悪鬼の誘い、夕市のデパートは血に染まり

    作者:飛翔優

    ●六ニ七番・絶鬼
     ――夕市で賑わっていたスーパーが、血に染まった。
    「さぁさぁ、逃げろ逃げろ! 逃げ惑ェ!!」
     豪快にショットガンをぶっ放し、男は人々を追い立てる。適当に鉛球を打ち込んで、儚い命を奪っていく。
     男も女も、大人も子供も関係ない。ただただ己の欲望赴くまま、次々と命を刈り取っていた。
    「しっかし、こねぇな。ま、来ないなら来ないで良いんだが」
     灼滅者と出会うため。
     闇堕ちさせ、その数を仲間に誇るため。
    「オラオラ、逃げねェと殺しちまうぞ。ま、逃げても殺すんだがな。ヒャッハー!」
     男の名を絶鬼。六六六人衆の六ニ七番目。殺人を繰り返していくダークネス……。

    ●放課後の教室にて
     灼滅者たちを出迎えた倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は、極めて抑えた声音で説明を開始した。
    「エクスブレインの未来予測が、ダークネス・六六六人衆の一人、六ニ七番の絶鬼の動向を察知しました」
     ダークネスにはバベルの鎖による予知能力があるため、通常では接触困難。しかし、エクスブレインの予測した未来に従えば、その予知をかいくぐりダークネスに迫ることができるのである。
    「ダークネスは強力で危険な敵……さらに今回の相手、絶鬼は、灼滅者が来るのを待っていて武蔵坂の灼滅者を闇堕ちさせよう、という意思があるようなんです」
     恐らく、今まで以上に厳しい戦いになる。しかし、ダークネスを灼滅することこそ、灼滅者の宿命である。
     どうかよろしく頼みますと、葉月は頭を下げて次の説明へと移行した。
    「絶鬼は皆様が赴く日の夕方、夕市の時間に、埼玉県南部のスーパーマーケットにやって来ます」
     ちょうど買い物に来た主婦や子供でごった返して行く時間帯。殺戮が行われればどうなるのかなど、想像に難くない。
    「幸い、スーパーの中心部に上階と吹き抜けになっているセンターコートが存在し、絶鬼はここから行動を起こすつもりのようです。ですから、ここで待機し迎え討って下さい。そうすれば、被害を最小限に減らせるはずです」
     絶鬼の姿は、前の開いたジャケットを羽織る筋骨隆々の男。力量はまともに戦えば八人の灼滅者と優位に渡り合えるほど高い。また、攻撃力に優れている。
     得物はショットガンと己の拳。
     ショットガンを撃つと共に繰り出される格闘術は、相手の加護を砕いていく。拳を連打し連続したダメージを与えてくることや、ショットガンで相手の腿などを殴り行動を制限してくることもある。
     また、そのいずれも必殺の威力を持つため重々注意が必要だろう。
    「以上が説明となります」
     地図など必要な物を手渡しながら、葉月は説明を締めくくる。
    「今回の目的は、六六六人衆・六ニ七番の絶鬼の殺戮を止めること。その上で闇堕ちするような事がない方が望ましくはあります……難しいかもしれませんが……」
     終始声を抑えたまま、しかし視線はそらさずに。
    「なので、どうか決して油断せず、全ての力で対抗を。そして無茶なお願いとも思いますが……無事に帰って来て下さいね? 約束ですよ?」


    参加者
    結城・創矢(アカツキの二重奏・d00630)
    御剣・裕也(黒曜石の輝き・d01461)
    草壁・悠斗(蒼雷の牙・d03622)
    雨積・熾(白馬の王子様・d06187)
    華槻・灯倭(驚き上手・d06983)
    本田・優太朗(この身全てを弱者の贄に・d11395)
    砂原・皐月(禁じられた爪・d12121)
    水城・恭太朗(脱いでからが本気・d13442)

    ■リプレイ

    ●平和な時は奪われて
     個数限定の安売り卵、時間限定のお肉にお魚。
     活気の良い宣伝文句に誘われて、主婦たちが商品の下へと集っていく夕方のスーパーマーケット。
     塾へ行く前の子供たちが小腹を満たし、あるいは帰る時間を気にしながらゲームコーナーで遊ぶ学生たちも集うこの場所は、何気ない日常に溢れていた。
     楽しげな喧騒、朗らかな挨拶、瞬く間にも流れていく人の群れ。
     逆らうようにセンターコートへと歩いてきた筋骨隆々の大男を、水城・恭太朗(脱いでからが本気・d13442)は観察する。
     前の開いたジャケットに、嫌らしく笑うカサついた口元。六六六人衆・六二七番の絶鬼だと判断し、さりげない動作で歩み寄った。
    「おっさん、ヘイおっさん。おっさん! ヘイ! 俺も灼滅者だよ!」
    「……ほう」
     軽い声音に反応し、絶鬼が灼滅者たちへと視線を向けた。
     ゆっくりとした動作で立ち上がり、草壁・悠斗(蒼雷の牙・d03622)はメガネを外していく。
    「御託はいらない。さっさと始めよう」
    「行動開始!」
     砂原・皐月(禁じられた爪・d12121)は着ていたコートを脱ぎ捨てて、勢い良く武装を整えた。
     杖と盾を握りしめ、絶鬼を静かに見据えていく。
    「……はっ、中々骨がありそうじゃねぇか! いいだろう。六六六人衆・六ニ七番の絶鬼、いざ参る! ってな!」
     一般客が殺気などによってセンターコートから退避した頃合いに、絶鬼がショットガンを引き抜いた。
     けたたましい音が鳴り響き、平和を取り戻すための戦いが開幕する!

     戦場となるセンターコートから少し離れ、華槻・灯倭(驚き上手・d06983)と御剣・裕也(黒曜石の輝き・d01461)は避難誘導を行なっていた。
    「警察関係者です。あれは今警戒中の指名手配犯だと思われますので避難してください」
     出入り口の方角を指し示しながら、灯倭は警察関係者を装い誘導する。
     一般人が疑問を挟んでくる事はない。彼女自身と、裕也が持ち合わせている力が故に。
    「近くの出口から外へ逃げて下さい!」
     裕也もまた越えを張り上げながら、逐一戦場の方を確認していた。
     幸いというべきか、絶鬼は仲間たちに集中してくれている。時折ショットガンが火を吹くものの、足を狙っているからか流れ弾にはならず床を砕くのみに留まっていた。
     もっとも、例え絶鬼が一般人へと意識を向けたとしても体を張って守ればいい。裕也は常に身構えながら、誰も傷つけないとの意志のもとに高らかな声を張り上げる。
     必死な叫びが功を成したのだろう。程なくして、少なくとも見える場所にいる一般人は皆無となった。
    「華槻さん!」
    「ええ」
     裕也は灯倭と頷き合い、センターコートへと踵を返す。
     二人足りない厳しい状況ながらも、保つことはできているようだった。

    ●六ニ七番・絶鬼
     護る者として、本田・優太朗(この身全てを弱者の贄に・d11395)が鋼糸をしならせる。絶鬼に絡みつかせ、自由を削ごうと試みる。
    「さあ、どうする?」
    「……」
     無言で、絶鬼は鋼糸へと手を掛けた。
     意識が一点へと集中した隙を突き、ビハインドが鋭く切り込んでいく。
     鋼糸を引き千切りながら避けた先、皐月が盾をぶちかました。
     腕に力を入れて押さえ込みながら、狂気の宿る瞳を見据えていく。
    「……闇堕ちの数を競うんだっけ?」
    「ああ」
    「アホくさ。たかがそれだけの為に一般人を巻き込むな」
    「……」
     視線ごと跳ね除けられ、皐月は柱の傍へと後退した。
     結果、険しい表情と真正面から向き合う形になった恭太朗が目の端に涙を浮かべながら突撃する。
    「うわ、怖、無いわ。普通に怖いわ。戦いたくねぇー」
    「ははっ、悪いが付き合ってもらうぞ」
     破顔した絶鬼の拳に軌道を逸らされ、サイリウムに似た得物を叩きつける事は叶わない。
    「ひっ」
     ショットガンが構えられていくさまを見て、素早く影で全面を覆っていく。
     けたたましい音が響くと共に、影が数箇所貫かれた。
     恭太朗自身はかすめるのみに留まり、余力は残せた状態だ。
    「ほっ」
    「治療はしておく。何が在るかわからないからな」
     人数が足りない今、無理をする訳にはいかないと、雨積・熾(白馬の王子様・d06187)が光輪を分け与え細かな傷を塞いでいく。
     僅かな痛みが薄れていくのを感じながら、恭太朗はサイリウムに似た得物を振り上げ死角へと回りこんでいく。
     同様に、悠斗も絶鬼の背後を取った。
     恭太朗の輝く軌跡が足を打った刹那に槍を放ち、筋肉に包まれた太ももを突いていく。
     更に、結城・創矢(アカツキの二重奏・d00630)が多方面からの攻撃には対応しきれないだろうと輝ける十字架を創造した。
    「その力を奪う……!」
     光線に焼かれ、厚い胸板が焦げていく。
    「……」
     絶鬼が堪えた様子はない。ただただショットガンを構え直し、駆けまわる霊犬の一惺に狙いを定めていく……。

     ショットガンに撃ち抜かれた一惺が一時的な消滅を迎えた時、灯倭が裕也と共に戦線へと復帰した。
    「お待たせ!」
     声を上げるとともに鋼糸を放ち、絶鬼の体を縛り付ける。
     引きちぎられるまでの僅かな隙を突く形で、悠斗が後方へと回り込んだ。
    「この行い、報いは必ず受けてもらう」
    「はっ!」
     引き千切る勢いのまま振るわれたショットガンに弾かれて、後方への退避を余儀なくされた。
     ならばと槍を構え直し、ただ真っ直ぐに見据えていく。
     集う攻撃を前に動きが鈍った隙を読み取って、力強く跳躍した。
    「っ!」
     振り下ろされた穂先が胸を捉え、浅くはない傷を刻んでいく。
     絶鬼の表情に変化はない。つまらなさそうに槍を掴み、悠斗の体を引き寄せた。
    「眠っとけ。てめぇにその資格はない」
     バランスを崩した所に放たれる、連続した素早い突き。二度、三度と急所を突かれ、悠斗は静かに沈黙する。
    「させません」
     追撃はさせぬと、優太朗が横合いから飛び込んだ。
     ナイフを横に構え直し、ジャケットを引き裂こうと試みる。
     革は鋼のように固く、切っ先すらも通らない。
     ならばと皐月が間に滑りこみ、杖を叩きつけていく。
     二度、三度と爆裂させ、衝撃で巨体を揺さぶっていく。
    「こっちだ、お前の相手は」
    「……」
     無言のまま放たれたショットガンを、盾をかざして受け流した。
     痛みはあるけど仲間の治療に任せ、肉薄したまま下がりはしない。
     再び杖を握りしめ、先端に魔力を込めていく。チャージが終わると共に、厚い胸板へと叩きつける!
    「……」
     爆裂はない。
     代わりに杖を、盾を絶鬼の腕がこじ開けた。
    「てめぇもだ」
    「ぐ……」
     間を開けずに放たれた連撃が、的確に急所を捉えていく。
     後方へと突き飛ばされ、自販機に背を預けたまま、皐月もまた昏倒した……。

     度重なる攻撃を前に、ビハインドが一時的な消滅を迎えてしまった。
     燦は一瞥だけして絶鬼へと向き直り、光輪を恭太朗へと与えていく。
    「お前の目的は、俺たち灼滅者の闇堕ちなんだってな! なら」
    「絶対に俺の思惑通りなんかさせない、か?」
     叩きつけようとした思いを告げられて、燦は瞳を細めていく。
    「ああ。そして、誰一人犠牲者を出す事無く、お前を灼滅してやるよ!」
     決意を語るとともに、再び光輪を作り出す。絶鬼の動向を観察し、次に渡すべき相手を見定め……。
    「馬鹿かお前は」
    「何だと?」
     悪態を突かれ、観察は止めねど意識の一部を絶鬼に向けていく。
     絶鬼は溜息を吐きながら、創矢に向けてショットガンをぶっ放した。
    「お前たちの目的はなんだ? 弱い奴等を護ることか? 自分の身可愛さに闇堕ちをしないことか? その為に、覚悟すらもしねぇのか?」
    「違う!」
    「違うもんか。てめぇらの殆どからは覚悟が感じられねぇ。闇堕ちしないって決意と同居できる、いざとなったら闇堕ちするって覚悟がな!」
     反論を受け流し、ショットガンを撃ち込んだ創矢に肉薄する。
     創矢はなんとか拳を受け止め、押し返し、局所的な冷気を創りだした。
    「氷塊となって果てろ!」
     冷気に襲われ、鈍る動き。
     静かな瞳で捉えながら、次の準備を始めていく。
     仮に誰かが闇堕ちしてしまったなら、絶鬼のように灼滅者たちに立ちふさがる存在となる。それだけは絶対にさせたくない、想像すらもしたくないから、全力を尽くして抗うのだ。
    「ここで引導を渡す、絶対に。お前たちの思い通りにはさせない!」
     輝ける十字架を降臨させ、鋭い光にて絶鬼の体を照らしていく。されど決定打には程遠く、力を減ずることすらできていない。
    「てめぇらは弱い、俺よりもな。なのに、なぜ出し惜しみする? 本当は弱い奴等なんてどうでもいいんじゃねぇのか?」
    「貴方の思い通りになるなんて、思うな!」
     言葉を拒否するため、少しでも早い灼滅につなげるため、裕也がチェーンソーの刃を唸らせ切り込んだ。
     刃は肉体に食い込むも、削ることはできていない。
     各々が抱いた決意とは裏腹に、絶鬼は揺らぐこと無く立ちふさがる……。

    ●夕焼けが藍へと染まっていくように
     体中を巡るオーラでショットガンを弾き返し、恭太朗は勢いづく。
    「さぁおっさん、こっからボコボコにしてやるよ」
     サイリウムらしき物を握りしめ、勢いのままに殴りかかる。
     胸で受け止めた絶鬼は、衝撃にさらされながらもニヤリと笑った。
    「はっ、いっそてめぇのように突き抜けてるんならまだ違うんだが……」
    「撃ち抜く……!」
     受け止め弾き返す刹那を狙い、創矢が魔力の矢を発射した。
     一発、二発と揺るがすも、やはり決定打とはなっていない。
    「……」
     笑顔から一転、つまらなさそうに唇を尖らせた絶鬼の弾丸が、創矢に突き刺さる。
     体をくの字に折った彼の懐へと入り込み、鳩尾に拳を叩きこんで行く。
    「っ……」
    「三人目……っと」
     踵を返した絶鬼の向かう先、相変わらず弾んだ調子で戦う恭太朗。
     人数が減っていたことが災いしてか、ダメージが積み重なっていたことも影響してか、連続した突きを受けて昏倒する。
     残る四人はなおも絶鬼を討伐せんと、得物をしっかりと握り直し……。
    「つまらん。そろそろ潮時か……」
     絶鬼が肩を落とし、店の奥の方へと視線を向けていく。
    「帰りに、バックヤードにいる奴等でも殺していくかね。それとも、外を歩いてる奴等を適当に惨殺するか」
     仮に、今の段階で逃げに徹されたのならば追いかけられる保証はない。いくつかの呪詛を施しているとはいえ、今だ肉体は健在。人数が減った状態で止めきれる相手ではないのだから。
     倒せるか? それは難しいと、優太朗は思考する。
     恐らくそれなりに削ってはいるだろう。すぐには回復できない傷も与えているだろう。
     だが、未だに有効打らしい有効打はなく、手数も著しく減っている。今のままでは……。
    「……」
     故に、優太朗は決断する。
     湧き上がる思いを胸に抱き、かけがえのない願いを仕舞いこみ、一歩前へと……。
    「……仕方ありません」
    「ううん、そんな事ない。私が堕ちるよ」
     踏み出そうとした彼を呼び止めて、灯倭が静かに歩き出した。
    「誰かが堕ちて、護られ悔やむだけならば、私が堕ちてその人を護る」
     何が起きても、自分の責任。好きな人達が悲しんでしまうのは悲しいけれど……それでも……。
    「私が抑えるから、みんなは逃げて。もう、大丈夫なはずだから」
     灯倭は内側に眠る闇を介抱し、煌めく刃を絶鬼の肉体に突き立てた。
     ジャケットごと鋼の如き筋肉を引き裂いて、守りを大きく削いでいく。
    「ああ、そうだ、それでいい。ははっ、なんだ、きちんと覚悟できてる奴がいるじゃねぇか!」
     笑いながら、弾んだ調子で、絶鬼は灯倭との交戦を開始した。
     眺めることしかできない燦は、せめて長く生き残ることができるよう、灯倭に光輪の加護を与えていく。
     抱いた感情が何なのか、苦い表情からは伺うことしかできないけれど……。
    「いつか……必ず……」
    「……必ず、生き残って下さいね」
     裕也もまた魔を宿した霧で灯倭を包み込み、抗うための力を与えていく。
     戦い続ける彼女の横顔を一瞥した後に、仲間の救出へと移っていった。
     幸いというべきか、絶鬼にはもう灼滅者たちへの興味はなく、灯倭と交戦しながらもジリジリと後退し始めていた。深追いしなければ、灯倭ですら命を落とすことはないだろう。
    「……」
     仲間を抱き抱えて逃げるさなか、音が消えた。
     振り向く優太朗の瞳に映ったのは、ただ一人立ちすくむ灯倭の姿。
     静かに細められた瞳に宿る光は、果たしてどんな色をしていただろう? 探る暇もないままに、灯倭もまた灼滅者たちは別の方角へと駆けて行く。恐らくは、自分が自分である内に人のいる場所から離れるために……。
     ……こうして、大虐殺は防がれた。少なくとも、死者という意味での被害者は一人もいないという形で終結した。
     今はそれを喜ぼう。ゆっくりと体を休めよう。
     少しでも幸いな未来へ繋がることを信じて……。

    作者:飛翔優 重傷:草壁・悠斗(蒼雷の牙・d03622) 砂原・皐月(禁じられた爪・d12121) 
    死亡:なし
    闇堕ち:華槻・灯倭(月灯りの雪華・d06983) 
    種類:
    公開:2013年3月6日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 14/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ