恍惚と快楽のエデン

    作者:志稲愛海

     ――この人は、一体どんな声で啼くのだろうか。
     どういう表情を私に向けながら、何と言うだろう?
     恐怖に慄き、苦痛に喘ぎ、必死に懇願し、快楽に身を捩り……そして、堕ちていく。
     そんな姿を想像するだけで、ああ、ゾクゾクしてしまう――。
     
     楽しそうにくすくすと哂う女の様子に首を傾けながら、一瞬その顔を見るも。
     彼女の隣に並ぶ男の視線は再び、強調された大きな胸の膨らみへと戻る。
     もうすっかり男は、女の淫靡な色香に酔いしれていた。
     嗜虐的な虹彩を孕む、その瞳の狂気にも気付かずに。

     性別など、女にとっては、ほんの些細で気に留めるほどのことではなかった。
     男なら誘い、女なら襲う。ただそれだけのことだから。
     そして快楽を刻み、欲望に溺れさせ、じわじわと堕落させて。
     淫らで従順な配下にしていくのだ。
     恍惚と快楽のエデンを、築き上げるために。
     最初は嫌がり抵抗する相手ほど、最後はそそるような目をして自分を求め、懇願する。
     だからきっとこの人も、いい声で啼いてくれるに違いない――。
    「もう……我慢、できません」
     女はそう熱っぽい上目の視線で男を見つめ、スルリと細い指でネクタイを解く。
     それから、跡がつく程にきつく、男の両手首をぎゅっと縛り上げた後。
    「私のことをたくさん楽しませて、満足させてくださいね?」
     くすくすと、実に楽しそうに、哂って。
     風に靡くストレートの髪と同じ漆黒の翼と欲望を、闇色の空に解放する。
     

    「彼女のことさ……探してる人も、多いんじゃないかな」
     飛鳥井・遥河(中学生エクスブレイン・dn0040)は、そう集まった灼滅者達を見回した後。解析した未来予測を語り始める。
    「サイキックアブソーバーの声から、あるダークネスの行動を察知できたんだけどね。その事件を起こす淫魔っていうのが、おそらく先日の戦いで闇堕ちして行方不明になっていた、綾乃だと思われるんだ」
     六六六人衆との戦いの末に闇に堕ちた、高宮・綾乃(運命に翻弄されし者・d09030)。
     そして淫魔となった彼女がひとりの男を誑かし、生かしたまま捕らえ、じっくりと嬲った後、配下にしようとしていることが察知されたのだ。
    「闇堕ちした仲間が、見つかったんだな」
     過去、同じ様に闇堕ちし灼滅者に救われた綺月・紗矢(小学生シャドウハンター・dn0017)は、希望の光を大きな瞳に宿すが。
     綾乃は今、完全なるダークネスにならんとしている状態である。
     遥河は紗矢に頷いた後、事件の詳細を続けて語り始める。
    「綾乃と思われる淫魔が男を襲うのはね、夜の繁華街から一本外れた路地の裏だよ」
     綾乃はその場所にターゲットを誘いこみ、嗜虐的な陵辱行為に及んで、男を淫らな快楽に溺れさせ配下にしようとしているのだという。
     闇堕ち前の綾乃は淫魔であった過去を思い出す事を嫌い、伊達眼鏡をつけ、服装や髪型も地味なものにと、極力目立たない格好をしていたが。
     その枷が外れた今の彼女は過去に戻ったかの様に、露出の高い派手な服を身に纏い、さらりと色香漂わせるストレートの黒髪を靡かせ、標的の欲望を刺激している。
     そんな綾乃の凶行を、灼滅者の皆に止めて欲しい。
    「バベルの鎖に感知されず綾乃に接触できるタイミングはね、彼女が標的を路地裏に連れこんで動きを拘束して、本性を表したその時だよ」
     それよりも早く動けば、感付かれて逃げられてしまうかもしれない。
     さらに彼女のすぐ傍には標的の一般人もいる為、慎重に行動しなければならないだろう。
    「綾乃は戦闘になったら、蛇のように変形させた影業と妖の槍、マテリアルロッドを使ってくるよ。勿論、淫魔のサイキックもね」
     影業も闇堕ちの影響を受けてか、灼滅者であった時の木の蔓ではなく蛇のような形の触手に変形しており、足元に描かれた五芒星も禍々しい光を湛えているという。
    「まだ今なら、綾乃を救える可能性が残っているよ。でもね、今回助けられなければ綾乃は完全に闇堕ちしちゃって、おそらくもう助けることができなくなるだろうから……そうなった時はさ、灼滅を、お願いするね」
     まだ今ならば、綾乃を救えるかもしれない。
     だが彼女は今、ダークネス。能力も格段に高くなっているため、今の灼滅者8人がかりでも倒すのは容易ではなく、迷っていては致命的な隙をつくってしまうかもしれない。
     もし救出できなければ、灼滅者として、ダークネスを滅して欲しい。
     遥河はふと紫の瞳を伏せ一瞬複雑な表情を宿すも。
     すぐに顔を上げて、へらりと笑んでみせる。
    「オレはさ、信じて待ってるから。みんなのことも、綾乃のことも」
    「わたしがみんなに助けて貰ったように、きっと救ってみせる」
     紗矢や皆も、そんな遥河の言葉に、大きくコクリと頷くのだった。
     大切な仲間を――仲間の日常を、再び取り戻すために。


    参加者
    襟裳・岬(の這い寄る混沌・d00930)
    雨宮・怜奈(リトルパフォーマー・d01922)
    緋神・討真(黒翼咆哮・d03253)
    九条・泰河(陰陽の求道者・d03676)
    笙野・響(青闇薄刃・d05985)
    四条・識(ルビーアイ・d06580)
    東雲・蔓(求める兎・d07465)
    ラーセル・テイラー(偽神父・d09566)

    ■リプレイ

    ●恍惚の楽園
     掌にねっとりと纏わりつく汗の感触。
     女に触れられビクリと跳ねた男の瞳は欲情でギラついていたのに。
     今宿るのは、恐怖の一色。
     そして汗に塗れた肌の上を、するりと。
     弄ぶ様に這い回り始めた、蛇の如き黒の触手に。
     男は恐れながらも、擦れる刺激に身を震わせた。
     そんな様子を見つめて――くすくすくす、と。
     実に楽しそうに、綾乃は哂う。

     恐怖と拒絶と痛みが、快感と欲求と恍惚に変わった瞬間。
     男はきっと、淫靡な刺激を哀願する、従順な配下となる。
     だが……始めんとした嗜虐的な戯れに。
    「ありゃーん? 2人で楽しげな事してるじゃない。私も仲間に入れてくれないかしら?」
     乱入者が現われたのだ。

    (「時折すれ違う位だけど……髪型変わると随分印象変わるわね。もったいない……!」)
     綾乃と直接の面識はない襟裳・岬(の這い寄る混沌・d00930)だが。
     娼婦の如く肌や胸を露出させ、黒髪を靡かせる姿を、改めて見つめる。
     過去を隠すかの如く、学園では極力目立たぬ格好をしていた綾乃。
     だが枷が外れた今、再び淫らな人格に乗っ取られ雰囲気を一変させている。
     そしてそんな綾乃を救うべく、岬は此処に赴いたのである。
     沢山の、彼女を思う仲間達と共に。
     綾乃は岬に瞳を向けた後、今まで隠れて自分を覗いていた銀髪の少年の姿にふと気付き、今度は其方に視線を移す。
     足が竦み震えながらも、白い肌と繊細な顔立ちを朱に染める少女の如き彼。
     だが彼もまた、綾乃の気を引くべく赴いた、灼滅者であった。
     その間に、綾乃へとぐっと近づいて。
    「あら、彼も魅力的だけど貴女も可愛いわね」
    「……私のことを、楽しませてくれるんですか?」
     胸元を少し緩めつつ、そう問う綾乃へと頷いた後。
     岬は一般人の男を、ぐいっと押しのけたのだった。
     ――その瞬間。
    「!」
     潜伏場所から駆けた綺月・紗矢(小学生シャドウハンター・dn0017)が、男を保護せんと動きをみせて。
     割り入り走りこんできたのは、緋神・討真(黒翼咆哮・d03253)。
    「なあそんな平凡な男遊ばないで、金髪と銀髪の美形神父を虜にしてみる気はないか?」
     そして繰り出される、敢えて大振りな一撃と挑発の言葉。
     さらに、綾乃が一般人を追えぬようにと。
     雨宮・怜奈(リトルパフォーマー・d01922)も時間を稼ぐべく前に出て。 
     フィオナやエリカや獅央も、紗矢達が退避できるよう立ち塞がりながらも。 
     こっちは任せとけ、綾乃を頼んだ! と。
     一般人の保護役を担い、仲間へと、彼女を託す。
     もしも綾乃が男に手をかけたら、きっと戻った時、悲しむだろうから。
    「…………」
     綾乃は一般人を深追いはしなかったが。
     ざっと、長い黒髪を大きくかきあげる。
     そんな綾乃に。
    「やっほー、綾乃LOVE」
     いつも通りに声を掛けるのは、東雲・蔓(求める兎・d07465)。
     此処に蔓が来たのは、戦うためではない。
    (「伝えるために、ボクは今の綾乃と戦う。そして……絶対に連れ戻す」)
     伝えるために。大切な人を、連れ戻すために。
     笙野・響(青闇薄刃・d05985)も勿論、綾乃を連れ戻しに来た一人。
     いや……『連れ戻す』のではなく。
    「綾乃さん、迎えに来たよ。いっしょに帰ろう」
    (「そう、大事な人を『迎えに行く』の」)
     迎えに来たのだ。
    「……やれやれ、随分と心強いね皆」
     九条・泰河(陰陽の求道者・d03676)はそう、仲間達をぐるりと見回して。
     加勢にきてくれた皆に男の保護は任せ、綾乃に逃亡を許さぬよう周囲を確認する。
    (「綾乃が堕ちたのはオレが不甲斐なかったせいだからな……借りはかえさねぇとな……」)
     序列四九九番の六六六人衆――シルヴァーニ・ギュンスブルグ。
     その残忍な瞳は、人を殺すことに戸惑いの欠片もない狂気に満ちていて。
     綾乃を、闇へと堕とした。
     そして奴はこの手で必ず殺すと、そう誓った四条・識(ルビーアイ・d06580)だが。
     その前に、やるべきことがある。
     ラーセル・テイラー(偽神父・d09566)もその時、綾乃に命を救われた。
     しかし彼にとってこれは、二度目。
    (「……綾乃が堕ちた依頼、あの時点で俺は既に身を闇に呑まれた」)
     綾乃が闇堕ちした日は――大切な、心の拠所を失ったあの日に酷似していて。
     綾乃と拠所が、重なった。
     本来ならば、トラウマから闇へ堕ちていただろう。
     それでも今まで人で居られたのは……彼女への感謝と、清算の為。
     そしてそれを今、果たすべく。
    「彼女は闇に呑まれる様な人間では、ない」
     ラーセルは力尽くで抑えていた己の闇に――身を委ねんとしていた。

    ●居場所
     夜空に大きく広げられる、黒き悪魔の翼。
     影がうねる蛇と成り、まるで牙を剥くように槍の鋭撃が灼滅者を貫いていく。
     じわりと、徐々にいたぶるかのように。
     そして戦場を飛ぶのは、力と力の衝撃だけではない。
     休みなく投げられる、沢山の声。
    「流石綾乃。敵だと認識した相手には容赦ないな」
     綾乃の槍から生じた冷気の氷柱が、まだ鮮血で濡れる傷口を嬲るように突き刺さる。
     綾乃は討真にとって、何度も一つの遊戯で時間を共有した大切な友人。
     今日は神の御名の元に人を救う神父としてではなく。一人の人間として、彼女を連れて帰るべく来たのだ。
    「今ここに在るのはお前の心が作り出した偽りの世界。お前がそこに引きこもって友の前に出てこないというならいいぜ、俺がその幻想をぶち壊す!」
     死角からの鋭撃に、『綾乃』への声を乗せながら。
    「オレが殺されかけたせいでずいぶん迷惑をかけちまったな。だが、おかげでどうにか生きながらえてる」
     痛むのは、既に治ったはずの、身を貫いた日本刀の感触。
     識はその痛みを胸に、淫魔へと螺旋の如き槍をふるいながら、救うと誓った少女へと言葉を投げる。
    「今度はオレがお前を引っ張りあげる番だ。だから、それまでダークネスなんかに負けるんじゃねえぞ」
    「もう『綾乃』が消えるのも、時間の問題です」
     だが、ひらりと灼滅者達の攻撃をかわして。
     くすくすと、艶やかな唇から笑み零す淫魔。
     だがそれでも響は殺意を漲らせ、急所を絶つ斬撃を放つ。
     皆の温かな言葉と『綾乃』を信じて。
     そしてラーセルが握るは、刃無き長剣『saver』。
     ――俺の様には、成らないでくれ、と。
     過去の過ちを繰り返したが為に闇へと堕ちたと……そう思ったが。
     彼は闇に堕ちなかった。いや、堕ちることができなかった。
     運命が、死にたがりを死なせぬのと同じように。闇もまた、意地悪で残酷。
     隣人の影で在り続けようとした彼に、テイラーと成ることを尚も強要する。
     闇堕ちとは、危機を切り抜ける希望の切り札でも、また贖罪の為のものでもない。
     絶体絶命の危機に己の不甲斐なさを思い知らされ、眼前に迫った死に絶望して。
     心全てが絶望に覆い尽くされ、堕ちるのだ。
     確かに過去のトラウマは、心を絶望の闇で覆い尽くした。
     だが――ラーセルの闇の中に今も尚、光があるから。
     『綾乃』を救わんとする、気持ちが。
     それに何よりも綾乃は、堕ちる時にこう願ったのだ。
     ――そんな事になるのは、自分だけでいい、と。
     彼も彼女もきっと、運命に翻弄されし者同士であるのだろう。
     だが、そんな闇の力にも。
    「武蔵坂学園の全男子は私の嫁、全女子は私の婿なのでダークネスには渡さないわ」
     学園の仲間は、渡さないと。 
    「ダークネスなんてメじゃない、マジモンの淫魔ってものを教えてあげるわよ……!」
     矢の無いボウガン型の弓を引き、識へと癒しの矢を施した後。
     弾丸を撒き散らし距離を詰め、隙あらば、可愛いと心から思う綾乃に触れんと迫る岬。
     そして蔓は剣を握りしめながらも。
    「綾乃のそんな姿もボクいいと思う。もちろん普段通りの綾乃も大好きだ。けど誰構わず襲おうとするのは綾乃の本心ではないはず」
     大切な彼女だけを、その瞳に映す。
    「だから少し痛いかもしれないけど力ずくで止めさせてもらうよ」
     そして淫魔は、そんな蔓の声に、顔を微かに顰めた。
     それは心の奥の綾乃が、彼女の声に反応した証かもしれない。
     だが、それも一瞬だけ。
     得物に宿した強烈な魔力の衝撃が、殴打と共に灼熱者の身に注ぎこまれる。
    「……どいつも皆がんばりやがって……」
     こういう殴り合いって好きじゃないんだけどね!! と。
     仲間を咄嗟に庇い血を吐きながらも、軽口を続ける泰河は。
     ちょっとだけ、綾乃を羨ましくも思う。これだけ思われてるという事が。
    「私、いつもやさしい綾乃ちゃんが大好きだよっ。だから……私また綾乃ちゃんと一緒にお話したいよ……!」
     苦手だけど勉強も教えてもらいたいし、作った歌だっていっぱい聞いてもらいたいから。
     IT'S SHOWTIME! ――怜奈は、力を解き放つ。
    「だから……戻ってきてっ! また一緒に……楽しい時間をすごそう……!」
     そしてそれは、この場にいる皆の思いであった。
    「いま目の前にいる。綾乃ちゃんを誰よりも大事に思ってる人にゃ。綾乃ちゃんの特別な人……大好きな人! 蔓ちゃんのところに帰っておいで」
     彩愛は蔓が決して倒れぬようにと、彼女を中心にフォローして。
     綾乃が蔓に言った事を思い出しながらも、他にもお布団を温めて待っている皆のことも、しっかりと伝える。全裸で……と言っていたが。
    「帰って来なさい、綾乃!! 綾乃が愛した仲間の元へ!!」
     エリカも声を張り上げ、言葉を紡いで。
    「聞いて、ください、作詞作曲、私……綾乃さんの歌!」
     綾は、心に響く旋律に想いを乗せる。
     綺麗も汚いも、貴女の全部が好き大好き――支え合いながら闇と向き合おう、と。
    「……綾乃……お前はこうまで求められその無事を祈られているのに尚自分に価値がないと思っているのか?」
     馬鹿ね、と瞳を細める剣。綾乃の価値を決めるのは綾乃ではなく、周りの人間。
     そしてその答えは今、出ている。皆の姿をみれば。
     だから。
    「存分に抗え! 引きこもりなんぞやってるな! それで判らないなら……OKダークネス、お前を「仕留め」て引きずりだしてやる!!」
    「確かにいろいろあるだろうけど、君は私のなによりの友人だよ」
     華琳も綾乃を信じ声を掛けつつも、同じく思う。
     こうも、助けに来てくれる仲間がいっぱいいるじゃないかと。
     それだけ、大切に思われている証拠だってことを忘れないでほしいと。
    「ホントは誰も傷つけたくないんでしょ? だったら戦おうよ。抗おうよ」
     一緒に戦っていこう……シェレスティナも、その手を彼女へと伸ばす。
     大切な人の手を取って、しっかり掴んで放さずに――こっちへ戻っておいで、と。
     そして綾乃にだけではない。
    「あきらめちゃ、だめ!!」
     フィオナは、戦う仲間にもそう声を掛けて。
     リチャードも頷き、夏芽とともに回復を施して皆を支える。
     誰一人欠ける事無く、全員で学園に帰る……これ以外の結末は絶対に認めない! と。
     【地下秘密クラブ「夢兎眠」】や【影溜まり】などのクラブの仲間は勿論、綾乃と面識のない者も皆。
     闇の中の彼女に懸命に手を差し伸べる。
     綾乃に、帰ってきて欲しいから。

     だが、ひたすら傷を抉り得物をふるい続ける淫魔。
    「綾乃さんは羨ましいねぇっ!」
     泰河はそれでも語りかけるのをやめず。
     聞こえるか! 皆の声が! 聞こえない筈ないよね! と叫ぶ。
    「それは貴方が求めていた事だろう! こんなにも皆が帰還を望んでいるんだ! いい加減気合入れてきやがれってんだよ!」
    「普段と使うものが違っても……。音楽や気持ちを響かせるのは心だから!」
     今回は使うものを変えた、バックミュージック!
     でも、旋律にこめる心は同じだと。怜奈も諦めず、想いを奏で続けて。
    「お前を大事に思ってくれる奴らが沢山いる。彼女たちと一緒に過ごしていたお前は本当に心の底から微笑んでいたんだ。思い出せ、お前の本当の居場所を!」
     クラッシャーへと移った討真の強烈なオーラの衝撃に続き、より正確さと威力を高めてきた識のマジックミサイルが綾乃へと見舞われて。
    「……くっ」
     初めて、彼女の表情が歪む。
    「何度となく対戦してきたんだ。お前の思考ぐらいは読める!!」
    「かかってこいよ綾乃、お前のことを救ってやる」
     此方は血塗れで、何度も突き刺さった氷の氷柱で足の感覚すらないけれど。
     まだまだ、倒れるわけにはいかない。
    「わたしは綾乃さんとこれかもいっしょにいたいわ」
     こういう時、言葉を紡ぐのはちょっと苦手だけれど。
    「綾乃さんもそう思ってくれているなら……いっしょに戦おう」
     響は髪をかきあげながら、言って。
     大きく得物を回転させ、淫魔に叩き付ける。
     皆が魅せられた、綾乃の光。
    「恐れるな、君の力を恐れるな。其れは淫魔の力では無い、綾乃自身の力だ」
     ラーセルは、周りに慕われている綾乃に。
     そして、我が身顧みずに仲間の為に『綾乃』を捨てようとしたその強さに。
     自分には眩しい位の光を感じながらも、救済者という名の刃の無い剣をふるって。
    「綾乃ちゃん連れ戻して一緒にゴハン食べ行くのよ……!」
     ぐっと胸を密着させるような体勢から、近接格闘の技を繰り出す岬。
     そして戦場に響く、蔓の歌声。
     いつもの綾乃も今の綾乃も愛している、どんな綾乃でも受け止めて愛し続ける自信がある――。
    「だって、大好きなんだもん」
    「……やめて!」
     刹那、綾乃の螺旋の一撃が、蔓の身を貫く。
     その一撃はもう、これまでの嬲るような衝撃ではなかった。
     でも、強烈な一撃を受けても、笑顔を決して絶やさずに。
    「この気持ちが揺らぐ事は一生ないからね?」
     剣を振るい返す蔓。
     どんなに否定や拒絶されても、揺るがぬ気持ちを伝えるために。
     そして、動揺からか隙をみせはじめた淫魔へと。
     綾乃を闇から解き放つべく――全力で灼滅者達の力が見舞われた、瞬間。
    「!!」
    「綾乃!」
     長いストレートの髪が夜の闇に大きく揺れて。
     どさりと、綾乃の身体が、地へと崩れ落ちた。

    ●おかえりなさい
    「……あ、私……」
     薄らと、その瞳を開いた綾乃に。
     にゃーと、真っ先にハイタッチする響。
    「お帰り……綾乃」
    「よかった、綾乃!」
     そして綾乃の帰還を、皆で抱き合って喜んで。
     泰河はそんな姿を、入るのは野暮ってもんだと見つめつつも。
     やはり羨ましいよ、と感動の再会シーンに背を向ける。
     隣人に、幸在れ――そう呟き、同じくそっと去ろうとしたラーセルであったが。
    「お前達二人が切望してやまなかった結果だろ。ちゃんと傍に行ってやれよ」
     そう、ラーセルと識の肩を押す討真。
     そして蔓は優しく彼女を抱きとめて。
    「おかえり、綾乃」
    「……ただいま、蔓」
     向けられた微笑みと声に。
     綾乃、綾乃、綾乃……。
     何度も何度もその名を呼びながら、こみ上げる思いそのままに。
     帰ってきた綾乃をぎゅっと抱き締め、泣いたのだった。

    作者:志稲愛海 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年3月28日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 18/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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