愛、歌う者

    作者:灰紫黄

     二人の男女が河原を歩いていた。一方は麗しい少女、もう一方は何故か平安貴族風の装束の男だった。それもそのはず彼は小倉和歌怪人だった。徒然と手を繋いで歩く様は俗に言うデートといえるかもしれない。いや、逢引と表現するべきだろうか。
    「わたし、もう帰るわ。ラブリンスター様に報告しないと。することはしたんだし」
    「そうか。次はいつ会えるんだい?」
     和歌怪人が不安を隠して聞くと、サイドテールを揺らし、少女は苦笑した。
    「心配しないでもすぐに会えるわよ」
    「ならいいのだけれど。和歌子、あなたに会えないと思うだけで私は胸が張り裂けそうだ」
    「ふふ、大袈裟な人ね。嫌いじゃないけど」
     和歌子は悪戯っぽく笑い、頬に口づけする。すると、怪人の顔が火が点いたように真っ赤になった。

     集まった灼滅者に口日・目(中学生エクスブレイン・dn0077)はこう切り出した。
    「また淫魔の『営業活動』が確認されたわ。京都のご当地怪人が相手よ」
     最近、淫魔の一グループが他勢力のダークネスと交流を図っていて、彼女らはこれを『営業』と称している。
    「今回は京都の小倉和歌怪人がその標的。案の定、メロメロにされてるわ」
     というわけで淫魔が去った後の油断しきった怪人を倒して欲しいのである。淫魔を倒そうとすると、怪人が助太刀するので非常に困難な戦いになることは必至である。
    「小倉和歌怪人は淫魔が去った後、ぼんやりと座って河原を眺めてるから、ここを襲撃すれば倒せるはず。あと、夕暮れ時なら確実に淫魔とは遭遇しないと思う」
     和歌怪人はご当地ヒーローのものに加え、護符揃えのサイキックを使う。淫魔に心を奪われて気はそぞろだが、油断はできない相手である。
    「この怪人なんだけど、かなり純情みたい。文字通り身も心も、て感じね。だから淫魔を命がけで守ろうとするわ」
     念のため、と目は付け足す。頷いて、灼滅者達は教室をあとにした。


    参加者
    風鳴・江夜(ベルゼバブ・d00176)
    市原・八鹿(ソウル・オブ・チェイン・d02374)
    長姫・麗羽(高校生シャドウハンター・d02536)
    曹・華琳(サウンドポエマー・d03934)
    西園寺・奏(魔を宿すもの・d06871)
    猪坂・仁恵(贖罪の羊・d10512)
    紅羽・流希(挑戦者・d10975)

    ■リプレイ

    ●愛、黄昏れる者
     夕暮れ時の河原で、怪人一体が黄昏れていた。平安貴族風の装束に、頭部だけは平安貴族の化粧を模した着ぐるみを被っている。その名は小倉和歌怪人。大きな烏帽子がシュールだ。
    「和歌子、あなたに会うためなら私は死んでもいい……」
     ひどく物騒な呟きをひとつ、河に石を投げ入れる。穏やかな水面に波紋が広がった。けれどすぐに消える。不意に横から声がした。
    「どうして、溜め息をついているの?」
     声の主は西園寺・奏(魔を宿すもの・d06871)だ。いつの間にか、八人の少年少女が怪人の傍に集まっていた。
    「和歌子さんって貴方の好きな人? ねぇ、どんな人なの?」
     奏の瞳はどこまでも無垢で、けれどひどく無遠慮だ。純粋すぎる好奇心に、怪人は苦笑した。あなたには恋愛の機微はまだ早い、と。
    「で、自分は彼女のどこが好きなわけ?」
     さらに市原・八鹿(ソウル・オブ・チェイン・d02374)の質問が飛ぶ。ぽっと怪人の着ぐるみの頬が赤くなる。仕組みは分からない。
    「出会いは? どんな感じやったん? 告白は? 相手から? 自分から? どっち?」
     マシンガンのように繰り出される質問に、怪人は眉を寄せる。最初は観光客の気紛れと思っていたが、こうもしつこいと疑いたくなる。
    「そんなに素敵な人だったんですか、その和歌子さん」
     けれど疑念は、柔らかく笑む風鳴・江夜(ベルゼバブ・d00176)の言葉によって吹き飛んでしまう。和歌子の笑顔を、思い出してしまったから。時に艶やかな表情を見せたと思ったら、違う時には本当の少女のようなあどけない笑顔を見せてくれた。どれも忘れ難くて、胸を締め付ける。
    「それはよく本の中に出てくる、恋ってやつですね。素敵です! ……まぁ、僕は患ったことがないからあなたの気持はわからないですけど」
     ますます真っ赤になる和歌怪人。恥ずかしくなって視線を河に戻した。無表情な猪坂・仁恵(贖罪の羊・d10512)がさらに問いかける。和服に和笠を合わせるのはいいが、笠をくるくる回すのはいささか子供っぽい。
    「可愛い子だったんですかね? なるほど、初めてのデートはどこで? 家は……知らないんですよね」
    「ええ、和歌子は素敵な女性でした。……淫魔ですけれど」
     先ほどとは打って変わって真顔に戻った和歌怪人は、袖から護符を取り出す。完全に臨戦態勢だ。
    「あなたたちは何者です? 私と和歌子の関係を探って、どうしようというのです? 返答によってはあなたたちを……」
     自分達の正体は明かさずに、質問ばかりすれば怪しまれるのも当然といえた。それも愛する和歌子の質問ばかりである。何か裏があると疑うのも然り。
    「申し訳ないが、その質問には答えられない。あなたの恋路を最後まで見守りたかったのですが……。残念です」
     ダークネスと灼滅者という立場の違いこそあれ、恋焦がれる男の気持ちは理解できた。けれど、こうなっては仕方ない。紅羽・流希(挑戦者・d10975)はスレイヤーカードから武器を呼び出し、思考を研ぎ澄ませていく。
     合わせて、仲間達も武器を握った。夕暮れの河原に、火花が散る。

    ●愛、闘う者
     情報収集は黙っていた長姫・麗羽(高校生シャドウハンター・d02536)も、戦闘となれば本気を出さざるを得ない。彼が和歌子を愛しているほど、和歌子は彼を愛してはいないだろう。彼女からラブリンスターへの想いも同じだろうか。けれど、やらねばならぬことは同じ。やるせない気持ちもいったん封印する。光の盾を展開、仲間に守りを付与する。
    「あなたたちの首を、和歌子に捧げるとしましょう」
     怪人は符の一枚を破り、宙に投げる。符から青い光が弾け、彼を状態異常から守る幕となる。
     銀の髪をなびかせ、アインホルン・エーデルシュタイン(一角獣・d05841)が槍を構えて突進する。その名の通り一角獣を思わせる鋭い一撃が和服の袖を切り裂く。下手に踏み込むより、素直に灼滅した方がいいかもしれない。どちらにせよ、灼滅するのは同じなのだから。黒い槍を握る手に力が入った。
    「君なら、春風に……という歌はご存知だろう。すでに彼女の心は君にないかもしれんぞ?」
     曹・華琳(サウンドポエマー・d03934)が詠んだのは、女性の移り気を歌った和歌だ。小倉和歌怪人と名乗るからには知らないはずはないのだが、彼はただ首を傾げるのみ。
    「まさか、知らないのか!?」
    「ええ、お恥ずかしながら」
     驚愕する華琳をよそに、和歌怪人はあぶら取り紙で額を拭く。
    「けれど、言わんとすることは分かります。和歌子は淫魔ですから、あなたがそう考えるのも無理はない。むしろ自然でしょう」
     掌から放たれる桜色のビームが華琳を狙うも、八鹿が代わりに受け止める。ビームの効果で、彼女の心に怒りが湧いてきた。
    「そろそろ天狗的な怪人が出てきてもいいじゃない!?」
    「いえ、あの……すみません」
     天狗と友達だと語る彼女にとって、京都といえば天狗である。天狗のご当地怪人と遭遇できないのはフラストレーションになっていた。理不尽な怒りを燃えるチェーンソーに乗せて叩き込む。自業自得とはいえ、和歌怪人も平謝り。
    「落ち着くですよー」
     仁恵の口から美しい歌語が響き、八鹿の怒りを鎮める。八鹿がちらっと振り返ると、仁恵は無表情なままサムズアップ。
    「すまんが、討たせてもらう。お前の恋の結末は俺があの世に行った時にお前に教えてやるから、あっちで待っててくれ」
    「いえ、ここで死ぬのはあなたたちですよ」
     流希の光剣から刃が放たれ、怪人を襲う。怪人は衣装を切り刻まれながらも跳躍し、飛び蹴りを見舞う。流希の胸に草履の跡がくっきりと残された。いくら心を捧げても、和歌子には届かないかもしれないのに。流希の憐憫の情を見透かしたように、和歌怪人は不敵に笑った。

    ●愛、抗う者
     華琳の無敵斬艦刀が和歌怪人の脇腹に突き刺さる。そのまま力ずくで斬り裂こうとするが、刃は怪人の手に止められて進まない。
    「あえてもう一度聞くぞ。和歌子について知っていることはないか?」
    「くどい!」
     刃を引き抜き、放り投げた。傷から血が流れても、気に留める様子はない。頑として和歌子のこと答えないのは、彼女を守るためか。感心すると同時に、同情も禁じえない。
    「当たって!」
    「少し、油断が過ぎますよ」
     八鹿の攻撃を怪人は後ろに跳び退いて回避する。情報収集に気を取られ、若干、戦闘に集中できなかったかもしれない。
    「どうしても諦められないっていうなら僕が貴方の恋、燃やし尽くしてあげますよ」
     くすり、と笑む江夜。戦闘前の気だるげな雰囲気はなく、人を食ったような笑みを浮かべていた。仲睦まじさを見せつけるように、パートナーのルキと連携攻撃を仕掛ける。江夜の攻撃は気魄ばかりのせいで避けられたが、ルキがそこに霊気をぶつける。
    「こ、のぉっ!」
     苦し紛れに和歌怪人が放った飛び蹴りがアインホルンを吹き飛ばす。アインホルンは黒いクラブを具現化して傷を癒すのと同時、和歌怪人へと思いを巡らせる。恋をするのはいいかもしれないけれど、恋する相手を誤れば灼滅される。可哀想だけど、もし次があればちゃんとした恋ができますように。掌から黒い弾丸が放たれ、和装を毒で汚染した。
    「貴方は和歌子さんに利用されているだけかもしれないんだよ?」
     黒い影をまとった奏の拳が和歌怪人の顎を捉えた。怪人の脳裏に浮かぶ恐怖。それは自分を裏切る和歌子の姿ではなかった。和歌子を失い、一人で佇む自分の姿だった。
    「利用されていたとしても、出会えぬよりはいいでしょう」
     青い符を傷に貼り、なんとか傷を癒す。けれど、傷は深く癒しきれない。
     何も言わず体当たりを仕掛ける麗羽。余計なことは考えない。今はただ、敵を倒すことを考えよう。それが最善であると信じて。
    「く……っ」
     攻撃が急所に命中したのか、和歌怪人は膝を折る。それでも、着ぐるみ越しに見える瞳からは闘志が感じられた。執念と言い換えることもできるだろうか。
    「もう一度、和歌子に会うためにはここで倒れるわけにはいきません」
     灼滅者側も損傷は濃いが、和歌怪人も深手を負っていた。とうに回復は追い付いていない。それでも、意地で立ち上がる。
    「お前、男だな」
    「あなたも、でしょう」
     流希の光剣と符が交錯し、弾けた。

    ●愛、散る者
     油断なく和歌怪人を追い詰める灼滅者達。けれど、感情は割り切れない。
    「教えてください、和歌子さんのこと」
    「くどいと言いました」
    「ううん。そうじゃなくて……知りたいのは、どうして恋したのか、です」
     奏の問いに、和歌怪人は淡く笑った。いつか分かる、としか答えなかったのはせめてもの仕返しだろうか。命の残り少ない怪人に、仁恵は和歌をメロディに乗せて紡ぐ。
    「滝の音は……という歌です。消えてしまったとしても、ずうと見た者の心に残るです」
     いつも薄いはずの彼女の表情がわずかに曇る。やっぱりやりきれない。
    「安心して逝ってください。すぐに和歌子さんもそちらに送りますから」
    「それは、困りますね」
     怪人は、深く笑む江夜の炎の剣を右手で、ルキの霊波を左手の符で受け止めた。その隙を縫って、アインホルンの槍が胴を貫いた。どうと音を立てて倒れ込む。すでに寿命も尽きたようだ。脚の先から桜の花びらになって散っていく。
    「和歌子に、何かあれば聞こう」
     初めて口を開く麗羽。表情は伺えないが、声音には苦い感情が滲む。
    「では、逃げろ、と。あなたたちが和歌子に出会うとすれば、彼女にとってそれは危機ですからね」
     苦しそうに呻きながらも、怪人は苦笑いする。精一杯の皮肉だった。次いで、華琳に話しかける。
    「彼女の心はすでに私にはない、と言いましたね。今の私にとってそうであるなら嬉しい。私の死によって和歌子が心を乱すようなことがあっては心苦しい」
    「君の言葉はなんというか……寂しいな」
     華琳は和服を整えてやった。ぼろぼろでも、このまま旅立たせるのは申し訳ない気がした。
    「ああ、和歌子……」
     虚空に手を伸ばし、そのままの格好で和歌怪人は散っていった。桜の花びらが風にさらわれていく。花びらはやがて河に落ちて、流れていく。
     アインホルンは持参したアネモネの花を河の傍に供えた。そのうち一枚、花びらを千切って河に流してやる。アネモネの花言葉は『恋の苦しみ・君を愛す・はかない恋・真実』。どうか彼の痛みが残りませんように
    (「和歌子とかいったな、あの淫魔。返答によっては……なぁ」)
     和歌怪人には聞こえないよう、心の中で呟く。怒りと男としての矜持が混じり、凄絶な笑みが流希の顔に浮かぶ。
    「恋や愛って何なのかな?」
     奏の問いに答える者はいない。答えるには、みんな若すぎた。ただ、言葉にならない思いだけが夕暮れの向こうへ溶けていく。青い夜空がもうすぐそこまで来ていた。
    「あー。胸糞悪いです。腹立ったら腹減ったです!」
    「……! 僕にも見せて」
     じゃじゃーんと言って仁恵がみんなに見せたのは京都のガイドブックだ。おやつのソーセージまんを頬張っていた江夜が目を見張った。興味津々の様子で、ガイドブックを覗き込む。
    「よぉし、京都だったら私に任せて」
     こう見えて京都出身、と八鹿が胸を張る。湿っぽい空気から一転、腹ペコモードになった仲間のリクエストを集め始めた。ちゃっかりガイドブックで甘味チェックも欠かさない。
    「長姫さんは?」
    「オレは……」
     なんでもいい、と言いかけたところで少し迷う。妙に和歌怪人の印象がちらついて、すぐには忘れられそうになかった。だからではないだろうが、
    「オレは、和食がいいかな」
     小さく笑って、麗羽はそう答えた。

    作者:灰紫黄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年3月9日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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