阿佐ヶ谷地獄~塗り潰す紅

    作者:時無泉

    ●始まり
     月も太陽も、輝くものの全てがその姿を隠していた。
     空は黒に塗り込められて、白んでいく気配は微塵も見せない。

     とある住宅街。
     一切が眠りについている所へ、それらはぬるりと現れた。
     手にはナイフ。足を引きずるように歩くその体は、すっかり腐っている。
     それは手近な家に近づくと、ためらうことなく扉をナイフで引き破った。
     不審な物音に、起きてきた男の胸にナイフを突き立て。
     その様子を見て悲鳴を上げた女に迫り、腹をかっさばく。
     ほんの数分の間の出来事だった。
     事切れた体から溢れる血が乾いた場所を求め、床を広がっていく。
     どちらのものともわからぬ赤い血を踏み、それらは他の人間を探して家の中をさまよう。
     ナイフをいつでも突き立てられるよう、構えたまま。
     しかし程なくしてその家に二人しかいなかったことを悟ると、それらは何事もなかったかのように家を出ていく。
     足元を血で染めて。家の中に女の死体を残して、それらはゆらゆらと次の家へ向かう。
     その後ろには、つい先ほどまではなかったはずの青い巨体があった。
     新たな家の扉が破られ、腐った体はナイフを手に家へ侵入する。
     
    「デモノイド……最近のことだから、お前達も覚えているよな。あれが、阿佐ヶ谷に現れた」
     神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)は、いつになく真剣な眼差しで説明を始める。
    「すまないがすぐ向かってくれ。このままだと、阿佐ヶ谷は壊滅する」
     壊滅。ヤマトの言葉に、唾を飲む音が教室に響いた。ヤマトはそっと腕を組み、話を続ける。
    「デモノイドといえば、ソロモンの悪魔『アモン』によって生み出されたはずだ。しかし今回は、なぜかアンデッドによる襲撃でデモノイドが生み出されてしまっている」
     不可解な点に、教室に集まった者達もそれぞれに首を傾げる。
    「アンデッド達は儀式用の短剣のようなものを装備している。どうやらこの短剣で攻撃された者の中からデモノイドとなる者が現れるらしい」
     そこまで言うと、ヤマトは一度視線を落とす。
    「ちなみに、確認はできていないが……少し前にソロモンの悪魔の配下達が行っていた儀式を知っているか? アンデッドの持っているこの短剣、その時に使われていた短剣と同様のものである可能性がある」
     その説明にざわつき始めた灼滅者達を、ヤマトは少し手をあげ制止し、軽く咳払いをする。
    「だが、今はこれ以上被害を出さない事が先決だ。アンデッドと、生み出されてしまったデモノイドの灼滅を頼む」

    ●カウントダウン
     母親の悲鳴に、少年は部屋を飛び出した。
     声のした方へと、少年は家の中を乱雑な足音を立て駆ける。
     玄関。
     引きちぎられた扉。真っ赤に染まった床。
     母はうつ伏せに突っ伏している。ぴくりとも動かずに、背中からどくどくと血を流して。
     ――これは、きっとペンキなんだ。ペンキだ。
     真っ先に、少年の頭に浮かんできたのはそれだった。
     誰かがうっかり赤いペンキをこぼしてしまったのだと。
     少年はそう思いたかった。
     目の前の光景を信じたくはなかった。
    「ウオオオオオオオォ……!」
     何かが玄関の向こうで吠えた。青い怪物――少年にはそう見えた。
     そしてその青い体の後ろから、ナイフを手にした人間が3人現れる。
     いや、それは人間ではない。
     頭蓋骨が、腐って剥げ落ちた皮膚の下に見える。
     屍。
     笑うはずのないそれが、にやりと口元を緩めた気がした。
     ナイフの刃先を少年に向け、玄関の肉塊をぐしゃりと踏み潰して、一歩一歩近づいてくる。
     少年は腰を抜かし、動けなかった。屍の腐敗臭が鼻につく。
     青の慟哭が、闇の向こうで響いた。
     屍は嬉々として腐った腕でナイフを振り上げる――。

    「どうやら、あまり時間はないようだな」
     教室の窓の外を見つめていたヤマトが呟いた。彼は教卓に手をつき身を乗り出すと、灼滅者達を一人一人確認するように見つめる。
    「お前達、言っておくが……くれぐれも無理はするな。気を付けてくれ」
     ヤマトの強い視線に、灼滅者達は頷くより他はない。


    参加者
    艶川・寵子(慾・d00025)
    有栖川・へる(歪みの国のアリス・d02923)
    川原・咲夜(ニアデビル・d04950)
    釣鐘・まり(春暁のキャロル・d06161)
    羊飼丘・子羊(北国のニューヒーロー・d08166)
    西洞院・レオン(翠蒼菊・d08240)
    ラックス・ノウン(フーリダム殺人鬼・d11624)
    七峠・ホナミ(撥る少女・d12041)

    ■リプレイ

    ●割込
     少年の目の前で真紅が揺らめき、横切った。
     アンデッドが手にしたナイフがスローモーションのように振り下ろされる。いや――それが遅く見えたのは、羊飼丘・子羊(北国のニューヒーロー・d08166)の槍捌きが単にそれより速かったからだった。少年とアンデッドの間に風のごとく割り込んだ子羊の槍はアンデッドの胸を正確に貫いている。
     ナイフを振り上げ家へ侵入しようとする別のアンデッドへは、川原・咲夜(ニアデビル・d04950)が槍を突き出し、その行く手を阻む。
    「彼には、ナイフの切先さえ届かせはしません」
     踏み込み、槍を突き立てる。咄嗟に振るわれたナイフが咲夜の肩をざっくりと切ったが、アンデッドが家に入ることは防ぐ。子羊は刺さっている槍を音もなくアンデッドから抜き、構える。
    「北国のニュー☆ヒーロー……参上ッ!」
     子羊の首に巻かれた紅のマフラーが、夜風になびいた。
    「オオオオオオオォ……!」
     家の前、小さな道に立ち塞がる青の巨大な影――デモノイドが威嚇するように唸る。攻撃をしてきた灼滅者達に向かって。
     艶川・寵子(慾・d00025)と釣鐘・まり(春暁のキャロル・d06161)が動いたのはほぼ同時だった。
    「ごめんなさいね、今は私と相手してくれるかしら?」
     寵子は鬼の如く巨大化させた腕での一撃をデモノイドへ。
    「あなたは、どこにも行かせない……!」
     まりは玄関を背に、光り輝くオーラをまとい拳を打ち込む。――未だある命を全て、助けたいと、そう祈りつつ。
    「アアアアアアァ!」
     二人の攻撃にデモノイドが怒りに満ちた咆哮を上げた。襲い来るハンマーのような一撃。寵子はぱっと拳へと飛び出す。軽く数メートルは飛ばされそうな勢いの攻撃に、寵子は短く息を吐き、自らの巨大な腕を横に一振りすることでかろうじてバランスを取る。
    「レオン、こっちは私達に任せて。少年の救助をお願いするわ」
    「ええ、回復は私がしておくわ!」
     寵子が西洞院・レオン(翠蒼菊・d08240)へ叫べば、七峠・ホナミ(撥る少女・d12041)もすぐに分裂させた光の輪を寵子に向ける。
    (「今回は『守る』ことが私の戦い。必ず支えてみせる」)
     回復手としてここに立つホナミは、胸に手を当て細く息を吐いた。これ以上は、やらせやしない。
    「すまぬのう、そちらは頼んだ。……千紫万紅、命栄えよ!」
     レオンが殲術道具を解放させつつ少年の救出に向かう。ラックス・ノウン(フーリダム殺人鬼・d11624)がデモノイドの動きを止めようと制約の弾丸をその青の体に向けて放つ。
    「弱い人を襲おうとするのは、スッゲー腹立つな~」
     間延びした口調。それに対して、弾丸は素早くデモノイドを射抜く。
     デモノイドが片腕を上げたまま、動きを止める。アンデッドはそのデモノイドの隣に立ち、灼滅者達へナイフの切先を向ける。ぴたり、空気が張りつめる。そんな中、有栖川・へる(歪みの国のアリス・d02923)が大袈裟にアンデッドへ手を振りながら、一歩進む。
    「ボクは不思議の国からやってきた灼滅者! 親しみを込めてアリス……と呼ぶこともできないか、傀儡のキミ達は♪」
     挑発的な笑みを口元に浮かべて、しかしそれとは真逆のどす黒い殺気をへるは体中から放つ。彼女の内側で静かに燃える怒り――それを具現化したような殺気に、アンデッド達が飲まれる。
     アンデッドはナイフをへる目がけて振る。が、横から流れるように現れたラックスのビハインド、フリーダムが代わりに狂刃をその身に受ける。
     しかしすぐさま更なるアンデッドが毒気を含んだ竜巻を呼び起こし、それを灼滅者達にぶつけてくる。
    「積極的なのは嫌いじゃないわよ?」
     微笑んだまま、攻撃に耐える寵子。
     でも。
    「人の命が、かかってますからっ」
     咲夜の言うとおり、灼滅者達はそう簡単に倒れる気配はない。

    ●力
    「大丈夫かの? ご覧の通りの有り様じゃ、家の奥におってくれると助かるのう」
     レオンは少年の傍でしゃがむ。少年は相当気が動転しているのか、魚のように口を開閉するだけだ。
     少年を立たせようとレオンが手を差し伸べる。――が、その時自分のその手がわずかに震えていることに気付く。
     命の重みか、それともかつての自分の心の弱さか。
     どちらにしてもレオンの脳裏には、仲間の顔が浮かび上がる。しばし悩んで――レオンは少年を抱え上げる。
    「必ず守ってみせるからの」
     レオンの言葉は少年に向けられたものか、それとも。
     戦場から離れた、家の奥に少年をそっと下ろす。レオンが駆ける。動かない母親の傍をそっと抜け、仲間が戦う家の外へ向かう。
    「必ず迎えに行きますから、それまで家の中で待っててくださいね!」
     家の外から少年へ声が飛ぶ。咲夜だ。肩に血を滲ませながら咲夜はアンデッド達に狙いを定め、その周りの空気を瞬時に凍らせる。
     アンデッドがナイフを子羊へ振り上げる。しかし凍てつく空気に反しアンデッドの動きはぬるく、子羊はその刃を体を軽く反らしてかわし、代わりに両手で握りしめたマテリアルロッドできつい打撃を見舞う。
    「弾けろ!」
     子羊のフォースブレイクはアンデッドの頭部をがくんと揺らす。体をくの字に折り曲げるようにして、アンデッドは崩れ落ちる。
     別のアンデッドはひるむことなく竜巻を生み出し、それで前衛を巻き込んでいく。
    「そっこーでぶっ潰~す」
     ラックスが自身の影を広げ、それに竜巻を放ったアンデッドを飲み込ませる。ほぼ同時にフリーダムも霊撃を放つ。
    「わー、キミ達、ただの人形の割には良くやってると思うよ?」
     へるが驚いたように目を見開きながら、槍を構え、螺旋を描くようにアンデッドにその先を突き刺す。流れるべき血はもう流れない、その代わりアンデッドは地に膝をつき倒れた。
     と、その時デモノイドが吠え、拳で上から叩きつけようとする――ラックスを狙ったその拳の先へ、まりが駆け込む。内臓が割れるような衝撃に体が飛ばされ。片膝をついてまりは自身へ竜因子を解放する。
    「あら、可愛い女の子を傷つけるのはマナー違反よ」
     攻撃の直後、隙のできたデモノイドを寵子はロッドで殴りつける。ホナミは攻撃手を援護するように清めの風を前衛へ吹かせていく。
     アンデッドが距離を詰め、腕を上げる。手にしたナイフはラックスへ振り下ろされる。咄嗟にラックスは地を蹴り、空で一回転。距離をとりに行きつつも、アンデッドはしつこく迫る。ナイフが目の前に突き出されたとき、ラックスは避けきれなかった。そのままギザギザに変形した刃が彼を裂いていく。傷口が広がる独特の刃の形。胸に染みる赤が痛い。

    「遅くなったのう、少年は大丈夫じゃ」
     駆けたレオンがラックスへ守りの護符を飛ばす。もう彼の体は震えてはいない。仲間とともに、凛と戦場に立つ。
     へるはアンデッドの死角へ回り込み、弱り動きの鈍った者を狙って斬撃を放つ。が、デモノイドも攻撃は止めない、横に振り抜いた拳が寵子を捉え、彼女を地に叩きつける。人形のように、彼女の体は抵抗もできないまま数回跳ねる。
    「攻撃するならこっちです、よ!」
     まりが青の体に叫び気を気を引きつつ、血の魔力を持った霧をじわじわと展開。寵子も立ち上がり。気を引き締めるように裂帛の叫びを上げる。アンデッドはその間にナイフを頭上へ掲げると、生まれた毒の風でホナミとレオンを蝕む。
    「後ろには攻撃させないよっ!」
     子羊がその様子にすぐさまアンデッドへ拳を打ち、フリーダムも倣って霊障波を放つものの、竜巻の攻撃を阻止するにはわずかに間に合わない。
     ラックスの足元の影が揺れ、黒の刀が現れる。それは音も立てず伸びアンデッドを切り抜いた。アンデッドのナイフを持つ手が一瞬下がる、そこに咲夜が杖を手に突っ込む。と、咲夜に寄り添うように小さな光の輪が現れる。ホナミのシールドリングだ。
    「お願いね!」
     ホナミの声に咲夜は頷き、魔力に満ちた杖を頭上高く振り上げ、真っ直ぐアンデッドの頭部へ振り下ろす。流れ込む力に耐え切れず、アンデッドはその場で爆ぜるように倒れた。
     一つ残されたデモノイドが助けを求めるように長く吠える。その声は、暁の闇に消えていく。

    ●願い
     助けられるのなら助けたいと思っていた。
     自分の胸の上で、まりはそっと拳を握る。
    「お願い。大切な想い、忘れないで。誰かの愛する人を殺したいなんて、あなたも絶対、望んでなかった……!」
     ――だって、あなたにも大切な人がいたんでしょう?
     まりのその言葉は、途中からデモノイドの咆哮でかき消された。青の腕は見る間に鋭く肉厚な刃へと姿を変え、デモノイドはそれを一振りした。
     そのパワーに、空気が揺らぐ。
     前衛に立つ者があっけなく薙ぎ倒される。まりは即座に霧で仲間を包み込む。
     へるは目の前のデモノイドから目を離さないようにしつつも、胸元にはハートのマークを浮かび上がらせる。子羊はよろめきながら少し後ろへ下がり、その様子にホナミは子羊へ光の輪を放つ。
    「子羊☆ビーム!」
     隙は与えまいと子羊がデモノイドを指させば、輝く光とともに指先からビームが発射、デモノイドに当たる。
     レオンは咲夜へ護符を飛ばし、寵子はシールドリングをフリーダムへかける。
    「人殺すことのぞんでるわけじゃないんだろ~。だったらやめよ~ぜ~」
     跳躍し、デモノイドの前にひょいと着地したラックスが、デモノイドへ指輪をかざし、石化の呪いをかける。フリーダムも主人であるラックスの後に続くように衝撃波を当てる。
    「阿佐ヶ谷を、ただの地獄のまま終わらせてなるものか……!」
     傷付いた自分の身も顧みず、咲夜はデモノイドの後ろへ回り込む。斬撃を放ち、切り裂かれた傷口に手を伸ばす。
    「まだ、生きているのなら……!」
     咲夜の手は、青の体には触れなかった。代わりに横から来る青い衝撃。口から空気とともに赤の塊がこぼれ、立て直す間もなく彼の背中は地を滑った。

     デモノイドはひたすらに腕を振り回す。アスファルトでできた道路には干ばつの大地のようなひびが入り、並ぶ街灯も家々を囲う塀も飴細工のようにへし折れる。
    「キミにも守るべき日常があって、家族がいたはずだよ! それを思い出して!」
     残されているはずの人間性にへるは問いかけ、青の腕を食い止めようとロッドを叩きつける。デモノイドがわずかに、揺れた。が。
    「ウウウウアアアアアアアァ!」
     おぞましい咆哮とともに、へるを殴る。地面と擦り合いもみくちゃになった体が悲鳴を上げる。
    「そうじゃ、守るべき場所があったはずじゃろう。殺戮兵器にならんでどうか戻ってきて!」
    「聞こえる? 貴方は血の赤なんて望んでないはずよ。私達を信じて、気持ちを強く持って!」
     レオンがすぐに防護符を放ち、ホナミも癒しの矢でへるを回復する。
    「あなたにはあなただけのものである人生があるはずよ」
     誰かに強要された悲劇なんて、従う必要はないのよ――寵子は鬼の腕に思いを込めて、それを攻撃する。
     デモノイドはどこを見ているのか、わからない。
     呻きが漏れる。ゆるゆると腕を振り上げたところへ、まりが割り込む。
    「目を覚まして。私たちも手伝う、から。一緒に戦う、から……!」
     まりの声は悲痛に満ちていた。ただ、助けたくて。彼女は自分の拳を青へ打ち込み続ける。が、その拳はデモノイドにより払いのけられる。いらない、邪魔だと、そう言わんばかりに。
     子羊も両腕にオーラを込めデモノイドへ向かうが、やはりあっさりと跳ね除けられてしまう。
    「ガアアアアアアアアァッ!」
     デモノイドが拳をラックスへ振り抜く。その拳をフリーダムが身を挺して庇った。かなりの一撃だったのだろう。フリーダムは耐え切れず、力尽きて消えていく。ラックスは少し眉を下げつつ、指輪をデモノイドへ向け弾丸を放つ。
    「このままじゃあんたをたおさなくちゃならないんだぜ~。そうゆうのは望んでね~だよ~」
     咲夜もロッドを手に、デモノイドの胴体へフォースブレイクを放つ。
     助けられる可能性があるかはわからない。
     それでも手を、伸ばさずにはいられない。
    「今は――何もかも、気にしている場合じゃないっ!」

    「……タタカイタク、ナカッタ」
     直後、聞こえたのは男性の声だった。
    「シニタクナイ」
     今この場にいるのは灼滅者とデモノイドだけ――声の主はおそらく。
    「『彼』なのね」
     ホナミがぎゅっと口を結ぶ。まりが希望をこめて、拳を握った。
    「大丈夫、私達がいるから……」
    「ダケド」
     彼は誰に振るうともなく地面を叩いた。青の手がアスファルトを破り、破片を散らしながら地面にめり込む。
    「……ダイジョウブ」
     直後、デモノイドが天を仰ぎ見、慟哭した。そして腕を見る間に刃に変え、灼滅者を薙ぐ。赤い花々がぱっと生まれ、地を彩る。
    「……ふうん。そういうこと、なんだね」
     膝に手をつき立ち上がったへるが、デモノイドを黒い斬撃で容赦なく叩き切る。ラックスの影も青い体を斬った。傷口が、赤の涙を流す。
     レオンが灼滅者達へ優しい風を吹かせ、寵子はせめて、と鬼の腕でデモノイドに触れる。
     大丈夫――彼が言ったその意味。
    「あなたも……ううん、あなたの方がずっと、痛いんだよね」
     たった今、まりにできた傷が生々しい。しかし、目に見えるものよりももっと痛い傷がある。彼女はそれを知っている。
     『彼』のカウントダウンは、この時既にゼロになってしまっていた。
     咲夜は歯を食い縛り、目を閉じた。

    「預けるわよ……!」
     ホナミが矢をつがえる。放つ矢に、思いを託して。
     その癒しの矢を受けた子羊は無言で、マテリアルロッドをデモノイドへ向ける。
     最期は極めて単純だった。デモノイドは振りかざされるロッドをかわす素振りを見せなかった。もしかするとただ単に動けなかっただけかもしれないが、傍目にはわからない。
     彼の体は溶け、不自然な色の液体がその場に残された。

    ●思い
     子羊はアンデッドが手にしていたナイフに近づき、ハンカチで包みつつそれを慎重に拾い上げた。装飾などはないシンプルなナイフ。儀式用の物なのか――断言はできない。
    「……でも念のため、回収しておこうかな」
     警戒しつつ、子羊はそっとナイフをしまう。
     その近くで、へるは別のナイフを踏みつけ、空を見上げる。
    「次は自分で来ることだね。臆病者のバンダースナッチ!」

    「この辺りに他のデモノイドはいないようです」
     箒を使い辺りを確認していた咲夜が戻ってくる。
    「後はできれば逃げ遅れた人の保護、ですね」
     まりが確認のため口にすれば、寵子はそれに頷く。

     デモノイドは救えなかった。それでも灼滅者達は深い痛手を負うこともなく、さらに一つの命を守り抜いた。
     ――破壊の跡が残る家。どこからともなく漂ってくる腐敗と血の臭い。当然と言わんばかりにあちこちは赤く染まっている。
     街は静かだった。
     夜がいつもと変わりなく明けていく。

    作者:時無泉 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年3月22日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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