阿佐ヶ谷地獄~藁の家、呪いの短剣

    作者:君島世界

    ●阿佐ヶ谷市街地:地獄
     遠くの――いや、自分の部屋の窓の下で、飼い犬がけたたましく吠える声に目が覚める。
     明かりをつけ、枕元の時計を見てみれば、まだ朝の4時過ぎだ。日課の散歩の時間から数えると、2時間以上早い。朝日なんて欠片も見えない。
     ヴルルルル、ヴァウヴァウ、ヴァウヴァウ。
     それなのに、愛犬の泣き声はやむどころか、長年連れ添ってきた私にも聞いたことがないほどに荒々しくなっていく。家族にも私にも、それどころか通行人にさえよく慣れた、番犬にもならない犬なのだが。
     ヴルルルル、ヴァウヴァウ、ヴァウヴァウ。――ギュグ。
    「ったくノワめ、なんだってのよ、こんな朝っぱらから」
     しょうがなく、私はカーテンを横に除け、窓を開く。その動作の途中でようやく愛犬は吠えるのを止めたようだが、一体何があったのか、その原因を見定めてやろうと、私は2階の自室から窓の下の闇に目を凝らした。
    「…………ノワ?」
     ノワールは死んでいた。そういう風にしか見えない。あああれが、『首と体が泣き別れ』という状態なのかと、理解の追いつかない私はそう思った。
     次の瞬間、私の目は別方向に吸い寄せられ、釘付けになる。
     タスケテェ、ダレカァ、タスケテェ。
     こんな朝早くから、家の前の街道を、数人の集団が闊歩しているのだ。その視界の中に、向かいに住む一家の主婦が、何かに追い立てられるようにして、道の真ん中へ裸足で駆け出してくる。
     タスケテェ、ダレカァ、タスケテェ。――ギャッ。
     そして、殺された。
     ……。
     
    ●武蔵坂学園:重要連絡『阿佐ヶ谷襲撃事件について』
    「集まってくれてありがとう。さっそくだけど、ここからは私語無しで聞いてね」
     壇上に立った須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)、いつにない強い調子で語り始める。その緊張した口調の一語一語に事件の重要性・緊急性がこめられている様で、特に普段の彼女を知る者は、固唾を呑んでその言葉に耳を傾けた。
    「……東京、阿佐ヶ谷の一帯に、鶴見岳の戦いにいたあの怪物、デモノイドが現れたの。このままだと阿佐ヶ谷地区が壊滅してしまうから、急いで現場に向かってほしいんだ。
     デモノイドは、皆も知ってる通り、ソロモンの悪魔『アモン』によって生み出されたもの。けど今回は、理由は分からないけど、『アンデッド』が一般人を襲って、デモノイドに作り変えているの。
     アンデッドたちは『儀式用の短剣』らしい物を装備していて、その短剣で攻撃された被害者の中から、デモノイドになってしまう人が現れるみたい。未確認情報だけど、この短剣は、ちょっと前にソロモンの悪魔の配下たちがしていた儀式に使われたものと同じである可能性もあるんだって。
     ……みんなには、これ以上の被害の拡大を防ぐために、現れたアンデッドと、そして、生み出されてしまったデモノイドの灼滅を、お願いするよ」
     
    ●阿佐ヶ谷市街地:門を叩く
     阿佐ヶ谷の市街地、高級住宅街。そこでは、地下鉄の線路から這い出してきたアンデッドたちが、寝静まった人家に侵入しては、そこの住人を手当たり次第に攻撃・殺害するという、地獄さながらの陰惨な光景が広がっていた。
     その中に一軒、とある4人家族が住む2階建て住宅がある。1階に両親、2階に大学生と中学生の姉妹の部屋があり、本来ならそれに加えて、玄関先に住む飼い犬が数えられてしかるべきであったのだが――飼い犬はすでに殺害されている。
     飼い犬を殺害したのは、それぞれに短剣を持った4体のアンデッドだ。その全てが一斉に家の玄関を叩き破ろうとしており、一家の中でこの状況に気づいているのは、その時は2階で震えている姉だけである。だが、その騒音ですぐに誰かが起き出して、玄関を改めようとするだろう。ドアが破られるにしろ内側から開けられるにしろ、アンデッドと住人が接触すれば、それはすなわち被害の拡大を意味する。
     また、その家と道路を挟んだ向かいの家は、既に皆殺しにされている。その中の一人は運悪くデモノイドとなってしまっており、アンデッドと何らかの戦いが始まれば、すぐにでも乱入してくるだろう。そのデモノイドもまた、灼滅の対象である。
     
    ●武蔵坂学園:須藤・まりんより
    「……正直、つらい戦いにはなると思う。犠牲者が出てしまってることもそうだけど、その中からデモノイドになってしまう人がいるっていうのも、余計にきっついよね。
     でも。……でも、だよ。
     この惨状をどうにかできるのは、灼滅者であるみんなだけなんだ。
     だからお願い。戦って、――負けないでほしいよ、みんな」


    参加者
    六乃宮・静香(黄昏のロザリオ・d00103)
    巴里・飴(舐めるな危険・d00471)
    十七夜・奏(吊るし人・d00869)
    久瑠瀬・撫子(華蝶封月・d01168)
    沢崎・虎次郎(衝天突破・d01361)
    宵越・花音(月識・d01610)
    花凪・颯音(幽涯レトロヴァ・d02106)
    荒野・鉱(中学生ダンピール・d07630)

    ■リプレイ

    ●魔の這う未明
     誰かの知っていた阿佐ヶ谷の姿は、もう地上のどこにも存在しない。
     宵闇に暗く隠された、虐殺、悲哀、凶器持つアンデッドと新生デモノイド。その悲劇のプロットが、今また使い回されようとしていた。
    「ウウ、オオオォ……アァアア……」
     穢れた足を蠢かせながら、4体のアンデッドはその家の玄関に近寄っていく。
    「……ア、コ……コロ、セ……!」
     扉に向かってアンデッドどもが両腕を一斉に振り上げ――その光景を、一条の光が照らし出す。
    「ほーら、お前らの相手はこっちっすよ!」
     光源の正体は、沢崎・虎次郎(衝天突破・d01361)が足元に投げ出したライトだ。気を引くために投げられたそれは、同時に黒犬の亡骸を露にする。
    「おーおー、よくも好き勝手やってくれたっすね……っ! アンデッド!」
     激昂する虎次郎の横を、するりと、十七夜・奏(吊るし人・d00869)の影が抜けていく。と、奏の手にある解体ナイフがライトの光を吸い取り、虚空に銀帯を引いた。
    「……私達は運が良い。……死ぬ前に地獄を体験することができます」
     低い姿勢の奏がその場から離脱するよりも一瞬遅く、アンデッドの喉が割かれて開く。その様を見ても構わずドアを破ろうとする別のアンデッドには、宵越・花音(月識・d01610)が既に意識を向けていた。
    「そう来たところで、わたしが見逃すわけはないでしょう!?」
     花音の狙い澄ましの音波が炸裂すると、背を向けていたアンデッドがこちらに向きなおし、反撃とばかりに空いた手を構える。青灰色の魔力に光りだしたその指先は、しかし灼滅者たちの、久瑠瀬・撫子(華蝶封月・d01168)の導く間断のない連携に叩き落された。
    「やる事は沢山有ります。確り確実にこなして行きましょう。――『殺戮・兵装(ゲート・オープン)』!」
     撫子は逆袈裟に振り抜いた槍の勢いを殺さず、柄を回しさらに対角の敵を打つ。そうして敵陣の中央、撫子が相手の注目を一手に引き受けておいて、その隙に六乃宮・静香(黄昏のロザリオ・d00103)は『鏖殺領域』を展開した。
    「血染崩闇――人を救う為、この血に感染した力、振り絞りましょう」
     惨劇がそこにあるなら、斬り裂いて、止める。その決意を秘め、戦場へと押し開かれていく静香の殺気が、深くその夜を染めていった。
    「グォオオオオオオオッ!」
     と、道を挟んで対岸、死の静寂に包まれた別の民家から、ついにデモノイドが飛び出してくる。生前の誰かの面影をけして残さないその怪物に、荒野・鉱(中学生ダンピール・d07630)がWOKシールドを構えて飛び出していった。
    「みなさん! デモノイドは自分たちで相手するっす! みなさんはアンデッドを!」
     自分たちという宣言の通りに、鉱と静香と、更にもう二人がデモノイドと正対する。その内の一人、巴里・飴(舐めるな危険・d00471)もまた、電光曳く拳を構え、夜明け前の闇に走り出す。
    「私も行きます! デモノイドと戦うのは初めてじゃないから、大丈夫、持ちこたえてみせますから」
    「ヴォアアアァァァァアアアア!」
     間もなくデモノイドとの交戦が始まった。残る一人、花凪・颯音(幽涯レトロヴァ・d02106)は、メディックとして先に出た二人の支援に動く。
    「其方は、間に合いませんでしたね……。これを救いなどと、そこから最も遠い俺には言えませんが――」
     指先の指輪が、小さく輝いた。そして魔弾は閃いて、デモノイドの胸を突く。
    「――貴方に仲間は斃させないっす。己に代えても」

    ●ノック・アンド・コール
     結果として、アンデッドはドアよりも明確な攻撃対象として灼滅者を優先することとしたようだ。だがそれは、アンデッドが家屋への侵入を諦めたという事ではない。花音は扉を見据え、あらゆる兆候を見逃すまいとする。
    「ああもう、あまり手間を掛けさせないで頂戴!」
     懐から引き出した結界符をばら撒き、花音は一斉に念を込めた。回転する符が五角を描く中、一歩を引いて2階の窓を見上げる。
     そして『ハンドフォン』を使う為、そこにいる筈の女性の姿を探すが、……窓際に、それらしい人影は見当たらなかった。
    「……怯えてるのかな。こんな状態の外を見たのなら、それも仕方ない、ね」
     花音は視線を下に戻し、先ほどの符が支障なく展開したかを見やる。その仕種の意味を察した鉱が、デモノイドを取り囲む位置をキープしたままに『割り込みヴォイス』での直接連絡を試みた。
    「朝早くに失礼するっす! 暴動が起きているので、外に出ないようご両親を――」
    「何よ暴動って!」
     鉱の大声に応え、2階の窓からヒステリックな叫び声が飛び出す。かなり興奮しているらしいことは、その震えた声の調子から明らかだった。
    「暴動!? うちの犬を殺すのが暴動なの!? おばさんを殺すのも? お前らだって……お前らが、そうしたんでしょ!?」
    「違うっす! 自分達は、あの……」
     しどろもどろになった鉱の総身に、その瞬間鳥肌が走った。『王者の風』の、それ以上の強力な雰囲気を纏って、撫子が一喝する。
    「話を聞きなさい!」
    「な……」
    「……2階に、家族を集めて下さい。決して、外に出ないように!」
    「な、なによ、言われなくとも外になんて――」
     言葉尻に近づくにつれて、かろうじて聞こえていた彼女の声がさらに小さくなっていく。部屋を出たのかそうでないのかは、ここからではわからない。
     だが、彼女に伝えるべき言葉をこれ以上用意していないのは確かだ。彼女が家族を避難させてくれることは信じるほかにないが、この場にはまだ、灼滅者としてやれることは残っている。
     その内の一つとして、静香は『サウンドシャッター』を発動した。
    「……戦いの音を遮断するよ。これで、中の人たちが音のせいで外に出るようなことには」
    「オォオ、フオオアアアアァッ!」
     と、デモノイドの豪腕が、風を突き破って静香に襲い掛かる。静香は咄嗟の判断で両腕を上げ、ディフェンダーもその場に駆け上がるが、間に合わない。
    「六乃宮ちゃん……!」
     悲鳴が上がらない。ひたすらに耳障りの悪い音が響き、力なく地に転がる静香に、颯音は絶叫し、乱暴に護符揃えから防護の符を破り取った。
     振りかぶる肩の裏、背中に、知らず冷たい汗が流れ落ちる。一瞬の悪寒を、颯音は振り払おうとして符を投擲した。
    「(壊れるのは俺だけでいい、誰かの手を取る資格も、価値もない俺だけでいいんです、だから……!)」
     必死の祈りは、だからこそ強く形を取る。静香とその周囲の空間を、颯音の符が立ち塞がるように展開し、そしてまた一人、仲間の窮地に己を奮い立たせる者が歩み出た。
     わずかな、ほんのわずかな光に輝きながら、バトルオーラ『飴細工』が流れなびく。銘の通り、意の通りに揺らぐ殲術道具を携えて……気づき、飴は呟いた。
    「その人を……、そこから動いてよ、名前も知らない君。君の足元に『いる』のが誰なのか、もう君にはわからないの……?」
     それは、目を少しずつ開き始めた静香のことではない。彼女の前に立つ飴自身のことでもない。
    「アアアァ、ヴォオオオエエェェッ!」
     奇声を上げるデモノイドは、足元にある『その遺体』を一切認識していなかった。ただただ邪な顔肉の歪みが、目を開け始めた静香と、介抱を行う颯音に向けられる。
    「そう。……我ながら、甘い感傷だったかな」
     飴の雰囲気が鋭くなった。スタンスを広げ、深呼吸から体内のオーラを変換し、――瞬きをする間もなく、戦場が変貌する。
     どこかの扉が開く音がした。

    ●それぞれの速度
    「ったく、こんな朝っぱらから、何が暴動だ。ふざけるのもいい加減にしろ、裕子!」
     家主と思われる男性が、苛立ちを隠さずにサッシ窓をガラガラと開いた。
    「大学生にもなって、どうせ『変な夢』でも見たんだろう。見ろ! 玄関にゃ何もないじゃない……、か……?」
     そのまま、サンダルを突っかけて表に出てくる。その不満げな表情は、そして一瞬にして強張ることとなった。
    「グルルル……ニン、ゲン……コロ……!」
    「ひっ!」
     常識の埒外にある怪物の姿を見て、男性は震えることも忘れその場に腰を落とす。すると一体のアンデッドがナイフを握りなおし、視線をそちらに向けた。
     ――その索敵行動は、対する灼滅者を無視することに等しい。
    「……なんて、つまらない存在でしょう。……与えられた本能だけに動くとは」
     黒水晶色の瞳に軽蔑の色を浮かべた奏は、奪うために尖る影業を地に沈めた。狙うは、こちらに背を向けたあのアンデッドの急所だ。
     次の瞬間。
    「――……、は」
     奏の背後から胸前へ、光る矢が貫通した。衝撃と痛覚が、しかし一切発生せず、それどころか奏は神経が高ぶっていくような感覚を得る。
     それは、虎次郎の放った『癒しの矢』の効果だ。
    「奏っ! やっちまうっすよ、そのサイキックで!」
     残心の姿勢から、虎次郎は叫んだ。その声よりも速く、おそらくは反射的に、奏の影業はアンデッドの全身に喰らいついていた。
    「……偽りの死には、すみやかな滅びを」
     そして影喰らいは、アンデッドを飲み込んで虚空に消えていく。表に出てきていた男性は、恐怖に気絶こそしているものの辛うじて無傷のままだった。
    「場所を転じます! 花音ちゃん、続いて下さい!」
    「わかったわ、久瑠瀬さん! ……ああもう、てこずらせるんだからあっ!」
     わずかに空いた間隙を突いて、撫子と花音がそのフォローに走る。花音が男性を拾い上げ、撫子がその場にとどまり背中を守る格好だ。
     撫子は踏み足を軸に急反転し、浮いたバランスを提げる槍の重さで下に据える。最中、撫子の炎は朱く槍を灯し、桜花のごとき火群を振り下ろしに散らせていた。
    「状況が伝わってしまいましたか。アンデッドをここで止めるため、一層気を抜かずに行きましょう」
     下段に構えた穂先の熱が、夜露に湿った庭の土をじりじりと焼く。その箇所が乾いた砂となる直前から、撫子はゆるやかに歩を進めていた。
    「ア……アウ……イィイイッ!」
     その動きに気づいたアンデッドが、足裏の庭石を踏み抜いて高く跳躍する。遠くで弱い光を放つ街路灯と同じ高さから、アンデッドは急降下からの一撃を狙い――、
    「つまり、狙い撃ちにして欲しいのよね? ならお望みどおりに」
     ――温度の薄い夜の大気ごと、外に戻って来ていた花音の斬影刃に切り刻まれた。花音の周囲には、威力の底上げの為に虎次郎がヴァンパイアミストを展開させている。
    「へへっ、2匹分の撃墜アシスト成功っ! でも、戦いはまだまだこれからっすよ!」
    「あの人は大丈夫! ……久瑠瀬さん、十七夜くん、おねがい!」
     名を呼ばれ、両名が残る2体のアンデッドを挟む位置に立った。それぞれの得物の刃筋を立てあい、遠慮なく二人は斬線を交錯させる。
    「……戦い急ぐと、この地獄ではそういう方針でしたね」
    「はい、その通りです。行きましょう……最後まで、全力で!」
     どうと音を立てて、断たれたアンデッドが地に落ちた。

    ●拠って立つ理由
    「ウオオァァァ! ハアーッ、ハッハアー!」
     デモノイドが、明確に笑う。とうに元の人間の意識は無いだろうが、新しく手に入れた己の体の動かし方を、暴れながらに学習していくことに楽しみを感じているかのように。
     振り回されるデモノイドの腕が、熱せられたナイフがバターに沈むようにたやすくアスファルトを抉る。鉱はその攻撃を間一髪にかわし、目の前を通り過ぎた非常識な暴力に、しかし慣れのようなものを感じている自分に気がついた。
    「(本当はかなり怖い状況のはずなんすけど、なんか、感覚がマヒしちゃうっていうか……)」
     ……鉱は、一つ所に長く留まった経験がほとんどない。阿佐ヶ谷は「人がたくさんいる町」の一つであり、そこに突如現れたこの状況を、だからこそ深く受け止めきれていないのかもしれない。
    「でも、やるっす! 先輩に、学園のみんなに受けた恩、次は自分が返す番なんですから!」
     固く己を決めた鉱に、デモノイドが埋まった腕を強引に振り上げて二の撃を叩き付ける。鉱はその瓦礫と拳との真っ向にWOKシールドを展開させ、全弾を凌いだ。
     バラバラと土塊が拡散し、煙る世界に立つ鉱の背後……膝を突いていた静香が、その時震えながらも立ち上がった。
    「六乃宮さん!?」
     焦点を取り戻した静香の瞳が、手の内に有る己の日本刀『血染刀・散華』を見つめる。滑る掌を柄糸で拭い、刀を正眼に握り構え、静香は詠った。
    「……悪鬼の腕に臆す訳にも、これ以上日常を奪わせる訳にも、いきません」
     流血の色に似た紅蓮が、静香の力を彩っていく。ひとときだけ惨劇に目を伏せて、それでもと一呼吸を置いて、立ち向かうのだ。
     鋭い一閃がデモノイドの肉を破った。
    「血染斬骸――闇払う曙光の祈りを込めて」
     振るったサイキック『紅蓮斬』は、この場に立ち残るために敵の命を掠め取るものだ。熱い息を吐きながらも戦線に復帰した静香を支えるように、あるいは頼るようにして、飴が背中合わせの姿勢をとった。
    「おかえり、静香ちゃん。でももう少しだけ、ひっくり返せるようになるまで、堪えましょっか」
     颯音は、そこからわずかに外れた位置にいる。いつでも符を飛ばせる姿勢だが、颯音自身もまた傷ついていた。
    「しかし、こちらが耐え切れなくなるのも時間の問題っすね。増援はまだか……って、ああ!」
     ようやく、ようやくだ。アンデッドを倒した撫子と奏、花音と虎次郎が一斉にデモノイドへと畳み掛けたのだ。
     払い、穿ち、貫き、打つ。捲土重来とは言えないが、少なくとも耐える一方の戦いは終わったと判断できるだろう。
    「久瑠瀬先輩……それに、みんなも! 流石っす!」
    「……はは。すごいですよね、うちのアタッカー連中」
     感嘆の声を上げる、鉱と飴。
    「いやいや、巴里先輩のおかげっすよ。先輩の傷は半分ぐらい、『鋼鉄拳』やった時の傷じゃないですか」
     言いながらも治療を忘れない、颯音。
    「ね、私たちも負けてられないわよね。仲間の頑張りにも、運命にも、だから」
     そして静香は、最早震える事の無い足でそこに立っていた。
    「だから、抗います」

    ●天空には冷たい星座を
     ――阿佐ヶ谷の夜はまだ明けない。この場に限っては、かの家の住人は無傷、アンデッドもデモノイドも灼滅され消えつつはいるが。
     虎次郎は、アンデッドの残骸から拾った儀式用の短剣を見る。デモノイド化の機能が残っているかは不明だが、調べれば何かがわかるかもしれない。
    「……デモノイドにするか殺すか、っすからね……」
     ため息を飲み込んで、虎次郎は犠牲者の冥福を祈った。静かな祈りの中で、虎次郎は何故を思う。
     何故、この町だったのだろうかと。

    作者:君島世界 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年3月22日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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