五重塔の鬼女

    作者:望月あさと


     あの五重塔の最上階へ行ってはいけないよ。
     あそこには、鬼がいるからね。
     和菓子をたくさん用意して、お前たちが来るのを待っている。
     そう、鬼女はあそこで誰かが来るのを待っている――。
     
     

    「キッチングリルは都市伝説を見つけた! 菓子つきでだ!」
     威勢のいい声を出したキッチングリル・カダバー(実はオーブンレンジ・d13469)はビシッとポーズを決めた。
     しかし、そこで漂った沈黙に耐えきれず、すぐにエクスブレインから聞いた話しを始める。
     
    「おれさまが見つけた都市伝説は、五重塔の最上階にいる鬼女だ。
     鬼女といっても、皆と仲良くなりたいと思いながら誰かを待っている心優しいヤツだ。
     だから、おれさまたちが最上階へ行くと、たくさんの和菓子を出してもてなしてくれるらしい。
     しかし、これが問題だ」
     何が問題かというと、鬼女は訪問者へ和菓子を絶え間なく出してくるのだ。
     最上階となる部屋――四面の壁に一枚ずつつけた扉を出入りして、どんどん和菓子を運んでくる。
     そして、もし誰かが和菓子を満腹で食べなかったり、和菓子を無下に扱ったり、部屋から出ようとしたりすれば、鬼女は怒り狂って襲いかかってくるのだ。
    「やっと来てくれた客に裏切られたと思うのか、伸ばした爪で相手を細かく切り刻んでしまうそうだ。そして、その後は菓子に混ぜるというのだから、どんなに優しそうな鬼女でも鬼は鬼だな」
     言葉をくぎったキッチングリルは、集まってくれた灼滅者たちと向かい合う。
     
    「敵は一人。最上階は四面に一枚ずつ扉をつけた部屋だ。鬼女は、扉を自由に出入りできるが、おれさまたちは一度部屋に入れば、鬼女に襲われるため自由に出入りできない。
     無事に帰ってくるためにも、皆で協力して鬼女を倒そう!」


    参加者
    大堂寺・勇飛(三千大千世界・d00263)
    狐頭・迷子(迷い家の住人・d00442)
    峰・清香(中学生ファイアブラッド・d01705)
    阿櫻・鵠湖(セリジュールスィーニュ・d03346)
    桐谷・要(観測者・d04199)
    キッチングリル・カダバー(実はオーブンレンジ・d13469)
    観屋・晴臣(守る為の牙・d14716)
    伏見・狐鉄(エンジンサマー・d15274)

    ■リプレイ

    ●1
    「ここが最上階ですね」
     五重塔が螺穿を描いた構図になっていることを歩きながら把握した桐谷・要(観測者・d04199)は、目の前に現れた扉へ顔をあげた。
     この中に鬼女はいるのだと、仲間と再確認してから要は重そうな扉を押し開ける。
     すると、緊張しながらも温かい女性の声が灼滅者たちを出迎えた。
    「い、いらっしゃい!」
     広い室内に、ぽつんと一人でいた女性――鬼女は、足取りを軽くして灼滅者たちへかけよると、すぐに部屋の中央にある机へ案内する。
    「今、お茶菓子を用意しますので、少し待っていてください」
     灼滅者たちの訪問がよほど嬉しいのか、鬼女は灼滅者たちが席に着く前に浮き足だって正面の扉の中へ消えてしまった。
     あまりの歓迎さに、残された灼滅者たちは毒気が抜かれながら席に座る。
    「あれが……鬼女?」
    「どう見ても、優しい人にしか見えないんだが……」
     惜しみなく与えられる好意に戸惑いも隠せない灼滅者もいる中、鬼女は消えた扉から和菓子を山盛りにした皿を持ってやってきた。
    「ひゃっは~、こいつは重畳」
     机の上に置かれた8人前や10人前ではすまない和菓子に、大堂寺・勇飛(三千大千世界・d00263)は感嘆の声をあげた。
     数、種類共に申し分ない和菓子に、伏見・狐鉄(エンジンサマー・d15274)も顔を生き生きとさせる。
    「いやぁ、やっと甘いもんが食べられるぜ。ツーリングしてきたから、腹が空きっぱなしだ」
    「……普通に和菓子をご馳走になろう」
     あまりの量を前にした観屋・晴臣(守る為の牙・d14716)は、食べ過ぎないように注意しようと心の中で誓う。
     勇飛は鬼女へいただきますと丁寧に頭を下げると、おもむろに和菓子を食べ始めた。
     底なしの胃袋を持っているのか、次から次へと食べていく勇飛に、鬼女は目を細めて用意した甲斐があると喜ぶ。
    「安全だとわかっていても、刻むあれを考えると少し躊躇するなぁ。もぎゅもぎゅ……」
     そういいながらも、勇飛は遠慮無く食べていく。
    「食べないのですか?」
    「いえ、せっかくですからいただきます」
     鬼女にうながされた狐頭・迷子(迷い家の住人・d00442)は、手近にあった和菓子を取った。
     和菓子を食べる仲間を見回してから、小さな口で好きな和菓子をかじると、口の中に心地よい甘さが広がった。
     控えに顔をほろこばせた迷子は、にこにこと笑っている鬼女へ上目遣いに見入り、
     出来ることなら、仲良くなって切り刻むのをやめさせたい。でも――。
     それが無理なことがわかっている迷子は、視線を静かに落とした。

    「悪いね、食べるの遅くて」
     和菓子を半分に割り、食べるペースを考えてゆっくりとした動きをしている峰・清香(中学生ファイアブラッド・d01705)は、おかわりを持ってきた鬼女へ、自分の食べる早さを印象づけた。
     すぐ満腹になってしまえば、仲間が思う存分和菓子を堪能できない。だからと無理をして食べ過ぎれば戦いづらくなるからだ。
     ふと、晴臣が顔を上げた。
    「……喉が渇かないか? ……お茶と抹茶だが用意してある」
    「それでしたら、湯飲みがあった方がいいですね」
     晴臣が一人一人へ差し出したお茶に、阿櫻・鵠湖(セリジュールスィーニュ・d03346)はふんわりと笑って人数分の湯飲みを配った。
     迷子や要たちが礼を言うと、鵠湖は皆が取りやすい場所に水筒を置く。
    「水から出した緑茶ですが、こちらもありますのでどうぞ」
     すると、腹八分を目指して和菓子を大きくちぎり、ゆっくりと食べていていたキッチングリル・カダバー(実はオーブンレンジ・d13469)が、口の端をあげて2リットルのペットボトルを何本も机の上へ並びあげた。
    「量なら心配いらない! 大量にあるよ! 大量に!」
     お菓子に負けず、机の上に大量の飲み物が加わる。
    「でも、ちびちびと飲むのがポイントだ!」
    「飲み過ぎて和菓子が食べられなくなったらたいへんですものね」
     鵠湖はくすりと笑い、自身の席の隣で行儀良く座って待っている霊犬へ振り向いた。
     和菓子に興味があるのか目をキラキラさせている姿は可愛らしい。
    「梵ちゃんも食べますか?」
     鵠湖が床の上に和菓子をそっと置くと、霊犬はオモチャで戯れるように遊び始めた。
     しかし、鬼女はそれを気にとめない。
     どうやら、ペットの類がお菓子を食べなくても何ともないようだ。
    「うまい! なぁ、この和菓子は絶品だが手作りなのか?」
    「ええ。手作りの方が喜んでもらえるかと思って。まだまだ、たくさんありますから食べてくださいね」
     にっこりと笑った鬼女は、和菓子を山盛りに盛った皿を机の上に置く。
     何度目かのおかわりに、甘党である狐鉄も、さすがに腹が満たされてくる。
     そろそろ、腹八分も近い。
     食べる速さが遅くなった要も、ちらりと周りに目を配らせた。
     大食いである勇飛を除いた灼滅者たちの食べる動きは鈍り、区切りとしてはいい頃だろう。
     それを、真っ先に察したキッチングリルは、膝の上に手を置いた。
    「食べないのですか?」
    「腹一杯で食べられない」
    「何ですって?」
    「キッチングリルは日本男児である! だから、もう一度あえて言おう! もう、食えない!」
    「な……なっ!!!!」
     キッチングリルの言葉に動揺を隠せない鬼女は、顔を真っ青にして肩を振るわし、言葉をどもらせると、手の爪を一瞬で伸ばした。

    ●2
    「狩ったり狩られたりしようか」
     スレイヤーカードを解放するなり、清香は敵斬艦刀に炎を宿しながら、嘆き叫ぶ鬼女の正面へ突き進んだ。
     どうして! と、叫ぶ鬼女は鬼の形相となり、和菓子を拒んだ灼滅者たちをにらみつけている。
     逃げはしないだろうが念を。と鬼女を囲むように後ろをとった要は、背後からジグザグに変形させた解体ナイフを斬りつけ、鬼女の悲鳴に絶望を入り混じらせた。
    「都市伝説と言っても好意を持ってくれる者もいるのね。とはいえ、過ぎたるは及ばざるが如し。思い通りにいかないと感情的になる。これ以上被害を出すわけにもいかないからね、片付けさせてもらうわ」
    「……ま、しゃーねぇよな。人が恐れるからこその都市伝説だしよ」
     いつ戦闘が起きても反応が出来るよう万全の体勢を整えていた狐鉄は、落ち着きをはらったまま、ライドキャリバーとともに前線へ立ちはだかっていた。
     自身へかけるシールドリングはないが、仲間を癒す集気法がある。
     鬼女の爪へ抗う術としての準備は出来ている狐鉄はフォースブレイクで鬼女を殴りつける。
    「……ベレト」
     縛霊手で地面を殴りつけて祭壇を構築し、結界を作り上げた晴臣は、ライドキャリバーをディフェンダーへ行かせ、機銃掃射で攻撃をうながした。
     激しい銃撃音が響く中、鬼女は両端へ伸ばした腕を一気に交差させる。
     長い爪が周りにいた前衛たちを切り裂き、勇飛は突きだした妖の槍を螺旋状にねじらせる。
    「やってくれたな!」(勇飛
     螺穿槍をかすめて身をかわした鬼女は、勇飛の後ろをとって振り向く。
    「梵ちゃん! 横手花見団子ビーム!」
     鵠湖のご当地ビームに気づいて勇飛から離れた鬼女に、鵠湖は斬魔刀で斬りつけるよう霊犬を行かせる。
    「こんなことでは、誰も来ませんよ。また来たいと思わせるのが本当のおもてなしじゃないかしら」
    「どうして、私を拒絶するの! 私はただ、みんなと仲良くなりたかっただけなのに!」
     鵠湖の言葉に鬼女は、声がかすむほど大声をあげた。
    「襲ってくるなんてことしなきゃ、本当は仲良くなれそうなのにな」
     キッチングリルは勇飛へシールドリングをかけながら、一人つぶやいた。
     鬼女は、灼滅者たちの言葉に耳を傾けていないため、キッチングリルの言葉は届かずに爪を振るい続ける。
    「可哀想ですけれど……」
     人を切り刻むことしかできない鬼女に、迷子はフォースブレイクを殴りつけた。
    「梅、がんばろう」
     回復を霊犬に任せた迷子は、片腕を巨大な異形へと変化させた。


    「流星号! 俺のカバーを頼む!」
     いくつものライドキャリバーが走り回る中、名を呼ばれた勇飛のライドキャリバーが機銃掃射で鬼女の動きを鈍らせた。
     その隙をついて、勇飛が戦艦斬りで激しい一撃を鬼女へくらわし、鬼神変とフォースブレイクを繰り返す迷子がさらなる殴りかかり、鬼女を床へたたきつけた。
     威力を弱めることのない迷子の攻撃に、耐えきれなかった鬼女は乱れた髪をかき上げもせずにたちあがる。
    「哀れだな」
     戦神降臨に続き、レーヴァテインをふりおとした清香の言葉が耳に入っていないのか、鋭く目を光らせた鬼女が爪を振るってきた。
    「また、先輩方、切り裂く攻撃です。気をつけてください!」
    「私から逃げる者は、皆死ねー!!」
     要の警告に、近くにいた仲間たちはとっさに身を翻して、襲いかかってくる爪から難を逃れた。
     その間から、龍砕斧を高らかに掲げたキッチングリルが鬼女へ強烈な一撃を食らわし、続いて霊犬の葉隠が斬魔刀で鬼女の横を突き抜ける。
    「キッチングリルは、敗北しない!」
    「さあ、治癒を」
    「傷も深くなってきてるが、ほら! 倒れるには早ェよ!」
     鵠湖の防護符と狐鉄の集気法が、鬼女がつける傷を和らげていく。
     再び爪で襲おうとしてくる鬼女に、晴臣が目にもとまらない早さで拳を撃ちこんだ。
    「……和菓子、ご馳走様でした!」
     晴臣と鬼女の目が合う。
     ふっと、鬼女の目が微笑むと、その姿は一瞬で霧散し、消えた。

    ●3
    「……いなくなったな」
     キッチングリルは、静かになった空間を見回した。
     今までは見ていた部屋は都市伝説が見せていた幻だったのか、今は蜘蛛の巣が張り付いた古びた木造の一室でしかない。
    「違う形で出会っていれば、互いにとって良かったのかもしれませんが、たられば……の話をしても仕方ないですね」
     要は後片付けをすることもないと、踵を返す。
     部屋を出て行く要に、晴臣は、皆で帰りに何か食べていかないかと声をかけた。
     出来ることならさっきまで大量にあった和菓子を持ち帰りたかったが、消えてしまったのなら仕方がない。
    「カラいもんでどうだ。食いたくなってきたぜ」
     よほど甘さに堪えた反動なのか、間逆の刺激を言ってきた狐鉄に迷子は小さく首を横に振る。
    「まぁ、何にするかはおいおい話すことにして、まずはここを出よう。ここで、そんな話しをしていると、鬼女も落ち着かないだろう」
    「そうですね。――ごちそうさまでした。素敵なおもてなしを本当にありがとう」
     清香へうなずいた鵠湖は、部屋に向かって一礼する。
    「せめて祈ろう。汝のオモイに救いあれ……」
     勇飛は、叶わぬオモイを抱いた鬼女を偲び、祈りを置いていった。

    作者:望月あさと 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年4月7日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 8
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