阿佐ヶ谷地獄~死と魔が溢れ出す

    作者:波多野志郎

     ――アンデッドの群れが朝の住宅地へと押し寄せていく。
    『…………』
     それはホラー映画の1シーンのような光景だ。当然のように繰り返す平和な日々、それが唐突に破壊される――そんな悪夢のような光景の中でアンデッド達はその手に儀式用の短剣を握り未だ目覚めていない住宅地へと迫っていった。
    「な、なんだ……!?」
     不幸は、朝早く始発に乗ろうとしていたサラリーマンへとまず降りかかる。
     アンデッドを見て足がすくんだサラリーマンへ一体のアンデッドがその短剣を突き刺した。ザクリ、と音を立てて腹へと突き刺されたのを信じられないようなものを見る目でサラリーマンは見て、よろめく。
    「あ、ああ、あ……ア?」
     ミシリ、とどこかで何かが軋む音がした。サラリーマンはそれがひどく気になって自分の後ろを振り返る。
     確かに聞こえたのに、そこには何もない。ミシリミシリ、とその音が大きく、増えて来た時に、サラリーマンは自分の間違いに気付く――間もない。
    「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
     ミシリミシリ、とその軋みはサラリーマンの体からしていたのだ。軋む音がするほど瞬く間に筋肉が増殖し、骨が成長し、膨れ上がっていく。
     そして、その体は青く青く染まっていった。バキリ、とその腕から生えた刃を振り上げ、かつてサラリーマンであったモノが吼える。
     それは新たなる存在、デモノイドの誕生の瞬間であった……。

    「鶴見岳の戦い、憶えてるっすか?」
     湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)が厳しい表情でそう切り出した。
    「その時戦ったデモノイドが阿佐ヶ谷に現れたっすよ。このままだと阿佐ヶ谷地区が壊滅してしまうっす、急いで阿佐ヶ谷に向かって欲しいんす」
     デモノイドは本来はソロモンの悪魔『アモン』の手によって生み出された存在だ。しかし、今回は何故か『アンデッド』達による襲撃で生み出されている。
     アンデッド達は儀式用の短剣のような物を装備しており、その短剣で攻撃されたものの中からデモノイドとなるものが現れるという。未確認ではあるが少し前にソロモンの悪魔の配下達が行っていた儀式に使われていた短剣と同様のものである可能性も示唆されているが――現在、重要なのは他だ。
    「これ以上の被害を生み出さない事、そしてアンデッドと生まれてしまったデモノイドの灼滅……それをお願いするっす」


     ――朝の住宅地に、地獄絵図が広がっていた。
     それは紙の上に落とした墨汁だ。紙に落ちた墨汁の点が染み込み広がっていくように――アンデッドの群れは家の一つ一つを襲い、そこに住む人々の命を奪っていく。
     そして、そのアンデッド達は一つのアパートへとたどり着いていた。
    「ぁ、アアアアアア、アアアアアアアアアアアア……ッ!」
     バキリ、と少年が変貌していく。ジャージが引きちぎれ、サッカーボールと鞄が地面を転がった。朝の部活に向かうはずだったのだろう――しかし、その当たり前の日常も失われてしまう。
    「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
     産声とも悲鳴とも聞こえる雄叫びが、朝の空に響き渡る。巨大に、おぞましく、デモノイドとなってしまったその少年が地面を蹴った。
     デモノイドもまた、その力のままに暴れまわる。それは落とした墨汁の滴を増やすように、加速度的に被害を撒き散らす結果となるだろう。
     ――阿佐ヶ谷が、死と魔によって蹂躙されようとしていた……。

    「……阿佐ヶ谷は武蔵坂から近いっす」
     その事に何かが引っかかる、翠織はそう表情だけで告げた。そして、真剣な表情で続ける。
    「……何にせよ、放置は出来ないっす。必ずこれ以上の被害を食い止めて欲しいっす」
     多くの人々の命がかかっている――翠織はそう灼滅者達へと頭を下げた……。


    参加者
    九条・龍也(梟雄・d01065)
    不知火・隼人(烈火の隼・d02291)
    二海堂・悠埜(紅月に染まる・d03202)
    ヴァーリ・シトゥルス(バケツの底は宇宙の真理・d04731)
    久遠・雪花(永久に続く冬の花・d07942)
    斉藤・歩(劫火顕爛・d08996)
    水無瀬・旭(晨風・d12324)
    加賀見・えな(日陰の英雄候補生・d12768)

    ■リプレイ


     地獄がそこに広がっていた。
     朝の阿佐ヶ谷はゾンビの群れによってまさに死地と化している。その中を駆け抜けながら不知火・隼人(烈火の隼・d02291)は舌打ちと共に言い捨てた。
    「ちっ……ダークネス共やりたい放題しやがってッ!」
    「……急ぎましょう」
     加賀見・えな(日陰の英雄候補生・d12768)は小さい声でそう仲間達へと告げる。だが、その言葉は仲間達へと届かない――それほどにそこは絶望の音に溢れていたからだ。
     それでも誰も振り返らないのは学園の仲間を信じるからだ。それを仲間の誰か救うと信じて、自分達が挑むべき絶望へと真っ直ぐに――水無瀬・旭(晨風・d12324)が口を開く。
    「あそこだ」
     戦場へとたどり着き見た。その場を支配する地獄の光景を。
     今にもアパートへと向かおうとしていたゾンビの群れが灼滅者達を振り返る。そして、その場に立ち尽くしていた異形の人影もまた視線を向けた。
    「早急に終わらせる。そっちは任せた」
    「はい」
     二海堂・悠埜(紅月に染まる・d03202)の言葉にヴァーリ・シトゥルス(バケツの底は宇宙の真理・d04731)が被ったバケツを揺らしうなずく。
    (「しかし、学園から場所が近いとなると、敵側から地域特定受けてそうで嫌な感じだ」)
     ここまでの道程でも思い知った阿佐ヶ谷の惨状を思い浮かべ、悠埜は小さくその目を細める。
    (「今考えてもしょうがないか。今はこの状況から悪化させないことが先決だしな!」)
     スレイヤーカードを手に悠埜が意識を切り替える横で、斉藤・歩(劫火顕爛・d08996)が視線を周囲へと巡らせた。
     デモノイドの周囲に飛び散った服の切れ端を、そして、倒れた自転車とサッカーボールを見て歩はその拳を硬く硬く握り締める。
    「……いいぜ。お前らが悲劇を生むなら俺達が劇的に止めてやる! 劫火顕爛!」
     スレイカーカードから出現させたバンテージをその手へと装着、歩が吼えた。
    「さあ! 幕引きの覚悟は出来たか!」
     アンデッドの群れが反応する。灼滅者達へとにじり寄るアンデッド達へ九条・龍也(梟雄・d01065)も直刀・覇龍を手に言い捨てた。
    「さて、大物に集中するためにまずは取り巻きから倒しますか」
     龍也の言葉に久遠・雪花(永久に続く冬の花・d07942)が静かに告げる。
    「当たり前だった生活が、壊れてしまった事には……同情しますが……これ以上被害を広げない為には、倒さざるを得ません。ご容赦を……」
     ゾンビ達が身構える。それに無敵斬艦刀を手に旭が言った。
    「いくよ、相棒」
     唸りを上げて旭が無敵斬艦刀を振り上げる――そして、歩が駆け抜けた。
    「おおおおおおおおおおおおおおおッ!」
     その先にいるのは、デモノイドだ。雄叫びと共に歩のその拳がデモノイドの胸部へと突きつけられ、零距離で制約の弾丸が炸裂した。
     まともに当たった、その事で歩がニヤリと笑い挑発を口にしようとする――だが、それよりも早くデモノイドの咆哮が轟いた。
    「オオオオッ!!」
     デモノイドが地面を踏み砕きながらその拳を振るう。その凶器そのものの拳を受けて、歩が後方へと吹き飛ばされた。
    「――ッ!」
     反応し、しかし敢えてその一撃をまともに受けた。骨と筋肉が軋みを上げ、その衝撃は体中を容赦なく暴れ回った。それでも歩は着地に成功し、身構えなおす。
     そこに込められた殺意は本物だ――確実に、殺すためにその拳を繰り出して来た。
    「やっぱり強いな、デモノイド」
     赤いマフラーをなびかせ、隼人が吐き捨てる。デモノイドは火がついたように激しい殺気を巻き散らし灼滅者達へと向き合う――ヴァーリがそれに踏み出し、霊犬のポリが身を低くし駆け出した。


     地面を蹴ったゾンビの一体へ雪花がその指先を突きつけた。
    「切り裂け、雪柳」
     その足元の影が柳の枝のよう細く細く跳ね上がり、ゾンビを切り裂く。そこへ悠埜が槍を手に駆け込んだ。
     手首の返しで生み出した回転をそのままに繰り出した悠埜の螺穿槍がゾンビの胸を刺し貫く!
    「向こうの邪魔はさせない」
     悠埜が槍を引き抜きそう言った直後に龍也がその雷の宿る拳を振り上げた。
    「打ち抜く! 止めてみろ!」
     ガゴン! と鈍い打撃音を響かせ龍也の抗雷撃にゾンビが大きくのけぞる。
    「申し訳ないけれど、排除させて貰うよ!」
     そして、旭がその無敵斬艦刀を大上段からゾンビへと振り下ろした。アンデッドの膝が崩れる――その喉元を歩が掴んだ。
    「楽に死ねると思うなよ」
     睨み付けるその眼光に込められたのは怒りだ、歩はそのままゾンビの足を刈って宙を浮かせるとそのまま地面へと叩きつける!
     地面に叩き付けられたアンデッドが地面を転がり、そのまま動かなくなる――だが、まだ六体のゾンビが残っていた。
    『……ッ!』
     その爪が、短剣の刃が、灼滅者達へと振り下ろされ、突き立てられる。ナノナノ のしらたまによるふわふわハートに癒されながら歩が言い捨てた。
    「来い、残らず叩き潰してやる」
     その言葉に反応したのか、ゾンビ達は身構え灼滅者達へと殺到する。
    (「分断には、成功しましたね……」)
     ゾンビの群れを見て雪花がそう胸中でこぼした。ゾンビ達をデモノイドとアパートから引き離し、駐車場で囲むように向かい合う――そこまでは作戦通りだ。
     問題はその数だった。
    「――させるか!」
     車のフロントガラスに映ったゾンビの姿に気付いた龍也は振り返りざま覇龍を振り抜いた。
     ギィン! と火花を散らし直刀と短剣が弾き合う。相殺したその直後、龍也は緋色のオーラで刀身を覆い返す刃でゾンビの胴を薙ぎ払った。
    「伊達や酔狂でこんな物を持ってる訳じゃねぇぞ」
     チャキ、と覇龍を構え直し龍也は言い捨てる。しかし、その鋭い斬撃もゾンビを倒しきるまでには至らなかった。
     そこへ悠埜がサイキックソードを振りかぶり間合いを詰める。そのサイキック斬りがゾンビの胴を薙いだ直後、旭が跳躍し跳び込んだ。
    「偽りの生……その呪縛を、断つ!」
     肩に担いだ大剣を全体重とその遠心力を込めた刃と共にゾンビへと振り下ろす。その叩きつけられた戦艦斬りの斬撃に、ゾンビが崩れ落ちた。
    「さすがに、数が数だな。押し切れない」
     旭のその背中を守るように構え、悠埜は言い捨てる。七体のゾンビは決して多くはない――ただし、それは八人が全力でぶつかれた場合だ。
     だが、デモノイド一体を抑えるために戦力は割かれている。そして、デモノイドもまた八人の灼滅者達が死力を持って当たるべき強敵なのだ。
    「お前達に時間をかけてる暇はないんだ」
     悠埜は槍の柄頭で地面に転がったゾンビが持っていた短剣を弾き、空中で掴みながら言い捨てる。
    「ああ、まったくだ」
     歩がその雷の宿る拳を握り締め、雪花もまた、ぽつりと静かに呟いた。
    「……これ以上の被害は、許しません……」
     その声に秘められているのは、強い決意だ。歩が跳び込むように駆け込み拳を振り上げゾンビの顎を打ち抜き宙に浮かせ、雪花が振り下ろしたマテリアルロッドと共に一条の電光がそれを撃ち抜いた。


    「オオオオオオオオオッ!!」
     荒れ狂うデモノイドに隼人が踏み込んでいく。その拳が、腕から生える刃が、暴風のように振るわれていくその中へと隼人は迷わず踏み出した。
     その声を、少しでも届かせるために。
    「お前、このままで良いのか!? 訳も分からねぇままそんな姿に変えられて、そいつらの思い通り暴れて……それで良いのか! 確りしやがれ!」
     拳をかいくぐり、隼人は言い放つ。ポリがその六文銭を撃ち込むと、デモノイドは大きく地面を蹴った。
     その腕の刃が地面ごとポリを切り伏せる。既に幾度か攻撃を受けていたポリには耐え切れず、そのまま地面へ叩きつけられ崩れ落ちた。
    「お前の相手はこっちだぜ!」
     追いかけ、そのシールドに包まれた拳を隼人はデモノイドへと繰り出す。だが、そのシールドバッシュの拳打をデモノイドはその拳によって受け止めた。
     拮抗は一瞬だ、体重が明らかに違いすぎる――隼人の体が宙へと浮いたそこへいつの間にかデモノイドのその懐に潜り込んでいたえながその緋色のオーラとバトルオーラに包まれた手刀を横一閃に振り払った。
    「させない」
     短く言い捨てるえなにデモノイドは大きく後方へと跳ぶ。そして、ヴァーリが契約の指輪を突き出し、魔法弾でその肩口を撃ち抜いた。
    「体が大きくて助かる」
     えなは呼吸を整えながら、その目を細める。眼鏡を外せば視力がいい方ではない、だがその動きを掴むのに不自由はなかった。
     それほどにデモノイドの動きは直線的だった。ただ殺意に流されるように暴れ回るだけ――だからこそ、その姿は痛々しくさえある。
    (「……ただの市民だった彼が、訳のわからぬ不条理によって他人の命を奪う存在に落ちるなんて……」)
     ヴァーリがそのバケツの下で唇を噛んだ。このデモノイドはただの少年だったはずだ。毎日を一生懸命に生きて、サッカーが好きな……自分達と同じ、どこにでもいる学生だったのだ。
     昨日と同じように今日を生きて。夢に向かって明日を歩めたはずなのだ。それが狂わされた。ただ、殺意に飲み込まれ荒れ狂う存在へと変えられてしまった――その醜くおぞましい姿が、ヴァーリにはひどく悲しく見えた。
    「とはいえ……きついな」
     隼人が言い捨てる。弱音ではない、厳然たる現実だ。八人の灼滅者達ともまともに殴り合えるデモノイドと三人と一体で相手をする事がいかに厳しいか――それは、文字通り骨身を削るような想いだった。
    「こぉぉぉっ……」
     ヴァーリの回復でも追いつかない、自身で回復まで行いながら耐える隼人へとデモノイドが一気に間合いを詰めた。
    「……ッ!」
     まずい――それは電撃のような確信だった。デモノイドのその腕の刃が自分の首を狙い繰り出される――これを受ければ耐え切れない、そう隼人が頭の片隅で冷静に悟ったその時だ。
     その斬撃の軌道が大きく逸れた。血が舞い散り、その身を無理矢理盾としたえなが地面に転がる。
    「――――」
     えなが隼人を庇ったのだ――倒れる直前に何と言ったのだろう? はっきりとした声で紡がれたはずのその言葉は隼人の耳には届かなかった。
    「う、おおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
     代わりに隼人は内側からこみ上げる雄叫びと共に、その杭を渾身の力でデモノイドへと突き立てる!
    「が、あ……!?」
     デモノイドが大きく後方へと跳ぶ。その着地の瞬間だ。
    「牙壊! 迅即両断!」
     そのデモノイドの脇腹を龍也の居合い斬りが大きく切り裂いた。振り抜く速度そのままに駆け抜けた龍也が、隼人の隣へと並んだ。
    「悪い、待たせた」
     その言葉と共に、ゾンビを倒し終えた仲間達が合流する。その姿に、ヴァーリが深いため息をこぼした。
     傷を負っていない者など一人もいない。全力を尽くしてゾンビの群れと戦い、倒してきたのだ――だからこそ、その仲間達へとヴァーリは告げた。
    「勝負は、ここからです」
     倒れたえなを見て、ヴァーリはそう強く言う。彼女がいたからこそ、今まで倒れずにすんだのだ――その奮闘を無駄にはしない、灼滅者達はそうデモノイドへと挑みかかっていった。
    「オオオオオオオオオオッ!!」
    「君は朝、何を食べた……!? 何をしに出かけようとしていた……!?」
     旭は大剣とデモノイドの刃をぶつけ合いながら、声を張り上げる。一打、一打、旭は追い込まれていく。その差は歴然だ、それでも旭のその視線は決して怯まない。
    「頼むから……戻って来てくれ!」
     なって間もないなら、きっと元に戻すこともできるはず――その想いが言葉を紡がせる。だが、その深い殺意の込められた視線からは、人の心は感じられなかった。
    (「これを三人と一体で凌いでたのか!」)
     荒れ狂うデモノイドを前に、龍也は頬が熱を帯びるのを他人事のように感じていた。それが引きつったような笑みだと、すぐに気付く。
     強い、そう感じずにはいられなかった。七体のゾンビと戦い疲弊している、それも確かにある――だが、それを差し引いてもデモノイドは強かった。
     七人と一体をデモノイドは徐々に押していく。いや、七人の状況を生み出せた、その時点で彼等は善戦していたと言っていい。だからこそ、必要なのは後一手だった。
     そして、その一手を生み出したのは――隼人だった。
    「が、あッ!」
     デモノイドが隼人へとその巨大な拳を振り下ろす。その一撃に隼人は迷わず一歩踏み込んだ。仲間達が息を飲み中、隼人はそのシールドに包まれた右手を振り払い、デモノイドの拳の軌道をわずかに逸らした。
    「これが回し受け……あらゆる受けへと繋がる最も基礎だ」
     赤いマフラーをなびかせ、隼人は踏み込む。その杭を構え、渾身の力で繰り出した。
    「こいつはちょいと効くぜ?」
     ドゥ! とデモノイドが衝撃に身をのけぞらせる。それを見た龍也が真っ直ぐに覇龍を大上段に構えて吼えた。
    「どんな相手だろうと、ただ斬って捨てるのみ!」
     龍也の雲耀剣に斬り裂かれたデモノイドが大きく地面を蹴った。これは賭けだ、一か八かの分の悪い、龍也が一番好きな賭けだった。
    「一気に叩き込め!」
     回復を捨てた総攻撃――それで倒しきる可能性に賭けたのだ。隼人が相殺したからこそ出る選択肢だった。
     それを聞いて、雪花が言った。
    「……しらたま、お願い……」
     雪花の足元から影の柳が走り、しらたまが竜巻を巻き起こす。風に切り裂かれ、影の柳にまとわりつくように飲み込まれたデモノイドへ悠埜が踏み込んだ。
    「ォオッ!」
     裂帛の気合と共に悠埜の拳が無数の軌跡を描き、デモノイドを連打する。その悠埜の閃光百裂拳を受けてデモノイドが思わず後方へ下がろうとした時、ビキリ、とその足が石化し動きを阻害した。
    「今です」
     ペトロカースを放ったヴァーリのその言葉に、旭が死角へと回り込みその太い足を大剣で切り上げた。
    「が、あ、あッ!」
     デモノイドが膝を揺らす。灼滅者達の猛攻に、それでもなお屈さないと言いたげに両足に力を込めて踏みとどまった。
     そのデモノイドへ歩が言い捨てる。
    「おい少年、蹴りの手本見せてやるよ」
     右足を炎に包み、歩は跳躍する。上半身を捻り、その勢いを利用しての蹴り、サッカーでいうジャンピングボレーシュートの蹴りだ。
    「レーヴァテインシュート!」
     その蹴り足がデモノイドの胴を蹴り飛ばす。デモノイドの巨体が宙を舞い地面を転がった。
     デモノイドは動かない。歓声のない、ゲームセットの瞬間だった。


     少年を救う事は出来なかった。
     隼人はサングラスで視線を隠して強く拳を握り締めて空を仰ぎ、歩は落ちていたサッカーボールを空高く蹴り上げた。
     倒れたえなを診ながらヴァーリと雪花が深いため息をこぼす。誰も言葉はなかった。悠埜も確保した短剣の柄を強く強く握り締める。
     救えた者がいて、救えない者がいた……あまりにも苦い勝利だった。

    作者:波多野志郎 重傷:加賀見・えな(日陰の英雄候補生・d12768) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年3月22日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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