっている。故に、今ここで自分が堕ちれば、これ以上傷つくことなく帰還できると。
     しかし倒れた仲間へと追撃の手を決して向けない堂々としたジェイルの態度。そして全員がまだ戦いに望みを掛けている間は、危機的状況とはいえない。闇への引き金を引くには足りず。
     ならばどうにかしてでも攻撃を当てねば勝機はない。哀歌への攻撃も受け持ちつつ、近距離からのデッドブラスター。
    「そこです!」
     相手を蝕む闇の陰影がジェイルを突き抜ける。
    『楽しいことしてくれるじゃねーの』
     駆け巡った毒にすら興奮し、犠牲の精神を嘲笑いながら、銃口を思いっきり鳩尾に押し込み、そのまま発砲。
    「ぐぅっ!」
     天窓まで壊すほどの勢いで叩き上げられ、意識を失う奏。
    『さぁて待たせたな、金髪少年』
     ごく自然な動作でそれを阻もうとする灼滅者の攻撃をかわしながら空哉へと。
    「くっ、そう簡単にやらせねぇ!」
     翻るも、相手の方が上回る。
    『初のラブコールが銃声で悪かったなァ!』
     脇腹を大きくえぐるほどの一撃に、詰まったような声を上げながら転がり、床を滑ってゆく。
     ますます高まる危険な状況に、昴は単純な焦りに繋がらないよう自身の心を制しつつ、治胡の誘導を利用し、朱祢の高い性能の一撃を援護に。
    「なるほど、これが君の愛か……あの女と同じだ」
     鏖殺領域の衝撃にもひるまず、昴は剣技を変えて攻め立てる。
    『ほー、虐待組かお前も。なら十分ネジ曲がった愛注がれて育ってんじゃねーの』
     受け流し、援護を反らし、そして向ける。
    『言っとくがな、愛の反対は憎しみじゃねぇ。無関心だ。憎しみにゃ根底に決してかき消せない関心と愛があるんだよ。俺の愛も同じ』
     狂気という関心と愛をぶつけて、最後の記憶が自分であるという永遠に消えない既成事実を作る事。
    『碧眼少年、そんなに理想の愛欲しいんなら、与える側になってみろってなァ!』
     俺のように。と邪悪な笑みを零すと同時に、火柱が昴を包み込む。
     研ぎ澄まされた狙いに打ち抜かれ、とうとう四人まで減って。
    「戦いが愛? はっ、テメーみたいなヤツが俺は大っ嫌いだね」
     援護をもらいながら、煉獄の炎のようなオーラと共に放つ治胡の鋼鉄拳。重い衝撃と共に、ジェイルの肌の上に弾けて。
     ようやくぶっ飛んだジャマー効果。ぎしりと奇妙な音を立て肋骨だが、まるで響いていないかのようなジェイルの余裕。
    『ははっ、俺はねーちゃんみたいな女好きだぜ。その情熱的な唇に無理矢理キスして舌噛み千切ってやりたいくらいなァ』
    「っ!?」
     間合いを取ろうと退く治胡を逃がすまいと、勢いよく突き出された腕。回避できない。しかし捕らわれ紅炎に呑まれたのはとても小さな体。至近距離で食らった一撃は、完全に彩雪の急所を打ち抜いていた。
    「治胡……さん……」
     倒れるつもりなどなかったが、強打に打ち抜かれてはひとたまりもなく。彩雪は自分が倒れたことで治胡の平常心が失われたらと思うと気が気じゃなくて。けれど、それを言う間もなく意識は途絶え。
    『もう諦めたらいいんじゃねぇの。これ以上やっても無駄だ』
     がっくりと崩れた彩雪を、ジェイルは無言で灼滅者の方へと投げると、シャウトで身を整える。
     あくまで殺さないという意思と、そしてとっとと闇堕ちしろという挑発。
    「俺が強くなりてぇのは、大切なものを守りてぇからさ」
     それは決して闇堕ちで得た仮初の力じゃないと、治胡は容赦ない視線をまともに受けとめながら微笑む。
    「敵わねーと分かってても、1%でも望みが在るのなら……戦うっきゃねーだろが!」
     その拳に持てる力を込めて、打ち放つ。決して貴様の思い通りになどならないと。
    『こーゆーのを灼滅者の鑑っつうんだろうな。褒めてやるよ。最後の最後まで希望を捨てずに立ち向かい、闇に手を出さねぇ姿勢はよ』
     血の滴る胸の傷もそのままに、容赦なく戦闘不能へと追い込んで。
    『お前らは最善を尽くそうと頑張ったよ。正直言えば、まさか此処まで傷つけられるとは思っちゃいなかったが――けど、無理だったな』
     高レベルの相手に対する命中率の上昇に努めるけれど追い付かず。そして敵のサイキックから読む唯一隙は気迫系のみだったが、突き切れない部分があった。そして治りきらない殺傷ダメージは、列攻撃ゆえ前衛陣にじわじわと突き刺さっていて。
     つきつける銃口。それは選択せよという無言の威圧だった。
     それでも望みは捨てない。たとえ無謀だと言われようと。
     紅蓮を纏い、鬼気を練り上げて。哀歌は最後の一手に臨む。
     朱祢も全身の血を燃え立たせるかの如きオーラを鏃に収束させて。
     哀歌の動きに合わせて、放つレーヴァテイン。
     叩き付けるようにして振り下ろされた一撃は、したたかにジェイルの左肩へと斬り込んでいったものの、倒れたのは、哀歌のほうで。
    『残るはお前――』
     その言葉が言い終わるかどうかで、ジェイルの目が生き生きと輝く。
     深緋。
     漆黒。
     今はそれを手にしなければ、ここにある命全てが滅ぶ。
     仮初の力を手にし、朱祢は食い込んでくる別人格を必死に押さえ、そして奮う不死の炎は、ゆうに三倍もの熱量を誇っていた。
     しかしそこに希望はない。在るのは恐怖。 
     衝撃的な姿を目の当たりにして、彩雪はぷるぷると震え、昴は深い傷を抱えながら、自分の中に眠る鬼を直に感じた気がした。
    『さぁて、約束通り退くわ』
     次なる一撃は易々かわし、もう用は済んだと二階の吹き抜け廊下へと飛び上がり、撤退を始めて。
     どす黒い気を迸らせながら、朱祢も驚異的な跳躍でそれを追いかけてゆく。
     救える命は全て救った。
     けれど、影は一つ欠け。
    「行っちゃ、駄目……」
     直に遭遇してしまった闇堕ち。乃愛はショックにぽろぽろと涙を零し、必死に手を伸ばし、朱祢を止めようと。空哉は大理石の床に爪を立て、奥歯噛みしめながら、その背を見送ることしかできない悔しさに打ちひしがれて。

     必ず。必ず連れ戻すから――。

     血に染まるホールに、悲しい静寂が流れた。



    作者:那珂川未来 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:芹澤・朱祢(白狐・d01004) 
    種類:
    公開:2013年4月5日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 14/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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