阿佐ヶ谷地獄~少年は地獄を駆ける

    作者:一兎

    ●死は破壊を呼ぶ
     もしも、死というものに臭いがついているとすれば、きっと血と同じ臭いがするに違いない。
     一度でもその場にいれば、大半の者がそう考えただろう。
     付け加えるならば、肉が腐ったような臭いも合わせて。
     ただそこに、それほど余裕がある者は、誰一人としていない。死、そのものから逃れようとしているはずだから。
     幼い妹の手を引き、必死に逃げる少年の頭の中には、混乱しかなかった。
     真夜中だと言うのに、扉か壁を激しく叩く音が、何度も続いて鳴り止まずにいた。
     あまりの五月蝿さに怒った両親が応対に出た。当然、文句の一つでも言わなければ、気がすまないと。
     同じく騒音で目覚めていた少年は、その全てを見ていた。
     結果、両親が戻ってくる事はなかった。外に出て行ったわけではない。この世にだ。
    (ゾンビ、ゾンビだ!? この前見た映画と一緒だ!?)
     正確にはアンデッドなのだが、それを少年が知っているわけもなく。
    (喰われる殺される死んじゃう嫌だたすけて怖い)
     発狂寸前の頭の中は、ぐるぐると回るようだった。
     もし、この世界が漫画のようであったなら。目の前にヒーローが現れて、少年を助けてくれたのだろう。
     ただ、この世は漫画ではない。
     逃げる事に無我夢中の少年は気づいていなかった。背後の気配に。
     そして気づけなかった。妹が殺される瞬間を。
     全てに気づいたのは、自身の胸にナイフが突き刺されてからで。
     暗く沈んでいく意識は、耳を通してしっかりと聞いていた。窓から、壁から、音を通すあらゆる物から鳴り止む事なく街中に響く、いくつもの悲鳴の声を。
    (そっか……皆を、助けないと、いけないから。来れな……か…………)
     少年の意識は、そこで途絶える。

     鎧・万里(高校生エクスブレイン・dn0087)は、それらを語りきった。
     名前も知らない一人の少年の最後を。阿佐ヶ谷を襲う死の波を。
    「うじゃうじゃと沸いてきたアンデッドどもは、無差別に人を殺す。家の外にいれば出会い頭に、例え家の中に籠っていても関係ない」
     どんなに頑丈な扉や壁があったとしても。数の暴力によって、あっという間に壊されてしまうからだ。
     そのアンデッドの数は、今までの比にならないほど膨大。仮に、家の外に出れても逃げ場はない。
    「そりゃあ、アンデッドでも壊せないような物もあるかもしれねぇ。けどそいつも、デモノイドのパワーなら、ぶっ壊される」
     デモノイド。ソロモンの悪魔『アモン』によって生み出された怪物の名である。
     一方、アンデッドはノーライフキングが生み出す眷族であり、それら二つが殴りあうでもなく共にいる事は、不自然な事に思える。
     ただ現実に、それら二つが街を破壊していく事実は変わらない
    「奴らアンデッドは全て、人を殺す時にナイフを使っててな。そのナイフで殺された奴らのごく一部が、デモノイドになっちまうんだ」
     一度デモノイドと化した者は、辺り構わず破壊を撒き散らす。時に住居を壊し、時に車両を壊し、時に道を壊す。
     子どもの八つ当たりのように、無尽蔵のパワーをぶつけていくのだ。
    「このまま放っとけば、阿佐ヶ谷は壊滅しちまう。……頼む! これ以上の被害を食い止めるためにも、奴らを灼滅してきてくれ!」
     
    ●地獄に独り
     人はここまで簡単に死んでいくものか、灼滅者の少年はその時、そう思った。
     同時に、この状況を作り出したのが自身の行いの結果なのだとしたら。
     自らもまた『悪』なのではないか。
     答えは出していない。正確に言えば、出している暇はない。
    「何をやっている! 命令だ。今すぐ、殺戮を止めろ!」
     少年の声を聞いたアンデッドたちは、その手を止めた。
     ただし、一部だけだ。声の届かなかったアンデッドたちは、その場にいる人を殺すと、次の獲物を探しに、去っていく。
    「待てっ。……!」
     急いで追いかけようとした足は、後ろへ飛び退く事に使われた。
     一瞬前まで少年がいた場所に叩きつけられる、巨大な刃。
     デモノイドの腕が変形したものだ。
    「そこをどけ。なりそこないが、邪魔をするな」
     言いながらも、自らの状況を冷静に考える。
    (一撃に重みのないウロボロスブレードでは不利か……いや、一体だけなら。周りのアンデッドどもを配下として利用すれば、勝ち目はある)
     勝つためにどう動くか、一秒にも満たない間に何通りも考えて、足を踏み出そうとした。
     その直後、勝利の形は音を立てて崩れる。
     アンデッドたちは、呼び止める直前まで人を殺していた。その殺された人の死体が再び、動き出したのだ。
     ボコボコと吐き気のするような、異様で歪な変形を繰り返し、怪物の姿となる。
    「ウ゛ォ゛ォ゛ォォォ!!!」
     新たに生まれ出るデモノイド。目の前に立ち塞がるものと合わせて2体。
     勝ち目はない。1体を倒せるかもしれないだろう戦力で、2体のデモノイドを相手に出来るわけがない。
     それでも少年は諦めだけはしなかった。諦めは心の弱い者がする事だから。
    「片方だけでも。例え、刺し違えてでも道連れにしてやる。俺の『正義』にかけて」
     少年は、剣を構える。

     全ての説明を終えたあと、万里は、支度を始めようとする灼滅者たちを引き止めた。
     もう一つ、ある事を知らせておく必要があったからだ。
    「最後に言っとく事がある。この前に現れた、アンデッドを連れた灼滅者の事だ」
     報告も聞いたと、万里は前置き。
    「実は、アイツも阿佐ヶ谷に来てる。ただ、アンデッドの手伝いをしてるわけじゃなくてな。逆に、アンデッドを止めて回ってるらしい。事情はわからねぇ」
     万里が以前と違い、感情で騒がないのは、報告を聞いたからだ。
    「聞いてわかった。アイツの言葉は、俺たちエクスブレインがどうこう口を挟めるもんじゃないってのがな。掌を返すようで悪いが。アイツをどうしたいか、どうするか……そこは全部、お前達に任せる」
     殺せとも言わない。助けろとも言わない。
    「ただもし、アイツのとこに行きたいって奴がいるなら、俺に言ってくれ。一応、だいたいの場所はわかるからな」
     そこから先はお前達の仕事だ。
     万里の声に、いつもの勢いはなかった。


    参加者
    守安・結衣奈(叡智を求導せし紅巫・d01289)
    聖・ヤマメ(とおせんぼ・d02936)
    鏑木・カンナ(疾駆者・d04682)
    式守・太郎(ニュートラル・d04726)
    文月・直哉(着ぐるみ探偵・d06712)
    椎葉・武流(ファイアフォージャー・d08137)
    黒鋼・零哉(殺人肯定主義者・d11044)
    ユリア・フェイル(白騎士・d12928)

    ■リプレイ

    ●地獄に共に
    「オ゛オ゛ォ゛ォォォ!」
     殺気にも似た少年の覚悟に応えるように、正面のデモノイドは巨大な腕を振り下ろす。
     砕ける大地。
     同時に動きだす、もう一体のデモノイド。
     横っ飛びで攻撃を避けた少年は、次に来るだろう攻撃に備え、剣で防御の姿勢をとる。
    (片腕は持っていかれる、だろうな)
     どう考えても、次の一撃は避けられない。そう確信する反面、思考は妙に落ち着いていた。
     だが。
    「かっこつけるんなら、俺も混ぜさせてもらうぜ」
     覚悟していたはずの衝撃は来ない。
    「ネコ……か?」
     少年の呟きは別に、あまりの窮地に気がおかしくなったとか、そういうのではない。
     事実、ネコだったのだ。より正確には、赤いスカーフを巻いたクロネコの着ぐるみである。
    「私達とも戦おうってつもりなら、止めないけど。こっちにそんなつもりはないって言っとくわ」
     着ぐるみの背に庇われている少年へと、鏑木・カンナ(疾駆者・d04682)はリングスラッシャーを飛ばす。
     もちろん攻撃のためでなく、怪我を治すため。
     冷静なのか、動揺しているのか自身でもわからないまま、治療されながらも少年は首を巡らし、突然現れた少年少女たちの正体を知ろうとした。
    「今、助けてあげるから、待ってて。絶対、今を諦めないで!」
     この時、デモノイドへと呼びかけるユリア・フェイル(白騎士・d12928)の姿が少年の目に入った。
     逆に、これで正体に気づけたと言っても良い。
    「お前達は、あの時の灼滅者たちの仲間か」
    「えぇ、そうですよ。それよりも、早く動いてくれますか? 貴方抜きでも勝てるつもりですが、勝率が下がるのは面倒なので」
     二度目の少年の呟きに、即座に黒鋼・零哉(殺人肯定主義者・d11044)がドライな答えを返す。
     絶対に必要ではないが、どうせなら利用し合おう。
     以前に喧嘩別れとなっているため、こういう言葉の方がとっつき易いのは確かである。
     喧嘩別れと言っても、少年の一方的なものなのだが。
    「言われなくとも、そうさせてもらう。……おい、お前達。こいつらを手伝ってやれ」
     状況を飲み込んだ少年は、剣についたデモノイドの血を拭うと、周囲のアンデッドたちに新たな命令を出す。
    「へぇ、お前も気が利くじゃんっ、とぉ!」
     それに、受け止めていたデモノイドの腕を押し返し、着ぐるみ姿の文月・直哉(着ぐるみ探偵・d06712)が、そう言って。
     少年は、直哉を睨み返しながら一言。
    「恭也だ」
    「えっ?」
    「紫堂・恭也。俺の名前だ」
     短く名乗ると、そのまま最初のデモノイドへと向かっていく。
     既に他の灼滅者たちが相手をし始めている所へと、混ざるように。
    「なんだかんだと言って、共に戦ってくれますのね」
     その背を見て、直哉の隣に聖・ヤマメ(とおせんぼ・d02936)が並んだ。
     別に距離はそこまで遠くない。むしろ近い。だが直哉とヤマメの二人は、その短い距離にいる二体のデモノイドのうち、片方を抑える役割を受け持っていた。
    「もう少し素直になってもいいって思うけどな」
    「ですが、聞きたい事もあります。そのためにも今は、ここを乗り切りますの」
     二人の正面で、デモノイドが吼える。
    「平和を守るのも、お前を助けるのも、順番待ちだ!」
    「それまで、わたくし達がお相手しますの!」
     ヤマメは着物の袖を翻し、風の刃を放った。

    ●すれ違い
     恭也の命令に従い、デモノイドへと近づいていたアンデッドの一体が、吹き飛ぶ。
     殴られた衝撃と、壁にぶつかる衝撃で、その身をバラバラにして。
    「お前達は、これを目にしても、本気で助ける気でいるのか?」
     瓦礫の山と化した家屋。アスファルトごと砕かれた大地。
     それらが物語る圧倒的な破壊力。容赦なく繰り出された攻撃の数々。
     間接的にでもそれらを味わいながら、まだ助けると言い続けるつもりなのか。
     恭也の言葉には、確認の他に、叱責の意味も込められていた。
     それでも。
    「それでも俺達は、理不尽に巻き込まれる人達を助けたい。救ってやりたいんだ」
     椎葉・武流(ファイアフォージャー・d08137)は叫び。
     手に生み出した光の刃を振る。
    「無理かどうかなんて、やってみないとわからないだろ!」
     斬りつけたデモノイドの傷口に炎による焼け痕を残して、武流はその場を退く。
    「ガア゛ア゛ァ゛ァァ!」
     痛みに呻くデモノイドは、その小さな少年を追いかけ、刃に変えた腕を振り下ろす。
    「納得いかないとか、なしにしましょ。救える命は救いたいし死なせたくない、それだけなんだから。もちろんあんたも、あのデモノイドも含めてね」
     そこにカンナは、自身のライドキャリバーのハヤテを向かわせて。
    「……勝手に言ってればいい」
     同時に恭也も、ウロボロスブレイドを鞭の形態へと変えて走り出す。途中でハヤテに掴まった武流とすれ違いながら、鞭状の刃をデモノイドの足へと放つ。
    「私も闇堕ちするくらいなら、死ぬ方を選ぶよ。けど世の中には、生きたくても生きられない人が一杯いるんだもん。だったら精一杯生きなきゃ、命に失礼だよね」
     片足に鞭状の刃が絡み付き。ユリアの操る影がデモノイドの体を、羽交い絞めにするようにして縛り上げた。
     その隙を逃さず、式守・太郎(ニュートラル・d04726)が光を呼ぶ。それは善なる者を救い、悪を滅するための光。
    「当然、全てが救えるというほど甘くは見ていません。少なくとも今、一つの可能性が尽きる事で、これからの被害が減る事になりますから」
     縛られたままのデモノイドが光を浴びると、その場所から順に、体が溶けていく。
     灼滅者たちの知る限り。この体が溶けていく状態は、デモノイドが死んだという事を意味している。
     期待というよりは、願いだった。元に戻って欲しい。そのために思いつく手は尽くしたはずで。
    「そんなものは言い訳だ」
     溶けていくデモノイドを見る恭也の眼は、何も変わらない。
     ただ一体のダークネスが灼滅された。恭也にとってはそれだけの事なのだ。
     巻き取られるウロボロスブレイド。
    「言い訳だったっていい。けど、私は後悔したくないから、最後まで諦めないよ。お節介でも、押し付けでも。やらなかった後悔よりはずっといい」
     だが、それだけの事でも守安・結衣奈(叡智を求導せし紅巫・d01289)は力強く、笑顔のままで言ってみせる。
     もちろん。頑張っても無理だったならば、いつか後悔する事があるかもしれない。それでも胸を張る事は出来るだろう。
     何もしていなかったよりも。
    「なおや様!?」
     その時、ヤマメの声が聞こえたかと思うと、結衣奈の前を黒いものが横切った。
    「彼の者に癒しと対魔を疾く与え給え!」
     黒い物の正体はデモノイドの攻撃で吹き飛んだ直弥である。結衣奈はそれに素早く、治癒の力を飛ばす。
    「へへっ……、着ぐるみがなかったら、危なかったぜ。ありがとな」
     感傷に浸る間も、ゆっくりと話をする暇もない。
     もう一体のデモノイドは再び吼える。力を入れ直したのか、わずかに塞がる傷跡。
     それによって、胸に刺さったままのナイフが抜け落ちた。

    ●正義がため
     これらの戦いの中、零哉という少年は最も周囲を見ていた。
     言い方を変えれば、観ていた。
     別に傍観ではなく。警戒や注意の声を掛けたりと、その場において最善だろう行動をとっている。
     その上で零哉は、デモノイドだけでなく、仲間である灼滅者や恭也とのやりとりにも耳を傾けていた。
     当然だが、正義や善悪の価値観などは人によって様々である。
     向こうが正しいと思う事は、間違いだから正す。
    (何を根拠に、自らが正しいと正義を主張しているのか?)
     そんな疑問があったから、一つたりと聞き逃すまいとしていたのだが、今のところ有用そうな情報はない。
    「やっぱり、倒してからじゃないと駄目でしょうね」
    「何か言った? って、文月。あんたは一度下がりなさい、ただでさえ無茶してるんだから!」
     話し合いの場を持つ必要がある。変わらない結論に零哉が言葉を漏らすと、気配り屋のカンナが聞きつけたが、再び仲間の盾となろうとする直哉の姿に意識が逸れた。
    「ったく。頼むわね、ハヤテ」
     再びリングスラッシャーを投げながら、カンナはハヤテを走らせた。少しでも仲間の負担を減らすために。
     その間に、周囲を灼滅者に囲まれたデモノイドは、サイキックによる攻撃を喰らいながらも強引に足を進め、一気に加速をつける。
     特攻とも言える体当たりの行き先にはヤマメがいた。速度からして回避は難しい。
     防御の姿勢はとっている。それでも、今までに無いこの強烈な突撃を耐え切れるかとなれば、話は別だ。
     直哉がギリギリであったように、共にいたヤマメもまたギリギリに近いはずなのだから。
    「こうなれば、耐え切ってみせます……の?!」
     誰もが直撃を確信した時だった。
     意外にも恭也がヤマメを庇うために走り、その体を抱え込んだ。
     抱え込んだ直後、恭也の背にデモノイドの重いタックルが叩き込まれ、二人の体が転がる。
    「勘違い、するな。向こうの着ぐるみの借りを、返した、だけだ」
     おかげでヤマメにほとんど怪我はない。恭也も、肺から搾り出したようなかすれた声だったが、特に大きな怪我はなさそうだ。
    「言い訳は後で聞いてあげる。彼の者に癒しと道を示す標を与え給え! さぁ、皆で帰るよ!」
     さすがに、散々言われた後だけあって、治癒に駆けつけた結衣奈の笑顔も自然、ニヤつく。
     何より、この一撃を凌いだ事でデモノイドを狙う最大のチャンスが生まれた。
    「言われなくともわかってますよ。無駄が無いに越した事、ありませんから」
     既に動いてた零哉がサイキックの氷弾を放つと、両手に持つ拳銃を使い、それを撃ち砕く。
    「これが今の私達に、全力で出来ること! ……ごめんね」
     砕かれ、バラバラに散る氷の塊ごと、ユリアの影がデモノイドを捕え込む。
    「この先、償いきれるかわかりませんけども。俺は背負いますよ」
     太郎が振るうのは覚悟の刃だ。デモノイドの巨体に食い込む手応えが、その先に背負う物を実感させる。
     そして、太郎が剣を引き抜くと。入れ替わりに、武流と直哉がトドメを入れる。
    「痛いなら、目を覚ませ! 俺は助けたいんだ!」
    「思い出を壊しても、今を諦めずにいれば、必ず未来は拓く! 絶対に……!」
     直哉の炎を纏ったシールドがめり込み、武流の光の刃がデモノイドの背を貫く。
     二人は、救う事を諦めたつもりはない。
     最初の一体が倒れた時、二体目のナイフが抜けた時。無理だと気づいていた。自分たちのとった行動程度では無理なのだと。確信さえあった。
     それでも、こうして呼びかけながらトドメを刺した事を、無駄とは思っていない。
     理由の一つに、傍に恭也がいたからというのもある。
     ただ、仮に恭也がいなかったとしても同じ様にしていただろう。
     一体目と同じく、溶け崩れていくデモノイドの姿を、二人はじっと見ていた。
     最後まで、目に焼き付けるように。

    ●何が真実か
    「命令だ。見張れ」
     戦いの後、わずかに残ったアンデッドに、恐らく最後だろう命令を与えて、恭也は灼滅者たちの方へと向き直る。
    「それで、何を聞くつもりだ?」
     共に死線を越えたにしては、なおも硬い態度はさすがと言ったあたりか。それでも、話に応じようとするだけ進歩かもしれない。
     やがて、零哉が口を開く。
    「今回の事件の原因について。あまりに大規模すぎるし、あなたも止めようとしていたのなら、心当たりくらいはあるでしょう?」
     この時、零哉は顔色を見る事も忘れない。人は平然と嘘をつける。それだけはどこへ行っても同じだからだ。
     結果を先に言っておくと。零哉の見た限り全ての返答で、恭也は嘘を言っていない。
    「まったくないわけじゃないが、それは違う。鍵……あの人には、事件を起こす理由がない。これは事故か何かだと、俺は思っている」
     一瞬、出掛かった言葉を飲み込む。それを直に聞くのは憚れた。隠すだけの理由があるという事で。無理に聞きだそうと、話が中断されるのも辛い。
    「なら、あんた、どうして此処にいたのよ。何も知らずに来たにしては、随分な態度だったじゃない」
     そこでカンナは、話題を繋げながらも別に質問を投げかける。
    「なりそこないを、なりそこないと言って何が悪い。あんな怪物にも呼び名があるなら別だが」
     カンナの質問に対して、恭也は開き直るように言って見せた。デモノイドについては、本当に見たままで言っただけで、知りもしないという。
     ただ、肝心の質問には答えていない。
    「だから、どうして此処にいたのよ」
    「……アンデッドを止めに来た。事故にせよ、無差別に続く殺戮を放っておくほど、俺は『悪』じゃない」
     変えて言えば『正義』のため、恭也は阿佐ヶ谷にやってきたという事だ。
     更に続けて灼滅者たちが質問を出そうとしたところで、恭也は背を向ける。
    「もういいだろう。そろそろ俺は行くぞ。いつまでも、ここで立ち往生しているわけにはいかないからな」
    「待ってください。怪我も治りきっていないのに、これからどうするつもりですか?」
     すかさず、それは太郎が引き止めた。
     いくらアンデッドを配下同様に動かせるとはいえ、再び一人では無茶だろう。
     対して、恭也は背を向けたまま答える。
    「残りのアンデッドを止めに行く。そして、怪物どもを倒し。……あの人の所へ直接、事件の真相を確かめに行く」
     恭也の考えの通りならば、事件の裏には怪物を生み出すに至る何者かがいるはずである。
    「もしも、そうならば。俺をそいつを断罪する。必ずな」
     もう振り返る気はないらしい。
    「待てよ。だったら俺達もついてくぜ! 一人より二人、二人より大勢だろ?」
    「まだやれる事があるんなら、俺だって、手伝うぜ」
    「アンデッドたちの虐殺を止めに行くんだったら、私もついてくよ! ていうか、断られたってついてくからね!」
     すると、その恭也の背に、灼滅者たちは次々と同行を願い出る。
     まだ分かり合えたわけじゃなくても、乗りかかった船だろうと、手を差し伸べたのだ。
    「なら、お前達はここにいる奴らの駆逐をしてくれれば良い。そうしてくれれば、俺は今すぐにでも原因の調査に行く事が出来る」
     だが、恭也はその手を取らなかった。
     それどころか、いつかの時のように、ウロボロスブレイドを大地に刺し込んだ。
     事前に知っている情報から、一瞬で地面に警戒する灼滅者たち。
     しかし恭也も、同じ手が通用するとは思っていない。
    「残念だが上だ」
     同時に、瓦礫の雨が降る。
     次の狙いは、周囲の建物だったのだ。次々と瓦礫が灼滅者たちと恭也の間に降り積もる。
     その間に、恭也は怪我をしているとは思えないほど、身軽に動き。灼滅者たちから離れていった。
    「いい所まで行ったと思ったんだけどな……」
     今から追いつくのは無理だろう。
     結衣奈の呟きは、阿佐ヶ谷の街に消えていった。

    作者:一兎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年3月22日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 22/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 8
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