阿佐ヶ谷地獄~訪れた異常

    作者:天風あきら

    ●地獄にて
    「きゃぁああ!」
    「た、助け……っ」
     逃げ惑う人々。いずこからか現れた、生気に欠ける集団が人を殺して回っている。始発前の早朝、その情報が伝わる前に殺戮は淡々と行われていった。
     武器はナイフ。人を殺すのに特化した形ではなく、儀礼的なものだ。それがより、死にゆく人を苦しめる。そして殺す側──アンデッドは、人の反応に構うことなくただ殺していくのだ。
    「ひぃぃ……!」
     周囲の家屋でで次々と起こる殺人に、逃げ出しては来たものの道路の途中で腰を抜かした男性がいた。彼に対しても、アンデッドは容赦なくナイフを振り上げる。
    「うぁ……ぐっ」
     上がりかけた悲鳴は、腹部を刺された衝撃に飲み込まれた。
     しかし、そのまま死んでしまうかと思われた男性に、変化が訪れる。筋肉が膨張し、体表は蒼く染まり、一回り巨大化していく。
    「グゥルルル……」
     そうして怪物──デモノイドと化した男性。アンデッドはそれに構うことなく、次の標的を探しに行く。
     しかしデモノイドは、魔術的に与えられた命令によって勝手に動く。即ち、『暴れ、殺戮せよ』と。
     こうして生み出されたデモノイドが殺される側から殺す側になり、被害がより拡大化していくのに時間はかからなかった。
     
    ●地獄の灼滅を
    「皆、落ち着いて聞いてほしい」
     篠崎・閃(中学生エクスブレイン・dn0021)は、深刻な顔でそう切り出した。
    「鶴見岳の戦いで戦った、デモノイドが阿佐ヶ谷に現れたんだ。このままでは阿佐ヶ谷地区が壊滅してしまう。急いで、阿佐ヶ谷に向かってほしい」
     眉を寄せたまま、閃は情報を語る。
    「デモノイドはソロモンの悪魔『アモン』によって生み出されたはずだけど……今回は何故かアンデッドによる襲撃で生み出されている」
     ざわめく灼滅者達。
    「アンデッド達は儀式用の短剣のような物を持っていて、その短剣で攻撃された人の中からデモノイドとなる者が現れるらしいんだ。未確認だけど、少し前……ソロモンの悪魔の配下達が行っていた儀式に使われていた短剣と、同様のものである可能性もあるね」
     閃は腕を組んで、頭の中からサイキックアブソーバーを介した情報を引き出していく。
    「だけど今は、これ以上の被害を出さないよう、アンデッドと、生み出されてしまったデモノイドの灼滅を頼みたい」
     頷く灼滅者達を前に、閃は頷き返した。
    「凄惨な光景だよ……」
     閃は目を閉じて、『視た』ものを思い浮かべた。
     アンデッド達が扉や窓を破ってまで家屋に侵入し、暴れ、家人を殺して回る。
     ある人間は眠ったまま血を流し、目覚めた者は運悪くと言うか恐怖を滲ませながら死ぬ。
     そして幾体かのデモノイドが、アンデッドに従う訳ではないが、本能により結果的に器物や建物を破壊していき、雄叫びを上げる。当然、人も死ぬ。
    「愛知県の事件では、デモノイドとなった人を救うことは出来ず、灼滅するしかなかった。でも、デモノイドとなったばかりの今ならば、もしかすれば……」
     閃は考え込むように拳を口元に当てる。だがすぐに首を振った。
    「……いや、今回はそんな余裕があるかどうかもわからない。とにかく、急ぎ現場に向かってほしい」


    参加者
    闇勝・きらめ(耀う狼星(シリウス)・d00156)
    レイン・シタイヤマ(深紅祓いのフリードリヒ・d02763)
    嵯神・松庵(星の銀貨・d03055)
    遊城・律(炎の大和魂・d03218)
    華鳴・香名(エンプティパペット・d03588)
    如月・陽菜(蒼穹を照らす太陽娘・d07083)
    神羅・月兎(月に祈る・d09365)
    狼幻・隼人(紅超特急・d11438)

    ■リプレイ

    ●広がる地獄
     そこに広がっているのは、地獄だった。まだ暗い早朝、建造物は一部損壊し、その隙間から、上から、悲鳴や呻き声が聞こえる。灰色の瓦礫が血の赤で彩られていた。デモノイドの仕業だろう、半身がちぎられたまま絶命している人の虚ろな目が、虚空を見つめている。
    「……なんなのさ、これ」
     その中を走り抜けながら、如月・陽菜(蒼穹を照らす太陽娘・d07083)がそこまで言って、言葉を失う。辛うじて続いた声も、絶望に食われていた。
    「地獄……って、こういうところなのかな」
    「地獄、か。……たった一体のシャドウに仲間を根こそぎ奪われた、二年前のあの時も、地獄だった。今度はその地獄に……ほんの少しでもいい、私から、光を」
     陽菜が漏らした言葉に、レイン・シタイヤマ(深紅祓いのフリードリヒ・d02763)が決意を示す。
    「こんな時間に……まさに地獄、だな。だが、まだできることがある。明けない夜はないのだから……」
    「この悲惨な光景をこれ以上広げない為にも、デモノイドやアンデッドを倒して、少しでも無事な一般の人を助けないと」
     神羅・月兎(月に祈る・d09365)と遊城・律(炎の大和魂・d03218)はそれでも、前へ。
    「こういうのは気にいらんなぁ。悪い事するにしてもせめて堂々とでてくりゃ思い切り殴れるのに、こういう戦う力の無いやつ巻き込む奴はすかん」
     そう、裏で手を引くのは、ダークネス。狼幻・隼人(紅超特急・d11438)は拳をきつく握りしめた。
    「もう駄目な所は駄目にしても、せめて俺達の所はきっちり片つけて、企んだ奴にざま見ろと言ってやらな気が済まんな」
     隼人が発するのは、静かな、怒り。
    「……呆然としてばかりもいられないか、しっかりしろヒーロー……!」
     両の手で頬をぱちんとたたく陽菜。
    「ハッピーエンドは間に合わなかったけど……完全なバッドエンドになんて、絶対にさせないんだから!」
    「やってくれたものだな……今回は発生時点での負け戦か」
     嵯神・松庵(星の銀貨・d03055)が不精髭の生えた顎を撫でながら、落ち着くように深く息を吐く。
    「怒りは後にとっておいて、まずは止めるぞ。今暴れてるのも被害者だ……っと、この辺りか」
     松庵が声を発すると同時に、一同は足を止めた。住宅街の十字路。前方に、次々と襲われて家々が倒壊し、かすかに悲鳴も聞こえる。
    「だ、誰か……!」
     そこへ、一人の女性が現れた。よく見るとその腕には赤子を抱いている。そしてその背後には──アンデッドが短剣を振り上げる姿が。
    「危ない!」
    「正義のヒーロー、ここにあり!」
     真っ先に動いたのは陽菜だった。素早くスレイヤーカードの封印を解き、アンデッドの顔面に拳の一撃をお見舞いする。アンデッドは吹き飛び、女性は灼滅者達の背後に庇われる。
    「もう大丈夫ですよ」
     華鳴・香名(エンプティパペット・d03588)が声をかける。しかし女性は震えていた。赤子も泣き止まぬままだ。
     彼女達の他にも、すでに近所の人が数名逃げ惑っていた。そしてこちらに向かってくるアンデッドが、四体。更にその後ろからデモノイド。
    「皆さん、これを見てください」
     と、レインと月兎がチケットをかざす。
     さらに松庵が己の装備を最終決戦形態にしてカリスマ的なオーラを噴き出し、説得力を増加させる。
    「我々は救助に来た者です」
    「助かるの……私達……?」
     力強く頷いて見せる面々。
    「市内には他にも怪物が多数現れており、此処から宛もなく逃げ惑っていても危険です」
     そして他の一般人にも声が届くよう、闇勝・きらめ(耀う狼星(シリウス)・d00156)が異能力で声を張り上げる。
    「どうか落ち着いて、この場に隠れていてください。奴等はあたし達が対処します。――必ず、皆さんを護りますから」
     しかし、『他にも怪物がいる』という情報を与えることは、住民の不安と絶望感を更に煽ることになったかもしれない。
     これでどれだけの人が灼滅者を信じてくれるか。それは、彼らの戦いの趨勢にかかってくるだろう。
     
    ●地獄での戦い
    「その闇を、祓ってやろう」
     レインが封印を解除する。そしてすぐさま、炎を敵正面に放った。それはアンデッド三体に行き渡ったが、デモノイドには届かない。
    「……どうやらアンデッドを先に対処するのが良さそうだ」
    「よっしゃ、いくで!」
     続け様に隼人が捻りを加えた槍の一撃。一体のアンデッドの脇腹に風穴が開いた。
    「どや!」
    「続くぞ……!」
     月兎がその巨大な縛霊手を展開し、祭壇を現出する。その祭壇が敵のサイキックエナジーを抑え込み、動きを麻痺させる。
    「さぁ~て、こっからはテメェラ以上の破壊と殺戮を見せてやんよォッ!」
     戦闘となり、豹変した香名。デモノイドに一瞬で肉薄し、手にした日本刀を振り下ろす。それは易々とデモノイドの肉を切り裂いた。
    「オオォォ……」
    「はっ、こんなもんかぁ!?」
     しかし敵も黙ってはいなかった。アンデッド達が二体レインに、残る二体が陽菜と律に迫り来る。
    「うぁっ」
    「あぅ!」
    「く……っ」
     短剣で切り裂かれて、声を上げる灼滅者達。
     そしてデモノイドもまた、その巨躯を灼滅者に向け、隼人へと腕を振り上げる。
    「ウガァァ!」
    「ぐぅぅ……!」
     重い。振り下ろされた一撃を受け止めて、隼人が呻き声を上げた。オーラを全開にし、槍と斬艦刀をクロスさせて全力で受け止めたが、その重さに耐えきれず武器が、身体が悲鳴を上げる。
    「だぁっ!」
     しかし隼人はそれを撥ね退けた。
    「はぁ、はぁ……」
     まだ手が痺れている。そう何度も受け止められるものではない、と言わんばかりに。
    「いっくよー!」
     陽菜がオーラを纏った拳をアンデッドに打ち込み、そのまま連打する。相当なダメージがいったはずだが、まだアンデッドは倒れない。
    「お前はこっちだ」
     松庵が、跳躍したかと思うと、展開したシールドでデモノイドの顔面を殴りつけた。
    「拙者も忘れてもらっては困る!」
     律のサイキックソードが拡散した眩い光に、デモノイドが一瞬怯む。
     そしてきらめが、レインに向かって癒しの光を送る。
    「ありがとう、助かる」
    「どうか頑張ってください」
     レインが敵に隙を見せないよう振り向かずに礼を述べ、きらめがそれに短く応じた。
    「……リヒャルト」
     レインは己の影に影色の獅子の形を取らせ、その獅子は全身を刃と化してアンデッドに飛びかかる。触れただけでもアンデッドの身体は切り裂かれ、苛まれる。
     その一撃で、一体のアンデッドが倒れる。短剣は──地に転がった。
    「まだまだ行くで!」
     隼人が再び槍を振り上げる。
     そう、まだ残るアンデッドは三体。戦いは、続く。
     
    ●地獄の生物の末路
    「このオレの恨みと殺意をありったけ注ぎ込めェーッ!」
     香名の一撃で、アンデッドの最後の一体が倒れる。残るは──デモノイドのみ。
     デモノイドは、腕を薙ぎ払った。前衛に立つ五人が、一度に傷を受ける。
    「くっ……可能性が少しでもあるなら……諦める理由なんて、ない!」
     陽菜が起き上がりながら、声を張り上げる。
    「だから……そんな忌々しい力になんて、負けないで! きっと、助けてみせるから!」
     その視線は、デモノイドへと、強く。
     そして巨大な斬艦刀を振り上げ、デモノイドへ振り下ろした。
    「グゥオオオ……」
     苦悶するデモノイド。
    「やりたいこともあるだろう、戻って来い」
     松庵もまた、デモノイドの目を見据える。デモノイドは迷うように、頭を振りながら、松庵の霊力が籠った縛霊手の一撃を受ける。その霊力は網状に広がり、デモノイドを縛り上げる。
    「ウォォ……!」
     それを振り払おうとするデモノイド。
     その隙に、律は声掛けを続ける。
    「この声が届くのなら、聞いて欲しい! まだ戻れるかもしれないんだ!」
     しかしデモノイドはもがくばかり。そしてその腕を今にも振り下ろさんとしている。
    「駄目なのか……!?」
     律は槍の先から冷気の弾を撃ち出した。デモノイドの左肩が凍りつく。
     それでも『救える可能性が少しでも残っているのならば、絶対に諦めるものか』と、きらめも諦めない。
    「……どうか負けないで。もう少しだけ、耐えてください」
     陽菜に癒しの光を送りながら、きらめは己自身が祈るかのように呼びかける。
    「あなたには、そんな命令に従う義務はないはずだ」
     デモノイドの頭に響き渡っているであろう命令を、否定するレイン。両手にオーラを集中させて、デモノイドに向かって撃ち出す。先程凍った左肩が、砕けた。
    「お前は本当にそんなことしたいんか? もう暴れんでもええんや、自分の本当の姿を思い出すんや」
     隼人もまた、声を上げた。
    「気合やっ! 気合入れてそっから抜け出してみろっ!」
     言いながら、振り下ろされる斬艦刀。デモノイドを切り裂き、地にめり込む。
    「人として生きていくことを諦めるな……!」
     響き渡る律の声。
    「記憶を思い出し強く願え……俺達が何とかする……!」
     月兎が語りかけつつ夜霧を生み出し、仲間達を癒す。それでも回復が足りていなさそうな隼人に、声をかける。
    「まだいけるか? 無茶はするなよ……!」
    「平気や、ありがとな。あいつを何とかするまでは、倒れてられへんからな……!」
     香名も暗い想念を集めて漆黒の弾丸を作り出しながら、声を張り上げる。
    「オラッ、テメェ少しでも未練があんなら、残りカスみてぇな意識かき集めて神頼みでもしときな!」
     その言葉に、ビクっと震えるデモノイド。ぎぎぎ、と音が鳴りそうに震えながら彼女を見つめる。
    「刻んで、刻んでッ、キザンデッ……刻みこんでやらァーッ!」
     そして彼女はデモノイドに向かってその弾丸を撃ち出した。デモノイドの腹部に突き刺さる弾丸。
    「ガァッ……ゥガアアア!」
    「やばい、挑発しちまったか?」
    「危ない!」
     香名に向かったデモノイドの巨大な腕の振り下ろしから、律が庇う。身体が地に叩き付けられ、アスファルトにめり込んだ。
     詰まる呼吸。
    「かはっ……」
    「くっ……これで、最後だよ!」
     歯を食いしばって、陽菜が斬艦刀を振りかざす。
     振り下ろされた刃はその重量をもって、デモノイドを叩き潰した。
    「ドウシテ……コンナ……」
     倒れるデモノイド。
     最期にデモノイドは、そう呟いたように聞こえた。
     
    ●地獄の果てに
    「皆無事か?」
     松庵は自分の傷も顧みず、まず仲間の無事を確認した。そこかしこで「大丈夫」「平気だ」と声が上がるのに対し、ほっと息をつく松庵。
     しかし、彼がアンデッドが残した短剣を拾おうとすると、周囲に隠れて様子を窺っていた一般人から怯えた気配が伝わってくる。
    「あいつら……やっぱり化け物の仲間なのか……?」
    「何か話しかけていたし……」
     ぼそぼそと漏れ聞こえる言葉に、きらめが溜息一つ。
    「……一般の方を避難させるのでしたら、この短剣を持って行くのは控えた方が良さそうですね」
     そして陽菜は、普段は可愛らしい顔を歪めて、拳を逆の手のひらに打ち付けた。
    「……誰が首謀者か知らないけど……覚悟してよね、本気で怒ったから」
     黙祷し、空を仰ぐ月兎。
    「明け方の月は儚く美しいが……今日ほど物悲しい気分で眺める事はない……」
     と、昇りかけた朝日に薄くなる月を見据えるのだった。

    作者:天風あきら 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年3月22日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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