阿佐ヶ谷地獄~慟哭の青き獣

    作者:高遠しゅん

     何が起こったのかわからなかった。
     今日は特別な日で、遅番の同僚に無理を言って早番に替わってもらったのだ。
     娘の4回目の誕生日。保育園に通うようになって、急に女の子らしくなってきた。それまでお転婆で手を焼いていたのが、自分より小さな子の世話をするようになってから、お姉さんぶるようになってきた。この前は弟か妹が欲しいとしきりに話していた。
     今日の夕食の時に、プレゼントとして娘に話すのだ。夏には『お姉さん』になるのだと。妻の胎内に宿った小さな命のことを。
     駅に向かって歩いていく。いつもと変わらない道の、はずだった。
     あれは何だ。
     ぼろきれのような服を着た『ニンゲン』が、駅から這い出してくる。片手に奇妙な刃物を持って……何かの撮影だろうか、こんな朝早くから?
     腐った肉のいやな臭いがする。
     現実感の無いまま、頭上に刃物が振り上げられた。そのまま振り下ろされる。
     鎖骨が砕ける音がした。面白いように吹き出す生温かい液体。
     喉からは空気の漏れる音。しかし、何か別の力が注ぎ込まれてくるのがわかった。
     娘の顔、妻の顔。今日は何の日だったか、力の奔流にかき乱され消えていく。
    「アア、ア……」
     すべてこの瞬間で終わりを告げた。
    『ガアアァアア!!』
     紺色の背広を突き破る異形の腕、脚、体。
     壊す壊すコワス壊スコワスコロスコロス!!
     目の前にある全てのものを破壊しながら、『よき夫』であり『よき父』であったものは、人間としての命を終え闇の手に落ちた。

    「緊急事態だ」
     灼滅者を呼んだ櫻杜・伊月(高校生エクスブレイン・dn0050)は、手早く何枚かの地図と都内の路線図、いつもの手帳を開いた。
    「阿佐ヶ谷がデモノイドに襲撃される。このままでは壊滅も免れない。君たちには至急現地に向かい、破壊を阻止してもらいたい」
     さらりと地図に印を付ける。
    「奇妙なことがある。デモノイドは、鶴見岳で戦ったソロモンの悪魔が造り出したもののはずだが、今回は何故かアンデッドの襲撃で生み出されている。アンデッドの持つ短剣が、人間をデモノイドに変える力を持っているようだ」
     それはソロモンの悪魔と、アンデッドを使役するもの、即ちノーライフキングが関与しているのかと灼滅者の一人が問うが、伊月は首を横に振った。
    「予測にその答えはなかった。はっきりしているのは、デモノイドに変化するのは何の力も持たぬ普通の人間であり、放置すれば阿佐ヶ谷が焦土と化す。それだけだ」
     静かにまぶたを閉ざす。
    「玩具のように弄ばれ、がらくたになって捨てられた車が、ガソリンスタンドに激突して爆発し炎を上げる。デモノイドは知性も理性も失い、ただ本能の赴くまま、命じられるままに破壊と殺戮を続ける……君たちが到着するのは、そんな場所だ」
     不幸にも巻きこまれた人間もいる。皆、命の炎は消えている。
     エクスブレインの脳裏に流れ込む映像がどんな地獄絵図なのか。問うものはなかった。
    「デモノイドが1体、人間のアンデッドが3体立ち塞がる。デモノイドは鶴見岳同様、強化された力に任せた技を、アンデッドは解体ナイフの技をもって君たちに挑んでくるだろう」
     目を開けた伊月は、灼滅者一人一人の覚悟を確認するかのように、視線を巡らせた。
    「君たちには、いつも辛い役目ばかり負わせているな。いつかゆっくり、別の話でもできたらと思うのだが。まずは目の前の悲劇を止めなくてはならない」
     深く、息をつく。
    「全員で、状況を報告に来てくれることを願っている」
     灼滅者たちを送りだそうとし、片付けた資料に視線を落とした。
    「デモノイドに理性はない。人間をベースとして創り出された怪物だ。だが、変化したばかりの今なら……」
     もしかしたら。呟きは宙に溶けて消えた。


    参加者
    司城・銀河(タイニーミルキーウェイ・d02950)
    メルヴィ・ハルメトヤ(照光のプリズム・d03032)
    乎狩・詩蟲(中学生神薙使い・d04782)
    久世・瑛(晶瑕・d06391)
    布都・迦月(緋焔散華・d07478)
    幸・桃琴(桃色退魔拳士・d09437)
    高遠・聖(渇きの主・d12895)
    観屋・晴臣(守る為の牙・d14716)

    ■リプレイ


     息をするだけでも喉が灼きつきそうな空間だった。
     下手な紙細工のようにひしゃげた自動車が、折り重なって炎上している。運転手の姿はどこにもない。運良く逃げおおせたのか、あるいは炎の中か。
     普段であれば眠りから徐々に覚めていく時間の阿佐ヶ谷は、悪い意味での別世界だった。
     どこからともなく聞こえてくる獣のような何かの叫び、続く人々の悲鳴、破壊音。消防車や救急車のサイレンも響いてはいるが、いったい何処に逃げれば安全だというのだ。
     目指すガソリンスタンドはもう目の前。
     地獄を駆け抜けた灼滅者たちは、爆発を気にも留めず炎の壁に身を投じた。
     突き抜ければ、すぐ近くに見上げるほどの青い獣とアンデッドが見える。屋根を支える柱のひとつに体当たりするデモノイドが、アンデッドの指示でその場をのっそりと離れようとしたところだった。
    「止まって! 止まってよう!!」
     幸・桃琴(桃色退魔拳士・d09437)が両手を振り、全身で必死に訴えながら青い獣の前に立ち塞がる。大人が見上げるほどの巨体でも、灼滅者が怯むことはない。
     デモノイドは巨体をゆっくりと巡らせ低く唸った。状況の変化を確認しているように見える。アンデッドが3体、濁った目を向けてくる。
     手元のナイフが炎を映しぎらり光った。
    「メル達は苦しいことも、ひどいことも、あなたにしてほしくないのです!」
     高く声を上げないと、炎にかき消されてしまう。メルヴィ・ハルメトヤ(照光のプリズム・d03032)もまた、声を張り上げた。
     まずは打合せ通り、アンデッドを片付ける。声をかけながらでも、それならできる。
    「あなたの帰りを待つ家族、大切な人達の事を思い出して!」
     司城・銀河(タイニーミルキーウェイ・d02950)はカードの封印を解除し、巨大なバスターライフルを構えた。零距離で発射されたビームが、アンデッドの1体の横腹を深く抉る。
     同じく前衛を務める布都・迦月(緋焔散華・d07478)もまた、神鳥の加護を受けし杖を正面に据えた。
    「全て救えるなんて都合良く思っちゃいない。それでも」
     誰かの小さな幸せくらい、守りたい。守らせてくれ。
     ナイフの一閃を杖の一撃で弾き返し、懐に入り低い位置からの抗雷撃。突き上げる拳はアンデッドの顎をしっかりと捉え宙に浮かせた。
    「あなたは獣じゃない! あなたを待っている大切な人がいるでしょう?」
     乎狩・詩蟲(中学生神薙使い・d04782)の声。手元の杖に魔力が渦を巻いて集中する。膨れあがった魔力が手負いのアンデッドを貫く。
    「あの時は救えなかった。でも今なら、救えるなら必ず救ってやる!」
     観屋・晴臣(守る為の牙・d14716)は、かつての依頼で出会ったデモノイドを思い出す。
     巨大なハンマーを振り上げると、火花散るロケット噴射でアンデッドの胴を殴りつけ吹き飛ばす。アンデッドはくの字に折れたままデモノイドの目の前に転がり、やがて炎に包まれた。手元から弾け飛んだナイフは、不規則に跳ねて瓦礫に紛れ視界から消えた。
    『グ……アアァアアァ!!』
     デモノイドが叫ぶ。緩慢に見える動作で放たれる一撃は、広げたシールドが正面から受け止めた。確かに重い、だがまだ耐えられる。
    「何のための企みかは分からないが、見過ごす訳にはいかない」
     デモノイドの退路を塞ぐのは、守りを固めた高遠・聖(渇きの主・d12895)ただ一人。
    「援護を頼む」
     隣で晴臣のライドキャリバーがエンジン音を高くする。
     リングスラッシャーを繰りながら久世・瑛(晶瑕・d06391)は、今まで見てきた街の状況を思い出した。
     瓦礫、悲鳴、炎、破壊のあと。どれほどの数のデモノイドとアンデッドが出現しているのか。街の機能も失われつつあるように思えた。
    「敵は強いです。油断しないでください!」
     放つ光輪は幾重にも重なり聖の盾となる。頼もしく思いながら聖もまた己の盾を強化した。
     どこかで爆発音が聞こえた。音に反応したデモノイドが大きく身を震わせ、後退しようとする。言葉は届いているのかどうか、認識している様子はまだ見られない。
     戦闘は始まったばかりだった。


     デモノイドの視界に入るよう、常に前方へと回り込む桃琴が必死に言葉を投げかける。
    「ね、おじちゃんには、まっている人がいるんだよね! およめさんと、可愛い子どもっ!」
     桃琴は未だ6歳の少女だ。幼い少女の姿に意識を引かれるのか、時折デモノイドの動きが止まる。娘の姿を思い出しているのだろうか。
    「これで……!」
     銀河がかざすは白銀の宝杖、半円の軌跡を描いた先に渦巻く膨大な魔力。撃たれた衝撃と共に体内に注ぎ込まれ、内部を破壊されてアンデッドが奇怪な声を上げた。からりと落ちたナイフを背後に蹴り、続けざま打ち付ければ動かなくなる。
     メルヴィはすかさずナイフを拾い上げると、
    「お願いです、『お父さん』に戻ってくださいっ!」
     宙に投げ上げ、ロッドを叩きつけて破壊した。これが『お父さん』を刺したナイフなら、何らかの変化があるかも知れないと思ったから。
     無くしてしまった暖かい家と家族。自分の過去はもう取り戻せないけれど、目の前で苦しんでいる人がいる。家族が帰りを待つ暖かい家を持つ『お父さん』、どうしても助けたい。
     大きく振り上げた腕を、デモノイドがライドキャリバーに叩きつける。何度も攻撃を受けたのか、へこんだ車体をフルスロットルで何とか保たせている状態だ。詩蟲のナノナノが愛らしく鳴き、ふわりとハートを飛ばすも完全回復には遠い。
    「あんたは化け物じゃねぇ、人間だろ!? 戻って来いよ!」
     晴臣は足元の影を唸らせた。地を走り瓦礫を越え、デモノイドに延びていく――
    『グゥアアアァアアアア!!』
     影を縛られたデモノイドが、明らかに今までと違う反応を見せた。
     喉から血を流すような悲鳴とともに、巨体が聖の目の前から消えた。
    「!! しまっ……」
     盾をかざす隙も無かった。背骨を折られるかのような衝撃、激痛。体にまといつく炎の感触。踏みとどまれず吹き飛ばされ、燃える瓦礫に叩きつけられる。
    「いけません!」
     詩蟲が叫び、引き絞った癒しの矢を撃つ。一度だけでは足りない、二度でも、三度でも。崩れた瓦礫から、聖がふらつきながらも立ち上がる。この程度で諦める己ではないと。
    「思い出してくれ、貴方は人間だ! 帰る場所や守るものがあったんじゃないのか!」
     シャウトですらも叫びに変えた。
     最も攻撃を受ける位置でデモノイドを抑え続けていた、聖の限界が近い。
    「ああ、諦めるなんて俺たちらしくないな」
     迦月は最後のアンデッドのナイフを受け流し、そのまま魔力を叩き込む。崩れ落ちる屍に目もやらず、デモノイドに向き直る。
    「思い出してくれ……ここは、まだ終わる場所じゃない!」
    「あなたも人です、帰りましょう家族の元へ!」
     ここからが真剣勝負。瑛は清らかな風を吹かせ前衛たちを回復する。
     デモノイドの周囲に改めて布陣した灼滅者たちは、各々の武器を構えながらもデモノイドそのものに敵意を抱くものはなかった。助けたい、ただその一心で。
     炎の記憶は己の過去とも重なり、目の前のデモノイドが他人事とは思えない。銀河はバスターライフルの照準を合わせながらも、棘のような動揺が胸の奥に引っかかる。
    「お願い、戻ってきて。思い出して、『帰って』きて!」
     閃光のようなビームがデモノイドの肩を撃ち貫く。
    「可能性に、賭ける。耐えてくれ!」
     迦月の杖に腕からあふれ出た炎が絡みつき、大上段から打ち下ろす。更に聖が縛霊手を展開してデモノイドの体を駆け上がった。
    「必ず俺達が貴方を元に戻してみせる、貴方も抗ってくれ!」
     炎にも似た緋色のオーラが縛霊手を輝かせる。袈裟懸けに振り下ろした爪の先で魔力を奪い取った。
     隙を逃さずデモノイドが巨体に似合わぬ敏捷な動きで大きく腕を振り上げた。真下にいた聖を庇うように、晴臣のライドキャリバーが鎧の如き車体を晒す。大きく抉られた車体は火花を吹き、動かなくなった。
    「ベレト!」
     晴臣が叫ぶ。それでいいと。守りぬいて砕けるならまだ、自分は戦える。
    「大切なものが、護りたいものがあるなら、それを思い出せ!」
     低く跳び中段の構えから放つ雲耀剣が、庇ったデモノイドの右腕を斬り落とした。ぐちゃりと潰れた音を立てて地面に落ちたそれは、瞬く間に青いどろりとした粘液に変わっていく。
    「やだよう……お父さんがいなくなったら、子どもがきっと泣いちゃうよ。そんなのダメだよう!!」
     今にも泣きそうに顔を歪める桃琴に、静かに詩蟲が言葉をかける。
    「私達がしなくてはならない事を、忘れてはいけません……」
     目元をこすり上げ、桃琴はこくり頷くと、治癒の力宿す光を喚んだ。
    (「……私は無力かも知れません」)
     詩蟲とて諦めたいわけではない。だが、この状況で何を最も優先としなければならないか。何度考えても答えが変わらない。可能性はあると信じたい、けれど。
    「あなたを怪物のまま、死なせたくはありません!」
     きりりと弓を引き絞る。彗星のように放たれた矢がデモノイドの胸に突き立った。
     デモノイドは高く高く鳴いた。めちゃくちゃに振り回す腕がメルヴィの頭上に振り下ろされようとする。
    「……あ!」
     防御も攻撃も間に合わない。瞬間、前に立ちはだかった者がいた。
    「聖さん!!」
     一撃を受け止める体力は、もはや残っていないとわかっている。盾をかざすも、衝撃は全身を貫き――そのまま倒れ伏した。
    「……ひどい、です。こんなの」
     阿佐ヶ谷を地獄に変え、デモノイドという残酷な生き物を作り出し操るダークネスは、この状況を見てどこかで笑っているのだろうか。
     目を閉じてメルヴィは静かに手を組む。
     降りてくるのは裁きの光。真っ直ぐに放たれた光はデモノイドの胸を貫き……やがて、沈黙が降りた。


     崩れ落ちたデモノイドは、次第に形を失っていく。ただ青い粘液の塊となって炎に包まれる。
    『……オレ、ハ』
    「おじちゃんっ!」
    『バケモノ、ジャ……ナイ』
     微かに聞こえる言葉。理性を取り戻したのか、溶け崩れる中から声が聞こえる。
    『……シニ、タク、ナ』
     何かが潰れる鈍い音。それきり呼吸音すら消えた。燃えさかる炎の中に消えていく、青。
     堪えきれず、桃琴が大粒の涙をこぼす。
    「聖さん、大丈夫です。早く学園に戻って手当てをしないと」
     倒れた聖を見ていたメルヴィは、目を赤くしつつも気丈に顔を上げていた。
    「あっ、例のナイフ」
    「これか?」
     ひしゃげたナイフを手にする迦月に、瑛が壊そうかと提案する。
    「やめておこう。さっき一つ壊しても何も変わらなかった。今こいつを壊しても」
     あのデモノイドが生き返り、人間に戻れるわけではないだろう事は容易に推測できる。
    「儀式用とのことですが、普通のナイフに見えますね。本当にこれが……?」
     詩蟲がナノナノを連れナイフを覗き込む。何の飾りもない、ごく一般的なナイフだった。
    「あとの2本は見つけられそうにないな」
     晴臣が辺りを見回しながら言う。壊された建物と炎上する車、瓦礫と戦闘の跡から小さな捜し物をするのは困難を極める。
    「早く学園に戻ろう、ナイフも調べてもらおうよ、私たちじゃ何も分からないよ」
     まぶたに滲む涙を拭い、銀河が立ち上がった。まだ泣いたままの桃琴の手を引いて立たせてやる。
     こうしているうちにもダークネスの企みはこの街のどこかで進んでいるのかも知れない。この場所でできることは終わった。学園に戻ればまた、何かが判るかもしれない。
    「……ばいばい、おじちゃん」
     桃琴が最後に振り向き、呟いた。


     同時刻、街のどこかで。
    「パパ!」
     いつもの時間よりずっと早く起きてきた娘を、若い母親が不思議そうに振り向いた。父親はつい先ほど、仕事に出かけたばかりなのだ。
    「パパがね、ただいまって!」
     夢でも見たのだろうと、母親は微笑んだ。
    「今日は特別な日なの。パパも早く帰ってくるから、みんなでご飯にしましょうね……」
     
     

    作者:高遠しゅん 重傷:高遠・聖(渇きの主・d12895) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年3月22日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 10/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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