阿佐ヶ谷地獄~その慟哭は悲しみの色

    作者:雪月花

     杉並区・阿佐ヶ谷、早朝の住宅街。
     日の出を前に仄かに明るくなり始めた一帯は、人々の目覚めを待つように静かな空気が流れている。
     だが――。

     穏やかな夜明けの気配には不釣合いな集団が、地下鉄の駅の方からやって来た。
     土気色の肌、破れた服、生気のない眼。
     それはアンデッドだった。
     中には、儀式的な装飾がされたナイフを手にしている者もいる。
     彼らは辺りの家の門に詰め掛け、リビングの窓を破って押し入っていく。
    「ひっ……!?」
     その家の、最初の遭遇者は女性。
     朝早くから、キッチンで家族の為に弁当を作っていた主婦だった。
     物言わぬ死者達はその手に握っていたナイフで、女性を突き刺す。
    「――! 逃げ――……」
     寝室にいる筈の家族を呼びながら、彼女は息絶えた。
     亡者達は緩慢な動作で、しかし素早く廊下への扉を開けた。
     異様な物音に気付いて出てきた男性が出くわし、声にならない声を上げる。
     逃げることもままならず、狭い廊下を押し寄せるアンデッド達に刺し殺された。
     彼らはまだ残る人の気配を辿って、鍵の掛かったドアを破壊する。
    「……なっ」
     寝起きの頭で立て篭もろうとしていた少年は、いとも簡単に破られた扉に絶句した。
     父や母がどうなったか、分かり切っているが今は考えていられない。
    「やめろっ、来るな……!」
     手当たり次第にものを投げつけても、アンデッド達には全く意味を成さない。
     助かる術は何もない。
     恐怖と絶望に浸された身に、突き刺さるナイフ。
    「……う、うああああぁぁぁ!!」
     少年は絶叫した。
     長い長い叫びが途切れた頃、そこには蒼い獣のような巨体の姿があった。
     
    「鶴見岳の戦いでソロモンの悪魔が主力として使役していたデモノイドが、阿佐ヶ谷に現れたようだ」
     精悍な顔に厳しいものを浮かべながら、土津・剛(高校生エクスブレイン・dn0094)は灼滅者達に告げた。
     ソロモンの悪魔『アモン』により生み出された筈のデモノイドが、今度は何故かアンデッド達による襲撃で誕生したという。
    「アンデッド達は儀式用の短剣のようなものを手にしている。以前ソロモンの悪魔の配下達が行っていた、儀式に使われていた短剣と同じものではないかという可能性もあるが……今は、デモノイドを止めることが先決だ」
     このままでは、誕生したデモノイド達が暴れて阿佐ヶ谷は壊滅してしまう。
    「アンデッドとデモノイドを灼滅する。それが今回の依頼だ」
     剛は射るような眼差しでそう告げた。
     
     ――阿佐ヶ谷の中心部。
     生者と見るや襲い掛かるアンデッドに、人々は悲鳴を上げて逃げ惑う。
     混乱の坩堝の中、アスファルトを踏み締め歩いて来たデモノイドの蒼い肢体を、眩しい朝日が照らす。
    『グゥ……グオオオォォォ!!』
     デモノイドは叫んだ。
     喉が張り裂けんばかりに叫んで、アンデッド達に追い回されている人々に視線を定めた。
     
    「――『彼』は両親を失い、また自らも異形に姿を変えられ、人に害為そうとしている」
     阿佐ヶ谷の街に出たアンデッド達と、デモノイドに変えられてしまった少年の様子を話すと、剛は何か思い悩むように目を伏せてから、意を決したように口を開いた。
    「愛知県の事件では、デモノイドとなった人々を救うことは叶わなかったと聞いている。だが、デモノイドにされたばかりの今なら……」
     呟いて、かぶりを振る剛。
     顔を上げた彼は、再び真っ直ぐな瞳で灼滅者達を見据えた。
    「ともあれ、これ以上被害を拡大させる訳にはいかない。どんな意味であれ、『彼』を救ってやってくれ。頼んだぞ」


    参加者
    龍海・光理(きんいろこねこ・d00500)
    柳・真夜(自覚なき逸般人・d00798)
    桜木・栞那(小夜啼鳥・d01301)
    村雨・嘉市(村時雨・d03146)
    天外・飛鳥(囚われの蒼い鳥・d08035)
    鴨打・祝人(皆のお兄さん・d08479)
    有馬・由乃(歌詠・d09414)
    東堂・秋五(高校生エクソシスト・d10836)

    ■リプレイ

    ●踏み躙られた朝
    「ふざけやがって……!」
     村雨・嘉市(村時雨・d03146)は鋭い眼差しに怒りを宿し、低く呟く。
     清々しい朝を迎える筈だった阿佐ヶ谷には、血と死の匂いが漂っていた。
     先を急げば急ぐ程、亡者達の蹂躙の跡が目に飛び込んでくる。
     道端で無残な姿を晒したまま転がっている人々に胸が痛んでも、ここで立ち止まる訳にはいかない。
     今も新たな犠牲が増えているのだと言い聞かせ、脇を走り抜けていく。
     どんなに苦しくて、悲しかっただろう。
     金の瞳を揺らし、桜木・栞那(小夜啼鳥・d01301)はきゅっと拳を握る。
     大勢のアンデッド達に襲われ追われ、彼らはどれ程恐ろしい思いをしたか。
    (「ああくそ、無力だな……俺は」)
     東堂・秋五(高校生エクソシスト・d10836)は、引き結んだ唇の奥で歯を食い縛った。
     喪った最愛の少女を蘇らせる為に屍王になり掛けた時のことが、嫌でも思い出されてしまうのだ。
     あの頃の自分は馬鹿だった。狂っていた。
     あんなの、どう見たって生きてやしないのに……。
     自己嫌悪に陥り掛けて、彼は目を伏せる。
     武蔵坂学園の生徒達に助けられ、彼らと共に戦うようになって。
    (「少しは、人を救えるようになったと、思ったんだ」)
     手が届く限りを助けたいと願うのは、彼だけではない。
    (「普通に静かに暮らしていた人々をこんな目に合わせるなんて、許せません」)
     いつもは落ち着いて見える有馬・由乃(歌詠・d09414)も、今は少々険しい表情だった。
     平和な日常を突然破壊された人々。
     命を奪われるだけではなく、中にはデモノイドと化してしまった者もいるのだ。
     ――その裏にある筈の、奇術師のようなダークネスの姿を思い出すと同時に、由乃は傍らで走る少女のことが気に掛かった。
     向けた視線の先、柳・真夜(自覚なき逸般人・d00798)は黒い瞳を真っ直ぐ道の先に向けている。
    「あの悪魔も、この光景を何処かから見物してるのですかね」
    「……そうかも、知れませんね」
     真夜の呟きに、思わず声が沈む。
     きっと彼女は、必要に迫られれば再び堕ちることを躊躇わないだろう。
     例え友に泣かれても。
     そういう部分もあって、由乃は彼女のことが放っておけないのだ。
     真夜も真夜で、由乃や仲間達には闇堕ちして欲しくないと思っていたのだけれど。
     もうひとつの懸念。
     念の為学園に関わるようなものは身に着けていないが、相手の持つ情報量や意図は掴めていない。
     一行は通る車もない道を駆けていく。
     この先の十字路を折れた辺りが、デモノイドとの接触を予測された場所だ。
    「もし救えるものなら、デモノイドになってしまった方も救いたいですね……」
     朝日に輝く金髪を靡かせ、呟いた龍海・光理(きんいろこねこ・d00500)に鴨打・祝人(皆のお兄さん・d08479)が「ああ」と強く頷く。
    「どうにかして助けられないのかと、自分も考えていた」
    「うん……」
     兄のように慕う祝人の言葉に、天外・飛鳥(囚われの蒼い鳥・d08035)も同意した。
    「家族殺されて、自分も訳わかんない存在にされちゃうなんて……許せないよ。彼を救えるなら、戦う意味もあるよね……?」
     背格好や服装からも少女のように見える飛鳥の顔には、怒りと悲しみの交じった複雑な表情が浮かぶ。
     釣られたように、栞那が眉を下げた。
    「私も……少しでも可能性があるのなら、それに全てを懸けてみたいよ」
     思うところは皆同じだった。
     絶望が蔓延る街に隠された小さな光を、見付け出せるだろうか?

    ●慟哭の叫び
    「あそこを曲がれば――」
     光理が交差点を指した直後、悲鳴が聞こえこちら側に折れてくる人々の姿が見えた。
    「こっちはダメだ、逃げろっ」
     夜勤明けと思しき男性達が、必死の形相で灼滅者達に叫ぶ。
     彼らの背後には、案の定アンデッドだ。
    「これ以上の被害は、絶対に食い止めるぜ。こんな惨いこと、絶対に許さねえ……!!」
     燻った怒りを叩きつけるよう、嘉市はスレイヤーカードを取り出しながらアスファルトを強く蹴った。
    「今助けるよ! ――響かせて!」
     男性達に声を掛け、飛鳥は解除の言葉を口にする。
    「今を春べと咲くやこの花!」
     由乃も、
    「柳真夜、いざ参ります!」
     真夜もと、次々に武装していく姿に人々は驚く。
     彼らに道を開けるよう左右に分かれ、灼滅者達は最後尾の男性に手を伸ばすアンデッドに突っ込んだ。
    「っらぁ!!」
     鋭い連携の仕上げに、嘉市が突き出した槍が亡者の胸部を突き抜けた。
     オーバーキル気味に片付け、すぐにもう1体に取り掛かる。
    「君達は一体……」
    「足を止めずに、ここは自分達にお任せを!」
     つい立ち止まってしまった人々を祝人が促すと、彼らは礼を言いながら灼滅者達が来た道を走っていった。
     無事に逃げ遂せてくれることを祈りつつ、もう1体のアンデッドを下した時。
    『――グオオオォォォ……!!』
     交差点の左手から、鼓膜をビリビリと震わせる咆哮が届いた。
    「……泣いてるの?」
     亡者を前にして、硝子玉のように無感情な目をしていた栞那の瞳が、湿った色を帯びる。
    「行こう」
     決意を込めた秋五の声に、皆再び走り出す。
     救えるものは手当たり次第に全て救いたいと思うのは、甘えだろうか?
     開いた指の隙間から取り零す可能性を知りつつも、精一杯手を伸ばす――。

     交差点を折れた先に、『彼』はいた。
     手前には、ジョギング中だったらしい運動着の男女と1体の亡者がこちらに向かって来る姿がある。
     もう少し頑張れば交差点の角を曲がれる……というところで、叫び終えたデモノイドが彼らを見付けてしまった。
    「ダメッ――!」
     転げるように飛び出す飛鳥。
     庇う形になって、デモノイドが放った無数の矢の洗礼を受けた。
    「飛鳥っ! ……ふわまる、頼む!」
    「ナノナノ~」
     仲間と共に駆け寄った祝人は飛鳥を支え、自らのナノナノ・ふわまるに癒して貰う。
     その間に、アンデッドに追われた男女は灼滅者達が来たのとは反対方向へ曲がっていく。
    「あの方々を助けないと……」
    「急ぎましょう!」
     光理の声に頷く真夜。
     嘉市と秋五、栞那も一緒に走り出す。
    「大丈夫ですか?」
     角の建物で彼らの姿が隠れた頃、由乃は飛鳥にシールドリングを施していた。
     祝人は少年に寄り添いながら、肩を上下させているデモノイドを見据えている。
     二足歩行ではあるが、姿も動きもまるで獣のよう。
     果たして、理性は残っているのだろうか?
    「待って。希望があるなら、彼を救いたい……!」
     マテリアルロッド『花舞・小町』の柄を握り締めた由乃に、飛鳥は自らソーサルガーダーを掛けながら紡ぐ。
     由乃も、愛知で助けられずに流した涙を忘れてはいない。
    「ええ、もし助かるのなら……」
    「そうだな。説得、試みてみよう」
     祝人も同意して、『彼』の様子を窺いながら構えを解いた。
     自分達は敵ではないのだと、態度で示すように。
     2人もそれに倣っていると、アンデッドを倒し男女を逃がした5人が戻ってきた。
    「若者よ! 君はこんなこと望んでないだろう?」
     そう語り掛ける祝人の姿と飛鳥や由乃の目配せに、彼らも察する。
     栞那は胸に手を当て、真っ直ぐに『彼』を見詰めた。
    「わたしたちの声が聴こえる? あなたを助けにきたんだよ」
    『グルルゥ……』
     唸りながら『彼』は腕を振り回す。
    「祝人!」
     先程のダメージも癒え切っていないというのに、咄嗟に飛鳥が庇った。
     メディックに移った秋五やふわまるがすぐに治療していく。
    「無茶をするな、飛鳥……」
     小声で窘めながら、祝人はいつの間にか彼を呼び捨てにしていたと気付く。
     妹のように感じるくらいの存在で、自分が守ってやらなければと思っている祝人だったが、飛鳥は守られるばかりでは不服な様子だ。
    「祝人は俺に傷ついて欲しくないって言うけど、俺だって祝人に傷ついて欲しくないよ!
     だから頑張るっ!」
     息巻く姿に、兄はやれやれと肩を竦める。
     まるで本当の兄弟のような2人の睦まじい姿は、『彼』にはどう映ったろうか。
     そうこうしているうちに、デモノイドの後方に散っていた亡者達が引き返してきた。
     もう少し、猶予が欲しい。
     飛鳥は身を乗り出すように呼び掛ける。
    「俺の声聴こえる? 気を確かに持って、君のこと助けたいんだ!」
    「そうだ、俺たちはお前を助けたいんだ!」
     繰り返し言い聞かせるよう、嘉市が続ける。
    「人としての意識が残っているなら、手放さないで下さい!」
     由乃が懇願するように告げれば、光理も自らの心を乗せて、言葉を紡ぐ。
    「自分を強く持って下さい。貴方が誰なのか、自分の名前を思い浮かべて……」
     デモノイドが唸り、叫ぶ。
     何処か苦しげな響きと共に、前衛陣に凍えつくような痛みが走る。
     栞那は『彼』と痛みを共有したようにも感じた。
    「痛いよね。悲しくて、苦しいよね……」
     声が震える。
    「苦しいのは分かってる。分かってるよ……だが信じてくれ。俺たちは決して君を見捨てたりしない。
     君を助けることを、諦めたりしない!」
     ふわまると一緒に前衛の面々を癒しながら、秋五も懸命に訴え続けた。
    「痛くて辛いかも知れないけれど……私たちを信じて下さい!」
     信じて欲しいと繰り返す由乃を、『彼』は刃状に変形した腕で薙ぐ。
     重い一閃だったが、まだ立っていられる。
     ほっとした真夜は『彼』を見上げた。
    「貴方のご両親は、貴方が生きることを望んでいました。だから、ご両親の為にも絶望には負けないで下さい」
     異形の者達に襲われながらも、最後まで『彼』の身を案じていた母。
     父親だって、家族を守りたかった筈だ。
    『グル……ゥ』
    「友達や家族と過ごした日々を思い出せ! 人であった時の気持ちにしがみつけ!」
     記憶を呼び起こすように嘉市が訴えると、祝人も「自分は自分で取り戻せ!」と続ける。
    「もう少しだけがんばって。あなたが、あなたじゃないモノにならないために……一緒に闘おう」
     口許を歪ませている『彼』を元気付けるように、栞那は告げた。
     デモノイドは戻ってきたアンデッド達と一緒に暴れ続けている。
     敵を叩き潰す為に振り上げられた拳は、真夜に狙いを定めた。
     だが、それでも真夜は真っ直ぐ『彼』を見上げたまま動じない。
    「もし私たちの声が届いているなら、お名前を教えて下さい。
     ご両親が付けてくれた、貴方自身のお名前を!」

    ●信じさせて
     ――衝撃は、なかった。
     振り被った太い腕は陽光を浴びたまま留められ、鋭い牙の並ぶ大きな口が喘ぐように開閉している。
    「……マ、エ……」
     よく聞き取れないが、今までとは明らかに違う声色だ。
    「……タ」
     拳をぶるぶると震わせながら何か発しようとする『彼』に、聞き零さぬようにと灼滅者達は耳を澄ます。
    「タ、スケ……ッテ、シンジ、ル……」
     信じる。
     その言葉は闇に差す一條の光のように、灼滅者達の心に希望の芽を植えつけた。
     それ以上は抗い切れないのか、『彼』は嫌そうに呻き制止させていた腕を振り下ろす。
     真夜が跳躍した直後、アスファルトが砕けた。
     ひらりと着地した真夜の側に、栞那と嘉市、秋五と光理が再び集まる。
    「勿論ですっ……私たちが必ず止めて差し上げますから、待ってて下さい!」
    「こちらは引き受けた!」
     デモノイドにシールドバッシュを放った祝人に頷き、5人は残る3体のアンデッドの殲滅に掛かった。
     飛鳥もシールドバッシュを打ち込み、怒りを付与されたデモノイドを引き付ける2人と共に、由乃とふわまるが押さえに回る。
    「てめえはこいつの錆になり果てろ!」
     嘉市が螺旋槍を突き立てると、間髪入れず真夜が掴んで投げ、直後に栞那のティアーズリッパーで亡者の首が飛ぶ。
     秋五がサイキックソードで一閃すれば、光理のフォースブレイクが炸裂する。
     アンデッド達が全て倒れるまで、そうは掛からなかった。
     飛鳥の前に割り込んで手の甲のシールドを翳し、デモノイドの攻撃を受けながらも祝人は乱戦にならなかったことに安堵する。
     こちらは3人と1体で防戦に傾いてはいたものの、アンデッド殲滅に回った面々が思いの外早く復帰したお陰で、大事には至っていない。
     デモノイドは相変わらず嵐のように猛威を奮ったが、灼滅者達も諦めなかった。
     例え力尽きそうになっても、垣間見えた光を掴む為に再び立ち上がる。
     ジグザグ狙いの光理のセブンスハイロウに突っ込んできたのは、形振り構わぬ戦い方をするデモノイドだからなのか、それとも……。
     どうあれ、好機だった。
    「皆さんっ」
     フォースブレイクで『彼』に魔力を流し込み続けながら、由乃が声を上げる。
     瞬時に反応した光理が、飛鳥が、仲間達に連携を繋いでいき、あらん限りの力を降り注がせ――最後に秋五が地を蹴った。
     振り下ろされた光の剣が、蒼い胸を斬り裂く。
     デモノイドの蒼が、あちこちの裂傷からドロドロと溶け出し始めた。

    ●結実
    「あ……」
     栞那は思わず小さく声を上げた。
     滑り落ちていく蒼い粘液の下に、覚えのある色を見たからだ。
     人の、肌の色。
     ゆっくりと膝を折って前のめりに倒れていく『彼』を、秋五と嘉市が支える。
     その間にも溶けた体表は、アスファルトに奇妙な水溜りを作り……ぐったりとした少年の姿が露になった。
     何も纏っていない少年に、何人かが上着を脱いで巻きつけてやる。
     秋五は脈を取って、彼の口周りに手を翳す。
    「大丈夫だ、ちゃんと息がある……」
    「本当!?」
     声を上げた飛鳥の目から、次の瞬間ぽろぽろと涙が溢れ出した。
     誰しも涙を流すまではいかなくとも、目頭が熱くなってしまう。
    「飛鳥?」
     ぎゅっと胸に縋り付く『妹』に目を瞬かせた後、祝人は優しい笑みを浮かべて飛鳥の頭を撫でてやった。
    「良かった……」
     脇にしゃがんだ光理が、天使のような癒しの歌声を少年に降り注がせていく。

    「ここには1本だけみたい」
    「見た目以外は、普通のナイフと変わらない気がしますね……」
     栞那が回収した例のナイフを見て、真夜は首を捻る。
     亡者達が他に目ぼしいものを身に着けていないことを確認している間に、少年が意識を取り戻した。
    「ここは……っ!?」
     何処かぼんやりした目で、取り囲む灼滅者達を見回す。
     やがて、早朝からの出来事の追想に愕然とした表情を浮かべ、蹲ってしまった。
    「仕方ねぇよ、短い間に色々ありすぎたんだ」
     震える背中を擦る嘉市の顔に、やるせなさが浮かぶ。
    「ここはまだ危険です。ひとまず学園にお連れしましょう」
     由乃の声に、皆も頷く。
     彼らは薄々感じ取っていた。
     少年の中に、まだデモノイドの力が残っていることを……。
     それでも、彼は自らの生を取り戻した。
     幾つもの悲劇の果てに、決して少なくない灼滅者達の願いと信念が実を結んだのだ。
    「どんな時でもまず仲間を信じよう、お兄さんとの約束だ!」
     力強く言う祝人に空気が和んだ時、少年はその日初めて淡く笑みを浮かべたのだった。

    作者:雪月花 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年3月22日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 14/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ