日本ではなぜ、花見と言えば春の桜なのだろうか――。
不思議に思った一色・リュリュ(高校生ダンピール・dn0032)が図書館で調べたところ、奈良時代には中国の影響を受けた観梅の歌詠みが主流であったらしい。それが遣唐使の廃止を経て平安時代には桜と入れ替わり、梅を題材にした歌よりも桜をそれとした歌の数が上回るようになった。
さらに江戸時代へ下るにあたって、貴族の行事であった花宴は徳川吉宗による植樹の甲斐もあり庶民のささやかな楽しみへと移り変わる。
そして今日、桜の名所として知られる井の頭公園にもようやく『その』季節が到来する。
四百から五百の桜がいっせいに咲き誇り、遊歩道を、広々とした池の水面を薄紅色に染め上げる光景は絢爛たる春の風物詩である。
欄干にもたれ花弁を含んだ春の風に身を任せようか。
ボートを漕ぎ出して、水盤に吸い込まれる花弁を間近にのぞもうか。
あるいは、これと選び抜いた桜の下で杯をあげることこそ花見の本髄であるかもしれない。
桜、さくら、サクラ。
花匂う春刻が過ぎ去る前に――。
●
「どーお? セクシーでしょ?」
晴香は率先して手製の弁当を取り分ける。暁仁の塩おにぎりと相まって食欲をそそる定番の弁当だ。
「いいね、赤似合ってるよ。あ、誰歌さんお茶ありがとう……髪飾りは珍しいね、似合ってるぜ?」
「そ、そうか……ならよかった」
髪飾りの位置を直しながら誰歌は頬を染め、煉夜の紙コップに茶を注いだ。ピンクのニットと白いスカートを着こなした蒼香と姫恋はサンドイッチと桜餅を双葉の用意した紙皿に取り分ける。
「3種類ほど作ってきたので好きなのを取ってくださいね♪」
「こっちは、デザート」
「お、うまそうだな。ご時勢がご時勢だし、パーッといこうぜ」
「ああ。にしても、うちのクラス何気にノリいいよな」
「でも来年から3年生なんて、早いものですね。進路どうしようかなあ……」
物思いにふけっていた翔はふと優志の意味ありげな視線に気づいた。
「そっちこそ、何だよその目は……」
肘をつつき合い、それから双葉らの方をちらりと横目で見る。やれやれと暁仁は肩を竦めたが、そんなところもまた憎めない奴らだ。
「任務完了、ですね。ちゃんと場所は死守しておきましたよー」
おばあちゃんが言っていましたから、と真夜は眠い目をこすりながら巻き寿司と飾り寿司を陽桜の持ってきた弁当箱の隣に置いた。
ウェリーは皆を呼び寄せてカメラを掲げる。
「……はい、撮れました。皆さんありがとうございます。これは俺からの差し入れで、サンドイッチとホットコーヒーです」
「ひおはこの桜の塩漬けおにぎり作ったの! 真夜おねーちゃんどーぞなの!」
「あたしは卵焼きとタコさんウィンナーと……じゃ~ん! 丸いおにぎりってのもおつだよね」
小坂の言葉に頷いた想希が箸を伸ばす。
「俺はだし巻き卵、もらってもいいですか? ありがとうございます……あ、朱里さん。こちらの焙じ茶もどうぞ」
「これはどうも、ご丁寧に」
お返しに振る舞う湯飲みの中で薄紅の花がふんわりと咲いた。添えられた甘味は関西風の桜餅と京都から取り寄せた可愛らしい桜の金平糖。
「宗嗣おにーちゃん、お団子食べていいー?」
陽桜に袖を引かれた宗嗣は笑って頷いた。自分は桜の幹に背を預けてしっぺと一緒に楽しんでいる。
(「ああ、幸せだ」)
祖父の言葉を思い出しながら薫はいつしか微笑んでいた。
「よ、4時から……だと!?」
エルメンガルトはお疲れさん、と正座で場所を確保していた孫六を労い重い荷物――豆乳鍋の材料とコンロを下ろした。ピッ、と律儀に頭を下げて感謝の意を伝えた供助は野菜を投入。
「はーい、マロニーもとうにゅー!」
民子はわくわくと鍋が煮えるのを待ちつつ玉子を頬いっぱいに詰め込んだ。やがて鍋奉行を任されたエルメンガルトは民子専用らしい。
「いやそこは俺にもくれよ!」
「エル殿、エル殿、是非自分にも……」
「え、駄目?」
「こやつ……桜を味方につけていやがる」
民子は肩を竦めて梅ジュースを飲み干した。
「桃野くんありがとな」
勇弥のねぎらいに実は「どうも」と応えた。あまりにも完璧な和食弁当。花咲く閏の桜茶、そしてアサトの三色団子。宴もたけなわな雰囲気に吞まれ、健が顔を輝かせた。
「すげぇ祭り状態だな! あ、これ、母ちゃんに相談して一緒に作った簡単サンドイッチ!」
「みんな料理男子の鏡だねぇ……ああ、龍記さん大丈夫?」
「む、ぐぐぐ」
桜餅をすすめていたさくらえは咳き込む彼の背をいたわるようにさすった。勇弥が慌てて焙じ茶を汲んで差し出す。
「わ、ぁ……」
桜餅を頬張っていた閏は黒目がちの瞳を瞬かせた。
「ね?」
さくらえの悪戯っぽい笑みにこくこくと頷く。中身は桜餡だった。
「人がたくさん……でも、綺麗ですね。こういう雰囲気、憧れていたんです」
嬉しげに微笑んで、彩歌は弁当の包みを開いた。感慨深過ぎて物思いにふけっていた悠一は誤魔化すように弁当を見て――驚いた。
「彩歌の料理に不安は無かったけど……それ、螢が作ったのか?」
「そうよ。なんで私が早起きしてまで悠一の為にお弁当なんか……ふぁぁ、眠いわね」
螢は彩歌の膝を借りて微睡みに身を委ねる。
「そんじゃー、お疲れサン!」
「かんぱーい!」
小梅と響斗の合図で乾杯。シートの上には買ってきたばかりのたこ焼きやお手製の葛餅やホットケーキが所狭しと並んでいる。
「アンタ等良い嫁になれるわー」
「そ、そう? そんなに褒めなくても……」
「男の子なのに2人共すごいなー」
「ん。手作りなの? すごい、ね」
紗は和佳と顔を見合わせた後で「えへへ」と誤魔化した。
「うっしーのは、何? 春っぽい?」
「ふっふっふ、行列に並んでゲットしたぜ! 桜ソフトクリィィィームっ!!」
当然料理などできない汐はこれぞわが生きる道とばかりに売店を駆けずり回って探してきたのだ。
「やっぱり桜風味がおつだよね。ボクも桜フレーバーのモノを持ってきたんだ。よかったらどうぞ」
瑞樹の勧める通りホットケーキもディップを変えれば風味が違う。
「わあ藤平君のおかず美味しそ……驚きの白さです京君そしてから揚げとおにぎりの黄金コンビに完敗しつつ別腹の準備はいつでもOKです!」
「料理まで漢らしいね円理くん。そして多和々先輩のおにぎり流石。あ、桜綺麗だね千花ちゃんそして甘味は外せない! って、何なのそのカレーへの飽くなき渇望はっ…!!」
あまりにも差し入れが個性豊かで素晴らしかったおかげで、開幕一番晴汰と日和のコメント合戦が炸裂した。高速消滅してゆく弁当を無表情で見つめる千花。段々と白熱してゆく円理と日和の大食い対決。いつの間にか千花の手が新聞紙に伸びた。
「ま、まへまへんお!」
「む、二刀流。ならばこちらは一口食いでひゃいほうふぁ」
新聞紙が細長く折り畳まれていく――その出番が来たのは満開の桜を円理が次のように評した際だった。
「……桜餅色だな」
パァンッと小気味の良い音が後頭部で炸裂する。
ぐっと日和が親指を立てた。
キレのあるフレアバーテンディングを披露した剣冶は拍手に応えつつカクテルをふるまった。
「さぁ、皆のお手前拝見させて貰うな」
「お口に合えばよいのですが……」
羽翠はいそいそと重箱を取り出す。四段もあるボリュームに菫は驚いて声をあげた。
「桐屋先輩はちらし寿司、相堂先輩はカクテルですか……!」
自分も何か持ってくればよかったとこぼす菫に縹はスナック菓子の袋を開けながら言う。
「僕達はガンガン食べてガンガン飲もう!」
――こいつ、本気だ!
●
雷歌に手を引かれた華月は真っ赤な顔を隠すように俯きながら、彼の大きな背中についてゆく。
「人ごみ抜けるまでこれで行くぞ」
「う……うんっ」
駆け抜ける二人とすれ違うようにして、少女たちは再会した。
「久しぶり。深月紅……元気……だった……?」
「零桜奈? 久しぶり、うん、元気、だよ」
二人はしばしの間見つめ合った後、どちらからともなく歩き出す。
「……買い食いしてても、桜ってとこか」
「ン? 団子欲しいの? 食べかけだケドあげるわ」
掴み取った花弁を放り出しながら、夜桜は綾人の口に残りの団子を突っ込んだ。
(「か、間接……っ!!」)
まったくこいつは、と綾人は顔を真っ赤にして無神経な少女を睨む。
桜嵐は花の死に様――掌に捉えた花弁に息を吹きかけて一浄は微笑んだ。艶やかに悦しげに、終焉を悼むより他に相応しい想いがあると知った瞳で。
掌中の花弁は密の瞳の色を映したまま何も語らない。
「わたしは花吹雪になっているくらいがいちばん好き、かな」
「ああ。ただ、どこか儚く見えるな……」
樹は瞬きをして拓馬の腕を抱き寄せると、彼の肩に頭をもたせかけて満開の桜を仰いだ。
「ヨダカにとって思い出の花なのだネ」
ふと母国の事を思い出して暗くなった自分を彼は恥じた。だが、治胡はやや乱暴にクリスの背を叩く――励ますように。
「ったく、無駄に気使うなってまだガキのくせに。奢るぜ、ほら」
治胡が好きなものを選べと顎で示すと、クリスはぱっと無邪気に顔を輝かせた。気になっていたのだ。あの白くて綿みたいな……堪らない甘い匂いが!
「眼鏡、やはり似合いますね。かわいいと思いますよ」
いつもの彼女ならそっけない返事をしていたかもしれないが、今日は特別だ。初めて二人だけで出かけた春の午後。
「……ありがとうございます、先輩。けど眼鏡じゃなくて桜を見ましょう」
照れ隠しのように顔を逸らすイブに微笑んで、想司はただ「そうですね」とだけ答えた。
「生肉……でございますか?」
「お花見はジンギスカンっすよ」
「しかし、火を借りれますかねぇ?」
ヤキニクとリュリュと流希はきょろきょろと辺りを見回した。鼻歌まじりにそぞろ歩いていたギルドールは立ち往生している彼らに首を傾げながら、「こんにちは」と声をかけた。
●
「ちと龍也のも貰うぜ」
「お、じゃあ嵐のも一口貰うぜ……っと、うん。これも意外といけるな」
龍也と嵐の視線は自然と厨房に注がれる――企業秘密という名のレシピはやはり門外不出なのか。
「今日は食うぞー! 食らい尽くすぞー! 香辛料の匂いがあたし達を呼んでるぜ!」
「通っぽくていいですね、カレー食べましょう!」
「次はそば! いなりずし!」
「……いいでしょう! 付き合います!」
「デザートに葛餅食おうぜ!」
「え!? デザート! 食べます食べます! 別腹だもん!」
絢矢と優奈の戦いは続く。
●
「じゃぁ……行くぜ!」
慧樹は全力でオールを掻いた。それはもう、本気で漕いだ。
「ス、スミケイー!」
なんて暴走、とアナスタシアは両手にチョコバナナとリンゴ飴を抱えたまま目を輝かせた。他にも百舌鳥の作った人参のグラッセやらを落とさないように死守する。
「ちょ、待って! スピード落として!」
ようやく止まった先はちょうど桜の枝の下――。
「春のすてきな水鏡、みつけました」
「うん、僕らも桜と一緒になったみたいだね」
空を映して輝く水面に映る花々と三人の笑顔――真白と砌はくすくすと笑ってから、岸に向かって手を振った。だが、食べるのに夢中で遥香はなかなか気づかない。
「まるで桜の贈り物だね。もっと大きな声で呼んでごらん」
微笑ましい二人を見守っていた稲葉は頬杖をついたまま言った。
「うう、おでこ痛い……でも、ソフトクリーム、おいしい……です」
「んーうまうま。あ、ちょうどこっち見とる!」
焼きそばの割り箸をくわえたまま、由宇は三人が乗ったスワンボートを写真に収めた。手を振っていたシャルロットはふとあるおまじないを思い出す。
「確か落ちる前に花弁をキャッチできると願い事がかなうんデスッケ?」
「楽しそう!」
やっとのことで小さなひとひらを捕まえた飛鳥は握りしめた手を胸元に寄せて何事かを唱えた。遥香は「秘密です」と唇の前に指を立てる。
「……何をしてるんだ?」
焼きそばと団子を抱えた直人は首を傾げていたが、事情を聞いて笑みをこぼした。隣では写真を撮り終えたエリアルが満足げに目を細め、頷いている。桜の木に登るのをやっとのことで諦めたオリキアは得意げに捕まえたばかりの花弁を二人に見せた。
犬変身した優希那を連れて智恵美とサクラコは池の中ほどまで漕ぎ出した。思いきって仰向けに寝っ転がるとまぶしいまでの桜色。思わず、これからの季節が楽しみになってしまいそうな程の。
「うぁーいボートですよぅ! 乗りましょうこれ乗りましょう!」
真っ先に乗り込んだヒオは潤子から受け取ったオールを顔を真っ赤にしながら頑張って漕いだ。
「桜が近いね!」
「水に映る桜もとっても綺麗です。なんだかすくってみたくなっちゃいます」
潤子と真琴は鈴のような笑い声をあげた。ヒオは愛用のカメラのシャッターを幾度も押した。今日という思い出を捕まえて放さないかのように――。
「上も下も……目の前も桜だ」
誠士郎の名指しを受けた貴明ははにかみながら手を差し出した。桜。はしゃぎ過ぎたかと不安だった貴明は優しく頼もしい彼の笑顔に安心してボートの緩やかな振動に身を任せる。
見事な枝ぶりを讃えるかのように指先を触れさせた烏芥は、ふと振り返った友人の帽子に天然の花飾りを見つけて目を細めた。
「どうだ? 似合ってっか?」
「ふふ……素敵ですね」
満足げに――というよりはやや気恥ずかし気に、朔之助は帽子のつばをぐいと下に引っ張った。お返しに帰路の途中で彼の頭上へとかき集めた花吹雪を見舞う。
「綺麗だね。とても……詩織に似合っている」
深景と詩織は微笑み合ってから、そっと互いの小指を絡めあった。
「ああ。必ず来よう」
「愛して、います。僕と、生きてくれませんか」
きょとんと首を傾げた弥咲は言葉の意味を理解して「すまない」と答え、姉の顔で礼の頭をなでた。
「自然なままの君が好きだよ、おれは」
深玖は片手で桜子の頭を撫でながら胸中にて願う。待つから、どうか変わらず――そのままの君でいて欲しいと。
「有難うございます」
桜子もまた決意を胸に秘めて小さく頷いた。
「この優しい色合いは貴方にも……良く似合う」
詩織はさっきまで桜に見惚れていたのと同じ眼差しで深景を見つめた。絡める小指の影が水面に揺らいで花弁を飲み込む。
「百花さん……ん……」
揺れるボートの上で茉莉の唇が百花のそれに触れる。睫毛が触れ合うほどの近くで朱に染まった頬をほころばせあった二人は、指を繋いで桜を仰いだ。
「あぁ、オブさんオスさんそこはだめですよぉ……」
絡まり合う二匹の白蛇を腹に乗せてむにゃむにゃと寝言を呟く円蔵の頬に花弁が舞い落ちた。
冴と帳の間には静謐な時が横たわる。連なる文字を目で追う、微かな揺れと春風が髪を揺らす。ページをめくる手を止めて冴が指先に触れると、彼女の髪に降りた花弁を取っていた帳は驚いて両目をみはった。
「立花さんのそういう悪戯っぽいところ……」
「なにかしら?」
「いえ、何でも」
「芥、膝貸して?」
寝転がれば楸の頭上に桜の天蓋。手のひらをそっと開けば、ひとひらの花弁が目に染みた。芥は彼の黒髪を梳き、撫でる――永遠にこの時が続けばいいと願いながら。
水滴の飛び散った袖に張り付いた花弁を摘み上げて、馨はぶっきらぼうにそれを真知の指先に乗せた。花粉症、乱暴な漕ぎ手、奇妙な指踊りの三拍子で彼を呆れさせた真知だったが、粛々とそれを受け取る姿は意外と可愛かった。
「有り得ねぇ、フザケンナ、マジ勘弁」
男二人でスワンボートを漕ぐ羽目になったティートは散々悪態をついた末、桜に免じて許してやることにした――のが間違いだった。
確かに鳴り響いた写メの撮影音。樒深は笑っている。マスクで口元は分からないが、確実に目が笑っている。
「スワンボートに乗りながらピースサインをするティト、完璧」
「嵌めやがったな!」
胸倉を掴まれても樒深は飄々ととぼけてみせた。
桜、桜――絢爛たる春刻はかくも愛しき哉。
作者:麻人 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年4月1日
難度:簡単
参加:105人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 28/キャラが大事にされていた 4
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