阿佐ヶ谷地獄~凄絶ハウリング

    作者:藤野キワミ

    ●地獄の始まり
     午前四時を少し過ぎたころ――早朝の阿佐ヶ谷は阿鼻叫喚地獄絵図よろしく惨劇に見舞われていた。
     低く轟く咆哮は地の底から湧き出る恐怖。
     甲高く嗤い声にも似た喊声はその身を突き刺す恐怖。
     頸から夥しい血を流す、腹を引き裂かれて血を流す、胸を何度も突かれ血を流す、二十五年間共に暮らした家族が、今目の前で壮絶な死を突き付けられた。
     いつもは静かな近所の家からも、恐怖と絶望と命乞いの絶叫が聞こえてくる。
     理解できない。
     意味が分からない。
     わけが分からない。
     思考が止まる。
     息が止まる。
    「やだ、なに、やだやだ! いやあああぁぁぁぁぁぁ!!」
     自分の断末魔が鼓膜をびりびりと震わせる。
     噎せ返る血の臭い、生温かい死の臭い、そして生まれ落ちる恐怖の権化。
    「な、うう、うあっ……あ、……ああ、ああああ、――――っ!!」
     最後に見たのは得体のしれない、動く腐った死体。
     振り下ろされたのは緑に輝く宝石が埋め込まれた綺麗な短剣。
     そして、見慣れた天井。
     そこで彼女の意識は潰えた。
     後に残ったのは、醜くも堅牢な剛毅な強大な、死の怪物。


    ●地獄へ招待
     エクスブレインの少年は静かに口を開く。
     そして大きく吐息。
     紡がれる言葉に、灼滅者たちは、息を飲んだ。
     鶴見岳の戦いで戦ったデモノイドが阿佐ヶ谷に現れたというのだ。むろんこれを放置すれば阿佐ヶ谷地区は壊滅するだろう。
     その結果は火を見るより明らか、よって灼滅者諸君には可及的速やかに阿佐ヶ谷へと向かってこれを阻止してほしい――少年はそう口火を切った。
     デモノイドは、ソロモンの悪魔『アモン』により生み出されたはずなのだが、今回はなぜが『アンデッド』による襲撃で生み出されているという。
     このアンデッドどもは、きらびやかに装飾された儀式用のような短剣を装備していて、その短剣で攻撃された者の中からデモノイドとなる者が現れるそうだ。
     ともあれ、未確認の情報だが、少し前にソロモンの悪魔の配下達が行っていた儀式に使われていた短剣と同様のものである可能性は捨てきれない。
     そして少年の説明を聞いていた灼滅者たちがそろりと息を吐く。
     そのタイミングで、少年もまた一息ついた。
    「みんなには、アンデッドとデモノイドの灼滅をお願いしたい」
     これ以上の被害を出さないために。
     付け加えた彼に、彼らは大きく頷いた。

    ●地獄の闊歩
     ガラスの割れる音。
     誰かの悲鳴がこだまして、家から飛び出てきた男性はアンデッドによって殺された。
     きらびやかな金細工の短剣が鈍く光るたびに、人々の命が散っていく。流れていく。消えていく。
     早朝の阿佐ヶ谷はまさに地獄と化していた。
     重く淀んだ死を孕んだ空気は一帯に沈澱している。短剣を手に暴れるアンデッドの肢体は朱に染まっていた。
     そして、圧し折れ無様に曲がった門をさらに破壊して住居から歩み出てくる巨躯。
     アンデッドどもの凶行を見、ついで空を見上げる。
     咆哮。
     腹の底から恐怖を煽りたてるような、本能に刷り込まれている原始的な恐怖を思い出させるような、禍々しい雄たけびに、人々は恐慌に陥る。そしてアンデッドに殺された。
     そして、デモノイドは再び大きな咆哮を上げた。

    ●地獄を撃破
     みなに対処してほしいのはデモノイド一体とアンデッド五体だ。
     言ってエクスブレインは灼滅者たちの顔を見回した。
    「デモノイドになってしまった少女……あ、いや、今はいい――阿佐ヶ谷は武蔵野から近すぎる……これ以上妙なことにならなければ良いんだが」
    「杞憂だ、心配ないさ」
     灼滅者の一人が彼の肩を叩く。
    「――そうだな、俺の杞憂であってくれればそれでいい。みんな、頼んだぞ」


    参加者
    東雲・凪月(赤より紅き月光蝶・d00566)
    迅・正流(黒影の剣士・d02428)
    ファルケ・リフライヤ(爆走する音痴な歌声銀河特急便・d03954)
    聖江・利亜(星帳・d06760)
    往羽・眞(筋力至上主義・d08233)
    ワルゼー・マシュヴァンテ(教導のツァオベラー・d11167)
    ヒラニヤ・ロイス(ラーズグリーズ・d12254)
    松崎・末明(飴色ノスタルジア・d14323)

    ■リプレイ

    ●死の慟哭
     朝の阿佐ヶ谷に轟き渡る恐怖の咆哮を、ひっそりと眉根を寄せて往羽・眞(筋力至上主義・d08233)は聞いた。
    (「悪趣味、ですね……」)
     彼女は胸中で呟く。
     青く禍々しい巨躯で門扉をひん曲げた。のっそりとした動きは返ってその強靭さを物語る。
     デモノイドの前方に立ち塞がるようにふらふら揺れるのは、五体のアンデッド。
    「……ふむ」
     唇をそろりと湿らせて、ヒラニヤ・ロイス(ラーズグリーズ・d12254)はデモノイドを一瞥した。
     デモノイドとなってしまった少女を哀れに思うし、どうにか助けてやりたい気持ちはある――しかし、命をかけてまで救いたいのかと問われれば、彼は否定する。ヒラニヤとて、まだやりたいことは山とある。少女もこんな朝を望んでいなかっただろうが、彼もこの朝で終わるつもりはないのだ。
     無駄かもしれないが、ヒラニヤは魂鎮めの風を吹かせた。
     早朝の阿佐ヶ谷に、今は似つかわしくない爽やかな風が流れていく。
    「無差別攻撃だなんて、悪役の風上にもおけねーやつだな」
     ご当地ヒーローのファルケ・リフライヤ(爆走する音痴な歌声銀河特急便・d03954)が、ふわりと揺れた鮮やかな緑髪をぐしゃっとかき混ぜた。
     どんな理由があるのか――それともないのか――は定かではないが、雪辱戦のつもりであるのなら完膚なきまでに叩き潰すとファルケは、自分の目下の標的であるアンデッドを睨んだ。

     ヴオオオオォォォォォォオオオ!

    「貴女はなにも悪くありません。人として生きる、そんなささやかな願いを、どうか無くさないで」
     青の恐怖に向かって、聖江・利亜(星帳・d06760)は手を広げた。
    「みんな、貴女を救うために来ました」
     利亜の言葉にデモノイドが、一瞬だけ動きを止めた。それが耳を傾けたと確信した迅・正流(黒影の剣士・d02428)は言葉をぶつける。
    「ご覧なさい、貴女の帰るべき場所を! そして思い出すのです、自分が人間であることを!」
    「そうだぜ! 自分の思い出とか家とか、自分で壊すな!」
     正流の言葉を引き継いで、念のためと戦場から音を遠ざけた松崎・末明(飴色ノスタルジア・d14323)がさらなる言葉をぶつけた――刹那、

     グオオオオォォォォオオオオオ!!!

     先刻のそれとは比べものにならないほどの殺気を孕んだ咆哮を上げたではないか。
     眼前にあるものをすべて破壊し尽くすという狂気の双眸をぎらつかせ、東雲・凪月(赤より紅き月光蝶・d00566)らを見据え太い腕を大きく振り回した。
    「話を、話を聞いてくれ!」
    「我らが貴様を救ってやろうぞ!」
     ワルゼー・マシュヴァンテ(教導のツァオベラー・d11167)の言下、デモノイドの再三の咆哮に、彼女は頭を振り回されるような衝撃にくらりと眩暈を感じた。
    「聞く耳を、持たぬというのか……!」
    「俺は諦めない! 俺の話を聞いてくれ!」
     正流の決死の訴えに、強烈な蹴打で応じたデモノイドは、醜悪な様相で正流にプレッシャーを与えていった。
     ヒトの心に語りかけるには、魂のこもった言葉でなくてはならないだろう。しかし、ファルケには歌がある。歌には心を動かす不思議な力が元来宿っているものだ。
     いくら自分が音痴であってもそれは揺るがない真実。ファルケはしっかとデモノイドに届くようにと、ディバースメロディーを解き放った。
     眠れ、壮絶な出来事を一瞬でも忘れられるように、起きた時に今一度、平凡な毎日を送れるようになると信じて、今は眠れ、眠れ。
     だが、デモノイドは眠らない。
     それどころか、ますます凶悪なうめき声を上げ始める。
    「俺の気持ちが伝わらない……?」
    「そんな姿、アンタの望むものじゃないだろ」
     少しショックを受けたようなファルケを、今気にかけている余裕はない。
     凪月は赤瞳に悲哀の色を映し、デモノイドに語りかける。
    「そのまま終わるのは、アンタの両親だって望んでないと思うぜ」
    「アンタがここで全部捨てたら、誰がアンタの大事な家族を弔ってやるんだ!」
     未明に向かってデモノイドは巨大な拳を振り下ろした。
     その強烈な衝撃に一瞬意識を持って行かれそうになる。それでも耐える。耐える。耐えねばならない。
    「帰って、こいよ!」
     未明の声は、デモノイドの心に響いているという気配はない。
    「……傷つけたくないけど、アンタを救うために、戦うぜ…!」
     小さく毒づき、ぎりっと奥歯を噛み締めて凪月は、デモノイドの死角への回り込み、妖の槍を一閃した。このダメージでデモノイドの動きを鈍らせることができれば、説得も有利に動くのではないかという凪月の考えだ。
    「このまま灼滅されても構わぬというのか」
     龍砕斧に埋め込まれた龍因子はワルゼーに力を与えていく。
    「……痛くて、怖くて、苦しいでしょうが、今は耐えてください」
     スレイヤーカードから解放された鎧の面頬を上げた正流は、ソーサルガーダーを展開させ、すうと息を深く吸い込んだ。
     そして、面頬をカシャンと下す。《破断の刃》の柄を強く握り締め、構える。
    「それこそが、人である証なのですから」
     デモノイドが振り下ろした拳を、正流は巨大な刀身を盾にはじき返した。

    ●力の奔流
     デモノイドを説得するのは仲間に任せるとして、眞は仲間たちが言葉を紡ぎやすい環境を作れるようにとアンデッドどもを相手にする。
     耳に届くのは、心を揺さぶられる各々の優しくも強い言葉。
     それらに負けまいと眞は喊声を上げる。
    「うりゃー!!」
     《重杖サリアマル》に渾身の魔力を注ぎ込んで大きく振りかぶり、それをアンデッドの脳天へと叩きつける!
     強烈な力の奔流は腐った四肢を痙攣させながら、ふらりと半歩後ずさった。
    「叩き斬る…!」
     無敵斬艦刀をフルスイングさせてヒラニヤは、眞が討ち逃したアンデッドへと斬撃を加える。真っ二つに引き千切られたアンデッドは、そのまま風化し消えていく――これで残り、三体。
     そんな個体になんの興味も示さない他のアンデッドは、眞とヒラニヤに向かって鋭利に尖ったナイフを振りかざしてくる。
     その刃の形はジグザグに変形し、悪意を剥き出した形となって振り下ろされる!
     痛みは一瞬だった。腕をざっくりと斬られた眞は闘志を剥き出しにして、その一体へとバトルオーラを噴き上げる拳を次々と叩き込んでいく。
     目を瞠るラッシュにアンデッドは堪らず仰け反って、尻もちをつき、瞬く間に塵となっていった。
     鼻息荒々しく眞は、ぎゅっと拳を固める。
    「往羽さん、無事ですか?」
     ぼたぼたと流血する彼女に突き刺さったのは、柔らかく温かくそして力に満ち溢れた利亜の癒しの矢だった。
    「ありがとうございます!」
    「気をつけてくださいね」
     次の瞬間、ファルケのマテリアルロッドが強く輝きだして、轟々とうねりを上げる颶風を巻き起こす!
     魔力の奔流はアンデッドどもを飲み込んで、無防備さを露呈させる。
     その中の一体に向かってヒラニヤが肉薄――ふっと鋭く息を吐く――閃光百裂拳を炸裂させた。
     強烈な拳の連撃はアンデッドの体力を見る間に奪い、そして灰燼に帰した。
    「よし、次」
     ヒラニヤの目は腐敗した屍をただただ映す。
     デモノイドは仲間に託したのだ――それは、自分にできる最高のサポートを約束したに他ならない。
     そしてそれは眞とて同じだ。
     できるだけ自分たちにアンデッドの注意が向いていれば他の仲間たちは、デモノイドに集中することができる。
     そうすることで、デモノイドを救えるとみな信じていた。
    「避け、!?」
     ファルケの声が背中に突き刺さった。
    「見えてるよ!」
     眞が目いっぱい好戦的に笑む。まだ傷は癒えきっていないが、死に損ないが操るナイフに倒れることはない。彼女はその軌道を読んで、避けようと神経を尖らせる。
    「たわけ!」
     大きな一喝が耳と体を穿って、衝撃に瞠目した。眼前を白い背中が埋め尽くした。紫の長髪がばさりと揺れる。振り返ったその緑瞳に射すくめられた。
    「貴殿一人で戦っているわけではないぞ!」
     ワルゼーの闘志が仄温かなものに変わり、眞を包んで先刻の傷をさらに癒していく。
    「……あ、ありがとう」
    「構わぬよ、貴殿らがいなければ、我らとて無事ではない」
     守りの要としてデモノイドに総力をぶつける彼女らもまた、満身創痍だ。
    「……ふむ、あとはアイツだけだな」
     刀身についた汚れを振って払い、ヒラニヤが赤褐色の瞳を眇めた。
     彼の目に映るのは、もはや青の悪魔だけ。

    ●悲しみの絶叫
     巨大な腕が振り回される。
     耳を劈く咆哮が上がる。
     丸太を想像させる足が迫ってくる。
     拳の連打は士気を保つのが困難なほどに強烈だった。
     しかし、彼らは諦めない。
     救いたいと思った。救うと決めた。そしてその涙を拭ってやりたいと願った。だから彼らは止まらない。
     清らかな聖歌が響き渡り、自身の覇気を癒しの力に変えて、盾を展開し合い、デモノイドの力を吸収、それを己の力と変えていく。
    「アンタを怖がらせる奴やから、守るから! 俺たちが救うから!」
     フォースブレイクをその巨体に叩き込んで、凪月は悲壮に叫ぶ。
    「意識、取り戻してくれよ…っ!」
    「アタシだってアンタの手、絶対掴む! だってそのために来たんだ! 帰ってこい!」
     未明は強く強く思いをぶつける。

    「ヴオオオォォォォォォォオオオオオ!!!!」

     しかしデモノイドは、そんな言葉なんぞ望んでいないとばかりに、地鳴りがするほど重低音の咆哮を上げ、未明の耳を引き裂く。
     巨大な槍を旋回させたワルゼーはデモノイドの巨躯を斬りつける。
    「さあ戻ってくるが良い! 今一度、人として目覚めよ!」
     その痛みで正気を取り戻せとワルゼーは檄を飛ばした。デモノイドの怒りを買ったとしても、それが彼女の『痛み』だとするのなら、全身全霊をもって受け止めてやる。
     そう決意しているのは正流とて同じだ。
    「俺たちの声は聞こえていますか、俺たちの心はあなたに届いてますか」
     正流の声はデモノイドに届いているのか、心に響いているのか、その外見だけは分からない。
     だが今は声をかけ続けるしかないではないか。その声が届くまで訴え、痛みを与えるしかないではないか。
     その度にギリギリと心が軋んでいく。
     面頬を上げ、正流は悲痛の声を上げる。
    「思い出して下さい……あなたの大切な人の笑顔を…!」
     疾駆しデモノイドの死角に入りこんだ正流と息を合わせるように肉薄したのは、凪月だった。
     マテリアルロッドに込められた魔力は凪月の思いだ。
     伝われ、届け、響け、戻ってこい…!
     正流の斬撃と、凪月の殴打にデモノイドは苦痛の声を絞り出す。
    「貴様を灼滅したくはないのだ!」
     もう十分なほどにダメージを与えているのだ。これ以上デモノイドへの攻撃は、少女救出の手立てを失うこととなるだろう――ワルゼーは唇を引き結び、未明を見る。彼女もまた、悔しげに唇を噛む。《kaladion》の翠色の輝きがデモノイドを冷たく輝かせる。
    「頼むよ、戻ってこい!」
     手加減をしての攻撃――二人の慈悲はデモノイドには届かない。だからこそ、その剛腕を救出者たちに向けて振り回して、邪魔だと言わんばかりに薙ぎ払ってくる。
     激烈な痛打に誰もが顔を顰め、怒りを露わにする青の悪魔を見上げた。
     少女が目覚める気配はない。ぬらつく鋭い牙の間から低い唸り声が漏れている。
     そして、利亜のエンジェリックボイスが響き、それに被さるようにファルケの歌声も届く。
     そこへヒラニヤがバトルオーラを迸らせ切迫――鋭い拳打を突き込んでいく。
    「はあああ!!」
     眞がヒラニヤの拳打に触発されてか力の限りに閃光百裂拳を叩き込む!
     それは、二人なりの決意と覚悟の証明だった。
     二人の攻撃に、ひゅっと息を飲んだ正流と未明、声を詰まらせたワルゼー、名状しがたい気持ちを噛み締める凪月、ぎゅっと耐えるファルケ、悲しみにも似た激情に目を閉じた利亜――そんな灼滅者たちを、息も絶え絶えにデモノイドの双眸が睨みつける。
     彼女の視線を真正面に受け止めて、
    「……この一撃で、アンタの悪夢を終わらせる」
     凪月は手にしたマテリアルロッドに神秘の魔力を発露させて、諦念にも似た悔しさ苦しさを込めて、フォースブレイクを炸裂させた。
     デモノイドの体内を凪月の力が駆け巡り、そして凄絶凄惨悲惨な咆哮を上げ、その場に崩れ落ち、倒れ伏した。
     次の瞬間、灼滅者たちは大きく目を見開いた。

    ●朝靄の涙
     橙の髪を靡かせる利亜に向かって、デモノイドがふらりと手を伸ばしたのだ。
    「ワタシ……マ、ダ、死ニ、タクナイ……、オ、母サ…………」
     利亜はぐっと言葉を詰まらせ、両手で唇を押さえた。
     どさり…と伸ばされた手が地に落ちる。
     一瞬のうちに訪れた静寂は、耳に痛く、胸をえぐる辛さを突き付ける。
     心臓が早鐘のように鼓動する。
     説得に費やした力は、凶行を止めようとした言葉は、彼女に届いていないわけではなかった――遅かっただけ。彼女の意識が戻るのが、ひどく遅かっただけ。
     正流は力なく崩れ落ちたデモノイドに傍らに跪き、羽織っていた外套を脱いでそっとかけ、どろりと溶けていく青い手に自分の手を重ね、そっと握り締めた。
     その胸を締め付ける名状しがたい苦しさに唇を引き結び、デモノイドが溶け消えていくのを脳裡に焼き付けた。
     救えなかった。
     その事実が、ずっしりとのしかかる。
     エクスブレインが示した目標は撃破することができた。しかしこの虚無感はなんだ、この哀切は、この悲哀は、この悔恨はなんだ。
    「ソロモンの悪魔を滅する理由がまた一つ増えた、か」
     朝日が昇る。
     ワルゼーがぽつりと呟き、デモノイドが消え去ったアスファルトの上に小さな白い花を添えた。
     冷たく輝く陽光に照らされた花が、潸然と佇んでいた。

    作者:藤野キワミ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年3月22日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 8/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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