阿佐ヶ谷地獄~死者の行軍

    作者:高橋一希

     ――早朝。
     まだ夜も明けきらぬ時間帯。
     暗い、それは暗い場所――地下鉄の構内――からもぞりと人影が現れた。
     人影達の肉体は朽ちかけていた。肉が腐り落ち、そして骨の覗いたその姿は、生きた人間ではなかった。
     彼らは手にナイフを握り、住宅街へと進行していく。家々を訪問し人々を惨殺していく。
     あちこちから悲鳴があがり、そして血飛沫が飛び散り地を紅く染めていく。
     無言のアンデッド達はひたすらに進み、ナイフを手に逃げ惑う人々を突き刺す。
     家々を巡り、息するものを許さぬとばかりに。
    「危ない!」
     ゆらり、とアンデッドの1体が白刃を振りあげたのを見てとある父親が娘を庇おうと前に進み出た。彼の胸元には冗談のようにさっくりと鋭い刃が刺さる。
    「お父さん!!」
    「いいから……はやく……お前は母さん達と逃げ……ぎ、ぐぅぅぅぅぅぅう!」
     身を案じた娘に答えた父親が苦しげに呻く。次第のその肉体は形状や色を変化していく。 四肢は今まで通りにあった。
     頭も。
     だが形状はもはや見慣れた父親のものとは異なっていた。その肉体はどこか溶け崩れたような蒼。背にはねじれた翼が生える。左腕には巨大な刃。
     もはやそれは、父親ではなかった。
     人ならざる青の巨獣と化した彼は今まで守ろうとしていたはずの娘や、妻をその圧倒的な膂力で引きちぎり、すり潰す。
     その身を紅に染め上げながら、彼はアンデッド達と共に更なる被害者を求めて移動を開始する。
     早朝の住宅街はらしからぬ騒ぎに見舞われたのだ――。
     
    「大変です!」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は普段のおっとりとした様子からは想像できない程に厳しい表情で語り出した。
    「鶴見岳の戦いで戦った、デモノイドが阿佐ヶ谷に現れました。このままでは阿佐ヶ谷地区が壊滅してしまいます。急ぎ、阿佐ヶ谷に向かってください!」
     デモノイドは、ソロモンの悪魔『アモン』により生み出された存在のはずだった。
     だが今回は、何故か『アンデッド』による襲撃で生み出されている。
    「……アンデッド達は儀式用の短剣のようなものを装備しています。この短剣で攻撃された者の中からデモノイドとなるものが現れるようです」
     姫子は説明を続ける。
    「また、未確認ではありますが、少し前にソロモンの悪魔配下達が行っていた儀式に使われていた短剣と同様のものである可能性もあります」
     だが、それは今はそんな事より。
    「……今は、これ以上の被害を生みださない為にも、アンデッドとデモノイドの灼滅をお願いします」
     姫子は険しい表情でそう語った。
     行軍する死者の群れ。
     手にはべっとりと紅に濡れた刃をもって。
     逃げ惑う人々を更に彼らは屠り、周囲を怒号と悲鳴と断末魔で満たしていく。
     まだ生暖かい血や肉片をぶちばらまき、それが住んだら次の家を訪問。
     次の家の人々も虐殺し、偶には新たに産まれたデモノイドを引き入れ、更に更に別の家へと。
     彼らはどこまでも行軍する。
     どこまでも虐殺する。
     どこまでも、どこまでも。
     大通りにたどり着き、彼らは商店街方面へと進行しようとする。
     その死の行軍を止める為には……。
    「みなさんに彼らを倒して貰う。それしかありません」
     姫子の言葉の通りだろう。
     そして、それを行えるのは灼滅者達だけ。
    「極めて危険な状況ではありますが、どうかこの惨劇を止めてください」
     姫子はじっと灼滅者達の瞳を見据えそう告げた。


    参加者
    茅森・妃菜(クラルスの星謡・d00087)
    大堂寺・勇飛(三千大千世界・d00263)
    凪・美咲(御凪流・蒼の剣士・d00366)
    領史・洵哉(一陽来復・d02690)
    月代・アレクセイ(闇堕ち常習犯・d06563)
    白灰・黒々(モノクローム・d07838)
    エデ・ルキエ(樹氷の魔女・d08814)
    撫桐・娑婆蔵(鷹の眼を持つ斬込隊長・d10859)

    ■リプレイ

    ●血と断末魔と絶望と
     ――酷い有様だった。
     灼滅者達の目前の街はいまや地獄の如き有様を化していた。
     人が死に、最期の断末魔をあげる。それでもまだ、断末魔をあげられた者はある意味人らしい最期を告げられたのかもしれない。声をあげる間すらなく、すり潰された者もいる。
     デモノイドと化した隣人によって。
     更なる犠牲者が増え、あちこちが血に染まる。アンデッド達も人々を襲い、新たなデモノイドが生まれる。
     建造物もあちこち壊れかけ、地にはコンクリートの塊やら硝子の破片やらが散乱している。そして方々から響く破壊と絶叫――。
     その光景は地獄と言う他なかった。
     ここに来るまでに見かけた一般人は、かなりの人数がもはや息をしていなかった。幸いにして……いや、ある意味不幸にも生きていたものは、最早恐慌状態に陥っていた。
     少しでも救えるものなら救いたいと灼滅者達とて思う。しかし、今となっては阿佐ヶ谷に安全な場所など無い。灼滅者達に出来るのは、極力隠れているよう指示を出す事だけだ。
     茅森・妃菜(クラルスの星謡・d00087)やエデ・ルキエ(樹氷の魔女・d08814)、凪・美咲(御凪流・蒼の剣士・d00366)達が割り込みヴォイスを使って声をかけていく。
    「敵に見つからない場所に隠れていてください……」
    「落ち着いて行動して下さい! パニックこそ死をもたらすものなのです!」
     ひたすらに絶叫や破壊の音が響く中でもしっかり通る声が、それによる指示が、少しでも一般人達の命を繋ぐと信じて。
     ――恐らく、指示に従ったとしても、運が悪ければ死ぬだろう。何せアンデッド達はそれぞれの家々を回っては人々を惨殺している。隠れても見つかってしまう可能性は少なくない。
     それでも少しでもなんとかしたい。そんな思いのもと灼滅者達は声をかけつづけるのだ。
     時には領史・洵哉(一陽来復・d02690)がパニックテレパスを使ったりもしたものの、元々恐慌状態の人々の状況は変わるまい。
     しかしながら生きている一般人達へと声をかけつつ進んだ事もあり少しながら現地へ向かうには遅れも出ている。
    「早く、こちらです」
     道順を覚えていた月代・アレクセイ(闇堕ち常習犯・d06563)が仲間達を先導。
     灼滅者達が行軍する死者の群れに遭遇したのは敵が商店街の入り口にまで入り込んだ頃だった。
    「まさかそんな方法でデモノイドを造り出す事が出来たなんて……」
    「一般人をデモノイドに変える短剣……厄介ですね」
     美咲の視線の先、アンデッドの手にした短剣が朝日を浴びて輝く。白灰・黒々(モノクローム・d07838)も同意するように呟く。
    「更に学園に近くで事件を起こされたとあっては………ともかく、被害をこれ以上増やさないことが第一です!」
     すべての事象に白黒を! と彼女は叫ぶ。続いて他の灼滅者達も武器を構える。
    「accensione!」
     美咲は小さく、しかし気迫を込めて告げる。
    「なんとしてでもここで食い止めないといけませんね!」
     右手に青の日本刀を。左手に短刀を手に。決意を不変の想いとして彼女は戦いへと望むのだ。
     エデ・ルキエ(樹氷の魔女・d08814)は自分の前のヒト……の遺体の傍へしゃがみ込んだ。
     とてもではないが、人のカタチを残しているとは言い難い。
     昨日までは、ここには平穏があった。幸せがあった。
     仕事が厳しいとぼやく人も居たかもしれない。それでも、人々は生きていた。
     彼女の前の遺体も、人として、生きていたのだ。
    「こんなの……」
     エデの喉から悲しげな声が漏れた。
     今まで彼女は人の死に無関心な面もあった。
     優等生みたいな事を言い、だけど心の中ではこの人達は他人なんだと割り切り。
     もしかしたらそれは、自身の感情を麻痺させて耐えていた部分もあったのかもしれない。
     しかし、目前のこれは。
    「こんなの、人の死に方じゃありませんよ! どうしてこんな事をするの? 皆を助けてあげられないの!?」
     エデが慟哭する。
     人成らざる姿に変えられ、そして家族を、隣人を蹂躙する。
     例えば、だ。お互いが憎み合っていた……などというならまだ救いはあったのかも知れない。だがこの虐殺には当事者の感情など、関係無いのだ。
     奇跡でも起こらない限りは、彼らは救われないのかもしれない。
     そして、彼らが更に被害を増やしていくというのなら。
     瞳から零れそうになる涙を、エデは堪える。
    「……奇跡が起きないのなら、私がやるしかないんだッ!」
     覚悟を決めたから、この場所に居るのだから。
    「亡者が地獄を謳おうってんなら、あっしが閻魔になるまででさァ」
     あっしの手でやつらを裁いてやりやす、と撫桐・娑婆蔵(鷹の眼を持つ斬込隊長・d10859)は険しい表情で二尺四寸の刃を抜く。
    「エクソシストとして、ううん。灼滅者として、死者の行軍は、止めてみせる」
     茅森・妃菜(クラルスの星謡・d00087)も同意するように頷く。
    「わたしは、闇を裁く光……ただ、それだけの存在」
     かわいらしさに反するように冷静に、彼女は周囲を見渡す。
     これ以上、地獄を広めるわけにはいかない。ここで裁いてやるしかない。
     死者はここで止めなければならない。生者の領域をこれ以上犯すことが無いように。
    「ったく。こいつはシャレにならない事態だぜ」
     大堂寺・勇飛(三千大千世界・d00263)が吐き捨てるように告げ、巨大な刃を担ぎ上げる。
    「ここから先は行き止まりだッ!!」
     進みくるアンデッドとデモノイドに向けて、刃を向け叫ぶ。彼の傍、龍星号と名付けられたライドキャリバーもまたその意志に共鳴するかのように唸りをあげた。

    ●せめて、終わりを与える為に
    「デモノイドはお任せを……」
     告げた黒々へと青の巨獣が拳を振り下ろす。背骨が砕けそうな程の勢いだが、彼はそれをWOKシールドで防ぎ、更にそこからシールド出力を上げ護りを固める。
    「……しばらく ボクと踊ってもらいますよっ」
     とはいえ思い通りに行くかはわからない。上手いこと立ち回らなければ分断される可能性もあるかもしれない。
     エデは槍に螺旋の如きうねりを加え攻撃を繰り出す。凄まじい勢いの一撃にアンデッドの肉片が飛び散った。
    「へっ……中々に厳しそうじゃねぇか……だが、俺らは負けらんねぇ!」
     勇飛はデモノイドを見やりそう告げる。同時に自身の中の魂を燃え上がらせ、自身へと絶対不敗の暗示をかけ次手へと備えるのだ。
     アンデッド達は手に刃物を持って灼滅者達へと襲いかかる。
    「あの短剣」を手にしたものも居れば、ただの錆び付いたナイフを持ったものも居るようだ、と灼滅者達が理解するのは少しだけ時間がかかった。
     それぞれに攻撃を避け、ある者はダメージを受けながらも灼滅者達は怯むことなく戦い続ける。
     途端、娑婆蔵の全身が黒に覆われた。
     彼の身体から放出されたどす黒い殺気はアンデッド達を呑み更なる傷を与えていく。
     敵への致命傷にはまだ遠いが自身の護りを固める意味もある。そして美咲は「夜霧」を展開。前衛メンバーの護りを更に固めていく。
    「あれ? 武器どれだっけ……あ、こっちだっけ」
     どの武器使うんだっけ、とオロオロしつつもアレクセイはバトルオーラを噴出。
    「最初は彼らの数を減らすんでしたよね」
     オーラを自身の拳に収束させ、手前のダメージ大きめのアンデッドへと殴りかかる。繰り出された連打がアンデッドを打ち据え、頽れさせる――まず一体。
     妃菜はただひたすらに冷静に戦況を見ている。まずはディフェンダー達の防御を固めようとリングスラッシャーを分裂させた小光輪を作りだし、黒々の盾とする。
     そして洵哉が龍砕斧を掲げる。
    「ディフェンダーとなった僕の粘りと意地、お見せしますよ。そう簡単に倒れません!」
     宣言と共に斧に宿る「龍因子」を解放した。

    ●悪夢の終わり
     がっちりと防御を固め、更に娑婆蔵と美咲のジャマー組が少しでもデモノイドの戦力を割こうと狙い続けた事もあり、敵の戦力は大分削れてきた。
     サイキックの準備を忘れたり等もあり、完全に予定通りとはいかなかったものの、それでも善戦しているのは間違い無い。
     何せ一撃の威力が大きいデモノイド。防御を固めるのは大事だ。
     妃菜一人では回復がやはり追いつかない面も現れたが、そこは黒々も協力する事によりなんとか間に合い始める。個々の体力管理もかなり気を使っていたらしく、復旧も容易に行えた。
     アンデッドから倒していくという定石を踏んだ上でも、それでも強いのがデモノイド。だからこその厳重警戒に他ならない。
     がつり、と凄まじい衝撃が洵哉の全身を奔る。
    「言いましたよね……僕の粘りと意地、お見せします、って」
     痛みを堪えながらも、彼はいつも通り穏やかに微笑む。大人しい彼でも、内に秘めるものは熱い。
    「大丈夫、支える……」
     妃菜は即座に天星弓を引く。つがえられた矢は仲間の傷を癒す力が込められたものだ。放たれたそれは今さっきデモノイドの一撃を受けた洵哉の傷を塞ぐ。
    「このまま一気に片付けたいですね!」
     そんな洵哉の言葉に応えるように灼滅者達が畳みかける。
    「やりましょう!」
     黒々はガンナイフをデモノイドへと向ける。そこに収束される心の深淵の闇。
     同時にエデも術式を圧縮詠唱。
    (「……私には、恐れはない。戦う力もあるのだから……!」)
     黒々が漆黒の弾丸を放ち、エデがそれに続き魔法の矢を雨の如く降り注がせる。
    「グ……ググ……」
     デモノイドの肉体が、灼滅者達の攻撃により削れていく。苦悶に呻きながらも未だその動きは留まる所を知らない。
    「硬ぇじゃねぇか。だが、そいつは重畳」
     勇飛は笑み、そして巨大な剣を引き抜く。護りの意志の籠もった鉄塊の如き刃を。
    「龍星号! カバーは頼んだぜ!」
     彼が全力で跳躍した直後に、ライドキャリバーが機銃掃射し凄まじい弾幕を作り出す。
     もうもうと煙が立つ中、勇飛はデモノイド目掛けて落下。星を守る剣と名付けられた鉄塊の如き剣で超弩級の一撃を繰り出す。
    「ギ……アァアァァァァ……!」
     肉体を大きく切り裂かれ、デモノイドが吼えた。
     だが攻撃はまだ終わりではない。未だ煙ったままの戦場を、娑婆蔵が、美咲が駆ける。
    「撫で斬りにしてやりまさァ!」
    「裟斬霞……つあぁっ!」
     娑婆蔵は中段から、そして美咲は大きく踏み込み上段から、素早く刃を振り下ろす。
     白と蒼の速く、そして重たい斬撃が円弧を描きデモノイドを切り裂いた。よろり、と蹌踉めく敵へとアレクセイが接近。
     若干危なっかしい動きながらもマテリアルロッドで敵を殴りつける。同時に魔力が流し込まれ、デモノイドは爆発する。
    「ギ……グガァァァァァ!」
     ぶるり、と震え、敵の肉体が四散し、蒼の液体となり飛び散る。
     断末魔が風に乗って消えた後、その場に残されたものは壊れかけた街と飛散した蒼の液体のみだった。

    ●それでも、僕らは
     砕かれたアスファルトの上に1振りの短剣が落ちている。
     美咲はそれをおもむろに拾い上げた。
    「短剣は残っているけれど、機械は……」
     デモノイドは最早青の液体と化し、生前の姿は全く伺う事は出来ない。
    「……仕方無いわね」
    「しかしコイツがあの地獄を作り出していた元凶たァ……」
     娑婆蔵も眉根に皺を寄せつつ検分中。尤も、彼とて判っている。確かにこの短剣がこの事件を起こした元凶ではある。だがこの短剣を作り、配った者が居るはずなのだ。そいつを滅ぼさない限りは全ては終わりではないだろう。
    「ここら辺は 安全になりましたかね?」
     黒々は仲間達に問いかけた。できれば一般人の手当もしたいという思いがあった為だ。
     妃菜もそれは同じくする所らしい。保護して脱出したいと告げる。
     しかし安全かと問われれば不安はある。
     その不安とは――。
    「ここまで近くまで来るという事は……次は学園に直接来る事も考慮した方が良いですね」
     洵哉がぽつりと呟いた。。
     彼はこの事件の話を聞いた時から「あまりに学園に近すぎる」という感想を持っていた。そんな事もあり、もしかしたらという思いはある。
     だとしたら、黒々の言葉に「安全になった」と言っていいものだろうか?
    「……すぐ撤退した方がよさそうだな」
     トントン、とこめかみを叩きつつ勇飛が告げる。
     帰還しようと歩み出したアレクセイが、歪みに歪んだアスファルトに足を取られ転びかけたりはしつつも離脱は開始された。
     勇飛は飛び散ったままアスファルトの染みと化した蒼の液体へと語りかける。
    「せめて祈ろう。汝のオモイに救いあれ……」
     人らしい最期を迎える事が出来なくとも、人としての意志が残されていなくとも、せめて、人であったときの彼のオモイに救いがあるならば。
     祈りが届くかはわからない。
     それでも灼滅者達は学園に帰還するのだ。
     いつも通り少し濁った東京の空の下、次の戦いに備える為に。

    作者:高橋一希 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年3月22日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 13/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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