街はしんと静まりかえり、全てが眠りについていた。一部の信号機は点滅をつづけ、車もほとんど通り過ぎる事がない。
街が目覚めを待つ、午前の四時の事であった。
まだ動き出すには早い時刻でありながら、地下鉄阿佐ヶ谷駅は何かが蠢いている。
ゆっくりと、ひたひたと歩く音が地下から上へと上がってきた。
誰も知らぬうち、それらは地上へと這い上がる。闇から現れた彼らは、物言わずじわりじわりと街の中に広がって散っていく。
その手には、儀式めいたナイフがそれぞれ握られている。
人の臭いを探すように、彼らはおし進んでいった。何もしらず通りがかった早朝の人影を見つけては取り囲み、ナイフを突き立て、切り刻んでいく。
抵抗出来ないヒトを、ただ次々と襲っては屍を放置して進んでいった。やがてその屍の中から、むくりと起き上がるモノが現れる。
それはみるみるうちにヒトの形状からかけ離れた姿に変化し、肌は青く筋肉が隆起し、巨大な体になっていく。
死人の群れはそれをじっと見届けると、ナイフをかざして再び歩き出した。
もっと。
もっと、デモノイドを。
教室に現れたエクスブレインの相良・隼人は、いつものように落ち着いた様子で椅子に腰掛けた。
手にした地図は、どうやら阿佐ヶ谷のものであるようだ。
それについて聞くと、隼人は地図を差しだすとゆび指した。そこは丁度、地下鉄阿佐ヶ谷駅近辺である。
「実は、鶴見岳や愛知に出現したデモノイドが、阿佐ヶ谷に出没した。……しかも今回は、規模が大きい」
このままでは、阿佐ヶ谷が死の街になる……と隼人が小さな声で告げた。
彼らは周辺の市街地に繰り出し、次々に人を襲っているのだと言う。どうやら彼らは儀式用のナイフのようなものを所持しており、それで斬られた者の中からデモノイドになる者が現れるらしい。
「未確認だが、ソロモンの悪魔の配下が使っていたものと同様である可能性があるらしい。……皆、このままだと阿佐ヶ谷に取り返しの付かない被害が出る。急いで向かってくれ」
灯りに群がる蛾のごとく、死人の群れがネオンの下にふらりと近づく。24時間営業のコンビニエンスストアはこの時間でも灯りがついており、客も店内に一人ドリンクコーナーの前に立っている。
外のゴミ箱の傍では、女が一人タバコを吸っている。
ふっと白い煙を吐き出すと、ちらりと通りを見た。街灯の向こう側から、何かが近づく気配がしたのである。
いや、足音だろうか。
ひたひたという静かな足音が、近づいてくる。
だがよもやそれが、ヒトならぬモノであろうとは考えもしなかったであろう。やがて灯りの下にその姿を見ると、ようやく女が悲鳴をあげた。
肌が腐り、骨を露出させた異形の存在が幾つも迫っていたのである。悲鳴を聞いた客がちらりと視線をやるが、気付かなかったのかすぐに視線を戻す。
店員は何事かと外に出て行ったが、むろん……それきり店内に戻る事はなかった。
死人はゆっくりと店内に押し入ると、残っていた客を手に掛ける。ふらりと歩き出した死人の背後に、ゆらりと影が起き上がった。
血だまりの中から起き上がった店員の体は、裂傷と血で見る影も無かったが、何時の間にか傷が塞がりかけていた。
肌は青く、そして筋肉が隆起する。
体が巨大化し、顔も体つきもヒトのものではなくなっていく。
「……う……あ……」
呻くように声をあげると、できあがったばかりの……デモノイドは、死人の後について歩き出した。
死人の群れは、コンビニアンスストア近辺に出没する。そこで客を二名とレジの店員一名、奥に居た一名を殺害する。
そしてそのうち一人がデモノイドと化し、近くのアパートになだれ込むと隼人は話す。
「アパートはファミリー向けのものだから、彼らは為す術もなく……親も、子供もみな殺しになる。少しでも被害をおさえる為、行ってくれ」
デモノイドと化すコンビニの四人は救えないという。だが、これ以上の犠牲を抑える為、阿佐ヶ谷へと行ってほしい。
隼人はゆっくりと頭をさげた。
参加者 | |
---|---|
田所・一平(赤鬼・d00748) |
愛良・向日葵(元気200%・d01061) |
巨勢・冬崖(蠁蛆・d01647) |
天堂・鋼(シュガーナイトメア・d03424) |
佐藤・志織(高校生魔法使い・d03621) |
山岡・鷹秋(赫柘榴・d03794) |
百舟・煉火(彩飾スペクトル・d08468) |
人形塚・静(長州小町・d11587) |
街はしんと静まりかえっていた。
消えかけた街灯が点滅し、走り抜ける灼滅者達の影をチカチカと映し出す。街が静かであればある程、彼らの緊張は増していた。
この後に待つ戦いと、阿佐ヶ谷の惨状を思い……。
それでも、田所・一平(赤鬼・d00748)はいつもより少しリラックスしていた。ここに来るまでの間に、作戦も話し合いもお互い十分に出来たし、打ち解ける事も出来たからであった。
「食べる?」
ひょいと前を走る人形塚・静(長州小町・d11587)の肩越しに、ブロックチョコを差しだした。端から見ても静は顔色が悪く、緊張しているように思えた。
チョコレートは疲れに良いのよ、と一平が笑って言うと静は少し笑って受け取った。
甘いチョコの香りと味が、口の中に広がって静を少し癒してくれる。
「ねえ、終わったらみんなでパフェでも食いにいかない?」
一平がそう皆に提案すると、真っ先に佐藤・志織(高校生魔法使い・d03621)が手を上げた。
これで、思う存分イケメンをスケッチ出来ると心躍らせる。
「行きます行きます! 食いにいきま~す!」
「あらごめんなさい、女の子の前で食うだなんて。改めて……アタシ、アンタらの事気に入っちゃった」
戦いが終わったら、朝までパフェでも食べながらお話ししましょう。むろん、この提案に反対する者は居るはずがなく。
朝までのんびりと歓談、は戦闘から日常に戻る為の儀式でもあるだろう。
パフェ?
と、低い声で聞いたのは山岡・鷹秋(赫柘榴・d03794)であったが、嫌とも良いとも言う事はなかった。そのかわりに、天堂・鋼(シュガーナイトメア・d03424)をちらりと見下ろす。
「私も甘い物好き」
表情には出ないが、鋼はパフェの話を聞いて嬉しそうに言った。
じゃあ決まり。
一平は言うと、足を止める。
左に見えるアパートは、廊下の照明を除いて全て部屋の電気は消えている。出来れば、このまま何事も気付かず終わらせてやりたい。
鋼も火の消えたアパートを見上げると、意を決した。
「……行くよ、ジョニー」
鋼は腰に下げたカエルのぬいぐるみの頭を撫でると、封印を解除した。次々仲間もカードから解除し、戦闘態勢を整える。
すうっと深呼吸を一つ。
鋼は周囲に殺界を形成し、彼女にシンクロするように鷹秋はサウンドシャッターで内部の音を遮断した。
「終わるまで……寝ててくれよ」
鷹秋は呟くと、ゆっくりとコンビニの方へと歩き出した。
コンビニエンスストアの自動ドアの前には、まだ濡れた血だまりがあった。あたりに散った血痕と、ガラスに残った血の手形が状況の凄惨さを物語っている。
それまで表情が穏やかであった愛良・向日葵(元気200%・d01061)は、その血だまりの上に立った青白い巨体を見て少し哀しそうにしたが、コンビニからゾンビが身体を引きずり出てくると険しい表情に変わった。
これ以上デモノイドを倒したくない。
これ以上生み出させたくない。
向日葵は心の揺らぎを抑え、駆け出す皆の後ろに立った。
「この戦いは、無駄にしないよ」
デモノイドとの戦いに、終わりが来るようにと向日葵は天星弓を構えた。ずしりと重い足取りでこちらに向かってきたデモノイドは、一平が影を走らせるより先に拳を振り上げる。
巨体が唸り、拳が一平をたたき伏せる。
倒れこそしなかったが、その巨体から繰り出される一撃は一平の視界を一瞬暗転させた。
「効いた……重いわ早いわ、スゲェ攻撃だな」
一平がにいっと笑みを浮かべる。
それでも、生まれたてのデモノイドには一平から見れば隙だらけである。戦い慣れていないデモノイドは、歴戦のものより攻撃も防御も隙があった。
挟み込むように、一平と向き合う位置に回り込んだ巨勢・冬崖(蠁蛆・d01647)は無言でシールドを一平の前に設置する。冬崖のやや後ろに守られつつ、ギターをかき鳴らす静はデモノイドの攻撃をいなすと影を走らせた。
鷹秋の傍でアイドリングをしていたライドキャリバーのクリアレッドは、デモノイドを囲い込む冬崖達とともにデモノイドの動きに備える。
「しばらくの間、動かないで」
静の声は淡々としていたが、柔らかい。
一平と双方の放つ影が、デモノイドを縛り付けていく。ネオンの下に走る影は、デモノイドの身体にがんじがらめに絡みついて行く手を阻んだ。
咆哮を上げるデモノイドを見上げ、冬崖が拳の前に身を置く。衝撃が冬崖の身体を襲い、壁に叩きつけられた冬崖の身体がきしむ。
「……」
じっと見据える冬崖の視線は、相手の攻撃を誘うようであった。ただひたすら、デモノイドの攻撃に耐え続けシールドで傷の痛みを和らげ続ける。
一平と静の攻撃が相手の歩みを止めるまで、そして他の仲間がゾンビを片付けてしまうまで冬崖はクリアレッドとともに耐える覚悟であった。
まだ店内に残っていたゾンビ達を殲滅するべく、百舟・煉火(彩飾スペクトル・d08468)は飛び出した。迷いなく店に飛び込んだ煉火が視線をやると、鋼がすうっと息を吸い込んで視線をゾンビに向けるのに気付いた。
呼吸を整え、魂を闇へと傾ける鋼。
背後に仲間や大切なパートナーが居てくれるからこそ、ここに踏みとどまって居られる。
食らいつくようにゾンビに霊縛手……シュヴァリエR.C.を叩き込んだ煉火は、狭い店内にもかかわらず自在に拳を振り上げて戦う。
槍を構えた志織は散らかったままの雑誌を残念そうに見るが、迫るゾンビに即座に反応し、槍先をねじ込んだ。
五体と三人、決して少なくは無い人数である。
しかし、狭い場所でもフォローし合える。
ここからでも、仲間の姿は見えるし支え合える。
「ここから出しはしない! ……何故なら、後ろはボクの仲間が守っているからだ」
煉火が叫ぶと、ゾンビをたたき伏せた。
入り口には、クリアレッドが塞いでいる。
ならば、挟撃して倒すのは容易。煉火の言葉に、鋼は目を細めて了承の声を上げる。つまり、思う存分戦えという事だ。
「怪我してくれんじゃねーぞ、鋼」
「倒れそうになったら、お願いするね」
鋼は鷹秋に答え、背を任せてオーラを宿した拳を振るった。カウンターの前に居た一体を連打で追い込むと、反対側からしがみついたゾンビに糸を放つ。
糸が切り裂き絡みつくゾンビを放置し、再び前方に立つゾンビに猛攻を浴びせる。ちらり、と鋼は志織を振り返った。
通路の向こうに、志織が。
「落とせる?」
「はい!」
志織は答えると、そこから鋼の向こうにいたゾンビにミサイルを放った。鋼の拳で体勢を崩したままのゾンビを、ミサイルが直撃する。
衝撃で体が吹き飛び、四散した。
炎に包まれた霊縛手の光が、棚の向こうからちらりちらりと見え隠れする。ゾンビの爪が背に食い込みながら、煉火は腕を振り上げて叩き続けている。
攻撃、倒れる直前まで攻撃を。
煉火の攻撃は、ゾンビの体を炎で焼き尽くしていく。
いつしか、炎がちりちりと焼きつく腕をだらりと下げて煉火が大きく息を吐いていた。がれきの間を縫い、志織が盾を煉火の方へと向ける。
「ここは片付きましたね」
「ありがとう。……でも、終わってないよ」
志織から受けた治癒に笑みを浮かべ、煉火は店の外へと向かう。入り口に立っていた鋼は、外の光景に目を向けた。
居たはずのキャリバーは既に消え、そこには血だらけの冬崖と一平の姿があった。
「……」
無言で、煉火が拳を握り込める。
愛知の時は、こんな地獄が待っているだなんて思いもしなかった。その言葉を飲み込んだ煉火に、向日葵が視線を向ける。
彼女達が倒れないか店外から心配して見ていた向日葵は、無事に出てくる彼女達にほっと肩の力を抜いた。
「あとは、あなただけだね」
向日葵はデモノイドを見上げ、呟く。
前衛の疲労は蓄積し、冬崖も一平もあまり長くは保たなさそうであった。向日葵が交替を促すと、冬崖は一平に交替するように告げた。
「俺よりお前が下がれ、俺はもうしばらく耐えられる」
「……無理しないでね」
一平が後衛に下がると、交替で向日葵が前に飛び出した。
相手はデモノイドになったばかり、行動や動きにもまだぎこちないものが目立つ。一平が向日葵にそう伝えると、向日葵もデモノイドの動きに注意を払って見た。
「そうは言っても……攻撃が激しすぎる」
パワーに圧倒され、向日葵も冬崖も攻撃を受けるのが精一杯であった。
だが、自分達が隙を作らねば煉火達が攻撃に移れない。
「影で捕縛も仕掛けているんだけど、もう大分解かれてしまったわ。巨勢さんと二人で一気に仕掛けるから、その隙に攻撃に移ってくれる?」
静が煉火に言うと、彼女は霊縛手をギリッと握った。
いつでも、行ける。
煉火の声に静が冬崖に視線を向ける。冬崖が影を走らせると同時に、静も仕掛けた。冬崖の影は、デモノイドが蹴散らした……だが、静の影はその背後から忍び寄るようにして絡みついた。
「今よ!」
静の合図で煉火と鋼が飛びかかると、志織はその背後に立った。巨体を殴る霊縛手と、煉撃で体勢を崩す事を試みる鋼。
振り上げた腕が、鋼を弾き飛ばす。
「鋼!」
思わず名を呼んだ鷹秋の視界で、鋼がよろりと起き上がる。シールドを鋼の前に張ると、鷹秋は言葉を続けた。
「……倒れてる暇なんてねーぜ?」
掛けた声で、鋼はふとこちらを振り返った。
大切な人の声だからこそ、何よりも鋼の痛みも疲れも癒してくれる。鷹秋には、微笑んだ鋼がちゃんと見えていたようだった。
糸を放った鋼に合わせ、静が更に影を放つ。幾つもの影と糸とが折り重なり、デモノイドを縛り付けていく。
志織はデモノイドの拳を鷹秋が受け止めるのを確認すると、声をあげた。
「回り込んでください、動きは大ぶりなだけで隙が背後にあります!」
自身も回り込みながら、志織が煉火に声を掛ける。志織が脇にミサイルを叩き込むと、志織の方へと振り返ったデモノイドの後ろへ今度は煉火回り込む。
拳を振り上げた煉火は、咆哮のような声をあげた。
叩きつけた拳は、業炎でデモノイドの青い体を焼いた。攻撃の激しさで、デモノイドの体は傷だらけである。
痛々しい体は、やがてネオンライトの影へとすうっと消えていった。
まるで、幻のように。
まだ、終わってはいない。
明けていく空を見上げ、鷹秋が眉を寄せる。目を伏せた鋼は、鷹秋の傍に寄り添うようにしてデモノイドや死者に祈りを捧げていた。
これで終わりであればいいのに。
だが、そうではない事を鋼も察していた。
目を開いた鋼の少し向こうで、冬崖が傷の手当てをしていた。しばらく休めば、治癒するだろうと冬崖は言う。
「傷は、大丈夫?」
「心配はない。……それより、山岡のキャリバーはどうなった」
冬崖が言うと、鷹秋がちらりと時計を見た。どうやら、しばらくすれば再び復帰出来そうだ。時計から顔を上げると、店内に入っていく向日葵の姿が見えた。
「なんだ、どうした?」
鷹秋が聞くと、向日葵はちらりと振り返ってまた歩き出した。
破壊されたコンビニの中に立つと、向日葵が何かを探すように見まわす。辺りにはガラスの破片や客の荷物などが散乱しており、戦闘で付いた傷や衝撃が残っている。
幸いコンビニの灯りがまだ付いており、店の中は明るい。
「……あった」
そっとしゃがみ込むと、向日葵は何かを手に取った。
それは、ゾンビが持っていたと思われる儀式用のナイフである。ここにあったのは一本だけであった所から、おそらくゾンビ全てが所持している訳ではなさそうだ。
「貴重品って訳ね。私達がここに来た時、このナイフは持ち去られている……って可能性もあったのかもしれない。直後に介入出来たのが幸運だったと……っ」
言いかけ、ふらりと後ろに倒れた静の身体を一平が受け止めた。
顔をのぞき込むと、疲労の色が顔に見てとれる。作戦の事などを色々考え過ぎ、疲れが出たのであろう。
「あまり考え込んじゃ駄目よ」
「ごめんなさい」
静は意識をしっかりと取り戻すと、周囲を見まわした。おそらく、まだ事件は終わってない。ここで倒れる訳にはいかなかった。
ふ、と笑みを浮かべた志織が、そんな静の前へと手を差しだした。細い指は、戦闘でついた裂傷が残っている。
「阿佐ヶ谷を地獄になんかさせません。……そうですよね」
彼女の手を握り返すと、体を起こして静が前を向いた。
コンビニのライトに背を向け、煉火が街の方を見ている。まだ、戦いが待っている……煉火の背はそう言っていた。
「行こう!」
燐とした声を残すと、煉火は歩き出した。
作者:立川司郎 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年3月22日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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