阿佐ヶ谷地獄~蒼き死よ来たれ

    作者:赤間洋

     階下で、大きな物音がした。
     もそりと寝返りを打って、昌規は時計を見る。朝の4時をいくらか回った非常識な時間に、訝しげな顔になる。眠い目をこすって起き上がると、控えめなノックの音。
    「……お兄、ちゃん?」
     不安そうに覗いてきたのは妹だ。同じ音を聞きつけたのだろう。
    「由香、大丈夫だ、兄ちゃんが見てくる。ここで待ってろ」
     怯えたような妹を部屋に残し、昌規はぱたぱたと階段を下りた。ただ事ではないのは明らかだったが、この家の男手は自分しか居ないのだ。
    「なんだ……?」
     鼻をついたのは異臭。
     生ゴミを何億万倍も酷くしたような凄まじい悪臭だった。表情を歪め、まず母親の寝室に向かう。母さん、と声を掛けてふすまを開けて。
     凍り付いた。
     折れた障子、割れた窓ガラス――血塗れの室内。胸部にナイフを突き立てられて絶命している母親と、それを囲んでいる、
    「……。ゾンビ?」
     数体の異形。
     今日日映画の中でも滅多に見ない、酷く現実離れした腐った死体は、だがどんよりと黄色く濁った目をのろのろと昌規に向けてきた。
     ずるっ。
    『ゾンビ』がナイフを引き抜いた。とぷり、と傷口から――母親の身体から血が溢れるのを見て、だが棒を飲んだように立ち尽くす。現実に、頭も身体も追いつかない。
     否。
    (「――……由香!」)
     逃げなくては。
     妹の顔を思い出すや、 昌規は踵を返す。二階に駆け上ろうとして。
     背中に、衝撃。
     いつの間にか背後に迫っていたゾンビの突きだしたナイフが深々と刺さっていた。激痛に声もない。もんどり打って倒れる昌規の視界に、階段と、小さな足が映る。
    「由……香っ……、逃げ……が、があ――……っ!?」
     視界が明滅した。身体の内が外が、ただれるように熱い。
    「がああああああああああああああぁァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
     昌規が最後に見たのは、醜悪に膨れあがる己の身体と、ゾンビに群がられ、ナイフを心臓に突き刺されて絶命する妹の姿であった。
     
    「風雲急を告げる、ってやつでさあ。……畜生」
     手が白くなるほど拳を握り、エクスブレインが告げる。
    「鶴見岳の戦いで戦ったデモノイドは覚えてますね? あれが阿佐ヶ谷に現れやした」
     このままじゃ、阿佐ヶ谷が壊滅すると続ける。
    「解せねえのは、連中、アモンたらいう『ソロモンの悪魔』の手で生み出されたはずなんですが、今回に限ってアンデッドによる襲撃で生み出されてます。ってのも、アンデッドども、儀式用のナイフみてえなのを持ってやして」
     それで刺さたものの幾らかがデモノイドになっているようだという。
    「しかもそのナイフがどうも、ソロモンの悪魔の配下共が使ってたナイフと同じようで……けどまあ、詮索は後でさあ。今はこれ以上に被害を出さねえために、アンデッドと……デモノイドの灼滅をお願いします」
     
     ――豪腕が、玄関のドアを叩き潰した。
     巨体を震わせ、少年であったデモノイドが喉をそらして吠える。死の満ちる阿佐ヶ谷の空気を裂く叫声の残響が空に上る。のしのしと歩き道路に出、近くに駐車してあった乗用車も叩き壊した。
     そのまま、大通りに向けて歩き始める。
     動く者にはゾンビが群れを成して襲いかかりナイフを突き立て、デモノイドが衝動に任せるままに辺りのものを手当たり次第に破壊していく。
     朝焼けの世界に、死が迫る。染まる。染まってゆく。
     
    「……そう言えば、愛知でも似たような事件がありやしたね。あん時は、デモノイドになっちまった人を、救うことは出来やせんでしたが」
     ふ、とエクスブレインの片頬が緩んだ。
    「今回は……デモノイドになったばっかりの今なら、あるいは。なんてのは、都合の良い話でしょうかね。……ままなりやせんね」
     緩く首を振り、一礼する。
    「よろしく頼みます。被害を食い止めて……救って、やってください」


    参加者
    ポンパドール・ガレット(ちびフェニックス・d00268)
    殿宮・千早(陰翳礼讃・d00895)
    東雲・由宇(神の僕(自称)・d01218)
    江楠・マキナ(トーチカ・d01597)
    小圷・くるみ(星型の賽・d01697)
    時渡・竜雅(ドラゴンブレス・d01753)
    水軌・織玻(水檻の翅・d02492)
    崎守・紫臣(激甘党・d09334)

    ■リプレイ

    ●愚者の道行き
     折からの強風が死の満ちた街に吹く。嫌な臭いがした。
    「なんで……」
     こんなことになっちまったんだ阿佐ヶ谷は、と呟いたのは崎守・紫臣(激甘党・d09334)であった。応じるものはいない――応じようもない。
     嘆きに満ちたあらゆる音が渦を巻き、絶望は澱さながらに沈んでいるようだ。すでに遠く近く、複数の剣戟の音も聞こえ始めている。
     少し先の家で、ドアが吹っ飛んだのを確認して灼滅者たちは速度を上げる。
     ぞろりと、まず出てきたのはゾンビであった。緩慢に、だが遅滞なく道路に躍り出たその背後。
     醜く隆起した、蒼い巨人。
     それはかつて昌規と呼ばれた少年の変化した姿であった。理性すら危うい暴虐の巨人は、自らが吹き飛ばした玄関ドアを踏み砕き前進する。
     その顔が、誘われるように灼滅者を見た。
    「マサノリ! 壊すのも、殺すのも、駄目だ!! どうしてもおさまりがつかないなら、おれたちの方に来い!!」
     ポンパドール・ガレット(ちびフェニックス・d00268)が呼び掛ける。デモノイドが身体ごと向き直った。声の意味に反応したと言うよりは、ただ音がしたから捕捉した態であった。
    (「ワケも分かんねえうちに殺されて、自分はバケモノにされて暴れ回った挙げ句、退治されるなんて」)
     そんなひどい話があるかと叫び出しそうになる。そしてそれは、この場の灼滅者全てに言えることであった。
     だから、彼らは選択した。声を届けようと。
     と、咆吼。歓喜するように苦悶するように、高く吠えたデモノイドが迷うことなく灼滅者に突進する。
    「昌規っ」
     高威力の殴撃を妖の槍で捌き、声を上げたのは殿宮・千早(陰翳礼讃・d00895)だった。真実、声をしっかりと届けるために攻撃は控えるのが最良と判断する。説得するべき人間であり、攻撃するべき敵ではない。
     無謀。その一言だ。けれど。
    (「言葉は、光だ」)
     絶望を晴らす希望の光だと、千早は強く思う。それを昌規の心に届けるまでは、おちおち諦めるわけにはいかない。
     願う千早を嘲るように腐った腕を伸ばしてきたゾンビを斧の柄で弾き返し、小圷・くるみ(星型の賽・d01697)も声を張る。
    「自分の姿を見て、あなたまで人を殺す化け物にならないで!」
     誰よりもハッピーエンドを願う少女の声は、しかし通ったのかすら覚束ない。攻撃の意志がないのを汲んだのか、ゾンビたちの攻撃がその勢いを増し始める。悪趣味な物語を象徴するような死体共に、くるみが形の良い眉を吊り上げる。
    (「他人ごとじゃねえな、くそっ。このまま本当の地獄にしてたまるものかよ!」)
     妹を思い浮かべながら時渡・竜雅(ドラゴンブレス・d01753)は奥歯を噛んだ。同じ立場になったらと、ぞっとする。だからこそ何よりも強く声が出た。
    「わかるぜ昌規、家族を守れなかった悔しさ。だから戻って来い、このまま――っ!!」
     言葉を切るようにデモノイドが腕を振り回す。それは竜雅の言葉を無理矢理打ち消すような、強引な一撃。
    「おい、昌規! 聞こえてるか!」
     乱杭歯で噛みついてくるゾンビを引きはがして紫臣もまた声を出す。
    「生きてるんだ、お前は、生きてるんだよ! 辛いかも、知んねえけどよ、戻ってこい!」
     これ以上お前のような奴を増やすなと叫ぶ。
    「お願い、昌規君。こんな理不尽に負けないで。応えて……!」
     水軌・織玻(水檻の翅・d02492)も合わせるように声を張った。目の前で家族を殺され、化け物にされ、その悔しさと苦しさたるや想像を絶する。だからこそ、救いたいのだと織玻は思う。それは絶対に、間違いではない。
     灼滅者たちが説得をする間も、デモノイドとゾンビ共の攻撃は容赦なく襲ってきた。傷だらけになりながらも、だがそれを享受するしかない。
     希望はあった。だが愚かな行為でもあった。こうまで怨嗟に満ちた世界で、一体どれだけの言葉が届くと言うのか。
     それは砂の海で一粒の黄金を探すようなものだ。
    「私にも一人、妹が居るんだ」
     それでも声を出さずにいられないから、今ここにいるのだと江楠・マキナ(トーチカ・d01597)は痛切に思う。
    「生意気だけど、掛替えのない大事な家族だよ。キミもこのままじゃ誰かの大事な人を殺すことになる」
     どうか抗ってと、その痛切さを音に乗せて届けていく。その鼻先をデモノイドの大振りの一撃がかすめた。あまりにも、大振りな一撃。
    「(苦しんでる?)」
     その異変をかぎ取ったのは東雲・由宇(神の僕(自称)・d01218)だ。目測を誤ったと言うよりは、まるで内側で何かがせめぎ合っているような気配。
    「昌規くん、しっかりするんよ!!」
     だがそれは凄まじい苦痛を伴っているようにも見えた。今までにない大音声で暴れるデモノイドに、由宇は赤茶色の目を翳らせ、だがすぐさま頭を振る。
    「可能性が僅かでもあるなら絶対に諦めん、昌規さんを救ってみせる!」
     無力さを改めて痛感したが、それが引く理由にはならない。してはいけない。救いを与えてこそのエクソシストなのだから。
    (「いっそ、一緒に」)
     それでも、苛烈な暴力の中、出口の見えない徒労感と共に飛来した思いを、ポンパドールは慌てて打ち消す。幸不幸を決めるのは、昌規自身なのだ。一時の感傷でそれを定めてしまうのは傲慢だと己を戒める。
    (「聞かせてくれ、意志を。マサノリが望むことを!」)
     だが願いとは裏腹に、その豪腕が紫臣を殴り倒す。身体がくの字に折れ曲がる。たたらを踏んだ。
     限界は近い。駄目なのかという絶望が、ひたひたと灼滅者たちの心を蝕んでくる。それを振り払うように、千早が叫ぶ。
    「心まで、異形に明け渡してしまわないでくれ! 人として生きる希望を――希望を、捨てるなっ!」
     デモノイドに叫んだのか、自分に叫んだのかも分からなかった。
     だから、ぴたりとデモノイドの動きが止まったのに、一瞬ついて行けなかった。
    「……?」
     ゾンビたちが群がるのを捌きながら、全員が動向を見守る。最前までの暴力衝動がまるで嘘のような、一瞬の、真空。
     ぐりん、とデモノイドの頭が千早に向いた。ぞろりと牙の生えた口元が、痙攣するように動く。
    「ダ」
     あるいは。
     獣のうめき声であったかも知れない。風の音だったかも知れない。
     最初から諦めて戦っていれば、耳に届かなかっただろう、あまりにも微かな。
    「ダズ、ゲ、デ」
     濁った音。
     確かに、聞いた。
     確かに、届いた。

    ●その手ですくうもの
     視界が晴れたようだった。実際、これ以上の明瞭さはなかった。
     水滴がいつしか岩を穿つように、自分たちの言葉のそれぞれが全て意味を持ってこの道をこじ開けたのだと、灼滅者たちは卒然と理解する。
    「昌規、お前っ……」
     意を決して、千早が息を吸う。ぎしりと音がするほど妖の槍を握りしめた。
    「――少し痛いが、我慢しろ!!」
     動きを止めねば話にもなるまい。死ななければ、何とかなる。乱暴だが仕方ない。
    「『誰も』、倒れさせたりしない!!」
     織玻の凛とした声がさらに背中を押すようだった。後衛から見たものは、全員の意志が、ただ一つの結末に向けて一斉に動き出した瞬間であった。リングスラッシャーから放たれたプリズムが防護の力となり、ポンパドールにもたらされる。
     他方、己の吐いた言葉などなかったかのようにデモノイドは再び暴れ始める。両手を組みハンマーのように振り下ろす、その一撃を鋼鉄のボディで弾いたのは、マキナのライドキャリバー、ダートであった。エンジンが唸り、デモノイドに突っ込む。
     それを追うようにマキナの手のひらが突き出された。契約の指輪が鈍く光り、制約の弾丸が吐き出される。増強された、絡みつく魔力がデモノイドの動きを阻害にかかる。
    (「大丈夫――大丈夫」)
     今さら、戦場の恐怖を思い出した。けれどとマキナは思う。仲間が居る、ここには居る。
     小柄な身体を生かすように駆け、くるみが利き手とは逆の手に身につけたWOKシールドを展開させた。
    (「引きつける!」)
     シールドバッシュでデモノイドを殴りつける。同時、合わせたのはポンパドールだった。彼もまたデモノイドの懐に斬り込み、シールドバッシュを叩き込む。助けてと言ったのだ。それが意志であれば、掬うべきだと確信して。
     咆吼。デモノイドの巨大な手のひらが二人を押しつぶさんとするが、それこそ上等であった。それが守り手の本懐だった。
     竜の気迫に揺らめく髪が、紅蓮の炎を思わせた。竜雅が走る。無敵斬艦刀の切っ先が地を削った。踏み込む。
    「敵陣一掃!! 合わせろっ!!」
    「無論!!」
     轟閃、万物断ち切る森羅万象断が戦場を薙ぎ払えば、紫臣の螺穿槍が半壊していたゾンビの頭部を完全に破砕する。と、視界の端に歪な輝き。かざされたナイフが紫臣の腕に刺さる。
     否、その寸前でナイフを握った腕が宙を舞った。高速演算を走らせた由宇が無敵斬艦刀を叩き込んだのだ。そが銘は鉄の杖、詩編に語らるるそれを冠した殲術道具の刃が閃く。戦艦をも両断する一刀に、ゾンビが耐えられるはずもない。
     怒り狂ったデモノイドの猛攻が、くるみとポンパドールに降り注ぐ。その動きを制約されてなお、ダメージは深く深く刻まれる。ほとんど押されていたが、それでも未だに倒れないのは、
    「私が支えます、だから耐えてください!」
     必死に支える織玻の癒しの力のためだった。リングスラッシャーの輝きが、癒しと守りを同時に与えていく。織玻が居なければ戦線は崩壊していたかも知れない。
     と、鋼糸が伸び広がった。
    「悪いが、これ以上災厄を広げる訳に行かないんでな」
     最後のゾンビを打ち倒し、ようやくデモノイドと相対した千早の放った封縛糸であった。ギリギリと凄まじい音を立ててデモノイドを束縛する。
    「死ぬのは、蒼い『バケモノ』だ――昌規ではなく」
     戻るのか、と言う懸念は既にない。曇天を裂く一条の光は今、確かに灼滅者たちの目に映っていた。

    ●来たれ、蒼き死よ
     ごっ、と風が唸った。紫臣の金剛夜叉刀が風を巻いて振られた音であった。渾身を賭した一太刀、戦艦斬りがデモノイドを深々と斬り裂く。人外の血がしぶいた。
    (「生きろ、お袋さんや妹の分までっ!!」)
     歯を食いしばり、心の中で呼び掛ける。口には出さないが、それは強い思いであった。
     刺さった刃を無理矢理押し戻そうと暴れるデモノイドを牽制するため、マキナがガドリング弾をばらまく。短くも重い衝撃にデモノイドが震えた。その巨体がじわじわと下がる。
     もはやいつ死んでもおかしくないほどずたずたになった姿に改めて由宇が斬艦刀を構え直す。何かを短く言祝ぎ、地を蹴った。
    「デモノイド化する前に救えたらこんな苦痛も無かったんよね……ごめん」
     口の中でさらに小さく呟き、構えた斬艦刀を一度大きく引く。
    「だけど自分を忘れんで――あなたは、人間なんよ!!」
     浴びせられた一太刀がデモノイドを袈裟懸けに斬り裂いた。デモノイドが、その激痛に絶叫する。風前の灯火。それを、見計らって。
     ずだんと、踏み込んだ。無敵斬艦刀の刃を寝かせ、腹の部分を表に、そのまま振り抜いたのは竜雅であった。阿佐ヶ谷の空気そのものを震わせるびりびりとした咆吼。先刻ゾンビに阻害された言葉の続きを、愛刀と共に叩き込む。
    「このまま、大切なものを奪った奴らのっ! 好きにさせていいわけないよなあああああっ!!」
     轟音。
     加減はしたが、容赦はない。斬艦刀にぶん殴られたデモノイドが、勢いも殺せずに突っ込んだ。衝撃にブロック塀が砕け散る。
     手応えに、竜雅は斬艦刀を引いた。しんと、静まりかえる。ぱらぱらと細かく、塀の欠片が地面に落ちる。
    「(どっちだ!?)」
     世界が止まる。静謐は、その場の灼滅者の祈りにも似ていた。それぞれが酷使した体は悲鳴を上げている。
     地面が揺れた。
     デモノイドの巨体が膝をついた衝撃だった。ぼこぼことその不気味な色の肌が泡立つ。鼻の曲がる悪臭を放ち、気味の悪い肉汁を噴き出し、崩れ出す。
     滅んでいく。
     だが、一人として目を反らさない。
     だから。
     恐ろしく長く感じる時間の中で、ごぼり、ごぼりと溶けた巨体の中から、人の形を為した『何か』が現れたときには、快哉を叫びたくなった。
     どろり、ぐしゃりと溶け崩れ、広がるデモノイドの死骸、その真ん真ん中。膝をつき、傷だらけの身体で。
     それでも、人間であった。
    「昌規!」
     よく見なければ呼吸さえも疑わしいほどに憔悴しきった風体ではあったが、確かに生きていた。小刻みに震える唇が、喘ぐように空気をはむ。声。
    「ごめん」
     支えるために伸ばした灼滅者たちの手が、囁きに押されるように止まる。
    「ごめんなあ、母さん、由香……!」
     ぐしゃぐしゃに汚れた昌規の頬を、涙が伝う。
     そのまま、今度こそ昏倒した。慌てて全員で助け起こす。
    「……戻りきって、ない?」
     脈などを確かめていた織玻が独り言のように呟く。概ね人の形を取り戻してはいたが、肌の色など部分部分でデモノイドから戻りきっていない。
     傷つき、疲れ果てているのを差し引いても、学園で保護するしかなさそうだと判断するのに時間はかからなかった。このままではおちおち日常生活も送れまい。
     落ちていたゾンビが使っていた禍々しいナイフの回収は、昌規の保護を優先して断念することにした。何が起こるか知れたものではない。断腸の思いで割り切り、灼滅者たちは撤退を開始する。
     その流れに逆らうように。
     足を止めていたのはくるみだ。気付き、怪訝な声を出すマキナに、くるみはぐっと奥歯を噛みしめる。
    「くるみ?」
    「私」
     未だ明けやらぬ空、悲鳴、怒号。死の匂い。
    「……頑張れば、どんな物語もハッピーエンドに出来ると、思って……っ」
     ダークネスへの怒りと己の非力さに小さな肩を震わせる少女に、マキナは口を引き結んだ。灰色の目が映したのは、最早滅びを免れない阿佐ヶ谷の風景だ。
     これが、支配されていると言うことなのか。
    「倍返しよ。いつか、必ず」
     それでも、希望は捨てない。
     表情に乏しい面差しにそれでも確かな誓いを乗せて、くるみの背をそっと押した。
     走り出す。
     絶望の中で掴み取った、ささやかでけれども確かな希望を、その手に持って。

    作者:赤間洋 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年3月22日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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