阿佐ヶ谷地獄~命、掌より滑り落ちるとも

    作者:旅望かなた

     阿佐ヶ谷の住宅街にある、何の変哲もない家族。
     朝六時に起きた母が朝食を作り、父は洗濯物を干してから新聞を読み、祖父は庭の手入れをし、祖母は仏壇にご飯と水を供え、姉は制服を着て弟を起こし、弟は眠い目を擦りながら朝食の皿を運ぶ。
     ――そうやって始まる日常が、まだ今日の幕も開けぬうちに。
     消える。
     物音に気付いた少女が階段を下りれば、首を半分斬られた母と、脳天から真っ直ぐな赤い線で断ち切られた父。
     胸を刺され、重なり合うように倒れた祖父母。
     そして、友達とわいわい言いながら怖がったホラー映画でしか見たことのない化け物――確かゾンビと言ったか――が、血に染まり奇妙に曲がりくねったナイフを手に、ニィと笑っていた。
     一歩。
     また一歩。
     さらに一歩。
     近づいてくる。
     殺される。
     なのに、身体が動かない。
    「ねーちゃん……?」
     なのに背後から聞こえた声には、即座に振り向けた。
     眠い目をまだ擦りながら、弟が己を見上げている。
    「二階に行きなさい!」
    「でも、音が……」
    「言うこと聞いて!」
    「どうしたの、ねーちゃん」
     己の背後に視線を向けようとする弟から、惨劇を隠して押しやろうとした瞬間。
     背中に灼熱の如く痛みが走る。
     ――ああ、お父さんが、お母さんが、おじいちゃんが、おばあちゃんが殺されたんだもの。私が殺されない、わけ……、が……、
     どくん。
     どくん、どくん。
     どくん、どくん、どくん。
     身体がゆっくりと変貌していく。それが引き起こす激痛が、理性を消し飛ばして。
     思うように身体が動かなくて。
     その腕がゆっくりと持ち上がり、弟の首を刎ね飛ばしたのを最期に。
     少女の意識は、消え果てた。

     ――阿佐ヶ谷は、デモノイド達の暴虐により――壊滅した。
     
    「ごめん超急ぎ! 鶴見岳の戦いで戦ったデモノイドが、東京の阿佐ヶ谷に現れたんだ!」
     嵯峨・伊智子(高校生エクスブレイン・dn0063)が急いで集まった灼滅者達を見渡し、そう言ってからぎゅっと拳を握る。
     ――阿佐ヶ谷は、もう地獄と化している。
     そう、伊智子は言った。
    「デモノイドはソロモンの悪魔の『アモン』に生み出されてる筈だけど、今回はアンデッドの襲撃で生まれてるんだよね。儀式用の短剣っぽいので攻撃されたら、だいたいは死んじゃうんだけどたまにデモノイドになる人がいてね」
     それは少し前にソロモンの悪魔の配下達が行っていた儀式に使われていたのと、同じものかもしれない。
    「その辺確認できてないんだけど、とにかくこのままだと阿佐ヶ谷が壊滅しちゃう。……もう、たくさん、死んでる」
     何かを堪えるように、静かに伊智子は瞳を伏せた。
     そして、決意したように顔を上げる。
     これ以上被害が出る前に、お願い、と。
     
     アンデッド達は阿佐ヶ谷の民家に無差別に入り込み、人々をナイフで殺戮し続け。
     悲鳴。怒号。そしてそれすら上げられずに、殺された無力な人々の群れ。
     そして刺された者の中から現れたデモノイドが、立ち上がり叫ぶ。もはや人ならざる者となってしまった悲哀を叫ぶ。その中には、あの少女の姿もあった。
     ――もはや他のデモノイドと区別すらつかぬ、家族を殺され弟を己の手で殺してしまった少女は、ただ叫び、己の家であったものを破壊し続けた。
     戦うべき場所を伝えた伊智子は、少し考えてからゆっくりと口を開く。 
    「愛知県の事件の時は、デモノイド助けれなかったけど。でも、デモノイドになったばっかりの今なら、もしかしたら……もしかしたら、だけど」
     ぎゅ、と伊智子は拳を握る。
     だけど、無理はしないで、と。
    「一番大事なのは、みんな帰ってくること。そして、阿佐ヶ谷の壊滅を止めること。でも、もしかしたら……もしかしたら、だから」
     まずは、これ以上失われる命がないよう。――灼滅者達も、含めて。
    「よろしく、お願いします」
     ぺこりと、伊智子は深く、深く深く頭を下げた。


    参加者
    黒洲・智慧(九十六種外道と織り成す般若・d00816)
    乾・舞夢(スターダスト王蟲・d01269)
    羽柴・陽桜(ひだまりのうた・d01490)
    雪片・羽衣(春告げ蝶々・d03814)
    マリーゴールド・スクラロース(小学生ファイアブラッド・d04680)
    透峰・深宵(夜を渉る・d09449)
    原坂・将平(中学生ストリートファイター・d12232)
    クリス・レクター(ブロッケン・d14308)

    ■リプレイ

     明るくなりゆく空に――響くのは往来の音ではなく、悲鳴。怒号。狂ったような笑い声。慟哭。そして――漂うのは朝食のいい香りではなく、ただ血の臭い。
     ……たくさんの悲鳴、聞こえる。そう、雪片・羽衣(春告げ蝶々・d03814)は奥歯を噛み締めた。
     消えていくのは見知らぬ命。それが快いとは全く思わないけれど。それを助けるために――。
    「なんか嫌。ざわざわする」
     小さく、羽衣は呟いた。ぎゅ、と握った拳に、爪が食い込む。
    「酷い、こんなのってないですよ。ゾンビも、ゾンビを放った奴も許せない」
     普段はマイペースなマリーゴールド・スクラロース(小学生ファイアブラッド・d04680)も、思わず呟かずにはいられない。ナノナノの菜々花が隣にいるから、冷静に戦うことはできても。
    「でも、今は目の前のデモノイドになってる子を助けないといけないよね」
     負けられないし、彼女にも負けないでほしい。
     そう、マリーゴールドは強く、願う。
    「いつもそこにあるものがなくなってしまう、のは。大好きな家族が居なくなるのは、やだ」
     駆け抜けながら、羽柴・陽桜(ひだまりのうた・d01490)が強く、強く拳を握る。はなうたと名付けた春色の縛霊手が、その使い手に感応するように握られる。
    「朝が来ないなんて、やだ。あの子もひおと同じ気持ちだよね」
     もはや失われた家族の命は、戻らない。
     けれど、彼女にまだ、朝が来るように。陽桜は強く願う。込み上げる苦い気持ちを、流れそうな涙をぐっと飲み込んで。
    「かなりノ強敵が相手だネ」
     飄々とした様子で、けれどクリス・レクター(ブロッケン・d14308)の瞳に幾分の苛立ちか、怒りか、そんな色が駆け抜ける。「気を引き締めていこウ」と、それでも彼は冷静に仲間達へと告げる。
    「……羯諦、羯諦、波羅羯諦、波羅僧羯諦、菩提薩婆訶」
     静かに唱えた黒洲・智慧(九十六種外道と織り成す般若・d00816)は、露わにしたロッドと体から噴き出すオーラをそのままに、頷いて。
     そして死の街と化した阿佐ヶ谷を駆け抜けた灼滅者達は――咆哮を上げて暴れ回る、一つの蒼き影を見た。
     そして、五つの腐り果てたモノ――ゾンビ達を。
     一人の少女をデモノイドへと変えたゾンビ達は、さらなる犠牲者を探し出そうとしていた。
     そして、すぐそばには逃げ惑う一般人の数人。恐らくは、これも家族だろう。
    「さぁ……死ね。運がよけりゃ、少し死が伸びるぜ」
     青きデモノイドが暴れ回る様子を背景にゾンビの一人が、家族を必死に守ろうとする父親にナイフを突き刺そうとした、その時。
    「助けに来たのよ。手出しはさせない」
     羽衣が無敵斬艦刀を振りかぶりながら飛び出すと同時、透峰・深宵(夜を渉る・d09449)が腕を巨大なる異形へと変えた。
    「さあ、どれから片付けましょうか」
     軽口のように言い放つ深宵の眉が、けれどその間に皺を作るほどひそめられて。
     デモノイドとなってしまった少女の、無差別な破壊の中に無残に巻き込まれていく家族の死体。それは、彼女が一つも、悪くないだけに酷く、むごい。
     それでも新たなる死体を作るまいと、深宵は彼らを庇う位置を意識する。
    「逃げて!」
    「早く、彼らより後ろへ」
    「すぐに隠れロ!」
     羽衣の割り込みヴォイスと共に原坂・将平(中学生ストリートファイター・d12232)が後衛の二人と一匹を指し示し、クリスが指示を送れば、助けられたことは理解したのか父親と母親が大きく頷き動き出す。
    「これ以上の生は辛いかもだけど……」
     一気に展開した武装を広げ、乾・舞夢(スターダスト王蟲・d01269)は真っ直ぐにゾンビ達の間を抜け、デモノイドと化した少女へと向かう。
    「……灼滅者、か」
    「ああ。殺すぞ」
     呟き合うゾンビ達が一気に広げた、犠牲者達の呪いの渦を潜り抜けて。
    「やっぱり戻ってほしい、かな」
     じっと変貌してしまった少女を見つめる瞳に、バベルの鎖を集中させる。――ほぼ同時に、ばしりと叩きつけられる青色の腕。
     身体がへしゃげるような一撃に、舞夢の体はそれでも起き上がる。まだ数撃は耐えられそうなのは、彼女がディフェンダーであったから。
     そして、彼女は一人ではないから。
    「愛知のデモノイドは最期に『アリガト』って言ったよ。……そんな言葉もう聞きたくねぇ」
     今度こそ、止めに来たんだ。
     そう言って、将平が体ごと雷を纏った拳をぶつける。
    「菜々花、これ以上酷いことには絶対させないんだから!」
    「ナノ!」
     焔が一気にマリーゴールドのオーラを覆い、そして、突き出された拳から衝撃と共にゾンビを染める。菜々花がぴゅんっと体を捻ってハートマークを飛ばし、深い傷を負った舞夢を癒す。
    「ゾンビの持っているナイフの回収モしたいところだけれド」
     先ずは殲滅ダ、と呟いて、クリスが前方に魔力の霧を展開する。前衛を務める仲間達の姿がぼやけ、優しき夜の癒しと同時に力を宿す。
     静かに目を細めて敵を睨み付けた智慧は、その体に一気に黒き殺気を宿した。そのまま腕を広げれば、殺意は気となり黒く黒くゾンビ達を呑みこんでいく。
    「グガァァッァァァッ!」
     そして闇の中から、デモノイドが一気に抜け出した。将平の体が蒼に押されてぐんとのけぞる。咄嗟にシールドを展開して防いでも、一撃一撃が、重い。
    「続け!」
     さらにゾンビ達が、次々に攻撃を仕掛けてくる。ゾンビ一体一体の力はそれほど高くなくても――集まれば。
     必死にシールドを厚くし、将平は己を、己の仲間達を守らんと出力を一気に上げる。まだ、救えると信じる。
    「きっとまだこっち側に戻れる!」
     その攻撃に迷いはない。それでも。
     舞夢は叫ぶ。想いを、フォースブレイクに乗せて。
    「悲しみに負けないで、そんなの誰も望まない……、あなたの家族だって、あなたが幸せになった方が良いって言うに決まってます!」
    「ナノ!」
     マリーゴールドがガトリングガンに宿し、そのままゾンビの一体を薙ぐ。菜々花がハートマークを飛ばし、将平へと癒しを送る。瞳が見据える先は、迷わない。救い出したい。
     再び将平へと斬りかかってくるゾンビのナイフが、耳障りな金属音を立てて弾かれた。振り向いた先に、轟雷を解き放ったばかりの智慧がいる。
     それでも――ナイフを落とすには、至らない。けれど幾分鈍った一撃を、将平は素早くWOKシールドで食いとめた。
     けれどその間に、今度は舞夢が殴り倒されて。起き上がるその頬は、明らかに腫れ上がっていて。
     傷が深い者が二人と見るや、ゾンビ達は素早くヴェノムゲイルを展開する。前衛が四人、ならば毒を受ける確率も四分の一、けれど――数が、多い。
     クリスが夜霧を呼び仲間達を癒しの夜で包み込み、陽桜が素早く清めの風を呼ぶ間にも、デモノイドの蒼い腕は止まる事を、安らぐことを知らぬように、ただひたすら、振り回され続ける。気を付けて、と仲間達に告げるクリスの声からは、飄々とした様子が薄れつつある。
    「辛いよね。悲しいよね。苦しい……よね」
     除霊結界を展開しながら、必死に陽桜は呼び掛ける。幸せな家庭に育った彼女には、想像するしかない痛み。けれど、想像するだけでも息が出来なくなってしまいそうなほどの痛み。
    「でも、このまま大切な場所を壊しつくしてほしくない。大好きで大切な人達の想いを残してあげられるのは、あなただけだから」
     ――たとえその一つを奪ったのが、彼女自身であったとしても。
     生きて、と陽桜は必死に告げる。必死に、呼びかける。
     それに抗うかのように咆哮を上げた蒼い腕は――ゾンビを狙っていた深宵へと、向いた。
     体力で劣る彼が落とされれば、一気に戦況が傾く。それに何より――失いたくない、仲間。
     そう思った舞夢の行動は素早かった。デモノイドと深宵の間に入り、その身に一撃を受ける覚悟を一瞬で決めて。
     そして――彼女の体は、宙へと舞って地面に、叩きつけられた。
     すぐさま起き上がろうとする動作が、さっきよりもずっと緩慢で。深宵が「感謝します」と告げて、すぐさま防護符を舞夢に飛ばす。
     その様子に、ぐっと羽衣は拳を握り締めた。
     だって、見知らぬ人を失うより仲間を失う方が、ずっと辛いのに。
     デモノイドとなった彼女を救う為に、闇に堕ちる決意をした者すらたくさんいる。
    (「見知らぬ人たち守るために、ういの好きな人たちがいなくなる。そんなの気に入らない。そんなの嫌なのに」)
     なのにみんなは、それを選んで傷を負って。闇に堕ちて。
    「何でそんなこと、するの」
     思わず、声に出ていた。誰にも――対峙するゾンビにすら聞こえぬ程、小さな声だけれど。
    「何で助けられるの。助けようとするの。なにがそんなに大事なのか、わかんない」
     そう呟きながらマテリアルロッドを叩きつけた羽衣の目の前で、また将平がデモノイドの一撃を受け止める。そして己に攻撃を集中すべく、シールドバッシュを叩きつける。
     わかんない。わかんない。わかんない。
     頭の中がぐるぐるする。自分は闇堕ちしないと決めている。怪我をした仲間を連れて逃げると決めている。だって――失いたくないもの。
     なのに、なんで。
    「大丈夫か。聞こえるか。今、助け出す」
     クリスの声には普段の軽口とは対照的な、真剣で必死な色が宿る。制約の弾丸がゾンビの一体の動きを止め、その間に智慧がナイフ狙いは分が悪いと素早く閃光をまとい拳を叩きつける。
     デモノイドと灼滅者達を阻むゾンビ達が、一体ずつ消えていく。壁が一枚ずつ、剥がれて行くように――その先にあるのが灼滅か、それとも救いかは誰も知らぬけれど。
    「本当の敵は僕たちじゃありませんよ。ヤツらを倒すためにあなたも協力できませんか?」
     深宵が呼びかける。己の身を危険に晒しながら、それでも裁きの光でゾンビの一体を打ち倒し、防護符を己に貼りながら次のゾンビへと向かう。
     彼の助けたいと思う心は――目の前で、肉親を失くした経験から。
     素直に口に出すことはないけれど、表情にすら出さないけれど――確かな共感が、そこにはある。
    「家族を失う気持ちはよくわかるから。このまま暴れて消えることは、決して償いにも救いにもならないよ」
     そして口に出さぬ深宵の言葉を引き取るように、舞夢が続ける。デモノイドの蒼い体に拳を叩き付けながら、その奥の少女の心に訴えかける。
     家族を仮初でも蘇らせたら――智慧は考えてから、そっと首を振る。戦いの最中であるから彼らを巻き込んでしまい、家族の死を再び少女の心に刻み込むかもしれない。それは――彼女が、苦しすぎるだろうから。
     だから智慧は、風の如く彼女の家族の遺体を迂回し、素早く魔力を宿した杖を叩きつける。呪力を掻き消すほど強い願いを、込めて。
    「気をしっかり持って」
    「…………ガッ!」
     苦しげに、苦しげにデモノイドは叫んだ。叩きつけられた拳に舞夢の体が一気に後ろに押し下げられる。追撃を掛けようとしたデモノイドの前に、将平が躍り出て。
     焔を纏わせ、一気にWOKシールドを叩きつける。闇を穿つ戦いは強く、呼びかける言葉は優しく。
    「痛いよな。苦しいよな。理不尽だよな――このままじゃ思い出も何もかもぶっ壊しちまう」
     彼女の家族も、暮らした場所も、帰る場所も、彼女自身の心も――何も、かも。
    (「助けてと応えてくれたら俺は何だってできる。頼む。届いてくれ」)
     盾を構え駆け抜けながら、将平は願う。祈る。俺達が諦めたら、誰がこの理不尽をぶち壊せる、と駆け抜ける。
    「あんたはまだ生きてる。助けてって言ってくれ」
    「――ウガアアアアアアアアアア!」
     応えは、返らない。ただ、叫び。
    「あなたはまだ生きてる……、……悲しくても苦しくても、きっとやり直せるから、私達が助けるから……、諦めたらダメ!」
    「ナノナノ!」
     マリーゴールドの叫びが、焔を纏った弾丸が、一気にゾンビの一体を焼き尽くす。なお暴れ続けるデモノイドから受けた傷は、菜々花が必死に癒していく。
    「ひおも一緒に支える。絶対一人にしない。だから、どうかもどってきて」
     仲間を癒す歌声に乗せて、陽桜は必死に訴える。心に届け、絶対に届け、と。
     デモノイドが一際大きく悲鳴のような声を上げ、身体ごと叩きつけるように灼滅者達を殴り倒していく。その様子に、零れそうになった涙を堪えて。
    (「ひお、強いもん。まだ泣いちゃダメだもん。あの子を助けて一緒に泣くから、だからまだ泣かないの」)
     嗚咽を、陽桜は必死に堪えて。
    「つらくてもくるしくても決着つくまではいっしょにいたげるから」
     舞夢が手を伸ばす。その手には百裂拳の力を宿しているけれど。
    「いっしょにいこう?」
     いつだってその手は少女の手を取れる。
     智慧の鏖殺領域がゾンビ達を巻き込み、最後の二体を消し去った。デモノイドになおも声を掛けながら、クリスが影を鋭き刃と為して闇を裂く。そして――、
    「誰か、手加減攻撃を!」
     ぐらついたデモノイドの身体から限界を悟って、クリスが声を張り上げる。舞夢と将平が武器を逆手に持ち、陽桜が縛霊手を峰で打つように振り上げた。
     三人の攻撃が、急所を外して次々に当たる。――なのに。
    「ガハッ……ァァァアアアア!」
     倒れかけたデモノイドの、その傷が癒えていた。
     慈悲を宿した攻撃は、止めを刺すことはないけれど、もしもダークネスが相手であれば、魂が肉体を凌駕するのと同じように衝撃で受けた傷を癒してしまう。
     つまりは――もう、彼女は。
     上がった慟哭は、誰のものだっただろう。灼滅者達か、デモノイド、否少女か――深宵の眉間に、深い深い皺が刻まれた。
     けれど――ならば、せめて灼滅を。神薙の刃が、空気を斬りデモノイドの命運を断たんと放たれる。
     羽衣が一瞬瞳を閉じ、再び開いた時には無敵斬艦刀を構えて高く飛ぶ。そして、両断。
     クリスが静かに、静かに手を伸ばした。既に覚悟は決まっている。
     倒すしか救いがないという事実に、心が負けてしまえば――それこそもう、自分達の手では彼女を救えないのだから。
     解き放ったのは、制約の弾丸。唇が、引き絞られ――見開いた瞳が、少女の最期を見届ける。
    「トウ、サン……カアサン、ジイチャン、バアチャン、――あき、ヤ」
     順に、少女は家族の名を呼んだ。
     そして、灼滅者達を見渡して。
     その口元が僅かに微笑み――唇の動きに、将平がぎり、と悔しげに奥歯を噛み締める。
     そして、少女であったデモノイドはこの世界から消えた。

     忘れない、と。
     舞夢は黙祷を捧げる。涙が止まらぬ者、共に祈る者、――灼滅者達の想いの表現は、さまざまであったけれど。
     伸ばした手は、僅かに届かなかった。
     手を伸ばす様も、デモノイドが人の心と闇に挟まれ苦悩したことも、そして届かなかったことも、全て見届けた羽衣は。
    「――わからないのは、寂しいの」
     わかることは、できただろうか。
     見上げた空は、憎いほどに――蒼かった。

    作者:旅望かなた 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年3月22日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 2/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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