電車の始発もない暁方。
阿佐ヶ谷の町は静かにいつもの朝を迎えようとしていた。
地下鉄南阿佐ヶ谷駅でも多くの人を送り出すための準備がいつものように着々と行われていた。
最初に気がついたのは地下鉄の駅員だった。駅のホームを掃除していると、低音が空気を震わせていることに気がついたのだ。
「まだ始発は来ない時間のはずだけど……」
そう口にしながら、駅員はホームからトンネルの奥をのぞき込む。列車がくる気配はない。けれども、ホームから乗り出すとその音はより明瞭に聞こえた。
「これは……うめき声? 酔っ払いか誰かがいるんじゃないだろうな」
困るなあ、とぼやきながら駅員は時計を確認してから線路に足を下ろした。そうして暗闇の中へと消えていく。
そしてまもなく駅員の悲鳴が響き渡るが、それを知るものは誰もいない。
誰もいない阿佐ヶ谷の駅前。地下鉄への入り口となるシャッターはまだ開いていない。しかし、突然。
メキョメキョという音と共にシャッターが破壊されていく。
「な、なんだ!」
シャッターが破られる様子を目の当たりにした男は目を丸くする。
破壊されたシャッターから現れたのはゾンビと形容するしかないような物体が地下鉄からどんどんと姿を見せる。
腐っていそうな部分や体の損傷部分はそれぞ異なっているが、唯一共通しているのは手にしている短剣。儀式用なのか装飾が施されている。
「ーー!」
何か言葉を発するよりも早く、男の胸にナイフが突き立てられる。
「な、何だよ。これ……血が、血が出てるじゃねえか!」
自分に突き刺さったナイフを信じられないように見つめる男。
そこに他のアンデッドらが我先にとナイフが男に突き立てる。
「痛え、痛えよお!」
口端から血泡を吐き出し両膝をついた男の体はビクビクと痙攣する。
そして、痙攣はより激しくなり男の体はボコボコと音を立てながら骨格が異常な形へと変化していく。
「ああ、アアアアアアア!!」
長い長い絶叫と共に男は人の領域を離れて、魔の領域へと足を踏み入れる。
生まれ変わった姿は蒼き巨躯ーーデモノイド。
しかしこれは序曲に過ぎない。
新たな獲物を探し、デモノイドとアンデッドは阿佐ヶ谷の街へと進撃を開始するのだった。
阿佐ヶ谷の街に朝がやってくる。
「鶴見岳の戦いで戦った、デモノイドが阿佐ヶ谷の街に現れました」
五十嵐・姫子(高校生エクスブレインbn0001)は前置きもそこそこに集まった灼滅者たちに話を始める。その様子からも事態が緊迫しているのがよくわかる。
「デモノイドは、ソロモンの悪魔『アモン』により生み出された存在のはずですが、今回はなぜか『アンデッド』による襲撃で生み出されています。アンデッド達は、儀式用の短剣のようなものを装備しており、その短剣で攻撃されたものの中からデモノイドとなるものが現れるようなのです」
現在、阿佐ヶ谷にはアンデッドとデモノイドで溢れかえっています、と姫子は付け加える。
「未確認ではあるのですが、少し前にソロモンの悪魔の配下達が行っていた儀式に使われていた短剣と同様の可能性があります。ですが、これ以上の被害を生み出さないためにも、アンデッドとそして生み出されてしまったデモノイドの灼滅をお願いします」
姫子はそう一礼すると、ノートを開いて詳しい状況の説明を始めた。
アンデッドたちの魔の手はこの平穏な阿佐ヶ谷の住宅街にまで及んでいた。
始めは静かに、けれどもある時を境に爆発的に恐怖に包まれた。人が多い分、惨状は駅前以上だろう。老若男女問わず、多くの人が道に溢れかえりそれらが片っ端からアンデッドの短剣の餌食となり、デモノイドの剛腕で挽肉と化する。
街は血の臭いが立ち込め、そこかしこで悲鳴や怒声が響き渡り、デモノイドたちが破壊する音やアンデッドのうめき声がそこに加わった空間はまさに混沌と化していた。
そんな阿鼻叫喚な世界を民家の屋根から満足げに見下ろす女がいた。
「美しい……」
白銀の髪を揺らしながら、女は自分の体を抱きしめる。
白銀の長髪に金色の瞳、陶磁器のように白くツヤのある肌、まるで人形のように美しい女だ。左半身だけを見たのならば、彼女を人形のようだと形容するのが正しいだろう。
しかし右半身は美しいとは言えない。爛れたような黒い肌、腕は人間とはかけ離れた禍々しさを持ち、右目は窪み落ち、蒼い光が怪しげに宿る。
そして背中には漆黒の翼を宿した姿はやはり彼女が普通の人間ではないことを強調させる。
「戸惑い、崩壊、悲しみ、怒り、失意……素晴らしい。あれを御覧なさい」
女の隣には民家の住人だろうか女子大学生がいて、女はその女子大学生にある光景を指し示す。
それは一人の勇敢な男が果敢にアンデッドに挑みかかっている姿だ。
「人間は美しい。それはどんな時でも決して諦めようとはしないから。その意志は尊く守られるべき」
女はそんな講釈を述べるが女子大学生にはそれを素直に聞く程余裕はない。
突然の出来事にあの男のように対応できるものなんてこの世にどれだけいるだろうか。それに、あのように立ち向かっても……
女子大学生が思った通り、男の攻撃にアンデッドが怯んだのはほんの一瞬、次の瞬間にはアンデッドたちが一斉にその男にナイフを突き立てられ、絶命する。
絶命する直前の男の表情が女子大学生の目に焼き付けられる。
「ーーそう、絶望! これこそが、真に美しい。希望からの墜落。その時の表情こそが美しい! ああ、このデモノイドを使ってこんなにも素敵な世界を作ることができるなんて、素晴らしいと思わないかしら」
熱弁をふるう女だったが、女子大学生の方は限界だった。目の前の惨劇から逃避して意識を失ってしまった。
「ーー醜い」
そのことに気がついた女はなんとも退屈そうに言い捨てると、女子大学生の首を刎ねた。噴き出す鮮血を手にしていたワイングラスに貯める。
「ともあれ、デモノイドはしっかり生まれているし、あとはあの短剣を持ち帰ればいいわね。ーーまったく、デモノイドがこんなにも素敵なものだとは思わなかったわ。姿は醜いし、問題もまだあるでしょうけれど、それは今後の研究次第ね」
こんなことならもう少し早くアモンと協力しても良かったかもしれないわね。もうベレーザのおバカさん♪と女は上機嫌で独りごちながら血のワインを味わうのだった。
「みなさんに向かってもらう地域にはアンデッドが三体、デモノイドが一体の計四体がいることが確認されています」
けれども、気をつけて欲しいことが一点あります、と姫子は人差し指を立てる。
「どうやらみなさんが行くところにはそのアンデッドとデモノイドとは別のダークネスがいることがわかっています」
わかっているのは、翼を生やした女であるということだけだ。
「けれども、そのダークネスの目的は阿佐ヶ谷を破壊するというよりも……それの観察と言った方がいいのでしょうか。デモノイドたちと戦闘になっても、こちら側から刺激したりするようなことがなければ、戦いに参戦するというようなないようです」
姫子はノートを閉じて灼滅者たちに向き直る。
「正体不明のダークネスという不確定要素はありますが、まずは阿佐ヶ谷の街を救うことが先決です。なるべく早くデモノイドとアンデッドを倒して被害を最小限に抑えてください。みなさんならできると信じていますよ」
姫子はそう微笑んで灼滅者たちを送り出した。
参加者 | |
---|---|
科戸・日方(高校生自転車乗り・d00353) |
佐藤・司(高校生ファイアブラッド・d00597) |
アシュ・ウィズダムボール(潜撃の魔弾・d01681) |
明石・瑞穂(ブラッドバス・d02578) |
九条・都香(凪の騎士・d02695) |
更科・由良(深淵を歩む者・d03007) |
杜羽子・殊(偽色・d03083) |
フィーナル・フォスター(時を告げる魔術師・d03799) |
●血の阿佐ヶ谷
血の匂いに満ちた阿佐ヶ谷の住宅街。
「阿佐ヶ谷には美味しいラーメン屋やスイーツの店があるからちょくちょく食べに来てたのに、どーしてくれんのよ、まったく」
軽く心の中で舌打ちをするのは明石・瑞穂(ブラッドバス・d02578)だ。
「アンデッドにデモノイドに、ダークネス。非日常にも程がある」
冗談じゃねえ、と科戸・日方(高校生自転車乗り・d00353)は口にする。だが、その声は誰かの甲高い悲鳴によってかき消された。
「そこの角を曲がったところが!」
ライドキャリバーのハートレスレッドに騎乗して先導する九条・都香(凪の騎士・d02695)が角を曲がり、それに他の灼滅者たちが続く。
目に飛び込んできたのは、アンデッドがナイフを掲げ意味のない声をあげ、デモノイドがあたりの塀を力任せに破壊している姿だった。
「――ッ」
その光景に佐藤・司(高校生ファイアブラッド・d00597)は湧き上がる怒りをかみ殺す。
「酷い……」
フィーナル・フォスター(時を告げる魔術師・d03799)は屋根の上に居る女を一瞥して声を漏らす。
「Time for end and opening」
フィーナルは静かに解除コードを唱える。霊犬のカルムも静かに怒りを向けている。
「あら、八人でどうするのかしら」
屋根の上に居る女は隣にいる女子大学生の顎をさすりながら灼滅者たちに話しかける。だが、それに返事をする者はいない。
女子大学生は恐怖で目を見開き、今にも意識を失おうとしている。
「見せ物なら俺達を見てなよ」
アシュ・ウィズダムボール(潜撃の魔弾・d01681)はそう口を開く。
守りたい、けれども届かない。
その歯痒さを堪えて、アシュは目の前のアンデッドたちに意識を集中する。それは更科・由良(深淵を歩む者・d03007)も同じだった。矢をつがえ、アンデッドに狙いを定める。
杜羽子・殊(偽色・d03083)は一歩前に踏み出して、得物を持った手を額にあてて、祈るように目を閉じる。
「ボクがボクであるために」
決意に満ちた解除コードは殊に秘められた力を与える。
「皆で帰るよ、絶対に」
殊の言葉に全員が頷く。
まずは目の前の屍と異形を灼滅するため、彼らは動き出した。
●阿佐ヶ谷の死人
最初に動いたのは司だ。大きく一歩を踏み出すと次の瞬間には最高速度へと達して、デモノイドへとシールドを押し当てる。ガリガリとコンクリートが削れる音をさせながら、デモノイドは司のシールドを太い両腕で受け止める。ダメージはほとんどない。だが、デモノイドの真横からアシュも同じようにシールドで殴りつけた。
「こいつは俺たちが引き受ける、まずはアンデッドからだ」
司の声を受けて、他の灼滅者はアンデッドに狙いを定める。
「……これ以上犠牲者は増やすわけにはいかないわね」
ハートレスレッドに騎乗する都香は拳に力を込めた。ハートレスレッドはアンデッドの足元を狙って機銃を斉射する。パラパラと弾丸が地面に弾き返される音と都香の握り拳からパチパチと空気がはじける音とが同調する。機銃を避けるのに意識をとられたアンデッドは簡単に都香の接近を許す。鋭いアッパーがアンデッドの体を吹き飛ばした。
「回復役に徹するつもりじゃが、儂もまずは!」
引き絞られた弓から伸びる矢がアンデッドの肩口に突き刺さる。
アンデッドも襲い掛かる灼滅者たちに対応しようと短剣を構える。日方に一番近いアンデッドが持つ刀身が銀から漆黒へと変わり、日方のスーツをたやすく貫いた。
「――ッ、この感じ、毒か」
体の内側から蝕まれるのを知覚する日方。しかし、その不快感は一陣の風によってかき消される。
「回復は任せなさい」
ふっと微笑む瑞穂に日方はありがとな、と礼を忘れない。
「できる事は少ねぇ、だからこそできる事を全力でやってやる」
微かに震えるナイフを力強く握ることで押さえ込む。さらにナイフの刀身には影業と闘気が重なり合って一枚の厚い刃となる。
「怖ぇし余裕なんてゼロだけど、仲間の誰も欠けさせねぇ」
日方は死角からの攻撃でアンデッドの背中を切り裂いて絶命させる。アンデッドの手から零れ落ちた短剣が乾いた音を立てて転がる。
「後ろです!」
叫ぶのはフィーナル。落ちた短剣を拾おうとした日方をアンデッドが狙っていた。だが、そのアンデッドの背後にも迫る影があった。
「カルム、お願い!」
フィーナルの呼びかけに応じてカルムは口にした刀で短剣を持つ腕を傷つける。
すぐさまアンデッドは短剣を握り直して殊と剣戟を繰り広げる。
キミを助けられないことをボクは謝らないよ。
そう殊は心の中で呟く。
ボクが生きるためにキミを殺す。
「奪い尽くすは、死色の紅」
殊の銀製の短根がアンデッドの体にあてがわれると、放出された膨大な魔力がアンデッドの体の一部が吹き飛ばす。
『ルォォォ!』
怒りで我を失うデモノイドはアシュへと連打を浴びせる。アシュもその攻撃を捌くが、仲間たちと共にアンデッドを狙う隙は生まれない。更にアンデッドが迫ってくるのを視界端で捉える。
「そう簡単に動かせはしねーぞ」
司の足下から伸びる影がデモノイドの腕を絡め取る。
「散るのじゃ」
体から湧き上がる膨大な魔力を一本の矢へと形作る由良。放たれた矢はいくつにも分裂し、アンデッドの体に突き刺さる。
「そこね!」
アシュのデッドブラスターで仰け反ったアンデッドに都香のオーラを纏った拳がアンデッドを打ち砕いた。
二本目の短剣が落ちる音が響く。どこかで女の笑い声が聞こえた気がした。
●地獄とは何
戦いが始まってから、上から舐めるような視線をフィーナルは感じていた。
「こんな酷い事を平然と出来ますね」
その言葉は女には届いていないだろう。
決して諦めない様子を見せつける。それは今後の為になるだろうから。フィーナルは鋼糸を自在に操りアンデッドを切り裂いた。
アンデッドとデモノイドの連携を打ち崩す灼滅者たち。その中で功績が大きいのはやはりデモノイドに冷静な判断をさせない司、アシュ、都香だ。そして。
「司、受け取るのじゃ」
直撃をくらった司に由良が癒しの矢で貫く。下手をすれば一撃で戦闘不能寸前まで追い詰められかねないデモノイドの攻撃を癒す由良と瑞穂の存在はこの作戦を成立させる立役者だ。
アンデッドの連撃を避けながら、殊はアンデッドの懐に入る。
「命をこんな風に扱って良いわけない、誰だって生きたいんだ」
殊は緋色に染まった菊の華が入ったナイフをアンデッドの体から引き抜く。倒れたアンデッドが再び立ち上がることはもうない。
かすかに耳に届く誰かの悲鳴。何かが壊れる音。見えないけれど、阿佐ヶ谷は地獄と表現するのがぴったりだ。しかし。
地獄って罪を償う場所でしょ?
普通に生き、愛し、語り合う日常を繰り返す人達に罪はない。
「こんなの地獄よりもっと酷いよ……」
殊はちらりと上にいる女を見る。絶望が素晴らしいと言った女。けれどもボクは諦めない。だから絶望なんてない。
そう心の中で言い放って、殊はデモノイドへと立ち向かう。
『グオオオ!』
気をつけろ、と日方が叫ぶのとほぼ同時にデモノイド自身が嵐となって前衛陣を薙ぎ払った。
すぐさま瑞穂の清浄の風が優しく灼滅者を包み込む。
日方は都香に目配せする。ハートレスレッドが突撃し、都香はそこから跳び上がって上空からシールドを押し付ける。対するデモノイドは片腕ずつでその攻撃を受け止める。がら空きとなった胴体に日方の百烈拳が炸裂した。それだけではない、司、アシュ、カルムも己の最高火力でデモノイドへと叩き込む。
肉が抉れ、血を流しても、デモノイドは攻撃をやめない。絶え間ない連撃をフィーナルに放つ。だが水のようにゆらめくフィ―ナルを捉えることはない。そしてデモノイドは気づかない、自分の周辺に不可視の糸が張り巡らされていることを。
「縛ります」
フィーナルの右手が振り下ろされると同時に鋼糸がアンデッドの体を縛り付ける。殊が間合いを一気に詰める。紅い閃光が十字に切られたかと思うと、デモノイドの体に大きな逆十字架の形が浮かび上がり、肉体と精神両方に傷を与える。
攻撃の合間を縫って由良と瑞穂が適切な回復手段で戦線が崩れないようにする。
デモノイドもそのことを理解したのか狙いを由良へと定める。
『ゴォォォォ!』
放たれた衝撃波はコンクリートを破壊しながら由良へと向かってくる。
「回復役を、じゃな。それが最適解じゃろうが……甘い!」
由良の力強い呼気に呼応して影業がデモノイドの衝撃波を受け止める。
「あんだけデカい図体なら、目ぇ瞑ってでも当てられるってーのっ」
瑞穂のバスターライフルが太い光線となってデモノイドの体を貫く。
デモノイドが行動するよりも早くアシュと殊の攻撃が更にデモノイドを追い詰める。
しかしデモノイドも残った力で二人をはじき飛ばすと司に向けて暴虐の拳を放つ。
「好きでそんな姿になったんじゃねーだろうが……」
怒りに任せた攻撃を真正面から受け止めた司。殺しきれなかった衝撃が体内を巡り、口端から血が流れる。
「燃やし尽くす!」
藤娘と銘打った縛霊手に炎が宿る。藤娘がデモノイドの体を貫く。獄炎がデモノイドの体を包み込み、デモノイドはゆっくりと地面に崩れ落ちた。
全てを倒した灼滅者は視線を上へと移した。
●美醜のベレーザ
「……で、さっきからアタシらの戦いっぷりを高見の見物してるいいご身分なアンタは、どこのどちらさん?」
「ふーん」
感心した様子で女は灼滅者を見下している。
「個性的なオネーサン、俺は日方っつーんだ、そっちの名前も教えてよ? 俺らは通りすがりのお人好し。こんな所で何してンだ?」
日方の問いかけに合わせて、フィーナルも自己紹介を簡単に済ませる。もちろん学園に関する情報は全て伏せている。
「どうやらただの人間ではないみたいね」
女は真紅のワイングラスに口をつける。その行為に何人かが拳を握りしめる。
「見世物じゃないんだよね。僕等もあの人達も。あなたは何? 何故ここにいるの?」
わき上がる感情を抑えながらも殊は女に問いかける。
「さあ、答える義務はあるのかしら、可愛いお嬢さん」
「見物料代わりに言っても良いんじゃないかな」
間髪入れずに答えた殊になるほど、と女は呟いた。
「それじゃあ、自己紹介くらいはしてあげましょう」
女は屋根の上から飛び降りる。そして音もなく灼滅者たちの前に立った。
「私の名はベレーザ。よろしくね、人間」
ニコリと右側の口だけが裂けたような笑みをベレーザは浮かべた。
「ベレーザ? 確かポルトガル語で美人って意味だったような……?」
都香の言葉にベレーザは感心したのか手を打った。
「あら、良く知っていて。美醜のベレーザ・レイド。それが私の名よ」
ドレスの裾を軽く持ち上げて優雅に礼をするベレーザをアシュは冷静に観察する。異形化できる種族、哺乳類でもなく、蝙蝠の翼も角もトランプのマークもない。
「……ソロモンの悪魔。いやノーライフキングか?」
結論を口にするアシュだが、どうにもしっくりこない。その違和感を説明するだけの情報はアシュにはない。
「50点、ね。ボク」
からかうようにベレーザは声を弾ませる。
「それで、そこの美人はこの剣に用事か?」
「この短剣は渡せないよ?」
回収した短剣を守る司とアシュはベレーザと距離をとる。
「今後の為にも、それ欲しいのよねえ」
「それが、今回の目的か」
日方の問いにベレーザはさあ、と少し意地悪そうに首を傾げる。
「悪いけどこれは渡せないわ。これ以上あの化け物……デモノイドを作らせるわけにはいかないもの」
「化け物だなんて、酷いわねえ。素晴らしいじゃない。こんな世界をいとも簡単に創れるのよ!」
ベレーザは都香に諭すように語り掛けるが、都香はそんな世界はいらないと力強く否定する。
「オネーサン、次は何するつもりなんだ?」
「さあ、あなたたちが邪魔してくれたから予定が狂っちゃったからどうなるかしら?」
あなたたちを殺してでも返してもらわないといけないかもねえ、と心底嬉しそうなベレーザ。
「短剣は、ここでの戦利品……と言う訳にはいかんのかの?」
探るように問いかけるのは由良だ。
「そうねえ……どうしましょうか」
「俺らが拾ったんだ。姉さんにタダで渡す理由もないが……それとも、遊びの相手くらいはして貰えるのか?」
少し挑発的な司にベレーザは腕を組んで微笑む。
「いいわよ、少しくらい遊んであげましょうか」
ベレーザは一歩踏み出す。途端に灼滅者たちはデモノイドとは比較もならないほどの圧力を感じた。
しかし、灼滅者たちはその圧力を胆力で受け止める。ここで弱気を見せるわけにはいかない。見せたら最後、ベレーザは自分たちに興味を失って、その圧倒的な力で自分たちを排除するだろう。
「命に代えてでも短剣は持ち帰らせない。外道の手には渡せない!」
「いいわね、その覚悟。それがどこまで続くのか、見せて欲しいわ」
瞳に消えない炎を宿すアシュにベレーザは掌を向ける。強大な力を前に両者は見つめ合う。
しばらく沈黙が場を支配する。
「けれど、本当にいいのかしら」
そんな場を壊したのは瑞穂だ。その言葉にベレーザは怪訝な顔をする。
「アンタも薄々気付いていると思うけど、阿佐ヶ谷の各所でデモノイドが駆逐されつつあるでしょ? それをやってるのはアタシらの仲間で、間もなくここにも駆け付けるわよ」
自信満々の瑞穂だが、これはハッタリめいたものだ。しかし、状況を把握できないのであればこのハッタリは十分に有効だ。瑞穂は続ける。
「まぁそんなワケで、お互い本来の目的はこの場で殺りあうコトではなかったんだし、一旦仕切り直して続きは後日、ってコトでどう? アンタも、楽しみは後に取っといた方がスキなクチでしょ?」
瑞穂の提案にベレーザは眉を寄せて思考する。
「儂らと戦うことがお主の中でスマートな……最善手ならば、止めはせんが……短剣を置いて、無様に逃げるしかないのぉ……そんな様を見ても愉しめんのではないのかの?」
由良の切れ長な目がベレーザを捉える。
ベレーザは灼滅者たちの目を順に見ていく。どの瞳も諦めというものを持っていない。どんな手段を使ってでも絶対に負けない意志を感じる。この希望に満ちた瞳は美しい。
「……確かに貴方達は今までの人間よりも美しいものを見せてくれそうね」
いいわ、と言ってベレーザは掌を下ろした。
「希望は大きければ大きいほど、それが潰えた時の絶望は大きくなる。お行きなさい」
ベレーザは灼滅者たちに背を向けて歩き始める。
「そして、次逢った時には素敵な絶望を」
ふふっと笑い声を漏らしてベレーザは背中を向ける。
「そんなもの、絶対に壊してやる」
そんな言葉を胸に灼滅者たちも帰還するのだった。
作者:星乃彼方 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年3月22日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 27/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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