阿佐ヶ谷地獄~惨禍の朝

    作者:宮橋輝


     爽やかな朝を迎える筈だった家は、今や血の臭いに満ちていた。
     男と、彼の妻子が流した血が、畳や布団に赤い模様を描いている。
     ――突如、男が狂ったように絶叫した。
     傷口がみるみるうちに塞がり、全身が肥大化する。
     青き巨人がゆっくりと立ち上がり――そして咆哮した。
     

    「鶴見岳や愛知県で戦った『デモノイド』が杉並区の阿佐ヶ谷に現れたよ」
     伊縫・功紀(小学生エクスブレイン・dn0051)の言葉に、陽崎・千哉(中学生神薙使い・dn0092)が軽く首を傾げる。
    「デモノイド……って何だっけか?」
     学園に来て日が浅い彼女は、まだ情勢に疎い。一通り説明は受けている筈だが、単語だけを聞いてもピンと来ないのだろう。
    「ソロモンの悪魔『アモン』が生み出した、強化一般人のこと。ダークネスにも匹敵する力を持ってる」
    「ああ、そうだったそうだった」
    「――でも、今回はどういうわけかアンデッドの襲撃で生み出されてるみたい。ソロモンの悪魔じゃなく、ノーライフキングの眷属だね」
    「へ?」
     千哉や、教室に集まった灼滅者たちの反応を見て、功紀は説明を続ける。
    「アンデッドたちは儀式用のナイフみたいなものを装備していて、それで攻撃された人の中からデモノイドになった人が出ているみたい」
     さらに、未確認情報ではあるが、少し前にソロモンの悪魔の配下が儀式に用いていたナイフと同様のものである可能性があるという。
    「……何だかよく分かんねえな」
     眉を寄せ、無造作に頭を掻く千哉。功紀が、顔を上げて全員を見た。
    「皆には、これから急いで阿佐ヶ谷に向かってほしいんだ。もう、被害が出てる」
     このままだと、アンデッドとデモノイドの襲撃により阿佐ヶ谷地区が壊滅に追い込まれるだろう。
     それを聞いた千哉の表情が、途端に引き締まった。
     

     この時間、公園にはまばらに人の姿があった。
     それは、日課のジョギングに励む青年であったり、朝の散歩を楽しむ老夫婦であったり、休憩中のタクシードライバーであったりした。

     しかし――そのうちの何人かは、もはやこの世に居ない。
     突然に現れた異形の巨人と、生ける屍たちの手によって、無残に引き裂かれてしまったのだ。

     ――オオオオオオオオオッ!!

     響き渡る咆哮。
     今もなお命ある者たちは、その声に竦み、一歩も動くことができなかった。
     

     教室で説明を終えた後、功紀は控えめに付け加えた。
    「愛知県の事件では、デモノイドになった人を助けることはできなかったけれど……」
     もしかしたら――今回はまだ、デモノイドと化したばかりの者を救える可能性が残されているかもしれない。もちろん、それは簡単なことではないだろうけれど。
     しばらく大人しく話を聞いていた千哉が、席から立ち上がって口を開く。
    「こっち来たばっかで、あんま地理とか詳しくないけどよ。地区まるごと壊滅ってのは大事だわな」
     彼女は灼滅者たちを振り返ると、迷いのない表情で言った。
    「行こうぜ。……考えんのは、それからだ」


    参加者
    巽・空(白き龍・d00219)
    久我・街子(刻思夢想・d00416)
    ベルタ・ユーゴー(アベノ・d00617)
    花澤・千佳(彩紬・d02379)
    殺雨・音音(Love Beat!・d02611)
    王子・三ヅ星(星の王子サマ・d02644)
    忍長・玉緒(しのぶる衝動・d02774)
    砂原・皐月(禁じられた爪・d12121)

    ■リプレイ


     人々の悲鳴。たちこめる血の臭い。
     この日、阿佐ヶ谷の朝は『清々しい』という言葉とは程遠い惨劇から始まった――。

    「――なんてのはここまでや! ボク等が来たからには好き勝手させへんで!」
     公園に足を踏み入れたベルタ・ユーゴー(アベノ・d00617)が、桜の髪飾りを揺らして叫ぶ。
     敵の姿を認め、忍長・玉緒(しのぶる衝動・d02774)が微かに眉を動かした。
    「同じ場所に二種類のダークネスだなんて変わった状況ね」
     ノーライフキングの眷属たるアンデッドと、ソロモンの悪魔が生み出したとされる強化一般人『デモノイド』。
     ダークネスといえど、利害が一致する時は互いに協力するのだろうか。
     花澤・千佳(彩紬・d02379)が、注意深く周囲を見渡す。近くに増援が控えている可能性は捨てきれないし、場合によっては『何者か』がどこかで見張っているかもしれない。
    「……なんにせよ、まずはこの場を片付けないとね」
     愛用の鋼糸を指先で手繰り、四体のアンデッドを見据える玉緒。頷いたベルタが全身から人払いの殺気を放つと同時に、巽・空(白き龍・d00219)が大声を上げた。
    「すぐにここから避難して下さい!」
     腰を抜かして座りこんでいた女性の腕を、王子・三ヅ星(星の王子サマ・d02644)が取る。
    「助けに来たよ、落ち着いて。――陽崎君」
    「おうよ」
     三ヅ星の声に答え、陽崎・千哉(中学生神薙使い・dn0092)がもう一人を助け起こした。
     この場に駆けつけたサポートメンバー達もまた、一般人を保護すべく各所に散る。
     護衛のビハインドを伴ったロザリア・マギス、『通りすがりの名探偵』ことウォーロック・ホームズらが負傷者の救護に当たる中、一玖・朔太郎がまだ動ける者に呼びかけた。
    「大丈夫や! こっちへ!」
     今まで茫然自失の体だった人々も、力強い声に背中を押されて我に返り始める。童子・祢々、山城・竹緒らが、彼らに避難を促した。誘導路の安全は、箒に乗ったフィーナル・フォスターが上空から確認してくれている。
     同じく、空中から警戒に当たる五十里・香が、デモノイドに向かっていく殺雨・音音(Love Beat!・d02611)を見て、無理をしすぎるなよ――と囁いた。
    「ふええ、またデモノイドちゃん相手かぁ」
     先日にも戦った青き異形の巨体を見て、音音が思わずぼやく。三班に分かれ、アンデッドとデモノイド、一般人の対処をそれぞれ行うのが今回の方針だ。
     暫くは、三人でこの強敵を抑えなければならない。短めの茶髪を風に靡かせ、砂原・皐月(禁じられた爪・d12121)が口を開いた。
    「被害を抑えるためにも、頑張らないとね」
     アンデッドとデモノイド、どちらにも近寄りたくないのが本音だが、この状況ではそうも言っていられない。
    「――行動開始!」
     羽織ったコートを脱ぎ捨てる皐月の傍らで、久我・街子(刻思夢想・d00416)が夕陽の色にも似た金の瞳を煌かせた。
    「デモノイドの暴走、抑えてみせます」
     仲間達が、一般人の避難を終えるまで。そして、アンデッドを殲滅するまで――!

     それと前後して、アンデッド班の四人も敵と相対する。
    「……始めるわよ」
     玉緒が、胸元に下がった鍵のペンダントを祈るように握った。
     心の扉が開き、奥に封じられていた衝動が解き放たれる。黒い瘴気がアンデッド達に襲い掛かった瞬間、『龍』のオーラを纏った空が前に躍り出た。
    「貴方の相手はこのボクです!」
     アンデッドの一体に肉迫し、その顎に向かって雷撃の拳を突き上げる。
     虹色に輝くプリズムの十字架を召喚した千佳が、眩い光線を四方に放った。


     ――オオオオオオッ!

     雄叫びと共に繰り出されたデモノイドの拳が、皐月の細い体を捉える。
     衝撃に膝を揺らす彼女の全身に、たちまち月光の如きオーラが満ちた。戦う心ある限り、その輝きが翳る事は無い。
     攻撃のモーションの隙を突き、音音が一気に距離を詰めた。
     WOKシールドのエネルギー障壁を展開し、強かにデモノイドの脇腹を殴りつける。激昂する青い巨体を目掛けて、街子が斬艦刀を一閃した。体内から噴き上がる炎が刀身を伝わり、デモノイドを焼き焦がす。その間に体勢を立て直した皐月が、とん、と地を蹴った。
     あまり使い慣れぬ妖の槍。手に握った柄の感触を確かめつつ、真っ直ぐに踏み込む。螺旋の力を帯びた一撃が、デモノイドを鋭く穿った。
     軽いステップで後列に戻った音音が、軽く手を振って挑発する。
    「ホラ、やっぱりここまで届かない、でしょ~♪」
     激昂したデモノイドは刃の腕で斬りつけようとするも、彼女の言葉通り、前衛たちに行く手を阻まれてしまう。
     音音が光輪の盾で皐月の傷を癒すと、斬艦刀を大きく振り被った街子が超弩級の斬撃をデモノイドに見舞った。
     愛刀から伝わる、確かな手応え。強靭なデモノイドにとって痛打とは言い難いだろうが、今はそれで良い。敵をこの場に釘付けにし、仲間の合流まで耐えるのが自分達の役目。
     そして、今のところ対デモノイド戦術はほぼ完璧に機能していた。後衛の音音が怒りで敵を引き付け、ディフェンダーの街子と皐月が守りを固める。これなら、ダメージは最小限に抑えられる筈。
     皐月が、自らの足元に広がる影に槍を突き刺す。
    「――せいっ!」
     勢いを乗せて振るわれた槍から黒き刃が走り、デモノイドの身を切り裂いた。

     ヒーローの資格があるのは、敵と直接刃を交える者ばかりではない。
     一般人の避難誘導に徹する天方・矜人らの働きもまた、そう呼ばれるに足るものだった。
     足が竦んで動けない女性に、四月一日・いろはが肩を貸す。級友たるベルタを少しでも支援すべく、姫乃木・夜桜も奔走していた。
    「きしめん、行くぞ!」
     街子の要請でサポートに来た三園・小次郎が、霊犬を連れて別の一角に向かう。祝・八千夜とユエ・アルテミアの義兄妹が呼吸を合わせて動く一方、やや手荒い手段で一般人を逃がす風依・鏡悟のフォローに回る陰崎・千鶴の姿もあった。
    「その人で終わりかな」
     ESPをも駆使して一般人を退避させていた三ヅ星が、やや大柄な男性を抱え上げた敷島・雷歌に声をかける。充分に手が足りていたこともあり、思ったよりずっと早く目処がついた。
     伊舟城・征士郎が、三ヅ星に本隊との合流を促す。原坂・将平が、そこに言葉を重ねた。
    「先輩たちは、あいつを……助けてやってくれ」
     家族を奪われ、その身を異形と化した被害者の一人――デモノイドを。
     頷きを返した後、避難の完了を告げる笛を吹く三ヅ星。
    「……ミヅ様、ご武運を」
     千哉を伴って駆ける彼の背に、征士郎が囁いた。

     笛の音を聞き、ベルタが軽くステップを踏む。
     瞬時に張り巡らされた鋼糸の結界が、アンデッドたちを捉えた。
    「速攻で畳み掛けるぐらいの心がけでいこ」
     手間取れば、デモノイドを抑える仲間に負担がかかる。可能な限り損耗を抑えつつ、速やかに敵を倒す必要があった。
     アンデッドが、滅びの光を次々に放つ。足元から伸ばした影を盾に、ベルタは直撃を防いだ。
     敵の死角に回り込んでいた玉緒の鋼糸が閃き、身に纏う衣服ごとアンデッドを引き裂く。たとえ元が人であっても今はノーライフキングの眷属、攻撃の手を緩める理由は無い。
     そこに駆けた千佳が、マテリアルロッドの一打で追撃を見舞った。流れ込んだ魔力が炸裂し、アンデッドの全身を激しく揺らす。
     澄んだ緑色の双眸に、濁ったアンデッドの瞳を映して。少女は、命を弄ぶことの恐ろしさを思う。
    (「色を失ったせかいのおそろしさを、かれらはしらない」)
     そして。ひとたび闇に堕ちれば、自分もまた――。
    「余所見する暇はありませんよっ」
     アンデッドの正面に立つ空が、敵の注意を引き付けるべく声を上げる。
     戦いは怖い。でも、気持ちで負けるわけにはいかない。向こうでは、友達が――皐月が、戦っているのだ。自分に出来る全力を尽くし、彼女のもとに駆けつけなくては。
     鍛え抜かれた拳が、仮初の生を砕く。
     まず一体が崩れ落ちたのを見て、ベルタが鋼糸を手繰った。
    「このまま各個撃破で押し込むで」
     次の標的を見定め、極細の糸を巻きつけて動きを縛る。そこに、三ヅ星と千哉が到着した。
     アンデッドの召喚した十字架から武器封じの光線が放たれるのを見て、千哉が浄化の風を起こす。
    「回復する暇は与えないよ」
     素早く距離を詰めた三ヅ星が、鬼の膂力をもってアンデッドを打ち据えた。


     憤怒の衝動に耐えたデモノイドが、刃の腕を力任せに振り下ろす。
     袈裟懸けに斬り付けられた皐月の背を、音音が光輪の盾でしっかりと支えた。
     咆哮する巨体を見て、音音は『彼』を襲った悲劇を思う。
    (「……デモノイドちゃん、家族、もう無くしちゃったんだ」)
     先の事件と異なり、『彼』はデモノイドになって間もない。救える可能性が残されているかもしれないと、エクスブレインは教室で告げた。
     仮に、人に戻れたとしても。『彼』が大切にしていた人達は、既にこの世に居ない。
     それが音音には悲しく、事件を未然に防げなかったことが悔しい。
    「だからって、諦めないもん」
     今は、『彼』を助けるのが先。泣く人がこれ以上増えないよう、被害を食い止めるのが先。後のことは、それから考える。
     傷ついた皐月のフォローに動く街子も、同じ思いだった。
     元は妻も子もいた人間。説得で、その心を取り戻せるなら。僅かでも、救える可能性があるのなら。
    (「僕たちは、それに賭けてみたい」)
     静謐に秘めた熱情。心の裡に燃える自らの炎を、彼女は忘れたことはない。
     赤きオーラの逆十字が、デモノイドの胸を引き裂く。得物を構え直した皐月が、妖の槍から氷柱を生み出した。
    「――飛べっ!」
     射出された氷の楔が、青い巨体に撃ち込まれる。直後、空の声が響いた。
    「お待たせしました!」
     アンデッドの殲滅を終えたメンバーが、デモノイド班と合流を果たす。
    「クゥ! 大丈夫だったか?」
     そう呼びかける皐月が浅からぬ傷を負っているのを見て、空は思わず瞳を潤ませた。
    「皐月ちゃんこそ大丈夫!? あんまり無理しちゃだめだよ!」

     ――グオオオオオ……ッ!

     目の前に『敵』が増えたためか、デモノイドはますます猛り狂う。
     ダークネスにも匹敵する強力な相手――そうと知っていても、三ヅ星の表情に恐れの色はなかった。
    「不思議だね、ボク、あんなに大きな敵なのに怖くない」
     ここには、何度も共に戦った玉緒や音音がいる。かつての依頼で闇堕ちから救い、学園に加わった千哉の姿もある。
     ――負けない。決して、負けられない。
     間近で見た青い巨体に思わず怯んでしまった空も、勇気を奮い起こす。
     すごく怖い。でも、救いたい。助けたい――!

    「回復は任せろ!」
     メディックとして後列に立った千哉が、癒しの光を輝かせる。
     隣に立つ彼女の横顔と、今までの依頼で肩を並べた仲間達を順に見て、音音は心強く思った。
     デモノイドに向かって影の触手を伸ばし、『彼』に呼びかける。
    「辛いんだよね」
     触手が巨体に絡みつくと同時に、音音は優しく声を重ねた。
    「ネオン達、あなたを助けたいの。こんな恐いこと、もうしたくないでしょ」
     大きく踏み込んだ玉緒が、鋼糸を巧みに操ってさらに束縛を強める。
    「――貴方の家族は殺されたわ。あのダークネスと、命令を下した奴らのせいで」
     仇の言いなりになって暴れ続けて、果たしてそれで良いのか。
     玉緒の言葉を、三ヅ星が継いだ。
    「貴方の家族はもう還らないかもしれない。けど、貴方が帰らなければ家族はあのままだよ」
     家族を弔うことも、悼むことも、『彼』にしか出来ないのだから――。
     語りかけながら、裁きの光を呼び起こす。
     悪しきを滅ぼし善なるを救うこの輝きが、『彼』を人に戻す切欠になるかは分からない。
     今は、考えられる全ての手を尽くす。それだけだ。
     眩い光条に貫かれたデモノイドが、僅かに身をよじる。玉緒が、真っ直ぐに『彼』を見据えた。
    「まだ人の心が欠片でも残っているなら、人であることを取り戻しなさい」
     灼滅者の言葉は、浄化の力は、闇に歪められし者に届いたのかどうか。
     猛り狂うデモノイドの姿は、人の心と異形の体の葛藤に苦しんでいるようにも思えた。
    「あぁもう、それ以上暴れるな! 嫁や子供に示しがつかないだろ!」
     ここまでの戦いで消耗した仲間をWOKシールドで守る皐月が、声を張り上げる。
     ベルタが鋼糸を青い巨体にくるりと巻きつけ、その動きを封じた。
    「最後の最後まで、一途の望みに賭けるんや!」
     退魔と浄化の光を操る千佳が、たどたどしい口調で言葉を紡ぐ。
    「ひとのあたたかさを思い出して」
     夫の、父の手が血の色に染まることを、『彼』の家族が望む筈がない。
     両親の愛を知らぬ少女は、祈るような思いで囁く。
    「あなたはいきている。のこされたあなたは、いきなければ」
     全てを忘れてしまう前に。終わりを告げてしまう前に。どうか。どうか――。
    「奥さんやお子さんの分まで、強く生きて下さい……!」
     美しくも雄々しい『龍』のオーラを拳に纏った空が、凄まじい連撃を見舞う。
     傷ついたデモノイドに、目立った変化は無い。だが、三ヅ星は決して諦めなかった。
     0か1なら、彼は迷わず1を取る。1%の可能性でも、信じ続ける。
    「帰ろう! このままボクらに倒されてもいいの!?」
     縛霊手から広がった霊力の網が、デモノイドを捉えた。
     躊躇うことなく、玉緒が惑わしの符で追撃を加える。『彼』が人に戻れないのなら、一切の容赦はしない。
    「本当にそれでいいんですか! 心の中からも奥様を、お子様を、消してしまっても!」
     街子の叫び。『彼』にも、それは聞こえている筈なのに。

     ――斬るしか、ないのか。

     斬艦刀を握り締め、街子はデモノイドを見上げる。
     いずれにしても、止めねばならない。倒さないという選択は無かった。
     超重の刀身が、風を切って唸る。繰り出された渾身の一撃が、戦いの幕を下ろした。

     崩れ落ちる瞬間、デモノイドの口が微かに動く。
     それは、妻と子を呼ぶ『彼』の、最期の声だったかもしれない。


     終わりを見届け、音音が僅かに目を伏せる。
     鍵のペンダントを再び握った玉緒が、静かに瞼を閉じた。胸に押し込めた衝動に、そっと蓋をする。
     一般人の警護にあたっていた住矢・慧樹、エール・ステークらの元にも、勝利の報せは届いた。死者の冥福を祈り、霧野・充が黙祷する。
     ベルタが、アンデッドから奪った儀式用のナイフを慎重に取り出した。
     デモノイドを救えなかった分、せめて、これが手掛かりになれば良いが。
     唇を噛む千哉の肩を、曹・華琳がぽんと叩く。二人の傍らで俯く千佳の胸に、重いものが押し寄せた。
    (「むねがくるしい。現実はあまりにも残酷だ」)
     小さな手を、胸に当てたまま。
     泣き方を知らぬ少女は、暫くの間、そこから動くことが出来なかった。

    作者:宮橋輝 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年3月22日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 14/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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