血と淫蕩の契り

    作者:飛翔優

    ●馬鹿な不良は疲れるよ
     廃ビルの一室で、どことなくスッキリとした様子のグラマラスな美女に、不良の頭が浮ついた調子で語りかける。
    「すごかっただろう? 俺達のSpecialTechnic!」
    「ええ、とても」
    (「酷いなんてもんじゃなかったわよ。このピー野郎ども」)
     心の声などおくびにも出さず、美女はただ微笑んだ。
     ただそれだけで、不良のリーダーの鼻の下がだらしなく伸びていく。リーダーですらこの調子なのだから、舎弟たちは推して測るべき状態だ。
    「それで……約束、守ってくれるわよ?」
    「ああ、もちろん! 何かあったら協力するよ!! まあ、その代わり……」
     不良の浮かべるいやらしい笑みは先ほどを思い出してのことだろう。
    「ええ、その度に気持ちよくしてあげるわ。……お互いにね」
    (「……ま、このくらいの対価なら安いもんだけど」)
     にっこり微笑み受け止めて、美女は踵を返していく。それを、約束の契と成していく。
     ――ここでもまた一つ、淫魔と不良の契が結ばれた。あくまで表面上は平等に……。

    ●放課後の教室にて
     灼滅者たちを出迎えた倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は、深い溜息を吐きながら口を開いた。
    「今までエクスブレインの予知にもかからなかったダークネス……ヴァンパイア・小此木の動向が察知されました」
     察知することができた理由は、淫魔が大樟の下に訪問したこと。そして……と、葉月は溜息を吐くと共に続けていく。
    「似たような事件が続いていますが……ええ、同様に営業を行なって、約束を交わしました。自分達の邪魔をしないよう仲良くしましょう、と」
     故に、仮に淫魔を狙った場合、仲良くなった小此木が淫魔の守護を目的として戦いに参加するため、敗北の危険性が高い。
    「なので、今回は淫魔が立ち去った直後の油断している小此木を襲撃する……そんな作戦を行なって下さい」
     葉月は地図を広げ、廃ビルを指し示す。
    「小此木が拠点としているのはこの廃ビルの三階。皆様が赴く時間……三時頃はちょうど淫魔が立ち去るタイミングでしょうから、物陰に隠れてやり過ごせば見つからずに到達できるはずです」
     到達したならば、色々あってテンションが上がっている小此木たちと戦えばいい。
     ただし……と、葉月は小さな溜息を吐く。
    「問題がありまして、どうも小此木は普通のヴァンパイアとは違うようです。なんとなくですが、武蔵坂学園の存在を知られたり、灼滅してしまうと不味い、という予感がよぎるのです。なので……」
     小此木は灼滅せず、強化一般人と化している舎弟を叩きのめして救出する。それが、今回の目的となる。
     敵戦力は小此木の他、舎弟である強化一般人が五人。
     小此木自身の力量は、舎弟がいれば八人と渡り合える程度。
     得物は剣。破壊力に優れており、赤きオーラを纏いし刃、赤きオーラの逆十字、霧を展開しながらの回復と、ダンピールと同じような力を用いてくる。
     一方、舎弟となる五人の力量はそこまででもない。しかし防御力に優れていて、常に小此木を護るように立ちまわってくる。更に、メリケンを用いての攻撃には、全て己を害する力を取り除く力が含まれている。
    「以上で説明を終了します」
     言葉を終えた葉月は灼滅者たちへと向き直る。地図などを渡し、締めくくりの言葉を紡いでいく。
    「まとめれば、今回の作戦は……淫魔撤退後の油断している小此木たちを襲撃し、強化一般人のみを倒して救出すること。淫魔を倒そうと行動する際や、小此木を灼滅することについての注意点は先ほど語った通りです。ですから、そのことを念頭に……何よりも、無事に帰って来て下さいね? 約束ですよ?」


    参加者
    喜屋武・波琉那(淫魔の踊り子・d01788)
    霧島・絶奈(胞霧城塞のアヴァロン・d03009)
    御神・白焔(黎明の残月・d03806)
    綾木・祇翠(紅焔の風雲・d05886)
    月雲・螢(暗黒物質おみまいするわよ・d06312)
    咬山・千尋(中学生ダンピール・d07814)
    亜麻宮・花火(もみじ饅頭・d12462)
    霞代・弥由姫(忌下憬月・d13152)

    ■リプレイ

    ●薄汚れたいびつな城
    「ったく、近頃のガキは盛りやがって。……ま、その分制御しやすくは在るんだが……」
     昼下がりの廃ビルから脱出した淫魔が、悪態をつきながら街中へと消えていく。
     物陰から監視していた灼滅者たちは極力音を立てないよう顔を出し、気取られないよう廃ビルの敷地内へと移動した。
     今の段階で、淫魔とヴァンパイア両方を相手取る力はない。故に淫魔は見逃した。
     対処すべきは、未だ夢の余韻に浸っているだろうヴァンパイア・小此木を中心とする不良たち。
     灼滅者たちは頷き合い、聳え立つ廃ビルへと向き直る。
    「……それにしても、随分お粗末なお城だこと」
     日に焼け蔦が這い荒れるがままになっている姿を前に、咬山・千尋(中学生ダンピール・d07814)が小さな溜息を吐き出した。
     同時にスレイヤーカードを引き抜いて、武装を整えていく。
     全ては己等の所属を偽るため。
     何が起きても大丈夫なようにするために……。

     亀裂が少ないなど比較的まともな三階フロアで、小此木たちは何々が凄かっただの下品な会話を交わしていた。
     否応にも耳に届く言葉と舞い上がる埃に顔をしかめつつ、霞代・弥由姫(忌下憬月・d13152)が静かな溜息を響かせる。
    「こんな汚らわしい場所に……別にこの方達じゃなくても良かったじゃありませんの……」
    「俺は強い奴と戦えれば文句ない……楽しんでいこうぜ」
     綾木・祇翠(紅焔の風雲・d05886)は指を鳴らし、戸惑いながらも警戒の色を見せ始めた小此木たちを睨みつける。
     一方御神・白焔(黎明の残月・d03806)は静かな笑みを浮かべながら凄まじい殺気を解き放った。
    「っ!?」
    「さて、手合わせ願おう」
     反応できたのは一人だけ。残る不良たちは二歩ほど下がり、身構えながら口を開く。
    「小此木さん! こいつら……」
    「分からねぇ……だが」
    「ちょっと、今回だけの共闘なんだから、抜け駆けは許さないよ!」
     会話に割り込む形で喜屋武・波琉那(淫魔の踊り子・d01788)が影を放った。
     小此木と呼ばれた男は剣を引き抜きながら打ち払い、憤怒に顔を歪めていく。
    「何だか分からねぇが、関係ねぇ! てめぇら、あっちから喧嘩打ってきたんだ、俺たちの力を思い知らせてやろうぜ! ……何」
     かと思えばいやらしい笑みを浮かべ、女性陣を舐めるように眺め回していく。
    「そうだな、女は倒した奴のもんだ、いいな!」
    「うぉぉぉぉ!」
     浮き足立っていた不良たちを統率し、戦うための精神状態へと引き上げる。
     床を駆ける音色を合図として、廃ビルでの戦いが開幕した。

    ●小此木と愉快な仲間たち
     静かな霧に抱かれて、霧島・絶奈(胞霧城塞のアヴァロン・d03009)は槍を抜く。
     舎弟のメリケン付きストレートを優雅なステップで回避して、捻りを入れた穂先を突き出した。
    「遅いですね。その程度では、汚れ一つ付けることなんてできませんよ」
    「何だと!」
     肩を突いたはずなのに、舎弟に大きな変化はない。ただ、顔を真赤にして、再び殴りかかってくる。
     素早く槍を引き戻し、柄を盾代わりにして受け止める。
     横へ流すと共に片手を離し、無防備な背中に拳を連打した。
     一方、祇翠も舎弟からの一撃をクロスさせた腕で受け止めて、膝をバネにして弾き返す。
    「っ! ……へぇ、なかなかやるな。だが……」
     勢いのまま拳を引き、オーラを雷へと変換した。
     仰け反りよろめく舎弟の顎に、火花散らすアッパーカット。耐えるための力を得ると共に、その舎弟を後方へと退かせる。
    「っ!」
     さなかに感じた殺気に反応し、素早く右側へと跳躍した。
     小此木の進路に割り込んで、勢い半ばにて振るわれた剣を両手で白刃取り。
    「おっと、悪い。お前は、俺の獲物だったな。何、これからはよそ見なんてさせないぜ」
     勢いを殺した上で跳ね返し、数歩後方へと退かせる。
    「てめぇ……」
    「次は、前衛を……」
     怒りに染まる小此木を横目に、治療役へ光を与え終えた月雲・螢(暗黒物質おみまいするわよ・d06312)が祇翠に光輪の加護を与えていく。
     粗暴な集団を演じることへの不服を心の内側へと閉じ込めて、己の任を全うする。
     続いて、光輪の加護を施されたのは亜麻宮・花火(もみじ饅頭・d12462)。
     彼女はニヤリと口の端を持ち上げて、一歩横へと引いていく。
     舎弟からの拳を回避して、杖に魔力を込め始めた。
     充填完了と共に舎弟を下から掬い上げ、爆裂する魔力で仮初の力を削り取る。
     壁へと叩きつけたならもう、その舎弟は動けない。
    「あはは! 弱すぎですね!」
     一つ目の戦果により一層調子づき、花火は歩調を弾ませる。余裕ある表情で杖を握り、力を込め始めて行く。
     もっとも、心はそこまで勢いづいているわけではない。
     冷静に敵の表情を、動きを見た上で、挑発し続けているだけだ。
     功を成したのか、一人の舎弟が無防備に見える花火へと向かっていく。
     冷静に身を引き、花火は避ける。
     すれ違いざまに拳を叩き込み、空気の塊を吐き出せた。

     舎弟のフックを受け止めて、弥由姫は溜息を吐き出した。
    「そもそも面倒事からして嫌いなのですわぁ……共闘の約束ですからお付き合いはしますが」
     跳ね除けるとともに槍を構え、捻りを入れた一撃を打ち込んでいく。
     動くたびに舞い上がる埃に眉を潜め、スカートの裾を手で払った。
    「埃が気持ち悪い……さっさと済ませて帰りたいですわ……」
     今一度溜息をつくと共に、杖に魔力を溜めていく。近づいてきた舎弟を打ち返し、インパクト共に二度、三度と偽りの力を揺さぶった。
     ふらつき始めた舎弟を前にして、波琉那は一旦放とうとした影を留めていく。
     相手は強化されているとはいえ、元は一般人。早々オーバーキルで殺害してしまうことなどないだろうけれど、それでも紛れはある。
     故に、状態をしっかり見定める。
     間違いを起こしてしまわぬよう。
    「……もう一発。君は絶奈くんの治療をお願い」
     霊犬に指示を出しながら、改めて影を放っていく。暗き闇で覆い尽くし、戦う力を奪い去った。
     再び仲間が倒れたことにより、浮き足出す舎弟たち。小此木が諌めようとしているけれど、一旦切れた緊張の糸をつなぎ合わせることは難しい。
    「おいおい、遊び相手がいなくて退屈してたんじゃないのかい!」
     躊躇う理由など欠片もなく、千尋が棺に仕込んだガトリングガンを連射する。打ち据えた舎弟の様子を観察し、影を蝙蝠の形へと変えていく。
     その頃には、舎弟たちも若干の落ち着きを取り戻していた。が、時既に遅く、千尋のライドキャリアバーが今現在狙いを定めている舎弟に体当たりをぶちかます。
     揺らいだ瞬間を見逃さず、千尋は影蝙蝠を解き放った。
     何匹も、何匹も、舎弟の体を覆えるよう。恐怖を与えられるように。
    「斬刑に処す」
     闇の只中で暴れる舎弟に、白焔の刃が引導を渡した。
     彼は即座に踵を返し、次の相手に向かって疾駆する。
     かと思えば直角に向きを変え、小此木へと吶喊した。
    「折角だ。鬼退治と洒落込もう――愉しもうか、吸血鬼」
    「この……」
     振り下ろされた剣を受け流し、吐息が伝わるほどに体を寄せていく。
     刃は振るわず、駆け抜けて、その先にいる舎弟に襲いかかった。
    「……てめぇ」
     殺気を受けても、白焔の動きは変わらない。
     絶えず戦場を駆け回り、狙った相手だけに襲いかかる。道中他を惑わすことがあったとしても、今襲いかかるべき相手だけは違えない。
     再び刃が閃いた時、別の舎弟が花火に襲いかかった。
    「っと、わたしに勝てると思ってるんですか?」
     容易く避けて、足をかける。
     バランスを崩した所に、何度も何度も殴りつける。
     その頃、ようやく蛍の行なっていた加護の配布が完了した。
    「さて、そろそろ貴方の血を頂くわ、元気が良く甘美なでしょうね」
     静かな微笑みと共に鉄槌を振り上げて、舎弟めがけて振り下ろす。
     数多の攻撃に晒された舎弟はそれでもなんとか経ったまま、拳を握って殴りかかった。

    「あはは! これで後二人だね!」
     花火が杖を握り直すとともに、舎弟が一人倒れていく。
     明るく笑う彼女の言葉が示すように、残る敵は小此木と舎弟一人。力量の差を考えても、ここまで来ればおおよそ覆されることのない状況だ。
    「ちっ!」
     もはや舎弟を鼓舞するのも忘れ、小此木が千尋に襲いかかった。
     千尋はライドキャリバーにまたがり退避して、勢いをつけて特攻する。
    「喰らいな……クロスアタック!」
     インパクトと共に紅に輝く剣を振りぬいて、小此木を壁際まで……出入り口近くまで後退させる。
     残る灼滅者たちは最後の舎弟へと向き直り、ジリジリと距離を詰め始めた。
     その光景に小此木はどんな感情を抱いただろう? いずれにせよ……。
    「……後は任せた」
    「はいっ!」
     小此木は逃げた、灼滅者たちの目論見通り。
    「こんなものか。ま、後は好きに逝くといい」
     興味を失った風に肩を落とし、白焔が刃を閃かせる。
    「まあ、同族には興味がないからね。それよりも、食事を」
     絶奈も演技を続けたまま、閃光百烈拳を叩き込んだ。
     二歩、三歩と窓際に後退していく舎弟。
     即座に祇翠が懐の中へと踏み込んで、上空へと打ち上げた。
    「が……」
    「雷翔の拳撃、俺の一撃の前に失せな……下衆不良が」
     祇翠が背を向けるとともに、舎弟は床に落下する。
     重々しい音を響かせ昏倒し、廃ビルには久しくない静寂が訪れた。
     灼滅者たちは今一度周囲を見回して、小此木の逃亡を確認する。
     ならば、次は尋問を。その前に……不良たちが風邪を引かぬよう、介抱の時間と参ろうか。

    ●真実は……
     静寂に満ちる廃ビルの一室で、不良たちは覚醒した。
     意識が朧気な段階から、灼滅者たちは尋問を開始する。
    「さっきイイことしてた女は誰?」
     例えば波琉那は同類の不良学生であると偽装して、正面から一人の不良に問いかけた。
     一方、蛍は……。
    「ふふっ貴方達のしていた事に興味があるの、詳しく教えてくださる?」
     軽く身を起こした不良にしなだれかかり、唇を近くまで寄せていく。戸惑う頬を指先で優しくなぞり、揺らぐ瞳を覗きこんでいく。
    「貴方と素敵な関係を続けたいわ」
     かと思えば甘い吐息を耳元に吹きつけて、不良の体を震わせる。
     真っ赤になった向き直ってきたならば、とろけるような笑顔でねえ? と強請るように問いかける。
     淫魔よりも淫魔らしく、若い心を掴み取る。全ては偽りだとしても……。
    「……ねぇ、今度逢いに行きたいから学校の名前と場所、教えて?」
     絶奈もまるで恋人であるかのように、一人の不良に甘えていた。胸元に指を這わせながら、唇に吐息を吹きかけていた。
     そうして得た情報は……あまりかんばしいものではない。元々一般人である上に、総員別々の学校……恐らくは街中で偶然であったものを小此木が舎弟にしただけの存在だったのだから。
    「こちらも、既に小此木は姿をくらませた後でした……」
     上階から小此木の足跡を追おうとしていた弥由姫も、失敗したと告げていく。
     それにて尋問は打ち切りとなり、不良たちに吸血を施し安全な場所へと寝かしつけた。
     軽く肩を落としたまま、灼滅者たちは帰還する。
     今、何が起きているのか。全てが解明されていない状態だけれども……少なくとも、これから命を落とす一般人は減少した。ただ、その事実を胸に抱き……。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年3月7日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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