「な、なんだ?」
外が騒がしくて目を覚ました。カーテンを開けて外を見ると、そこには――。
「うわあああ!」
住宅街を闊歩する死体の群れ。まるでホラー映画のような光景が、実際に目の前で繰り広げられていた。骸が群れて逃げ惑う人々を襲い、殺す。死体が死体を作り、視界に入ってくるのは死体だけ。
一瞬呆然として外を見ていたが、溢れかえる悲鳴で我に返る。一刻も早く逃げ出そうと、慌てて妻を起こす。
「起きろ! 起きるんだ!」
「な、なに? こんな時間に……キャアアアアア!」
外の惨状に妻が悲鳴を上げた。夫は体が震えるのを抑えながら、妻を落ち着かせようとする。
「と、とにかく逃げるんだ!」
妻はまだ幼い子どもを抱き、夫婦は地獄から抜け出すべく、玄関へと走った。
が、間に合わなかった。
――バキバキバキ、バキ。
戸を破り、死体が入ってくる。その手にはナイフが握られていた。
「お、お前らなんかに……」
夫は抵抗しようとするが、かなうはずもなく死体に一突きされた。妻は子どもを庇って、背中から刺された。力を失って子どもを床に取り落としてしまう。衝撃でとうとう起きてしまい、大声で泣き出す。
「おぎゃああ、おぎゃああ!」
「や……やめ……」
夫婦の目に最期に映ったのは、刃を振り下ろされながら、助けを求めて泣き叫ぶ我が子の姿だった。
「落ち着いて聞いてください」
灼滅者たちが急いで教室に向かうと、そこには冬間・蕗子(中学生エクスブレイン・dn0104)が待っていた。表情は平静だが、口調には緊張がこもっていた。
「以前鶴見岳の戦いで戦った、デモノイドが阿佐ヶ谷に現れました。このままでは阿佐ヶ谷が壊滅します。至急、阿佐ヶ谷に向かってください」
デモノイドはソロモンの悪魔『アモン』が生み出したもののはずだが、どういうわけか今回は『アンデッド』の手によって発生している。
「アンデッドは儀式で使われそうな短剣を持っています。その短剣で攻撃された者の中からデモノイドになる者が現れるようです」
確認はとれていないが、少し前にソロモンの悪魔の配下達が行っていた儀式で使われていた短剣と同様のものである可能性もある。
「ですが、今は詮索は後回しです。被害の拡大を防ぐため、アンデッド、そしてデモノイドを灼滅してください」
そこには、死と破壊の世界が広がっていた。
全身を青に染めた異形の怪物が、壊し、殺す。
死者の群れが、襲い、殺す。
人々は逃げ惑い、悲鳴を上げ、殺されるしかなかった。血と肉の塊になって街を赤に染める。
「うわあああ!」
ある人は手で握り潰され。
「キャアアアア!」
ある人は腕に叩き潰され。
「た、助けて! 誰かぁ!」
ある人は巨躯に踏み潰される。
「ガアアアアアウアアアアア!!」
青の魔物の咆哮が、人間たちの悲鳴を切り裂いて轟いた。
「以前起きた愛知県の事件では、デモノイドとなった人を救えませんでした。しかし、今はデモノイドになったばかりです。あくまで可能性の話ですが、助けられるかもしれません」
蕗子は灼滅者一人一人の顔を見回して。
「説明は以上です。……皆さんの意志が、未来を変える力になることを祈ります」
灼滅者たちを送り出した。
参加者 | |
---|---|
辻堂・璃耶(エイルの啓示・d01096) |
皇・銀静(中学生ストリートファイター・d03673) |
霧凪・玖韻(刻異・d05318) |
ベアトリクス・ベルンシュタイン(希望の灯は消さない・d08544) |
黒岩・いちご(ないしょのアーティスト・d10643) |
エイジ・エルヴァリス(邪魔する者は愚か者・d10654) |
赤松・鶉(蒼き猛禽・d11006) |
比良坂・逢真(スピニングホイール・d12994) |
●
灼滅者たちが阿佐ヶ谷にたどり着いた時には、そこはまさに地獄と化していた。屍がそこら中にころがり、死臭が漂って、悲鳴と断末魔がそこかしこから聞こえてきた。死者が徘徊し、蒼い巨躯の怪物が唸り声を上げ、手当たり次第に街を破壊する。
まるで出来の悪いホラー映画のようだと、皇・銀静(中学生ストリートファイター・d03673)は思った。目の前で繰り広げられる殺戮に吐き気を覚えつつも、まだ救える命があるならと拳を握る。
隣を走る霧凪・玖韻(刻異・d05318)は惨劇を目撃しても、何事もないように冷静だった。いや、冷静を通り越して異常ともいえるかもしれない。たとえ助けられるとしても、いざとなればデモノイドに引導を渡すつもりだ。
(この惨状を作りし愚か者共を……拙者は許さぬ!)
エイジ・エルヴァリス(邪魔する者は愚か者・d10654)の胸の中では、この惨劇を引き起こした者への怒りが渦巻いていた。だが今は怒りをぶつける時ではない。とにかく被害を食い止めるのが第一だ。
黒岩・いちご(ないしょのアーティスト・d10643)は既に失われた命があること、守れなかったことがやるせなくて、唇を噛んだ。
「私の歌を聴けーっ!」
いちごは懐からスレイヤーカードを取り出し、自分を奮い立たせるように、精一杯の声で解放の言葉を叫んだ。カードからギターを呼び出して構える。
「これ以上はやらせません!」
今生きている人を救いたい。いちごはその一心で、注意を引きつけるためデモノイドたち目掛けて言葉を投げつけた。
「私達は、あなたを助けたいのです。どうか、私達の声を聞いてくださいませ!」
赤松・鶉(蒼き猛禽・d11006)も、人々を、そしてデモノイドを救いたい気持ちは同じだ。人の心を取り戻してもらおうと懸命に呼びかける。その声が届いたのかもしれない。デモノイドたちが灼滅者たちの方を見た。
「当該目標に対する全ての制限を解除する」
玖韻は静かに呟いて、己の殲術道具に身を包む。続いて全員が装備を完了し、戦いの準備が整った。
「デモノイド……清らかなる命を慈悲なく奪わんとする者よ……殲滅者の名のもと、神に代わり私たちが裁きを与えます……!」
苛烈な言葉とともに、辻堂・璃耶(エイルの啓示・d01096)が戦端を開いた。どこからともなく現れた十字架が輝くと、魔の力を削ぐ光線がデモノイドたちに降り注いだ。次いで、いちごが激しくギターをかき鳴らし、音でデモノイドを揺さぶる。
「ガアアアアアッ!」
デモノイドが叫びを上げ、腕を振り上げる。銀静が注意を自分に向かせようと何か叫んだが、それはデモノイドの地鳴りのような声にかき消された。そして魔獣の腕は、猛烈な勢いで、いちごの頭上に叩き落とされた。
●
「キャアアア!」
デモノイドの攻撃の直撃を受け、いちごは衝撃で吹き飛ばされた。かなりのダメージを受けたが、影から伸びる腕を支えにして何とか立ち上がる。傷を癒そうにも、前後衛の灼滅者からは回復が届かないのが歯がゆい。
玖韻はデモノイドの想定以上の攻撃力に、攻撃力を低下させようとデモノイドの腕目掛けて日本刀を振り下ろした。斬撃を当てることには成功したが、この一撃にどれだけの意味があるのか、今は判断がつかない。
その間に、比良坂・逢真(スピニングホイール・d12994)とベアトリクス・ベルンシュタイン(希望の灯は消さない・d08544)がアンデッドを攻撃する。
「邪魔だ!」
「行きますわ」
逢真は槍を握ってアンデッドに迫ると、一気に槍を突き出した。アンデッドを穿つと同時に破壊の力をまとう。続けて、ベアトリクスが斬艦刀で一閃する。
間髪入れず、エイジがマテリアルロッドで強烈な打撃を見舞った。しかし、アンデッドは防御を重視した隊列をとっており、倒すまでには至らない。
「全力で抗ってください! 動けないと諦めずに飲み込まれないで!」
「グルアアアア!」
銀静は斬艦刀を振り下ろしながら、デモノイドに懸命に呼びかけた。だが、返ってくるのは獣のごとき咆哮のみ。かつて人であったものは、今やただの魔獣へと堕ちていた。
「あなたは、人間でしょう!」
鶉ももた、人の心を呼び戻そうと、拳を強く握って訴える。自らの心が傷つくのを感じつつ、拳でデモノイドの体を打つ。
「くっ」
アンデッドの瘴気を帯びた拳を受け、逢真の口から声が漏れた。攻撃を仕掛けてくるのはデモノイドだけではない。攻撃の威力はデモノイドに遠く及ばないものの、少しずつ、だが確かに灼滅者たちの体力を削る。
「~~♪」
いちごは天使のような歌声で自身を回復させ、璃耶も癒しの光でいちごを照らし、なんとか持ち直した。
デモノイドは銀静や鶉の攻撃を意に介さず、無差別に灼滅者たちを襲う。腕を大きく振りかぶると、獣以上の俊敏さで、家々の間を駆け回る逢真に迫った。
「危ない!」
とっさに銀静が逢真を突き飛ばし、代わりに攻撃を受けた。力任せに叩きつけられた拳は、背後の家屋ごと銀静を押し潰す。家屋にはまだ人が残っていたのか、蒼の拳は、銀静のものではない赤で濡れていた。
「大丈夫ですか?」
「は、はい」
すぐに鶉が駆けより、盾の光で傷をふさいでいく。銀静も身にまとう気を癒しの力に変え、体力を回復させる。
「……」
決して有利とはいえない状況の中でも、玖韻は顔色一つ変えずに無言で戦い続ける。デモノイドの攻撃力低下があまりみられないと判断してアンデッドに標的を戻し、光の剣を振るって刃を撃ち出した。刃に切り裂かれてアンデッドの肉が削げ、骨が露わになった。
犠牲者たちの悲鳴が響く中、灼滅者と異形の戦いは続いていく。
●
「ちぇぇい!! 忍法回し蹴り!」
エイジが渾身の力を込めて蹴りを打ちこみ、アンデッドの一体を仕留めた。しかし、いまだ二体が健在。灼滅者たちは消耗しており、戦況は灼滅者の想定よりも厳しい。
「ハアッ!」
気合の一声とともに、逢真は光り輝く拳をアンデッドの体に叩き込んだ。激しい連打が、アンデッドの全身に大きなダメージを与える。ベアトリクスは手の中に渦巻く風を集め、刃にして撃ち出した。連続攻撃が決まり、アンデッドがもう一体沈黙する。
「死者よ……安らかに眠りなさい」
璃耶はバスターライフルを構えて狙いをつけ、魔力の光線を照射した。光の束が、かわし損ねたアンデッドの体を焼いていく。続いて玖韻の足元から影が伸び、鋭い刃となって斬りつけた。
「さぁ、私とダンスに付き合ってもらいますっ♪」
心を惑わす歌声で、いちごはデモノイドを魅了する。デモノイドは苦痛に声を上げ、阿佐ヶ谷に怒号を響かせる。
「グオオオオ!」
しかしデモノイドの衝動はとどまらず、腕を刃に変えると、鶉に振り下ろした。防御を担う彼女にも受け止めきれず、民家の壁に叩きつけられる。傷口から血が噴き出し、デモノイドの蒼い体に赤が塗られていく。ここで倒れてはいけないと意識を強く持ち、盾の加護で自身を回復させる。逢真は鶉に気を送り、傷を癒す。もし回復役がいれば、より効率よく回復できたかもしれない。
「絶対に助けます! だから……お願いです! 堪えてください!!」
傷ついてなお、銀静はデモノイドに呼びかけるのを止めない。戦闘が始まってからずっと呼びかけているが、灼滅者たちの殺気に刺激されたのか、魔物の闘争心が鈍ることはなかった。
「目を覚まされよ。巨悪に踊らされたまま、命を終えてはならぬ!」
エイジが少しくぐもった声でデモノイドに呼びかける。彼の真摯な思いは、覆面越しにでも分かる。ベアトリクスも声を上げて説得を試みるが、デモノイドの様子は変わらない。
「ガアアア!」
その時だった。デモノイドの腕が剣と化し、咆哮とともに巨体がいちごに迫った。銀静たちは反応しきれず、刃は容赦なくいちご目掛けて振り下ろされた。鮮血が散り、いちごは倒れて動かなくなった。
戦闘不能者が出たことで、灼滅者たちの間に緊張が走る。このままでは、デモノイドを救うどころか、倒すことすら叶わない。
逢真の槍がアンデッドの体を貫いた。アンデッドは死体に戻り、腐敗が進んでいたせいか地面に落下した衝撃で首がとれた。最後のアンデッドが倒れ、ようやく全員でデモノイドに当たることができるようになった。
●
璃耶は両の拳に気を集めて構えた。
「人の世に生きるには、その身は大きすぎます。いずれ再び生を受けたらなば……」
願いをそっと口にしながら、収束させた気を弾丸にして撃ち出す。もはやデモノイドを救う余裕は灼滅者達にはない。
デモノイドは灼滅者の攻撃で傷ついても、叫びを上げ、破壊を続けた。やがて攻撃を受け続けた銀静が、いちごに次いで倒れた。玖韻は撤退を覚悟し、周りの様子を探る。
デモノイドは一体でダークネスに匹敵する戦闘力を持つ。灼滅者一人一人でぶつかっても到底勝ち目はない相手だ。団結し、それぞれの役割を果たせなければ、勝利することはできない。
灼滅者たちは懸命に戦った。しかし消耗は激しく、徐々に一方的に攻められて回復を繰り返すようになっていく。
デモノイドの刃が逢真を斬った。糸が切れたように意識を失い、立ち上がることができない。
「撤退だ」
戦闘不能者が三人になれば撤退すると事前に決めていた。玖韻は冷静に仲間に告げると、素早く逢真と銀静を抱え、他の灼滅者が戦っていた方向へと走る。デモノイドさえ振り切れば合流できるだろう。
「で、でも……」
「忘れなさるな。生きて帰ることも我らの使命」
渋る鶉を、エイジが叱咤した。後衛でダメージの少ないエイジがデモノイドの前に立ち塞がると、鶉は悔しさでにじむ涙をぬぐい、いちごを背負って走る。残った者の中で回復力に長ける璃耶がエイジを援護した。影の腕がデモノイドを絡め捕った一瞬の隙を突き、エイジと璃耶は脱出に成功する。
「ギャオオオオ!!」
戦場を走る灼滅者たちの背後で、デモノイドの慟哭が響いた。
もし撤退が遅れていれば、この敵が無数にいる戦場では生還できなかった可能性もあっただろう。ギリギリの判断だった。
デモノイドは倒せなかった。だが、灼滅者たちはまだ生きている。また立ち上がって戦うことができるのだ。
作者:邦見健吾 |
重傷:皇・銀静(陰月・d03673) 黒岩・いちご(ないしょのアーティスト・d10643) 比良坂・逢真(スピニングホイール・d12994) 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年3月22日
難度:やや難
参加:8人
結果:失敗…
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 8
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