阿佐ヶ谷地獄~屍の住宅街

    作者:陵かなめ

    「オォ……ォォォ……」
     低い唸りのような、不快な声が聞こえてくる。
     日の出前、冷え冷えとした印象の地下鉄阿佐ヶ谷駅の入り口付近で、異様に蠢くモノだけが異質だった。
    「オォオ……アアアァ……」
     それら、大量のアンデッドが、阿佐ヶ谷駅から這い出してきたのだ。
     アンデッド達は、市街地を目指す。
     その手には、どこかで見たことのある、儀式に使われるようなナイフが握られている。
    「……オォォォオォ」
     唸り声が重なり、住民の眠る市街地には恐怖の時間が訪れた。
     アンデッド達は、躊躇なく目に付く住宅の窓を割り、扉を破壊する。
     逃げる間など無い。
     徒党を組んだアンデッド達に、住人達が蹂躙されていく。
     ナイフで殺害された人達の、屍の山が出来上がった。
     そして……。 

    「……ァ……」
     屍の山から、一つ、大きく膨れ上がった身体が起き上がった。青く醜悪な四肢は、もはや人間とは呼べない。
     それは、デモノイドに他ならなかった。


     教室に集まった皆に、須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)は真剣な表情を向けた。
    「鶴見岳の戦いは覚えているよね。あの時戦ったデモノイドが阿佐ヶ谷に現れたの」
     デモノイドは、ソロモンの悪魔『アモン』により生み出された筈。しかし、今回は何故か『アンデッド』による襲撃で生み出されているのだと言う。
     アンデッド達は儀式用の短剣らしきものを装備しており、その短剣で攻撃された者の中から、デモノイドとなるものが現れるらしいのだ。
    「まだ確認はできていないんだけど、少し前にソロモンの悪魔の配下達が行っていた儀式に使われていた短剣と、同じものって言う可能性もあるの」
     まりんは、一度首をふり、まっすぐ灼滅達を見た。
    「でも、今はこれ以上の被害を生み出さないためにも、アンデッドと、それから……、生み出されてしまったデモノイドの灼滅をお願い!」

    ●死屍累々の山
    「オォォォォ……ァ」
     アンデッド達の宴は終わらない。
    「あぁ……た、たす……」
    「……やぁ……い、いたい……」
    「お、かぁさん……ど、こ……?」
     途切れ途切れの、命の終わりの声が、虚しく響く。
     人が死に、虫の息だった人が更に殺され、だが静寂は訪れることはない。
     アンデッド達が築いた屍の山の、その上にまた屍が山になる。
    「キ……ギァ……ァァアアアアッ」
     そして、デモノイドとなったものが、次の獲物を探し雄叫びを上げた。


    「本当に、厳しい戦いになると思う。でも、皆、お願い」
     まりんは、最後に、そう締めくくった。


    参加者
    水月・鏡花(鏡写しの双月・d00750)
    ゾルタン・トランシルバニア(高校生ダンピール・d02096)
    大祓凶神・乙女(剣の花嫁・d05608)
    天城・迅(高校生ダンピール・d06326)
    吉沢・昴(ダブルフェイス・d09361)
    天宮・黒斗(黒の残滓・d10986)
    深束・葵(ミスメイデン・d11424)
    神孫子・桐(放浪小学生・d13376)

    ■リプレイ

    ●到着
     到着した現場は悲惨なものだった。
     まず、漂う死の気配。
     悲鳴は聞こえない。
     代わりに、風が吹くたび嫌な匂いが漂ってくる。
    「……う~ん、この惨状が一般の人には大々的に伝わらないと思うと何か壮大な脱力感を感じるけど……本当ならそれがいいんだよね」
     バベルの鎖があるから、と深束・葵(ミスメイデン・d11424)は言う。
     この惨状を知らないなら、それが一番いい。けれども何か一言言いたいと、思ってしまうほど酷い有様だ。
     辺りには、自分達以外に生きている人の気配など無い。
    「前列にデモノイド、後列にアンデッド……3体」
     居るのは、ただソレだけ。
     瞬時に目標を見極め、吉沢・昴(ダブルフェイス・d09361)が声に出して確認した。
     その言葉を聞き、仲間達はそれぞれの敵を確認する。
    「イフリート達が少しは大人しくなったと思ったら今度はソロモンの悪魔か」
     天城・迅(高校生ダンピール・d06326)が巨大な刀を構え呟いた。
     早い所事態を収拾しなければ、色々と面倒なことになりそうだ。
     アンデッドは3体。杖を持ったもの、本を持ったもの、何も持っていないものがいる。
     ざっと見たところ、短剣を持っているものはいない。デモノイドを生み出した後、他の場所に移動したのだろうか?
     それから、嫌でも目が行く青い巨体。
    「ギィ……ィィィ、ギァァァァァ」
     デモノイドが吠えた。
    「……知らない人とはいえ、気分が悪いわね」
     目の前に広がる、屍の山。
     変わってしまった、青い身体。
     この報いは必ず受けさせてやらないと気が済まないと、水月・鏡花(鏡写しの双月・d00750)が言う。
    「なにか、戻す方法とか、ないのかな」
     かわいそうだけれど、仕方がないのだろうか。
     神孫子・桐(放浪小学生・d13376)の言葉に、返事をする者はなかった。
    「ォオオオオ……ッ」
     杖を持ったアンデッドが、こちらを見た。
     天宮・黒斗(黒の残滓・d10986)は黙って武器を構える。転がっている屍には特に反応しなかった。それよりも目の前の敵だ。武器を構え、相手を見据える。
    「……、あいつら、こっちに気づいたようだぜ」
     同じく、デモノイドを狙うゾルタン・トランシルバニア(高校生ダンピール・d02096)も武器である糸を手にした。
    「ライブハウス以外で肩を並べるのは初めてかしら? 頼りにしてるわ」
     鏡花の声に、
    「ご一緒できて嬉しいなのですよ。心強いだわ」
     大祓凶神・乙女(剣の花嫁・d05608)が答える。二人は共にアンデッドを狙う。
    「オオオォォォ……ォオオァ」
     アンデッドが唸り始めた。
    「さ、敵のお出ましね。乙女の背中は守ってあげるわよ」
     鏡花は槍を構えた。
    「まっかせとけー! なのですー」
     乙女が腕をぶんぶんと振り回す。
     前衛にクラッシャーの乙女、迅、ディフェンダーの黒斗。加えて、葵のライドキャリバー・我是丸もディフェンダーにつく。
     中衛にキャスターの鏡花とジャマーの昴。
     後衛にスナイパーの葵、ゾルタン。そして、メディックの桐だ。
    「これ以上被害は増やさせない!」
     桐の言葉を合図にするかのように、灼滅者達が一斉に動き出した。

    ●それぞれの戦い1
     まずどす黒い殺気を昴が放った。
     できるだけ沢山の敵を巻き込むように狙う。
     アンデッド3体にまとめてダメージを与えた。
    「後は任せた」
     次に狙うはデモノイドだ。アンデッドを仲間に任せ、攻撃の対象を絞る。
     左腕には剣神を祭った祭壇である縛霊手を装備し、昴は駆けた。
    (「此の一戦、神もご照覧あれ」)
     自分のポジションを活かし、極力相手の動きを制限したい。
    「任されましたですことよ」
     言うと同時に、乙女が勢い良く片腕を振り上げた。
     大きく異形化した腕で、杖を持ったアンデッドを殴り飛ばす。
    「撃ち抜け、蒼雷っ! ――Blitz Urteils!」
     よろめくアンデッドに、鏡花の魔法の矢が襲い掛かった。
     迸る魔力で、その矢は雷を帯びたように見えた。
    「オォォォォオオオオオオオオオオ」
     さすがアンデッドというところか。攻撃は確実にヒットしたが、倒れることはなかった。
     敵が杖を振りかざす。
     現れたのは輝ける十字架だ。
     あっと思った時には、無数の光線が前衛に降り注いだ。
     乙女と黒斗が若干のダメージを受ける。
     我是丸が回り込み、迅をかばった。
     その間に、敵も動き始める。一箇所に固まるのではなく、個別に攻撃を仕掛けてくるようだ。
    「好きに暴れてくれたようだが、これ以上はやらせんぞ」
     目の前に迫ってきたアンデッドに、狙いを定める。
     迅は巨大な刀で、叩きつけ粉砕するような重い一撃を繰り出した。
    「……ぁ、ァァアアッ」
     勢いのままに振り下ろされた重い攻撃に、アンデッドがもんどり打って倒れる。
    「……これって百体のアンデッドより一体のデモノイドってことだよね」
     ゆらゆらと炎を立ち上がらせ、葵は言う。
     アンデッドはともかく、デモノイドは元人間。以前にも感じた、救いようがなくただ滅ぼされるだけの存在……。もしそれが、例えば自分の行きつけの店員であったとしても、灼滅し続けなければならないのだろうか。それは、何か気後れしてしまうのだ。
     けれど。
     やはり戦わないわけにはいかない。
     葵は、激しい炎の奔流を放ち、アンデッド達にぶつけた。
     だが、アンデッドをすべて焼きつくすには足りなかったか。
    「ォオオッ……アァァアアァア」
     一度は倒れこんだ敵が、起き上がる。
     両手の空いているアンデッドが、拳を握りしめ、迅に激しい突きを叩きつけてきた。
    「……っく」
     吹き飛ぶほどではないが、それでも衝撃は凄まじい。
     その時、迅の目の前のアンデッドを癒しの光が包み込んだ。
     本を持ったアンデッドが、癒しの光を発したのだ。
    「デモノイドが行ったぞ!」
     後から桐の大きな声が聞こえた。
     アンデッドを相手にしながら、デモノイドの動きにも注意を払っている。
     迅は出来る範囲でデモノイドの動きを見た。
     ちょうど、デモノイドが跳躍したところだった。器用に戦闘の中心へ飛び込んで来る。
     その巨体からは考えられないような素早さだった。
    「ギィイ、ア、ギァァァァ」
     そのまま、身体を回転させ片腕で力任せに灼滅者達をなぎ払う。
     一番近くで防御姿勢を取りながら、黒斗が皆をかばおうとした。
     するとデモノイドは、身体を今までとは逆に回転させ、反対側の腕で乙女と迅を巻き込む。
    「パワーは、さすがだな」
     遠くからゾルタンの糸が迫り、デモノイドを斬り裂くように動いた。
     デモノイドの動きが一瞬止まる。
     黒斗が勢い良く飛び起きて、そのまま地面を蹴り飛び上がった。
     その勢いを殺さず、デモノイドの斜め上から殴りつける。
    「軽い攻撃だなぁ、もっと力入れろよ。もしかしてそれが限界か?」
     言うと同時。デモノイドの動きを拘束するように、網状の霊力を放出した。
     そのままデモノイドを押し返す。
    「ギィィィィ」
     身を捩りながら、デモノイドがしっかりと黒斗を意識した気がした。
     デモノイドと距離ができた隙に、桐が小光輪を乙女に飛ばす。
    「今治すよ!」
    「ありがとうなのですわ」
     デモノイドのあの攻撃は、凄まじい。
     だが、仲間を信じ、自分はアンデッドの数を減らすことに集中しよう。
     乙女は足に力を入れて立ち上がり、再びアンデッドへ向かっていった。

    ●それぞれの戦い2
     今のところ増援の気配はない。周囲の変化に気を配りながら、昴は刀を構えた。
     最初に出した殺気はすでに消している。
    「ギィィィ――」
     力の限り暴れまわるデモノイドを冷静に見た。
     先ほどの列攻撃にはヒヤリとさせられたが、動きは無駄があり充分死角に滑り込めるだろう。
    「ァ、ギァアアアアア」
     デモノイドが腕を振り上げた瞬間を狙い、その足元へ駆ける。
    「隙だらけだ」
     確実に腱を狙い、足取りを鈍らせる。
     デモノイドは一瞬動きを止め、不快な叫びを上げた。
    「ッ……ァア、あ、ギ」
     しかし、倒すにはまだ遠い。
     デモノイドが昴めがけて拳を振り下ろしてきた。
     その間に、黒斗が割って入る。
     打たれた瞬間、衝撃が地面まで伝わった。
     ディフェンダーに居る黒斗でさえ、一撃一撃にかなりの痛みを受けてしまう。なぎ払うか殴るかの攻撃は、シンプルゆえに強力だ。
     だが――。
    「ふん。所詮、この程度か?」
     黒斗が鼻で笑った。受けた痛みをねじ伏せ、相手を挑発するように余裕を見せる。
    「ギィ……ィ」
    「そら、よそ見してると、足元すくわれるぜ?」
     黒斗に意識を向けるデモノイドは隙だらけだった。
     ゾルタンが器用に鋼糸を繰る。素早く伸びた糸が、ジグザグに踊りデモノイドを斬り裂く。
     その間に、昴と黒斗はデモノイドから距離を取った。
    「ゥァァア」
     痛みを感じているのだろうか? デモノイドが呻く。
    「次はコッチだ」
     だが、攻撃の手を休めるはずもない。
     黒斗はサイキックソードから光の刃を撃ち出した。
    「ギィィィィ」
     戦場に、デモノイドの叫びが響く。
    「ォォオオオオオオ」
     それに答えるように、本を持ったアンデッドが癒しの光をデモノイドへ向けた。
     あの回復は厄介だ。
     けれど目の前の敵を野放しにはできない。攻撃を重ね、自分の相手はすでに弱り切っていると見て取れた。
     仕留めれば、すぐに回復役のアンデッドへ攻撃できるはずだ。
    「さて、こちらはそろそろ幕ね」
     鏡花は杖を持つアンデッドに向かって槍を付き出した。螺旋のように捻りを加え、確実に敵を穿つ。
    「続けて行くですことよ!」
     乙女が畳み掛けるように、激しく渦巻く風の刃を生み出した。
    「……ァ」
     ついに、アンデッド最初の一体が倒れた。
     だが、乙女も無傷というわけにはいかない。まだアンデッドは残っている。
     乙女と鏡花は顔を見合わせ、次のアンデッドへと向かった。
     その横で、迅は激しい突き攻撃を受けていた。
     倒れるほどではないが、身体中から悲鳴と警告が上がってくる。
    「倒れちゃ駄目だ、此処で倒れたら、駄目なんだ!」
     絶妙のタイミングで桐の回復が届いた。
     同時に、葵がハンマーを地面に叩きつける。衝撃波で、迅に迫っていたアンデッドがたたらを踏んだ。
     生まれた攻撃のチャンス。
    「力押しではあるが派手にやらせてもらうぞ」
     迅は巨大な刀を勢い良く振り抜いた。
     超弩級の衝撃。
    「ア、ァ、……ァ」
     最後は反撃するすべもなく、アンデッドは崩れ去った。
     葵と迅も、残ったアンデッドに急ぐ。
     最後に残った回復役のアンデッドは、灼滅者達4人の攻撃に、あっけなく倒れた。

    ●終わりは訪れる
    「どうする? お仲間はいなくなったぞ」
     昴は黒斗を中衛に下がらせ、代わりにディフェンダーの位置に上がってきていた。
     デモノイドを囲むように、乙女と迅も武器を向けている。
     アンデッドをすべて掃討し、デモノイドの目の前に仲間が揃った。
     しかし、皆が無事かというと、決してそうではない。
     身体はお互いある程度回復させたが、蓄積した負傷はどうしても治療できない。
    「ギィィィァッ」
     デモノイドが吠えた。
     弾かれたように、鏡花と乙女が魔法の矢を飛ばす。
     くるくると交じり合い、二人のマジックミサイルがはじけ飛んだ。
    「仕上げは譲ってあげるんだからしっかり決めなさいよっ! Keil Eises――氷の楔よ、絶対零度の戒めを!」
     鏡花は、槍の冷気をつららに変換し、デモノイドに撃ち出す。
    「はいですことよっ」
     デモノイドの動きが止まった瞬間を狙って、乙女が異形化した腕で殴り飛ばした。
    「その生命力、俺の糧とさせてもらう」
     傾ぐデモノイドに向かって、迅が緋色のオーラを宿した刀を振り下ろす。
    「ァアアアアアアアアアアアア」
     明らかに、今までとは違う叫び。いや、悲鳴か。
     デモノイドは、灼滅者達に向かって力任せになぎ払いをかけてきた。
    「ダメ、この攻撃は……!」
     しかし、桐の警告は間に合わない。
     パニックに陥っているように見えたデモノイドの攻撃は、ひどく正確だった。
    「がっ……」
    「……ぐ」
     乙女と迅、我是丸が吹き飛び、倒れこんだ。
     辛うじて、昴だけはその場に立つことができた。
     黒斗とゾルタンが、二人がかりで昴の傷を癒す。
     なおも迫ってくるデモノイドの死角に回りこみ、昴は黒死斬を放った。
    「ギィ……」
     デモノイドが、苦しげに喘ぐ。
     敵もかなり深手を負っているようだ。
     それを見て、葵がありったけの炎を叩きつけた。
    「……ゥ」
     ついにデモノイドが膝をつく。
     その前に立ったのは桐だった。
     本当は、少し迷っている。何か戻す方法はないのだろうか? 倒してしまうのは、仕方がない?
     けれど、歯を食いしばる。
    「悪い子になっても、悪いことをしちゃ駄目だ!」
     桐の放った裁きの光がデモノイドに届く。
    「……ィ……」
     小さな呻きとともに、デモノイドは崩れ落ちた。
    「どうか安らかに、だ」
     祈るような桐の言葉は、届いただろうか。

     いっとき、戦場に静寂が訪れる。
     だが、油断はできない。ここは凄惨な戦場で、いつ敵に遭遇するかもわからない。
     あたりを見渡したが、生きている一般人の気配はない。
     こちらもかなりのダメージを負ってしまった。
     灼滅者達は倒れた仲間をかばいながら、戦場を後にした。

    作者:陵かなめ 重傷:大祓凶神・乙女(剣の花嫁・d05608) 天城・迅(グラーフ・d06326) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年3月22日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 9/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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