そこには元気に跳ね回る少年の姿が

    作者:聖山葵

    「え?」
     最初、少年は何が起こったかわからなかった。
    「ぐあっ、うぐ……あ」
     何気なしに外に出て月を眺めていた最中、異変に襲われたのだ。
    「嫌だ。俺は、俺は――」
     額にじっとりと汗をかき身もだえしていたのは、ほんの数分のこと。
    「く、あ……」
     糸が切れるかのように傾いだ少年は――次の瞬間シャキンと直立姿勢をとると。
    「ドゥエッ!」
     謎の奇声と共に跳んだ。
    「ドゥエ」
     それは、まるで誰も居ない場所に跳び蹴りをかますかのような奇怪な動き、しかも一度では終わらない。
    「ドゥエドゥエドゥエドゥエ」
     跳躍を繰り返し、少年は夜の闇の中へと消えていったのだ。目撃者は、夜空にある月のみ。
     
    「ご苦労様。今回集まって貰った理由なんだけど」
     エクスブレインの少女は、集まった灼滅者達の前で、事件が発生しようとしていることを明かした。
    「一般人が闇堕ちしてダークネスになろうとしているの」
     通常ならば、闇堕ちした人物はすぐさまダークネスとしての意識を持ち人間の意識はかき消えてしまう。
    「ただし、この少年は闇堕ちしても元の意識が残ってるわ」
     つまり、ダークネスの力を持ちながらもダークネスになりきっていない状況なのだ。
    「もし、この人が灼滅者の素質を持っているのなら、闇堕ちから救い出してあげて」
     灼滅者の素質があるならば助けられる可能性がある。
    「駄目なようなら、完全なダークネスになってしまうようなら、せめてその前に――」
     灼滅して欲しい、と少女は言う。
    「それで、闇堕ちしかけている人のことなんだけど」
     少年の名は、鈴村・詩音。高校の一年生で、堕ちかけているダークネスの名はヴァンパイア。
    「夜、自宅から出て月を眺めているところで何の前触れもなく苦しみだして闇堕ちするわ」
     ヴァンパイアが闇堕ちの際に元人格の血族や愛する者をも闇堕ちさせるという性質を持つことを鑑みるに、離れた場所にいる家族か誰かの闇堕ちに巻き込まれたのだろう。
    「だからこの日、夜になってこの人が外に出てきたら闇堕ちが近いわ」
     一方で、灼滅者達が少年に接触出来るタイミングは早くても闇堕ち当日の日没後、少年の自宅へ訪問してということになるだろう。
    「面識もない訳だし、外で出てくるのを待つ形になると思うけど」
     少年を闇堕ちから救うには闇堕ち状態の彼を戦闘でKOする必要がある。
    「だから戦闘は避けられないの」
     少年と接触し、人としての心に呼びかけることで戦闘力をそぐことは可能だが、説得はあくまで力をそぐだけ。
    「元々闇堕ちに抵抗を示していたみたいだったから、抗う気持ちを応援するような呼びかけが効果的だと思うわ」
     何故そこまで抗おうとしたのかまでは、エクスブレインの少女にもわからない。闇堕ち後の自分が奇声を発しつつ飛び跳ねる姿を知り得たなら納得も行くのだが。
    「ま、それはそれとして。ダークネス化した彼は、奇声と共に放つ跳び蹴りで攻撃してくるわ」
     この攻撃は基本的に近い者しか狙えないが、連続ではね疾駆することによって複数の者を巻き込んだり、敵陣に斬り込んで中衛や後衛を狙うといったアレンジも可能であるらしい。
    「この蹴りは命中した人の狙いを甘くする効果があるから注意してね」
     しかも、同時に自分へ狙アップの効果ももたらすのだとか。
    「攻撃を当てづらく、一方で確実に攻撃を当ててくるから注意が必要よ」
     ビジュアル的にとんでもない相手だが油断は禁物と言うことか。
    「何にしても放置はしておけないわ」
     闇堕ちもそしてビジュアル的にあれなヴァンパイアが世に放たれてしまうと言う事態も。
    「大変だとは思うけど、お願いね」
     胸の前で祈るように手を組み、少女は灼滅者達を送り出した。


    参加者
    南・茉莉花(ナウアデイズちっくガール・d00249)
    ベルタ・ユーゴー(アベノ・d00617)
    成重・ゆかり(闇光を紡ぐ手・d00777)
    ズラタン・ジョルジェビッチ(暗き血を喰らう者・d02026)
    神無月・晶(3015個の飴玉・d03015)
    氷翠・鏡(闇夜の殲滅者・d03059)
    クラウィス・カルブンクルス(闇月黒焔・d04879)
    新崎・晶子(星墜の鎚・d05111)

    ■リプレイ

    ●月下の邂逅
    「……俺にコメントを求めるな」
     ごく普通に会話に参加するつもりでも、何ともコメントしづらい状況というものは存在する。
    (「私と同期生なのね。エクスブレインの子はもしダメならって言ってたけど――」)
    「闇堕ちに巻き込まれたのか、だとしたら……いや先ずは彼を救うことだけを考えよう」
     成重・ゆかり(闇光を紡ぐ手・d00777)にしろ神無月・晶(3015個の飴玉・d03015)にしろ、真摯に取り組んでいるだけだというのに。
    「あ、出てきたよ」
     物陰に隠れていた氷翠・鏡(闇夜の殲滅者・d03059)達が目撃することになるのは、一人の少年の変貌。
    「よしっ、早速目の前の一人を救ってみせるよ!」
     これからもしかしたら仲間が闇堕ちしてそれを助けるってケースもあるだろうし、と前振りした南・茉莉花(ナウアデイズちっくガール・d00249)は少年が堕ちた姿を見ても同じ気持ちと表情で立っていられるだろうか。
    「闇落ちに抗うなんてなかなかやるなー」
     と感心していたベルタ・ユーゴー(アベノ・d00617)にしても、一つ解けなかった疑問がある。
    「ドゥエ って掛け声なんなんやろ?」
     たぶん、ドゥエなのだろう。
    「嫌だ。俺は、俺は――」
    「っ」
     クラウィス・カルブンクルス(闇月黒焔・d04879)が眼鏡をかけた瞳の奥を微かに揺らしたのは、件の少年を誰かと重ねたのか。
    「……救えるのであれば私は彼を――」
     心の声が僅かにもれた。
    「そうですね、私も最後まで諦めたくないな」
    「く、あ……」
     同意するゆかりの前で少年の身体が傾ぎ。
    「ドゥエッ!」
    「……ダークネスも沢山いるし。中には色物も居るよね」
     新崎・晶子(星墜の鎚・d05111)のコメントに言葉を探そうとした後。
    「まぁアレだ」
     俺が知ってるヴァンパイアはと前置きし、ズラタン・ジョルジェビッチ(暗き血を喰らう者・d02026)は奇声を上げながら飛び蹴りカマすとかいった奇を衒った堕ち方はしなかったはずなんだがなぁと遠くを見たが、今すべき事が現実逃避でないことは理解していた。
    「それじゃ、いくよ」
     耳は、憂いを含んだ晶の声を知覚し。
    「一意……専心」
     鏡もスレイヤーカードの封印を解いて飛び出す。
    「ドゥエ?!」
     突如飛び出してきた灼滅者へ驚き、一瞬動きを止めた少年は。
    「絶対領域のチラリズムで今日も皆の心の栄養素、ベル太 がんばるでー!」
    「ドゥエ?」
     ビシッとポーズを決めたベルタに首を傾げて見せるも。
    「とにかく、アレを放置するわけにはいかねぇわなァ、ヴァンピールの名にかけて」
    「ドゥエ!」
     ズラタン達の態度にただならぬものを感じたのだろう。繰り出すのは跳び蹴りであろうに一応身構えて。
    「そんな訳の分からない奴に身体を、人生を取られたくないよね。抗え」
    「今からなんとかするから、頑張ってね!」
    「ドゥ……ドゥエ!」
     晶子と少年の動きに内心感嘆する茉莉花がかけた声へ、ピクリと反応しつつもコンクリートを蹴った。

    ●シュールな戦い
    「ドゥエドゥエドゥエドゥエ」
     少年の動きは情報通りであり、ある意味予想以上でもあった。
    「奇声を放ちながら飛び跳ね……まるでどっかの動画見てる気分だ……」
    「ドゥエリストかぁ。色物、うん。色物だよねぇ。こんなのが宿敵かと思うと、気が抜けるような、悲しくなるような」
     問題は、それでいて放たれる跳び蹴りが軽視出来ない威力と嫌な追加効果を備えていることだろう。
    「痛たた」
     事実、晶子の肩へ命中した蹴りの衝撃はかなり重い。常に笑顔なので解りづらくはあるが。
    「まずは挨拶代わりや!」
    「ドゥッ」
    「じゃ、僕は……ジョルジェビッチさん!」
     ベルタが放出したどす黒い殺気が覆い、瞳をギラリと輝かせた晶も魔力を宿した霧を展開する。
    「おし、反撃開始といくぜ!」
     黒の中に悶える少年の姿を見つけたズラタンが霧によって狂戦士化したチェンソー剣のモーターを唸らせ。
    「私も行くよ」
     息を合わせて茉莉花も駆け出した。
    「いい音だろ? もっといい声で泣かせてやるぜ」
    「荒療治だけど君なら耐えられるよ!」
     二振りのチェンソー剣が共鳴するように騒音を高め、物騒さを醸し出しつつ、ドゥエで少年が得た恩恵を破壊する。
    「これなら、いけるかな?」
     それは、仲間達との息を合わせた連係攻撃。便乗するゆかりは拳に雷へ変換した闘気を宿して少年へ肉薄し。
    「……ゥエドゥエドゥエドゥエ」
     ほぼ同時に起こった騒音刃によろめいていた少年が、再び飛び跳ね始めるのを間近で見ながらふと思う。
    (「もしかしてゲーマーなのかしら……何となく同胞の匂いが……気のせいかな?」)
     問うてみなければわからないが、答えてくれるかも怪しい。
    「イエス、アイドゥエ!」
     とか答えてきたらどうすればいいだろうか。
    「ドゥ……ブエッ!」
    「やることは変わらないかしら?」
     とりあえず、アッパーカットはきれいに決まって時間を逆再生するように少年は後ろ向きに飛ぶ。
    「ぉぉおおおおあああああ!」
     徐々に大きくなるような咆吼と共にライドキャリバーへ跨った鏡がその少年を追い、サーヴァント機銃掃射で援護させながらジャンプして無敵斬艦刀を振りかぶった。
    「ドゥエッ!」
     悲鳴なのか気合いを入れたのかも解りづらい少年へ超弩級の一撃は叩き込まれ。
    「……貴方が諦めさえしなければ、私達の事を信じて下されば貴方を助けられます」
     クラウィスは説得を続けながら、晶子へ向けて護符を飛ばす。
    「自宅前に居る少年に接触、戦闘、事後処理……うん、シンプルな筈だったんだけどな」
     傷を癒される側の晶子から見て、三つの内の一つ――『戦闘』には紛れもなく酷い光景が混入していた。
    「いや、これからもっと酷くなるんだっけ……」
     戦いはまだ始まったばかりなのだ。
    「まぁ、吸血鬼は叩いて潰すけど」
     他者なら嘆息でもしたくなる未来の前で、少女はニコニコと笑顔を浮かべたままロケット噴射を伴ったハンマーを振り抜いた。

    ●ドゥエり終わる前に
    「こちらも奇襲成功の号令「トゥラ トゥラ トゥラ」で対抗すべきやろか……」
     ベルタは悩んでいた。
    「あんたも吸血鬼狩人に憧れるんやったら根性見せてみぃ!」
    「ドゥエ!」
     説得してみたものの、少年から返ってくる言葉はドゥエだったのだ。何となく、弱体化してるような気がするので、説得は人の心に届いては居るのだろう。
    「ドゥエドゥエドゥエ」
     と飛ぶ少年にトゥラで応じてみる。
    「トゥラ トゥラ トゥラ」
    「ドゥドゥドゥドゥドゥドゥエ!」
    「トゥトゥトゥトゥトゥトゥラ!」
     想像だけで何と酷い光景だろうか。
    「……いきなり出会った相手を信じろ、と言うのは難しいかもしれませんがそれでも私達は貴方を助けるためにここに居ます」
    「ドゥエドゥエドゥエドゥエ」
     いや、そんな過程など無くても充分酷い光景かもしれない。
    「抗い続けろ……足りない分は俺たちが手伝ってやる」
    「ドゥエ!」
     クラウィスや鏡達がひたすら説得を続ける中、少年は変わらず飛び跳ねているのだから。
    「けど、さっきまで普通の人だったんだよね……」
     茉莉花は気圧された訳ではないだろう。むしろ、少し前まで普通の人間だった相手に刃を向ける事へ微かな躊躇いが生じたのだと思う。
    「普通の……」
     だから、普通の人だったのに何であんな姿に、とかそういった意味では無い筈。
    「オ゛ーーーーー!!!」
    「勘違いするな。救う為に戦っているのだろう、俺達は?」
     伝説の歌姫を思わせる重低音ヴォイスという不思議な歌声でズラタンが少年を攻撃する中、茉莉花を諭したのは、鏡。
    「ごめんね。これはちょっと、オシャレじゃなかったかも……」
     戦場での躊躇は時に死や敗北へと繋がる。だからこそ、躊躇は禁物で。
    「嫌なのだろうその姿が。僕たちもとても嫌……失礼」
     晶の歌声には微妙に本音が混じっているが、たぶんその場の誰も責められまい。
    「兎に角、その思いが君自身を助けるんだ。大丈夫、僕たちが君を引き戻す」
     晶が語りかける先にいる少年は、ゆかりが影で作った触手に絡みとられちょっぴり変態度が増していたのだから。
    「今のあんた とってもかっこ悪いで!」
    「ドゥッ」
     ベルタの指摘に思わず少年がたじろぐが、かっこ悪いで片づけて良いものか。
    「そんなんでほんまにええん?」
     問いかけながら、ベルタは呪符を零す。袖口から散らばった心を惑わせる符は舞い上がり、少年を眠りに誘おうと襲いかかる。
    「アベノベルタが符に問う答えよ、其は何ぞ!」
    「ドゥエ!」
     少年のとった反応はある意味予想通りで。
    「……私、いえ、私達は皆貴方と同じなのですから……必ず、助けてみせます……」
     クラウィスも説得を続けながら、符を放った。
    「ドゥエドゥエドゥエ」
     少年は符から逃れようと飛び跳ねて逃げようとはするも。
    「おあいにく様」
     ゆかりの伸ばした触手が、それを許さない。
    「ヒャッハーーーーー!!!」
    「あ」
     だめ押しとばかりに放たれた無慈悲な斬撃は、少年の服さえもズタズタに引き裂いて――。
    「大変かも知れないけどもう少しだけ頑張ってね」
     大変といいますか、その。
    「今んままやったらただの変な奴のまま終わってまうで!」
     変な奴と言いますか、あの。
    「ジョルジェビッチさんの服破りが決まったらかなり悲しい見た目になっているはず」
     という晶の想定通り、いや――。
    「ドゥエドゥエドゥエ」
    「うわぁ」
     そこには、触手に絡み付かれかろうじて衣服の切れ端を身に纏いつつ元気に跳ね回る少年の姿が。
    「変態だ」
    「今の自分が傍目に恥ずかしいとか、思ってたより違うとか、少しでも自分を客観視できるんなら武蔵坂学園に来い、俺は歓迎するぜ」
     この状況下でその少年を勧誘出来る人間というのは、ある意味で尊敬に値するんじゃないかと思う。
    「終わりにしましょう」
     感情を表には出さず、クラウィスは口を開いた。何にせよ、諸々の攻撃で少年は満身創痍であり、今こそ救済の時だった。
    「ごめんね……」
     ゆかりはおもむろに少年へ近寄り、腕を掴んで投げ飛ばす。
    「ぐ……あ」
     コンクリートの地面に叩き付けられた少年は、ドゥエ以外の言葉を発して崩れ落ち、こうして戦いは終了した。

    ●ドゥエからの帰還
    「力が抜けてしまって、ちょっと」
     ゴンと地面に槌頭を下ろしながら、晶子はロケットハンマーの柄にもたれかかる。
    「うぅ……」
     何にしても灼滅者達の勝利であり、少年にも息があった。
    「無事救えましたね」
     クラウィスの声に喜色が乗っているのは、無事少年を救い出せたからか。
    「あとは……」
     上着を掛けられた少年に心霊手術治療が必要な様子はなく。
    「クリーニングかな? 服はズタズタだけど身体も汚れてるし」
    「学園にも誘った方がいいよね? 私たちみんなダンピールだからあなたと一緒の存在なんだって教えてあげよっかな」
    「そうね、灼滅者に関する説明とともに学園への勧誘も……」
     口々にあげる茉莉花達の提案へゆかりは頷く。
    「え? 玄関の前に寝かせておくだけやったら駄目なん?」
     ぺたんと少年のおでこに手を当てていたベルタは首を傾げ。
    「あれ、俺はいったい……」
     少年が目を覚ましたのは、十分ほど後のこと。
    「あ、気がついた。実はね――」
     そこから、説明に数分を要し。
    「……ヴァンパイアは実際に存在する……それ以外にも様々な存在が……戦う力が欲しいなら、俺たちと共に来い」
    「ありがとう。俺は小さな頃、蹴りで敵を倒す特撮ヒーローに憧れていたんだ……」
     ひょっとしてそのあこがれが変に作用した結果があの闇堕ちだったのか。
    「俺にも戦えるなら……戦う力があるなら。ヒーローになってみた」
     そこまで続けて、何かを思い出したようにあっと少年は声を上げ。
    「ドゥエは無しで」
     真顔でそう言うのだった。
     たぶん、彼はそのうち学園に来るのではないか、と思う。

    作者:聖山葵 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年9月3日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 4/素敵だった 36/キャラが大事にされていた 5
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