●『デッドロック』―― 一葉
心地よく微睡んでいた意識に、不快な雑音が混じり始める。
かつて一握の灼滅者であったその六六六人衆は、ゆるゆると瞳を開き、暫し横たわったままで呆然としていた。辺りはすっかり昼になっていた。
……頭痛がする。まだ人であった頃から、彼の寝起きは『睡眠を邪魔されたら闇堕ちする』などと揶揄されるほどに最悪だった。
着古したグレーのモッズコート、黒いジーンズ。目深に被ったフードからは血色の悪い肌と、奇妙に笑みの形を描いだだけの口元しか見えない。
彩りの欠けた身体に、かつての彼の面影は少ない。
寝汚い所にだけ名残が残るのはがある種彼らしい。その名を知るものなら、そう言うかもしれない。
「……起こしてんじゃねーって……」
六六六人衆、一葉はひどく緩慢な動作で身体を起こした。
黒いノイズを噴き出しながら、彼は歩き出す。
「な、な、何なんだ君は!?」
騒音の主である、遊園地を解体しに来た業者の男は、明らかに異常な葉の姿を見て裏返った声を出した。
「あーここ、俺の縄張りなンだけど。工事とかマジ勘弁、うるせぇし。これもう殺っちゃってもよくね」
形だけの笑みを貼りつけたままの口元。元来の彼とは異なる、やけに安らかな声音。それでも彼の纏うノイズの激しいざわめきが、底知れぬ怒りを表していた。
「な、何を……うわぁぁっぁッ!!」
ノイズの影が刃と化し、男を縦に真っ二つにした。
悲鳴を聞きつけてやってきた他の作業員達は、凄惨な死骸を目にして叫ぶなり、腰を抜かすなり、逃げるなり様々な反応をした。葉はその誰もを執拗なまでに切り刻み、殺害していく。
安眠を邪魔されたから。理由は、それだけで充分だ。
暖かい血飛沫は、目覚めのシャワー代わりには丁度良かった。
死骸の山となった作業場に腰を下ろし、葉は暫し思考を巡らす。
「……だりーな。寝なおすわ」
他の六六六人衆はまだここを見つけていないだろう。
何か色々大事な事を忘れている気もしたが、日に日にどうでも良くなっていた。
そもそも、大事なものなんてあっただろうか。わからない。
●warning
「よく来てくれたな。悪い報せと良い報せがあるんだが、どちらから聞きたい」
鷹神・豊(中学生エクスブレイン・dn0052)の表情筋が完全に死んでいる。
教室に呼ばれた灼滅者たちは、薄々何が起こったか察していた。
それゆえ、誰しもが彼の問いに答えあぐねた。やがて、鷹神は口を開く。
「三日月連夜戦で闇堕ちして以降、長期行方不明だった一先輩らしきダークネスを遂に見つけた。変わり果てていてはっきりした事が言えないが……喋り方や寝起きの悪さは、それっぽい。助けられる可能性のほうは……まだある」
これは『良い報せ』のほうだろう。
だが、とエクスブレインは言葉を続け、急に頭を下げた。
「……発見が遅すぎた。本当に申し訳ない。一先輩は、以前にも闇堕ちして、その時お父上を殺害している。今回再び闇堕ちしてからはずっと、六六六人衆との暗闘に身を投じていたようだ。既に人間の意識と記憶が、かなり……薄れてる風に視える。希望的観測抜きで、救出は困難と俺は判断した」
それが『悪い報せ』のようだった。
「六六六人衆、序列六一九位『一・葉』。それが……今の先輩の肩書きだ」
葉の戦闘力は、当然六六六人衆と同等という事になる。
影業・バトルオーラ・契約の指輪・解体ナイフらしきものを所持している事が確認されており、殺人鬼のサイキックも使えるだろう。
相手と状況により、使用技やポジションは柔軟に選んでくるようだ。
葉は、幾らか前に閉園になったとある遊園地に潜伏している。
「先輩は、観覧車・中央広場・展望デッキ・ミラーハウスの4つの場所を転々としている。当日もその何処かにいると思うが、どこかは特定できていない」
六六六人衆となってしまった葉は、人の殺気に非常に敏感になっている。
彼が眠りこけている早朝なら、事件もまだ起こらないし、鎖の予知にも辛うじて隙が生じる。
それでも不穏な空気を察したら起きて逃走するため、充分注意を払ったうえ4箇所をほぼ同時に奇襲しなければ、逃がしてしまうリスクが高い。
広場以外の各施設の位置は、北に観覧車、東にミラーハウスと展望デッキという具合だ。
遊園地自体の出入り口は、東・西・南に1つずつある。
そこまでを事務的に伝達し、鷹神はひとつ息を吐いた。
「皆で助けに行きたいという気持ちは、察するに余りある。だがもし大勢で行けば、早い段階で勘付かれる可能性が高い……すまないが俺は頷くわけにはいかない。非常に厳しいが、8人だけで行ってくれ。何より……一先輩自身が、そういった事を拒んでいる印象を受けた」
もし今回逃がしてしまえば、葉を助ける事は二度と出来ない。
それは説得に失敗したり、敗北した場合も、もちろん同様だ。
「酷な要求とは思う。だが、逃がす位なら……『一・葉』は、灼滅せよ」
相手は六六六人衆。知った顔だからと躊躇う事が、誰かの死に直結する。
誰かは、彼が守りたがった無力な一般人かもしれない。
かつての友人、灼滅者たちかもしれない。
「……俺も、一先輩には世話になったし。出来ればそりゃ、助かって貰いたいとは思ってる」
鷹神は、ここにきて初めて戸惑うような表情を浮かべた。
だが、すぐに首を振るい、いつもの勝気な笑みを貼りつける。
「躊躇いの一切を捨て、命を賭けて闇堕ちを選んだ先輩の心の壁は、生半可な気持ちでは破れない。でも、先輩と同じ想いが、時々絶望的な予測を覆してきたのも、俺は知ってる。……後はよろしくな。『灼滅者』」
参加者 | |
---|---|
万事・錠(覚醒エモーションズ・d01615) |
エルメンガルト・ガル(アプレンティス・d01742) |
六六・六(不思議の国のアリス症候群・d01883) |
蛙石・徹太(キベルネテス・d02052) |
成瀬・圭(影空ハウリング・d04536) |
樹宮・鈴(奏哭・d06617) |
城守・千波耶(裏腹ラプンツェル・d07563) |
三園・小次郎(愛のみぞ知る・d08390) |
●1
展望デッキの大きな窓から、皮肉な程に爽やかな朝日が差し込んでいる。
灰色の殺人鬼は、壁際の冷たい床に転がって身体を丸め、まるで死んだように眠っていた。
当たりだ。
樹宮・鈴(奏哭・d06617)と蛙石・徹太(キベルネテス・d02052)は遠くから葉の姿を確認すると、他の場所に向かった仲間達へ葉発見メールを一斉送信した。携帯のボタンをワンプッシュし、即座にスレイヤーカードを開放しながら突撃する。
フードの下から覗く唇が、にやりと不気味な弧を描いた。
葉らしきダークネスはひょいと飛び起きると、肉薄する二人の間を突っ切り、窓に向かって一直線に走った。いざという時の逃走法は彼も考えていたのだろう。
問題はない。鈴と徹太も、はなから彼を地面へ突き落とす気でいた。すぐに反応して彼を追い、硝子を叩き割ろうとする背に向け躊躇なく飛び込む。
「おはようございまァす!」
「遅ェから迎えに来ちった」
オーラの拳が窓を割ると同時に、背後からのラリアットとドロップキックが葉を襲った。硝子の破片が場違いに綺麗な音をたて、きらきら耀きながら崩れ落ちていく。三人はそのまま地上に墜落し、葉は硬いコンクリートの地面に頭から落ちた。
「……ってーな……」
普通の人間であれば即死する。葉にも、暫しの足止めになる程度には応えた筈だ。対する鈴と徹太は、ESPエアライドの恩恵で完全無傷の着地をしている。
大きな硝子片を拾い上げ、鈴はうずくまる葉の耳元に近づけた。指で弾けばキン、と短く、透明な音が鳴る。
「音叉の音、覚えてる?」
本物の音色にはとても及ばないが。徹太は黙して鈴の逆側に回り込み、葉を逃がさぬよう立ち位置を定める。再びオーラのノイズが葉の拳を包むのを徹太は見た。
「ザオウゴンゲン!」
ネオンレッドの光輪が三つに分裂し、鈴と葉の間に間一髪滑り込む。正面から鳩尾に叩きこまれた手刀はそれでも深い衝撃を与え、鈴が跳ね飛ばされた。葉は即座に鈴に駆け寄り、上から組み敷く。いつのまにか出てきた影色のナイフを鈴の喉元に添え、彼はひどく穏やかにその名を呼んだ。
鈴。
フードの下が、ほんの少し見える。
「気持ち悪ィ。顔と名前しか出てこねぇの」
思い出せない。お前ら、俺の何だ。
彼は相変わらずにやにや笑って、そんな事を言った。
「殺したら思い出すかもな。なー?」
瞳孔が縦に長い銀の瞳が、黒い前髪の隙間でどんより耀いている。
泣きそうだ。
恐ろしさと、それ以上の悲しみがないまぜになった感情が、鈴の目頭をじんと震わす。
一葉。
私の泣き顔が好きだといつも意地悪く笑っていた。
無愛想だけど付き合いだけは良くて。でも、暑苦しいノリは嫌いで。それから。
……それから。
彼について知っている事は、その位だ。
「知るもんか。それでも、葉は私の、大事なひとだよ」
徹太は必死で葉の後頭部を引っ掴み、鈴から引き剥がす。二人ならば力押しで強行突破が早いと葉は踏んだらしい。重い破壊力を持つノイズの拳が徹太を襲う。
「おまえの大事なものは、ちゃんと目の前にあるんだ。起きろって。……泣かせてんだよ」
その力に耐え忍び、徹太は鳥が寂しげにさえずるように歌う鈴の言葉を継いだ。フードの下の髪は、もう桃色ではない。黒に染まった頭を浅く傾げる葉を、徹太は真っ直ぐ見据える。
「いつか同じ宿で寝たこと、あったろ。おまえが覚えてなくても、俺は無かったことにしてやらないぞ」
別府での一瞬の出会いだ。葉は、共に三日月と戦った者の顔すら既に忘れたのだろう。ただにやにや笑っていた。
どちらか一方でも倒れれば逃走を許してしまう。仲間の到着を頼りに、二人は防戦に徹した。
●2
ミラーハウスに向かっていたエルメンガルト・ガル(アプレンティス・d01742)と三園・小次郎(愛のみぞ知る・d08390)、小次郎の相棒こと霊犬きしめんが最初の援軍に現れた。
防御の薄い徹太を集中攻撃していた葉に小次郎がご当地ビームを浴びせる。ブラッドストーンの指輪から放たれた報復の弾丸を、エルメンガルトが代わりに受ける。
「こんなところで、お前……なにしてるのかな?」
間もなくして中央広場担当の六六・六(不思議の国のアリス症候群・d01883)と城守・千波耶(裏腹ラプンツェル・d07563)も合流した。徹太の負傷を癒す歌を歌い終え、千波耶は叫ぶ。
「三日月にも勝たないままの終りで良いの? 一葉!」
葉は集まってきた面々をぐるりと見回した。相変わらずピンと来ていないようだ。
「意味分かんねぇし。六六六人衆同士なら普通に殺し合うんじゃね?」
「待つのは嫌い……めんどくさいのだよ?」
六が、前衛の間に夜霧を広げる。
「絶対に連れて帰るんだ、だから来たんだよ?」
「絶対にやだね。代わりにお前らを帰れない体にバラしてやンよ」
葉の足元に揺らぐ影のノイズが刃と化し、再び小次郎を襲う。今度はきしめんが主人を危機から救った。徹太が回復役の千波耶にも盾を付与し、継戦体制を作る。
背後から突かれた槍を、葉は影のナイフで弾く。
振り向いた先には、日常へ還るべき者達の案内人――着崩したスーツを纏う万事・錠(覚醒エモーションズ・d01615)がいた。隣の成瀬・圭(影空ハウリング・d04536)が、盾で葉を殴りつけようと飛びかかる。
「お昼寝なら……部室でやってよね」
歪みない葉に不機嫌な表情を浮かべ、六は呟いた。
「お前がいなきゃ、軽音部のスペース、一人分広いんだよ。埋まんねえンだ、そこ……お前じゃねえとッ!」
「出会い頭に身長バカにしたの、俺一生忘れねー。いつか絶対抜かしてやる!」
腹の底から叫びながらの圭の殴打。小次郎の怒りのビーム。数々の攻撃に、葉は眉間を押さえ煩そうに眉を寄せる。
記憶に残る顔と名前のみを頼れる段階は過ぎた。もはや意識が曖昧な葉に説得を通す為には、まず具体的な記憶を突き、引きずり出す必要があった。例えば、三日月のことや部活のこと。
最前に出る錠の手の内には、以前に葉から預かったサイキックソードが握られている。
「お前が預けてくれた光……返しに来たぜ、モーニングコール付きでなァ! 受け取れ、葉!!」
元の彼の瞳と同じ灰の刀身を持つ剣を振るい、斬撃を喰らわす。葉が一瞬よろけた。クラッシャーへ移動した鈴の斬撃を足に受けた葉は、漂うノイズを吸収して傷を癒しながら、一際低い笑い声をあげる。
「……あー……お前らか。今ちっと思い出したわ」
「葉ッ!!」
錠は思わず攻撃を忘れて語りかける。
「葉には本音で話せた。いつも情け容赦ねーけど、お前は『うぜェ』って言いながら、それでも見捨てずに隣に居て聴いてくれたよな」
だから自分も最後まで、何があっても見捨てない。
闇堕ちしようが、解体されようが、最期まで説得する。彼を唯一無二の親友と思う錠の意志だ。六の放った氷の魔法が葉の右腕の一部を凍らせる。
「へー泣かせるじゃねェか。闇堕ちすンなら大歓迎だぜ。今そういうゲーム流行ってンだろ。俺の序列上げてくれちゃうの?」
「……!! 葉、テメェ……!」
それは最もあってはならない事だ。動揺する錠に容赦なくノイズの拳が叩き込まれようとする。
「はいはい、二人ともちょっといいかなー」
エルメンガルトが間に割って入った。強烈な正拳を真っ向から受け止めた彼は、いつも通り人好きのしそうな笑みを浮かべている。首には珍妙な猫柄のお守りがかかっていた。
「ニカちゃんからだ。これも結局お前の為のお守りだぞニノマエ!」
こんな戦い別に楽しくも何ともない。腹の底に溜まった怒りが、一周して笑みとなっただけだ。
「切り札として闇堕ちして、望んだ結果を手に入れたんだろ? 称賛こそすれ、悲しむ理由なんて何一つない」
彼は、そういった事を割り切るのは慣れているのかもしれない。だが、それはあくまで灼滅者としてだ。
「でも、オレがもうちょっとニノマエの居る青春を楽しむ為に連れ戻す!」
葉の友人としての我儘は、また別だ。
至近距離から斧を斬り上げ、モッズコートを裂く。葉の笑みが一瞬だけ遠のいた。エルメンガルトは静かな怒気をふと緩め、ほうと息を吐いた。
「それにさ。敵わないなー……皆の顔見てると」
誠心誠意、助けるしかない。そう思う。
「……すまねェ、エルさん……」
錠は歯噛みする。只でさえ、葉の闇堕ちで取り乱していた自覚がある。それに対する自責が更に彼を追い込んだ。エルメンガルト自身も、他の皆も、葉の失踪期間中に様々な思いを煮えたぎらせている。
それらを知ってか知らずか変わらぬ笑みの葉を見て、圭は拳を握りしめる。
「……くたばろうがてめえを連れ戻すって、決めた」
この男を説得する方法は、皆無意識に判っていた。
一体、どれだけ心配したと思っているのか。
温い優しさを拒む彼には、別の感情で教えてやるしかない。
●3
後列から、千波耶がずんずんと葉へ歩み寄る。
ポジションと怒りの効果で攻撃の矛先はほぼ圭へ向かっていた。制約の弾丸が身体を貫通し、血を撒き散らす。だが、徹太ときしめんが彼を癒しているうちにやっておかねばならない事がある。
「葉くん。これ、覚えてる?」
千波耶は手に持っていた箱を開け、葉に見せた。葉の目の色が明らかに変わったのを見て、なんとも複雑な感情が込み上げてくる。
「食べられずに固くなって黴た大福の気持ちが解るかーっ!」
千波耶は箱の蓋を素早く閉じ、思いっきり箱で葉の頭を叩いた。続けてオーラを掌に集め、頬に渾身の往復ビンタを浴びせる。べちーんと爽快な音が響いた。
箱の中身は、葉の大好きなナノナノを模したチョコババロア入り大福だ。三日月戦から帰ったら、バレンタインにナノナノを模った大福を作ってやると約束したのに、葉は帰ってこなかった。
今日のためにわざわざ作り直した彼女の健気さなど、尚更知る由もないだろう。
「バカ! バカ!! いい加減……戻って来い的な感じ!」
掲げたナイフに葉への鬱憤を籠め、六は毒の風を巻き起こす。紫の嵐でチェシャ猫を模したドレスがぶわりと舞い、尻尾は怒ったように逆立った。涙を堪えた分の感情を歌に籠め、鈴も葉にぶつける。
「ヨウのばか。ひとの事散々振り回しやがって、死体にしてでも連れ帰ってやる。奢ってくれるって約束、私ちゃんと覚えてるぞ」
皆の葉への心配は、もう半ば怒りに変わっていた。
皆が彼を遠慮の要らない、近しい存在に想っていた事の裏返しだ。
一瞬、葉は僅かに自嘲の笑いを浮かべた風に見えた。徹太の身に宿した炎が葉を襲う。
「妬けちまう。じゃれ合いたきゃシラフでやれ」
声音も表情も殺して言う。暑苦しい言葉は嫌いだと聞いたから、この炎だけで気持ちを表す。
「煩く感じるのは駄々捏ねてるからだろ。底から引っ張り上げるから、手を伸ばせ」
葉の纏うノイズがざわざわと揺れていた。その足元を、何かが掴む。
「またかよ。しつけェぞ」
「……しつこく立ち上がるさ。負けねえ」
癒えきらぬ弾痕や切り傷を押さえ、圭は何度でも立ち上がる。盾の防御を何重にも敷いてはいたが、限界は近い。
「言ったよな、俺ケンカスゲーよえーぞって。でもこの一撃だけはガチだ!」
頭から血を流しても、肺が潰れ、骨が折れ、血を吐いても。腹に穴を開けるような一撃を喰らったって、これだけは絶対に叩きこむ。
「この拳には、オレを信じてくれた人達の分の想いも載ってる!!」
圭が盾と共に右腕を振り抜くと同時に、葉のノイズを纏った右腕も動く。
「このパンチが目覚ましだ。戻ってきやがれ、このねぼすけピンクッ!」
互いの顔面に拳を叩きこみ、二人は衝撃で大きく吹き飛ばされた。エルメンガルトが爆ぜる手裏剣で葉に追撃を入れる。
「いつでも痛みなく切り離せるって思ってたシガラミに絡まれる気分はどう? こっちも痛いしそっちも痛いだろ、戻って来いよ!」
誰も全く加減も、躊躇いもしない。更に錠の武骨な槍が真っ直ぐに葉を貫いた。
「なァ葉、俺もラストまで居るよ。バラされるの覚悟の上でだ。もう一度お前に触れる為に、溺死するまで抗ってやらァ!」
己の全てを賭して、どんな水底にだって追っていく。息が止まるまで呼び続ける。
相変わらずの顔色の悪さで、葉はフッと笑う。
「マジで暑苦しいぞお前ら。ンなキャラだったか?」
「……一?」
小次郎がはっと目を見開く。見慣れた鮮烈な色合いは未だ戻ってこない。葉は回復をやめていた。まさか、このまま灼滅される気なのだろうか。
届かない。最後の一押しが足りていない。
「お前、逃げんのか。戻ってこいよ……!」
普段から弄られてばかりで、素直に好きとは言えない奴だ。それでも小次郎は背筋が凍るのを感じた。
どうしよう。
葉が消える。
……どうしよう。
攻撃の手を止めれば逃がす。続ければ灼滅してしまう。皆が必死で言葉を巡らせる中、小次郎の足元にはきしめんの輝く笑顔が見えた。
小次郎はキッと前を向く。圭に止めをさそうと駆ける葉へ、半ばやけくそ気味に叫んだ。
「ちょっとならきしめん抱かせてやるからーーー!!」
葉の動きがぴたりと止まった。
「マジで?」
小次郎の方を振り返る。
圭は、反射的に葉の頭をひっぱたいていた。
「お、お、お前~……これで釣られんのかよ!」
小次郎本人も思いきり脱力した後、みるみるうちに表情を怒りに変えていく。純粋でまっすぐな殺意を拳に宿し、彼の元へ走る。
「散々人を心配させやがって。お詫びに誕生日ケーキ奢れきしめんも寂しがってんぞねえ実は俺も結構寂しいんだクッソムカつくピンク頭が居らんと毎日つまんねーのこれから修学旅行も控えてんだぞ? 俺達の声、ちゃんと聞けよッ、バーーーーーカ!!」
早口でまくし立てながら拳を連打し、最後に小次郎は葉に顎フックを入れた。闇の気配が去り、いつものピンク頭に戻って倒れた葉を、更にもう一発殴っておく。
「葉くんの……ばかっ!」
千波耶もビンタを追加しておいた。堪えきれない感情が瞳に滲んだが、俯いて耐える。今涙が浮かぶのは色んな意味で悔しいけれど、今度こそナノナノ大福も浮かばれるだろうか。
六はぶすっとした顔で葉の髪の毛を引っ張った。長期の闇堕ちで疲労したのか、彼は深く眠り込んでいて暫く目覚めそうにない。
迷いは捨てた。もう一切の情は要らないとさえ思った。
だから、笑われるくらい下らない言い分の一つでもなければ、とても素直には帰れない。
「まだ寝るかぁ、ニノマエー」
そのマイペースぶりにエルメンガルトはほっとしたように笑い、鈴は自前の眼鏡をそっと顔にかけさせてやる。葉の傍に座り込んだまま動かない錠の背に、徹太はひとつ声をかけた。
「良かったな。諦められない奴ばっかでさ」
「……ああ。皆、マジで……サンキュ」
朝日が明るさを増していく。初めましてじゃないオハヨーは、もう暫く後だ。
作者:日暮ひかり |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年3月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 28/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 15
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