まだ薄暗い早朝。人のいない道路を横切る集団の異様さに、通りかかった新聞配達の少年は目を見開いた。
「なんだこれ……朝っぱらから、映画の撮影?」
『彼等』は、地下鉄南阿佐ヶ谷駅の方向から市街地へとやってきたらしい。彼等――何と形容したら良いのだろう。墓場から這い出してきたかのような『腐った死体』が徒党を組んで歩いているとでも言えばいいのか。リアルな質感、漂う腐臭。
「いや日本は火葬だし、死体が蘇るってのはないよな」
妙に冷静にそう呟く少年は、ホラー映画のようなその光景から目が離せないでいる。
と、その時。近隣の住宅の中から救いを求めるような悲鳴が聞こえてきた。
がしゃんと何かが壊れる音。命乞いをする声。炎が誘爆するかのように街のあちこちで轟く、断末魔の絶叫。
「……え、え、え、何。人が襲われてんの? こ、こいつらマジでゾンビ?」
生きている者全てに対する殺気を撒き散らすアンデッド集団を目撃した時点で、彼は即座に逃げるべきだったのだ。
少年の背後に近づいていたアンデッドが、手に持っていたナイフを無慈悲に振り上げ――。
●暁に消える
「鶴見岳の戦いで戦ったデモノイドが、早朝の阿佐ヶ谷一帯に出現するという未来予測を感知しました」
園川・槙奈(高校生エクスブレイン・dn0053)はどこか追い詰められたような余裕のない表情で、これは一刻の猶予もない状況ですと言った。
「デモノイドは、ソロモンの悪魔『アモン』によって作られたものの筈なのですが……なぜか今回はアンデッドによる襲撃で生み出されているんです」
阿佐ヶ谷へ出現した大量のアンデッドは、その手に握られた禍々しい刃で次々と人を刺してゆく。犠牲者の殆どはそれで落命しているのだが、襲われた者の中から幾人かがデモノイドに変化を遂げてしまうというのだ。
「これは未確認情報なのですが、今回の事件で使われている刃物は、以前ソロモンの悪魔の配下達が行っていた儀式に使用された短剣と同様のものである可能性が高いようです」
なぜ、ノーライフキングの配下である筈のアンデッド達がそのような短剣を所持しているのか。彼等の目的は何なのか。何らかの陰謀が蠢いているのだろうか。
何も判らない息苦しい状況だが――今は調査よりも、優先してしなければならない事がある。
「このままでは阿佐ヶ谷の市街地が壊滅してしまいます。みなさん、急いで現場へ向かって下さい」
槙奈は語る。彼女が見た、悲劇の一幕を。
生まれて間もない幼子を胸に抱いた若い母親は、二階の寝室にある大きなクローゼットの中に飛び込んだ。一体、何が起こったのか? パニックになりながらも、彼女は我が子を守るべく必死で平常心を取り戻そうとする。
「どうして、こんな事に……っ」
眠っているところを突然襲撃された、という事は解る。
謎の殺人者達は玄関を破壊して住居内へ押し入り、まず階下の和室に寝ていた両親を襲った。
異様な物音に気づき、護身用のバットを持って階段を下りた夫が何者かに刺殺されたのを目の当たりにした彼女は、悲鳴を上げながら部屋へ飛び込み、慌てて娘を抱き上げ――そして、現在に至るという訳だ。
だが、いつまでもそこに隠れていられる訳もなく。
ドカドカと足音が近づいてきたと思った次の瞬間、クローゼットの扉が乱暴に引き開けられた。
「きゃあ!」
前のめりに転がり出た彼女は、そのまま床に倒れ込む。見上げたそこにいたのは、刃物を持った数人の男女。生命力のない虚ろな表情からは、何の感情も読み取れなかった。
襲撃者が禍々しい死者・アンデッドであるという事実が、彼女に理解できる筈もない。只ハッキリしているのは、彼等が一家を皆殺しにしようとしているという事だけ。
「た、助けて……お願い。この子だけでも、助けて! や……やめてえええっ!」
異変に気づき泣き出した赤子を抱いて懇願する母親。だが、願いは聞き入れられなかった。
ずぶり――胸元に深々と刃物を突き立てられた母親の目前で、その娘もまた同じ運命を辿る。
『イヤ……イヤアアアッ! アアアアァァァ…ウアァ……グ…グガアアアアアッ!』
血塗れの肉塊となった我が子の姿に狂乱する瀕死の母親の絶叫が、途中から獣の如き咆哮へと変わっていった。
藍に近い蒼へと変色しながら、ぶくりと岩のように膨れあがる体。
『グオオ……オオオオオォォォ……』
デモノイドへと変化を遂げた母親に満足げな目を向けたアンデッド達は、死の静寂に包まれた部屋を出る。人生の全てを無惨に奪われた女性の姿は既になく――血に飢えた青い怪物は、従順な犬のように彼等の後について外へ出て行った。
「みなさんにはいつも辛い仕事を押しつけてばかりで申し訳なく思っていますが……」
槙奈はやるせない表情を浮かべて、言葉を絞り出す。
「このまま放置しておけば、彼女はアンデッドと共に街へ出て人を襲いはじめます。そうなってしまう前に、これらのアンデッドと……生み出されてしまったデモノイドの灼滅を、どうぞよろしくお願いします」
そう言って槙奈は、床に落としていた視線を真っ直ぐ灼滅者達に向けてから、深々と頭を下げた。
参加者 | |
---|---|
芹澤・朱祢(白狐・d01004) |
ギィ・ラフィット(カラブラン・d01039) |
篠原・小鳩(ピジョンブラッド・d01768) |
篠原・朱梨(闇華・d01868) |
橘・彩希(殲鈴・d01890) |
志風・綾音(ツァンナ丶トゥルケーゼ・d04309) |
椿・時春(チワッキー・d06667) |
霧月・詩音(凍月・d13352) |
冷涼な空気に満たされた早朝の街を猛然と駆け抜けて、目的の場所へ。邪悪な者共の放つ殺気と犠牲者の絶叫が渦巻く世界から次々と命の光が消えて、その中から新たな脅威が誕生してゆく――それはまさに、地獄と表現するに相応しい光景だった。
「……こんな事が許されるのでしょうか」
ここに住んでいた人々が過ごしてきた平穏な日常は、もう二度と戻らない。自らの過去と無意識に重ね合わせ、あたたかい家族の絆を無慈悲に破壊する存在に言い知れぬ怒りを感じている霧月・詩音(凍月・d13352)。それは芹澤・朱祢(白狐・d01004)にとっても同様だった。
(「我が子を守ろうとした母親、か……」)
避けられぬ未来予測の中で語られた女性の姿に、朱祢は己の記憶を重ねる。心の中で作り出された過去の幻影を振り払った彼が見据えるのは、現実に起こっている惨劇。
「あの家っすね」
走る速度を落とさずに、椿・時春(チワッキー・d06667)が前方を指差す。次第に見えてきた住宅の前に複数の不気味な人影が確認できた。そして、その後ろに追従するのは小山のような青い怪物。
『オオオォォ……グルルロロロロオオオォォ……』
低い唸り声を洩らすデモノイドを目の当たりにした時春は、今まさに殺戮が繰り広げられていた家に目を向け、こみ上げてくる怒りを抑える為に深く息を吐いた。
(「……許せねぇっす」)
「あれがデモノイドっすか。聞きしに勝る姿っすね」
「せめて、これ以上の犠牲を出さないように絶対阻止するよ!」
強い決意を胸に頷いた篠原・朱梨(闇華・d01868)は、自らに絶対不敵の暗示を施しているギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)の横をすり抜けて、真っ向から青い怪物に突進した。奔る朱梨の影から伸び上がる漆黒の茨蔦に巻き付かれたデモノイドの注意を自分に向けるべく、前に出た篠原・小鳩(ピジョンブラッド・d01768)がすかさずシールドバッシュを叩き込む。
「他の方がアンデッドさんたちを倒しきるまでは、邪魔はさせないのですよっ!」
『ナ、ナンダ、オマエタチハ!?』
突然の襲撃に驚愕したらしいアンデッド達が、どこからともなく鉈や斧やチェーンソーなどを取り出して攻撃の体勢に入る。手近な一体の死角に飛び込んだ橘・彩希(殲鈴・d01890)は左手に携えた『花逝』を一閃し、腐った躯を勢い良く切り裂いた。
「何だ、と言ったわね。それはこちらの台詞だと思うの」
悪趣味な殺戮は此処で終わらせる――笑みを崩さず彩希は叫ぶ。
「覚悟しなさい。動かなくなるまで切り裂いてやるから!」
「とっとと燃え尽きちまえ!」
敵との距離を一気に縮めた朱祢の燃えさかる刃が、アンデッドにブスリと突き刺さる。しかし、反撃に備えて身構えた朱祢は思わぬ展開に目を見開く事になった。
なぜなら――刃物を振り上げたアンデッド達が、デモノイドの対処に当たっている朱梨と小鳩めがけて一斉に襲いかかったからだ。
「……なっ!?」
『ジャマスルナアァ!』
動く屍達の攻撃に晒される事など念頭に置いていなかった二人は、左右から降り注ぐ刃を避けきれず、苛烈な攻撃を次々に浴びてしまう。
『グオアアアァァァァッ!』
更にデモノイドによる岩石の如き一撃が、小鳩を強かに打ちのめした。
「くうっ!」
「無理しないでねっ、今、全力で助けるからっ!」
傷つき毒に冒された仲間を清めるべく、志風・綾音(ツァンナ丶トゥルケーゼ・d04309)が浄化をもたらす風を巻き起こす。
「どうしてそっちに行く? てめぇらの相手は俺らだろうが!」
時春によって袈裟斬りにされたアンデッドを神秘的な旋律で仕留めた詩音は、なるほどと呟いて眉を顰めた。
「……邪魔するな、ですか。つまり、せっかく生み出したデモノイドをやすやすと倒される訳にはいかない、という事ですね」
大勢の人間を殺戮して回っても、その中からデモノイドと化す者は決して多くない。これから利用するつもりの『下僕』を作った途端に破壊されては、敵としてもたまったものではないのだろう。誰かに命じられて動いているのであれば、尚更だ。
それに『アンデッド班』と『デモノイド班』に分かれたところで、それは灼滅者側の一方的な作戦でしかない。どちらかを別の場所に隔離できるような状況や、大勢で敵を完全に包囲、分断できる場合ならともかく、もともと同じ場所にいた敵が灼滅者達の思惑通りに行動してくれる筈もなかった。
『グォアアアアァッ!』
大きな刃物と化したデモノイドの腕が再度小鳩を襲う。戦いながらではペインキラーで痛みを誤魔化す余裕などあろう筈もなかったが、もとより痛覚が麻痺した状態で強敵に挑むという危険を犯すべきではない。
綾音の光条に癒されつつ炎の攻撃を繰り出した小鳩は、『彼女』が人間に戻れる可能性があると信じて、青い怪物に真剣な瞳を向けた。
「あなたのお名前は……? 何か心に引っかかっていることがあるなら、忘れたくない大事なことがあるなら、心を強く持ってください!」
他人事に思えず、綾音もまた切々とデモノイドに語りかける。
「意識をしっかり持って。貴女の大事な人を手にかけた人達の言いなりになっちゃダメ!」
「……っ」
影縛りでデモノイドを攻め立てつつ何か言おうとした朱梨だったが、具体的な言葉が思いつかず、ぐっと唇を噛み締めるにとどまった。
『オォォオオオ……ウロロロロロロオオォォ』
デモノイドは虚ろな声を上げるだけで、彼女等の言葉に何の反応も示さない。もう手遅れなのだろうか。
「眷属どもの速やかな灼滅こそが、人命救助になる。そうでも思わないとやってられないっすよ」
鉄塊の如き刃を高々と振り上げたギィが、アンデッドに激しい一撃を叩きつける。全てのダークネスは元人間。その血に染まる覚悟ができている彼に、迷いはない。
『オイ、ヤメロ……ソイツニフレルナァッ!』
彩希のジグザグスラッシュを食らった屍は、それでもなおデモノイドに立ち向かう仲間を執拗に狙う。
「お前の相手は、そっちじゃねーっての!」
『ソコヲドケッ!』
「やなこった」
敵の行く手に立ちはだかった朱祢の焔刃がヨタヨタと歩く屍の躯を焼き尽くし、有無を言わさずこの世から消し去った。だが複数の動きはとても阻止できず、アンデッド達は怨嗟の唸り声をあげて再び小鳩と朱梨に飛び掛かって行った。
「くっ!」
強敵との攻防に加え、アンデッドの集中攻撃を食らっては、さすがに長くは保たない。屍達の打倒を急がなければと焦りつつも、そんな不安を面に出さないよう時春は敢えて明るく振る舞う。
「まだまだイケるっすよね? 俺の癒しで頑張るっすよ!」
もう班に拘っている場合でもない。彼は迷わず深い傷を負った小鳩に癒しの矢を放った。
「……凍てつく死の魔法、存分に味わわせてあげましょう」
『グワァ!』
『ギャッ!』
戦場のあちこちで上がる呻き声。詩音によるフリージングデスが、邪悪なる者達の熱量を一気に奪ったのだ。
「暗い心に……負けちゃダメです! まだ今なら人に戻れるかもしれないので、一緒に頑張って!」
傷つきながらも真摯に説得を続けていた小鳩を襲う、無感情な蒼の斬撃。怪物の刃を染める自らの血を辛そうに見つめながら、彼女はシールドを展開して守りを固める。綾音が呼び起こす裁きの光が小鳩を癒すなか、朱梨の繰り出した影業が罪人を縛める鎖の如くデモノイドを締め付けていった。
(「できるなら、この人を救ってあげたい。だけど一体どうすればいいの?」)
「思ったより時間がかかってるっすね。攻撃は当たってるんっすけど……この木偶人形ども、体力がありすぎるっす」
あくまでもデモノイド班を仕留めようとする屍を緋色の逆十字で切り裂きながら、ギィが肩をすくめてそう呟く。彩希が静かに頷いた。
「それでも何でも、一体ずつ倒していくしかないのが辛いところね」
「撤退も闇堕ちもしない。全部ぶっ潰して止める、それだけだ。んなふざけた話、放っておけるわけがねーからな」
死角を突いた朱祢の斬撃が、敵の腱をぶつりと断ち切る。がくんと膝を折った屍に肉迫した彩希の影を帯びた花逝が、トラウマを呼び起こすまでもなく敵を葬り去った。
「もうちっと頑張って下さいっすよ、速攻片すっすから!」
「……だいぶ削っている筈なのに……本当にしぶといですね」
弓を引き、小鳩へ向けて癒しの矢を放つ時春の前に立っていた詩音が、足元から伸ばした影の刃をアンデッドの体に深々と突き立てる。しかし、そんな彼等を嘲笑うかのように三体の屍は一斉に小鳩へ飛び掛かり、無骨な刃を無造作に振り下ろした。更に、それだけでは終わらず。
『……ヤレ!』
『グガアアアァァッ!』
ドガッ! アンデッドの命令に反応したデモノイドが、小鳩に強烈な体当たりを食らわせた。体の前面から生えた無数の刃物が少女の体を真っ直ぐに貫いて――。
「小鳩ちゃんっ!」
声を立てることもできず血の海に沈んだ小鳩を抱き起こす余裕もない。彼女が更なる攻撃に晒されないよう朱梨は強引に敵の眼前へ割り込んで、デモノイドめがけて斬影刃を放った。
「……っ!」
胸が押し潰されるような感情を振り払いながら、綾音がプリズムの如き輝ける十字架を降臨させる。降り注ぐ光のシャワーを一身に浴びて、青い怪物はグウゥとくぐもった悲鳴をあげた。
(「なんだか哀しくて仕方ないよ……」)
取り戻せない心と命。彼女の――犠牲となった彼等の魂が安らげる場所は、一体どこにあるというのか。
「憤りは、黒幕にぶつけるだけっす」
いつも通りクールに。感情を表に出さないまま、ギィは手近のアンデッドを一刀のもとに斬り捨てた。
「仲間が倒されているんだから、少しは泣き叫んでみたら? ああ、死体にはそういう感情すらないのね」
彩希の刃が、憎しみに満ちた表情のまま固定されたかのような敵の腐肉をぐずりと抉る。
『オノレ、ニンゲンゴトキガ!』
仲間が減ったことで、アンデッドはようやく戦場にいる全ての敵に脅威を感じ始めたようだ。穢れた鉈を正面から食らった朱祢は、毒や痛みなどものともせず、渾身の力を込めて屍に燃えさかる刃を叩きつけた。
「あの母親が感じた苦痛を思えば、こんなもの、ただの掠り傷でしかねーからな……!」
時春が伸ばす影の触手に捕らわれたアンデッドが、高らかに歌い上げる詩音のメロディに屠られて――残る屍は、あと一体。
『コ……ノ、フザケルナアァ!』
最後のアンデッドが朱梨に斬りかかってきた。
「やっぱり、こっちに来るのね……っ!」
刃物の襲撃を受けた彼女を、デモノイドが横殴りにする。必死に痛みを堪える朱梨に、綾音の癒しが飛んだ。裁きの名を持つ光条に包まれた朱梨は、青い怪物の動きを阻害するべく、再び影縛りを繰り出す。
「お願い、もう動かないで。戦うのは貴女の本意ではない筈、よね」
「さあ、一気に畳み掛けるっすよ」
ギィの戦艦斬りがアンデッドを苛烈に攻め立てる。次いで彩希の刃と、赤々と燃えたぎる朱祢の強撃が加わり、追い討ちをかけるように放たれた時春の影にすっぽり飲み込まれた屍は、そのまま霧の如く雲散して果てた。
「……あとは、あなただけですね」
青い怪物に向き直った詩音の魔法弾が、デモノイドの肩を貫通する。
『グオオオオッ!』
無理矢理この世に生み出された怪物の拳が、躊躇いなく朱梨を打つ。無敵斬艦刀を構えたギィが不敵に笑った。
「お待たせしやした、ここからは自分達も加わるっす」
矢継ぎ早に繰り出された全員の攻撃が一巡しても、デモノイドに人間らしい反応は一切見られなかった。
「……もう、ダメなんだね」
そう呟いて覚悟を決める朱梨。最早迷いはないとばかりに繰り出された紅蓮斬が、デモノイドの青く硬い皮膚を裂いた。
「仇は取るっすから、もう眠るっす」
情けは無用。まだダークネスになっていない人達を守る為なら、自分は幾らでもこの剣を振るう――ギィの『剝守割砕』が怪物の頭部を派手に陥没させた。激しい焔に包まれた敵に撃ち込まれるのは、漆黒の弾丸。次いで光の刃がデモノイドの喉元に深々と突き刺さった。
「もう声は届かないんっすね。それなら此処で終わりにするっす。これ以上、惨劇を起こさせない為に」
闇色の影を伸ばした時春は、力無く首を振った。口元をきつく結んだまま、綾音は両手に集中させたオーラをデモノイドめがけて放出する。
「紅に染まる世界、響くは嘆きの声。呪われし力、解き放たれ――仮初の命、暁に消えゆ」
詩音の奏でる旋律は、祈るような響きとなって戦場を駆け巡った。
『オオオオ……オォ』
迫ってきた拳を避けた朱梨の足元から伸び上がった影の蔦が鋭い刃となり、青い巨体の胸元を深々と貫く。
「!」
刹那――デモノイドの体はグズグズに崩壊し、粉々になって地面に四散した。
後に残されたのは僅かな青い破片と、怪物の体を締め付けるように装着されていた金属部のみ。
悪夢のような戦いが、ようやく終わった。
爽快感はない。灼滅者の心に残ったのはただ、やるせない思いだけ。詩音はざっと周囲を見回してみたが、件の短剣は発見できなかった。
「……どうしてこんな酷い事ができるんだろう」
朱梨の頬を伝う一筋の涙。大地に散った母親の欠片を拾い上げた彩希は、少しだけ寂しそうに笑った。
「家族の元に葬ってあげる。寂しくないように」
「大丈夫っすか?」
時春に揺り起こされた小鳩は、深手の痛みを堪えつつ上体を起こし、現状を見て取った。
「終わったんですか。結局、彼女を助ける事はできなかったんですね……」
戦いの半ばで倒れてしまった事よりも、デモノイドと化した母親を救えなかった事の方が悔しくて、小鳩は静かに目を伏せる。
「……」
白々と明るくなってきた空を仰ぎ見る綾音。その瞳からこぼれ落ちそうになる熱いものを誰にも見られたくなくて、彼女は顔を背けてから指で軽く拭った。
「私は……泣いてなんかないよ」
今は感傷に浸っている場合ではないから。
そう、アンデッド達が阿佐ヶ谷を地獄に変えた意図も、背後にいるであろう敵の正体も、まだ何ひとつ判っていないのだ。
悪夢の終わり。
いや――悪夢は、始まったばかりなのかも知れない。
作者:南七実 |
重傷:篠原・小鳩(ピジョンブラッド・d01768) 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年3月22日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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