着ぐるみ淫魔の宿業

    作者:飛翔優

    ●もふもふイルカに抱かれて
    「ふかふかー、なのですよー!」
     可愛らしいイルカの着ぐるみに身を包んだ女が、呆然と佇む男性に抱きついた。
     両腕に力を込めながら頬ずりし、苦しそうな反応に構わずその感触を堪能していく。
     周囲には、壁やマネキンに飾られた多数の着ぐるみ。及び女の配下たち。配下たちもまた着ぐるみを着たまま、女の行動を優しい瞳で見守っていた。
    「ふかふかー……あれ?」
     十数分ほどの時が経っただろうか? ふと反応がないことに気がついて、女は男性を手放した。
     息がない。心臓も止まっていた。まるで精気が抜けてしまったかのように、顔も青ざめていた。
    「壊れちゃったのです。後はよろしく頼むのです」
     途端に興味を失ったのか、女は後を配下たちに任せて踵を返す。奥に備え付けられているベッドに飛び込んで、枕に顔を埋めていく。
     彼女の名を……。

    「淫魔ルーミ……か」
     地図とメモを見比べて、文月・直哉(着ぐるみ探偵・d06712)は溜息を吐き出した。
     一度だけ肩も竦めた後、踵を返して歩き出す。
    「勝てる気はしないんだが……仕方ない」
     頬に冷や汗を伝わせながら、武蔵坂学園へと向かっていく。
     偶然得た淫魔ルーミの情報を、仲間達へともたらすために……。

    ●放課後の教室にて
    「というわけで、淫魔ルーミの情報を持ってきた! 後は倉科、よろしくな!」
    「はい、文月さんありがとうございました。それでは早速、説明を始めさせて頂きまね」
     倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は、直哉に軽く頭を下げた後に灼滅者たちへと向き直り、説明を開始した。
    「文月さんの情報通り、宿敵たるダークネス・淫魔ルーミの動向を察知しました」
     ダークネスはバベルの鎖の力による予知がある。しかし、エクスブレインが予測した未来に従えば、その予知をかいくぐりダークネスに迫ることができる。
    「ダークネスは強力で危険な敵。ですが、ダークネスを灼滅することこそ、灼滅者の使命。厳しい戦いになると思いますが……どうかよろしくお願いします」
     小さく頭を下げた後、葉月は地図を広げていく。
    「皆さんに向かってもらうのは、埼玉県朝霞市にあるフォトスタジオ。ここを、淫魔ルーミは拠点としています」
     淫魔ルーミは度々配下に命じては、若い男を手当たり次第に誘拐する。誘拐された男は淫魔ルーミに抱きしめられ、精気を吸われて殺されてしまうのだ。
    「幸か不幸か、皆さんが赴く日も配下たちは若い男を攫いに出かけます。その隙を狙って、淫魔ルーミに襲撃をかけて下さい。そうすれば、たとえ配下たちに攫われてしまった男性が居たとしても、最終的には無事に帰ることができますから」
     その場合、拠点で戦うのは淫魔ルーミと配下二人といった構成になる。
     淫魔ルーミの特徴は、着ぐるみ。着ぐるみをこよなく愛しているのか、フォトスタジオのほぼ全域が着ぐるみで埋まっている。そして、着ぐるみを着たまま若い男を抱きしめることを史上の喜びとしているらしい。
     戦闘能力としては八人を相手取って十分渡り合える程度。もしも全ての配下が揃っていたならば、倒すことは難しくなるだろう。
     傾向としては、配下二人の状態では命中率を高め、配下が全て揃っている状態ならば回復能力に特化する。
     行動としては、トラウマを呼び起こす着ぐるみパンチや、催眠をもたらす着ぐるみメロディを放ってくる。また、明るい歌声で部下を治療し、浄化すると言った行動も取っていく。
     一方、淫魔ルーミとして残された護衛二人の力量はそこまで高くはない。しかし防御面に意識を向け、体力を吸収する着ぐるみ爪や自らを治療する強がりで合流までの時間を稼ごうとするだろう。
     そして、誘拐に出ていた配下の人数は三人。力量は護衛二人と同じ程度。こちらは攻撃面に意識を向け、護衛二人と同等の攻撃の他、威力が高く追撃する可能性もある駄々っ子パンチを仕掛けてくる。
    「以上で説明を終了します」
     小さな息を吐くと共に、葉月は地図などを手渡した。
    「未来予測による優位があるとはいえ、ダークネスは強敵、配下がいるのならば……分断してもなお、その戦闘力を侮ることはできません。どうか決して油断せず……灼滅して来て下さい。何よりも無事に帰って来て下さいね? 約束ですよ?」


    参加者
    鈴森・斬火(炎刃狂姫・d00697)
    日野森・沙希(劫火の巫女・d03306)
    赤威・緋世子(赤の拳・d03316)
    御神・白焔(黎明の残月・d03806)
    赤星・緋色(朱に交わる赤・d05996)
    経津主・屍姫(無常の刹鬼・d10025)
    奏森・あさひ(騒ぐ陽光・d13355)
    嶋田・絹代(どうでもいい謎・d14475)

    ■リプレイ

    ●着ぐるみ淫魔の根城へGO!
     車が行き交う国道を、穏やかに吹き抜ける春の風。穏やかな陽光に照らされて、人々は弾んだ調子で買い物したり営業したり……そんな、他愛のない日々の営みを続けていた。
     灼滅者たちは平和な光景を護るため、今はフォトスタジオの影に隠れている。
     しばしの後、中から着ぐるみ姿の人間三人がフォトスタジオから出てきた。
     彼らは迷うこと無く街中へと歩き出し、雑踏に紛れて消えていく。
    「さ、行こっか!」
     物陰から、赤星・緋色(朱に交わる赤・d05996)が元気よく立ち上がった。
     かく言う彼女も着ぐるみ姿。とある街のゆるキャラだ。
     灼滅者たちは弾んだ調子で先導する緋色に従って、フォトスタジオの中へと突入する。
     ……様々な着ぐるみで埋め尽くされている廊下を歩き、時には手近な着ぐるみを身に包み……いざ、淫魔ルーミの下へと……!

     着ぐるみの廊下を抜けた先、かつては撮影所だったと思われるドアに、ルーミの部屋、と記された看板がかかっていた。
     灼滅者たちはノータイムで蹴り開けて、ルーミの部屋に突入する。
     驚きすくみ上がる熊と羊、そして奥のベッドからゆっくりを身を起こしていくイルカの着ぐるみを着た少女……ルーミを前にして、日野森・沙希(劫火の巫女・d03306)がビシッと宣言した。
    「着ぐるみの癒しを悪用するなんて許せない! 覚悟しなさい!」
    「……なんなのですか、お前たち!」
     返事の代わりに、経津主・屍姫(無常の刹鬼・d10025)は武装する。
     可愛い恐竜の着ぐるみを身に纏い、両腕を上げて威嚇する。
    「がおー!」
    「レッツ、プレイ!」
     奏森・あさひ(騒ぐ陽光・d13355)もまた黄色い垂れ耳兎から、ギターを構える戦うための姿へと変わっていく。
     仲間たちがひと通り変身を終えた時、ギターを鳴らしながら声を響かせた。
    「着ぐるみは皆を癒すもの! それを使って、人の命を奪うなんて、そんなことはさせないよ!」
     着ぐるみ、ふわもこなルーミも、配下も正直強敵、叩きづらい。
     けれど悪事に使わせる訳にはいかない、負けられないから、即座に戦うための音色を響かせる。
     瞳に笑顔を、心に光を。羊の配下が苦しげなうめき声を上げた時、ルーミもやっとベッドの上から飛び出した。
    「何だかよく分からねーですが、敵とあっちゃ容赦はしないのです。戻ってくるまで、耐えるですよ!」
    「はっ!」
     指示を受け、狼も羊も動き出した。
     着ぐるみに囲まれている場所で、ふわもこの戦いが開幕する。

    ●着ぐるみ大決戦!
    「一気になぎ倒していくよ」
     短い着ぐるみ腕を大きく捻り、緋色は羊に向かって槍を放つ。
     もふもふ毛皮に飲み込まれ、突き刺すことは叶わない。
     即座に腕を引き退いたなら、代わりに赤威・緋世子(赤の拳・d03316)が飛び込んだ。
     雷で固めた拳で殴りかかり、ふんわりと受け止められるも呪縛に対する抵抗力を獲得する。
     退くことはなく抑えこみ、盾で爪による一撃を受け流した。
    「……にしても」
     さなかに垣間見えたルーミの姿。
     イルカとはいえ柔らかそう、もふもふそうな着ぐるみに、緋世子は小さく息を呑む。
    「やべぇ……流石淫魔ってところか……。……ハグしたくなる着ぐるみとか強敵だな……!」
    「褒めてくれてありがとーですよ。けど、脅威であることに違いはねーですよ」
    「ははっ、そうだな」
     会話の間に流し込まれそうになった誘惑を跳ね除けて、緋世子は羊へと向き直る。盾を全面に構えたまま、一直線に吶喊する。
     誘拐して殺すのなら、さっさと倒してやるまでと!
    「うらぁ、これでも食らいやがれ!」
    「ふふっ、燃えてしまいなさい」
     羊の体が揺らいだ時、鈴森・斬火(炎刃狂姫・d00697)が焔に染まる刃で尻尾を切り捨てた。さすれば白い体が燃え上がり、炎に蝕まれ始めていく。
    「着ぐるみなんぞ着てんじゃねえっす!」
     一方、嶋田・絹代(どうでもいい謎・d14475)はどこか苛立った様子でルーミに弾丸を放った。
     たやすく避けられてしまったからか、更に不機嫌そうに唇を尖らせていく。
     曰く、着ぐるみは嫌い。暑そうだから。
     理解も持てない、動きにくそうだから。
     しかし……。
    「随分鋭敏に動くもんだ、って顔してやがりますね」
    「っ! そんなことっ」
    「好きなものこそ上手なれってやつで御座いますですよ」
     反論の隙間に放たれた着ぐるみパンチを、絹代は何とか受け止める。
     ふわふわの腕とは対照的に骨身まで震わせる衝撃に瞳を細めながらも、指輪をかざし戒めの弾丸を撃ちだした。
     しかし、ルーミは容易く弾く。
     恐らく、それが得意な力だから。
     それでも気を引く事はできているとおもわれる中、沙希が羊を焔走る光の刃で切りつけた。
    「着ぐるみは布だからよく燃えるよね」
     盛る炎に蝕まれ、羊の動きは何処か鈍い。狼がフォローしようとしているけれど、数の差は覆せない。
     故にか、ルーミは歌う高らかに。
     羊の炎が沈下され、焦げ目もいくつか消えていく。
    「無闇矢鱈と燃やさせる訳にはいかねーですよ」
    「周囲の着ぐるみも?」
    「一手使う価値があればやるといーですよ。」
     若干怒りを含んだ声を受け止めて、沙希は周囲を燃やすことは諦める。
     代わりに再び刃を振り上げて、羊に向かって切りかかった。
     避けられても、その先には、御神・白焔(黎明の残月・d03806)が待っている。
    「……」
     無言のまま突き出した槍に貫かれ、羊は此度初めて皮膚を晒した。
     即座に白焔は離脱して、周囲を疾走しながら仕掛けるチャンスを狙っていく。
     概ね押している状況で、序盤戦は終幕した。

     緋世子がルーミのヒレパンチを受け止めて、勢いを殺しきれずに膝をついた。
     すかさず屍姫が符を抜いて、怪獣尻尾を揺らしながら投射する。
    「回復っ、行くよ!」
     今はまだ、相手の攻撃は緩い、
     治療を欠かさず戦えば、問題なくせめて行ける。
     斬火が意気揚々と羊はいかに斬りかかり、再び白い体を燃え上がらせた。反撃の爪を受け流し、もふもふが陰り始めた背後を取る。
    「まずは一人目、次もさっさと片してしまいましょう」
     中々振り向けぬ羊の背中を切り上げて、焔を散らせ沈黙させた。
     素早く狼へと向き直り、弾んだ調子で駆けて行く。
    「さあ、次はあなたですよ」
    「っ!」
     斬火が辿り着く前に、狼が体を震わせた。
     あさひだ。
     あさひの奏でる音色が、狼の本来の肉体を揺るがしたのだ。
    「さあさあ、一気に畳み掛けるよ!」
    「勿体無いが仕方ない。着ぐるみごと燃やし尽くしてやる!」
     体力を回復した緋世子が赤熱する弾丸をばらまいて、狼の体を貫いた。
     即座にルーミが歌声を響かせ炎を沈下していく中、白焔が無駄だと殴りかかっていく。
     一発、二発三発と刻んだ後、即座に離れて駆けまわる。
     蜘蛛のごとく低い姿勢で、時に急激な方向転換を交えて狼もルーミも幻惑する。
     幻惑されながらも放たれた狼の爪は、容易くオーラで受け流した。
     即座に懐へと入り込み、再び拳を連打する。
     焔に燃える体を壁際へと押し付けて、沈黙させることに成功した。
    「……」
     ゆらりと振り向き、白焔はルーミを睨みつける。
     睨み返されたかと思えば動き出し、戦場をせわしなく駆け巡る。
     残るはルーミただ一人。しかし、ここに辿り着くまでにそれなりの時間がかかっている。
     もうすぐ、残る配下も戻ってくるはず。だから……!

    ●もふもふの海に埋もれて
     ルーミの間合いへと入り込み、十分ほど切り結んだ時、玄関から慌ただしい音が聞こえてきた。
    「ようやく戻ってきたですよ。お前たちも終わりなのですよ」
    「いいえ、押し切ってしまいましょう!」
     笑みを浮かべるルーミを倒すため、斬火が意気揚々と刀を振るう。
     焔を散らし、軌跡を描き、イルカの体を熱き炎で包み込む。
    「完全に戻ってくる前に倒すっすよ」
     慌てず騒がず動こうとしたルーミの体を、絹代の影が戒める。
     攻撃のタイミングを一瞬だけずらせたから、間に緋世子が割り込む隙が生まれていた。
    「っと、仲間をそうそう倒させはしないんだぜー!」
    「おうっ!」
     絹代の感謝を聞きながら盾を引き、拳を握りしめていく。
     鋭く連打していく彼女の体を、屍姫の符が治療した。
    「ほらほら、大好きな着ぐるみに倒される気持ちはどう?」
    「まだ負けてねーですよ」
     挑発には乗らず、ルーミは緋世子に殴りかかる。
     盾で受け止め受け流し、大打撃とはなっていない。
    「せーの、それっ!」
     故に、屍姫はオーラを放つ。
     ルーミの体を後方へと押し返す。
     睨む瞳ににっこり笑い、恐竜の手でガッツポーズ。
    「っ!」
     屍姫へと意識が向いていた隙を狙い、白焔が背中を殴りつけた。
     何度も、何度も、よろめき膝をつくその時まで。
    「くっ」
     振り向いても、もう白焔はそこにはいない。
     代わりに、前へと出てきたあさひが勢い良く殴りかかった。
    「もうすぐ来ちゃうけど……けど、やっぱりルーミを狙うよ!」
    「うん!」
     あさひの宣言に従って、緋色も捻りを入れた穂先を突き出した。
     尻尾を地面へと縫いつけて、動きの自由を僅かに奪った。
     すかさず屍姫のオーラが突き刺さる。
     あさひのギターも胴を払い、ルーミを地面に転ばせた。
     躊躇う理由など無い。
     ゆるキャラの気持ちに、着ぐるみの気持ちになって、緋色は杖を振り上げる。
    「きぐるみさんごめんなさい。ひっさーつ!」
    「くはっ! 無念……なのですよ……」
     頭を強かにうち据えれば、瞳を閉ざして倒れ伏す。
     糸がほどけるように崩れ去り、後にはイルカの着ぐるみだけ。
    「それじゃ……」
     即座に緋色は振り向いて、ようやくやって来た配下たちを見据えていく。
    「あなたたちのマスタは倒したよ! あとは貴方達だけ」
     素早く沙希が声を上げ、残りの排除へと赴いた。
     程なくして、フォトスタジオは静寂に包まれる……。

     攫われて来た男性を逃し、治療も行った。集められていた着ぐるみに興味がある者もいるけれど、既にすべき事は何もない。
    「無事終わったっすね。それじゃ、変えるっすよ」
     絹代の音頭に従って、灼滅者たちは帰還する。
     着ぐるみに満ちた世界から、現し世たる明るい喧騒あふれる世界へと。
     灼滅者達の手で取り戻された、平和に満ちたる世界へと!

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年3月21日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 15/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ