撲殺爺・鍋太郎

    作者:雪神あゆた

     夜の大通り。
     白いシャツを着た老人が、片手にコンビニのレジ袋を、片手に杖を持ち、歩いていた。
     夜とはいえ、道には多くの人が歩いている。
     老人は不意に、近くの人間に話しかけた。
    「コンビニはええのう」
    「はぁ?」
     話しかけられた女性は目をぱちくりとしている。
    「何でもそろっとるから、わしはコンビニが、世界で二番目に大好きじゃ」
    「あ、あの……私急いでるので」
     困惑して言う女性に、老人はにぃぃぃぃ、と笑う。杖を振り上げ、
    「一番はもちろん――殺人じゃ」
     次の瞬間、女性の頭に杖の先がめり込んだ。どさり、倒れる女の体。
    「さあ、灼滅者よ!
     早くこんと、ここにいる皆を、このわし『撲殺爺』こと、三河・鍋太郎が殺してしまうぞお」
     大声で宣告する。老人の視線の先には、驚いた顔の通行人達。
     
     教室で五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は灼滅者たちに頭を下げ、説明を開始した。
    「エクスブレインの未来予測が、ダークネスの一つ、六六六人衆の行動を察知しました。
     ダークネスは、バベルの鎖の力による予知があります。
     が、私たちの予測に従えば、バベルの鎖の予知をかいくぐり、六六六人衆に迫る事が出来るはずです」
     今回の六六六人衆は、四五二番目で、三河鍋太郎。白いシャツを着た老人で、『撲殺爺』という異名を持っている。
    「彼の目的は、皆さんたち、学園の灼滅者。大量殺人を行うと同時に、皆さんが来るのを待ち、そして、皆さんを闇堕ちさせようとしています。
     皆さんには三河を倒すか、あるいは撤退させるかして、大量殺人を阻止して欲しいのです」
     姫子は皆の目を見てから、続ける。
    「彼は、大通りで殺人を行う前に、大通りから離れた場所にあるコンビニに、買い物をしにいくようです」
     姫子の予測では、そのコンビニが戦うのに最適な場所だという。
    「皆さんは、彼が来る一時間前――夜十一時にコンビニを訪れて下さい」
     コンビニには店員が一人いる。彼を追い出すなり、店の奥の倉庫に閉じ込めるなりして、彼の安全を確保してから、三河を待ち伏せてください」
     幸い、戦闘前や戦闘中に、コンビニ店員一人以外の人物が訪れる事はない。また、店周辺にも、人通りはない。
     三河がやってくれば、戦闘を始めなければならない。
     三河はマテリアルロッドと殺人鬼の能力を駆使してくる。神秘の能力が特に高く、フォースブレイクを特に好んで使うようだ。もちろん、他の能力も高く、侮れない。
    「三河は強く、灼滅者十人とも互角に戦える力を持っています。彼を倒すのは困難。撤退させることだって簡単とは言い難いです」
     姫子は自分のシャツの裾をきゅっと握った。
    「ですが、彼に大量殺人を起こさせるわけにはいきません。
     なんとしても、彼の殺人を止めて下さい。
     そして、出来る事ならば、皆さんが闇に落ちず、無事に帰ってきてくださればいい――そう願っています」
     姫子は灼滅者にもう一度、深く深く頭を下げた。
    「くれぐれも、くれぐれもお気をつけて」


    参加者
    古室・智以子(小学生殺人鬼・d01029)
    ミゼ・レーレ(救憐の渇望者・d02314)
    朧木・クロト(ヘリオライトセレネ・d03057)
    九重・綾人(アクィラ・d07510)
    霧渡・ラルフ(奇劇の殺陣厄者・d09884)
    高倉・奏(拳で語る元シスター・d10164)
    逆神・冥(氷の仮面をかぶりし少女・d10857)
    逢魔・歌留多(羅刹に近きモノ・d12972)

    ■リプレイ

    ●訪れる撲殺爺
     夜のコンビニ。灼滅者八人は自動ドアより店内へ進む。
     八人の一人、逢魔・歌留多(羅刹に近きモノ・d12972)はレジへ近づき、店員へ愛想よく話しかけた。
    「お仕事お疲れ様です。今日は、ゆっくりお休みになってくださいね」
     歌留多は店員の顔の前で、ぽんっと手を打ち鳴らす。途端、店員は目を閉じ、座り込む。魂鎮めの風で店員を眠らせたのだ。
     灼滅者は、眠る店員を倉庫に運び、入り口を棚で塞ぐ。店内の物を移動させ、戦いに備えた。
     やがて、店外からカツカツ、杖がコンクリートを叩く音が聞こえてくる。
     ドアの前に立つのは、白髪頭の老人。六六六人衆の四五二番目にして撲殺爺、三河・鍋太郎。
     鍋太郎は店に一歩入るなり、にぃ、と笑う。店内の異常に気付いたのだ。
    「大通りで殺戮する前に、灼滅者を堕とす前に、コンビニでおでんと思うたが。最近のコンビニの品ぞろえは豊富じゃ。灼滅者との戦いまである」
     ゆったりとした口ぶり。だが声から、殺意が滲みでていた。
     九重・綾人(アクィラ・d07510)は、
    「遅かったじゃん……来てやったよ、爺さん」
     口元では笑いながら、銀の瞳で鍋太郎を睨む。視線を受け、笑みを濃くする鍋太郎。
     ミゼ・レーレ(救憐の渇望者・d02314)は仮面越しに鍋太郎へ尋ねる。
    「問う。地に杖突くまでの幾星霜。命を奪い続け、何を得た?」
    「何かを得なくてはならんのかの? 利益ばかり求める若者の、なんと愚かしいことか」
     小馬鹿にした返答。
     逆神・冥(氷の仮面をかぶりし少女・d10857)は凛とした声で問いかける。
    「貴様は、私の父上と母上を殺したか」
     鍋太郎は、そんなことは知らん、と肩をすくめた。
     高倉・奏(拳で語る元シスター・d10164)と朧木・クロト(ヘリオライトセレネ・d03057)も、疑問を口にする。
    「ねえ、教えて下さいよ、おじーさん。こんな悪趣味極まりないゲームの参加者が多いって事は……六六六人衆って案外、まめに連絡でも取り合ってたり?」
    「ゲームって言えば、このゲームで闇落ちしたら、一体どんな楽しいイベントが待ってんだ? 目的が気にいりゃ、喜んで闇落ちする奴もたくさんいるかもしれねぇぞ?」
     鍋太郎は大げさに息を吐く。
    「さっきから難しい事を聞きおる。何を聞かれても、ワシに教えてやれることなど、ごくわずか」
     鍋太郎は杖の先を床から持ち上げた。
    「……たとえば、杖で殴られる痛みくらいじゃのっ!」
     灼滅者たちに向けて走りだした鍋太郎。
     霧渡・ラルフ(奇劇の殺陣厄者・d09884)はシルクハットのつばを指でさする。『まやかしに溺れろ』という意味の言葉を口にし、封印を解除。
    「(殺戮も、闇堕ちも、どっちも思い通りにはさせないの。阻止するの!)」
     古室・智以子(小学生殺人鬼・d01029)は口の中だけで言いながら、抜き身の日本刀を中段に構えた。彼女の瞳には憎しみの色。
     鍋太郎は一気に距離を詰めてきている。

    ●老人は笑う
     鍋太郎の体から闇色の気があふれ出る。
    「撲殺爺と言われるワシじゃが……なぐるだけが特技ではない」
     気が前衛――智以子、ミゼ、クロト、綾人、を包んだ。
     智以子は跳躍し、黒い気の中から脱出。着地したのは、鍋太郎の真横。
     智以子は着地すると同時に膝を折り曲げしゃがむ。機械のような精密な動きで、相手の脚、その腱を切り裂いた。
     鍋太郎は、感心したように自分の脚と智以子を見た。
     中衛にいたラルフと冥、そして冥の霊犬・鬼茂は、彼に急接近する。
    「味わってもらいまショウ、私の技をっ!」
    「霧渡殿に続くぞ……鬼茂、合わせてくれ!」
     黒い蝶の群れ――の形をしたラルフの影業が、鍋太郎の下半身に襲い掛かる。
     鍋太郎は杖で払おうとするが――鬼茂が六文銭を投げつける。さらに、冥が糸を操り、鍋太郎の顔面に傷を刻む。
    「ふふ、そうでなくてはのう」
     不敵に笑う鍋太郎。
     灼滅者は次々に仕掛けていくが、鍋太郎の笑みは消えない。
     攻撃の幾つかを体で受け止め、幾つかを軽やかに回避すると、不意に床を叩いた。
    「若さとは熱さ。熱くなりすぎたその頭を、冷やしてやろう。この風で!」
     風が吹いた。風は竜巻へ成長し、前列の肌を切り裂いてくる。
     後衛の歌留多は眉を寄せる。
    「ご老体、きぃさまの攻撃はお見事ですが、私の目が黒いうちは、やらせはしません!」
     歌留多は全長5mにも及ぶ斬艦刀をブンと横に振る。清らかな豪風を仲間達に送った。風は仲間の肌や防具の傷を塞いでいく。
     ミゼとクロトも歌留多の風で回復。
     ミゼは大鎌『紫翼婪鴉の紅嘴』の柄を強く握る。
    「尾雪を赤く染めた生の軌跡は、醜悪。まさに老害。その全身に消えぬ傷痕を刻んでやる……」
     クロトは三つ編みの髪を揺らしながら、動く。
    「確かに、やり口は醜いって言うか胸糞悪い……そんなジジイの思惑になんて乗ってやるかよ!」
     ミゼは鎌をふるい相手の衣服や皮膚を狙う。ミゼの攻撃でできた服の切れ目を、クロトは槍で穿った。
     鍋太郎の体から、体液が飛び散る。液は指にもついた。その指を口元にあてがい、チロリと舐める。その仕草に、灼滅者数名が顔をしかめた。

     戦いは続く。
     灼滅者たちは、鍋太郎の得意とする攻撃に有効な防具を身につけていた。
     それゆえ、鍋太郎の攻撃にかろうじて耐え、逆に鍋太郎の傷を少しずつ増やしていく。
     灼滅者の前で、鍋太郎は息を大きく吸い込む。そして、
    「……はああああっ!」
     杖を中衛の冥へと振り下ろす。
     杖が冥の肩をしたたかに打つ。ただの力任せの打撃ではない。杖の先から魔力が冥の体内に入り、体内を破壊しようと暴れまわる。
     鍋太郎はダブルの動きでさらに動き、さらに冥を殴ろうとする。
     が、綾人が鍋太郎の前に躍り出る。鍋太郎の杖によるフォースブレイクを、己の体で受け止めた。
     後衛から仲間の苦境を見る、奏。
     奏の瞳には、回復役として皆を護って見せるという決意。
    「回復は任せて下さい! 皆さんは攻撃に集中を! 大丈夫、我らに神のご加護あれってね!」
     奏は『褒美と罰』という名の弓、その弦を豪快に弾く。癒しの矢が放たれ、冥に力を注ぐ。
     綾人は仲間の傷がいえるのを確認しながら、自身は鍋太郎に跳びかかる。
    「お年寄りには優しくがモットーなんだけど、あんたなら、関係ねぇな……いくぜっ!」
     さらに攻撃しようとする鍋太郎の杖を影業で弾き、緋色のオーラ宿したガンナイフで、鍋太郎を斬る。

    ●杖と我らが力と
     一進一退の戦いは続く。
     敵の攻撃に適した防具、メディック二人による充実した治療。
     だが、受けるダメージはなお大きく、全ての傷が癒せるわけではない。
     特に消耗しているのは、ディフェンダーとして仲間を庇っていた綾人。
    「どうした? 肩で息をしておるぞ? そろそろ休みをくれてやろう。永遠の休息を!」
    「誰がそんなの貰うかよ、つっかえしてやる」
     綾人は言い返しながら直進。
     綾人と鍋太郎、両者の攻撃はほぼ同時。綾人の符が鍋太郎に貼られた直後、鍋太郎の杖が綾人の鳩尾に刺さる。
     綾人は崩れ落ちる。
    「ちっ……だが、爺さん、俺の符は甘くねぇぞ……」
     それだけ言うと、意識を失った。
     鍋太郎の足がふらついた。綾人の符――導眠符が効いているのだ。
     智以子は倒れた仲間に声をかけない。仲間が作った隙を無駄にしないためか。
     しかめられた鍋太郎の顔面に、智以子は刀身を叩きつける。
     切り裂かれる音。手ごたえはあった。
     鍋太郎は数歩さがる。追い打ちを恐れたか?
     鍋太郎は呼吸を整えると、続く灼滅者たちの攻撃を耐え、攻撃を再開してくる。
     主な標的となったのは中衛の冥。メディックや鬼茂が彼女を癒すが――癒しきれる傷ばかりではない。
     その冥に今、鍋太郎が突進してきているが、彼女はあえて動かない。
    「まだだ……貴様の首を取るまでは……ッ!!!」
     敵が杖を振り落とす寸前で居合斬り。直撃! 敵の腹を深く深く切り裂いた。
     それでも、鍋太郎の動きは止まらなかった。
     冥は鍋太郎のフォースブレイクをまともに受けてしまう。
    「まだ……だっ」
     冥は追い撃ちをかけようと腕を動かし――けれど、体力の限界。うつ伏せに倒れた。
     鍋太郎の呼吸は荒い。肩を上下させている。
     倒れた冥と綾人をはじめとする灼滅者の攻撃、その積み重ねが着実に影響を与えているのだ。
     鍋太郎は足をふらつかせつつも、杖の先を倒れた冥へ向けた。止めを刺すつもりか?
    「させるものかっ!」
     ミゼは、鍋太郎に体をぶつけその動きを阻止。そして、鎌の柄で鍋太郎をしたたかに殴る。トラウナックルだ。鍋太郎を幻影に襲わせる。

     時間はさらに経過する。
     鍋太郎の動きは確かに鈍っていた。だが、それでも鍋太郎は弱くはない。灼滅者たちの数も減っている今、鍋太郎は未だ油断できない相手だったのだ。
     今もまた、クロトが鍋太郎のティアーズリッパーに膝をついていた。
     中衛のラルフも、今までの戦いの中で傷つき、足を震わせている。
     歌留多は巨大な刀をもちあげ、不敵に笑む。力を溜めるように深呼吸。
    「こうなったら、一か八か渾身の攻撃を放ってみましょう。
     ……ふふ、残念、実はブラフです♪」
     攻撃をするかとみせかけて、エンジェリックボイス! クロトを再び立ち上がらせる。
     奏は歌留多の考えを読みとっていた。ほぼ同時にシールドリングを展開。ラルフの膝の震えを止めさせる。
    「……強いのぅ」
     鍋太郎の呟きに、奏は指を突きつける。
    「当然っすよ。自分らと手前らダークネスを一緒にしないでいただきたいもんっすね!」
     胸を張り、堂々たる声で応える奏。
     一方、
    「俺達を褒めるなんて謙遜のつもりか? 謙遜したって容赦はしないがな!」
    「とはいえ、三河翁? やせ我慢しているのが見え見えデス。苦しいなら苦しいと言ってはどうでショウ?」
     クロトは、指輪を嵌めた指を小さく動かしていた。指輪に力をこめている。
     ラルフはおどけた口調で言いながら、『Eiserne Jungfrau』の銃口を、鍋太郎へ向ける。
     魔法弾と弾丸の嵐が出現。クロトとラルフ、二人の射撃が鍋太郎の体に、穴をあけんばかりの勢いで刺さった。
     鍋太郎は後ろ――自動ドアの手前へ跳んだ。
    「ふぅむ……このまま戦って負けるとは思わんが……少々、お前さんらを見くびっていたのも、事実。ここは帰るとするかのう」
     顎をさすりながらそう言う。
    「三河鍋太郎。お前さんたちとの再会、コンビニの新商品以上に、楽しみにしておこう!」
     背を向けると、開いた自動ドアから立ち去っていく。
     灼滅者がドアから外を見ると、鍋太郎は大通りとは反対の方向へ走って行った。
     彼の虐殺を阻止する事ができたのだ。

    ●帰路
    「ありがとうございました、サヨウナラ。またのご来店は……して欲しくないですネ」
     ラルフは芝居がかった仕草でお辞儀をすると、壁にもたれかかり、息を吐いた。
     意識を失っていた、冥と綾人が、目をあけた。
    「撃退できたのか……?」
    「みたい、だな……あの爺さんの予定は阻止できたか」
     仲間に自分達の勝利を確認する二人。
    「大丈夫? いま、手当てをするの」
     智以子が二人にかけより、仲間と協力しつつ応急処置を行う。傷は深いが、命に別状はなさそうだ。智以子は店内を見回した。
     店は床や壁のあちこちに傷が出来ているし、店員を閉じ込めた倉庫を塞ぐ棚はそのままだ。
    「ともあれ、片付けて行きましょうか。このままでは店員殿も倉庫から出られぬことですし」
     ミゼが言うと、皆が頷く。
     後片付けをしていく灼滅者たち。もっとも、十分な時間は取れないし、壁についた傷などは消せない。片付けが終わっても、コンビニ内は、元通りとは言えなかった。
    「なんて綺麗になったんだ。……ぴゅーと逃げだしたくなるくらいの綺麗さ」
     歌留多が棒読み口調で言うと、数人がくすくすと笑った。
     その後は、重傷の二人に皆で肩を貸すなどして、速やかに店を立ち去る。
     夜道へ出た灼滅者を街灯の光が照らす。自動ドアが音もなく閉まった。
     クロトは仲間と共に歩きながら、自分の腕や傷痕に目を向けた。
    「かろうじての勝利だったな。ぜってぇ対等に戦えるようになってやる」
     クロトは掌をぎゅっと握る。
     奏も先ほど戦った相手を思い出していたようだ。
    「ほんっと、強いうえに、ロクでもないやつでしたね。でも、全員欠けることなく帰れてよかったっす!」
     夜の風は冷たいけれど、それでも奏は仲間に笑顔を向けるのだった。

    作者:雪神あゆた 重傷:九重・綾人(コティ・d07510) 逆神・冥(心を殺した殺人姫・d10857) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年3月14日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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