阿佐ヶ谷地獄~慟哭のPandemonium

    作者:志稲愛海

     ――貴方は、『地獄』を見たことがありますか?
     赤に塗れ、死の匂いが充満し、恐怖に泣き叫ぶ人々の声が轟く、地獄絵図。
     それはまさに今目の前に広がっている……阿佐ヶ谷の光景、そのもの。

     きっと誰しも、まだ夢を見ているに違いないと、そう思ったであろう。
     そして、ごく一般的な家庭である彼等彼女等も例外ではない。
     いつものように朝が来て、また日常が始まっていくと……疑いもしなかった。
     だが、微睡むその夢の続きは余りにも残酷で。突然で、凄惨な現実であったのだ。
     微睡みの世界から一気に彼を覚醒させたのは、ゾンビ達の振り下ろしたナイフの斬撃。
    「うあ……あああぁぁあああああッ!!!!」
     刹那、噴出した赤の飛沫が、オフホワイトの壁に惨たらしく飛び散って。
     咄嗟に家族を守ろうとした彼に、何度も何度も、無慈悲な閃きを突き立てるゾンビ達。
     それから一家全てが惨殺されるまで……あっという間の出来事であった。
     だがその様相は、健やかであった日常とうって変わった、地獄のような光景。
     そしてふいに、広がる血の海の中で蠢いたのは、ひとつの影。
    『ううウゥ……ァァ……アアアアァァッ!!!』
     愛しい家族であったものを、べしゃりと踏みつけて。
     起き上がった『彼』であったもの――デモノイドは。
     まるで地獄に慟哭するかの如く、涙を流し雄叫びを上げながら。
     阿佐ヶ谷の市街地を本能のまま壊さんと、外へ向けて歩き出すのだった。
     

    「みんな、急な呼びかけに集まってくれてありがとね。それで早速なんだけど……大変なことが、起こってるんだ」
     いつものへらりとした笑みではなく、灼滅者の皆を真剣な表情でぐるりと見回しながら。
     飛鳥井・遥河(中学生エクスブレイン・dn0040)は集まって貰った理由を端的に告げた。
    「鶴見岳で戦ったデモノイドがね、阿佐ヶ谷に現れたんだ。このままじゃ阿佐ヶ谷地区が壊滅してしまうのも時間の問題だよ。だから急ぎ、みんな阿佐ヶ谷に向かって欲しいんだ」
    「な……阿佐ヶ谷に、デモノイドが!?」
     そう声を上げた灼滅者のひとり・綺月・紗矢(小学生シャドウハンター・dn0017)に、遥河はこくりと頷いた後。
     解析から導き出された事の詳細を、急ぎ足で語る。
    「デモノイドはさ、ソロモンの悪魔『アモン』によって生み出されたはずなんだけど、今回は何故か『アンデッド』による襲撃で生み出されているんだ。アンデッド達は儀式用の短剣のような物を装備していてね、その短剣で攻撃された人の中から、デモノイドとなる人が現れるらしいんだよ。未確認ではあるんだけど、少し前にソロモンの悪魔の配下達がやってた儀式に使われてた短剣と、同じのものの可能性もあるんじゃないかなって」
    「儀式用の短剣、か。それに阿佐ヶ谷は、この武蔵坂のすぐ近くじゃないか」
    「そうなんだよ。でも今はね、これ以上の被害を生み出さないためにさ……アンデッドと、そして生み出されてしまったデモノイドの凶行を、みんなに止めて欲しいんだ」
     アンデッドの群れが現われたのは、始発前の地下鉄南阿佐ヶ谷駅付近。
     おそらく地下鉄の線路の途中に、ノーライフキングのダンジョンの出入り口が開かれたと思われる。
     そしてアンデッド達の手にはナイフが握られており、徒党を組んで人々を襲うというが。
     ナイフで殺された者の中から、デモノイドとなる者が現われるというのだ。
     遥河は唇を噛み、拳をぎゅっと握り締めながらも。阿佐ヶ谷の、凄惨たる状況を語る。
    「今の阿佐ヶ谷の街はね、アンデッドが好き放題暴れ回ってて、デモノイドが雄叫びを上げながら……恐怖に泣き叫び逃げ惑う人々を、次々と殺していってるよ。そして阿佐ヶ谷にある大型マンションにもね、デモノイドになった人がいるんだけど、みんなが急いでいけばマンションの公園あたりで接触できそうだよ。だから、デモノイドが街に出て被害が大きくなるその前に、止めてくれないかな」
     デモノイドとなった人も、休日になれば家族とこの公園を訪れたかもしれない。
     花壇に咲き乱れる花を、綺麗だねと、一緒に眺めては微笑んでいたかもしれない。
     家族みんなで手を繋いで、綺麗に舗装された道を、笑顔で歩いていたかもしれない。
     それら全てが、一瞬にして失われてしまった惨劇。
     だが今から赴けば、これ以上被害が広がるのを防ぐことができるのだ。
     
     遥河はそれから、危険なことみんなに任せちゃうけど気をつけてね、と。
     集まってくれた灼滅者の皆を、もう一度見回した後。
     柔らかな色を宿す瞳を細め、思いを吐露する。
    「……愛知県の事件ではさ、残念だけど、デモノイドになった人を救うことは出来なかったよね。でもね、デモノイドとなったばかりの今なら、もしかしたらなんてさ……」
     そんな遥河に、紗矢はつぶらな瞳をふっと細めて。
    「任せておいてくれ。わたしたちの手で、きっと止めてみせるからな」
    「うん。みんなのこと、オレいつだって信じてるからさー」
     心強い灼滅者達の声に、遥河も大きくこくりと頷く。
     そして……任せるね、いってらっしゃい、と。
     未来予測を託した皆を信じ、改めて見送るのだった。


    参加者
    秋篠・誠士郎(流青・d00236)
    竜胆・藍蘭(青薔薇の眠り姫・d00645)
    八幡・朔花(翔けるプロレタリアート・d01449)
    由井・京夜(道化の笑顔・d01650)
    黒咬・昴(叢雲・d02294)
    ヴィントミューレ・シュトウルム(ジーザスシュラウド・d09689)
    花厳・李(七彩音々・d09976)

    ■リプレイ

    ●暁の侵食
     闇から光へと移ろう東雲の色は、刹那的な精彩を空に纏わせるものであるはずなのに。
     この日に限っては……まるで静かに瞬く星々を地獄の業火で燃やさんと、虎視眈々狙うかの様に。少しずつじわりと、東の空から侵食を始める。
     そして今、夜明けを待たずして。阿佐ヶ谷の街は、壊滅せんとしていた。

     生温い風が纏う血の匂い。
     そして公園に在るのは、つい先程まで人であったという青い怪物――デモノイド。
    (「たったの一回、不幸な事態に見舞っただけで、平穏だった日常が崩壊する……なんとも悲しい事だね」)
     彼も、自分が怪物になるなんて夢にも思っていなかっただろう。
     夢であれば……どれだけ良かった事か。
     竜胆・藍蘭(青薔薇の眠り姫・d00645)は、慟哭するかの如く吼える怪物を視界に捉えながらも。日常というものの脆さを目の当たりにする。
     まさに目の前の光景は、地獄。
     でも、阿佐ヶ谷の地をこれ以上の地獄にしない為に。
     そして怪物となってしまった彼に、手を差し伸べられるのならばと。
    (「救える可能性が僅かでもあるのならば、全力でその可能性を掴み取ります」)
     後悔だけはしないように――そうデモノイド救出を目標に掲げ、隣のレムレースと共に事に臨むのは、花厳・李(七彩音々・d09976)。
     ヴィントミューレ・シュトウルム(ジーザスシュラウド・d09689)もデモノイド救済を主軸とし、彼が正気に戻るかどうかだと心に思うも。
     此処は地獄。説得に使える時間がごく僅かである事も、分かっていた。
     そしてそれはクラリス・ブランシュフォール(青騎士・d11726)も同じで。
     この状況、偶然ではあるまい、と。デモノイドの姿を青き瞳に映しながらも。
    (「……貴方は恨んでくれていい。それでも、これ以上の悲劇だけは許すわけにはいかないんだ!」)
     もしも説得効果が見られなければ躊躇はないと、その歩みを止めない。
     デモノイドになってしまったのは気の毒であるが。
    「紗矢ちゃん、行くわよ。準備はいいかしら?」
     これ以上被害を出さないためにも気ぃいれていくわよ! と。
     黒咬・昴(叢雲・d02294)のそんな声に、綺月・紗矢(小学生シャドウハンター・dn0017)も頷いて。
     秋篠・誠士郎(流青・d00236)も相棒の花をひと撫でした後、公園で暴れ回っているデモノイドを冷静に見据える。
     ……俺は奴等を許さない。そんな内に燃える感情を、抑えながら。
     八幡・朔花(翔けるプロレタリアート・d01449)の手の中にあるのは、炎の如き色をした指輪。
    (「この人だけじゃない。街中の人達の家族を軽々しく奪ってんじゃねえよ! これ以上は絶対に殺させねぇっ」)
     朔花はぐっと強く、掌にある何よりも大切な絆の証を握り締めて。
     そっちは任せた! そうふと、天を仰いだ。

     天から一般人の誘導を行うのは、箒に跨った向日葵や零士。香やフィーナルの姿も空の上にある。
     そんな上空から伝えられた情報を元に避難の助力を行う、シュネーや富貴。
     5体のアンデッドはマンションの住人を次々襲いながら外へ出てきたためか、まだデモノイドのいる公園ではなく、マンションの入口付近にいて。一般人を見つけては、手当たり次第にナイフを振り翳す。
     だが、いち早くマンションへと向かった切丸や冬舞が、その凶行から間一髪で一般人達を助ければ。
    「助けに来たよ! 私たちが誘導するから、落ち着いて避難してね」 
    「こっちはボクらに任せて、みんなはデモノイドに集中して!」
     竹緒やミルドレッドも続いて住人を保護、ユエや八千夜も9人の仲間に戦場を託し、一般人の誘導と警護を。
     巧や登が、何か異変があった時の為に周辺警戒を担ってくれていた。
    「大丈夫でっか」
    「なに、通りすがりの名探偵さ!」
     転んだ人に声を掛け手を貸す一浄もホームズや傑人や真と共に、逃げ惑う人々を保護し誘導して。黒虎が敵を引きつけている間に、雅弥は紗矢に声をかけた後、集団の殿を務め警護にあたる。
     日常という優しい時間が一瞬にして失われ、人々の絶望に染まる地獄と化した、阿佐ヶ谷。
     そんな状況に、何もせずにはいられず駆けつけた直人やラティファも、出来る事をやっていこうと人払いや周辺警戒を行えば。マッキも人々の避難誘導を手伝いつつ、もしもの時に盟友を守れるよう公園の様子にも注意を払い、已鶴は近くの駅にいる人々を上手く説得し外へ連れ出す。
     犬の散歩やジョギングをしに来てしまった人達をすぐさま救出した矜人は、下手に慌てて動かず公園の端に集めて。
     そんな様子を上空から発見した杏は、トランシーバーで地上にいる【お守り】の皆へと知らせる。
     そして連絡を受けた遥翔や葵咲が公園に駆けつけ、迅速に避難できるよう立ち塞がる瓦礫を怪力で退ける命。それから皆と連携をはかり、エリアルが一般人達を誘導する場所は、近くの学校に作った避難拠点。
     徹太はこの地獄の中、拠点まで人々を護り抜けるよう庇うような位置を取って。哀歌が避難経路を確保すべく露払いを担い、拠点に近づく敵は高所からのガトリングガンで狙撃し退ける威司。
     必ず守ると、怯える人を奮い立たせるべく蓮司のリバイブメロデが響く中で。桃弥も、怪我を負った人達にペインキラーを施していく。
     そして時間の許す限り……戦場に立つ仲間の無事を、皆で祈る。

     そんな心強い沢山の灼滅達の仲間達。
     だが彼らは一般人保護を重視し動いている為、アンデッド達もじきに公園にやって来るだろう。
     そしてそれまでが恐らく、デモノイドの説得にかけられる時間。
     でも……彼はこの惨劇の被害者で、元を辿れば僕達のせいで巻き込まれちゃったんだから、と。
    (「助けられる可能性があるのなら、少しぐらい無茶しようが無理しようが助けたい」)
     由井・京夜(道化の笑顔・d01650)はデモノイドを見つめ思う。
     例え微かでも希望がある限り、それに賭けたいと。 

    ●声
     デモノイドとなった彼を助けたい。でもそれが叶わぬのならば、躊躇なく灼滅を選ぶ。
     だが決めた説得の猶予までは、希望を捨てたくはない。
    「私たちの声が聞こえますか、私たちの想いは届きますか。意思を、自分の意思をしっかり持ってください」
    「聴こえてるか、俺達の声が。聴こえないなら何度でも叫んでやる。だから目覚ましてくれ!」
     敵では無いとわかってもらう為に。
     デモノイドの猛攻を受けながらも、必死に語りかける灼滅者達。
     唸りをあげ振り下ろされたその拳の威力は、強烈。
     それでも朔花は重い衝撃に歯をくいしばり踏みとどまりつつも尚、接触テレパスを用いて。
    「大切なもの全部奪われて悔しいんだろ、ダークネスの奴等の言いなりになるなよ。意識があるなら戻りたいって叫んでくれ」
     可能性がごく僅かでも、いやたとえ無いのだとしても、絶対に元に戻してやることを諦めないと。
    「喋れないなら心で叫べ! 自分が諦めたら全部終わりなんだ!」
     その心に、ひたすら熱く訴え続ける。
     戦闘に悪影響を及ぼさない範囲ではあるが、それまではやれるだけ全力で。
    「デモノイドよ、キミはそんな理不尽な出来事に遭っただけで自我を失うのですか。キミの心はそんなに弱くないはずです……」
     生み出した温かな治癒の光を、大きなダメージを受けた朔花へとすかさず施しながらも。思いの言の葉を投げる藍蘭。
     だが灼滅者達の言葉が聞こえていないかのように拳を繰り出し、雄叫びを上げては暴れるデモノイド。
     しかし、彼の意思かそうではないのかは定かではないが。
     地獄に慟哭するかの如く暁に燃える天に吼え、その瞳から大粒の雫を流し、赤に染まった地へと落としている。
     そしてクラリスは、その姿にかつての自分を重ね、密かに苦悩する。
     ……仮面の下でただ一人生き残り堕ちるその光景に。
     未来予測によれば、アンデッドに滅多刺しにされながらも彼は家族を庇ったのだという。
     それにきっと、この阿佐ヶ谷の地は。彼が大切に育み、共に歩んできた家族との守るべき日常があった、かけがえのない場所に違いないから。
     月並の感動的な説得文句では決してなく、目の前の彼だけのための言の葉を。
    「君はこんな事したかったわけじゃないでしょ。大切なモノを守りたくって身体を張ってたんじゃなかったの。このままだと君の思いも大切なモノとの思い出も、何もかも君自身で踏み躙ることになるんだよ」
     紡いでは投げかけ続ける京夜。
     身を呈して守ろうとした大切なものを、これ以上その手で壊さぬように。
    「それが嫌なら、少しだけ頑張ってよ」
     他の誰でもない――彼の人格に、届くように。
    「ほんと、まさに地獄ね」
     ヴィントミューレは改めて、ぐるりと地獄の風景を見回した後。
     涙を流すデモノイドの瞳を見つめ、続ける。
    「こんな場所で正気を保て、というのは酷かもしれないわ。けど、こんな状況だからこそ、人としての意識を忘れてはいけないの」
     人として、人であるならば。忘れてはいけない『心』。
    「その心がまだ人ならば分かるはずだ。同じ想いを持つ者を、その手で作ってはならない」
     失ったものは余りにも大きく、ふるわれるその拳に何を想うのか。
     嘆きか怒りか、その両方か……感情の全てを生きる存在にぶつけたいのか。
     誠士郎はデモノイドの姿を瞳に映しながらも、彼の心に訴えかける。
     人としての想いがまだ残っている事を、信じて。
     そして仲間と共に説得を試みていた昴と紗矢が、不意に同時に顔を上げた。
     説得している間に、ゾンビ達がついに公園へと足を踏み入れたのが見えたのだ。
     だがそれでも尚、手を差し伸べるのを止めない李。
    「貴方が貴方としていられるようきっと助けてみせます」
     あともう少しだけ、可能性に賭けたい。
     彼を、助けたいから。
    「自分を信じてください。そして、私たちを信じてください」
     力の限り精一杯、ぐんとその手を伸ばす。
     ――その時だった。
    「……!?」
     あれ程暴れ狂い、本能のまま攻撃を繰り出していたデモノイドの動きが、急にピタリと止んだと思った刹那。
     李を見つめる瞳から零れる雫だけでなくその慟哭が、震えながらもはじめて微かな声となって。
    『ウウゥ……タス、ケテ……タスケテ……生キ、タイ……!』
     灼滅者達の耳に、確かに届いたのだった。

    ●差し伸べた手
    「今助けます、少し痛いですけど我慢してください」
     李は、抱いていた希望を確信へと変えて。
     レムレースの繰り出す霊障波と共に、デモノイドとなった彼を解放すべく神秘的な歌声で戦場を満たしながら。
     守るべき人たちを守ってくれている大切な人や友人たちに感謝する。 
     今同じ戦場に立つ仲間達の全員の思いは勿論のこと。ESPの効果ではなくとも、祈ってくれた皆の思いが届いたのかもしれない。
     だから、自分達は得物を握る。青き怪物を灼滅して、生きたいと願う彼を助けるために。
    「雑魚は引っ込んでろ! 灰燼にするわよっ!!」
     ゾンビの身体目掛け、昴の『反逆皇女』から撃ち出された爆炎の弾丸と紗矢の放った漆黒の弾丸が、容赦なく雨霰と降り注いで。
     鬼の如き剛毅の意思を纏う『鬼鉄』から誠士郎が繰り出した強烈な打撃がまた1体敵を粉砕し、主と同時に地を蹴った花の斬魔刀が閃くナイフを振り上げたその腐った腕を斬り落とす。
     絶対に元に戻してやると、約束したから。
     無茶や無理をしてでも助けたいと、気持ちをぶつけてきたから。
    「俺たちを信じてくれ! 最後の最後まで諦めんなよ!」
    「きっともう少しだから、頑張って」
     朔花の死角からの鋭撃が怪物の殻を切り裂き、京夜の招いた優しい風が戦場を吹き抜け、毒に蝕まれた仲間達に浄化をもたらして。
    「癒しの光よ……仲間を助けてあげて下さい」
     美しき歌声で敵を撹乱しつつも、癒しを宿す輝きを仲間へと放つ藍蘭。
     己と重ねたデモノイドの姿に苦悩し、心に思うものがあったクラリスも。
    (「ここで戻ることが必ずしも幸福だとは思わない。望まぬ生であれば終わらせてやるのは僕らの仕事だ……だが」) 
     生きたい――そう、彼が願うのならばと。
     亡き父の形見を纏う青騎士は、眩き光を宿す『屠竜剣アスカロン』を掲げて。
    「――この魂に憐れみを」
     迷い無き強烈な一撃を叩き込む。
     そしてヴィントミューレのマテリアルロッドから解き放たれた魔法の矢が、最後のゾンビを的確に射抜いて。
     この場に現われた全てのアンデッドを確実に仕留め殲滅したのだった。
     デモノイドは再び豪腕から、強烈な拳をこれでもかと灼滅者達に叩き込んでくるも。
     傷だらけになろうとも勝機があるなら諦めない、と。
     誠士郎は癒しの気を纏い、花と共に決して倒れまいと、ぐっと彼の愛した阿佐ヶ谷の地を踏みしめて。
     猛攻に耐え、倒れ、再び気力を振り絞って立ち上がりながらも。
     彼を救うべく、攻撃の手を緩めない灼滅者達。
     そして高炉の爆発の如く熱い思いを込めた朔花のご当地ダイナミックが決まり、デモノイドの身を大きく揺るがせた刹那。
    「姿は化け物にされてしまったかもしれないけど! 心まで負けてはいけないわ!! 私たちが解き放つっ!」
    『ウゥ………ガア、アアァァッ!!』
     燃え盛る昴のレーヴァテインが、ついに怪物を打ち倒して。
     炎駆け巡る青に覆われた身体が溶けて崩れ落ちたのだった。
     そして――灼滅者達の前に今在る、その姿は。
    「お帰りなさい……!」
     人である、彼本来のものであったのだった。

    ●夜明け
     彼は、八井沢と、そう名乗るのがやっとな程に憔悴していたが。
     この数時間で彼の身に起こった目まぐるしい状況を思えば、無理は無い。
     だが何よりも、デモノイドとなった者を、再び人間に戻せたという奇跡。
     それは彼を元に戻したいと希望を捨てず、誰でもない彼の為に全員で言の葉を紡いだからであろう。
     藍蘭と京夜は、心身ともにダメージを受けている彼へと回復を施して。
     喋る気力や体力こそままならぬも、人のものへと戻ったその姿に、クラリスも瞳を細めながら。
    「こうも容易く、か。奴等め、一体何を考えている?」
     地に落ちているゾンビのナイフをとりあえず1本入手し、ふと手に取ってみる。
     京夜も落ちている別のナイフをひとつ手にし、試しに壊してみるも。
     特に何ということもない、ごく普通のナイフのようだ。
     それからとりあえずナイフを1本回収してから。
     灼滅者達は、八井沢と名乗った彼を、学園へと連れていくことにする。
     体の一部にデモノイドの力が残ったままである可能性もあるため、そのまま日常生活には戻れないだろうから。
     だが――生きたい、と。
     多くの大切なものを失いながらも、それでも絶望と地獄の中で必死にそう望んで。
     そして怪物となる運命に抗い、デモノイドの身体から解き放たれた彼はこれから、第二の人生を歩き始めることになる。
     地獄の中で生まれた希望――『デモノイドヒューマン』としての道を。

    作者:志稲愛海 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年3月22日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 23/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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