阿佐ヶ谷地獄~朝は青い悪魔とともに

    作者:矢野梓


     その朝――。
     東京都杉並区阿佐ヶ谷の閑静な住宅街。そこに現れたものの名を知る者はない。悪鬼、魔物、デーモン……考えうる限りの呼び名も殺されゆく人々にとってはたいした意味などあろう筈もない。恐怖の時は短かったろうか、苦痛は一瞬で済んだだろうか。そうであることを祈るしかなかった、その朝――。

    「う……わ……」
     新聞奨学生の青年はそれ以上の言葉を発することはできなかった。出会いがしらの事故というのはこれまで何度も注意されてきたことではあるけれど、出会いがしらの殺人などということは想定の範囲外。まして相手が人とは到底思えぬもの達であるとすればなおのこと。自転車の急ブレーキの音が耳障りなまでに響いた。反転、逃げなければという意識とは裏腹に、青年の足は動かない。通りは血の色に満ち、転がる屍も1つや2つではない。腐臭はみるみるうちに肉薄し、取り囲み――ナイフが一振り、新月のようにぎらついた。
    『…………』
     人ならぬ者――アンデッドの口から人の言葉とは思えぬ何かがあふれ出る。ざくりと切られたその音は青年が人として聞いた最後のもの。
    『!!!』
     快哉にも聞こえるアンデッド達の叫び。腐り果てたその眼が見つめているのは青い皮膚の巨大な肉体。デモノイド――それがそのものの名前であった。

    「嫌な事件が起こりました。それもこの学園のすぐそこで……」
     水戸・慎也(小学生エクスブレイン・dn0076)は教室に入ってくるなり、システム手帳を開くのももどかしげに、灼滅者達に向き合った。
    「……新たなデモノイドが生み出されました」
     一呼吸。そして一言。教室中が水を打ったように静まり返る。デモノイドといえば鶴見岳で戦ったあの青い異形のこと。それが一体なんだって東京に姿を見せたのか。それも今回はなぜかアンデッド達の攻撃によって生み出されているとのこと。
    「アンデットが斬るとデモノイドになる?」
     灼滅者の問いに、慎也はさらに眉根を寄せた。
    「正確に言うなら、アンデッドの短剣で攻撃された者の中からデモノイドになるものがある、ですね」
     そもそもデモノイドはソロモンの悪魔『アモン』の力によるものではなかったか。それがなぜノーライフキングの眷属であるアンデッドによって生みだれるに至ったのか。慎也自身にも分析できていない。だがアンデッド達が手にしているのはどうやら『儀式用の短剣』らしい。
    「ソロモンの悪魔の配下達が使っていたっていう?」
     再びの質問に慎也は短く答えた。未確認ながら、恐らく――と。
     となれば何はともあれ、灼滅者達はゆかねばならない。事態の収拾が先、原因の究明は後というのは彼らの仕事としてはよくあること。今はとにかくデモノイドとアンデットの跳梁を阻止せねばならないのだから。

    ● 
     平和だった阿佐ヶ谷の町は今や叫喚の巷と化していた。青い皮膚と隆々たる筋肉に鎧われた化け物は当たるを幸い、人も家もなぎ倒していく。その周辺を守るアンデット達もまたナイフをぎらつかせ次なる獲物を見つけようと虎視眈々。
    「……今日もいい天気……え?」
     朝の仕事始めにと窓を開けた主婦は、窓ガラスごと頭を叩き割られ、驚きで泣き叫ぶことさえできない子供達の喉笛をアンデッド達は次々切り裂いてゆく。新たなデモノイドが生まれないと知るや、物言わなくなった小さな体はまるでごみのように投げ捨てられ。
    『!!!』
     更なる獲物を求めて、1体のデモノイドが咆哮する。5体のアンデッドが呼応するように奇怪な叫び声をあげる。デモノイドはゆっくりと次の家に狙いを定めた。よくある建て売りの瀟洒な一軒家。この家の主は幸せな未来を夢見てこの家を購入したに違いないのに――。
    『!!!』
     デモノイドの刃の腕が一振り。それだけで門柱はあっさりとがれきの山に。となれば頑丈な木のドアなどあってなきがもの。デモノイドは余裕たっぷりにレンガの小路を踏みしめて嗤った。家の中からは零れてくる怯えの気配を存分に味わってでもいるかのように……。

     慎也の説明を聞くと、灼滅者達ははっきりと頷いて立ち上がった。幸いといえる筈はないけれど、阿佐ヶ谷は武蔵坂学園の目と鼻の先。これ以上の犠牲は許されない。
    「……近すぎる、とも言えるんだけどな。なんだってまた……何かあんのかもな」
     慎也の言葉に灼滅者達の足がふっと止まる。確かに今回の事件はあまりにも学園に近い所で起こっている。それは一体何を意味するものなのか……。
    「とにかく、行ってくる」
     振り切るように再び歩み出す灼滅者達。
    「よろしくお願いします」
     送り出す慎也の声だけが広い教室に残された。


    参加者
    狐雅原・あきら(アポリア・d00502)
    天上・花之介(連刃・d00664)
    九條・流(刃影・d01066)
    花守・ましろ(ましゅまろぱんだ・d01240)
    迫水・優志(秋霜烈日・d01249)
    鏡水・織歌(エヴェイユの翅・d01662)
    石川・なぎさ(小学生エクソシスト・d04636)
    加賀谷・彩雪(小さき六花・d04786)

    ■リプレイ

    ●悪魔の目覚め
     その朝。沢山の悪魔が阿佐ヶ谷の町に生みだされたその朝。灼滅者達は急ぐ。恐慌と凶行の時を一瞬でも早く終わらせるために――。
    (「ソロモンの力……短剣が、他の勢力にまで広がってる?」)
     小さな体で懸命に仲間の背中を追いながら加賀谷・彩雪(小さき六花・d04786)は走っていた。ソロモンの短剣がなぜノーライフキング勢力の手によって使われているのか――そんな疑問を胸に抱えて。
    「でも……魔法使いとしては、看過は出来、ません……」
     それにこの現状を見て見ぬふりをすれば被害はすぐにでも学園へ及ぶ。それほどに武蔵野と阿佐ヶ谷は近い。
    「……何を企んでいるんですか」
     石川・なぎさ(小学生エクソシスト・d04636)もまだ見ぬ敵に問いかけた。答えを期待しての琴ではなかったが、狐雅原・あきら(アポリア・d00502)がそれに応じた。
    「何か狙われてますね、たぶん」
     どこがとはあえて誰も聞き返さない。言葉に出せばそれこそ悪い言霊となりそうで。
    「これ以上好き勝手やらせるかよ!」
     天上・花之介(連刃・d00664)も紫の瞳に力を宿し。既にこれだけの破壊が阿佐ヶ谷の町を覆っているのだ。この先は絶対に――。
    「あの家だ」
     迫水・優志(秋霜烈日・d01249)が素早く周囲を見渡すと件の家を見つけ出す。瓦礫の山から見覚えのある青い怪腕が見えた。
    「気に入らないな」
     間近で見れば見るほど破壊衝動しかないデモノイドは醜悪だった。九條・流(刃影・d01066)が吐き捨てるように呟くと、鏡水・織歌(エヴェイユの翅・d01662)もその視線を敵へと向けた。
    「酷い話だね、本当に……これ以上被害を増やせない、だから――」
     織歌の手がそっと黒いヘッドホンにかけられた。するりと外れたそれが白い首へと納まった時には優しげな――いっそ自信なさげにも見えるほどの――表情は跡形もなく消え失せている。
    「何が黒幕だか知らんけど、そんなクソみてえな企てはアタシが止めてやる、相手だ」
     豹変する口調に驚きながらも、花守・ましろ(ましゅまろぱんだ・d01240)は勢いよく頷いた。
    「難しいこと、考えるのは後回し。目の前の悲劇を、止めるよ!」
     その足元から漆黒の影が湧き上がる。あっという間に組上がった灼滅者の陣からは目には見えない闘気が立ち上っているかのような。
    「不死者如きが……粋がるなよ」
     流の足がデモノイドに向かってレンガを蹴った。幾つもの武器が朝の光を跳ね返し。
    「さぁ、張り切ってボコったりボコられたりしましょうネ!」
     あきらの言葉は不吉でありながらも、いっそ清々しいほどの宣戦布告。不祥がどこへ振りかかることになるのかは、灼滅者達の戦闘次第――。

    ●青の朝
     悪魔の背中は灼滅者達の記憶にある以上に大きく見えた。筋骨逞しい背はとても異形と化したばかりの人とは思えない。
    「デモノイド……悲しい存在。屍王……何てことを」
     なぎさは哀れを禁じ得ない。なりたくてなったわけではないと判っていればこそ、宿敵・屍王への暗い思いが増していく。デモノイドの手の下で美しい塀がめりめりと一瞬で石くれとなった。
    『!!!』
     その瞬間、地雷が爆ぜたかと思う程の叫びが灼滅者達の耳を聾した。青い背を斜めに一筋走っているのは確かに花之介の槍の傷。振り向いたデモノイドの目に飛び込んだのは優志の煌めく十字架。聖なる光にもけが1つ追わなかったのは流石というべきか、だが眩さに動きが僅かに鈍った隙を織歌は正確についた。爆炎の力を星の数ほどの弾丸に込めることで。
    「好き勝手されちゃ困るんでな」
     身の周りに揺れる影を抑えて優志の声が通る。今や青い怪物は完全に灼滅者達の方に向き直っていた。電光石火、ましろの盾がデモノイドの頬を張ると、硝子玉のようだった目が怒りに燃え上がる。
    「なら次は武器封じといこうか」
     2つの怒りに1つの炎。発動するかしないかは人の預かり知らぬもの。ならば与える枷も負荷も多いに限る。振り下ろされた斬撃に人の物ではない血が瓦礫を染めた。
    「一度デモノイドとなれば治すことは……」
     あれも人の血だったのだと思えば、あきらも諦めきれないような気分に襲われる。方法があるならば……と思わずにはいられない。が、それは無論絵空事に過ぎなかった。
    「張り切って前衛を任されていきマスよ!」
     無数の弾丸に込めるのは炎の気。再び上がる咆哮になぎさはデモノイドの回復に入ろうとしている1体のアンデッドに雷撃を落す。
    「さっちゃん!」
     デモノイドの引きつけは十分――なぎさの意図を悟った彩雪も同じく魔法の杖で雷を呼び起こす。青天の霹靂とも呼べる雷鳴が阿佐ヶ谷の空を飾る中、霊犬は主の命に忠実にその刃を同じ敵へと向ける。
    『!!!』
     瞬時にデモノイドを包み込んだ怒りは凄まじいものだった。花之介の体がゴム毬のように弾んで瓦礫の山にうちつけられる。
    「……っ」
     花之介は体のダメージを確かめつつ口の中にたまった血を吐きだした。なるほどディフェンダーでさえこの痛み。加えて回復を施せるあのアンデッド達……。冴えた視線がアンデッド達を射抜いた。通常の人ならばその氷の刃のような鋭さに戦意など喪失してしまう程の。だが彼らは怯まない。2体のアンデッドがデモノイドの傷を癒し、残る3体が花之介はじめ、ましろ、あきらに毒の攻撃を仕掛けてくる。
    「ジャマーは……こいつらだ」
     自らのオーラを癒しに変えつつ、花之介は3体を指差した。他の2人も一様に頷く。ならばと灼滅者達は攻撃のスイッチを鮮やかに切り替える。即ちデモノイドからジャマーのアンデッドへ。こうなったからには最早件の家に敵の意識が向くことはないだろう。そして事実、デモノイドの第2撃は大きくしなってあきらの横っ面を張り……。
    「「……っ」」
     2人のメディックが後方で悲鳴を飲みこんだ。邪魔だから追い払う……そんな風にしか見えなかったのにこのダメージ。優志の十字架から発する光線にアンデッド達が射抜かれているその隙に、なぎさは天使の歌を密やかに歌い上げる。もしあれに知能があれば狙われるのは自分か彩雪。目立たぬに越したことはない。なんとかあきらは立ち上がったけれどもその体を巡る毒は総て消え失せた訳ではない。
    「絶対に、だれも倒させません」
     彩雪の手の甲からシールドの力が溢れ出す。あきらを庇うその盾の影でさっちゃんもまた毒の解除に励んでいる。その間に織歌は確実にターゲットをその服ごと切り払う。ましろが盾を打ちつけ、さらには流の槍が追い打ちをかけても、この標的はぎりぎりのところで持ち堪えた。
    (「長くなる……」)
     それは決して喜ばしくはない直感。織歌の頬を冷たい汗が伝っていった。

    ●果てぬ地獄
     回復が潤沢である――ということには2つの意味がある。1つは味方の戦線を長く保つことができること。そしてもう1つは敵の命脈を中々断てないこと。灼滅者に重い課題としてのしかかっていたのは、後者だというべきだっただろう。
    (「……8割」)
     自らに定めた回復の限度を2度目のデモノイドの攻撃で再び切れたことを自覚しつつ、花之介は回復をメディックに託し槍を取る。大きく回転する穂先が5体を一気に薙ぎ払うと、優志も裁きの光を一条、最も傷深いアンデッドへ。今度こそ回復される前に――その執念が流の影を鋭利な刃へと変え、織歌の槍に絶妙な捻りを加えさせた。もとより腐り果てたそれにはしゃべる舌さえもなく、断末魔の叫びもあげられぬうちにあきらの漆黒の弾丸の元にその命を散らした。
     漸く1体目を倒した灼滅者達は一瞬安堵の息をついた。だがすぐさまデモノイドの腕が風を裂く音が彼らの耳を捕える。
    『……ぜ……だ!!』
     大きくしなった青い腕が前衛陣を薙ぎ払う。折角のメディックの回復分もあっという間に削り取られてしまったあきらは何とか持ち堪える。
    「残念だケド、ボクには撤退なんてナイんだ……」
     生憎、仲間を見捨てられないタチなんでネ――挑むが如きその意気や天晴れ、優志の左手に防護の符が生まれた。空気さえも動かぬかの静けさの中で符はあきらの傷を癒し、なぎさの歌声がそれに続いた。
    「大丈夫ですね?」
     その響きにあるものは心配というよりはむしろ祈り。無論これだけでは彼の戦線復帰は叶わない。ましろの盾が前衛陣の前に広がり、彩雪の守りに霊犬の毒消しが加わる。これだけの回復を以って臨まなければならないということは、つまり攻撃の手が減っているということなのだ。
    (「できる限り早く数を減らさないと……皆さん、頑張って下さい」)
     回復の隙を与え合ない程の集中攻撃。それは彼らが描いた青写真。だが現実は徐々に乖離を始めていた。

     負けずとも勝たず――戦いはじわりじわりと進んでいった。付与した怒りに誘われて攻撃がディフェンダー陣に向かってくれればともかく、デモノイドの攻撃もふとしたはずみで他へ行けば、回復の術を持つ者はそちらに手をさかねばならなくなる。幾重にもかかった怒りの発動が運任せでなければ、せめて今少しアンデッドの数が減らせていれば――そんな願いはいわば無い物ねだり。戦況を見据えつつ、ましろはいつの間にか胸に下げたペンダントを握りしめている自分に気がついて愕然とする。パンダを模したそれはお守り代わり。不安な時にはそれを握り締めてきた彼女である。そう、不安。それは霊犬の離脱という形で的中することになる。
    「……!!」
     アンデッド1体とほぼ差し違える形で消えたパートナーを送るかのように彩雪の雷鳴は轟く。
    (「主よ、1人でも多くを救う力をお与え下さい……」)
     こんな哀しいことを繰り返さずに済むように――だがなぎさの祈りを嗤うかのようにデモノイドの腕があきらを殴りつけた。そろそろメディックへのシフトを……そう考えていた矢先の出来事にあきら自身、我が身に起こったことを理解する間もなく瓦礫の山に叩きつけられる。
    「止まるなっ」
     優志が喉も裂けよとばかりに叫ぶ。確かに味方の陣は崩れた。だがここで怯んでいいほどこの仕事は甘くない。流の影が鋭い刃へと変わり、織歌の炎が弾丸となる。乾坤一擲、薄氷を踏む戦いが再開された。時に影に時に煌めく光線となり、灼滅者とデモノイド勢との間に火花は散り続ける。

    ●光か闇か
     ようやくジャマー役のアンデッドを屠り最後の1体までと追いつめたのは、それからさらに長い時が経ってのこと。彩雪の杖がアンデッドの脳天に下されたのはまさに天の鉄槌。
    「……ごめ……んなさい」
     なんとかデモノイドの攻撃の範囲外まで後退した時には彼女の息は完全に上がっていた。誰にも傷ついてほしくない――それは回復役としての彼女が願うこと。だが護るだけでは事態が動かないことも彩雪は学んでいた。ほうっと仲間達の間から息が洩れる。あと1体、そしてデモノイド。戦いは相変わらず薄氷を踏むようなものではあるけれど。が――。
    『……ドウシ……テ……ガ……』
     デモノイドのその人語が優志の判断を一瞬の何分の一か遅らせた。耳を疑った時間と衝撃が訪れるまでの時間はどちらがより長かったろうか。回復を叫ぶメディック陣の声があっという間に遠くなっていく。
    「あんた……人の……」
     どうして俺が、とそう言ったのか――自分の声がデモノイドに届いていたのかどうか、もうそれすらも優志には判らない。後はただ仲間達に全てを託すのみ。
    「アンタ……可哀想にな。本当はこんなことしたくないだろうに」
     優志の最後の情報伝達に織歌はデモノイドに向き直った。彼女自身アンデッド達との戦闘に満身創痍である。だがそれでも僅かに人の意識を残しているのがこのデモノイドならば。だがそれに答える声は聞こえてこない。襲い掛かってくる最後のアンデッドの攻撃をその腕で受けながら、織歌は言葉を継いだ。
    「……聞くの無理ならせめて楽にしてやる」
     けが人とは思えない身のこなしで織歌は大地を蹴った。そのまま青い巨躯の死角に回り込みたい衝動を抑えて、彼女は最後のアンデッドへと刃を向けた。あれを相手取るまではあと少し。
    「そうだよね……これ以上はね」
     そんな彼女を狙ったデモノイドの刃を代わりにましろがその身で受けた。なぎさの歌声は今はもう隠す余裕もなく響き渡り、織歌の傷を癒しにかかる。最後のアンデッドが姿を消し、灼滅者達がデモノイドただ1体に対峙したのはそれからしばし後のこと。
    「痛い? 苦しい? ごめんね……でもだいじょうぶ、助けるよ」
     だから、あなたも負けないで。人の心を、あなた自身を忘れないでいて――ましろの言葉は途中から声にならない。接触テレパスだと花之介は目を閉じた。だが果してあれは答えてくれるだろうか。人の姿に戻ってくれるのだろうか。それは誰にも判らない。判るのは彼我の間に再開された交流が『戦い』であること、それだけ。
     花之介の槍が青い皮膚を切り裂き、流の刀が後光さす雲の如くに輝く。確かな手応えは肘に痺れが走る程。対するデモノイドも怒りにまかせて彼を狙う。
    「この声が届くならば、聞け。まだ人の心があるならば戻って来い」
     もし助からないとしても、人の心を抱いて逝け――流の叫びに蒼い巨躯が震える。
    「……貴方のお名前、教えて頂けませんか」
     人の心をどうか思い出して――祈るようななぎさの訴えに、デモノイドの咆哮が天に響いた。そこから先の光景は誰もが忘れることはないだろう。大きく振り払われた青い腕。その先にいたのは織歌その人。
    『……オレガ……コロ……ス?』
     意識を失っていく織歌のすぐ上でデモノイドの腕が小刻みに震えていた。人を殺めてしまった人間のように。
    『!!!』
     再び獣の咆哮が青い怪物の喉からほとばしった。大きく振りまわれる刃に我を失ったような猛進。灼滅者達には受け止めることはおろか、かろうじて逃げるだけが精一杯。
    『!!!』
     流のすぐ傍で割れ鐘のような叫びが鼓膜を脅やかす。幾人もの前衛を一纏めに薙ぎ払ってきたあの技だと直感した。そしてそれは既に倒れた者達をも巻き込む技であり――。
    「……」
     するりと間に割り込んできたのは桜色。それがましろの髪だと流が気がついたとき、そこに『彼女』はいなかった。
     ――闇堕ち。その重たい一言に誰もが言葉を忘れさる。眼前ではデモノイドが初めて後ずさっている。目を閉じることさえ許されないような、激しい技がデモノイドの青い皮膚をチーズのように切り裂いていて。
    「……」
     ただ戦う音だけが朝の光の中に聞こえていた。流は我知らず懐中時計を握りしめていた。誰もが熱い物を飲みこんだように動けない。繰り広げられる戦いはもう、涙で曇ってよく見えない。

     ――戦いの終わった阿佐ヶ谷に人影は7つ。あるものは倒れ、あるものは呆然と立ち尽くし。任務は確かに果たされた。だがそれは彼らの新たな任務の始まりともなるのである。
     

    作者:矢野梓 重傷:狐雅原・あきら(戦神・d00502) 迫水・優志(秋霜烈日・d01249) 鏡水・織歌(エヴェイユの翅・d01662) 
    死亡:なし
    闇堕ち:花守・ましろ(ましゅまろぱんだ・d01240) 
    種類:
    公開:2013年3月22日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 14/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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