阿佐ヶ谷地獄~人より出でし悪魔の化身

    作者:飛翔優

    ●滅びの未来
     ――その日、阿佐ヶ谷が壊滅した。
     信号を倒し、壁を壊し、暴れまわるデモノイド。
     逃げ惑う人々を追いかけることはないけれど、無秩序な行動は否応にも巻き込み続けていく。
     男も女も、大人も子供も関係ない。道路は鮮血と肉片に満たされて、瓦礫が墓標に変わって埋めていく。埋める先からデモノイドが破壊して、誰かが居たという残滓すらも消していく。
     誰がデモノイドを生み出したのか。何故、彼らは暴れるのか。
     いずれにせよ……確かなことが一つある。
     このままでは、阿佐ヶ谷が壊滅する。そう、このままでは……。

    ●止められる事
     灼滅者たちを出迎えて、倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は、若干抑えた声音で口を開く。
    「鶴見岳の戦いで事を構えたデモノイドが、阿佐ヶ谷に出現しました。このままでは阿佐ヶ谷地区が壊滅してしまうので、急いで阿佐ヶ谷に向かって欲しいんです」
     デモノイドは、ソロモンの悪魔アモンによって生み出された存在のはずだが、今回はなぜかアンデッドによる襲撃で生み出されている。
     アンデッドたちは儀式用の短剣に似た物を装備しており、その刃に襲われたものの中からデモノイドとなるものが現れるらしい。
     未確認ではあるが、その短剣は少し前にソロモンの悪魔の配下達が行なっていた儀式に使われていた物と同様の存在である可能性もある。
    「いずれにせよ……今は、これ以上の被害を生み出さない為に……アンデッドと、生み出されてしまったデモノイドの灼滅をお願いします」

     ――マンションに響き渡る悲鳴をBGMに、アンデッドたちが跳ねまわる。
     着地のたびに人を殺し、歩くたびに人を殺す。
     男も、女も、大人も、子供も。ただただ手に持つ刃を振るい、はかなき命を刈り取った。
     屍で築かれた道路へと続く道のりを、歩き出す巨人が一人。
     青く肥大化した肉体を持つ巨人は、足元を来にせず進んでいく。時折周囲を破壊しながら、マンションの出口を目指していく。
     出入り口へとたどり着いた時、空高く咆哮した。
     自由を得たと思ったか、冷たい外気に驚いたか。いずれにせよ……恐怖は外へと、放たれる……!

    「……これが、皆さんが到達する直前の状況です。デモノイドが咆哮を上げた時、皆さんが到達する……そんな形になるでしょう」
     不幸中の幸いというべきか、デモノイドが外で暴れる前のできごと。ここで対処してしまえば、これ以上の被害が広がることはない。
    「戦力はデモノイドが一体、アンデッドが三体となっています」
     デモノイドは、灼滅者八人を相手余裕で相手取れる程度の力量。
     破壊力に優れており、どの一撃も防御に優れるもの以外では受けきる事が難しいほどに重い。
     力としては、殴るついでに毒などを浄化する拳、加護を破壊する蹴りとなっている。
     一方、三体のアンデッドの力量はそこまででもない。
     しかし妨害面にすぐれており、ナイフによる斬撃には毒をもたらす力がある。また、手の骨による突き刺しは麻痺毒を含んでいる。
    「以上で、説明を終了します」
     説明を終えた葉月は地図などを手早く渡し、静かな息を吐き出した。
    「……これは一つの願いにも似た勘ですが……愛知県の事件では、デモノイドになった人を救うことはできませんでした。ですが、デモノイドとなったばかりの今ならば、もしかしたら……」
     全てを語り、葉月は小さく首を振る。灼滅者たちを見据え、締め括る。
    「いずれにせよ、今、阿佐ヶ谷を救わなくてはならないことに違いはありません。みなさん、どうか油断せず……何よりも無事に帰って来て下さいね? 約束ですよ?」


    参加者
    鏡宮・来栖(気まぐれチェシャ・d00015)
    朱羽・舞生(狙撃魔法操者・d00338)
    ポー・アリスランド(熊色の脳細胞・d00524)
    碓氷・亮輔(暁闇・d00881)
    仰木・瞭(夕凪の陰影・d00999)
    御剣・裕也(黒曜石の輝き・d01461)
    耶麻・さつき(鬼火・d07036)
    亜麻宮・花火(もみじ饅頭・d12462)

    ■リプレイ

    ●明け方の地獄絵図
     逃げ惑う人の波、逆らいかき分け進むたびに大きくなっていく悲鳴。血と死の臭いも風に運ばれることなく堆積し、今だ電灯に照らされている阿佐ヶ谷の駅周辺を満たしていた。
     灼滅者たちが担当するマンションへと近づく中、逃げ遅れた人々の恐怖も耳に届く。
     助けている暇はない、おそらくは余裕もないだろうと仰木・瞭(夕凪の陰影・d00999)は首を振って諦めた。
     本来なら救出にも向かうつもりだったけど……デモノイドを何とかしなければ被害は無限に広がっていく。デモノイド自体も、一人欠けた状態で相対するには危険過ぎる相手なのだから。
     ――!
     程なくしてマンションの出入り口へと到達した時、青い体を持つ巨人……デモノイドが空に向かって咆哮した。
    「あいつか……!」
     細めた瞳でデモノイドを、周囲で踊る三体のアンデッドを睨みつけ、碓氷・亮輔(暁闇・d00881)が長刃のナイフを握り締める。
     ノーライフキングには、言葉にできない程の怒りと因縁がある。
     何よりも、この地獄を早々に収めなければ被害が広がる一方だ。
     静かな呼吸を紡ぐと共に駆け抜けて、アンデッドに迫っていく。
     今はまだ、デモノイドには積極的な攻撃は仕掛けない。
     彼も被害者、戻れる可能性があるかもしれないのだから……。

    ●死した者は在るべき場所へ
     敵意に反応して振り向いてきたアンデッドの眉間めがけて、鏡宮・来栖(気まぐれチェシャ・d00015)が黒のトランプを投射する。
     撃ちぬいていくさまを横目に捉え、すぐさま再び駆け出した。
     反撃として振るわれたナイフを、純白の十字架を模した剣で受け止める。鍔迫り合い、更に近くへとにじり寄り、己への敵意を植えつけた。
    「……騒がしいのは嫌いなんだ」
     静かな怒りとともに押し返し、再び闇色のトランプを創造する。バランスを整えようとしているアンデッドの胸めがけ、手首のスナップだけで投げつける。
    「……犠牲者が増える前に、倒すよ」
    「さっさとアンデッドを片づけましょう。デモノイドになった方を救うために!」
     再びトランプに切り裂かれよろめくアンデッドに、御剣・裕也(黒曜石の輝き・d01461)がチェーンソーの音色を高らかに響かせながら切りかかった。
     仮初の命を削っていくさなか、亜麻宮・花火(もみじ饅頭・d12462)もまた杖を大きく振りかぶる。
    「こんなひどいこと絶対に許せない!」
     強い怒りと共に叩きつけ、二度、三度と込めた魔力を爆裂させる。
     反撃の骨パンチはオーラを固めることで受け止めた。
     衝撃を殺しきれたわけではなかったから、一旦退いて前線を防御に優れる者たちに任せていく。
     己の役目は攻撃。
     まずはアンデッドの殲滅だ。
     静かに呼吸を整えて、オーラを拳に集めていく。
     穏やかに瞳を細める中、横目を用いてデモノイドの状態も確認した。
    「……待っててね、今、助けるから!」
     デモノイドは今、己を害する可能性のあるものを排除するためなのか、アンデッドたちに混じって灼滅者たちへの攻撃を行なっていた。おおよそ意志のない攻撃なれど膂力は凄まじく、防御に優れる者ですら抑えきれていない状態だ。
     だから、少しでも早くアンデッドたちをなぎ払う。
     小さく頷いた後、花火は再び吶喊した。
     閃光にて軌跡を描く拳が一体のアンデッドをあるべき姿へと返した時、ポー・アリスランド(熊色の脳細胞・d00524)は穏やかな光を来栖へと与えていく。
    「ふむ、どうやら回復以外を行う余裕は無さそうだね、君」
     されど癒しきれはしない様に若干肩をすくめつつ、治療以外の選択肢を切り捨てる。
     意識は常にデモノイド。多少アンデッドの反撃を受けるものが居たとしても、長引かなければ個人で何とかできる範囲だと判断したから。
     静かに戦場を見据えるポーの目の前で、亮輔が上空へと蹴り上げられた。防御に意識を割いていたため致命傷とはなっていないものの、着地を誤ざるを得ずすぐには立ち上がれない様子である。
    「問題ない、各自が役目を果たせれば、ね」
     冷静に、ポーはやわらかな光をかざして行く。
     傷を癒し、立ち上がるための活力を取り戻させる。
     支えることで、先に進む。
     そう長くない内に、アンデッドを殲滅することができるはずだから……。

     大上段から振り下ろされる重々しい拳に地面へと沈み込んでしまった来栖を、瞭は指先に集めた霊力にて治療する。
     ポー同様、デモノイドの攻撃を受けた前衛の治療にのみ意識を割き、再び霊力を集め始めていく。
     殲滅の役目を担う朱羽・舞生(狙撃魔法操者・d00338)は、拳を連打しアンデッドを押し返した。
    「地獄があなた方の帰りを心待ちにしていますよ」
     退くことはなく身を寄せて、アンデッドの自由を制限する。
     満足に動けなくなった所で耶麻・さつき(鬼火・d07036)が後方へと回りこみ、魔力を込めた木刀で殴打した。
     二度、三度と魔力が爆ぜ、アンデッドの足元が揺らいでいく。
     さつきは木刀を終い、白いハルバードを引き抜いた。
    「そろそろこいつもぶっ倒すよ……っと」
     横合いから飛び込んできた別のアンデッドのナイフを回避しつつ、再び狙っている個体の背後へと回り込んだ。
     大上段からハルバードを振り下ろし、仮初の命を刈っていく。
     動かぬ骸を一瞥した後、残るアンデッドへと向き直った。
    「後は一体、一気に行くよ!」
    「ああ……」
     治療を受けてなお残る痛みを堪えながら、亮輔が赤き逆十字を描き出す。
     静かな怒りと共に押し出して、アンデッドの皮膚に刻み込んだ。
     強力な一撃を放ってくるデモノイドに対し、アンデッドの脅威は薄い。集中攻撃を受けた最後の個体は程無く沈み、あるべき姿へと回帰した。

    ●青の巨人へ伝えたい
     アンデッドを殲滅した後、灼滅者たちは一旦攻撃の手を緩めた。
     相変わらずデモノイドは轟音を響かせて灼滅者たちを襲い続けているけれど、己らが積極的に動かない分周囲の音が聞こえるようにもなってきたけれど……ただかすかな願いのもとに正面から向き合っていく。
     始めに、裕也が一歩踏み出した。
     暴れるアンデッドの瞳を、真っ直ぐな瞳で見つめていく。
    「聞こえますか? 貴方が本当にしたいことはこんなことじゃないはずです」
     人に戻れるのなら絶対に戻したい。こんなこと、誰だって嫌なはずだから……。
    「抗って下さい! 僕たちが助けます! 絶望に取り込まれないで!」
     デモノイドの元となった人の心に届くよう。
     理性を、本来の精神を取り戻し、こちら側へと帰って来ることができるよう。
     しかし……デモノイドの動きは止まらない。相変わらず拳を振り上げて、亮輔を吹っ飛ばしていく。
    「お願い! 目を覚まして! あなたは人間なんだよ!」
     諦めずに花火が声を響かせた。
     眠っているはずの心に呼びかけた。
    「今ならまだ戻れる、負けるな!」
     デモノイドの攻撃を受け止めるために正面へと回り込みながら、来栖もまた呼びかける。
     拳を受け止め、吹き飛ぶことなく抗いきり、瞳を見据え続けていく。
    「戻りたいと願う其の想いこそが力だ、君。ほら願え、願わぬ想いが叶う道理は無いのだよ。絶望こそが彼奴等の思う壺だ」
     ポーもまた光を放ちつつ、静かに語りかけていく。
     変化はない。
     ただただデモノイドは暴れている。
     言葉が届かなかったのか、長く時間をかけすぎたのか……。
    「……なら」
     既に、決めていた時間は過ぎ去った。
     舞生はそれでも弱らせれば、デモノイドとしての力を削れば届くかもしれないと、影をまっすぐに走らせる。
     巨体を闇で包み込み、その存在を削り取る。
     仲間たちも、再び戦いへと動き出した。
     灼滅者たちの動きが変化してもデモノイドは変わらずに、ただただ暴れ続けていた……。

     いつ、最後の一欠片を削り取られてもおかしくない。
     ぎりぎりの痛みを堪えながらも、亮輔は決して退かない。治療のため一旦下がった来栖の代わりに前に立ち、デモノイドを見上げていく。
    「目を覚ませ! まだまだやり残した事あるんだろ?!」
     喉も悲鳴を上げているけれど、説得を止めることはない。
     攻撃の手を緩めることも今はせず、両腕を鋼糸で絡めとっていく。
     しかし、直ぐに引きちぎられた。
     勢いのままに放たれたストレートで、街灯へと叩きつけられた。
    「ぐっ……」
     意識は保っている。
     元より倒れるつもりはない。
     拳を握り、歯噛みして、ゆっくりと立ち上がっていく。人をデモノイドへと変えたノーライフキングへの怒りを活力に、声を高らかに響かせた。
    「俺は負けない! お前も……」
    「……」
     来栖の治療を終えたポーは亮輔へと向き直り、光を放ち始めていく。治療を開始した後にデモノイドへと向き直り、損傷具合を確認した。 
     攻撃を受け続けたからだろう。灼滅者たちの願いとは裏腹に、傷は深い。深い傷を負ってなお、こちら側へ戻る気配すら見せていない。
    「……」
     同様に亮輔を治療する傍らデモノイドを見ていた裕也は、悲しげに目を細めていた。
     今まで幾つもの言葉を投げかけたが、一度として反応が帰って来た事はない。変化する素振りすら、一瞬足りとも見えていない。
    「はっ!」
     希望の灯火が徐々に小さくなっていくさなかでも、さつきの動きは変わらない。
     軽快に周囲を走り回り、隙あらば拳を叩き込む。
     バランスを崩した上で駆け寄って、静かな言葉を投げかけた。
    「耐えてくれれば、私たちが救う。もう少しだ」
     届いていなくても声をかけ、僅かな希望を授けていく。
     されどデモノイドは亮輔の体を蹴りあげた。
    「っ!」
     即座に舞生がトリガーを引き、青い表皮を強度のビームで焼いていく。横目で亮輔が立ち上がっていくのを確認し、静かな息を吐いていく。
     救いたいとの想いがないわけではないだろう。
     しかし、優先すべきは被害の減少。灼滅者たちが敗北すれば、被害が広がってしまうのは必至なのだ。
     そして、それは間近に迫っている。今でこそ憂いなく攻めることができているけれど、来栖か亮輔のどちらかが倒れてしまえば、後はドミノ倒しのように押し切られてしまう。それほどに、デモノイドの力は強大なのだから。
    「……そろそろ、決めますよ」
     早々にお終いにしなければならないと、舞生はデモノイドの懐へと飛び込んだ。
     来栖へと拳が振るわれていく隙を突き、背中を何度も殴りつける。
     ――!
     デモノイドは咆哮した。
     痛みに耐えかねてか、あるいは限界が近いことを伝えるためか。
    「あなたには名前があったはずです。それをどうか、思い出してくれませんか」
     なおも説得は諦めないと、瞭が飛び込んだ。
     皮膚を横に引き裂いて、守りを著しく削いでいく。
     苦しげに、闇雲に、デモノイドは暴れまわる。近づいてきた亮輔を殴り飛ばし、再び治療しなければならない域へと追い込んでいく。
     瞭は静かな息を吐き出した。
     虚空に赤き逆十字を描き出した。
    「……いずれにせよ、これで救います」
     デモノイドを倒す役目を担うのなら、恐らくは自分の役目だろう。
     仲間たちに先立ち差し向けて、デモノイドの皮膚に十字の文様を刻んでいく。
     更なる方向が響いた時、デモノイドの動きは停止した。
    「……」
     観察を続け、瞭は小さく首を振る。
     青い体が溶け出したから、砕けた地面を覆い始めたから。
     人の形をしていた巨人は、ただそれだけを残して現し世から消え去った。
     後に残されたのは戦いの傷跡と、若干の収まりを見せている狂乱だけ。灼滅者たちは得物をしまうことも忘れたまま、青い何かを見つめていた……

     ――それから、どれだけの時間が経っただろうか?
    「……助けられなくて、ごめんなさい」
     瞳に涙を一杯溜めて、花火が震える言葉を響かせた。
     堰を切ったように灼滅者たちの時が動き出し、静かなため息が響いていく。
     彼我の状態を鑑みて撤退が決定された時には、来栖が胸に手を当て黙祷した。
     仲間と共にデモノイドと化してしまった者に祈りを捧げ、静かな息を吐いていく。
     やがて振り切るように踵を返し、さつきが皆を促した。
    「それじゃ、撤退しよっか」
     拾ったナイフをしまいながら、ゆっくりと休める己等の居場所へと。
     一人、二人と後を追い、灼滅者たちは阿佐ヶ谷から離脱した。
     ――他の仲間たちも無事に戦いを終えただろうか?
     今はまだ、分からない。確かなことがあるとすれば……少しでも、デモノイドやアンデッドによってもたらされる被害を抑えることができたこと。
     だからこそ……きっと、朝日も見守ってくれている。灼滅者たちが勝ち取った未来へ繋がる道筋を……。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年3月22日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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