阿佐ヶ谷地獄~壊滅への輪舞曲~

    作者:日向環

     東の空の群青が、心なしか薄れていた。
     住宅街はまだひっそりとしており、時折、新聞を配達するバイクのエンジン音が聞こえてくる。
     新宿から伸びる青梅街道の下には、東京メトロ・丸ノ内線が走っていた。
     阿佐ヶ谷の街のシンボルでもあるケヤキ並木と交わる角に、東京メトロ・南阿佐ヶ谷駅への入り口がある。
     始発にはまだ早い時間帯だというのに、駅から這い出てくるように現れる無数の人影。生気のない表情に、ボロボロの服。アンデッドだ。
     大量に出現したアンデッド達は、それぞれ『儀式っぽいナイフ』を手に持ち、住宅街へと足を向ける。
     強引に住宅へと侵入すると、まだ夢うつつの中にいた住人達を、次々と虐殺していく。
     未明に繰り広げられる惨劇。
     完全に息絶えたかに思われていた男性が、不意に起き上がった。
     次の瞬間、苦しみ藻掻くように自分の体を掻きむしり始めた。天に向けて雄叫びを上げると、その体が一回りも二回りも肥大化していく。数秒の後、そこに立っていたのは人ならざる異形の怪物。デモノイドだ。
     デモノイドは壁を突き破り、外へと飛び出す。同じように、住宅の壁を破壊して、何体ものデモノイドが現れた。
     デモノイドは、ただ狂ったように暴れ回る。
     アンデッド達はその様子に見向きもせず、ただ黙々と殺戮を繰り返していた。
     
    「緊急事態だ」
     いつものは飄々していて掴み所のないエクスブレインの少年が、凍り付いてしまったかのように硬直していた。
    「鶴見岳の戦いで戦った、デモノイドが阿佐ヶ谷に現れた。このままでは、阿佐ヶ谷地区が壊滅してしまうので、急ぎ、阿佐ヶ谷に向かって欲しい」
     デモノイドは、ソロモンの悪魔『アモン』により生み出された筈だが、今回は何故か『アンデッド』による襲撃で生み出されているようだ。
    「アンデッド達は、儀式用の短剣のような物を装備しており、その短剣で攻撃されたものの中からデモノイドとなるものが現れるらしい。未確認ではあるけど、少し前にソロモンの悪魔の配下達が行っていた儀式に使われていた短剣と、同様のものである可能性もある」
     エクスブレインの少年は、意識して口調をゆっくりめにしているようだった。
    「やつらが何故、突然阿佐ヶ谷に現れたのか、やつらが何故そんな短剣を持っているのか、謎な点も多い。だけど、今は、これ以上の被害を生み出さない為、アンデッドと、そして生み出されてしまったデモノイドの灼滅をお願いしたい」
     
     早朝の阿佐ヶ谷の住宅地を、アンデッド達が我が物顔で蹂躙していた。逃げ惑う人々に襲い掛かり、手にしたナイフを突き立てた。
     アンデッド達の後ろでは、デモノイドが雄叫びを上げていた。
    「早く、こっちだ!」
    「う、うん」
     物陰から物陰へ、パジャマ姿の幼い子供が駆ける。
    「パパは? お兄ちゃん、パパは?」
    「パパは……怪物になっちゃった。早く逃げないと、僕たちも怪物にされちゃう!」
     猛り狂うデモノイド。どうやら、あれはこの子達の父親らしい。
    「早く。行くよ!」
    「お兄ちゃん、前!!」
     行く手を遮る2体のアンデッド。そして、更に後方には4体のアンデッドが迫っていた。そのアンデッド達のすぐ後ろに、デモノイドの巨体もあった。
     
    「阿佐ヶ谷は武蔵坂から近すぎる……。これは、何か理由があるのだろうか?」
     エクスブレインの少年は自問するように言った。単なる偶然なのか、それとも……。
    「愛知県の事件では、デモノイドとなった人を救うことは出来なかった。でも、デモノイドとなったばかりの今ならば、もしかしたら……」
     可能性はゼロではないかもしれないと、エクスブレインの少年は言った。
    「このままでは阿佐ヶ谷一帯が壊滅してしまう。頼んだよ!」


    参加者
    華菱・恵(ランブルフィッシュ・d01487)
    二夕月・海月(くらげ娘・d01805)
    神山・楼炎(蒼き銀の堕人・d03456)
    梓潼・鷹次(旋天鷹翼・d03605)
    文月・咲哉(ある雨の日の殺人鬼・d05076)
    フーリエ・フォルゴーレ(讐雷乃戦乙女・d06767)
    現世・戒那(駆け抜ける葬爪・d09099)
    諫早・伊織(艶麗孤影・d13509)

    ■リプレイ


    「早く、こっちだ!」
     幼い男の子が、自分よりも更に幼い女の子の手を引く。
    「う、うん」
     物陰から物陰へ、パジャマ姿の子供達が駆ける。何かから逃げるように必死に、懸命に。
     しかし、少し走ったところで女の子が足を止めてしまう。
    「パパは? お兄ちゃん、パパは?」
    「パパは…怪物になっちゃった。早く逃げないと、僕たちも怪物にされちゃう!」
     2人の視線の先には、猛り狂う異形の怪物がいた。僅か数分前までは、自分達の父親だった存在。自分達を逃がす為に、生ける屍達に立ち向かっていった頼もしい父。
    『強く生きろよ』
     父の言葉が、まだ耳に残っている。
     しかし今は、その面影の欠片もない。
    「早く。行くよ!」
     後ろ髪を引かれる思いを断ち切って、男の子は妹の手を引いた。「逃げろ」と言った父の言葉に従い、今はこの場から逃げるしか選択肢はない。
    「お兄ちゃん、前!!」
     行く手を遮る2体のアンデッド。そして、更に後方には4体の屍達が迫っていた。そのアンデッド達のすぐ後ろに、デモノイドの巨体もあった。
    「何だよ、チクショー!!」
     男の子は叫び、妹の体を抱きしめた。妹だけは、何が何でも守る!
     男の子は身を強張らせ、歯を食い縛った。
    「させるか!」
     その瞬間、声が聞こえた。


     阿佐ヶ谷一帯は、文字通り地獄と化していた。
     同時に到着した学園の仲間達が、それぞれの担当区画に向かって全力で駆け出していく。
     自分達も急がねばならない。
     途中で出くわしたデモノイドを他のチームに任せ、全速力で現場へと急行する。
     見えた。
     異形の巨体。
     2体と4体のアンデッドに、前後を挟まれて立ち往生をしている男の子と女の子。
     屍達が子供達に迫る。
     男の子が、女の子を庇うように抱き締めた。
     アンデッドが手を振り上げる。
    「させるか!」
     神山・楼炎(蒼き銀の堕人・d03456)が、2体の屍の前に飛び込んだ。殆ど間を置かず、華菱・恵(ランブルフィッシュ・d01487)も飛び込んでくると、右側のアンデッドに抗雷撃を叩き込む。
     全力で突っ込んできた二夕月・海月(くらげ娘・d01805)が、左側にいたアンデッドにマテリアルロッドを叩き付けると魔力を注ぎ込んだ。
    「ぐげっ」
     短く呻いたアンデッドの右肩が破裂した。
     男の子と女の子が顔を上げ、自分達に目を向けながらキョトンとしている。
    「よっす、ガキども。通りすがりの正義の味方だ。安心しな?」
     梓潼・鷹次(旋天鷹翼・d03605)がニーッと笑って見せた。
    「もう少し、爽やかに笑えないのかい? それじゃガラの悪い兄ちゃんだって」
     影を放ってアンデッドを牽制しつつ、屍と子供達の間に割り込みながら、現世・戒那(駆け抜ける葬爪・d09099)が努めてのんびりとした口調でそう言った。子供達の緊張を、少しでも和らげてやりたかった。
    「もう大丈夫。後はお兄さんたちに任せて」
     霊犬の戒世が、戒那の言葉の後に続いて「ワン」と声を上げる。戒世の姿を見た女の子の表情が、目に見えて穏やかになった。自分達が置かれている状況を忘れ、戒世を触りたそうな顔をしている。
    「警察関係のモンや。もう安心しいや」
     諫早・伊織(艶麗孤影・d13509)がプラチナチケットを子供達に見せた。「警察関係者」という言葉を信じたかどうかは定かではないが、自分達を救いに来てくれた人達だとは認識してくれたらしい。男の子の方が、少しだけ安心したような表情を見せてくれた。
    「……見事、良く生き延びました。後は私達に任せなさい」
     エイティーンの効果で綺麗なお姉さんに変貌しているフーリエ・フォルゴーレ(讐雷乃戦乙女・d06767)が、優しげにそう言った。2人を守るように、寄り添うようにしてその場で身構える。
    「まずい、もう来た! 悪いがそっちは任せた」
     4体のアンデッド達を押し退け、文月・咲哉(ある雨の日の殺人鬼・d05076)が飛び出す。想定していたよりも近くに、デモノイドがいたのだ。先制攻撃を仕掛け、注意を自分の方へと引きつける。
     自分にデモノイドの視線が向けられたことを確認すると、咲哉は跳躍し、住宅の屋根へと飛び乗った。そのままふわりと身を躍らせると、デモノイドの頭を踏み台にして空中で二回転し、重力を無視した動きで地面へと降り立った。
     怒り狂ったデモノイドが、雄叫びを上げて咲哉に襲い掛かってきた。


    「どーした、ノータリンの腐れども? ちっとは気合入れないと、俺さんすら倒せんぜ?」
     鷹次がアンデッド達を挑発する。前方に2体、後方に4体と、完全に挟まれている形になっている現在の状況を、早急に打開しなければならない。
    「ええか? オレから離れんなや?」
     伊織は子供達と目線を合わせる為に腰を沈ませると、ゆっくりと言い聞かせるような口調でそう言った。子供達が肯くのを確認すると、すぐさま立ち上がる。子供達が自分にしがみついてきた。
    「ええ子や」
     伊織は2人の頭を、優しく撫でてやる。こんな状況を引き起こす要因を作ったアンデッド達に対し、激しい怒りを覚えつつも、そんな様子はおくびにも出さない。
     小さな光輪を展開し、伊織は自身の守りを固めた。我が身を盾にしてでも、子供達を守り切るつもりだった。
    「戒世、こっちを頼む!」
     伊織の元へ駆け寄り、戒那は戒世に指示を飛ばす。4体のアンデッド達がノーマークになっている。2体は間もなく殲滅されるだろうが、僅かな時間、自分達だけで4体の攻撃を凌がねばならないようだ。
     戒那は戒世を4体のアンデッド達に向かわせると、伊織と子供達を守る為に伊織の手前に陣取る。除霊結界を構築し、屍達の足止めを狙う。
    「我が鏃、万魔を穿つ紅雷なり!」
     続いてフーリエが、アンデッド達の頭上から百億の星を降らせた。
    「こっちはもういい。向こうに回ってくれ!」
     アンデッドに地獄投げを決めつつ、恵が叫んだ。幾らディフェンダーのポジション効果が発揮されているとはいえ、戒世1匹で4体のアンデッドの猛攻を防ぎきるのは難しい。
    「こっちは任せてくれ」
     相棒のクーを抱き締めながら、海月は恵に投げ飛ばされ、地面に叩き付けられたアンデッドをティアーズリッパーで仕留める。こちら側は残り1体。2人いれば充分だ。
    「任せた」
     素早く身を翻すと、楼炎は伊織と子供達の横をすり抜け、反対側へと移動する。すぐさま、迫ってきた1体のアンデッドを迎え撃った。
     2体のアンデッドが、伊織と子供達に向かって突進してきた。
    「くっ」
     戒那が1体の前に立ちはだかったが、もう1体までは抑えきれない。
     そこへ、回り込んできた鷹次が体を投げ出すようにして割り込んだ。右肩に喰らい付いてきたアンデッドの土手っ腹に、手にした妖の槍を突き立てると、強引に旋回させた。
     腹を抉り取られたアンデッドは、大きく仰け反りながらその場で膝を突く。
    「わりぃな、守るって決めてんだ。通しゃねぇぜ?」
     鷹次は言いながら、槍に付着していたアンデッドの体液を振り払った。
    「文月君が! 誰か、早くフォローに行ってあげて!」
     戒那が叫んだ。
     たった1人でデモノイドを抑えている咲哉は、先制攻撃こそ仕掛けることができたが、その後は防戦一方だった。灼滅者が8人掛かりでやっと倒している相手だ。1人きりで長時間抑えきるのは難しい。
     更に、どういうわけかデモノイドは逆上していた。咲哉は、さながら生きたサンドバッグと化していたのだ。
    「私達が行く。残りのアンデッドは任せた!」
     残っていた1体を始末した恵と海月の2人が、咲哉の援護に向かった。
    「あっ。パパ!」
     男の子がデモノイドに気付いた。
    「こちらを早く片付けよう。デモノイドが凶暴化している。このままでは…」
     説得は難しいかもしれないという言葉を、フーリエは飲み込んだ。迂闊に言葉を発したが為に、子供達が我を忘れて、デモノイドの説得に向かうと厄介だからだ。
    「アンデットは全て倒す!」
     楼炎が猛然と駆ける。
    「切り刻まれろ」
     気合いを込めて死角から一撃を加え、1体を灼滅する。
    「さぁ、夜鷹が死にぞこないどもの魂もってくぜ?」
     鷹次は、腹を抉られ瀕死のアンデッドに影を放つ。伸びた影は翼を大きく広げた鷹の如く、一直線に獲物に喰らい付く。アンデッドには、抗う力は残されていなかった。
    「戒世!」
     刀を加えたまま跳躍した戒世が、斬魔刀でアンデッドの左肩を切断する。その間、死角に回り込んでいた戒那がトドメの一撃を放った。
     最後に残った1体はフーリエが始末した。これでこの場にいた6体のアンデッドは、全て灼滅したことになる。
     残るはデモノイド1体。この子達の父親だけだ。

     丸太のような腕の一降りを、咲哉は親友の形見の日本刀で受け止めた。だが、威力を完全に殺しきれない。両腕が、みしりという嫌な音を立てる。
     仲間達がどういう状況なのか、確認する余裕などなかった。だが、あいつらならきっと子供達を無事に保護し、アンデッド達を殲滅してくれるだろう。自分は仲間達を信じ、デモノイドの注意を引くことだけを考えればいい。
     もう一撃がきた。
     今度は防ぎきれない。
     まともに食らって、一瞬だけ意識が遠のく。
    「子供が心配なのか? 大丈夫だ。俺達はあの子達を、そしてお前を助けに来た」
     こんな状態で声が届くかは分からない。しかし、咲哉はデモノイドに語り掛ける。
    「子供を危険に晒しているのが、お前の本意じゃない事は分かってるさ。だから気をしっかり持つんだ。悲しい思い、させたくないんだろ?」
     デモノイドは一瞬だけ動きを止めたが、すぐに何事もなかったかのように巨大な腕を振り下ろした。
     凄まじい衝撃。
     プツリと意識が途切れたが、それでも咲哉は倒れなかった。
    「文月!」
     恵と海月の2人が援護にきた。その声を耳にした咲哉は、強引に意識を引き戻した。
     恵がデモノイドの注意を引き、その間に海月が集気法で咲哉の傷を癒す。
    「…声が、届いていない」
     自身の傷を治療しながら、咲哉は呻くように言った。必死に呼び掛けを行ったが、こちらの声が伝わっている様子が感じられない。
    「まだ諦めるのは早い」
     届かせるのだ我々の声を。恵が言う。
    「彼らの、声を」
     アンデッドを殲滅し、仲間が子供達を連れて合流する。
    「パパぁ!」
     男の子が、声を限りに叫んだ。


    「…今から私達は、あなた達の父君を討ちます。然れど、もし父君にあなた達の声が届いたならば……救えるかもしれません」
     ゆっくりと、慎重に言葉を選んで、フーリエは子供達に語り掛けた。
     自我が崩壊し、ただ暴れているだけのデモノイドを見過ごすわけにはいかない。どんなことがあっても倒さねばならない。しかし、万に一つ、救える可能性があるのなら、それに賭けてみたい。
     それが、この場にいる者達の総意。
    「聞こえないのか、父を呼ぶ子供達の声が!」
     恵が声をぶつける。だが、こちらの声が届いている様子が感じられない。だが、恵は諦めない。
    「耳を貸すのだ、そして思い出せ!」
     根気よく、声を掛け続けた。
    「自分を見失うな」
     海月がフォースブレイクで牽制する。デモノイドは、丸太のような腕を振り回し、海月を払い除けようとする。
    「諦めるなよお父さん!」
    『おお…!!』
     デモノイドが雄叫びをあげた。2人の子供達が、ビクリと身を固くする。伊織は元気づけるように、子供達を力強く抱き締めた。
    「苦しいだろうが…耐えるんだ」
     楼炎は攻撃しつつ説得を続ける。その攻撃は手加減されていた。
    「あんたガキどものオヤジなんだろう? 莫迦なことしてねぇで、目を覚ましやがれってんだ!」
     鷹次は叫びながら、影の刃でデモノイドの体を斬り裂く。
     激痛に苦しむデモノイド。それでも、灼滅者達への攻撃は止めない。
    「パパ!!」
     子供達の声を聞き、デモノイドがそちらに顔を向けた。
    「貴方はこの子達の父親でしょう? 貴方が守らないで誰が守るんですか!」
     男の子の肩に手を添え、戒那は叫んだ。この子達を良く見ろ。貴方が守ろうとした子供達だと。
    『ぐおおおっ!!』
     デモノイドが吠えた。
     伊織と子供達に向かって突進する。
    「あかん!」
     伊織は子供達を自分の背後へと押しやった。デモノイドが、子供達を標的にしたと直感したからだ。
    「子供を傷付けても良いのか? それでも父親か!」
     堪えきれず、楼炎が影の触手を放った。
    「お前は今、何をしようとしたんだ!?」
     傷の癒えた咲哉が、デモノイドの腹に制約の弾丸を撃ち込んだ。
    『ぐおおお…!!』
     デモノイドは、完全に我を失っていた。もう誰の声も、彼の耳に届きそうにない。
    「落ち着け。声を聞いてくれっ…頼む!」
     必死に声を掛ける恵に、デモノイドの腕の刃が襲い掛かる。
    「…子供達の声をっ」
     左肩がザクリと裂けた。それでも恵は諦めずにその場に留まった。
    「こんな風に失われていいはずがないんだ…」
     海月も諦めない。子供達の為にも、父親を助けたい。
    「狂った儘で終わる気か貴公は! 童子らを置いて逝く等、そんな結末を赦せるかッ!」
     フーリエの声は、デモノイドの咆哮によって掻き消された。
     やはり、デモノイドを説得することは無理だったのか。それとも、もっと他に方法があったというのか。
     デモノイドは止まらない。止められない。
     自分が何者だったのかも、既に忘れてしまった存在。自分が守ろうとした我が子の命を、その手で奪おうとした。
     もう無理だ。無念だが、これ以上の説得は無意味だと感じた。
     灼滅者達は意を決した。
     このデモノイドを灼滅する。
    『おおお…!』
     悲痛なデモノイドの悲鳴が響いた。
    「見るな」
     伊織は怯える子供達を抱き締めた。


    「これか…」
     楼炎はアンデッドが手にしていた短剣を拾い上げる。どう見ても普通の短剣だ。儀式に使われた短剣かどうかは、見ただけでは分かりそうにない。
    「一応、持ち帰ってみるか」
     恵が応じた。子供達の啜り泣きが聞こえ、胸の奥がじんと痛んだ。
    「私は頭が悪いから、敵の意図とか隠された理由とかはよくわからない。だからただ、単純に勝とうと思った」
     海月はポツリと呟く。負けるのは嫌だ。悲しいのも嫌だ。だから勝つ。みんな揃って帰りたいと、海月は思っていた。その「みんな」の中には、子供達の父親も含まれていた。
     咲哉はデモノイドが消滅した場所で腰を沈ませると、そっと手を合わせた。悔しさが込み上げてくる。
    「何だよ! 正義の味方だって言ったじゃんかよ!」
     男の子が鷹次に飛び掛かると、力任せに鷹次を叩いた。どこに向ければいいのか分からない怒りと悲しみ。鷹次は黙ってそれを受け止める。
     戒那と伊織は、泣きじゃくる女の子の頭をそっと撫でてやることしかできなかった。
    「戦に民草を巻き込む所業を、私は決して赦しはしない」
     フーリエは空を見上げた。こんな悲劇を生む原因を作った者共を、必ず倒すと誓った。
     戦いは終わったわけではないのだ。

    作者:日向環 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年3月22日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 9
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