奈落で微笑む白薔薇

    作者:東城エリ

     ふわり、ふわり。
     月下で踊る。
     天月・一葉(血染めの白薔薇・d06508)が、動くたびに寄り添うように白髪が揺れる。
     いつもは髪を結わえている2本のリボンは、今は左手に巻き付けている。
     追いかけるように、身体に巻かれた血塗れの包帯がひらり、ひらりと揺れた。
     時折、照らされるのは、一葉の雪のように白い肌。
     クラシックロリータの露出の少ないドレスを纏っていた彼女は、六六六人衆の1人となってから、趣味も変わってしまったよう。
     今では、ファーのついたフードコートに、三角の黒ビキニにローライズジーンズという、露出多めの姿。
     胸の谷間は、少し控えめ。
     ローライズジーンズの前は開かれ、水着の布地が覗く。
     それらを隠すように巻かれているのは、血塗れの包帯。
     素足にも包帯が緩く巻かれ、一葉が動くたび、ひらりとはためく。
     フードは目深に被っており、顔の表情はあまり窺えない。
     けれど、桜色の瞳は、闇の中でも煌めいて見えた。

     一葉が再び舞い戻って来た場所、それは三日月・連夜が惨劇を起こしたマナーハウス。
     今は、人の姿はない。
     壁や絨毯は惨劇の後そのままに、血で彩られている。
     マナーハウスを離れていた間に、六六六人衆の序列六六二を打ち破り、その地位を力ずくで手に入れた。
     あと望むべくは、スタイルの良さ。
    「連夜に会ったら、お礼言わないとね、『アタシ』を出してくれてアリガト、って」
     ふふっ、と一葉は笑う。
     三日月にあったら、刃を交えて戦いたい。
     六六六人衆となった今なら、もっと深く理解できる。
     深く、深く。
     もっと強く。
     奈落へと堕ちた一葉は、深みへと足を踏み込ませていく。
     退廃的な雰囲気を漂わせながら石段を上がり、封鎖がわりの紐を、菫色、浅葱色の柄が美しい二振りの日本刀で切り捨てた。
     マナーハウスの玄関は、リングスラッシャーをぶつけて破壊する。
     深夜に響く破壊の音。
    「ん、おいし」
     メロンパンを囓りながら、玄関ホールを抜けていく。
     ウェイティングルームで振り返り、物音に引かれてやって来た警備員2人を見やった。
    「死にたい……?」
     自然とついて出る言葉。
     楽しい思索を邪魔されて、不機嫌そうな声音を混じらせて、小首を傾げる。
     血で彩られた場所に、今更血が流されたとしても、誰が困るだろう。
     ひとつ、試し切りをしても良いかもしれないと思う。
     アタシの気分を害した罪で、切り刻んでやろう。
     どんな風に刃を滑らせようか。
     繊細に? それとも大胆に?
    「輪切りとみじん切り、どっちが良い? 選ばせてあげる」
     そういって、一葉はうっとりとした表情を見せた。
     
    「先日、闇堕ちした天月・一葉さんの居場所が分かりました」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は、集まったメンバーの顔を見渡し、話を続ける。
     三日月・連夜と戦い、闇堕ちした天月さん。
     彼女は今、三日月と戦ったマナーハウスへと舞い戻って居ます。
     発見されるまでの間、天月さんは六六六人衆の序列六六二を打ち破り、その序列順位を力尽くで手に入れました。
     力を手に入れ、再びマナーハウスに戻ってきたのは、三日月と再び遭遇するかもと微かな希望を持っているからでしょう。
     天月さんは、三日月に執着しているところがあるようですから。
     けれど、その場には三日月は来ないでしょう。
     もしかすると、六六六人衆に闇堕ちゲームを流行らせている内に、自らは序列を上げるのに勤しんでいるかもしれません。
     舞台は、マナーハウス。
     天月さんが居るのは、マナーハウスの玄関ホールを抜けた先、ウェイティングルーム。
     大階段を背景にして居ます。
     玄関ホールの扉を破壊した音を聞きつけてやって来た警備員2人を刃にかけようとしています。
     皆さんは、その後を追いかける形で天月さんと対峙することができるでしょう。
     2人の警備員の方を天月さんが傷つけることのないように対処をお願いします。
     闇堕ちから戻ってきたとき、天月さんが心を痛めてはいけませんから。
     戦場となる場所ですが、大階段のあるウェイティングルームは広いです。
     足場に困ることはないでしょう。
     ただ、三日月が行った惨劇の後ですから、血の跡などはまだ残っています。
     その中で、天月さんをKOすること。
     そして、彼女へとかける言葉や、ぶつけたい気持ちを伝えることが出来れば、心を揺さぶられた彼女は戻って来ることができるでしょう。
     天月さんの心に響けば響く程、ダークネスの力が弱まります。
     
    「あまり想像したくないことですが、もし……、天月さんを助けることが出来なかった場合、灼滅させることになるということを覚悟しておいてください」
     天月さんは、いまはダークネスということを忘れずに、油断なさらないように。
     迷っていたら、致命的な隙になってしまうかもしれませんから。
    「今回、天月さんを闇堕ちから救うことが出来なければ、完全に闇落ちしてしまい、おそらく、もう助ける機会はないでしょう」
     助けることのできる唯一の機会だと。
    「天月さんを、皆さんのいる側へと連れ戻してさしあげてください」
     きっと思いは届きますと、姫子は皆を見送ったのだった。


    参加者
    御統・玉兎(月を追う者・d00599)
    衣幡・七(カメレオンレディ・d00989)
    黒鐘・蓮司(狂冥縛鎖・d02213)
    東風庵・夕香(黄昏トラグージ・d03092)
    四条・貴久(サディスティックな執事見習い・d04002)
    黒沢・焦(ゴースト・d08129)
    廿楽・燈(すろーらいふがーる・d08173)
    天神林・零(アブソリュートゼロ・d11362)

    ■リプレイ

    ●遭遇
     マナーハウスへ通じる通路を足早に進む。
     月明かりが仲間達の輪郭を照らす。
     天月・一葉(血染めの白薔薇・d06508)が、闇堕ちしてから悲しんだ者は多い。
     学生寮SnowRoseや純喫茶睦月のクラブの面々、クラスメイトや巡り合わせで一緒に出かけた事のある者たちに、灼滅者仲間としてと関わりは様々であったが、望むのは自分たちの居る側へと取り戻すこと。
     完全なダークネスとなってしまわない内に。
    「うさにぃ、一葉おねーちゃんと一緒に帰ろうね」
     廿楽・燈(すろーらいふがーる・d08173)は、御統・玉兎(月を追う者・d00599)を見上げ、決意を確かめるように言葉にした。
    「ああ、そうだ一葉は絶対に連れ戻す。何があってもな」
    「玉兎先輩」
     天神林・零(アブソリュートゼロ・d11362)が、玉兎を見つめた。
     玉兎は、燈の頭を優しく撫でる。
    「御統の言うとおりよ」
     衣幡・七(カメレオンレディ・d00989)は、安心させる様に、目を細めて微笑む。
    「さっさと連れて帰りましょう」
     闇堕ちしていた間の勉強もありますから、と四条・貴久(サディスティックな執事見習い・d04002)は続けた。
    (「いつかはこんな時が来ることは判ってましたが、現実になると少し辛いですね」)
     黒沢・焦(ゴースト・d08129)は、先で待つ一葉を思う。
    (「一葉、待っててね。今助ける。楽しい毎日を絶対取り戻す」)
     約束した時の事を思い出す。
    (「どちらかが闇墜ちしても二人で笑って、一緒に皆の所に帰ろうねって約束、まだ覚えてる? だから絶対助けるよ」)
     早くこの腕の中に取り戻したい。
     東風庵・夕香(黄昏トラグージ・d03092)は近しい人達の様子を見、決意する。
    (「天月さん、あなたの大切な方達があなたの帰りを待っています。必ず連れ戻します」)
     マナーハウスが見えてくると、通路の両側に並ぶ木々の陰に身を潜めた。
     まだ一葉は来ていないのか、マナーハウスの扉は閉ざされ、その前に封鎖していると示すように紐が渡されている。
     警備員に関しては、御門・薫(藍晶・dn0049)と手伝いを買って出てくれた仲間が担当する事になっていた。
     やがて、一葉がやってくると、扉を破壊して中へと入っていく。
     同時に漂ってくる血の香り。乾いて居るはずなのに、染みついてしまったよう。
     物音に気づいて警備員が2人やって来、破壊者を追いかける。
     その間に入り分断すべく、駆け出す。
     一葉が警備員を手にかけさせないために。

    ●心響かせて
     一葉はウェイティングルームで振り返り、物音に引かれてやって来た警備員2人を見やった。
    「死にたい……?」
     小首を傾げて、気軽さを感じさせる声音で問う。
    「不法侵入者め!」
     華奢な身に秘められた力をはかれる筈もなく、強気と自身の強さに過信して一葉の問いを流すも、マナーハウス内の血の惨劇の跡を見て、言葉を失う。
     そんな中で、微笑む一葉は異様と言えた。
     逃げなければ。
     そう思ったとき、後方から響いてきた靴音。
     破壊され、へし折られた扉を駆け抜け、一葉と警備員との間に身体を滑り込ませる。
    「ちょい待ち。させねぇっすよ」
     黒鐘・蓮司(狂冥縛鎖・d02213)を始め、皆が警備員の姿を隠す。
    (「…ひでぇモンっすね」)
     血塗れの室内を見渡し呟く。
    「一葉おねーちゃん!」
     燈が一葉にあえた喜びで名を呼ぶ。
    「久しぶりだね…。迎えに来たよ、一葉おねーちゃん」
     凄く会いたかった。
    「…なんで中二病こじらせてるんですか、貴方」
     こちら側へと戻ってきたら、ぐさりと刺さるであろう言葉を貴久は使う。変に気を遣われるなんて望んでは居ないはずだから。
     玉兎が王者の風を警備員2人に使い威圧する。無気力な表情を浮かべる様になった所で、薫に交代し、攻撃の届かない場所へと後退する。
    「頼んだぞ」

     外へと向かう。
     尚竹やシェレスティナ、天音達が連れて行く。空と薫が後方を守りつつ、マナーハウスから退避させる。
    「私と一緒に来て下さい」
     せららがラブフェロモンで誘導しやすくさせて、滞りなく済ませる。
     桐と尚竹の提案でプラチナチケットを使い、関係者だと思い込ませると、この場は任せて貰い、警備員には離れさせる事にした。
    「入口は念の為に見張っておこう」
     龍一朗が申し出、周囲を警戒する。

    「…彼女っすか。あの事件で闇堕ちした一人っつーのは」
     蓮司が、一葉を見据えて言う。
    (「…分かってる。こうしなきゃ絶対戻ってこねーって事は」)
     今はダークネスとして対峙しているが、仲間に刃を向けるのは矢張り抵抗を感じた。
    「へぇ、アタシの事倒しにきたんだ…? ご苦労様な事で。あ、折角だし写メでも撮るー?記念に」
     一葉はフレンドリーな口調で、話しかける。
     撮っても良いよと、被っていたフードを後ろへと追いやった。
     さらりとこぼれる一葉の長い白髪。赤い世界に佇む一葉は、赤薔薇に抱かれた白薔薇のよう。
     大階段を背景にして立つ一葉は、このマナーハウスの新たな女主人のよう。
     微笑む姿は可憐で美しい。
     けれど、今、目の前に立つ一葉は、一葉の入れ物を借りた別人。
    「黙れよ…僕が話してるのは、お前の中に居る…僕に居場所をくれた人…一葉先輩だ。『おまえ』に用はない!」
     零は敵意を向け、吼える。
    「殺り合ってくれるんでしょ?」
     菫色、浅葱色の柄が美しい二振りの日本刀とリングスラッシャーを滞空させ、殺意を向ける。
     殺そうとしていた警備員の事など忘れて、次の興味へと移ったらしい。
     すなわち、現れた玉兎達に。
     吹き抜けになったウェイティングルームは、よく声が通る。
     きっと一葉の心にも通る。そうだといい。
    「やっと見つけたわよ、不良娘。どんだけ心配したと思ってるの。悪い子にはお仕置きだぞ」
     七は喜びを滲ませ、一葉を取り戻すために戦わなければと自分を叱咤する。
    「皆心配してる。夢見も怒ってたわ」
    (「私、絶対に一葉ちゃんが戻ってくるって信じてる」)
     祈る様な気持ちで千代は見つめた。
    「…凄いや、強くなったんだね、一葉先輩」
     解き放たれた様に振る舞うのを見て呟く。
     皆がいるから、大丈夫と信頼を込めて見守って。
    「随分楽しそうじゃねぇか、一葉。好きなようにやれることが、そんなに気持ちいいか?」
     青士郎が、今の一葉に語りかける。
     三日月を相手に共に戦った一葉。あの時、留まり戦ってくれたからこそ、犠牲を最小限に出来たのだと優輝は思う。
    「一葉、いつまでピクニックしてるつもり? 三日月と相対したいなら、こっちに戻ってきなさいよ」
     歌菜がそこに居たままでは駄目だと呼びかける。
    「アタシはアタシのやりたい様にやるんだから、邪魔しないでよ」
     そう言って、一葉は双剣の刀身を煌めかせ、鋭い一閃から生じる衝撃を叩きつける。
     だが、その眼差しは言葉とは裏腹に微かに歪んでいる。
     玉兎と七はぐっと堪え耐えるが、焦は真っ直ぐに一葉へと肉薄していく。
     焦へと攻撃が当たる前、微かな躊躇いが見えた。
     一葉から視線を外さない焦は、大丈夫だと内心ほっとする。一葉は俺の事を覚えてる。
     影法師という銘を持つ日本刀を、一葉が放った業と同じものを放つ。
    「一葉、早く自分の名前を思い出して。一葉は一葉なんだよ。他の誰でもない。そんな力に頼っても、誰も一葉の周りにはいないんだよ。俺だって、きっといつまでも近くには居られない。一緒に逝ってあげることだけは約束できるけど…そんなの嫌だから。まだ2人でしたい事が沢山ある。皆としたい事も、どんな時だって、一葉がいないと生きてて楽しくない」
     ありったけの思いをぶつけて、ダークネスに取って代わられ心の底で眠っている一葉に呼びかける。
     こんな所に独りで居ないで。戻ってきて。
    「アタシは戻りたくない…!」
     自分を保とうとして、アタシはここに居るのだと、一葉の居場所はないのだと暗示をかけるように言葉を発した。
     焦の姿は一葉の気持ちを少しずつ揺さぶっていく。
     一葉の心をつなぐ相手。恋人。大切な約束を交わして、焦は約束を守る為に一葉の前に立っている。
    「他の兄弟達が悲しんでいるのを見たくないし、オレも一葉が闇堕ちしたままなのは嫌だからな。望まなくても戻ってきてもらうぞ。帰ってくる場所が、一葉にはあるだろう? 思い出せ。皆待ってるし哀しんでる」
     咎人の大鎌に緋のオーラを纏わせ、玉兎は刈り取るように振るう。
    「返して頂戴。皆が笑う為に、あの子が必要なの。帰ってきたら、抱きしめるって言ったわよね? 抱きしめてくれるって言ったわよね? 約束は守るわ。そして守って貰う。絶対にね」
     七はWOKシールドを広げ、防御範囲を広げる。本当は一葉も守ってあげたい。けれど、今は刃を向けなければいけないのは心が痛む。
    (「また一緒にハート付オムライスを作りたい。沢山やりたい事あるのよ。もっともっと天月の笑顔が見たい。早く帰っておいで、可愛い子」)
     夕香の澄んだ歌声が、焦の傷を癒す。
    「貴女の気持ちがどうかは知りません。私は天月さんを望む人の所へ、天月さんが望む人の所へ連れて帰ります」
     こんなにも帰りを待つ人が居るのです、と思いを込めて。
    「迷うな…これは一葉おねーちゃんを救う戦いなんだからッ!」
     そう自分に燈は言い聞かせる。
    「ねぇ、おねーちゃん。燈の声聞こえてる? みんなね、おねーちゃんの帰りを待ってるんだよ。心配して、悲しくて、見つかって嬉しくて…。ねぇ…、早く一緒に帰ろ? あの場所におねーちゃんがいない日が続くの…もうヤダよッ!」
     涙が溢れそうになるのを必死で堪えて、薙刀白露を振るい、捻りを加え穿つ。
     零は縛霊手で殴りつけ、縛り付ける。
    「皆解ってるよ…今の先輩が、本当じゃないって事。優しくて、すごく気配り上手…僕の知ってる貴女はそういう人だ。一緒に帰ろうよ…寮の皆も、先輩の友達も…大切なヒトも、貴女の帰りを待ってるんだ! 貴女を縛るのがその闇なら…僕達で叩き潰すから! 僕は…僕のスキな物を、貴女と皆とが笑ってる光景を、もっと見ていたいんだ!」
     僕達に一葉先輩を傷つけさせないで。見たいのは笑顔だから。
     貴久は影業を伸ばし一葉を捕縛する。
    「何時までも中二病こじらせてないで、さっさと帰ってきてくれませんかね。寮の皆も貴方がいないと寂しそうですし、私自身も何か物足りないんですよ。と言うか、恋人を心配させちゃ駄目でしょうが」
     一葉の日常にに戻りたいと、僅かに自分の気持ちも吐露し、一葉の恋人である焦の方へと視線を向けた。
    「疾風!」
     貴久の声に応えて、ライドキャリバーの疾風が機銃掃射する。
    「アンタの帰りを待ってる人がいるし、帰る場所があるんです。…そういうのが大切だから、守りたいから戦ってきたんでしょ? このままじゃ全部ぶっ壊す様な奴になっちまう」
     蓮司は鏖殺領域を広げ、一葉の姿を覆い尽くす。
    「一葉さん、帰ってきて…ください…。いないと…寂しいし、…寮の、みんな…待ってます、よ…」
     エイダは胸元で両手を組んで祈りながら語りかける。
    「一葉、戻って来い、俺の言葉、聞こえないとは言わせない!! 戦いたいんだろ? また『お前』で『三日月連夜』と! 倒せなかったの、悔しいんだろ? だったらこんな所で立ち止まるな、最後まで追ってやれ、しつこさには自信があるんだろう!!」
     普段オネェっぽいのに、大事な事を伝える時だからと、雅は凛とした男子の振るまいで、発破をかけた。
    「貴女の帰りを望む声が、聞こえていませんか?」
    「一葉、戻ってこいよ? みんな、帰ってくるのを待ってるんだぜ!」
     蓮と藤乃が呼びかける。
    「君が声をかけてくれたお蔭で、俺はまた動き出せた…今度は俺の番だ。一緒にもっと沢山、萌え話をしよう。だから帰っておいで…!」
     亮に裕也が寄り添い、心配そうな表情で見つめ。
    「その力は大切な人にとって、望むものなのかな」
     境月は問う様に。
    「素直に手を伸ばせ。その手をつかむ人間は、きっと傍にいる」
     受け止めてくれる人が沢山居るだろうと、宗志朗は見渡しながら言う。
     重なる言の葉に、一葉は揺すられて余裕を見せていた表情が揺らぎ始める。
     序列を駆け上り、強さを求めている筈なのに、見放さないの。
     どうしてこんなにもこの子を取り戻そうとするの…!
    「みんなアタシを否定するのね。アンタ達なんて…!」
     苛立ちを隠しきれずに、一葉は焦の死角へ回り込み、日本刀を日本刀で断ち切ろうとする。躊躇する気持ちをねじ伏せる事さえ出来ればと思う。
     けれど、威力は先ほどよりは格段に威力は下がっていた。
    「誰よりも一葉を想う強さだけは負けないからね。愛してる、一葉。だからお願い、元のやさしい一葉に戻って」
     力の限り戦って、一葉の思いを身体に刻みつける様に。全て受け止めたい。
     辛い事も共有してあげられるのなら、それが痛みに変わっても構わないから。
    「一樹…」
     焦に一樹とつい呼びかけてしまうが、首を左右に振って、すぐに否定する。
     双子の弟である一樹を焦に重ねてしまったなんて。
    「違う、違う違う、一樹はアイツが殺したのよ、もう居ないんだから!!」
    「一葉」
     優しく焦が一葉の名を呼ぶ。
    「ほんとうに得られるはずの幸せ全部、逃げていっちゃうよ」
    「皆がいる、あったかい世界に帰ろう。きみを抱きしめたいと思う人が、きっとたくさんいるから」
     ミリーと霖が、幸せにしてくれる人達の元に戻っておいでと誘う。
    「抵抗しなさい。差し伸べる手はこんなにあるのよ。大丈夫、天月になら出来るわ。天月、大好き。帰って来ないなんて許さないわ。ただいまって、笑顔が見たいの」
     七は待っている。きっと戻ってくるからと信じている。
    「…聞こえてるんなら、守りたいって気持ちが残ってんなら、足掻いてください。血塗れの序列なんざ、アンタには似合わねーっすよ、一葉さん」
     揺れるのは、聞こえているって事だと蓮司は突きつける。
     揺すられて、アタシを形作っていたモノが崩壊し始めた音を一葉は聞いた。
     焦の顔が見える。
     皆、私を待ってくれている。
     帰らなくちゃ。
     戻らなくちゃ。
     アタシと私の強さの天秤が揺れた。
     私の方へ。
    「アタシをお願いね」
     一葉は自分を取り戻しながら、自分の言葉を紡いだ。

    ●その手の中に
     倒れた一葉を焦が抱き上げる。
     マナーハウスから、一葉を連れ出して帰ろう。
     皆のおかえりという言葉と共に、ちょっぴりのお説教が待っていたが、それら全て受け止めて、一葉は白薔薇の様に微笑んだ。
    「おかえり」
     七は涙を流して抱きしめる。
    「ただいま」
    「一葉」
     焦は一葉の手を取り、銀の指輪を贈る。
     これからもあなたの傍で、あなただけを愛していますと、想いを込めた指輪を。
     一葉はその指にはまった指輪を嬉しそうに見つめた。

     さぁ、皆の待つ場所に帰ろう。

    作者:東城エリ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年3月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 2/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 15
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