●悪夢は続く
教室の中に入り、最初に口を開いたのは白鐘・睡蓮(火之迦具土・d01628)だ。
少年がここに囚われることとなった理由を思い浮かべながら、素直な思いを口にしていく。
「君は先生のことをお母さんと呼んでしまったことを気にしているようだけど、それはそれだけ君が母のことを慕っているということだ。それはとても尊いものだよ」
その言葉に、悟は困惑の表情を浮かべる。しかしその態度は、拒絶のそれではない。
まだ状況はよく理解していないものの、向けられる言葉や態度から、自分を助けようとしていることは理解しているのだろう。
その様子に、一応他の一般人である可能性やシャドウが化けている可能性を考えていた明鏡・止水(中学生シャドウハンター・d07017)も、それはなさそうだという判断を下した。
「意外と、多いけどな。呼び間違いって」
言いつつ、仲間を振り返る。
「過去に先生を母と呼んだ事は、ある……」
「私の場合は母が教職だった事もある所為か、何度も違う先生を『お母さん』と呼んでいたな」
その言葉に、犬神・沙夜(ラビリンスドール【妖殺鬼録】・d01889)と睡蓮が頷いた。
「特殊な家庭だったもので小学校には行ったことないが、家庭教師相手にならお母さんと言ったことはあるね。まぁ誰しも一回はやるんじゃないのか?」
無常・拓馬(魔法探偵半端ねえぜ・d10401)が肩を竦め。
「俺も年取った先生に、ジィちゃんって呼んだことならあるしな」
最後に止水が自分の言葉で締めた。
睡蓮の言葉を補足するものでもあるそれに、悟の瞳が揺れる。
そこで月詠・千尋(ソウルダイバー・d04249)が一歩、悟に近づいた。厳しげであった表情は、悟を見つけた段階で緩められている。
「よく頑張ったね、少年」
そして――
『騙されてはダメですよ、悟君。現実に戻ったら、悟君は不幸になってしまうのですから。ほら、見てください』
突然その場に、とても優しそうな声でそんな言葉が響いた。
直後、悟の周辺の空間に幾つかの映像が映し出される。
それは悟が虐められている場面だった。先生をお母さんと呼んだ事を理由にバカにされ、笑われ、悟が心身共にボロボロになっていく、そんな様子である。
だがそれは現実には有り得ないことだ。先に皆が述べたように、それはよくあることなのだから。
しかしそれがどういった理由なのかは分からないが、どうやら悟には大きな説得力を持ったものであったらしい。説得に応じそうだった気配は霧散し、その瞳には恐怖すら浮かんでいた。
そして咄嗟に逃げようとしたのか、悟は周囲へと視線を巡らせる。だが悟は窓際におり、灼滅者達は入り口近くに居た。逃げようにも逃げられない。
そこへさらに迫ってくる八人。実際には説得しようとしているだけなのだが、恐怖を感じている今の悟の瞳に、それはそうとは映らない。
その時だ。
『悟君、助けに来たよ!』
不意に、そんな声が聞こえた。そこで初めて警戒が疎かになっていたことに金井・修李(無差別改造魔・d03041)は気付くが、予想外の事態が起こってしまった故に仕方のないことだろう。
不意打ちにより、悟が逃げ出さないようにと包囲していた場所に隙が生じた。
『みんな悟君の事を待ってるから、はやく逃げて!』
そんなことを言うそれは、何と言うかとてもファンシーでラブリーな外見をしていた。少々具体的に言うと、基本的には子供向けのはずだが大きなお友達も見るような、日曜の朝にやってるものに出てくるお供っぽいアレのような何かである。
片や助けに来たというファンシー動物。片や警戒のためにと武装したまま取り囲んで説得していた中高生。
どちらの言うことを聞くかと言われたら、前者と答えてしまっても仕方のないことだろう。
そして当然のように悟はそちらを選んだ。
『ばいば~い、頑張ってね~』
ファンシー動物に可愛らしく手を振って励まされながら、悟は教室を走り抜けていった。
しかしそれをそのまま見逃す灼滅者達ではない。即座に追跡の態勢に入る。
一瞬ファンシー動物はどうしたものかと思ったものの、邪魔をされたとはいえさすがにそれと戦うのはアレだ。無視することにした。
だがそこをさせないとばかりにファンシー動物が体当たりをしてくる。軽くいなそうとそちらへ視線を向けた瞬間――その背中が縦に裂けた。
「……は?」
驚きつい呆然とした呟きを漏らしたライラ・ドットハック(サイレントロックシューター・d04068)の目の前で、それが本性を現す。
裂けたと思ったそれは口だった。さらに手足と思っていた部分が伸び、触手となる。ふわもこであったはずの毛は硬化し、鋭く尖った。
先ほどまでの可愛らしい外見から一変してグロテスクとなったそれを前に、しかしライラは既に後ろへと飛んでいた。今度は油断なく構え、見る。
どうやらそれを倒さなくては後を追う事は出来ないらしい。
「あの子はね、コルネリウス様のものだから、おまえたちにはわたさないよ」
「そうですか。ならばあなたたちを倒し、連れ戻してみせましょう」
寺見・嘉月(自然派高校生・d01013)の言葉を合図とするように、戦闘が始まった。
触手は四本にしか見えなかったものの、分裂も可能とするようだ。襲い掛かる数十の触手を、こちらも手数で応戦する。
沙夜と千尋、止水の鋼糸が切り裂き、睡蓮と修李の放った弾丸が叩き落す。
その隙にライラが近寄り拳を叩きつけるも、硬そうなそれは伊達ではないらしい。弾き飛ばすことこそ出来たものの、あまりダメージにはなっていなそうだ。追撃で拓馬より魔法の矢が飛ばされたが、それも表面を軽く焦がすだけで終わる。
反撃とばかりに再び襲い掛かった触手は、先ほどよりその数を増やしていた。さすがに迎撃しきれずに前衛がその攻撃を食らうも、即座に嘉月がその傷を癒す。
どうやら一筋縄ではいかなそうだ。
だが。
「――絶対に助けてみせる」
それを睨みつけながら、千尋は宣言するように呟いた。
参加者 | |
---|---|
寺見・嘉月(自然派高校生・d01013) |
白鐘・睡蓮(火之迦具土・d01628) |
犬神・沙夜(ラビリンスドール【妖殺鬼録】・d01889) |
金井・修李(無差別改造魔・d03041) |
ライラ・ドットハック(サイレントロックシューター・d04068) |
月詠・千尋(ソウルダイバー・d04249) |
明鏡・止水(中学生シャドウハンター・d07017) |
無常・拓馬(魔法探偵半端ねえぜ・d10401) |
●境界線上の攻防
悟が出て行った扉の前には、元ファンシーな動物っぽかった何かが陣取っている。そこを通り抜けられそうにないのは、先ほど試した通りだ。
ならばと逆側の扉に視線を向けるも、試すまでもなく邪魔をされることなど分かりきっている。
とはいえいつまでもそこに留まっているわけにもいかない。
ならば――
「く、邪魔な……ッ」
目の前のそれを睨みつけ、月詠・千尋(ソウルダイバー・d04249)は自身の苛立ちを込めるかのように、想念を凝縮させた漆黒の弾丸を放った。
そしてそれと同時に、残りの七人が一斉に前に出る。
目標は即座の灼滅だ。
「……あなたは邪魔。時間稼ぎが露骨だけど、一気に叩き潰す」
迫り来る触手を潜り抜けながら、ライラ・ドットハック(サイレントロックシューター・d04068)は先ほどの攻撃を思い出した。
あれはあまり効いている様子がなかったが、ならばこちらはどうか。蒼色をしたバトルオーラに包まれた拳を、踏み込みと同時に突き出す。
相変わらず返ってくるのは硬い感触。だが、本命はそこではない。接触した瞬間に流し込んだ魔力を炸裂させた。
確かな手応えを感じつつも一旦下がるが、当然そのまま見過ごしてはくれない。下がるのに合わせ、それ以上の速度で触手が打ち出される。
だがそれがライラにまで届くことはなかった。ライラの視界に映るのは、中ほどの部分で断ち切られた触手の姿だ。
「攻め手を担うのは初めてですからね、手加減できませんよ」
それを引き起こしたのは、寺見・嘉月(自然派高校生・d01013)である。
面倒な輩が出張ってきたものだとは思うが、渡さないと言われてはいそうですかと引き下がるわけにもいかない。
悟が飛び出していった方向に注意を払いつつも、嘉月は再び生み出した風の刃を撃ち放った。
触手が蠢く光景というものは、見ていて気持ちのいいものではない。むしろ大概の者は気持ち悪いと感じるだろう。
しかし。
「生憎と私には見た目同様に一般的な女性が持つであろう感覚が薄くてな」
言いながら、白鐘・睡蓮(火之迦具土・d01628)は眼前の触手を叩き落した。
言葉の通りその動きに嫌悪感を抱いている様子は見られない。地面に衝突した触手がその衝撃で弾け飛ぶが、それを目にしても睡蓮は表情一つ動かさなかった。
「貴様達の思い通りにさせるなど業腹だ。返してもらおうか! 悟少年を」
元は可愛らしく、今はグロテスクな姿。それにもやはり何も気にすることはなく、睡蓮はその拳をいつも通りに叩き込んだ。
触手の動きが一瞬止まったのを見て取り、明鏡・止水(中学生シャドウハンター・d07017)はその足を一歩前に進めた。途端に自分の方へと触手が群がってくるが、その程度は予測の内だ。
鋼糸で切り刻みナイフで切り落とし、一際大きな触手を一歩後ろに下がることで避ける。目の前のそれを切り刻めば、敵はもう目の前だ。
鋼糸へと影を宿らせながら、ふとそれのトラウマとは一体どんなものなのだろうかと思う。だがすぐにどうでもいいことかと思い直すと、その一撃をぶち込んだ。
金井・修李(無差別改造魔・d03041)は弾丸で触手を叩き落しつつ、ちらりと千尋へと視線を向けた。
その表情からは焦りが透けて見える。おそらくは出来るならばすぐにでも悟を追いかけたいのだろう。それは修李も同感であるし、異論はない。
けれどそのためには目の前のそれが邪魔だ。だからこそ。
「その醜い体ごと……燃えろー!」
一刻も早く排除するために、爆炎の魔力を込めた弾丸を連続でそれへと叩き込んだ。
コルネリウス。随分大仰だと、先ほどそれの口より聞かされた名前を反芻しながら、無常・拓馬(魔法探偵半端ねえぜ・d10401)は思う。
だがそちらも大事だが、まずは目の前のそれからだ。
そんなことを考えながらも全体に目を通し、仲間の攻撃の隙を埋めるように動く。
「こっちも急ぎでね。お前は全編カットの速度で潰す」
目指すは短期決戦。
爆炎が晴れた瞬間を見計らって死角に飛び込み、ソーサリーソードを振り下ろした。
拓馬と同様、犬神・沙夜(ラビリンスドール【妖殺鬼録】・d01889)も全体を見渡していたが、その行動は少し異なる。拓馬のそれが皆との連携を前提に考えられているのに対し、沙夜は第三者的に物事を見、判断する様に動いていた。
だが別にそれが悪いというわけではない。むしろその状況においては必要なものだ。
八人中七人がクラッシャー。メリットは大きいが、デメリットも大きい。沙夜もまたクラッシャーであるためその全てをカバーすることは出来ないが、生じた穴の幾つかを防ぐぐらいは出来る。
「ファンシー動物? ……うざ。とっとと消えてください」
呟きつつ鋼糸を操り、触手ごとその身体を拘束していった。
●一の矢、七の刃
早期殲滅。それは全員の共通認識であり、だからこそのその布陣だ。皆がそれぞれ的確と思う行動をした。
だが。
十分にダメージは与えている。しかし倒すまでには至らない。
おそらくはそれでももう少しすれば倒すことは出来るだろう。だがそうなった場合、果たして悟に追いつくことが出来るのか。
逡巡は一瞬。決意を固めるのも一瞬だ。
そしてそれを感じ取った嘉月が動いた。
「悪鬼滅殺!」
千尋が夜霧を展開するのに合わせ、腕を異形化させながら立ち位置を調整しつつ敵へと襲い掛かる。その動きは、千尋の離脱を悟られないようにするためのものだ。
またこちらもそれを常に意識していた睡蓮が、目くらましも兼ねて大仰に振りかぶった無敵斬艦刀を振り下ろす。
「影に……飲まれろ!」
そして修李の放った影に飲み込まれたところを、止水と沙夜の放った鋼糸が切り刻んだ。
その間に千尋は扉まで数歩のところまで迫っていた。教室を出さえすれば、あとは悟を追いかけることが出来る。
――が。
伊達にそれも一体でそこに現れたわけではない。一瞬の隙をつき、一本の触手を繰り出した。
絶妙なタイミングで放たれたそれが、完全に背中を晒していた千尋へと――
「戯れ足りないならこいつもどうだ?」
触れる直前、拓馬によって斬り落とされた。
それでも諦めずに蠢く触手を返す刃で破壊しつつ、ライラへと視線を向ける。
「露払いは完了、やってやれライラ」
言葉を受けたライラが構えるのは、自身の持つガトリングガン、ゲイ・ボー。
「……遊びはまだまだ続く。下らない余所見をしている暇はない、よ」
既に仲間は斜線より退避済み。遠慮せずにぶちかました。
その音に紛れるように、扉を開く音が響く。しかし誰もそちらに視線を向けることはなかった。
それは無言の信頼。
(「後の事、頼んだよ皆……」)
だから千尋も心の中でのみそう呟くと、教室の外へと飛び出していった。
それでもまだ諦めていないのか、千尋を追おうとするかのように触手が伸びる。
「よそ見している暇がありますか?」
だがそこへ嘉月が踏み込む。異形化した腕で、その触手ごとぶっ飛ばした。
「攻撃はこの程度って事は、成り立てか?」
適当に触手を切り裂きながら、止水は一歩後ろに下がった。そうしながらも注意をこちらに向けるために挑発を続けていく。
「お前がこの程度なら、コルネリウスもその程度だろ?」
「コルネリウスねぇー……コルネ……チョココルネ最近食べてないなー……」
それに合わせるように、修李が呟いた。
様を付けていたため、忠誠心みたいのがあるのかもしれない。そんなことを考えつつ、言葉を重ねていく。
「ねぇ、コルネリウスって何コロネ? クリーム?」
あからさまにバカにするための言葉だが、果たしてその効果があったのか。意識が僅かにこちらに向けられるのを感じる。
「姿形で惑わす化生の類が随分と人の心を弄ぶ事に執着するのだな」
それをさらに完全なものにするため、睡蓮が踏み込んだ。
何故、悟がコルネリウスとやらに気に入られたのか。それは分からない。
だが、やる事に変わりはない。目指すのは唯一にして絶対の目標。
全員で悟を救出し此処から離脱する。
それだけだ。
そのために。
「悪いが貴様を倒すことに感慨すらない。ただ一つの障害として排除する!」
振り上げた無敵斬艦刀が、触手ごと敵の身体を斬り裂いた。
「このっ……!」
既に千尋が教室から離れるのに十分な時間を稼いではいたが、それでも構わずに修李は弾丸をばら撒く。
確かに最低限の目標は達せられたが、まだ何も終わってはいない。そして何が起こるのか、待っているのか分からない以上、目の前の敵は早急に倒すに限る。
それもやはり全員の共通認識である。
千尋の代わりに後ろに下がった止水が皆の傷を癒し、攻撃を見切られ始めた拓馬が、それでもソーサリーシールドで殴りつけ、敵の攻撃を引き付ける。
その隙に前に出るのは、その中で最も火力が高いライラだ。選択する攻撃は、最も効果があったと思われるもの。
殴りつけた直後、流し込んだ魔力が体内で爆発した。
沙夜は相変わらず第三者的な動きに徹していたが、そうしながらも思考は回っている。
考えることは、なぜシャドウは悟をここに軟禁しているのか、だ。
悪夢に襲われていなかったことを考えれば、それは的外れなものではないだろう。
しかし沙夜としては、シャドウの狙いを現実世界への侵出と考えている。今回の件がそこに繋がるのか、または別の目論見があるのか。
悟のことだけを考えれば、只現実世界への関心を無くそうにも思える。
となると考えられるのは、肉体に価値がある可能性だが……それもやはり疑問符が付く。
果たしてコルネリウスとやらは何をしたいのだろうか。
そんなことを考えながらも、向かってくる触手をさばき叩き落し縛り付けた。
触手の動きは最初に比べれば大分緩慢になりつつある。おそらくはもうさすがに限界が近いのだろう。
そしてその前に立ったのは、嘉月。
「終わりにしてあげましょう」
放たれたのは、石化をもたらす呪い。弱りきった敵には、それをかわすことも耐えることも出来なかった。
全身に回った呪いが瞬時にその効果を発揮する。
同時にそれが、止めとなった。
石化した端から地面に落ち、消滅していく。やがてそれは全ての触手に至り、一つの例外もなく同様の結末が訪れた。
残されたのは敵の本体部分のみ。しかしそれも一つの罅が入ったのを合図として、一瞬で粉々に崩れ落ちた。
だが七人はそれを見届けることなく走り出していた。残念ながら、悠長にしている余裕はないのである。
目印とするのは、その視界に映る赤い糸だ。それが見えている以上、まだ合流可能な状況だということでもある。
しかしそれは千尋の無事を示すものではないし、今は無事でも一秒後がどうなっているかは分からない。
一先ず少しでも早く合流するために、七人は追跡を開始したのだった。
●追跡の果て
千尋は走っていた。ひたすらに、廊下を先へと進む。
「悟、何処にいる? どうか無事でいてくれ……」
悟が教室を飛び出してから、遅れること凡そ三分。ソウルボードの中では、身体能力は基本的に現実でのそれと変わらない。つまりは小学生の少年と灼滅者との競争だ。当然灼滅者の方が圧倒的に有利である。
しかし未だ悟の姿は影も形もなかった。念のためにと全ての教室を虱潰しに探しながらとはいえ、ここまで見つからないものだろうか。
或いは。
「ここではない、別のソウルボードにいる……?」
脳裏に蘇るのは先ほど説得の邪魔をした声だ。確かコルネリウスなどと呼ばれていたが、それが手引きした可能性を否定できない。
だが、諦めるわけにはいかない。まだそうと決まったわけではないし、例えそうだとしても何らかの手がかりが残されている可能性もある。
だから。
「――悟!」
しかしそれは杞憂だったか。一階に辿り着いた瞬間、悟の姿を捉えることに成功した。場所的にはちょうど昇降口の手前である。
声に反応して向いた顔には相変わらず怯えの表情が浮かんでいたが、それも仕方のないことだろう。
「良かった、無事だったね……」
武装解除をしつつ、優しく微笑みながらゆっくりと近寄っていく。出来れば声もかけたいところだが、さすがに離れすぎている。
今のままでは声を届けようと思うと大声になってしまい、それは怖がらせるだけだろう。
走っているうちに多少思い直したのか、悟は迷っているようだった。表情は変わらないまま、それでも迷いを示すように周囲をキョロキョロと眺めている。
その時だ。
「……千尋ちゃん!」
聞こえた声に視線だけを向けると、修李を筆頭に全員が走ってくる様子が見えた。
それに千尋は特に驚きはしなかった。先ほどから懐の携帯電話が震えているのは気が付いていたからだ。
おそらくライラが状況を知るために連絡を取ろうとしていたのだろうが、残念ながら悟を発見した直後だったので取るわけにはいかなかったのである。
ともあれそうして無事合流を果たしたわけだが、悟は相変わらず迷っている様子だった。
何度もこちらと外とを見比べ……しかし、まだ恐怖が勝ったらしい。外へと向かって走っていってしまった。
そしてその眼前に、唐突に扉が現れる。縁が宝石等で装飾された、無駄に豪華な、まるでお姫様のために用意されたような、そんな扉だ。
悟はその扉を開くと、迷うことなく潜って行った。
そしてその途端、扉が徐々に消え始める。
当然八人は、その光景を目撃している。明らかに向かえば危なそうなことも、理解している。
だが。
「あと少し……あと少しで助けられるんだから……何があっても、悟君を助ける!」
修李の言葉に全員が頷く。
そして沙夜はその扉を見つめながら、思う。
シャドウが具体的にどうやってソウルボードを渡り歩くのかは、未だ分かっていない。
各ソウルボードに接点があるのか、或いは全てのソウルボードに繋がる領域があるのか。
その手がかりが、少しでも掴めるかもしれない。
そんなことを考えながら。
皆と共に扉へ向かって飛び込んでいった。
●扉の先
扉の先は草原が広がっていた。光りに溢れており、平和な世界だと、ふとそんなことを思ってしまいそうな、そんな場所だった。
だが灼滅者たちにそんなものを悠長に眺めている余裕はない。
悟の姿は既に目の前にある。そしてここが何処か分からない以上、放っておくのはまずい。
言葉で止まってくれないのならば、気が乗らなくとも一先ず捕まえるしかない。
そう判断した千尋が手を伸ばし、悟の腕を掴む。
その瞬間だった。
咄嗟に手を離してしまったのは、衝撃を感じたからだ。叩かれたことに気付いたのは、その直後。
そして。
「わたしの悟君に、触ったらダメですよ」
八人の耳に、聞き覚えのある声で、そんな言葉が聞こえてきたのだった。
作者:緋月シン |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年3月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 20/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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