あみゅーずめんと de らんでぶー

    作者:雪月花

    ●ゲームセンターでお待ちしています
    「やったぁ、ウサちゃんゲット~♪」
    「上手いじゃんゆゆ子ちゃん!」
     手を叩いて喜ぶ娘を前に、チャラそうな青年達が囃し立てる。
    「ふふっ、可愛いからバッグに付けちゃおっと」
    「それにしても、まだ来ないの? 君を待たせてるカレ」
    「ゆゆ子ちゃんみたいな可愛い子ほったらかしなんて、信じらんないよ!」
    「えへ~、そうかな?」
    「そんな奴ほっといて、俺らともっと楽しいトコ行こうよォ」
     両脇で挟むように誘いを掛ける彼らに、ゆゆ子と呼ばれた清楚な雰囲気の娘は人差し指を口許に当てて「そうねぇ」と小首を傾げた。
    「……別に、約束してた訳じゃないし」
    「んっ?」
     聞こえるか聞こえないかくらいの、微かな呟きに反応した青年に、ゆゆ子はにっこり笑って首を振った。
     彼女が待っているのは彼氏でも1人でもないけれど、そんなことはどうでも良いのだ。
    「なんでもないよ。それよりゆゆ子ねぇ」
     バッグの縁に手を掛けながら。
    「ちょっと殺したくなっちゃった☆」
     喉が渇いちゃった、みたいなノリの彼女が一瞬で何をしたのか、青年達も、周囲の人々も意識が追いつかない。
    「か、ハ……」
     ゆゆ子の横に立っていた青年の喉笛に、穴が開いていた。
    「……え!?」
     血を吐きながら崩れていく友人を前に、固まった青年にも次の瞬間太い針のような凶器が襲い掛かる。
     彼がどうと音を立てて倒れ、漸く時が動き始めたかのように周囲から悲鳴が上がった。
     クスリとゆゆ子は笑う。
    「私から逃げられるかな~♪」
     まるでシューティングゲームのように、虚空から現れた針が人々に突き刺さっていく。
     
    「うーん、今回もハズレかぁ……残念っ」
     返り血一滴浴びず、ゆゆ子は死屍累々の中に立っていた。
    「結構楽しかったし、終わりよしならおーるおっけー?」
     くりんと首を傾げるゆゆ子の周囲で、明滅するビデオゲームの画面と、ダンスゲームやクレーンゲームの筐体のデモ音楽だけが、忙しく移り変わっていく。
    「私、そろそろ帰らなきゃ。じゃあ、またね~……あっ、もう死んでるんだった!
     ゆゆ子ったらうっかりさん☆」
     
    ●五〇二番 立花・ゆゆ子
    「以前学園の灼滅者と交戦した六六六人衆、立花・ゆゆ子の足跡が漸く掴めた」
     土津・剛(高校生エクスブレイン・dn0094)の簡潔な言葉に、教室に集まった灼滅者達の間に緊迫した空気が走る。
     何せ、ゆゆ子との遭遇は半年以上も前だ。
    「……その間に、彼女も着々と順位を上げていたようだが」
     サイキックアブソーバーが感知した情報によれば、どうやら最近は他の六六六人衆に倣って『闇堕ちゲーム』に興じているようだと剛は語った。
    「ゆゆ子はお前達を待っている。闇堕ちさせる為にな……。かなり危険な依頼だが、少しでも人々の犠牲を減らす為に行ってくれないか?」
     剛は言葉を選びながら、灼滅者達にそう依頼した。
     その様子は、幾らバベルの鎖を掻い潜って多少なりとも利を得られても、予断の許されない相手だと言外に表していた。
     
     ゆゆ子は若者の集う、とある駅前ビルに入っているゲームセンターにいるという。
     フロアは広く、週末ともなれば結構な客入りだろう。
    「説明した通り、ゲームセンターの中で適当に遊んでいるが、若者達に声を掛けられて過ごしているうちに殺人衝動に駆られるようだ」
     六六六人衆にとっては生理現象と何ら変わらない衝動を満たし、かつ灼滅者が来てくれればめっけもの、くらいの感覚らしい。
    「バベルの鎖を掻い潜り、お前達が出来るだけ不利にならない状態で接触するには……残念だが、最初に襲われる若者2人を助けることは出来ないだろう」
     予めゆゆ子と出くわさないようにゲームセンター内に潜んでおき、2人目の青年を攻撃した瞬間に打って出る――それでなんとか、一般人の客を逃がす隙を作れるかというところだという。
    「無理をして2人の若者を助けようとすれば、状況は厳しくなる。人助けを頼んでおいて、すまないが……」
     剛は一度目を伏せてから、ゆゆ子との戦闘に関する説明に移る。
    「ゆゆ子は見た目からはそうと感じさせない、暗殺に長けた技術を有しているようだな。殺人鬼が使うサイキックの中から1つ、そして使用するピックにも似た太い針状のもの1本を虚空から射出する技と自らを回復させる術を使ってくる……というところまでは分かったが、他にも全く毛色の違うサイキックを使ってくる可能性がある。所謂、隠し玉というものか」
     恐らく滅多に使わないサイキックなのだろう。
    「何が切欠で使用してくるかすら分からない状態だから、下手に怒らせたりするのは避けた方が良いだろう。今回の依頼は『一般人が殺戮されるのを止める』ことが第一だからな」
     ゆゆ子は灼滅者の中から闇堕ちが出るか、ある程度戦闘が長引いたり自分が追い込まれれば撤退していくという。
    「お前達の力は信じている。だが、くれぐれも無理はしないで欲しい」
     信頼の眼差しに心配の色を混じらせて、剛は頭を下げた。


    参加者
    一・葉(デッドロック・d02409)
    四方屋・非(ルギエヴィート・d02574)
    鬼形・千慶(破邪顕正・d04850)
    天外・飛鳥(囚われの蒼い鳥・d08035)
    藤柄田・焼吾(厚き心は割れ知らず・d08153)
    現世・戒那(駆け抜ける葬爪・d09099)
    神乃夜・柚羽(燭紅蓮・d13017)
    桜木・和佳(誓いの刀・d13488)

    ■リプレイ

    ●ゆゆ子と週末ゲーセン日和
     週末、駅前のゲームセンターは主に若者達の姿で賑わっていた。
     ビデオゲームの対戦に夢中になる者、音楽系のゲームでテクニックを披露する者、のんびりクレーンゲームを楽しむカップル。
     そんな中で、普通の女の子のように立花・ゆゆ子はナンパしてきた青年たちとゲームを楽しんでいる。
     その姿を遠巻きにする幾つかの影。
     灼滅者達は、彼女に見付からないようフロア内に入り込んでいた。
    (「殺戮系女子とか……誰得」)
     藤柄田・焼吾(厚き心は割れ知らず・d08153)は誰も気付くことのない溜息を吐いた。
    (「彼女いない歴=年齢な俺がゆるふわ女子とやりあう機会がついに!」)
     と意気込んでも、やるのは殺し合いなのが悲しいところ。
    (「あの人達は助けられないんだ……」)
     心苦しさを胸に押し込め、天外・飛鳥(囚われの蒼い鳥・d08035)は『けれど、守れる人は守ってみせるよ!』と改めて誓う。
     犠牲は無駄にはしない、守る為に尽力するという想いは焼吾も同じだった。
    (「お前みたいなのにゲーセンで暴れられると、こっちの遊び場が減って迷惑なんだよ」)
     四方屋・非(ルギエヴィート・d02574)はちらりと、ゆゆ子に目をくれる。
     あのかわいこぶる姿が、鼻につくのだ。
     ゆゆ子は確かに、何処にでもいそうな可愛いタイプの女子大生にしか見えない。
     けれどその本性は侮ることも許されないと、彼らは知っている。
    (「気を引き締めていこう、油断できる相手じゃないし、今回の目的は主にボク等だからね」)
     若者達の影で、現世・戒那(駆け抜ける葬爪・d09099)は唇を引き結んだ。
     戦うのは好きではないけれど……その分、心に決めた時は自らの技を振るう覚悟は出来ている。
    「ちょっとお手洗い行ってくるね」
    「う、うん。行ってらっしゃい」
    「俺達、ゆゆ子ちゃんが戻ってくるまでここにいるから」
     ふと、ゆゆ子が青年達に声を掛けて離れて行った。
     案内板に合わせてトイレの方へ。
    「(ダークネスもトイレに行くんだな)」
    「(さぁ……)」
     互いに近くにいた焼吾と飛鳥が、顔を見合わせた。
    (「闇堕ちゲームねぇ。ゆゆ子がプレイヤーで、灼滅者はゲームの攻略対象って訳?」)
     若者が遊んでいる筐体のギャラリーに紛れ、鬼形・千慶(破邪顕正・d04850)も何も変わらない素振りを続けている。
    (じゃぁゲーム側としては、そう簡単にクリアさせるわけにはいかねぇよなー」)
     このゲームの設定は超・ハードモードですぜ! と口角を上げ、ふと思う。
    (「プラチケ組は上手くいってるかねぇ」)

    ●鎖の呪縛
    (「コレ用の鍵が必要か……」)
     非常口の施錠を確認し、鍵を取りにスタッフルームへ入ろうとした一・葉(デッドロック・d02409)はゲームセンターの店員に呼び止められた。
    「非常口を開けておきたいんだ。店内に不審者がいる、何かあったら客を避難させてくれ」
     彼ががそう忠告すると、店員は神妙な顔で声を潜めた。
    「その不審者ってのは何処に?」
     予め対象を確認しておこうということなのだろうが、葉はどう答えたものか躊躇う。
     正直に教えればこの店員も犠牲になり兼ねないし、今のゆゆ子を教えたところでただの可愛い女性にしか見えないだろう。
     彼らの遣り取りが視界に入り、葉と手分けをしていた神乃夜・柚羽(燭紅蓮・d13017)が近寄ってくる。
    「不審者っぽい人を見つけても、刺激しないでことが起きる迄はいつも通りにしましょう。勘付かれて暴れられたら大変です」
    「だから、悪いことが起こる前に、その不審人物を確認しておきたいんだけど……」
    「どうしたんだ?」
     店員が困惑していると、店長らしい男性がやって来た。
    「この子達は山口君の友達かな? その紙は……?」
    「え、いえ……」
     戸惑っている店員を他所に、店長は葉の持っている『故障中』の紙束を見咎めた。
     後でゆゆ子がいる付近の筐体に、貼っておこうと思ったのだ。
    「それ、どうするつもりだったんだい? 困るよ、いくら常連さんと言っても勝手にそんな事をされちゃ」
     店長は渋面だ。
     プラチナチケットは『相手に関係者と思い込ませる』効果があるだけで、使用者が関係者の種類を指定するものではない。
     同じくプラチナチケットを使った上で避難ルートを確認していた桜木・和佳(誓いの刀・d13488)も彼らの苦境に気付くが、仲間の雲行きの悪さにどうフォローに入って良いものか筐体の影で悩んでいる時。
    「何してるの~?」
     突然背後から掛かった声に、和佳の思考は悪い予感に一瞬凍りついた。
     音のない空気の流れ。
     スレイヤーカードの封印が自動的に解除され、和佳の身を守ろうとする――
    「どうして……」
     和佳の肩から血が噴き出す。
     深手にうわ言めいて呟くと、ゆゆ子はふわっと微笑んだ。
    「ちょっとお手洗いって言ったら、向こうで待っててくれてるの。人間って優しいわよね」
     ズレた返答だが、それが答えなのだろう。
     ゆゆ子は灼滅者達の動きに気付き、青年達を置いてこちらに来た。
     エクスブレインの示す方法を辿れば、ゆゆ子が張り巡らせる見えない鎖の予知を掻い潜って、彼女に迫れる筈だった。
     だが、彼らは事前にそれから外れる行動を取りすぎてしまったようだ。
     一般人の脱出経路を確認しておく程度であれば、まだ察知されなかったかも知れないが……。
    「でも、嬉しい。やっと来てくれたのね!」
     暗雲立ち込める葉の心境とは真逆に、屈託のない笑顔を浮かべたゆゆ子が腕を広げる。
    「うぐッ」
     彼女の右側の筐体で遊んでいた客が、突っ伏した。
     背に空いた穴から血が染み出している。
     ゆゆ子の右手には、既にピックが握られていて。
    「さぁ、始めましょう」
     嬉しそうな声は、ゲームセンターの喧騒に吸い込まれてしまう。

     客の悲鳴が上がるまで、然程時間は経ってはいなかった。
     声を聞いて一番始めに現れたのは、近くで店員に絞られていた葉と柚羽。
     だが、彼らが近付く前に和佳は膝を折った。
    「君達、何処へ……なっ」
     彼らに付いてきた店長が言葉を失う。
     既に付近にいた客の何人かが、とばっちりを食って倒れていたのだ。
    「早く客の避難を!」
     葉が叫ぶが、店長達はあまりの事態にすぐには動けない。
    「あ、やっぱりまだいたのね♪」
    「ちぃッ」
     嬉しそうなゆゆ子に、葉は即座に展開したWOKシールドで対抗する。
    「仕方ありません……」
     ゆゆ子の対応を彼に任せ、柚羽は店員達による避難誘導に手を貸す。
     直に千慶の割り込みヴォイスによって「開いてる出口から外に逃げろ!」という声と共に、待機していた灼滅者達も集まってきた。
     既に焼吾や戒那がパニックテレパスを発動させ、客の避難に動いていた。
    「早く外に!」
     最初に襲われる筈だった青年達もパニックを起こしていた。
    「ゆ、ゆゆ子ちゃんは……?」
    「大丈夫だから、ボク達の言う通り避難して」
     何も知らない彼らは憐れにも感じるが、戒那は出口目指して逃げる人々の方へ彼らの背を押した。
    「ここ半年で随分序列上げたんだってな。後学の為に俺にも教えて欲しいわ」
    「いいわよ。でもダークネスになってからね♪」
     不敵に口端を吊り上げた葉は、ソーサルガーダーの守りと戻ってきた柚羽の癒しを受けながらも、負傷を深めていた。
    「あっちゃー、バベッちまったか」
     状況を見た千慶は龍砕斧を構え葉に並ぼうとするが、ビデオゲームの椅子に足を取られて転び、もたついている若者を見て手を貸さざるを得なくなってしまう。
    「随分派手にやってるじゃないか」
     想定外の事態になったが、非はゆゆ子を引き付ける為に言葉を投げる。
    「大丈夫?」
     飛鳥は立て続けに攻撃を食らいそうな葉を庇った。
    「……悪ィ」
     防具が攻撃の鋭さを和らげてくれるとはいえ、それでも一撃で相当なダメージを食らう。
     ディフェンダーの葉ならまだ良いが、後衛がクリティカルを食らったら耐えられないかも知れない。
     彼らの傷を、メディックの柚羽が必死に癒していくが、この時点でゆゆ子と対峙しているのは葉と飛鳥、スナイパーの非、そして彼女だけだ。
     分が悪すぎる。
    「……闇堕ちゲームなんてしないで、一般人のいない所で六六六の身内で殺りあえば平和でしょうに」
     思わず零れた呟きに、ゆゆ子は「そういう訳にはいかないのよ」と返した。
    「何処かの誰かさんが、私達の仲間を殺して回ってるから、悠長に序列争いやってる場合でもなくって」
     困っちゃうわよね、と大袈裟に肩を竦める。
    「ゆゆ子ねぇ、無意味な争いは嫌いなの。
     出来ればダークネス同士仲良く出来たら嬉しいし。
     だから、どんなダークネスでもこっちに来てくれるなら歓迎よ♪
     堕ち掛けて中途半端なところにいる子の手助けをすれば、六六六人衆も増えてくれるかも知れないもの」
     理に適ってるでしょ、と彼女は真面目に思っているようだ。
    「それでこのゲームかよ……」
     千慶が復帰してきたが、戦況が芳しくないのは一目瞭然だった。

    ●ゆゆ子の明るいダークネス計画
    (「当たらない……っ」)
     攻撃を軽くいなされた飛鳥に焦燥が募る。
     ――どっちがダークネスか分からないね。
     ただでさえ、以前他の六六六人衆に指摘されたことが心に圧し掛かっているのに。
    (「戦闘は好き、破壊衝動だって否定出来ない……でも、俺は守る側の存在でいたい!」)
     シールドバッシュを避けられた後、重苦しさを振り切るように黒死斬で足止めを与える。
     これもいつまで持つか。
     前衛陣がゆゆ子に怒りを付与しようと浴びせる攻撃を、彼女はほぼ位置を変えずダンスゲームのようにステップを踏みながら交わしていく。
     筐体から流れる音に合わせ舞い、非は気を引くように更に声を掛ける。
    「お前だって仮想より生身のゲームの方が好きだろ?
     ゲームがお望みなら受けて立つぞ!」
    「じゃあ、早くダークネスになってくれると、ゆゆ子嬉しいな♪」
     とすっ。
     軽い音を立てて、虚空から現れた針が非の腹を貫いた。
    「……ッ、くそ……」
    「あらら、やりすぎちゃったかな☆」
     崩れ落ちる非に、ゆゆ子は目を瞬かせた。
    「こいつ……チョーシこいてんじゃねえぞ!」
     千慶がトラウナックルで殴り掛かり、ゆゆ子の胴を軽く掠めた。
    「あは、灼滅者さん達も前より強くなってるのね。でも、私も負けないんだから」
     どす黒い殺意が湧き上がり、前衛を包んでいく。
    「みんな……! 大丈夫?」
     客の避難を終えた戒那が、焼吾と共に戻ってきた。
    (「今回は守る戦いだ、耐え切るよ、戒世」)
     唇を引き結び、表情を失う戒那。
     焼吾はディフェンダーに、戒那はメディックに戻り仲間達を助ける。
    「そっちの子から止めといた方が良いかしら?」
    「そいつよりも俺はどう? 彼女募集中なんだけどさ!」
     どんなに劣勢でも、それがヒーローの役割とばかりに笑顔の焼吾が柚羽への攻撃の盾になった。
    「うーん、彼氏は別にいっかな。どうせ私と一緒にいたら死んじゃうし」
     死因は聞くまでもない気がした。
    「あなた達は良いわね。仲間だってもっといっぱいいるんでしょ?」
     一瞬、ゆゆ子の目に寂しげな光が浮かんだ。
     けれど、すぐにそれは喜色に変わる。
    「沢山いるんだから、ここで何人かダークネスになっても別に構わないわよね」
    「何を……?」
     戦闘中は無口無表情ので戒那さえ、流石に眉を顰めた。
    「簡単でしょ? 私はあなた達を放って人間を殺しに行くことも出来るけど、あなた達の誰かがちゃんとダークネスになってくれれば、今日はこれ以上誰も殺さないって約束するわ。
     人間も死なない、あなた達も死なない。
     一番平和的で、デメリットのない選択だと思うけど?」
     いかにも名案でしょ、という顔でゆゆ子は言った。
     闇堕ちしたら失われてしまう、灼滅者の人格なんて勿論考慮に入っていない。
    「悪ィけど、俺が堕ちンのは当分先の話だ!」
     他の者達も簡単に闇堕ちさせる訳にはいかない。
     がつんと、葉のシールドバッシュがゆゆ子を捉えた。
    「……そう、残念だけど仕方ないわ」
     彼女の目がキラリと光る。
    「それじゃ今から、あなた達をひとりずつ殺していきま~す!」
    「なっ……」
     場違いに明るい宣言の後、ゆゆ子は怒りを付与した葉を集中的に狙った。
     仲間達も必死に回復するが、既に痛めつけられ、積み重なった癒せぬ傷が全快を阻む。
     葉はあえなく床に膝を突く。
     ゆゆ子はこの状況にそぐわぬ顔でにっこり笑った。
    「は~い、仕・上・げ♪」
     トドメとばかりに動いたゆゆ子が、飛鳥には酷く緩慢に見えた。
     死んでしまう。このままでは彼が殺されてしまう。
     焼吾の耳元でも、何かがざわつき始めた――が。
     その肩がトンと叩かれる。
    「ん、大丈夫。君達はボクが守るよ」
     そう言ったのは戒那。
     いや、もう戒那だった者か――既に滲み出る黒い殺気を纏い、彼は文字通り変質し始めていた。
     そして、飛鳥もその儚げな少女のような姿から、言い知れぬ気配を漂わせている。
    「待って……!」
     戒那は彼も押し留めたかったが、心を追い詰められ覚悟を決め切ってしまった者を、引き戻すことはもう出来ない……。

    ●ゆゆ子とダークネス
    「ふふ、やったわ! 六六六人衆に淫魔ちゃんね!」
     ゆゆ子の嬉しそうな声が、妙に空しく降り注いだ。
    「俺は……! 誰もいなくなって欲しくなかったんだよ!」
     絞り出すように叫んだ飛鳥が放ったサイキックソード『殺戮のピジョンブラッド』が、ゆゆ子の腕を切り裂いた。
     脳裏に浮かぶ大切な人、人達。
     けれど、今はこうするしかなかった……。
     守る為に、彼は選んだ。
    「目的は達成かな? じゃあ今度はボクに付き合ってもらおうか、ちょっと黄泉路まで」
    「いいわよ。ゆゆ子今とっても嬉しいの。だからもう少し遊んだげるね♪」
     腕から血を流したまま、ゆゆ子は戒那の言葉に頷いた。
     本当に、本当に嬉しそうに。
     たん、とヒールで床を蹴って、彼女は筐体を飛び越え出口へ走る。
     即座にそれを追う飛鳥。
     戒那も後に続こうとして。
    「ごめんね」
     灼滅者達を振り返らずに、小さく呟いてから駆け出した。

     賑やかすぎる筐体に囲まれ、残されたのは6人の灼滅者と、幾つかの遺体。
    「何処かへ行ってしまったら、アイス奢れないじゃないですか……」
     握った拳を胸に寄せ、柚羽は声を震わせる。
     誰も堕ちなければ、どんな傷を負っても良いと思っていた。
    「それなのに……っ」
     意識を取り戻した和佳は歯を食い縛り、服の裾をぎゅっと握り締めた。
     と。
    「うぅ……」
    「「!?」」
     灼滅者達ははっと顔を上げた。
     とばっちりで倒れた客の中に、まだ息のある人がいる!
    「あの性格ブスをなんとかする前に、俺らにもやることがあるみてぇだな」
     千慶がニッと口端を吊り上げて見せた。
     すぐさま、生き残った一般人の救助が始まる中。
     焼吾は声を張り上げた、彼らに届くように。
    「闇なんかに負けるなよ!!」

    作者:雪月花 重傷:桜木・和佳(誓いの刀・d13488) 
    死亡:なし
    闇堕ち:天外・飛鳥(囚われの蒼い鳥・d08035) 現世・戒那(紅天狼主三峰・d09099) 
    種類:
    公開:2013年7月9日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 2/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 15
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