名無しの殺人嗜好

    作者:緋月シン

    ●ただ目的のために
     言葉はなかった。あるのは悲鳴と怒号だけ。時折声が発せられるが、そのほとんどが意味のないものでしかない。
     逃げ惑う人々の上に液体が降り注ぐ。雨など降っていないはずなのに、それは定期的に降っていた。
     青空とは対をなす色。商店街に降る赤が、人々の希望も絶望も塗り潰す。
     そんな中を一人悠然と歩くのは、青年とも少年とも言い難い、丁度その中間に位置しそうな年齢の人物だ。身に纏っているのは学生服。
     それだけならば一見学生が買い物か遊びにでも来たようにも思えるが、その右手に持つものが異彩を放っていた。日光を受けてそれがギラリと鈍く光る。刃渡り十五センチほどのナイフである。
     まるで散歩のように男はゆっくりと歩く。普通の散歩と違うのは、その身体が一歩毎に別の場所に居ることか。
     ただそれも男にとっては散歩と変わりないことだった。
     男が動く度に鮮血が舞い人が倒れる。それもまた、男にとっては余禄にもならないことだ。
     数分も経たない内に、その場で動くものは男以外に存在しなくなっていた。
     それから男は何かを探すように視線を巡らせるが、やがて落胆するかのように目を閉じる。そして目を開くと、結局一言も発さないままに何処かへと去っていったのだった。

    ●名無し
    「とある商店街に、六六六人衆の一人が現れるのを察知しました」
     皆が集まったのを確認すると、五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)はそう言って話を切り出した。
     それだけならばよくある……と言ってしまうのも何だが、しかし珍しくもない話だ。だが今回は少々事情が異なるようなのである。
     というのも。
    「どうやらその人物は皆さんのことを探しているようなのです」
     正確に言えば、現れるのを、か。
    「しかも目的は、皆さんのことを闇堕ちさせることのようです」
     その言葉に何人かが反応する。六六六人衆が灼滅者達のことを闇堕ちさせようとしている、というのは最近よく聞く話だからだ。
    「序列は五五二位。余計なことを喋らず、本名すら知られていないため、『ネームレス』などと呼ばれているようです」
     ネームレスは真昼間の商店街に現れ、惨殺を繰り広げる。当然阻止しなければならないが……。
    「ネームレスは序列を上げることにしか興味がないようです。もっともそれは他の六六六人衆も同じようなものですが……その傾向がより顕著だと言いますか……」
     今回のことで言えば、灼滅者達を闇堕ちさせることが出来るのならば、他のことはどうでもいい、といったところだ。
     つまりそのために必要ないと思えば商店街の人々は見逃されるだろうし、必要だと思われたら積極的に狙われてしまうだろう。
     言葉選びは重要だ。それによって相手がどう動くかが変わってくる。
    「尚、そういった理由で一般人の方々を避難させることは出来ません」
     そうしたが最後、そっちを狙うのを有効と知られてしまうからだ。
     ただ、ESPなどモノによってはひっそりとそれを助長させることが出来るものはあるので、そういったものならば大丈夫かもしれない。
    「序列から分かる通り、その戦闘能力は非常に高いです」
     単純に人手を割けないという意味もある。下手に人数を減らしてしまったら、一般人はおろか灼滅者達自身の身すらも危うくなってしまうだろう。
     もっとも、全員が全力で向かったところで、それを回避できるかはまた別の問題であるが。
    「ネームレスはナイフを使用し、基本的に解体ナイフ相当のサイキックを使用してきます」
     六六六人衆である以上殺人鬼のサイキックも使用できるはずだが、そちらは何故かほとんど使ってこない。自らに枷を課す事で、実力を早く上げようということなのかもしれない。
    「先ほども言いました通り、ネームレスは昼間の商店街に現れます。学生服を着ているのでおそらくは一目で分かるでしょう。惨殺を始める前に接触……いえ、戦闘を行ってください」
     おそらくは会話などと悠長なことをしている暇は無い。そんなことをしていたら、その間に被害が出てしまうだろう。
     何らかの言葉をかけるにしろ、それは戦闘中に行う必要がある。
    「ネームレスは序列を上げることしか興味がありませんが、そのためには当然相応の実力が必要です」
     故に、そのための役に立ったと少しでも思わせることが出来たならば、ある程度のところで撤退してくれる可能性はある。
    「しかしそれが無理ならば……」
     姫子は敢えてその先を口にしなかった。

    「今回の目的は、一般人への殺戮を止める事です。ですが……いえ。皆さんと無事再会できることを、祈っています」
     そう言って、姫子は灼滅者達に頭を下げたのだった。


    参加者
    篠雨・麗終(夜荊・d00320)
    ミレーヌ・ルリエーブル(首刈り兎・d00464)
    高町・勘志郎(黒薔薇の覇者・d00499)
    広瀬・芙蓉(神韻・d07679)
    時雨・鎖夜(月闇の黒夜叉・d08765)
    物集・祇音(月露の依・d10161)
    森沢・心太(隠れ里の寵児・d10363)
    七篠・神夜(お姫様の為の夜想曲・d10593)

    ■リプレイ


     真昼間の商店街。人で賑わうそこを、七篠・神夜(お姫様の為の夜想曲・d10593)は眺めていた。
     これから起こることに関して、色々と思う事はある。が、今は余計な事は考えないようにしていた。
     そうしないと、やりきれない部分が多くなりそうだから。
     口元を隠しているマフラーをいつもより引っ張り上げる。その表情を、心を隠すように。
    「さっさと解決して、優姫と花見にでも行きたい所だな?」
     敢えてそんなことを考えながら。
     ミレーヌ・ルリエーブル(首刈り兎・d00464)が人々を眺めながら思いを馳せるのは、今回の事件の事だ。
     どうにも最近、似たような事件が多いように思う。
    (「六六六人衆同士で連絡を取り合ってるのかしら?」)
     そんなことも考えるが、所詮想像の域を出ない。問い質そうにも、今回の相手が答えてくれるかは疑問である。
     そしてそれは唐突に起こった。
     その場に響いた甲高い音の原因に気付けた者は、果たしてその場に何人居ただろうか。
     だがどちらにせよ結果は同じだ。
     一斉にそちらへ向けられる視線。その先に居たのは、二人の男。
     片や学生服を身に纏い、右手には刃渡り十五センチほどのナイフを持っている。その場に居る一般人は知る由もないが、それこそが六六六人衆が序列五五二位、ネームレス。その場を惨劇の舞台と化そうとしていたものである。
     そしてそれへと刀を振り下ろしているのは、時雨・鎖夜(月闇の黒夜叉・d08765)。ネームレスの姿を確認したのと同時に一目散に駆け寄り攻撃を仕掛けたため、一般人へ被害が加えられる前に押さえることに成功していた。
     だがそれでも生み出せたのは一瞬の硬直だけだ。打ち下ろしと打ち上げ、日本刀とナイフという差があるにも関わらず、それは容易く弾かれる。ばかりか、飛び退く間に鎖夜の胸に浅くない傷を与えていた。
    「……っ」
     しかし鎖夜は引かない。引くわけにはいかない。
    (「六六六人衆……はた迷惑な奴だ。実力を上げたいならば組織の他の奴とやりあっていればいいものを……」)
     思いつつも、刀を握る腕に力をこめる。ともかく、その凶行、止めてみせる。
     それに、その場に居るのは鎖夜だけではない。
     ネームレスの後方より、再度甲高い音が響いた。
     今度激突したのはナイフとナイフである。その名は断頭男爵の鋭牙。ミレーヌが死角より放った一撃は簡単に防がれてしまったが、その程度百も承知の上だ。
    「こんにちは、死んでくれる?」
     言いつつナイフを逆手で持ち替え、その首元へと振り下ろした。
     それもかわすのは流石と言うべきか。カウンター気味の一撃がミレーヌへと向けられ、しかしそこに横槍が入った。
     ナイフとミレーヌの間に割って入ったのは森沢・心太(隠れ里の寵児・d10363)だ。ナイフの軌道を盾で逸らしつつ、痺れた腕に力をこめる。
    「すみませんが、少し修行に付き合ってください」
     言葉と共に殴りつけた。
     そしてそこまで来て、ようやく一般人達は理解することとなった。目の前で行われているそれが、撮影などではない本当の殺し合いなのだと。
     途端先ほどまで賑わっていた商店街に、別種の騒がしさが加わる。
    「うぜぇんだよ! 散れ!」
    「戦いの邪魔だ、この場所から消えろ」
     高町・勘志郎(黒薔薇の覇者・d00499)と物集・祇音(月露の依・d10161)の言葉に従うように人々は逃げ惑うが、祇音のパニックテレパスによる効果を受けているにも関わらずその動きは鈍い。篠雨・麗終(夜荊・d00320)と神夜、鎖夜による殺界形成も行われているが、避難は遅々として進まなかった。
     だがそれも当然だ。あからさまな避難誘導を行えない以上、そうするしかない。
     故にそちらを気にしないように、ネームレスへと視線を向ける。心太の攻撃で多少吹き飛んだものの、どうやらダメージはなさそうだ。
     その動きを油断なく見据えながら、広瀬・芙蓉(神韻・d07679)は鎖夜の受けた傷を癒していく。
     思う通りになんて、行かせるものか。徹底的に、抗う。そう、覚悟を決めつつ。
     まず小手調べは終わり。周囲にまだ一般人の姿はあるものの、これからが本番である。


    「さて、それじゃ……さっさと灼滅して帰ろうぜ?」
     言いつつ神夜が構えたのは、かつて愛用していたギターだ。激しくギターをかき鳴らし、その音波をネームレスへと叩きつける。
     それに合わせ、勘志郎が踏み込んだ。高温の炎を彷彿とさせる闘気を纏いつつ、突っ込んでいく。
     その途中で腕を切り裂かれるが、怯むことはない。
    「あははは! 死ねよばーか!」
     さらに踏み込み、その拳に雷を宿しながら振り抜いた。
     だが響いた音は肉を叩くそれではない。拳とナイフが拮抗し、そこに麗終が飛び込んだ。
     脳裏に過ぎるのは、自身がダンピールとなった切欠だ。目の前で虐殺された身内。感じる苛立ちに、自然と槍を持つ手に力が篭る。
    「くそったれたダークネスは、全て潰す」
     螺旋の如き捻りを加えつつ、その槍を胴体へと向けて突き出した。
     しかしそれがネームレスの身体を貫くことはなかった。学生服の端を切りながらも、ギリギリのところでかわされる。
     それでも麗終は諦めずに、踏み込んだ足に力を入れた。腰を回しつつ、槍で薙ぎ払う。
     それも勘志郎の拳を弾いたナイフによって防がれるが、予想通りだ。高速で死角に回り込んだミレーヌの一撃が、その首目掛けて振り下ろされる。
     だが今度もそれは空振りで終わった。それが到達する前に、ネームレスの身体が転がるようにして後方に飛んでいく。
     それをそのまま見過ごす理由はない。ミレーヌは即座に追いかけた。
     ――殺したい。
     そして高揚していく気分に導かれるように湧き上がってくるのは、そんな想いだ。
     ――目の前の首を刎ね、崩れ落ちる肢体を抱きしめたい。
     それはミレーヌの殺人鬼としての殺戮衝動。
     しかしそれを理性で押さえつける。今は勝てないし、一般人の事もある。
     余計なことを考えるなと自分に言い聞かせながら、その腕を振るっていった。
    「随分、得物にご執心だな……アンタみたいなのは、この突き立てる感覚が好きなんだろうな。自分の手でやったって感覚がたまらねえんだろ」
     祇音は霊犬である菊理に浄霊眼を使わせつつ、自らは解体ナイフを使用しネームレスを煽っていた。
     言葉を飾り表情を繕い、必死に自分へと注意を向けさせようとする。
    「手慣れてんのはアンタだけじゃねえんだよ、覚えときな」
     言いながら毒の風を放つも、ネームレスは言葉など届いていないとばかりに反応がない。どころか、視線すらも合わせないままに、その姿が掻き消えた。
     一瞬身構えた祇音であるが、ネームレスの目標はそこではなかった。しかし直後に気付くことが出来たのは、やはりそれが半身故か。
     向けられた祇音の視線の先では、ちょうど菊理の身が消えるところだった。
     その光景に、祇音の背筋を寒気とも恐怖ともつかない何かが過ぎる。
     だが。
     確かに祇音はこれが初依頼だ。過去の影響で一般人が苦手でもある。
     しかしそれはここで諦めていい理由にも、一般人を見捨てていい理由にもならない。
    「名乗らねえくせに、順位争いが好きなんて……矛盾してんぜ」
     ネームレスを睨め付けつつ、言葉を続けた。
     芙蓉は戦況を眺めながら、回復に全力を注いでいた。
     戦う事には慣れないが、人の命を軽んじる事を許す事などできない。
     そんなことを思いながらも、サイキックを使い分け仲間の傷を癒していく。
     それでも先ほど菊理が消えてしまったように、癒しきれない傷は徐々に皆に溜まりつつある。一般人の避難も、済んだとは言えないような状況だ。
     早く逃げて欲しいと思いながらも、そちらへと視線を向けるわけにはいかない。
     例え一般人にネームレスが攻撃するようなことがあったとしても、目を向けない。
     我慢する。心が悲鳴を上げたとしても。守る為には、注意を向けさせてはいけないから。
     唇を噛み締めながら、芙蓉はひたすら回復を続けていった。
     死角から、或いは上段から。繰り出される鎖夜の斬撃は、しかし悉くが有効打とは成りえなかった。
     それがきっと、単独での限界だ。
     神夜の回復が飛ぶが、噛み合わない。その隙をつき、ネームレスの一撃が鎖夜の脇腹を抉り取った。
     たまらず片膝をついた鎖夜へと追い討ちがかかるが、そこに心太が割り込む。斬撃を代わりに受けつつも、ネームレスの身体を異形化した腕で殴り飛ばした。
     そして心太はそれに気付く。気付いてしまった。
     ネームレスが飛んでいった先、そのすぐ傍に、逃げ遅れた一般人が居ることに。
     判断をしたのは一瞬だ。ネームレスへと飛び掛り、食らった反撃でその人の居る場所まで吹き飛ばされる。
     そうして敢えてぶつかると、向き直った。
    「邪魔だといってるでしょう」
     瞬間的に思い出すのは、山奥の老人の多い里での生活だ。もはや助けることが出来ない老人を、苦しませないために非情な決断を下した時の事。
    (「あれに比べれば、生かすための行為は楽ですね」)
     思いつつ全力で蹴り飛ばした。
     全力とはいえ、不自然にならないように注意しつつバトルリミッターをかけた状態だ。視界の端で戦域から離れたことを確認しながら、ネームレスへと向き直る。
     ――そして直後、ネームレスの姿が掻き消えた。


     結論から言ってしまえば、灼滅者達の取った作戦は大筋では正しかった。
     だから原因という原因はない。敢えて言うならば、些細なすれ違いが重なった結果、というところだろう。
     微かな連携のズレ。僅かな思考の間違い。そしてほんの少しの思い込み。
     相手次第では問題がなかったそれらが、今回の相手には致命的となった。
     灼滅者達は図らずともその行動で、ネームレスにとある行動に関しての思考を割く余地を与えてしまっていたのである。
     それが、一般人を避難させた声と行動だ。
     一見すると邪険に扱っていたように見える。だが本当にそうなのか。その思考に至るには、それは十分過ぎた。
     本来は難しく考える必要などなかったのである。殺界形成だけを行い、後はネームレスとの戦いに集中する。それだけでよかった。
     考えすぎてしまったが故に、裏目に出てしまった。つまりは、そういうことだ。
     そして最も致命的だったのは――。
     ごとり、と。何かが地面に落下する音を、灼滅者達は耳にした。
     八人の視線が、一斉に音のした方向へと向く。そこに居たのは、二つの影だ。
     一つは言うまでもなく、ネームレス。そしてその足元に居たのは、先ほど心太が戦域から強制的に離脱させた人物――だったもの。
     それが思い込みの結果だ。
     本来六六六人衆というものは、息をするのと同じレベルで殺人を行う者達である。それが趣味趣向である場合を除き、一般人に対しての反応を見るとなった場合、果たしてどんな行動に出るか。
     そして目的のみを重視するネームレスに、無駄は存在しない。
     視界に映るそれが、答えだ。
     その光景を前に、灼滅者達の思考が一瞬止まる。覚悟してはいた。だがそれは、予想の、覚悟の範囲外だ。
     覚悟を固めてしまっていたことが、逆に咄嗟の反応を鈍らせる。
     そしてその行為の意味をネームレスに教えるには、それは十分すぎた。
     ネームレスの視線が動き、ある地点で固定される。それは八人の誰にも向いていなかった。
     嫌な予感を感じつつも、その方向へと視線を向ける。
     そこには、もう一人の逃げ遅れた一般人の姿があった。
    「どこ見てやがる、テメェの相手は俺だろうが!」
     咄嗟に麗終は飛び出していた。
     その手に持つチェーンソー剣、紅狂獣から繰り出されるのは緋色の一撃。しかし動揺から立ち直れていないそれは簡単に弾かれ、代わりに胴体を斜めに切り裂かれた。
    「……っ!」
     倒れそうになるのを、必死で堪える。それからネームレスへと視線を向ければ、しかし相手は自分を見てはいなかった。
     そしてそれは、八人の誰にも向いてはいない。
    「よそ見するなんて余裕じゃない!」
     首筋を狙ったミレーヌの一撃と麗終の斬撃が交差する。さすがにそれはかわしきれなかったようで傷を負わせることに成功するが、その代償は大きかった。
     二人に向かって放たれたネームレスの一撃に、今度こそ麗終がその場にくずおれる。
    「アンタ……よくも仲間をやってくれたわね……!」
     オトコモードで演技をしていた勘志郎は、既にその意味がないと悟り本来の口調へと戻していた。そうしてネームレスへと殴りかかるところに、心太が合わせる。
     覚悟はしていた。救うために守るべきものを傷つける覚悟は。そして実際に自分の手で傷つけて、その結果がこれか。
    (「守れなくてすみません……」)
     思いつつも、これ以上の被害を出さないために。血が滲むほどに握り締めた拳を振りぬいた。
     善戦した、といっていいだろう。時折思考を逸らされつつも、灼滅者達はよく戦っていた。
     だが途中で祇音が落ち、今ナイフを胸に突き立てられ鎖夜も倒れた。
     これで残ったのは五人。
     限界だと、芙蓉は判断した。倒れた者達へとネームレスがどういう反応をするのかも分からない。
     例え闇堕ちをしてでも、これ以上は誰の命も奪わせなどしない。
     だから。
     ――思った瞬間、視界の端で神夜の一撃がネームレスの顔を捉えるのを見た。
    「ココから、先は…… 私が、あなたを満足させてあげますわ?」
     ニヤリと笑う神夜に芙蓉は違和感を覚え、すぐにその理由に思い当たる。口元を隠していたマフラーがないのだ。
     そしてその雰囲気も若干異なっている。
     ――堕ちた。それを悟った。
     立ち上がったネームレスは、それを見ると同時に姿を掻き消した。咄嗟に身構える五人だが、一瞬の後に姿を現したネームレスは遠く離れた場所に立っていた。
     それから一度五人のほうへと視線を向けると、満足したかのように背中を向け、今度こそその姿を消した。
     目的は果たしたからこれ以上は意味がない。そういうことなのだろう。
     それを追いかける余裕は、ない。
     残ったのは倒れた三人と、辛うじて立っている四人。命を失った一人と、闇に堕ちた一人。
    「……花見には行けそうもありませんわね」
     四対の視線を受けながら、神夜は独り言のように呟くと、ゆっくりとその場から離れていった。
     それに声をかける者も、後を追う者もいない。そのようなこと、出来るわけがなかった。
     失われた命は一つ。失われた仲間も一人。
     しかし今は一先ず、一般人の虐殺を止められたことを喜ぼう。
     その上で。
     失われた命は戻ってこない。だから、いつか必ずその償いをさせてみせる。
     失われた仲間は助けることが出来る。だから絶対に、助けてみせる。
     誓うように見上げた空には、ただ青空だけが広がっていた。

    作者:緋月シン 重傷:時雨・鎖夜(破壊の改革者・d08765) 
    死亡:なし
    闇堕ち:七篠・神夜(お姫様の為の夜想曲・d10593) 
    種類:
    公開:2013年3月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 15/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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