阿佐ヶ谷地獄~死者と生者と

    作者:灰紫黄

     場所は地下鉄阿佐ヶ谷駅、時間は早朝4時。普段ならいつもの通りの朝を迎えるはずのこの場所は、ありえないはずの『モノ』で満ちていた。
     腐った肉をまき散らし、白い骨を覗かせる死者の群れ。それぞれの手にはそれぞれオカルトめいた形状の短剣が握られている。それらは瞬く間に地上に這い上がり、未だ眠りから覚めぬ街に繰り出していく。死者の群れは子供を、男を、女を、老人を、行けとし生きる者を全て刺し殺していく。やがて地上には死者しか残らない。墓場を丸ごとひっくり返したような、生と死の逆転だった。
     異状はそれだけにとどまらない。刺された人々の体が青く変色し、膨れ上がっていく。その姿は悪魔が生み出した、デモノイドと呼ばれる怪物と同じだった。

     口日・目(中学生エクスブレイン・dn0077)は教室に入るなり、叫んだ。
    「緊急事態よ! デモノイドが阿佐ヶ谷に現れたの。このままじゃ阿佐ヶ谷が壊滅しちゃう!」
     集まった灼滅者の間に動揺が広がる。鶴見岳、次いで愛知県に出没したデモノイドがなぜそんなところに。
    「デモノイドは、元々ソロモンの悪魔『アモン』が生み出したらしんだけど、今回は何故かアンデッドが関わってる。アンデッドが持つ短剣に刺されると、ごく少数がデモノイドになるみたい。もしかすると、悪魔の手下が使っていたものと同じものかもしれない」
    「分かった分かった。で、どうしろと?」
     早口でまくし立てる目を制し、猪狩・介(高校生ストリートファイター・dno0096)が説明を促す。
    「急いで阿佐ヶ谷に行って、アンデッドとデモノイドを倒して」
     灼滅者達の目を見て、はっきりと彼女は言った。

     死んでいく。ある者は死者に刺されて。
     潰されていく。ある者は怪物に踏みつぶされて。
     異形の者共には生者への遠慮などない。ただ目に映る者を、ひたすら蹂躙していく。
    『あああああああっ!! あああぁぁぁぁっ!』
     泣き喚きながら一体のデモノイドが家の戸を壊すと、数体のアンデッドが中へとなだれ込む。たちまち悲鳴が聞こえるが、すぐ静かになる。そして次は隣の家へ。
     蹂躙は続く。生者がいなくなるまで。

    「以前の戦いではデモノイドになった人を救えなかったって聞いてる。だけど、デモノイドになったばかりなら、もしかしたら……」
     目はその先は言えなかった。命懸けで戦う灼滅者達を可能性だけで危険にさらすわけにはいかない。
    「ま、希望的観測だよね。言葉が届くかどうかも怪しい相手だ」
     意思が現実を変えられることもあれば、変えられないこともある。それでも、無駄なことに意味がないとは限らない。
     ともあれ、やることは変わらない。灼滅者達は教室を後に、阿佐ヶ谷へと急ぐ。まだ、生きている者のために。


    参加者
    源野・晶子(うっかりライダー・d00352)
    リュシアン・ヴォーコルベイユ(橄欖のリュンヌ・d02752)
    エリザベス・バーロウ(ラヴクラフティアン・d07944)
    虚中・真名(緑蒼・d08325)
    天神・ウルル(ヒュポクリシス・d08820)
    零零・御都(神様のサイコロ・d10846)
    ギュスターヴ・ベルトラン(救いたまえと僕は祈る・d13153)
    獅子堂・音々(天下御免の爛漫娘・d13816)

    ■リプレイ

    ●戦場
     文字通り、阿佐ヶ谷は地獄と化していた。そこら中におびただしい量の死体が打ち捨てられ、街は血の臭いで満たされていた。中には生前の姿をとどめないものも少なくなかった。今回の事件が何者の差し金かは分からないが、そいつへの怒りで体中の血が沸騰しそうだった。それでも冷静に、まだ生きている者のために街を駆け抜ける。
    『アアアアアアアァァァァ』
     見つけた。死をばらまく者達を。アンデッドを引き連れて、デモノイドは泣き喚きながら進んでいく。死者を踏み潰しながら。
    「止まって。君は、殺さなくてもいいんだ」
     虚中・真名(緑蒼・d08325)を始めとした灼滅者達がその行く手を遮る。デモノイドは震えてながら怯えて彼らと向かい合う。
    「どうして自分がって思うよね。ただここにいただけなのに、理不尽だって」
     リュシアン・ヴォーコルベイユ(橄欖のリュンヌ・d02752)の金の瞳がデモノイドを見つめる。けれど、その間に短剣を持ったアンデッドが割り込んでくる。なぜノーライフキングの眷属とソロモンの悪魔の生物兵器が行動を共にしているのだろうか。
    「I am Providence」
     エリザベス・バーロウ(ラヴクラフティアン・d07944)はカードから装備を召喚し身にまとう。ネコ科の動物を思わせるしなやかな肢体を漆黒の装束が包み込んでいく。さらに黒猫を模した仮面が表情を隠す。
    「先には行かせませんよぅ」
     同じく天神・ウルル(ヒュポクリシス・d08820)がカードを掲げる。周囲には生存者の姿はなく、パニックテレパスを使う必要はなかった。握った拳に自然と力が入る。強さに憧れて、求めて、敗れたかつての自分。この地獄にあっては、まだまだ自分は弱いままだと思い知らされる。
    「破邪顕正! さぁ、いっちょいきますか!」
     獅子堂・音々(天下御免の爛漫娘・d13816)は正面から正々堂々とデモノイドと対峙する。同時に呼び出したのは。身の丈ほどもある日本刀。頼りになる愛剣だ。
    (「助けられないかもしれないけど、助けたい」)
     ライフルの照準を確かめる源野・晶子(うっかりライダー・d00352)。傍らには相棒のライドキャリバーの姿もある。形こそ変わってしまっても、泣き喚く姿は人間の心があるように思えてならなかった。頑張ってねとキャリバーのボディを撫でると、エンジン音で返事を返してきた。
    「今回の事件……すごくきな臭いですね」
     零零・御都(神様のサイコロ・d10846)は周囲を見渡すが、アンデッドとデモノイドそして仲間の他には何もいない。何かしらの罠や陰謀の可能性を考え、警戒を怠らない。心中でご愁傷様と呟きながら、武器を構えた。
    「私達は生存者の捜索を行います。ご武運を」
    「うん、頼んだよ」
     箒で空を飛ぶフィーナル・フォスター(時を告げる魔術師・d03799)と五十里・香(魔弾幕の射手・d04239)を中心に、十数人の仲間が一般人の捜索と保護へ向かう。デモノイドとの戦闘に集中せざるを得ない分、そういった援護は心強かった。
    「気を付けろよ!」
    「ああ、そっちもな」
     月村・アヅマ(裏方・d13869)もクラスメイトのギュスターヴ・ベルトラン(救いたまえと僕は祈る・d13153)に声をかけ、一般人の保護へ向かう。ギュスターブからは普段の穏やかな雰囲気は消え失せていた。理不尽を強いた者への怒りで心が燃え盛る。
     血の臭いのする風が戦場を吹き抜け、開戦の鐘を鳴らした。

    ●戦い
     アンデッドが呻り声を上げ、ウルルに殴りかかる。彼女はそれを光剣で受け止めた。
    「なんで、こんなことになっちゃったのかなぁ」
     アンデッドには自らの意思はなく、ダークネス、あるいは上位の眷属に操られている。今戦っているアンデッド達ですら、元々ダークネスの犠牲者だったのかもしれない。
    「あなたの相手は私です、浮気はダメですよ」
     御都は龍の翼のような速度でデモノイドに接近、斧で一撃を見舞った。傷口から血が噴き出し、注意を引くことに成功する。何色ともつかない血を拭う御都には表情というものがみられなかった。
    「悪いけど、自由に動き回られるわけにゃいかないんでね……!」
     叫び、音々が抜刀。しかしそれはフェイク。刀を持った逆の手から鋼糸が放たれ、デモノイドに巻き付く。青い筋肉が裂け、血がぼたぼたと地面に落ちる。ほんのわずかに動きが鈍った。
    「抗って。僕達に君を助けさせて」
     リュシアンの言葉は果たしてデモノイドに届いただろうか。それを確かめる術はない。赤い逆十字を召喚し、デモノイドを精神ごと切り裂く。
    『アアアアアアアアッ!!!』
     悲鳴のような叫びを上げ、デモノイドが御都を殴りつける。彼女の小さな体が易々と吹き飛ばされた。デモノイドの攻撃はディフェンダーにとっても軽くはない。猪狩・介(高校生ストリートファイター・dn0096)と支援に来たシェレスティナ・トゥーラス(夜に咲く月・d02521)が素早く回復する。
    「……人が死ぬのは、嫌だ。知ってる人じゃなくても」
     真名のナイフから黒い霧が染み出し、前衛の傷を癒すとともに妨害能力を高める。ダークネスは人間を支配している。それが世界の理。だから、いつこんなことが起こってもおかしくはない。頭では分かっていても、やりきれない。許せないと心の先から思う。
     黒い風となり、エリザベスは敵の間を縫うように疾走する。背後をとった瞬間に反転、ガンナイフをアンデッドの足元に乱射、その動きを止める。
    「今!」
    「はい!」
     エリザベスの号令に合わせてライドキャリバーが駆け、アンデッドに体当たりを仕掛ける。主の晶子も同じアンデッドに照準を合わせ、トリガーを引く。狙い澄まされたビームがアンデッドを穿ち、沈黙させる。
    「気にいらねーな、人の生き死にを左右してんじゃねーよ!」
     怒りを込めて、ギュスターブはプリズムの十字架を呼び出す。十字架から無数の光線が放たれ、アンデッドとデモノイドにダメージを与える。この攻撃で一体のアンデッドを撃破。さらに支援に来てくれた仲間がもう一体を仕留めた。
     残るはデモノイド一体。戦況は有利でも、ひどく気は沈んでいた。

    ●叫び
     グリップを握る手が震えた。恐怖からではなく、別の感情ゆえに。目の前にいるのが人間だと思えば、それも当然か。
    「あなたは人です、怪物なんかじゃありません、思い出してください!」
     晶子の声が届いているのか、それさえも分からない。それでも最善の結果を信じて戦うしかない。ライフルから放たれた弾丸がデモノイドの体を石で包む。
    『アア!? アアアアアアアアア!!!』
     自身の体が石になり、恐怖の声を上げるデモノイド。叫びは言葉にならないのに、意味は伝わってくる。痛い。苦しい。助けて。
    「……お願い、闇に飲まれないで。それは貴方の意思ではないはずよ!」
     黒いマスクの下には悲痛な表情があるのだろう。エリザベスの言葉には苦しみが滲んでいた。デモノイドを通してしまえば、もっとたくさんの死者が出るだろう。それを許すわけにはいかない。たとえ、デモノイドになった人間の命を代償にしてでも。
    『ウアアアアアアッ!!』
     デモノイドの腕が御都を打ち付ける。今度は彼女はみじろぎもしない。ただ自分の役割を果たすばかりだと、正面から攻撃を受け止めた。
    「辛いのも苦しいのも置いていってください。全部、消し飛ばしますです」
     淡々と放ったビームが青い表皮を焼く。肉の焦げる嫌な臭いが鼻に届くが、すぐに血の臭いに掻き消される。
    「あんたの身体はあんたのもんさ!  他人なんかに自由にされていいものなんかじゃねぇ!」
     思いを炎の剣戟に乗せ、叩き込む。元よりデモノイドが人間に戻れるとは思っていない。けれど、せめて人間らしい最期を迎えてほしい。それが今の音々にできること。剣がごうと火力を増す。
     デモノイドの拳を、ウルルは籠手を着けた拳で相殺する。地面が衝撃で沈んだ。
    「痛いよねぇ、苦しいよねぇ。待ってて、すぐ終わらせるから!」
     光剣が弾け、デモノイドの体を切り裂く。血が滴って地面に吸い込まれていく。
    『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』
     一際大きな叫びを上げ、リュシアンを攻撃。すかさずギュスターブが回復する。
    「大丈夫か?」
    「……うん、大丈夫」
     目に涙が浮かぶのは、痛みからではない。デモノイドの声があまりにも悲痛だったから。それでも、ここは戦場。泣く暇なんか、ない。氷の魔法でデモノイドを凍てつかせる。
    「なんて言ったらいいのか分からない。でも……」
     デモノイドの姿を見るのは辛い。でも、戦っている間は目を逸らさないと決めた。真名の振るった白い小刀が風を起こし、デモノイドを切り裂く。間もなく、音を立てて倒れた。

    ●歩く
     倒れたデモノイドの肉体が脚の先から徐々に崩れていく。命を救うことは叶わなかった。
    「さよなら」
     リュシアンは傍に駆け寄り、手を握ってやる。けれど、反応はない。少しずつ形がなくなっていくようにさえ感じられた。
    「Que dieu soit a…………汝らの魂に神のご加護があらんことを」
     ひざまずき、祈りをささげるギュスターブ。口にしたのは、死者を弔う言葉。死後、迷うことがないようにと。あなたはもう十分すぎるほど苦しんだのだから、と。目があるべきところいに手を触れ、閉じさせてやる。
    『…………あ、ああ』
     デモノイドが何かを口にした。しかし、声は言葉にならない。ただ頷くだけ。最後にリュシアンの手を握り返して、原形をとどめないほど崩れていった。リュシアンは感触を忘れないよう、手を強く強く握りしめる。
     真名は目を伏せ、別れを直視できなかった。唇を噛む力が強すぎて口に血の味が広がる。何か言いたいのに、言わなければならないのに、肝心の言葉は出てこなかった。
     手を合わせ、晶子も静かに祈る。平気なつもりだったのに、涙がぽろぽろ零れた。なぜ、こんなことが起きなければならなかったのか。理不尽という言葉だけでは片付けられない。
    「楽に、なれたかなぁ……」
     ウルルも晶子にならって手を合わせる。せめて苦しまずに逝くことができていればいいのだけれど。結局それは本人にしか分からないことだった。
    「まぁ、ある意味これが当然の結果ですね……」
     もう一度周囲を見渡し、御都が呟く。ダークネスは人間を強固に支配している。生殺与奪を握っているといっても過言ではない。もし今この世界のどこかで同じことが起きていても不思議ではかった。
    「ああ。だけど、今のうちだ」
     音々は顔を上げて言った。ダークネスの支配を覆すためにはまだまだ強くならなければならない。愛刀を握る手にも力が入った。
    「……そうね」
     声は怒りで震えていた。コミックに出てくるような真のヒーローなら、デモノイドを救えただろうか。憧れだけでは誰も救えない。けれど、いずれは。エリザベスは強すぎるほど奥歯を噛みしめた。
     短剣も探してみたが、見つからなかった。どうやら全てのアンデッドが持っているわけではないようだ。介が立ち上がって言う。
    「今は学園に戻って体を休めよう。まだ戦いが続くかもしれない」
     一般人の避難を担ってくれた仲間とも合流しなくてはならない。促されて歩き出す。デモノイドを倒したことで救われた命もあるだろう。でも、頭で分かっていても割り切るのは難しい。足取りは重かった。それでも歩き続けなければならない。それが生きている者の役目だから。

    作者:灰紫黄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年3月22日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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