炎の轍

    作者:灰紫黄

     男にとって登山は生き甲斐だった。少年のころに父からそれを教わり、三十歳を越える現在になっても続けている。
     その日は新しい山に挑戦する楽しい日になるはずだった。事実、途中まではそのような心持だった。しかし今はどうだ。目の前に広がる非現実に自らの正気を疑わざるを得ない。
     あえて言葉にするなら、炎の轍。戦車でも通ったように木々はなぎ倒され、地面は大きく抉られている。さらにその上をごうごうと炎が燃え盛っている。
     分かるのは何かが通った跡だということのみ。……そうだ、その『何か』が近くにいるかもしれない。男は我に返ると、慌てて踵を返す。
     男の足が帰路を踏んだその瞬間、彼の足跡は炎の轍に踏み潰された。
    『オオオオオオオオォォォォォォォーーーーー!!!』
     あとには、燃え盛る獣の遠吠えだけが残された。

    「イフリートが近く現れるよ。話を聞いて」
     須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)は確かな口調で告げると、数枚の写真を黒板に貼り付けた。
    「イフリートの出現場所は県境の登山地。このイフリートは何らかの理由でここに移ってきたみたいで、このままだと登山地を破壊しつくしちゃう」
     犠牲者が出る前にこれを倒さなくてはならない。幸い、イフリートの出現場所ははっきりしている。登山道に沿って歩けばすぐに接触できるはずだ。
    「イフリートはファイアブラッドのサイキックだけじゃなく、単体の対象に回転しての体当たりをしてくる。威力が高くて炎をまとう上、遠距離まで届くから気をつけて」
     体力、攻撃力、スピード。どれをとっても圧倒的な敵だ。だが、放っておけば破壊欲と殺戮欲の赴くままに暴れまわるだろう。どれだけの被害が出るか計り知れない。
    「相手はダークネスだから、止められるのはみんなだけだよ。でも、くれぐれも無理はしないでね」
     説明を終え、まりんはにっこりと笑う。
    「手強い相手だけど、みんななら大丈夫! 頑張ってきてね」
     心配もないわけではないけれど、大丈夫だと信じている。彼女の笑顔は信頼の証ともいえた。


    参加者
    東雲・夜好(ホワイトエンジェル・d00152)
    水鏡・蒼桜(真綿の呪縛・d00494)
    ギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)
    乾・舞夢(スターダスト王蟲・d01269)
    王華・道家(フェイタルジェスター・d02342)
    穂之宮・紗月(セレネの蕾・d02399)
    鴨打・祝人(皆のお兄さん・d08479)
    零零・御都(神様のサイコロ・d10846)

    ■リプレイ

    ●炎の轍
     灼滅者達はイフリートを探し、山に分け入る。もう三月とはいえ山の風は冷たく、肌を傷めつける。雪崩の危険を考えれば、雪山でないことは幸いだったろうか。登山道を進み、やがて大きく山が抉れた場所を見つけた。炭化した木々はまだくすぶり熱を発している。ここだけが山の中で別の世界のように熱かった。
     接敵を予見し、念のために殺界形成を発動。一般人を遠ざける。瞬間、獣の気配を感じた。灼滅者の間に緊張が走る。とげとげしくて、熱い視線。近くに、イフリートがいる。
     鴨打・祝人(皆のお兄さん・d08479)の手がかすかに震える。かつて大きな戦いで闇堕ちしたからだろう。あの時は仕方がなかったとはいえ、自分を手放すことの恐怖は忘れ難かった。でも、自分はここにいる。仲間が助けてくれたから。震える手を無理やり強く握り締めた。
    「轢き逃げイフリートだって。コワイコワ~イ☆」
     派手なアクションで自分の体を抱きしめる少年がいた。仲間の中でただ一人、緊張感のない王華・道家(フェイタルジェスター・d02342)である。相棒のライドキャリバー、MT5も主に便乗してエンジン音で相槌を入れた。けれど彼の目はくまなく周りを見渡している。油断するようなヘマはやらない。
    「ギィくん」
    「うっす」
     水鏡・蒼桜(真綿の呪縛・d00494)とギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)は背中合わせで敵の襲撃に備える。特別な関係にある二人にとって、今回は初めての一緒の依頼となる。蒼桜が背中越しにもギィに視線を向けているのに、彼は気付いているだろうか。おそらく否。彼は今、十分すぎるほどに戦士だった。戦闘以外の思考を削ぎ落としている。
    「さぁ、かかってこい!」
     燃え盛る気配が近付くのを感じ、不敵な笑みを浮かべる乾・舞夢(スターダスト王蟲・d01269)。敵が強いのは分かっている。だからこそ、燃えるものがある。我慢しきれなくてしゅっしゅとシャドーボクシングを始める。
    「塵も残さず……消えてもらうですよ」
     ニコニコと笑う零零・御都(神様のサイコロ・d10846)の表情からは、彼女が何を考えているかは伺い知れない。実は何も考えていないのかもしれないが。足元から伸びる影がゆらゆら揺れた。
    「さて。楽はしたいけど、そうもいかないわよね」
     長いブロンドの髪をかき上げ、東雲・夜好(ホワイトエンジェル・d00152)は一息ついた。ついでに服の煤も払っておく。これから汚れるのだろうが、こだわりの一品にはいくら気をかけても惜しくはないものだ。
    (「来るなら早く来て」)
     あぶるようにじりじりと強くなる熱気。それだけイフリートが近くにいるということだろう。特別臆病なつもりもないが、強いつもりもない。戦いに備え、穂之宮・紗月(セレネの蕾・d02399)は得物の感触を確かめる。
     一瞬、熱気が膨らむ。森から眩い炎の光が現れ、灼滅者達を睨みつけた。トラとクマを掛け合わせたような、ひどく武骨な形である。回転するとき邪魔にならないようにだろうか、頭の角は真横に伸びていた。

    ●獣と人
     体を丸めたイフリートが山道を転がって突進してくる。巨体だけでも威力はすさまじいだろうに、ごうごうと炎をまとっている。仲間を庇い、道家がおどけたポーズでその前に立ち塞がる。吹き飛ばされてもポーズを崩さず、人形のように宙を舞った。
    「OH!! アツイYO! でもこんなモンじゃやられないYO!」
     悲鳴を上げながらも道家は空中で反転、気の弾丸を発射。しかし炎の体毛に弾かれる。
     横だめに斬艦刀を構え、ギィが踏み込む。力ずくで振り抜き、暗い炎を帯びた一撃を見舞う。炎同士がせめぎ合うもなんとか押し切った。
    『オオオオオオォォォォォ!!』
     イフリートが吼え、炎の波を放った。前衛を丸ごと飲み込み、それぞれにダメージを与える。
    「胸いっぱいのぶつかりあいをはじめよーかっ」
     服がちょっと焦げたくらいでは、舞夢はめげない負けない倒れない。軽いフットワークで懐に潜り込み、右の拳を振り抜く。楽しそうに笑う姿は、全力で遊ぶ子供そのものだ。
    「氷漬けになってくださいっ!!」
     紗月が叫ぶと、熱い戦場から急激に熱が奪われ、イフリートの体が凍る。すぐに溶けるが、わずかに凍傷を残す。さらに重ねて御都も凍結魔法を仕掛ける。ポジション効果もあり、凍傷がみるみるうちに広がっていく。
    「行くぞ、イフリート!!」
     拳から然りの盾を展開、祝人は正面からぶつかっていく。半透明の盾越しに両者の視線がぶつかる。殺意と衝動に満ちた目付き。いつかの自分もそうであったろうと思うと、やはり仲間のありがたみを思い知らされる。
    『バウッ!!』
     イフリートは首を振って祝人を突き飛ばし、距離をとった。瞬時に炎の翼を解き放ち、自らの体に魔力を還元させる。
    「縛りなさい」
     指輪が淡く輝き、白い装束をその色に染めた。放たれた麻痺の弾丸が命中し、イフリートの動きを鈍らせる。どれだけ強くとも一度に複数のことをこなせはしない。灼滅者は弱い分、手数がある。攻撃も回復も妨害も一体となってイフリートを追い詰めていく。
    「当たって!」
     ライフルの照準を絞り、バレルを伸展。さらにトリガーを引く。ビームは額を直撃し、わずかにイフリートの思考を乱していく。よりよく戦うことが恋人を守ることにもつながる。グリップを握り手にも自然と力が入った。
     灼滅者達は自らのなすべきことを為し、着実に結果を重ねて行く。しかし、それに対するイフリートもまだまだ余裕を見せていた。

    ●ハンティング
     再び体を丸め、イフリートが突進。後衛を狙ったそれは、間一髪でMT5に阻まれた。仲間をかばったMT5を半壊状態に追い込む。サーヴァントやそれを操る灼滅者にとっては、当たり所次第で致命傷になりうる一撃だ。
    「ふわまる、回復だ!」
     ナノナノ二体が回復を試みるも、なかなか損傷は直らない。MT5もスロットル全開、エンジンを最高回転まで持っていく。
    「MT5、キミのことは忘れないYO!」
     まだ倒れていないのに眼薬で涙を演出し、道家が突撃。槍を包む妖気がつららに変質、イフリートに迫る。しかしイフリートはあっさりと飛び退いて避ける。
     元々、灼滅者とダークネスには能力に大きな開きがある。体力や攻撃力はもちろん、身体能力も。灼滅者同士の戦いとは勝手が違う。当然、攻撃も素直には通してもらえない。だから知恵と戦術で埋め合わせなくてはならない。そのための仲間でもある。
    「さっさと消えてください。邪魔なので」
     ニコニコと笑う御都の影から無数の腕が伸び、イフリートを縛り付ける。途端に目に見えて動きが悪くなる。御都の仕事は敵を追い詰めること。ただ淡々と事実を積み重ね、仲間を有利に導いていく。
     脚をもつれさせたイフリートを舞夢がタコ殴りにし、蒼桜が裁きの光で照らす。この攻撃でようやく、イフリートが苦悶の声を上げた。
    「手加減油断容赦なし、思いっきり暴れやしょうぜ」
     全身をバネにしたギィは、戦艦すら断ち切れそうな一撃を叩き込む。斬るというよりも、割る。確かな手応えとともにイフリートの肉と骨を砕く。
    「私も負けてられないわね」
     夜好が指差す先には炎の魔獣。赤い逆十字を召喚し精神ごとイフリートを断ち切る。よく見れば、足元も覚束なくなってきただろうか。油断なく敵の様子を観察する。
    『オオオオオォォォォッ!』
     炎の翼を展開して傷を癒すも、足りない。傷口から流れる血が液体燃料のように燃え上がる。
    「逃がしませんよ!」
     紗月は矢を魔力で生成、弓を引く。矢は傷口に命中し、秘めた魔力を炸裂させる。怯んだ隙に、さらにガトリングで火の雨を降らせた。重ねて祝人が拳を何度も撃ちつけた。
     さすがのイフリートも灼滅者の猛攻に膝を折る。けれど、眼に宿る炎は未だ衰えない。目の前の敵を全て滅ぼすか、あるいは自身が滅ばされるまで衝動は止まらないだろう。
    『オオオオオオオオオォォォォォォォォッ!!!』
     自らの存在を誇示するように、一際大きく吼える。山を揺るがすような咆哮であった。

    ●炎獣は眠る
     三度、イフリートの突進。祝人が正面から受け止めた。すかさずふわまるも傷を癒す。
    「ギィさん!」
     蒼桜の声にギィは無言で頷く。裁きの光が放たれるのに合わせて背後に回り、斬艦刀に赤いオーラをまとわせる。燃える血すら飲み干すように、一気に斬り伏せた。回復する隙など与えない。舞夢が距離を詰める。身の丈ほどもありそうな大鎌を振り被った。
    「ちぇえぇすとぉーっ!」
     刃が燃える血に濡れ、傷口を抉る。さらに道家、MT5の主従コンビが突撃、追い討ちをかける。
    『アアアアァァァッ』
     悲鳴に近い呻り声を上げるイフリート。けれど夜好がナノナノとともに攻撃すればその声も小さくなっていく。そこに紗月の魔法の矢も加われば、もう虫の息だ。
    「無駄に抵抗するから痛い目に遭うんですよ。消滅してください」
     御都の笑顔が深くなる。イフリートは恐怖を覚え、逃走しようと跳ぶが、それを彼女が許すはずもない。結局、足元から伸びる影の腕によって寸断された。

     一応、イフリートが現れた原因を探ってみたが目ぼしい手掛かりは見つからない。ただ破壊欲を満たすためのいどうだったのかもしれない。
    「迷惑な害獣ですね……何がしたかったんですか?」
     イフリートがいた辺りを眺めて毒づく御都。寸断されたイフリートの体は自らを火葬するように燃え上がり、やがて燃え尽きた。死体を残さないのは獣のプライドだろうか。
    「ふぅ。何とか、なったわね……疲れた」
     夜好は白いロリータドレスの裾を払い、溜め息をつく。
    「ふはっ、つかれたーっ! おなかすいたよーっ!」
    「同じくです。少し休みます」
     疲労と空腹でへたり込む舞夢と紗月。みんな満身創痍だったが、無事だ。お互いが役目を果した結果だろう。
    「なら、ミッチーの出番ダNE! スリー、トゥー、ワン!」
     道家は手品の要領でお菓子を出して見せる。少し形が崩れているのはご愛嬌。
    「どうしました?」
    「や、なんでもないっすよ」
     遠くを見詰めるギィに、蒼桜が声をかける。意味がないとしても、詮無いことを考えてしまう。それでも今は目の前の勝利を喜ぼう。蒼桜が微笑んでくれると、気持ちも軽くなった。
    「山の熊などには気をつけよう! お兄さんとの約束だ!」
     ずっとタイミングを計っていた祝人が誰にでも叫んだ。一瞬、みんなが唖然とするが、彼は動じない。だってお兄さんだから。
     最低限の片づけを終えた灼滅者達は山を降りる。少しだけ割いていた花之香りが、春の訪れを予感させてくれた。

    作者:灰紫黄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年3月6日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 5
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