狡猾な刃

    作者:池田コント

     夜に煌々と輝くネオンの灯りの下で、女が路上にうずくまっていた。
     スーツを着ているところから、OLだろう。
     ばらばらになったタバコや得体の知れない汚れがこびりついた、最悪な路上だったが、しとどに酔って分別のなくなった女にはどうでもよかった。
    「なんだ、バカやろお、そんなにかわいー女がいいか、ああ? ネコかぶってるだけに、決まってんだろーがぁ、ふしあな間抜けやろー」
     自分を捨てた男を奪った女の悪口を喚き散らす。
     関わり合いになるのを避けて、まともな人々は帰宅を急ぐ。そんな中でただ一人、彼女に声をかける者がいた。警察ではない。サングラスをかけた、ホスト風の男だ。
     彼は彼女に対して親身に世話を焼いてやり、大通りから一つ入った路地裏へと連れ込んだ。水を飲ませてやり、愚痴を聞いてやる。
     着飾った服装に反して、好青年な彼に対して女は少なからず心を許した。
     身長も高く、落ち着いた物腰である。自分より少し下くらいか、と女は思う。
     実はまだ高校も出ていない少年とは思ってもいない。
    「おや、ヒールが折れていますね。貸してください。直してきましょう」
     彼は彼女のもとを離れる。その手には彼女の靴の他に、なにか長い物を入れた袋があった。

    「再び堕ちる選択をしたこの人間と、仕掛けた方には感謝しなければなりませんね」
     彼はコンビニで接着剤を買うと、彼女のもとへ戻りながらつぶやく。
     またこの世界へと浮かび出てくることができた。
     前回はあろうことか、格下の集まりに不覚をとったが今度こそはうまくやろう。
     世の不幸な人間すべてを、その苦しみから解き放つ。救済だ。解放だ。現世の些末な煩悩に縛られた魂を救う、まさに私こそが真に救世主と呼ばれるに相応しい。
     ……なんちゃって、ね。
     さて、六六六人衆流の祝杯を哀れな女の血であげる前に、しなくてはならないことがある。きっとくるはずだ。ケチをつけに。
    「六六六人衆は他にも沢山いるのですから、私など放っておいてもらえるとうれしいのですが……この人間一つ消える位、些事でしょうに」
     けれど、必ず邪魔しにくるだろう。
     だからこそ、今殺すべき彼女を見つけた。
     いまだうつろう自分という存在を盤石のものとするために。
     ここを凌げば、楽しいライフが待っているこの世の悲しみという悲しみを、狩って狩って狩りまくる殺人生活。
    「彼らに聞かせてもらいましょう。闇に抗いながらもその闇の力に頼る意味を」
     サングラスの奥で黒眼金瞳の目が妖しく笑んだ。
     
     姫子は語る。
     六六六人衆による事件が起きようとしている。
     ある駅付近の路地裏で、OLが惨殺されるというものだ。
     この犯人こそが、先日の事件で闇堕ちした学園の生徒、石英・ユウマ(衆生護持・d10040)である。

     場所は狭い路地裏で左右を建物に塞がれている。
     女性は酩酊状態にあり、自力ではまともに動くことはできないだろう。
     灼滅者達はバベルの鎖の効果を避けて、ユウマが彼女を殺そうと彼女のもとへ戻ったところに到着できる。
     今回は、大人数で動くとユウマに感づかれてしまう可能性が大きいため、八人だけでこの難事を果たさなければならない。
     もちろん、闇堕ちしたユウマの戦闘力は八人でも敵うかどうかはわからない。
     ユウマ本来の人格に訴えかけることができれば弱体化させることができるが、
    「どうやら石英さんは、みなさんに迷惑ばかりかけて自分は弱いのだと負い目を感じているようなんです」
     そんなことはないと思うのですけどね、と姫子は言う。
     また、闇堕ちした人格は前回と同じダークネスのようで、また前回のように説得されてはたまらないと、なにか妨害してくる可能性も十分にあり得る。
     ダークネスも学習するのだ。
     今回事件を起こそうとするのも、あえて自分の有利な状況で灼滅者達の救出活動を済ませてしまおうという意図があるように思えてならない。
     駅前の雑踏に紛れて逃走しようとするのか、入り組んだ路地に行くのかはわからないが。
     闇堕ちしたユウマは摩利支天刀という日本刀を使い、WOKシールドに似たアビリティも使ってくるようだ。
    「彼を救うにはこれが最後のチャンスになります……厳しい戦いになると思いますが、きっと、連れ帰ってきてください。そして、万が一それが叶わないときは……よろしくお願いします。ダークネスとなっては、もはや私達の知る彼ではありませんから」


    参加者
    石弓・矧(狂刃・d00299)
    鹿島・狭霧(漆黒の鋭刃・d01181)
    桧原・千夏(対艦巨砲主義・d02863)
    卜部・泰孝(アクティブ即身仏・d03626)
    葵璃・夢乃(ノワールレーヌ・d06943)
    鏡・エール(選ばれざる者・d10774)
    マリナ・ガーラント(兵器少女・d11401)
    三味線屋・弦路(あゝ川の流れのように・d12834)

    ■リプレイ


     人々が我先にと家路を急ぐ中、八人の男女が駅についた。
     BadLateShowからは、部長の桧原・千夏(対艦巨砲主義・d02863)、三味線屋・弦路(あゝ川の流れのように・d12834)、卜部・泰孝(アクティブ即身仏・d03626)、マリナ・ガーラント(兵器少女・d11401)の四名。
     戦略戦術研究部からは、部長の鹿島・狭霧(漆黒の鋭刃・d01181)、鏡・エール(選ばれざる者・d10774)、葵璃・夢乃(ノワールレーヌ・d06943)、石弓・矧(狂刃・d00299)の四名。
     間もなく再会できると思うと自然と緊張感が湧いてきていた。
     望む形ではない再会は、狡猾な闇の人格との命と心のやり取りである。

     緊張感を増長させる原因は二つ。
     一つは、ユウマは堕ちる前から相当な腕前であったこと。闇堕ちして更に力を増した以上、激戦は必至。
    (「ユウマお兄ちゃん……マリナより、ずっと強いのに、無理しすぎただけだおっ」)
     マリナは強い決意を固めている。
    (「なにがあっても、無茶してでも、きっと、連れ帰るんだおっ」)
     もう一つは、エクスブレインから説明のあった困難な状況。不利な要素はいなめないが、だからといって諦めるという選択肢はない。
    (「ユウマさんは……私達の大切な仲間なんだから!」)
     夢乃達の口数は少ない。
     けれど、言葉を交わさずとも、ユウマを想う気持ちは同じだと思えた。
    (「今度も引っ込んで貰うぜ。ユウマは、うちの大事な部員の一人だからな」)
    (「必ず救い出してみせる。待っていてください、石英さん」)
    「絶対、連れ戻しましょう」
    「この仕事……必ず完遂する」
     覚悟を決めて歩き出す。


    「来ましたね」
     路地の入口に立った時、ユウマは薄闇の中でそうつぶやいた。
     既に矧が殺界形成を発動させている。ここは、人知れず戦場になる。
    「ようやく会えたわね、石英先輩、探したわよ。ウチのクラブの斬込隊副隊長に勝手に逐電されたとあっちゃ、部長として立場ないのよね」
     狭霧が話しかける間に、泰孝は壁に垂直に立って通りの向こう側へ回り込もうとする。ユウマの注意を引くようわざと。
     その間に、夢乃はユウマを跳び越え、逆側へと着地した。
    「ほう、それは大変ですね。私を止めに来たのも部長責任というわけですか?」
     ユウマはやおら刀を抜き放つ。
     その意図を察して、弦路は叫んだ。
    「……! 待て、止めろ石英」
     シュ!
     白刃が煌めいて、なにかがポンと飛んだ。
     それがOLにとってとても大事な足首だという割には、あまりにあっけない別れだった。
     狭霧も、止められなかった。
     敵の方が速い。OLとの距離も近い。なにか工夫が必要だったか。
     いや、まさか闇堕ちしたユウマがそこまでするとは……。
    (「けど、作戦に変更はないわ」)
     狭霧は、まずOLを避難させようとする。酷い話だが、足首が片方なくなったって即死ではないのだから、我慢してもらおう。
     近づく狭霧に、ユウマが横薙ぎの一撃を振る舞う。
     狭霧は漆黒の刀身を持つナイフで斬撃を弾きそらし、彼女のすぐ後ろについていた弦路が絶叫を上げ続けるOLを担ぎ上げた。
     一般人避難の代行が弦路の役目だ。有無を言わさずこの場から脱出させる。
    「おや、まだ救済の途中ですよ」
     気のない言葉。狭霧に放った一撃も、挨拶程度で、本気で妨害する気はない。
    「否!」
     泰孝が閃光百烈拳を放つ。怒濤の攻めを、ユウマは類稀な刀捌きで防いだ。
     だが、ここに泰孝の目論見がある。泰孝は、わざと命中率の低い攻撃を行い自分を弱者と思い込ませようとしていた。
    「私の治療は、ちょっと荒っぽいわよ?」
     夢乃と、矧の影がユウマを縛り上げる。
    「……ふ、この程度」
     ユウマの背後に、突然気配が降ってきた。
     高所から無事着地したエールは、導眠符をがら空きのユウマの背中へ向かって放つ。
    「……っ!」
     不意打ちを受けたユウマの後方に、空飛ぶ箒を解除した千夏が降り立つ。
     回り込み、路地の奥にも手前にも逃がさない布陣。
     弦路が運ぶOLには、泰孝が魂鎮めの風を吹かせた。
    「まったく、私の救済をどうしてそこまで邪魔するのか」
    「救済だぁ? お前は何を言ってるんだ。それは手前勝手で決める事じゃねーだろ」
     千夏に次いで、泰孝も言う。
    「死を持って救いとす。迷いしままの魂、再度六道に転生し、迷い苦しみ繰り返す。迷いし魂、三悪道への輪廻転生不可避也。汝の救済、自己満足の域を出ず!」
    「卜部、お前はもうちょっと分かり易く頼む」
    「え、えーとですね。迷っている、苦しいから、という人を、殺す事で解放しても、より悩み苦しみある世界に転生するだけ。だから彼の言う救済論は単なる自己満足という事です」
     汗をダラダラたらすアクティブ即身仏。普通の喋り方が余程苦痛なのだろう。
    「なるほど。この宗教観の相違は埋められませんね」
     と、ユウマが言った瞬間。
     ザン!
    「な……っ!?」
     既に泰孝は斬られていた。
     遅れて血が噴き出す、神速の斬撃。
    「大丈夫か、卜部!」
    「心配無用、也……」
     蹲りながら、苦しげに答える。演技か本気かわからないが、マリナと夢乃は急ぎ回復の準備をする。
     性質も、能力も、油断はできない。
     情報によると、本来のユウマは仲間達に迷惑をかける弱い自分に負い目を感じているという。また自分には救われるだけの価値がないとも。そこを糸口に説得できれば……。
     狭霧は一気にギアを上げて、高速で間合いを詰める。ユウマはそれに気づいて一太刀。狭霧は半身ずらしてそれをかわし、ナイフを突き入れる。ユウマは引き戻した刀でそれを防いだ。
    「石英先輩、聞こえる? 先輩は自分が迷惑かけてるって思ってるそうね?」
    「おや、説得する振りして気をそらすつもりですか。油断ならない人ですね」
    「ああゴメン、私らは石英先輩と話したいんであって、アンタと話すコト何もないんだわ。悪いけど、すっこんでてくれる?」
    「む……」
     気分を害したらしいユウマの刃を避け、バックステップ。直後に、ユウマへと斬り込む。
    「……く!」
    「そうね、確かに迷惑かけられてるかも知れない。でもね、私はそれを迷惑だなんてこれっぽっちも思ってないし、もしホントにそう思ってたりしたら、わざわざこんなしんどい思いして助けに来る程、私の心は広くないってのよ!」
     緩急をつけた動きで翻弄し、脇腹を切り裂いた。
    「その辺り、ちゃんと理解してよね」
     間隙を突くような、矧のサイキックソードの刺突。弾かれるや否や斜めから斬り上げる。
     ユウマの前髪をわずかに散らし、逃れる相手に更に上段から斬り下ろした。
     バチィ!
    「石英さんは強いですよ」
     鍔迫り合いを続けながら、
    「一度闇堕ちをしたあなただ。自分の人格が塗り潰される恐怖、それはご存じのはずでしょう? それでも、あなたは二度目の闇堕ちを選択した……自分を捨てても誰かを守りたいと願ったから。そんなあなたが弱いわけがない!」
     その瞬間、光の刃を構成する粒子が閃光を発した。
     爆発をくらってユウマは大きく後退する。傷を与えられたようだが、その表情は人を見下すような余裕の笑み。
    「自分の身をなげうつことは怖くない、けれどそれは強さではない……私の中の彼はそう言ってますよ?」
    「そう言い切れる強さが、あるではないですか……」
     ビームの煌めきを感じ、ユウマは咄嗟に飛び退く。射撃手は千夏。
    「迷惑をかけてばかりで弱いって? んなこたぁないだろ。誰かがやらないと、そうしなけりゃ誰かが死ぬ。そんな時に決断ができるヤツを、あたしは弱いとは思わない。お前は強ぇーよ、ユウマ!」
     千夏とて一撃で当てられるとは思っていない。次々と放つビームを、路地を駆けながら、ユウマは斬り払う。
    「救われるだけの価値がないってのも、だ」
     声は不意に間近で聞こえた。
     発射間隔を調整しながら、実は距離を詰めていた千夏の銃口が、目前にある。
    「……!」
    「これだけ駆けつけてんだぜ? 価値が無い訳ねーだろ! だからよ、戻って来いよ、ユウマ!」
     至近距離で撃ち抜かれ、しかし、ユウマの動きは遅滞を見せない。
    「主観の相違ですね。それに、助けに来るのはあなた方がお優しいからでしょう。たとえ、この男でなくても助けに来たはずだ」
    「お前が! ふざけたことをぬかすな!」
     攻撃の手を逃れたユウマに、エールが日本刀で斬りつける。
    「確かに誰かは助けにきたかも知れませんが、私達は貴方だから助けにきました。貴方がいなくなって悲しむ人だって大勢いますよ」
    「へぇ……」
    「貴方は、人を護るという心の強さが有るから堕ちてまで仲間を護ったハズです。その貴方が人を殺めることは誰も望んでいません」
    「それはどうだろう」
    「人は自分の強さと弱さを見つめて、それで強くなれるハズです。迷惑をかけたと思っているのなら、そのお返しをするためにも、戻ってくるべきです」
    「そして、また闇に堕ちる、と」
     嘲笑するユウマをエールの鳴饗屍吸が袈裟懸けに斬り裂いた。
    「戦戦研での斬り込み隊として活動する前に人間を辞めてもらう訳にはいきません」
    「ふふふ……勝手な人ばかりだ」
    「それは私もかしら?」
     夢乃は泰孝を癒しながら言う。
    「自分が弱いから救われる価値はないって、思ってるの? それ、本心じゃないわよね? 本当にそう思ってるなら、闇堕ちしてまで弱者を助けることなんてしないはずよ」
     ユウマはナンセンスとばかりに肩をすくめた。
    「ユウマお兄ちゃん、弱いとか迷惑かけたとか思うんだったら! 迷惑かけた分、マリナ達のお手伝いをして欲しいおっ」
    「ほらやっぱり迷惑なんですね」
     マリナはユウマの声をかき消すように力いっぱい叫ぶ。
    「そんな、嫌なヤツに負けちゃダメだおっ! よくわからない事言って、誤魔化そうとするヤツを、一緒にやっつけるんだおっ!」
    「私は支離滅裂なことは言ってないはずですがねぇ……さぁ、殺し合いを続けましょうか」
     ユウマの剣技は冴え渡り、六六六人衆としての本調子を取り戻しつつあるように思えた。闇の気配は薄れたような気がするのは、本来のユウマが覚醒しつつあるからか。
     戦線へと復帰した弦路も、傷ついた仲間達を癒しながら、言う。
    「石英、弱いのはお前だけではない。俺達は皆弱い。だからこそ日々研鑽を積んでいるし、こうして雁首揃えて連れ戻しにも来る。お前が必要だからだ。それに俺は、自らと引き換えに仲間の命を救おうとするお前に、救われる価値がないとは思わない……」
     泰孝も。
    「自身に価値があるか否かは、これより汝が行動で示す事。命救う守る意思、優しき思い持つことは弱さに有らず」
     かつての仲間達と切り結びながら、ユウマは苦悶の表情を見せ、
    「一つ、質問してもいいだろうか?」
     急に口調を改めたユウマを訝しみながらも、聞く。
    「闇に抗いながら、なぜその闇の力に頼るのか」
     弦路は答える。
    「自分自身で在る為に」
     夢乃は答える。
    「それが私達の生業だからよ。毒を持って毒を制す。それが私達、灼滅者よ」
     千夏は答える。
    「愚問だぜ! 重要なのは、力を振るう、あたしらの意志だ! 力の源がなんだろうと関係ねえな! 意味があるとすりゃその使い道だ!」
    「そうですか……」
    「それを聞いてどうするっていうの……?」
    「いえ、別に……」
     ユウマはせせら笑う。
    「ただの時間稼ぎですよ」
    「いけない! みんな、避けて!」
     狭霧の警告もむなしく、ユウマの放った強力な月光衝が灼滅者達を蹂躙した。
    「今一度……」
     最後まで攻撃の為の印を結ぼうとしていた泰孝が倒れる。
     多数のディフェンダーで構成した強固な布陣も、思う程には衰えないユウマの攻勢に崩壊する兆しを見せ始めていた。
    「ふふ、ははははは! 所詮脆弱な人間ごときが私の邪魔をしようというのがおこがましいのですよ! ……とはいえ、調子に乗って窮鼠に噛まれる前にそろそろ退散すると致しましょうか」
     そう言うユウマに、背後から夢乃が組みついた。
    「あなたの好きには……させないわ!」
    「夢乃お姉ちゃん!」
    「皆、今よ! 私ごと彼、を……?」
     ズルリ、と夢乃の胸から刃が引き抜かれ、力なくその体が地面に落ちる。
    「お姉ちゃん……!?」
    「よくも……!」
     矧の影縛りがユウマを束縛する。忌々しそうにしながら、ユウマは振り向きざまエールを真一文字に薙いだ。
    「ふ……土産代わりに一人くらい殺していきましょうか」
     ユウマが刀を振り上げる。
    「やめるおっ……!」
     マリナ達は痛む体をおして止めようとするが……。
     もう彼に声は届かないのか。
     人は闇に屈するしかないのか。
     そんなことはない。たとえ敵がどれだけ強大であっても、人が小さい力しか持たなくても。
     仲間を思いやる心と、力を合わせる絆があれば……。
     ザシュ!
     生温かい血が降り注ぐ。
     しかし、それはエールの血ではなかった。
    「なぜ、です……」
     ユウマの左腕が刃を止めていた。
     刃の前に自らの左腕を突き出した、その異様な光景は、しかし、ある可能性を示していた。
    「……これ以上手出しは、させない」
    「石英!」
    「石英先輩!」
     闇を押さえ込んだか。
     だが、その様子はどこかおかしい。
    「お兄ちゃん……?」
     鹿島、石弓、葵璃、鏡……。
     桧原、卜部、三味線屋、マリナ……。
     視線を巡らすユウマの顔は、朝凪のように穏やかで、それはまるで……。
    「……世話になった。次に見えた時は、容赦せず斬り捨ててくれ」
     まるで……。
    「待て、おい、ユウマぁ!?」
     ユウマは背を向け走り出した。呼び止める声も振り切って。

     走馬燈のように半生が脳裏をよぎる。もう二度と逢えない顔もある。
     暗がりより這い出て一度は光を見たつもりだったが……。
    「世界はこんなにも、暗い」
     荒れ狂う嵐の日に、ふとした瞬間に訪れた晴れ間を思い出す。
     激しい風雨がやみ、重たい曇り空から光が差した。
     友と過ごした時間は、光にあふれた大切なもの。もう二度と帰らぬ日々。
     自分は逃れきれなかったこの世界の闇を、挑むには途方もなく、抗うにも絶望的な、この闇を、もしかしたら、この仲間達ならば、いつか……。
    「さぁ、彼らの命は見逃しました。そろそろ交代の時間ですよ?」

     千夏達は必死に追いかけたが、ユウマは路地を自分の庭のように逃げていった。潜伏中に下調べを終えていたに違いない。
    「お兄ちゃん! ユウマお兄ちゃん!」
     ユウマを探して街をかけずり回った。
     血が流れるのも構わず、傷をおして、彼の名を呼びながら、いつまでも探し続けた。
     けれど。
     この日、友の姿は闇に溶けたように、矧達の前に現れることはなかった。
    「なぜ……なぜなんです! 石英さん!」
    「石英……お前には、まだ、伝えたいことがある」
     俺達が一緒にいた時間は、嘘ではなかった。
     お前も俺達のことを仲間と思っていたんだろう?
     なのに……。
     桜の咲く時期を迎えた夜風は身を切るように冷たく吹き抜けていった。

    作者:池田コント 重傷:卜部・泰孝(大正浪漫・d03626) 葵璃・夢乃(黒の女王・d06943) 鏡・エール(大学生シャドウハンター・d10774) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年3月25日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:失敗…
    得票:格好よかった 11/感動した 4/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 110
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ