阿佐ヶ谷地獄~一等死街地

     ――グオォォォォオオ!!!
     まるで遠吠えの如く、死の街と化した阿佐ヶ谷を覆ってゆく雄叫び。
     街を闊歩するのは死人と、そして異形の獣のみ。
     またどこかで、獣の咆哮と轟音が鳴り響く。
     空へと立ち上る無数の煙。舞い上がった塵芥が街をさらに闇へと貶める。
     街の壊れてゆく音。人の営みの崩れてゆく音。
     大雑把に削り取られた民家。片端から薙ぎ倒され、火花を散らす電柱。
     横転したまま瓦礫に押し潰された車。勢いを失いながらも、燻り続ける炎。
     阿佐ヶ谷という人の街は今日この日、この世界から消えて失せる。
     
     
    「事態は急を要する。阿佐ヶ谷に無数のアンデッド、そしてデモノイドが現れた」
     科崎・リオン(高校生エクスブレイン・dn0075)はこうしている間も惜しいと言わんばかり、灼滅者達のどよめきをかき消すようにさらに言葉を連ねる。
    「放置すれば阿佐ヶ谷地区が壊滅するのは不可避だ。……いや、介入したとて避けられないのかもしれない。それほどまでに、事態は深刻だ」
     鶴見岳で戦ったデモノイド達はソロモンの悪魔、『アモン』が生み出していたはずだが、今回は何故か『アンデッド』の襲撃によって新たに生み出されている。
    「アンデッド達は短剣のような物で武装している。そしてこの短剣の餌食になった者の中から、新たなデモノイドが生まれているようだ」
     未確認ではあるが、以前ソロモンの悪魔の配下達が行っていた儀式に使われていた短剣と同様の物である可能性もある。
    「だが、それらの関連性を探るのは後だ。今は一刻も早く阿佐ヶ谷へ向かって貰わねばならない」
     
    ●阿佐ヶ谷地区、民家
     真っ暗なトイレ内で姉弟が抱き合い、震える体を互いに押さえ付けていた。
     2人の耳に入るのは乱雑な足音と、低い呻き声。
     外の様子はわからない。ただ、眠りを妨げた悲鳴と、血相を変えて2人をここへ押し込んだ母親の様子から、幼い弟にさえもそれなりの想像はついていた。
    「……お姉ちゃん」
     姉が弟の口に手を強く押し当てた。
    「……大丈夫、大丈夫だから」
     弟に、そして自分に言い聞かせるようにそう呟く。
     ――グルルルォオオオオ!!
     ビリビリと震える家屋。ほんの一瞬硬直した姉の手をすり抜け、恐怖のあまり錯乱した弟がトイレのドアへと手を伸ばした。
    「――開けちゃダメ!!」
     姉が叫んだその瞬間。弟の小さな手がドアノブへ届く直前。
     巨大な腕に薙ぎ払われたドアが弾け飛び、木片へと姿を変えて宙を舞う。
     ――ドオォン!!
     粉塵と共に舞い込む血と腐肉の臭いに咳き込み、口元を押さえた姉の指の隙間から吐しゃ物が溢れ出る。
     弟は大きく目を見開いたまま、目の前に立ちはだかる青い魔獣をじっと見上げていた。
     
    「私が具体的に未来予測できたのは……口惜しいがこの程度だ。正確な情報はこの惨劇が起こる場所のみだが、まだ間に合うかもしれない。……しかし」
     メモを灼滅者へと手渡しながら、リオンは己に問うように呟く。
    「阿佐ヶ谷か……武蔵坂とそう離れていないのは不幸中の幸い……なのだろうか」


    参加者
    アイレイン・リムフロー(スイートスローター・d02212)
    螺・一了(ラシ・d03514)
    リーファ・エア(自称自由人・d07755)
    清浄院・謳歌(正義の中学生魔法使い・d07892)
    水晶・黒那(子供の夢・d08432)
    天野・イタカ(忌垣八重垣・d10784)
    天木・桜太郎(春よ来い・d10960)
    ミリー・オルグレン(小学生神薙使い・d13917)

    ■リプレイ

    ●死地を駆ける
     倒壊し、原型を留めぬ街を灼滅者達が駆ける。
     崩れた家屋、住民の亡骸、人の生きた痕跡の崩れゆく様が次々に視界へと飛び込む。
     だが、立ち止まっている暇は無い。目指すのはただ1つ、あの姉弟。
    「……居た、あそこだ」
     天野・イタカ(忌垣八重垣・d10784)の視線の先に、「獲物はもうここには居ない」そういった様子で、周囲をキョロキョロと窺う多数のゾンビの姿があった。
    「風よ、此処に」
     リーファ・エア(自称自由人・d07755)が小さく呟き、殲術道具をその手に握る。
     イタカとほんの一瞬視線を交えた霊犬フミカズが速度を上げて飛び出し、無警戒なゾンビの背中へと、深く斬魔刀を突き立てる。
     呻き声を上げ、振り返るゾンビ達。その額や肩に、イタカの放った手裏剣が次々と食い込んだ。
    「あなたたち……許さないわ」
     アイレイン・リムフロー(スイートスローター・d02212)とそのビハインド、ハールがゾンビ達の中央から形成した多重の結界が青白い光を放ち、腐肉を焦がす。
     螺・一了(ラシ・d03514)、そして清浄院・謳歌(正義の中学生魔法使い・d07892)はその結界陣の上を、箒に乗って飛び越えた。
     上からゾンビ達を見下ろす一了が、最後尾を走っていた水晶・黒那(子供の夢・d08432) へと振り返り、大きく声を張り上げた。
    「そこの塀、手薄だ。飛び越えろ!」
     黒那は無言で頷き、自身の影業を足場にして瓦礫の上を駆け、そして塀を軽やかに跳び越す。
     背後を駆けてゆく黒那に気付き、後ろを振り返ったゾンビの後頭部を、押し潰さんばかりの勢いで天木・桜太郎(春よ来い・d10960)が殴りつける。
    「どこ見てんだよっ、と!」
    「あなたたちの相手は、こっちです!」
     ミリー・オルグレン(小学生神薙使い・d13917)の変化した腕が、ゾンビを首を薙いだ。
     ――グオオオオォォォォ!!!
     半壊した家屋から響き渡る咆哮が大気を震わせる。崩れた壁面から、デモノイドの青い背が覗いていた。
    「急がなきゃ!」
     謳歌と一了は箒の柄を一気に下に落とし、吸い込まれるかのようにその中へと飛び込んだ。
     
    ●死肢乱舞
     ――ドォォン!!
     一了と謳歌、そして黒那が突入した家屋から轟音が響く。
     ゾンビをレーヴァンテインで叩き伏せた桜太郎が、家屋から狼煙の如く舞い上がる粉塵を見上げた。
    「うまい事、行っててくれよ」
    「……あっちも心配、だが」
     イタカが拳にへばりついた腐肉を払い、肩口を大きく抉られ地に倒れたゾンビを睨み付ける。
    「――オォォ……」
     言葉にならぬ呻きを上げ、動かぬ右手からナイフをもぎ取って、ゾンビがしぶとく立ち上がる。
    「あの短剣……アイたち灼滅者は大丈夫と思うけど、あまり斬られたくないわね」
    「お手軽デモノイド、原理は気になるけど……っ!」
     リーファの槍から放たれた氷の弾丸が瞬く間にゾンビの半身を覆い、肉へと深く食い込む。
    「今はとにかく、目の前のゾンビをなんとかしなきゃ」
     ミリーの放った制約の弾丸が、氷に包まれたゾンビの眉間を撃ち抜いた。
    「……フミカズ」
     イタカの言葉に頷くかのように斬魔刀を咥え直し、フミカズが再びゾンビの真っ只中を突っ切る。
     狙い澄ました斬撃が、横一閃にゾンビの胸を切り裂く。
     呻き声を上げながら大きく後ろへと仰け反るゾンビ。その背後に、イタカの足元から伸びた巨大な影が大きな口を開けて待ち構えていた。
     ナイフを逆手に握ったゾンビが大きく腕を振り上げ、アイレインへと襲い掛かる。
     刺されれば、どんな事になるかわからない。そう過ぎったアイレインは咄嗟に槍で受け止めたものの、意外なまでのゾンビの力に押さえつけられて膝を付く。
    「こんな、力押しなんて……!」
     隆起したアイレインの影がゾンビの体へと絡みつき、そして縛りつける。
    「ハール!」
     アイレインとゾンビの間へハールが飛び込んで大剣を振るい、身動きの取れぬゾンビを弾き飛ばす。
    「いいぞいいぞー、オーライ!」
     待ってました、とばかりに桜太郎の拳がゾンビの顎を吹き飛ばす。続く連打がゾンビの全身を打ち、そして胸を貫いた。
     腕を引き抜き、大きく息を吐いたその時。
     ――ドォォォォン!!!
     桜太郎の背後で、家屋の外壁が轟音を伴って大きく崩れ落ちた。
     
    ●魔獣と、魔法使い
     ――グルルルルル……。
     パラパラと木屑の落ちてくる中、一了の展開したシールドがデモノイドの爪を押し留めている。
    「怖かったよね、もう大丈夫だよ」
     謳歌が姉弟をぎゅっと胸に抱きしめた。
     ほんの一瞬でも遅れていたなら、こうして無事な2人を抱く事は適わなかった。謳歌の目から安堵の涙が零れ落ちる。
    「遅くなって悪イな、魔物は任せとけ」
     一了がチラリと後ろを振り返り、そしてシールドの向こう側、デモノイドへと向き直る。
    「――こちとら、魔法使いだ」
    「まほう……」
    「……きれい」
     2人が光り輝くWOKシールドを見上げ、小さくそう呟いた。
    「そう、お姉ちゃん達は魔法使い。大丈夫、ここから助け出してあげる」
     謳歌がそっと涙をぬぐい、力強い笑顔を見せた。
     ――グオォォォ!!!
     デモノイドが咆哮と共に、僅かに残った天井を削ぎ落としながら腕を大きく振り上げる。
     ――ドォン!
     突如、炸裂音を伴ってデモノイドの体が大きく横に倒れた。
     一了達の顔に日が差し込み、そして小さな影がちょこんと目の前に立った。
    「待たせたのじゃ」
     一了が無言のまま黒那に頷く。
    「……あとは、任せた」
     崩れた足場でもがくデモノイドを踏みつけ、一了と黒那が外へと駆け出す。
     ――グオオオオォォ!!!
     咆哮を上げるデモノイドの顔面に当たった黒那の弾き飛ばした木片がさらに神経を逆撫で、デモノイドは一直線に黒那達を追ってゆく。
    「ここで待っててね、すぐに終わらせてくるから」
     謳歌が2人の頭をそっと撫で、立ち上がる。姉弟は互いに身を寄せ合い、コクリと確かに頷いた。
     デモノイドの迫る中、黒那は併走する一了が肩を押さえ続けている事に気づく。
    「無事、ではなさそうじゃの」
    「……ガラにも無く、無理しちまったみてエだ」
     一了の額から頬を伝い、脂汗が滴り落ちた。
     
    ●灼滅の覚悟
     ――グオオオオォォォ!!
     デモノイドの咆哮が空へと轟く。
     リーファ達の脳裏に一瞬、不安が過ぎったその時、崩れかけた屋内から撃ち出された炎の弾丸がゾンビの背で弾け、瞬く間に炎がゾンビの全身を覆い尽くした。
     炎の真っ只中を突っ切り、2つの人影が腐肉の散らばる路上へと転がり出る。
    「まったく、大層なお出迎えじゃの」
     黒那が無表情のまま、足の下の肉片へと視線を落とした。
    「姉弟は……!?」
     ミリーの問いに、一了が肩で息をしたまま答えた。
    「……ああ、無事だ」
     その様子に気付いたミリーが「ごめんなさい」と慌てて防護符を取り出し一了の傷を癒す。
    「そうか、良かった」
     イタカが安堵に胸を撫で下ろした。
    「……いや、安心するのはまだ早えーな」
    「デモノイド、やっと直に相対できますね」
     灼滅者達は、ただ一点だけを見つめていた。
     ――オオォォォ!!!
     咆哮を上げてデモノイドがその青い巨体を日に曝す。猛り狂う豪腕が立ちはだかる物全てを薙ぎ払い、一直線にこちらへと駆ける。
     アイレインが縛霊手に捕らえていた、動かぬゾンビをデモノイドへと放り投げる。
     飛来する腐肉を払い除けたデモノイドが、アイレインへと豪腕の標的を定めて腕を振るう。
    「――きゃっ……!」
     直撃こそ避けたもののあまりの衝撃に足元が揺らぎ、その場にぺたりと尻餅をついた。
    「……元は、人間だったんだよな」
     桜太郎が躊躇した様子で息を呑む。
    「……やらないと、人がもっと死ぬ」
     自身に言い聞かせるようにイタカがそう呟き、影業をデモノイドへと這わせ、その足元にぽっかりと大穴を空ける。
     デモノイドの右脚を、徐々に飲み込んでゆく影。それに抗うように、デモノイドは両腕を振るって周囲の物を片端から薙ぎ倒す。
     ――ドオォン!
     突如、デモノイドが前のめりにその場へと倒れこむ。
     その背の向こうから、謳歌の姿が覗いた。
    「絶対に、負けられない! そう、絶対に!」
    「氷漬けにしてあげますよ」
     身を起こすデモノイドへとリーファが冷気の弾丸を放ち、追い討ちをかける。
     それでも尚、動きを止めないデモノイドの体へとアイレインが立ち上がり、影業を這わせた。
    「元に戻れるなら、諦めないで帰ってきてよ!」
     ――グオオオオォォォ!
     影を引き千切り、凍り付いた肉が裂けるのも構わずに、デモノイドは怒りを露にしてその巨体を猛らせた。
     
    ●確かな希望
     黒那がデモノイドの背後から攻撃を仕掛けようと試みるも、振り回す腕に阻まれて今一歩を踏み込めずにいた。
    「くっ……往生際の悪い奴じゃ」
    「だったら、小細工で勝負するまで!」
     リーファの放つセブンスハイロウがデモノイドを囲いながら、細かな傷を次々に刻んでゆく。
     デモノイドが悶え、呻くその度に影は食い込み、傷口を伝うように氷はその面積を増していった。
     ――グオオォォォォ!!!
     痛みから逃れるためか、あるいはただ殺戮するためか。デモノイドは前へと大きく踏み出し、そして重い体を引きずるようにして駆け出す。
    「……なア、苦しいのか」
     デモノイドの視線の先、一了が呟く。ソーサルガーダー、多重に展開された小型のシールドと共にWOKシールドを構え、真正面からデモノイドの進路を阻む。
     一了の問いかけに返ってくるのは猛り狂った咆哮のみ。デモノイドが一直線に、シールド群へと突進する。
     小さな盾が次々と爆ぜてゆき、一了はシールドごとデモノイドに上から組み付かれた。
     ただひたすらに力ずくでシールドの中へと分け入るデモノイドの牙。デモノイドの荒い息が肌で感じ取れるほどに、それは近づいていた。
     ――グオオォァァ!!
     突如、身じろぎするデモノイド。その首筋に、一本の大剣が突き刺さっている。
     続けて、イタカの繰る高速の鋼糸がデモノイドの体へと無数の傷を刻む。
     アイレインがデモノイドに突き刺さるハールの大剣を足場にして、拳を握った縛霊手でデモノイドの頭へと渾身の力を込めた一撃を叩き込む。
     ――オオオオォォォ!!!
     直上から展開される網状の霊力が、地面へとデモノイドの体を押さえつける。
    「捕まえたわ! 今よ!」
     背から飛び退き、叫ぶアイレイン。
     その直後、謳歌の放つソニックビートがデモノイドの全身を伝う。
     ――グオオオォ……。
    「お願い、もう動かないで……」
     謳歌の声も空しく、デモノイドは両の手を地面へと突き立てる。
     ――オオオ……グオオォォ!!
     口から大量の体液を吐き出し、凍り付いた表皮が音を立てて割れてゆく。それでも尚、デモノイドは立ち上がろうとする事をやめない。
     足掻き、もがくデモノイドへと桜太郎が歩み寄り、龍砕斧を振り下ろした。
    「……嫌な感じ」
     桜太郎が吐き捨てるように言葉を漏らしたその足元で、頭部を失ったデモノイドの体が瞬く間に溶けて消えてゆく。
    「ねえハール、どうしてこんな事に……」
    「……じゃが、あの姉弟は助けられたのじゃ」
     黒那のその一言に、一同の顔に、わずかに光が差した。
    「そうだよ、助けられたんだよね」
    「……うん、そうだね。今はとにかく2人を安全なところへ」
     謳歌が家屋の中で待つ姉弟の下へと駆けてゆく。
     イタカが空を見上げ、誰にも聞こえぬほどの、小さな声でつぶやいた。
    「人がいなくなるの、悲しい。オレ、知ってる」
     擦り寄るフミカズの頭を、そっと撫でた。

    作者:Nantetu 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年3月22日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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