昼下がりのティータイム。
紅茶を入れるあの少女と、二人だけの時間を過ごそう。好きな紅茶やフレーバーティーの話をする彼女の声を聞きながら、俺は緊張して言葉を詰まらせる。
振り返った彼女に、渡すんだ。
手作りのクッキー。
「……やっぱ、何か買ってこないか?」
「うん、手作りってめんどくせ」
「あー、せっかく集まったんだし家庭科室借り切ったんだから、作ろうぜ。とりあえずクッキーの元かなんか、売ってんじゃね?」
「ホットケーキミックス的な?」
五人の高校生が集まっても、良い知恵は出て来やしなかった。
ましてや、お菓子なんか作った事がない男子高校生が何人集まろうが、お菓子が作れるようになる訳がないのであって。
単に家庭科室に集まってダベるだけの集団と化した彼らは、気付いていない。もうじきこの夕暮れの家庭科室の周囲はゾンビで埋め尽くされ、彼らは犠牲者となってしまう事を。
危険などまったく予想もせず、彼らは3月14日のホワイトデーのお返しについて算段していた。
エクスブレインの相良・隼人は、道場に正座して皆を待ち構えていた。そういえば、バレンタインの隼人は無事親と兄貴にチョコを渡したのだろうか。
「……お返しは三倍返しって言うよな!」
20円チョコで済ませようとした人が、何か言ってるよ!
突っ込みを躱し、隼人は言葉を続けた。どうやら彼女の今回の依頼は、ホワイトデーに関わるものであるらしい。
「家庭科室で、男子高校生が五人……ホワイトデーのお返しの算段をしている。作る気で色々材料は買い込んだらしいんだが、今の所作る気ゼロだ。レシピすら持ってやしねえ! このままでは、材料も無駄になるばかりか、お返しはコンビニの飴になるだろう。君達には、それを阻止してもらいたい……という訳ではなくてだな」
むろん、そんな依頼であるはずはない。
夕方の学校でダベっている彼らは、じきにゾンビの群れに襲われてしまう。ゾンビが狙っているのはお菓子ではなく、男子高校生である。
「この校舎は表門から遠いし、あまり目立たない塀際にある。たぶん、家庭科室のカーテンを全部閉めてしまえば、周囲で戦っても見つかるまい」
つまり、見つからないように片付けろという事か。
そう聞き返すと、隼人はこくりと頷いた。
「ゾンビは二十体ばかりだが、お前達より弱い。裏手の塀と校舎の間は10mほどの幅しかないから、そこで挟み込んでしまうのも手だな。二人ばかり欠けても倒せると思うから、誰かが高校生の監視に行ってもいい」
ゾンビは半分ほどが毒を使うが、回復もしない為あまり手こずる事はないだろう。
隼人はそう話し終えると、にんまり笑った。
「さっさと片付けて、お前達もホワイトデーの算段をしろ。三倍返しでな!」
三倍を強調しつつ、隼人は皆を送り出した。
参加者 | |
---|---|
御子柴・天嶺(碧き蝶を求めし者・d00919) |
宮峰・貴博(薄明・d01024) |
白瀬・修(白き祈り・d01157) |
神津・暁仁(黎明を待つ焔の獅子・d05572) |
ロザリア・マギス(死少女・d07653) |
鷹栖・琴也(陽色の調・d08321) |
ラシェリール・ハプスリンゲン(寵愛されし白虹孔雀・d09458) |
オリキア・アルムウェン(壊れかけた翡翠の欠片・d12809) |
久しぶりに武蔵坂とは違う制服を身につけ、宮峰・貴博(薄明・d01024)は静かにラシェリールを見上げる。貴博に比べてラシェリール・ハプスリンゲン(寵愛されし白虹孔雀・d09458)の白く輝く髪と孔雀色の瞳は目立つ方であるが、プラチナチケットと制服のおかげもあって教師も生徒も特に気にする様子はなかった。
なんだか、歩いているラシェリールはとても楽しそうである。
「知らない学校を歩くのは楽しいな、貴博」
「ああ、はい」
制服一つで、学校の中にすんなり埋もれる事が出来る。
それは何だか奇妙な感覚であった。
家庭科室の扉に手を掛け、ラシェリールは廊下の窓を見やった。窓の向こうには校庭が広がっており、まだクラブ活動に従事している野球部の生徒達がいる。
すうっと深呼吸をして、ラシェリールは扉を開いた。
「邪魔してもいいかな」
そう言い、足を踏み入れるラシェリールの後ろから貴博が続く。聞いていた通り、五人の男子生徒が何するでもなく顔をつきあわせていた。
とりあえず一通り、何か作れそうな材料だけは在るのが分かる。貴博はレジ袋を差しだすと、五人の目の前に置いた。
「その……俺もお返し、作らなきゃならなくて」
一緒に作ってもいいかと貴博が聞くと、嬉しそうに五人は他のテーブルから椅子を引っ張り出して来て輪に入れてくれた。
しかしここで座ってしまったら、座談会と化すだけである。貴博は菓子作りの本を、皆の前に出して開いた。
「本も持ってきたし、材料も揃ってるけど。どう?」
「俺も貴博に教わろうと思ってね。……座ってるだけじゃ出来そうにないし、とりあえず始めてみようよ」
ラシェリールは皆を促すと、窓に寄ってカーテンを引いた。
これは秘密のホワイトデー作戦だから、とくすりとラシェリールが笑う。
貴博が予定しているのはチョコチップマフィンで、クッキーくらいなら残りの材料で何とかなりそうである。
閉めた窓の向こうで戦う仲間の無事を祈りつつ、貴博は作業に取りかかった。
カーテンが引かれると、裏手にひっそりと八名が現れた。灼滅者が六名、そして残り二名はオリキア・アルムウェン(壊れかけた翡翠の欠片・d12809)のビハインド・リデルとロザリア・マギス(死少女・d07653)のビハインド・テクノであった。
ゾンビを挟み込んでから制圧する為、四人と四人の二班に別れるように作戦をまとめたが、それぞれA班とB班に分かれて作戦に従事する事となった。
テクノとともにB班だと思っていたロザリアは、そっとテクノを見上げる。
「ロザリア、不安か?」
やんわりとそう聞き、神津・暁仁(黎明を待つ焔の獅子・d05572)は安堵させるように軽く肩を叩いた。
大丈夫だって、別行動でも皆がついてるんだから。暁仁の心遣いに、ロザリアはこくりと頷いてカードを握りしめた。
「ご心配には及びません。ちゃんと心得ていますから」
向かい合った所で、B班の白瀬・修(白き祈り・d01157)や暁仁、オリキアとともにテクノが立ってじっとロザリアを見返している。
同じように、オリキアはロザリアの横に立っているリデルを見ていた。
こちらに気付いたオリキアが、ふんわりと笑い返す。
「早く終わらせて、お菓子作りに行こうね」
「……はい」
ゾンビへの怒りとお菓子作りへの興味に表情の移り変わるオリキアに、ロザリアも目を細める。その時、ふと周囲で物音が聞こえてきた気がした。
ちらりとロザリアが振り返ると、暁仁も正面を見据える。どうやら、集まってきたようだ……と八名は、ゾンビの立ち位置と数を確認した。
全部で20体のゾンビが、のそりと校舎の影を歩く。天星弓を構えた鷹栖・琴也(陽色の調・d08321)が静かに意識を高め、外へと流れる音をかき消していく。
修もそれに合わせ、二人の力が校舎やグラウンドへ漏れる音を遮断していった。
「これで家庭科室に聞こえる心配をしなくて済むよね」
ふ、と笑って琴也が言った。
後はゾンビを殲滅するだけ。ゾンビの動きを見て、その外側を包囲するように四名が回り込んでいく。
こちらの動きに気付いて引き返そうとしたゾンビに、ロザリアが瞬時に距離を詰めて一撃を叩き込んだ。
おし退けるようにして、ロザリアはゾンビをB班の方へと突き飛ばす。流れるような足裁きでゾンビの群の背後に回り、連打を叩き込むロザリア。
「包囲完了しました」
ゾンビの一撃を腕で押しとどめ、ロザリアが呟いた。
ロザリアの傍には御子柴・天嶺(碧き蝶を求めし者・d00919)、その背後にリデル、最後尾で琴也が。琴也はゾンビの攻撃を受けたロザリアの腕からじわりと血が滲んだのを見て弓を構えるも、はっとした表情でゾンビを見たロザリアに気付いて、天星弓を掲げて風を起こした。
ほのかに暖かな風が彼女の腕を撫で、傷を癒していく。それと同時に、体を浸食する毒の感覚が和らぐのも感じた。
「人の恋路で毒を吐くなんて、野暮じゃないか」
琴也はふ、と笑ってゾンビに語りかけるように言う。しっかりと腕に弓を構え、攻撃に転じたロザリアに合わせて矢で風を切った。
神降ろしの力を受けた矢がゾンビの額を貫くと、頭部をロザリアの拳が粉砕する。ふうっと息をつくと、琴也は次々と襲いかかるゾンビの群れに眉を寄せた。
「やれやれ、よくもまあこれだけ湧いたこと……」
「そんなにホワイトデーの邪魔がしたいのか? 俺等も男子高校生なんだがな、不満か」
暁仁が言うと、食らいついてきたゾンビに斬艦刀を叩き込んだ。斬艦刀を振り回す度、暁仁から迸る炎が舞い焼き付く。
手数の多いゾンビに次々食いつかれる暁仁や天嶺は、攻撃に専念している分ゾンビの群れに突っ込みやすい。
押しとどめる事も難しい十数体のゾンビの群れに、暁仁は肩の力を抜いた。
「散り散りになるんじゃねえよ……鬼さんこちら…っと!」
赤い十字の閃光でゾンビの群れを引き裂いていく。
群の後ろから焼き尽くしていく暁仁に、ゾンビは掴みかかる。朽ちた体でありながら、想像だにしない強力なパワーで食いついてくるゾンビ。
逃がさぬよう引きつけたまま、一体ずつ片付けて行く暁仁の背後から修も氷の矢で貫いていく。
炎と氷、二つの力が席巻していった。
「だいぶ片付いた……か」
「ほんと、ゾンビと毒でもうぐちゃぐちゃだよ! 暁仁、毒を受けたらボクにすぐ教えてくれなきゃ駄目だよ!」
呼吸が荒い暁仁にさしのべられたオリキアの手が、ほんのり温かい。力を受け取った暁仁は目を細めて少しだけ笑う。
ボクが繊細だったら食欲無くなってるよとぼやくオリキアを、修がくすくすと笑った。
「それじゃあ、僕も繊細じゃないって事かな。お菓子がすごく楽しみだしね」
修は話ながら、少し緊張が解けてきたのが分かった。
ゾンビの数も減り、残りはわずかだ。前衛はテクノががっちりと守ってくれていたし、治癒はオリキアがしっかりとやってくれている。
明るいオリキアの声が、心を解してくれる。
「さあ、あともう一息だ。……早く終わらせて行こう」
修は皆にそう言うと、槍を構えた。
卵に砂糖を混ぜ合わせる。
あとはホットケーキミックスを混ぜて、マフィン型に入れてチョコチップを振りかけ焼き上げるだけ。
「簡単だろう?」
てきぱきとボウルを片付けながら、貴博が指示をする。
材料さえ揃えれば、思ったより簡単に作れそうである。五人の生徒に混ざり、ラシェリールもチョコレートを湯煎しながら甘い香りにうっとり。
そこで気になるのが、どんな子にあげるのかという事。
「バレンタインに貰ったチョコは、やはり手作りだったのか?」
「んー、まちまちかな」
手作りだった人もいれば、そうでない男子も居る。
ラシェリールは笑みを浮かべて、深く頷く。
「いや、たとえ貰った物が既製品でもホワイトデーはやはり手作り! 女子のハートをGETするなら、やはり手作りにかぎるよ! まさかこの人が手作りなんて……なギャップを狙おうではないか」
熱の入ったラシェリールの語りに耳を傾けながら、貴博は着々とチョコチップマフィンを作っていく。
試作ができあがった所で、家庭科室の扉が開いた。
携帯電話での着信は二人に届いていたから、来るのは分かって居た。最初に飛び込んできたのが、オリキアであった。
「お兄ちゃん、様子見に来たよっ!」
ラシェリールの後ろから飛びつくと、オリキアは手元をのぞき込んだ。どうやらこれは、生地に混ぜて焼く為のチョコであるようだ。
こちらはナッツを振りかけて焼く。
キラキラと目を輝かせながらマフィンを見ているオリキアに、ラシェリールはもう少しだけ待っていてくれと料理を続ける。
「まだ出来上がってないのか? よかったら手伝うよ」
天嶺は腕まくりをして、ラシェリール達の作業に加わった。貴博が用意したレシピに目を通し、チョコチップマフィンの生地をカップに注ぎ込んでいく。
ふっくらと焼き上がったのを想像しながら、注ぎ込む量はちゃんと調節していく。
「思ったよりふくらむから、入れすぎるとこぼれるぞーって……こぼれた残骸が……」
ちらりと横を見ると、失敗作がゴロゴロとテーブルに転がっていた。せっかくだから、と天嶺が手に取っ手振り返ると、お願いポーズのオリキアとさりげなく嬉しそうな修が。
受け取ったマフィンは、まだ温かかった。
失敗作でも立派なマフィンである。修は匂いにうっとりとした表情で、両手にマフィンを包んだ。天嶺や暁仁はさっそく料理に加わり、手つきも慣れた様子だ。
「ラシェリール先輩は料理はお好きなんですか?」
修が聞くと、ラシェリールはくすりと笑って背中越しに修を見た。
何だか、自信ありげだが……。
「間違いなく俺が一番下手だ」
「そう……なんですか?」
そんなに嬉しそうに作っているのに、と修は苦笑した。でも、ラシェリールや貴博の作ったマフィンなら食べてみたい。
手にした失敗作のマフィンをパクリと口にすると、甘いチョコの風味が広がった。
弟や妹の為にマフィンを作って帰りたいという暁仁や、料理は比較的得意である天嶺は別バリエーションのマフィンについて算段している。
ジャム、バナナ、紅茶あたりなら今からでも何とかなりそう。
何だか本格的になってきた家庭科室の片隅に、ロザリアはちょんと腰を掛ける。コトンと貴博が目の前にココアを置くと、それを受け取ってロザリアは周囲を見まわした。
琴也が横で、カードを取り出して広げている。
できあがったマフィンを包む箱と、それにあわせて手書きのメッセージカードを作る為のカラーペンと画用紙。
「ほら、女の子って手紙とか好きって聞くしね。包装とかも可愛くラッピングしてみようよ」
琴也は画用紙を手に取り、ハサミで切り取りはじめた。
甘いチョコマフィンを包み込んだプレゼントボックスには、ハートや星形のカードを付けよう。レースのリボンで包んで、完成。
ふと見ると、じっとロザリアとオリキアがそれを見つめていた。
「一緒に作ってみるかい?」
「ボク、ラッピング出来ないんだ」
しょんぼりした様子のオリキアと、何も答えずじっと見ているロザリアの目の前で琴也はラッピングを始めた。
赤い包装紙が丸い箱を綺麗に包み込むと、ちょんと頭にレースのリボンをつける。
その片隅には、手作りのカードを添えた。
記されていたのは、きっと彼らからの真っ直ぐな気持ち。
作者:立川司郎 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年3月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 10
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