選んでください

    作者:灰紫黄

     地方都市のショッピングモールのフードコートで、真っ黒のジャージを着た男がカレーを食べていた。
    「フードコートと侮りました。最近は随分と美味しくなりましたね」
     男は手を合わせ、ごちそうさまでしたと呟く。それから食器を返却し、懐からクロスボウを取り出した。携帯電話を取り出すかのような自然な動作だった。クロスボウから放たれた矢は無数に分裂し、食事を楽しんでいた人々の心臓を串刺しにした。
    「さて、来てくれるでしょうか」
     いち、に、さん。矢が放たれる度に死体が増え、やがてひと組の家族だけが残される。少し考えてから、男は口を開く。
    「皆殺しは少し可哀想なので一人だけ見逃してあげます。でもみんなで死んだ方がいいならそのように。さ、どうぞ。選んでください」
     細い目をさらに細めて、寒河は優しくそう言った。

     青い顔で口日・目(中学生エクスブレイン・dn0077)が教室に入ってきた。
    「六六六人衆の動きを察知したわ。序列六一〇番、寒河・創吾よ」
     以前にも灼滅者と交戦した六六六人衆で、殺戮の際、一人見逃すのが癖であるという。
     今回、彼が現れるのは休日のショッピングモールのフードコートだ。食事を楽しむ人々を虐殺する。ただ、これはあくまで全能計算域による未来予測でしかない。惨劇は防ぐことができる。
    「知ってる人もいると思うけど、最近の六六六人衆は灼滅者を誘い出して闇堕ちさせようという動きがあるみたい。寒河もそのつもりで、あなたたちが来るのを待ってるわ」
     フードコートには厨房の人間を含め百人以上の人間がおり、避難が完了するまで寒河を抑えるか、彼を撤退させる必要がある。人の多さ、そして狭さのせいで、何もしなければ避難には20分前後かかるだろう。もし灼滅者が避難誘導すれば短縮できるが、その場合は戦力ダウンは避けられない。
     また、寒河はクロスボウ状の武器を持ち、天星弓のサイキックと殺人鬼のサイキック、シャウトを使いこなす。いずれも灼滅者の扱うものとは段違いの威力を持つ。
    「被害を二割に抑えることができれば御の字ね。でも、くれぐれも無理はしないで」
     青ざめた顔のまま、目は説明を終える。非戦闘員の彼女にも困難な状況は理解できていた。
    「目的は『一般人の被害を食い止める』ことよ。闇堕ちしないでいいならその方がいいわ。お願いだから、無事に帰ってきて」
     そう言って、目は頭を下げる。それ以外にすべきことは見つからなかったから。


    参加者
    阿々・嗚呼(剣鬼・d00521)
    白・彰二(虹色頭の反抗期・d00942)
    四童子・斎(ペイルジョーカー・d02240)
    夜空・大破(持たざるもの・d03552)
    リュシール・オーギュスト(お姉ちゃんだから!・d04213)
    不破・咬壱朗(黒狼赤騎・d05441)
    蘚須田・結唯(祝詞の詠い手・d10773)
    氷渡・零士(パプリックエネミー・d11856)

    ■リプレイ

    ●殺戮者の昼食
     休日、それも食事時のフードコートは人が多い。荒く数えても百人以上はいるだろう。カレーを食べ終えた寒河は食器を返し、ごちそうさまでしたと言うと、振り向き様にクロスボウを取り出す。異変に気付き、取り乱す者もいれば、全く気付かない者もいる。それもある意味では当然。フードコートが殺戮の場になると想像できる人間は限られるだろう。寒河はそのままトリガーを引こうとするも、結局クロスボウを下げる。
    「わざわざ来ていただいてすみません。初めまして、寒河創吾です。お久しぶりの方もいますね」
     にこりと笑い、軽く会釈する寒河。目の前には八人の灼滅者。中にはかつて寒河と対峙した者もいる。
    「一般人はオレ達に任せろ!」
    「俺の義にかけて、人々は必ず守ろう」
     一般人の避難誘導のため、白・彰二(虹色頭の反抗期・d00942)と氷渡・零士(パプリックエネミー・d11856)が戦線を離れる。彰二は仲間に笑顔を向けて、零士は寒河に威嚇の視線を向けて。
    「こちらはお任せを。どうかご無事で」
     無表情なまま、阿々・嗚呼(剣鬼・d00521)は小さく頭を下げた。そして愛用の日本刀を構えようとするが、今回は持って来ていないことを思い出す。むっと眉根が寄った。
    「この間は世話になったわね。おかげで冷静になれたわ。……何で戦ってるのか、憎しみで忘れる所だった。お礼を言っておくわね」
    「それはまぁ……どういたしましてと言っておきましょう」
     以前と違い、平静さを見せるリュシール・オーギュスト(お姉ちゃんだから!・d04213)。我を忘れて挑んでくるだけと思っていた寒河は気を引き締める。礼を言うだけの精神的余裕があるということだ。
    「生殺与奪を気取るなんて、随分と自己中だね。気に入らないから邪魔してやるよ」
     今は前髪を上げ、眼鏡もない。四童子・斎(ペイルジョーカー・d02240)の鋭い視線が寒河を射抜く。本来格上のダークネスに対しての傲岸な口調は、挑発ともとれた。
    「どうして……どうして人の命を、こんな風に扱う事が出来るのですか、あなた達は!」
     殺界形成の発動を確認した蘚須田・結唯(祝詞の詠い手・d10773)は、寒河を指弾する。あるいは、666人衆全体を。人の命をゲームの駒として使う彼らを許すわけにはいかなかった。
    「どうしてと言われても、ね」
     寒河は肩をすくめた。少し歩いたかと思えば、誰もいなくなったテーブルから、唐揚げをつまんで口に運ぶ。
    「僕達ダークネスと人間のヒエラルキーがそうなっているからですよ。人間と動物の関係と同じです。もっとも、あなた達は中途半端な存在だからピンと来ないかもしれませんが」
     美味しい、と呟いて寒河はもうひとつつまみ食い。
    「意地汚い奴だな」
     これが六六六人衆、ひいてはダークネスの考え方なのだと理解する。これらと戦うことが自らの存在意義。けれど、今は一般人を守ることが優先だ。不破・咬壱朗(黒狼赤騎・d05441)はただ、時を待って神経を研ぎ澄ます。
    「いつまでもあなた方に決定権があると思わないでください」
     夜空・大破(持たざるもの・d03552)の青い瞳には強い意志が宿る。闇堕ちも人死にも許さない。黒い雪のストラップを撫で、決意を強くする。使い手の心に呼応するように、身を包むオーラが淡く輝いた。

    ●喧騒の午後
     灼滅者の作戦は、抑え役が時間を稼ぐ間に一般人を避難させること。避難誘導の二人がいかに早く避難させられるかで、作戦の成否が決まる。
    「避難はこちらです! 慌てなくても大丈夫です!」
     プラチナチケットを利用して警備員に扮した彰二が戦闘に立ち、一般人を避難させる。殺界形成の効果もあって、人々は確実にフードコートから離れていく。かつて犯した罪を償うためにも、誰も死なせたくはなかった。
     零士も拡声器越しに避難を呼びかける。けれど、割り込みヴォイスが通用するのは自分の声量で声が届く範囲だけだ。それほど遠くまでは届かない。ならば、と零士は精一杯声を張り上げる。
    「警備員と従業員の誘導に従って避難を行なってくれっ! 通路は狭いので押し合わないようにっ!」
     声をかけると従業員も一人、誘導に協力してくれた。青い顔であったが、なんとか平静を保っていたようである。二人の灼滅者の尽力で、避難時間は二十分から大きく短縮されていく。

     ジャージの袖から黒い靄が伸び、黒い矢となってクロスボウに装填される。狙いは後衛。放たれた矢は空中で無数に分裂し、雨となって降り注ぐ。前衛が代わりに受け止める。
    「ええ、貴方の思惑通りに私達は来ました。もっとも、ここから先は思い通りになどさせませんがね」
     不敵に笑う大破。黒い矢を抜き捨てると、一瞬で霧散した。灼滅者は専守防衛の構えだ。ダメージを凌いで時間を稼ぎ、同時に状態異常を与えて撤退を促す。灼滅こそ叶わないが、この状況では正しい選択だった。
     リュシールの気の弾丸が寒河の足に命中する。だが、寒河に堪えた様子はない。
    「こういう小細工は僕には通用しませんよ?」
    「そうみたいね。でも、挑発したって無駄よ」
     家族を奪われた怒りは今もリュシールの中で渦巻く。それでも、大事なことは見失わない。ただただ冷静に怒りを原動力として活かす。
    「オレを忘れるなよ」
     手には頼りになる相棒。声を発した次の瞬間には、斎は寒河の背後に回り込んでいた。導き出した殺人経路に従って斬撃を放つ。しかし、遅い。寒河はさらに斎の背後へと移動していた。また後衛へと狙いを定める。
    「させん」
     黒塗りの日本刀が獣の牙のように寒河の腕に噛み付く。武器ごと断たんとする重い斬撃はクロスボウによって弾かれた。狙いはそれでも逸らさない。矢は結唯へと放たれる。
    「私は大丈夫です。目の前の敵に集中してください」
     腕を矢に貫かれても結唯は表情を変えず、自らに癒しの光を灯す。普段の柔らかな雰囲気はなく、一人の戦士として宿敵と対峙する。胸に去来するのは、失った家族の思い出。
    「どうも、嗚呼です。憶えなくてもいいですよ」
    「これはご丁寧に。寒河です」
     ぺこり、と会釈すると寒河も返す。視線は寒河に投げながらも、結唯の傷を盾の光で癒す。近接対象の回復を多めに持ってきていたことが功を奏した。寒河が再びクロスボウを構えるのと同時、素早く盾を構えた。倒れるつもりなど、ない。

    ●黒い雨
     寒河の体からどす黒い殺気が滲み、後衛へと殺到する。彼の攻撃は最初から一貫して後衛、特に回復役を狙っていた。前衛が防御に回るが、それでも全てを止めることはできない。そもそも仲間を庇う行為には運の要素が絡むため、どうあっても万全にはならない。
    「7年前、とある一家が六六六人衆に殺され、一人娘は闇堕ちしました……その六六六人衆に、心当たりはありますか!」
    「いえ、全く。それが僕ではないことだけは確かですが」
     寒河は結唯の詰問に淡々と答える。瞬間、結唯の表情が初めて悔しげに歪んだ。血の雫が頭から落ちる。
     幾度か打ち合い、寒河は灼滅者達の損傷を確認する。後衛はそれなりのダメージを受けているが、健在。積極的に攻撃を加えていないからだろう、前衛もまた余裕を残していた。
    「ふむ……どうやら、見積もりが甘かったようですね」
     思わず呻る。寒河の損傷も軽いが、灼滅者の防戦も予想以上だった。
    「甘いのはアンタのおつむだろうに」
    「手厳しいですね」
     斎の嫌味に、寒河も苦笑せざるを得ない。斎の繰り出した刃を、クロスボウで受け止める。間近で両者の視線が交錯する。持つ力に同じ起源を持っているからこそ、その意味が分かる。殺戮経路を計算しているのだ。ばらばらになった自分を想像するが、首を振って振り払う。
    「私は、あなたが嫌いです。気に入りません」
     人にとって死は必然。けれど、覚悟のない突然死は嗚呼の美学に反する。正義などもとから持ち合わせていないが、戦うにはそれで十分すぎた。炎の翼をはためかせ、後衛の仲間を癒す。
    「あんたは、いつか絶対殺す」
    「そうならないことを願います」
     リュシールの斧が肩で受け止める。ジャージが穴が開き、黒い靄が流れるが気には留めない。反撃として、腹部に矢を撃ち込んでおく。
    「噛み付け」
     光に照らされても消えない黒い影が、寒河の足元に忍び寄る。咬壱朗の影業だ。影は瞬時に牙や爪の形をとり、脚を狙って喰らい付く。寒河は跳躍して回避。
    「面倒になってきましたね」
    「言ったでしょう? 思惑通りにはさせないと」
     大破のチェーンソーがジャージを食み、びりびりと黒い布地が裂けていく。それでもその身を覆う黒い靄のせいで、寒河の体はひどく不明瞭だった。
    「やれやれ、また横着をしてしまったようです。あるいは、あなた達ががんばったということでしょう」
     開いた手にどす黒い殺気が凝集、前衛を覆い隠す。寒河はさらにもう片方の手でクロスボウを構えた。放たれた黒い矢はこれまでにないほどの数に分裂し、後衛を矢の雨が襲った。

    ●雨後の静寂
     矢の雨の被害は甚大。結唯とリュシールが戦闘不能に陥った。残る回復役の嗚呼もようやく立っている状態だ。誰もが闇堕ちする者が出ることを覚悟した。けれど、避難誘導を終えて合流した彰二と零士が窮地を救う。
    「待たせたな、これ以上はやらせねぇ!」
     ごうごうと燃え盛るチェーンソーを手にした彰二が叫んだ。周囲にはすでに一般人の姿はない。
    「殺戮を楽しむなど、俺の義に反する。よって粛清する」
     手の甲の金貨が輝き、光の盾が展開される。金貨と同じ色の瞳が鋭く寒河を射抜く。人を守るために手段は選ばぬと決めた。自身さえ顧みないと。
    「いえ、僕は戦闘や殺戮に快楽を感じたりは」
    「言っていろ」
     寒河の言葉を遮り、零士が盾を構えて突撃する。それは簡単に回避されるが、
    「喰らえっ!」
     彼の後ろから彰二が飛び出し、炎の斬撃を叩き込む。寒河の細い目がわずかに見開かれる。視線を伏せ、薄く笑った。
    「くくっ。これだから僕は詰めが甘い」
     戦意を失ったのか、寒河はクロスボウを畳むと、ゆっくりとさっきのテーブルへ戻る。そしてまた唐揚げをつまんで口に入れた。
    「では、僕はこの辺りで。残念ですが、ゲームはあなた達の勝ちですね」
     会釈してみせた次の瞬間、寒河の体を靄が包む。かと思えば靄は一瞬で消え失せ、六六六人衆は跡形もなくいなくなっていた。
    「……俺達、勝ったのか?」
     殺戮者が去り、フードコートは静寂に包まれる。誰もが唖然とする中、咬壱朗が真っ先に口を開いた。全身が痛むが、倒れるほどではない。
    「みたいだな」
     全身から力が抜け、斎はその場に座り込む。確認してみれば、一般人に犠牲者はいない。灼滅者で深手を負った者もいない。
    「起きてください。寒河が逃げました」
     嗚呼は気を失った二人を起こしてやる。そして状況を説明。それを聞いた二人は嬉しそうに破顔する。
    「……よかった」
    「ええ、本当に」
     悲劇を自分の手で食い止めることができた。リュシールの言葉に、結唯が頷く。少しだけ、まぶたの裏が熱くなった。
    「次も好きにはさせませんよ、ダークネス」
     生還を伝えたくて、大破は黒い雪にもう一度触れる。守るべきものがある限り、強くなれると信じて。
    「何とかなったな」
     ダメージのない零士は負傷者に手を貸す。犠牲も闇堕ちもなく、状況は紛れもなく灼滅者の勝利を示していた。目立った被害は建物だけ。あとは一応、つまみ食いされた唐揚げくらいか。
    「じゃ帰りますか、学園に」
     同じく手を貸しながら、彰二が言った。寒河の序列は六一〇番。これからもっと強い敵と戦うこともあるのだろうけど。今はただ、この手にある勝利を喜ぼう。

    作者:灰紫黄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年3月11日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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