『新宿迷宮』と『2人』のラグナロク!

    作者:猫乃ヤシキ

     巫女服のラグナロク、『新宿迷宮』の主、東京を鎮める為、新宿の最下層で生涯を過ごすことを選んだ少女、納薙・真珠(ななぎ・まじゅ)。
     笑顔を殺し心を殺し、ひたすら水面の如く無の如く生きてきた。
     私はラグナロク。生きているだけで全ての人を傷つける。
     自分と同じ者などいない。だから自分の事を理解してくれる人などいない。
     誰だって、私と同じなら同じ決断をするに決まっている。
     自由など望んではいけない。ましてや……など、決して望んではいけない。

     だが彼女は、雨宮・夢希(あまみや・むぎ)は、自分と同じ『巫女』で、『ラグナロク』だった。
     なのに彼女は自由で、……を見ることができて。
     私の決断は、私の逡巡は、全て愚かな過ちだったのか。

     真珠は、鏡のようだった自らの心を掻き乱されていた。
     だから、つい、優しい夢希の前で、本音を零してしまったのだ。

    「夢希は、とても色々なことを、見たり聞いたりしてきたのですね。私とは大違い。……うらやましい」
     夢希は微笑みながら、優しく答える。
    「真珠はここで、みんなに大切にされてるやん。何でも、ほしい言うたらすぐに出てくるし。何が不満なん?」
     夢希の問いに、そっと耳打ちする真珠。

     新宿迷宮地下100階。悲劇の歯車が回り始める―――。

    ●『世界を滅ぼす脅威、ラグナロク』
     ―――決戦兵器(ラグナロク)。
     それはいにしえの時代より存在する、大いなる脅威である。
    『特殊肉体者』であるラグナロクは、自らの体内で膨大なサイキックエナジーを生成し、かつ蓄積できる能力を持っている。
     ラグナロクが闇堕ちしてダークネスとなってしまった時。
     その圧倒的すぎる凶暴な力は想像を絶する悲劇を招く。
     現実に、様々な民族の歴史や文明が、幾度となく脅かされ破壊されてきた。

     今、その脅威の芽が再び生まれようとしている。
     首都、東京。新宿駅の地下に深く横たわる――巨大要塞『新宿迷宮』。
     古来よりラグナロクを『巫女』として奉り、巫女自身の能力によって世間からその存在を隠し守り続けてきた場所。
     しかしこの場所で2人のラグナロクが出会ったことによって、迷宮の結界には綻びが生じた。
     その綻びは、すぐにダークネスたちを招き入れる。
     この迷宮から、未だかつてない凶事が起きようとしていた。

    ●『綻びた新宿迷宮の最深部、地下100階にて』
     『新宿迷宮』の最奥、地下100階。
     ラグナロクの少女、納薙・真珠――新宿迷宮の『巫女』と呼ばれている彼女は、目の前で繰り広げられる凄惨な地獄絵図に心を失いかけていた。
     さんざんに痛めつけられた真珠が、床を這いながらうめき声をもらす。
    「……ぐっ……う……」
     眼前で笑いながら、真珠に日本刀の切っ先を向ける男は、巫女を守りかしずく『守人』の一人だった。しかし男の心はいまや、完全に闇に支配されている。この男だけではない。何人もの守人たちが一斉に咆哮し、かつての同胞を殺戮し始めている。
    「こんな目に遭うのはすべて、雨宮・夢希のせいですよ」
     はじめてできた友人の名をささやかれ、小さな思い出が真珠の脳裏をよぎる。しかし倒れ伏す真珠の髪の根元を容赦なくつかみ、男が真珠を無理矢理に立ちあがらせた。
    「巫女。我らの王になりなさい。あなたには、世界を自由にできる力がある」
    「世界……。……自由……?」
     苦痛にあえぎ、周囲で繰り広げられる血塗れの光景に慣らされて、脳髄は痺れたようになっていた。真珠の五感はいつからか、かすみがかかったようになっていて、気づけば男の言葉に耳を傾けている。
    「これはそのための始まりの儀式です」
     男が真珠に日本刀を突き出す。重傷を負いながらもまだ息のある守人を見つけ出し、その頭を引っつかんで真珠の前に差し出した。
    「さあ、殺してしまいなさい。楽になれますよ」
     判然としない意識の中、言われるままに日本刀を受け取る真珠。
     次の瞬間。刃が閃めいて、ごとり、と屍肉が落ちた。

    ●『新宿迷宮のどこか。詳細不明』
     納薙・真珠が心を闇に呑まれていく瞬間と、ほぼ同一の時刻。
     舞台は同じく『新宿迷宮』の内部。もう一人のラグナロク――かつて梅田の地下に存在した『梅田迷宮』の『主』、雨宮・夢希にまつわる事件が起きる。
    「あんなバケモノが出るとか、聞いてへんで」
     崩れた瓦礫の裏側に姿を隠し、ぽつりとつぶやく夢希。突如姿を現したイフリートの群れに執拗に追われ、先ほどから新宿迷宮内を逃げ続けているのだ。
    「……どういうことやねん、真珠」
     懐には大ぶりの解体ナイフが納められている。真珠に付き従う『守人』の1人から、護身用にと先ほど渡されたものだ。その守人いわく、真珠は夢希を殺そうとしているらしい。
     自分を守るように膝を抱え直すと、誰かに肩を叩かれる。びくりと大きく震えながら振り向くと、先程ナイフをくれた守人だった。
    「いっそ、あなたがここの主になってしまえば?」
     守人の瞳は暗く、輝きを失っている。その心はダークネスに支配されているのだ。
     しかし、夢希はその事実を知らない。
    「うちが……?」
     心の深い闇をえぐっていく甘い言葉に、夢希の心がざわざわとくすぐられる。
     ゆっくりとゆっくりと、深い奈落へと揺さぶり落とされてゆく。
    「そう。消してしまいなさい。彼女も、彼女に従う者達も。……まずは」
     男が、夢希にナイフの柄をにぎらせる。
     伸ばした指先には、あたりの様子をうかがう女が立っている。ダークネスの支配下に置かれることなく、かつ無事でいる数少ない守人の1人だ。
     女の頸動脈を指し示して笑いながら、男が夢希に向かってうなずいた。

    ●『そして、ラグナロク・ダークネスは完成する』
     自意識を手放しつつある真珠と夢希は、守人たちに引き連れられ、1体のダークネスを知ることとなる。苦痛と恐怖にさいなまれ、心の奥をえぐられ、いざなわれるままに刃を振るってきた2人の心は、既に深い闇に呑みこまれようとしていた。
    「ああ、我らが王。ここに祝福と歓迎の意を」
     楽しげに2人を祝福するのは、ソロモンの悪魔。
     向き合った真珠と夢希の脳裏に一瞬、幸福な記憶が交差する――。
    「……おや、まだ少し人の子の心が残っているようですね。これはよろしくない。最後の仕上げをすることにいたしましょう」
     ソロモンの悪魔が、ぽん、と手のひらを打ち合わせる。
    「では、殺しあいを始めましょう」

     言われるがまま。
     ――夢希に向かって、日本刀をかざす真珠。
     ――真珠に向かって、ナイフを構える夢希。

     背中を押し出され、まるで息をするかのごとく自然に刃を振りかざしあう。
     カッ、とまばゆい光が炸裂する。
     それが、世界を滅ぼす2つのラグナロク・ダークネスが誕生した瞬間だった。

    ●『壊れた未来を止めるモノ』
    「新たなラグナロクの存在が確認された。しかも、2人もだ」
     神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)の言葉に、集まった灼滅者はどよめいた。
     ヴァンパイアに見初められ、闇に堕ちようとしていたラグナロクの少女、神津・零梨を救うために長期間に渡る活動を行い、力を尽くしたことは、記憶に新しい。
     その神津・零梨と同じラグナロクが、2人も同時に現れたというのだ。驚くなと言う方が無理だろう。
    「1人は『新宿迷宮の巫女』である納薙・真珠。もう1人は『梅田迷宮の主』だった雨宮・夢希だ」
     新宿迷宮と梅田迷宮。
     聞き慣れない2つの単語を不思議がる灼滅者達に、ヤマトは「俺も、ついさっきまでは全く知らなかったが」と前置いて、詳しい説明を行っていく。

     新宿迷宮。それは東京・新宿駅の地下深くに横たわる広大なダンジョンである。
     ここは古来よりラグナロクを守り、隠すために存在していた。迷宮は、その主である『巫女』――ラグナロクの少女、納薙・真珠の力によって秘匿され、ダークネス達の目すら欺く『結界』が張られている。
     迷宮には巫女と、巫女を支える大勢の『守人』と呼ばれる人々だけが暮らしており、時に無関係な人間が迷い込んだとしても、それはすべて守人によって排除される。守人達は侵入者を気絶させ、その記憶を封じ、迷宮の外へ放逐するのだ。
    「ところが、その新宿迷宮に1人の少女が迷い込むことが分かった」
     それが大阪・梅田迷宮の『巫女』だった雨宮・夢希だ。
    「梅田迷宮もラグナロクを秘匿していたダンジョンだったらしい。ただ、梅田迷宮は不測の事態によって崩壊してしまった」
     雨宮・夢希は梅田迷宮に結界を張り、永い眠りにつくことを選んだ。しかし、その間に梅田迷宮の上――つまり梅田駅が改築と拡大を重ねたことによって、梅田迷宮の領域が失われ、結界が崩壊してしまったのだ。
    「不慮の事態に目覚めた雨宮・夢希は、梅田迷宮を捨てるしかなかった。迷宮の結界が無ければ、ダークネスに見つかってしまうからな」
     そうして放浪の身となった雨宮・夢希は、孤独にさまよう中で梅田迷宮と似た気配を察知した。
     それが、納薙・真珠のいる新宿迷宮。
     自身もラグナロクであり、迷宮の巫女としての力を持つ雨宮・夢希は、イレギュラーなルートで結界を越えて新宿迷宮に入り込み、そしてそのまま納薙・真珠のいる最下層100階まで辿り着く。
     同じ巫女であり、何よりはじめて接する同じ年頃の少女に好意を抱いた真珠によって夢希は歓迎され、2人のラグナロクは急速に親交を深めた。そして、良き友情を育むかと思われたが――。
    「その際にできた僅かな綻びによって、彼女達の存在がダークネスに察知される。そう、俺達エクスブレインの予知が、それを察知できたように」

     納薙・真珠と雨宮・夢希、2人の存在を知って動き出すのは『ソロモンの悪魔』だ。彼らはラグナロクダークネスを生み出し、自分達の長に据えようとしている。
    「今すぐ彼女達に関与する事は出来ない。先程も言ったように、新宿迷宮は結界に守られていて、俺達ですら入り込むことはできない。強引に立ち入れば、それは結界の崩壊の引き金となり、現時点での予知以上の悲惨な状況を招く可能性すらある。また、ダークネス側にこちらの動きを感知されれば対策を練られてしまい、彼女達を救える可能性すら失ってしまうだろう」
     だからこそ、自分達は『ダークネスによる新宿迷宮の侵攻が始まる』まで、待たなければならない。だが、それまでにも出来ることはある。
     新宿迷宮の正確な入口の位置を突き止め、十分な準備をあらかじめしておくこと。
    「ダークネス達は新宿迷宮の壁を破壊し、強引に侵攻を開始するようだが、俺達は新宿駅のどこかにある『入口』から入るべきだろう。巫女にとって安息の場所でもある迷宮の崩壊は、彼女達を追い詰め、闇堕ちを促進する行動になりかねない」
     しかし、新宿迷宮の入口の詳細な場所は不明だ。これを事前に掴んでおけば、作戦決行当日の大幅な時間短縮に繋げられるだろう。
    「新宿迷宮の入口に近づけば『守人』に阻止されるだろうが、無関係な人間を装い、上手く戻ってきてほしい。守人に記憶を封じられないように、だ。内部に強引に立ち入らなければ、迷宮の結界やバベルの鎖に影響はない」
     また、新宿迷宮に突入した後のことを考えておく必要もある。
    「内部にはソロモンの悪魔とイフリートが存在している。また、ソロモンの悪魔は遭遇した守人を闇堕ちさせて支配下に置き、利用するつもりのようだ」
     彼らは迷宮の各階への扉の前に立ちはだかるだろう。10階、20階……合計、10か所。下層階に行くほどに手強い相手が待ち受ける。彼らは『万が一、他のダークネスがラグナロクを狙ってきた際の時間稼ぎ』の役割も担っているため、灼滅者を妨害してくるだろう。
    「全員が100階まで向かうのは難しい。仲間を下層階へ通過させるため、守人を引きつけつつ盾になって戦うような役割も必要かもしれない」
     また、新宿迷宮の巫女である真珠は最下層の100階にいるが、梅田迷宮の主である夢希は、イフリートを恐れてどこかに身を隠そうとする。駆け付けた時、夢希が何階にいるのかは不明だ。
     夢希は安全を確認できない状態では姿を現さないだろう。夢希を発見するには、ダンジョン中に点在するすべてのイフリートを灼滅せねばならない。
    「それから、2人を狙っているソロモンの悪魔は陰湿で狡猾だ。このソロモンの悪魔は、特定の時間――侵攻開始から147分後に真珠と夢希が同じ場所に揃っていなければ、姿を現さずに逃げてしまう」
     元凶のダークネスを倒し、禍根を完全に断つには、それまでに2人を救出して合流させる必要があるのだ。
    「2人がラグナロク・ダークネスとなってしまうのを防ぐには、彼女たちを脅かすダークネスを灼滅することが不可欠だ。けれどそれだけじゃ足りない。深く傷つき、闇に傾いた心を完全に取り戻すために、彼女たちの心を癒し、信頼関係を勝ち得ることも必要だということを、忘れないでくれ」
     それに、と付け加えるヤマト。
    「ラグナロクは深い信頼関係を結び、心のつながりを持つことができた相手と『契約』を結ぶことができる。そう、先日の神津・零梨がそうだったように」
     契約は、ラグナロクの体のどこかに刻まれた『刻印』を『ラグナロク自身が信頼した相手』に触れさせることによって成立することが判明している。この契約によって、ラグナロクは自らが蓄積するサイキックエナジーを放出できるようになるのだ。
     契約によってサイキックエナジーを放出できるようになれば、日々生成され続ける膨大なサイキックエナジーを、サイキックアブソーバーに吸収させることができる。つまりサイキックアブソーバーの近くでなら、2人は普通に生活することも可能なのだ。
    「俺にできることはここまでだ。ラグナロクダークネスによる破滅を食い止め、2人を救えるかどうかは、お前達に懸っている。どうか最善を尽くして欲しい」


    ●このシナリオは『ドラゴンマガジン』連動シナリオです
     このシナリオは、3月19日に富士見書房から発売された『ドラゴンマガジン5月号』との連動シナリオです。
     このオープニング内容は断片的なものになっています。
     納薙・真珠と雨宮・夢希、2人のラグナロクがどのように出会い、友情を深めていったのか。そして彼女達を狙うソロモンの悪魔が、具体的にどのような行動に出るつもりなのか……。詳しい経緯は、ドラゴンマガジン5月号で詳しく語られていますので、そちらをお読みください。
     ドラゴンマガジンは、全国の書店やインターネット通販サイト等で購入できます。
     また、このシナリオのリプレイは、5月20日に発売される『ドラゴンマガジン7月号』に掲載され、全国書店で販売されます(PBWでのリプレイ公開は、7月号の発売日以降になります)。

     また、この結果は富士見書房から刊行されている「サイキックハーツRPG」のサプリメントの内容にも、影響を与えます。

    ●このシナリオは『参加無料』です
     みなさん気軽に右下の『参加する』をクリックし、参加してください。
     参加者は必ずリプレイで描写される訳ではありませんが、冒険の過程や結果には反映されます。今回のシナリオでは、プレイングの内容によって十数人程度を選抜し、描写する予定ですが、それ以外の人のプレイングも、作戦の成否に大きく影響を与えます。

     まだキャラクターを作成していない方は、ここから作成してください。
     キャラクター作成も無料です。
     https://secure.tw4.jp/admission/


    ■リプレイ

     新宿駅の地下に人知れず隠された広大なダンジョン、新宿地下迷宮。
     その迷宮の深淵にて出会った2人のラグナロクと、彼女たちを狙うダークネスの存在。
     ラグナロクが闇の世界へ呑まれれば、当たり前に存在する平穏な日常は崩壊する。
     想定されうる最悪の状況を阻止すべく立ち上がり、新宿へ向かった灼滅者の数は、総勢3415人。
     彼等はみな様々な思惑を抱えながらも、その胸中に抱く鋼のごとき意志は、等しくひとつだった。
    『この事態を、必ず収束させる―――』
     広大な迷宮の随所で灼滅者たちは全力を賭し、己にできることを行ったのだ。
     これは無数に繰り広げられた多くの戦闘の中の、一つの側面に過ぎない。
     何よりもあなた自身がくぐりぬけた戦いこそ、真実の物語なのだから。

    ●暴かれる迷宮の眺め、渦巻く思い
     発見された地下への入り口からは、一斉に灼滅者たちがなだれこんで行った。残された時間は少なく、一分一秒でも無駄にはできない。
     灼滅者たちは己の持つ能力や才覚を生かし、千千に散り、あるいは集い、複雑な迷宮の内部を切り拓いてゆく。
     ある者たちは己の姿を蛇に変え、迷宮の内部をのたうつように這っている。
    (「二人を、争わせたくないです」)
     折原・神音(中学生神薙使い・d09287)もまたその一人。素早く通り抜けられる通気口や隙間がないか、人の目線では見つけられないような隠された扉や入り口が無いか、入念に探索しているのである。
    (「でも私じゃきっと届かないから。自分の得た経験から、探索を行うことに専念しましょう」)
     またある者は空飛ぶ箒にまたがりながら、宙をすべるようにして移動してゆく。隠された手がかりを探すように、地面を這いながら情報を集めようとする神音の上を、箒にまたがった魔法使いたちが風を切って通りすぎてゆく。
     たったいま神音の頭上を通り過ぎていった沙由凪・葵子(精神刻み・d00433)もまた、先を急ぐ魔法使いの一人だ。
     身にまとうロングコートのすそが、生暖かく湿気を含んだ風を受けながらはためいている。青い瞳が見つめる先はただ一つ、この煤けた迷宮の最深部だ。
    (「体力が続く限りは……奥深くまで」)
     そう強く心に誓いながら、葵子が能力の限界まで速度をあげる。
     同時に、いつ敵に遭遇してもすぐに戦闘態勢に入れるよう、担ぎ上げたバスターライフルをしっかりと構えている。
    (「状況次第では、仲間の支援にまわれるようにもしておかないと」)
     学園からこの場を訪れた仲間の誰かが、ラグナロクを無事に救出することができれば、それでいい。この謎に包まれた深い迷宮を進んでゆくには、一人の力だけでは不可能だ。先を進む者たちを手助けする役割は、どうしても必要なのだ。
     蓮咲・煉(錆色アプフェル・d04035)もまた、志を同じくする一人だ。光量が不十分なこの地下の迷宮で、切りつけた指先に煌々とした炎をともしながら前進する。
     色や強度の異なる壁や天井、柱など、侵入者を阻む罠がひそんでいないか確認しながら、丹念に迷宮の構造を調べあげてゆく。
    「青ハーブ小隊、罠にかかったかっこいい桃山さん発見。れすきゅー!」
     時折、仲間を担ぎ上げる一行とすれ違うたびに、互いに情報交換をしながら歩を進めてゆく。また踏み込んだ瞬間にパラパラと砂礫が降ってくる床を見つけ、まゆをひそめながら元来た道を引き返す。
    「この先の分岐は、行き止まりと、罠が仕掛けられてる通路だったわ。他の道を探した方がいいと思う」
    「それじゃ後の人のために、書き残しておきますね」
     すれ違う煉から提供された情報に、うなずきながら筆をふりかざすのは朝比奈・七枝(高校生ストリートファイター・d16077)。淡いピンク色の長髪が、暗がりの迷宮の中でサラサラと揺れている。
    「物量を活かすには、機動力があった方が良いですからね」
    「案内標識ね。なるほど」
     後続の仲間たちを別なルートへ誘導しつつ、元来た道を戻る。すると少し離れた通路の先から爆発音が鳴り響く。同時に、ダークネスだっ、という叫び声があがる。
     駆け出した煉の後ろ姿に引きずられ、まろぶようにしながら七枝も追いかけてゆく。
    「い、行くんですか?」
    「当たり前よ!」
    (「……道は、私達が灼き拓く!」)

    ●彼の者に託す心、ひとつ
    「殺す! 皆殺しだあああ!」
     闇に堕ちた守人の一人――エーギスヒャルムという名を与えられたそのダークネスは、下層階へと続く扉の前で咆哮した。
     階下への扉に近づこうとする者に向かって、エーギスヒャルムが飛びかかってゆく。しかしエーギスヒャルムの身体が伸びてゆくよりも先に、ぶわりと広がった鋼糸がその肢体を絡めとって足止めする。
    「悪いな、こっちも時間が押してるんでね!」
     鋼糸をギリギリと締め上げるのは、夏雪・了(夏の雪など在り得はしない・d00572)。
     戦い続ける仲間を残して先に行こうとすることに、後ろ髪を引かれるように振り返る姿に、了がニッと口元に笑みを浮かべる。
    「んじゃ、先は任せた!」
    「お前たちは、今の間に巫女とダークネスへの対処でも、考えておけ」
     田中・将司(野球部員・d02220)が妖の槍を突き上げるように高く掲げ、彼らの道行きを標すようにピタリと先を示す。その場に残る仲間の言葉に後押しされるように、一人、また一人と先へ進んでゆく。
    「ラグナロク・ダークネスは……必ず覚醒する。こんなことに何の意味も無い!」
    「んー、意味は俺らが勝手に考えるさ!」
     了の身体からゆらりと立ち上る黒い影が、鋭い刃の形を成して守人に襲い掛かる。しかし守人は降り注ぐ切っ先を巨大な銃身で受け止め、その力を殺ぐように斜めに振り払う。ローブのすそを捌き、守人が至近距離から了の頭部に狙いを定める。
     しかし守人を取り囲む灼滅者たちが、その一撃を許すことはない。不知火・隼人(烈火の隼・d02291)が石畳を素早く蹴り上げた。一瞬の隙を突いて繰り出されたシールドバッシュが、守人の横顔を打つ。守人の身体が宙を浮き、石畳に叩きつけられてズザァと滑る。
    「……ぐうっ!」
    「悪いが付き合ってもらうぞ。あの二人の為にもっ!」
     胸の前で両の拳をつき合わせ、隼人が剛毅に笑ってみせる。怒りの感情に翻弄された守人が、手の平の上で光の球を練り上げ、隼人に向かって投げつける。
    「進ませるものか! これ以上! 誰一人もっ!」
    「そんな――ものかよっ?」
     扉から少しずつ離れるような動線で光の球を素早く交わしながら、隼人がチラリと仲間の方へ目配せする。守人が大きく両腕を振りかぶって脇がガラ空きになったところに、了と将司が同時に飛び込んでゆく。互いの武器に影を宿して、左右から勢いよく殴りつける。
    「がああああーっ!」
     守人の身体が宙に浮く。そこへ、ふわりと白い影が滑り込んだ。
    「島根の力、見せてあげるっ!」
     神風・月世(牡丹を纏う白狐・d14670)が、追い討ちをかけるように放った牡丹ビームが、守人の身体を焼き焦がしてゆく。
     石畳に激しく打ち付けられ、世界を怨嗟するかのごとき表情で月世を睨みながら、守人がゆらりと立ち上がる。しかし灼滅者たちからの猛攻を受け続けたその身体には、余力がほとんど残されていないことは、明白だった。
    「これより先になど、やるものかアッ!」
    「残念だけど。俺たちは一人でも多く――ここより先に進ませる」
     白い狐耳と尻尾を揺らしながら、月世が日本刀の柄を握りこみ、ギリリと間合いを計る。
    (「俺は俺に出来ることを精一杯やるだけ、だ」)
     大地を蹴り上げて襲い掛かる守人の一撃を、一閃。月世が刀の峰でその力を受け流し、真横に飛び退る。そのすぐ後ろには、光り輝く拳に力を溜めた将司が待ち構えている。
     一撃をスルリとかわされてバランスを崩しかけたところで、すぐ目の前に現れた将司の影に守人が大きく目を見開く。かわす隙など与えはしない。将司の拳の連打が、守人の全身を打ち砕く。後方へよたついた守人の足元を、素早く伸びた鋼の糸が縛り上げた。指先から伸びる細い糸を自在に操りながら、了が守人を締め上げ、わずかに目を細める。
    「倒せばダークネスから戻れるタイプ、だったら良かったんだけどねぇ?」
     ギリギリと己を締め上げる力に逆らおうと、守人が必死でもがき暴れる。けれど捕らえられたその糸が外れることはない。隼人が巻き起こす疾風が、刃を形作り、その手に握らせる。
     ひた、と己の正中に狙いを定める神薙の刃に、刹那、守人の瞳が恐怖に揺らぐ。しかしそれもかすかな出来事で、すぐに怨嗟と憎悪にまみれた表情に戻る。
    「人間が……人間ごときがあああ!」
     そして、刃が一閃。
     肉と骨を断つ音がザン、と響いた。
     かつて巫女にかしづく守人であった者――ダークネスと成り果てたエーギスヒャルムは、ごとりと床に伏し、二度と立ち上がることは無かった。

    ●屠る刃と猛る炎の激突
     この戦闘が起きたのは迷宮のほぼ中層、53階でのことである。
    「―――雨宮のタイムリミットまで、あと五分しかしかねぇわよ」
     その場に集った仲間の一人が告げる残酷な一言に、居合わせた者の表情が凍りつく。
    「かと言って、そう簡単には先へ進ませてくれないみたいね?」
     安曇・クロヱ(愛の絆・d01518)のこめかみを冷たい汗が流れ、桃色の髪がはらりと落ちる。クロヱの赤い瞳に映るのは、燃え盛る炎のたてがみの獣。前方からゆらりと現れたのは、新たなイフリートの姿だった。
    「グオオオオァァ!」
     雄叫びをあげながら、灼滅者たち目掛けてイフリートが石畳を蹴り上げる。
    「……やるしか無さそうね」
     しかしつい今しがた、先の戦闘を終えたばかりのこの場の灼滅者たちは、まだ十分に傷が癒えていない。クロヱが急いで練り上げたバトルオーラの優しい光が、傷つき倒れる仲間を包みこんで癒してゆく。
    「ガオオォァァ!」
    (「まずいっ……!」)
     自分目掛けて飛びかかってくるイフリートの影を避けきれず、鋭い爪の衝撃と激痛を覚悟したクロヱが、ぐっと目を閉じる。
     ガキィイン!
     しかし、クロヱに届いたのは衝撃ではなく、硬質な激突音による空気の振動だけだ。
    「イフリート相手ってのは、実に俺の好みだね。ファイアブラッドの血が騒ぐぜ!」
     クロヱの前に飛び出した夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)が、巨大に広げたシールドのエネルギー障壁で、イフリートの振り上げた爪を受け止めていた。
    「―――アンタは雨宮探してきな!」
    「―――だけど……!」
     イフリートを挟んで向かいの二人が、何やらもめている。仲間同士で言い争うようにすら聞こえる声は、その実、互いのことを思いやっているからだろう。
    「先に行ってろ! ココは俺達が食い止めてやっからさ!」
     惑っている少女の背を後押しするように、治胡がハッと声高に笑って告げる。苛立たしげにシールドをギリギリと押さえつけるイフリートが、その燃え盛る毛並みを震わせながら、再びその太い前肢を振り上げる。すかさず、治胡がシールドを振り抜いて床の上を横転。狙うべき対象を失って、イフリートの前肢が大きく宙を掻き、どすりと石畳の上に落ちる。
     己の宿敵でもあるイフリートの一瞬のその隙を、近江・祥互(影炎の蜘蛛・d03480)は見逃さない。自分の周囲にまとわり着かせていた影を、触手のようにすかさずザザッと伸ばす。
     祥互の放った影は体勢を崩しかけたイフリートの四肢をからめとり、次の一手への動きを抑え込む。
    「うし、捕まえた! 今のうちに行ってくれ!」
    「代わりに、ちゃんと巫女サンに宜しく言っといてくれよ? んで、助けてやってくれ!」
     いつの間にかその手にオーラを蓄えていた治胡の拳の乱打が、動けないイフリートの下あごに命中する。苦悶の声をあげてのたうつイフリートの向かうへ、治胡が声を張り上げる。
    「……じゃねぇと後でぶっ飛ばすからな! 覚悟しやがれ!」
     何やら向こう側でもめていた少女は、意を決したように小さく頭を下げると、忙しなく駆け出していく。
    「グアァァ!」
     逃げる獲物を追おうとするかのように暴れるイフリートの眉間めがけて、シールドバッシュの強打が決まる。スタン、と両足をそろえて美しく着地してから、クロヱがびしっと指を突きつけて言い放つ。
    「女の子を追いかけまわすなんて許せない。世界中、全ての女の子の敵だわ!」
    「そう言うモンかあ? まぁオレはそんなん知ったこっちゃないけど、なぁ」
     悪戯っぽく笑いながら、國光・東(クラックランブル・d00916)が構えた魔槍を振り上げる。螺旋を描くかの如くその芯をひねるようにして、炎に包まれた獅子を穿つ。灼滅者たちの猛攻におののき、後方へ逃れようとする動きにぴったりと寄り添うように、光条が走る。ビカビカとしたまぶしい稲妻のようなその光は、クロヱが放つご当地ビームだ。
    「グゥ……アアア!」
     退却姿勢から一転、再びイフリートが石畳を蹴る。重力を感じさせない軽やかさで宙を浮かぶイフリートの巨躯に、炎に包まれた祥互の刃が横から割り込んで一閃する。斬撃をまともに喰らい、イフリートがその身をひるがえす。しかし致命傷を与えるには程遠い。軽やかに石畳の上に降り立ち、再び床を蹴り上げる。怒りに我を忘れたイフリートが狙うのは、クロヱの喉笛だ。
     クロヱがギリギリまでイフリートを引き付け、その爪の先が頬をかすめようかというほどの距離となった時、東と治胡が息を合わせたように飛び出してゆく。左右から同時に繰り出されるのは、もてるオーラを限界まで溜めこんだ、強靭な拳による連打の挟み撃ちだ。
    「グオアアア!」
     クロヱの鼻先から飛び退り、石畳に転倒して悶絶するイフリートの間合いに、再びクロヱが飛び込んでゆく。にっこりと笑いながら振り上げるのは、手の甲に展開するWOKシールドだ。
    「私からのプレゼントよ……怒りのバッドステータスをね!」
    「グオ……ウゥアアア!」
     再びクロヱに襲い掛かろうとするイフリートの身体を、四方から伸びてくる複数の影が捕らえ、縛り上げる。身動きがままならず、怒りに任せて咆哮するイフリートに、東が魔槍の穂先をピタリと向ける。
    「ラグナロクんトコは誰か行きゃええがな。その道作れて暴れられるんやろ、一石二鳥っちゅうやつやん?」
     東はニッと口元に笑みを浮かべると、悪戯っぽい表情で楽しげに言い放った。
    「さあ、行くでえ!」
     その言葉があらかじめ定められていた号令ででもあったかのように――居合わせた灼滅者たちは手に手に得物を構えながら、一斉にイフリート目掛けて石畳を蹴り上げた。

    ●悪魔の終焉、決死の戦闘
     そして新宿地下迷宮の最下層、地下100階で起きた戦闘は、大規模で壮絶なものであった。
     多くの血と犠牲を糧にしながら、満を持して現れたソロモンの悪魔――ジークフリートは、闇に堕ちた守人たちに額づかれる存在であった。

    『――守れ、ジークフリート様を! 叶えよ、我らの理想の世界を!』
    『――倒せ、ソロモンの悪魔を! ラグナロクを、世界を救うために!』

     反発しあう2つの意志は激突し、硬質な金属音と爆音、悲鳴や怒号が渦巻き、混沌とした空間を作り出している。ある者はダークネスと化した守人と切り結び、そしてある者は君臨するジークフリートを打破すべく、剣戟を繰り出してゆく。
    (「ラグナロクの2人に関しては、他の方に任せましょうか」)
     天護・総一(唯我独尊の狩人・d03485)が視線を素早く滑らせ、周囲の戦況を確認する。どちらが優位にあるのか戦況判断すら難しいこの戦場にて、それでも総一が浮かべているのは余裕の表情だ。
    「しかし後のためにも、元凶はここで断ちましょう」
     総一が煌く光の剣を振りかざし、宙高く飛び上がる。狙うはジークフリートの首ひとつ。数多の灼滅者たちもまた、一斉に武器や魔力を手に立ち上がる。
    「無駄だ、愚かな人間どもが! 私は斃れぬ!」
     哄笑するジークフリートが手に持つ長杖を軽く振りぬくと、周囲が一瞬にして氷の景色に包まれる。得物を手に飛び掛ろうとした灼滅者たちは、氷の壁に阻まれて弾き飛ばされた。数百人単位の灼滅者が一斉に吹き飛ばされ、呆然と眼前の悪魔を睨みあげる。
    「くそっ……何だあれ!」
     圧倒的な力量に、その場に居合わせた者が度肝を抜かれる。しかしそれでいて、灼滅者たちの心は折れることはない。すぐに得物を構え直し、互いに声をかけあいながら、自らの闘志をよりいっそう鼓舞しようとする。
    「油断するな、吸血研究会! 相手はソロモンの悪魔だぞ!」
    「こんなことで怯んではいけません、巫女部の意地を見せるのですよー!」
    「チーム蟹棍棒は無敵アルー! 容赦しないアルよー!」
     たったいま、石畳から突き上げてきた氷柱にセイクリッドクロスによる攻撃を弾かれた灯吏・光影(高校生エクソシスト・d13470)も、青藍色の瞳をしばたたかせて苦笑を浮かべている。
    「やっぱ、前衛はあんまり得意じゃねえ。その代わり後ろは任せとけ、そこのアンタ」
    「それほどダメージを受けているわけではありませんが……しかしこれはこれで、恩に着るとしましょうか」
     光影が放つヒーリングライトの柔らかな光を受け止めながら、やや上から目線の謝辞を述べるのは総一である。総一もまた、怯むこともなければ、折れることもない。再び光の剣を高々と構え、石畳を蹴ってその刀身を振り上げる。ジークフリートが長杖を振りあげ、再び襲い来る氷の一撃。しかしそのわずかな隙を見つけながら間合いに入り込み、切っ先をジークフリートに向ける。
     ガキィン!
     しかしその剣の軌跡は、ジークフリートが突き出した長杖の柄に塞き止められ、ギッと鈍い音を立てて滑った。
    「くだらない。人間というものは、本当にくだらない」
    「心の闇に抗えなかった程度のあなたには、説教されたくありませんね」
    「――絶望の中に沈め! 二度と戻れぬ闇に溺れ、己の愚かさを嘆くといい!」
     ジークフリートが長杖を大きく振り払い、同時に総一も後ろに飛びのいた。猛攻を何度と無く薙ぎ払われていくうちに、しかし次第に相手の手のうちも読めてくる。いつの間にか、それぞれに徒党を組んでやってきた灼滅者たちは、その垣根すら越えて、互いに連携しあうようになり始めてもいる。
    「旧芒野駅チーム、まだ行けるなー!?」
    「夜天薫香、無事な奴は前衛へっ!」
    「月虹のメンバーはフォーメーション変更! 傷ついた皆さんの回復に専念!」
    「チーム六枚羽、援護します!」
     後方支援へまわって仲間の回復を担当するポジションを引き受けながら、光影が強い決意をあらためて胸に刻み付ける。
    (「ラグナロクの二人は……絶対助け出す!」)
     いまやこの戦闘に参加している誰もが、等しくその決意を胸に抱いていた。
     振り上げられる刀剣が、込められた魔力が、嵐のごとき弾丸が、生命のごとき形作る影が、鋭く光る穂先が、自在にたわむ鋼の糸が、巨大に光る切っ先が、優しく激しい光の渦が……ありとあらゆる力が1つの奔流となって、ジークフリートに襲い掛かる。
    「……ガアアアアアッ!」
     醜悪な咆哮は次第に、押し寄せ続ける灼滅者たちの力によって、飲み込まれていった。

    ●そして、地上の星はまたたく
     かくして、新宿地下迷宮にて行われたラグナロク奪還は終焉した。
     今回の事件の黒幕であったソロモンの悪魔『ジークフリート』は、灼滅者たちの大いなる尽力によって倒された。
     同時に、納薙・真珠、雨宮・夢希の両名のラグナロクも、無事に奪還されている。
     戦闘では多くの怪我人を出したものの、武蔵坂学園側の灼滅者の死者は0人。
     なお、作戦は無事に成功したが、新宿地下迷宮へ再び踏み入れることはほぼ不可能となった。

    「綺麗な色です……私が知っている、どの色とも違いますわ」
    「トワイライトってやつやね。マジックアワーとか言う人もおるけど」
     真珠が呆然として空を見上げている。夕暮れの空は美しい。地平線の方角へ向けて、金色と紫が混じりあう中、たなびく雲がほんのりと朱を差し込んでいる。
     ほころぶ真珠の頬は、たなびく雲と同じ色合いだ。
    「これからはいつだって、この景色を見ることができるのですね」
    「ああ、そやね」
     真珠に向かって小さく微笑んだ後、でも、と夢希の表情が翳る。
    「……もう、戻られへんな。真珠が育った場所」
    「いいのですわ、夢希」
     出会ったばかりの頃は、けして見せたことの無かった柔らかな笑みを浮かべて、真珠が夢希の手をそっと取った。
    「起きてしまった過去は変えられないけれど。それでも私たちが生きていくのは、過去の中ではありませんわ」
    「そやけど……ごめんな。うち、やっぱり真珠の前から、いなくなった方がええよ」
    「……駄目ですわ!」
     真珠がわずかに声を大きくして、しっかりと夢希の手をつかむ。
    「私、まだまだ夢希に教えてもらわないといけないこと、たくさんありますわ」
    「……うちに?」
    「そうです、ええと……その、友人の作り方とか……」
    「へ? 友人?」
    「そうです。だって私には、まだ夢希しか友人がいないのですから」
     夢希の呆気に取られた表情を見て、真珠が嬉しそうに笑う。
    「私に悪いことをした――なんて、夢希が少しでも思っているなら。当分はそばにいてくれないと困りますわ」
    「わかった。その……ありがとうな、真珠」
     ちょうどそこへ、離れたところから2人を呼ぶ声が聞こえてきた。
     なかなか皆の元に戻らない2人を心配して、数人がぞろぞろと連れ立って迎えにくるのが見える。
    「夢希さーん」
    「真珠、そろそろ行くぞ」
    「行こうか。心配かけてるみたいやし」
    「そうですね」
     2人並んでゆっくりと歩く最中、夢希がポツリとつぶやいた。
    「なあ、真珠。うちらはこれから……何にでもなれるかな」
    「きっと、なれますわ。だから、未来に向かって歩いて行きましょう。私に名前を教えてくれた……皆さんと一緒に」

     緩やかに金色の光が溶けていって、やがて夕暮れの空は藍色に変わる。
     澄んだ心を秘めた2人の新たな門出を、祝福するように。
     きらきらと、美しい星が空にまたたき始めた。


    !重要連絡!
     このリプレイは、PBW参加者の為の書き下ろしです。
     このリプレイの元となる物語は、ドラゴンマガジン2013年7月号にて掲載されていますので、是非、ご覧下さい。

    作者:猫乃ヤシキ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年5月20日
    難度:難しい
    参加:3415人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 180/感動した 9/素敵だった 10/キャラが大事にされていた 9
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