「痛いのね、辛いのね……?」
呟いた女性は、全身を統一した黒の服を纏っていた。ベールのついた帽子をかぶり、品のある小さなバッグをドレスグローブで包まれた両手で携えている。
女性は喪服だった、そして今、とある死を見守ろうとしている。
「苦しいのね?」
「っ……あっ……がっ!……」
女性が見守る中、恐怖に引きつった男の呻きが響く。その首には漆黒の茨……女性の足元から伸びた影が実体化、茨の形を成したそれが巻き付いていて、男の体をを吊し上げていた。
最後の一人を捕まえた、後は少しひねるだけ、それでこの男は死んでしまうだろう。
辺りには、そうして横たわった死体がいくつも転がっている。 出血などなく、全ての死体は首の骨が折られていた。
垂れた目で穏やかに悶絶する男を見つめている。いや、ただ瞳に映しているといった方がふさわしいかもしれない。それほど女性の表情には起伏がなかった。
憂鬱な、死者に祈るときに浮かべるような表情ばかりを、男に向けている。
「……こないの、それなら、帰るわね」
ポキッ……呆気ない音と共に、ついに男の首が不気味な方向に曲がる。
表情は変わらない。けれど声色を少しばかり残念そうにして、女性は去って行った。
「……それでは、説明を始めます……」
口を開く園川・槙奈(高校生エクスブレイン・dn0053)の声色は暗い。ダークネス事件の未来を予知したのだから仕方がないことかもしれないが、それを踏まえても青い顔をしていると、集められた灼滅者たちは感じた。
「近々、六六六人衆が現れます」
ターゲットは五〇二番、静井(しずい)、大人しい顔つきの、黒い服を纏った女性だ。六六六人衆は強力なダークネス、その見かけと実力が必ずしも比例しないのを灼滅者たちは既に心得ていた。
元より油断など禁物だが、今回は更に、大きく事情が違うと槙奈は言う。
「単純に殺戮を行うだけではなくて、六六六人衆の間で何か企みがあるようで……」
普段は互いに殺しあう筈の六六六人衆が、企み? それが不可思議で、だからこそ捨て置けないのは聞いた全員が理解できた。
どうにもおかしいのだ、明らかに自分たちを意識したうえで彼らは殺戮をしている。まるで自分たちを誘き出すかのように……槙奈は告げると、遠慮がちにして呟く。
「その、どうやら皆さんを、闇堕ちさせようとしているみたいなんです……」
闇堕ち……その単語に全員が息を呑む。
一方で中には聞き覚えのある者もいた、最近六六六人衆が、自分たち灼滅者を闇堕ちさせるゲームを始めたこと。
「来なければ関係のない人たちが死ぬ、それが放っておけないと分かるからこその行動でしょう」
消え入るように言って、槙奈は俯いた。そんな現場に、目の前に居並ぶ彼らを送り出さねばならないと思うと泣き出したい気分になった。
「……その女の、戦闘能力は?」
灼滅者の一人が、気分を変えるように尋ねる、はっとして、槙奈は顔を上げた。ダークネスは強敵だが、だからこそ逃げるわけにはいかない。そう言われた気がしたのだ。
槙奈は暗鬱な考えを払拭するように首を振って、説明を続けた。
「彼女、静井は私たちの使う『影業』によく似た技を使います、自分の影を茨の形にして、それで襲い掛かってくるんです」
サイキックを帯びた影を茨に変えて引き伸ばし、実態を得たそれで時に防御、時に攻撃に転じる。
「場所は閑散とした墓地、そこで彼女は、墓参りに来た一般人の五人組を急襲しようとします」
相手が暗殺に長けた六六六人衆とあって不意を打つのは難しいだろうが、出会ったならば間違いなくその場で戦闘となるだろう。予知した光景には、その周辺にはその五人以外に一般人はいないらしかった、と槙奈は告げる。
「敵は強力、だからこそ、決して無理はしないでください。もし、闇堕ちしてしまった方がいらっしゃった時も、悔しいけどどうか撤退してください」
必ず生きて帰ってこられるよう……祈る思いで槙奈は告げた。
参加者 | |
---|---|
イゾルデ・エクレール(ラーズグリーズ・d00184) |
黒夜・零(黒騎士・d00528) |
國光・東(クラックランブル・d00916) |
高宮・琥太郎(ロジカライズ・d01463) |
赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959) |
宇佐見・悠(淡い残影・d07809) |
椎名・亮(イノセントフレイム・d08779) |
与倉・佐和(忠狐・d09955) |
●
「あれが……狙われてる一般人だよな?」
潜入の為に黒いスーツに身を包み、花束を握った赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)が、誰のとも知らない墓石を眺めながら呟く。
「だろうね。他に人はいないし」
その墓石を磨くふりをしつつ、同じように周囲の様子を観察していた宇佐見・悠(淡い残影・d07809)は小さく答えた。その場には二人の他に黒夜・零(黒騎士・d00528)と椎名・亮(イノセントフレイム・d08779)がいて、それぞれ周囲に警戒を張り巡らせている。
周りに人の気はほとんどなく、少し向こうに、墓参りに来たらしい一般人の団体がいるだけ。それを挟むように位置して二つに分かれた灼滅者が、潜入の違和感を消すために墓参りを偽装している。
予知にもあり、その団体が狙われるのは明白。六六六人衆 静井が現れるのを待ち構えているのだ。
「胸クソ悪いわ、あいつら、こんな遊びをなんべん続けるつもりやねん」
そのもう片方にて待機していた國光・東(クラックランブル・d00916)が、ここが墓地でなければ唾でも吐いていたといった苦い顔をしていた。
「いつものことながら、六六六人衆の考えは理解に苦しむ。特に、殺人鬼でありながら喪服を纏うなど……」
イゾルデ・エクレール(ラーズグリーズ・d00184)が喪服を纏う理由ははっきりしている。己の手で倒してしまう相手にも、その闇や強さに敬意を払っているが故に、イゾルデは喪服を着て戦場へ赴くのだ。
まさか……向こうも? 考えて、イゾルデは首を振った。いくら考えたところで明確な答えは出てこないし、倒さねばならない事実は変わらない。頭を切り替え、墓石を磨いたりと墓参りの偽装に集中する。
その場にいる高宮・琥太郎(ロジカライズ・d01463)と与倉・佐和(忠狐・d09955)も重々しい空気で墓参りの雰囲気を作りつつ、その襲撃を今かと待ち構えている。
「来たようですね」
佐和が鋭い横目で呟いた。何の予兆もなく、ふらりとそれは現れる。
全身を黒の喪服で包み、ベールの奥に虚ろ気な表情を浮かべて、どこを見ているのかわからない様子の女性。一目では、誰しもが墓参りに訪れた一般人と信じて疑わないだろう。
だが、その身の纏う殺気やサイキックだけは隠しようがなく、一同の目にはそれが今回のターゲット、静井であると明確であった。
「…………」
静井は一般人を目指し、ゆっくりと近づいてゆく。一般人もまた静井に気付き、あともう少しといったところで、ふと、静井は足を止めた。
「律義な事だ、自分の葬式に喪服で来るとは」
零の低い声色が静井に届き、直後に、あらぬ場所から小さな気配がひとつ、放られてきたのだ。
「アンタ、暗過ぎんぜ。花でも一つ、どうだいっと!」
背後から、布都乃によって放られた花束に静井は振り返り、一瞥だけすると 、次の瞬間、花束は宙で停止した。
静井の足元から伸びた影が茨の形を成し、その先端が瞬く間に花束を貫いている。
そしてその隙を縫うかのように、イゾルデがガトリングガンを抱え、その砲口を静井の足元に突きつけてグリップを引く。直後、耳をつんざくあられの様な激しい銃声。静井は表情を変えず一歩も動こうとはしなかったが、代わりに足元の影が伸び、絡み合い、茨の壁を成して静井の身を守る。
「……殺す気はないのね?」
「不意で当てても……つまらんだろう?」
弾幕が落ち着き、組み合った茨の隙間から静井の冷たい目が垣間見えて、イゾルデは悠々と笑みを浮かべる。
「死にたくなければ、消えろ」
唐突に始まったその光景を目の当たりに、しばし呆然と立ちすくむばかりの一般人たちだったが、零に細めた目で睨まれてようやく判断がついたらしかった。
静井がちらと見やれば、一般人は既に逃げ去っている最中だった。しかしそれ以上の興味を向けることはなく、静井は目の前に居並ぶ、自身の本当の目的であった灼滅者たちを遠い目で見据えていた。
●
「オネーサン、オレらと勝負しない?」
それでも、この殺人鬼がいつ気まぐれに一般人に向かうかもわからない。琥太郎はいつも通りの軽薄な口ぶりで舌でも出して、にんまりと挑発を口にする。
「目的は俺らだろ?」
それは、初めから分かっていたことだ。亮は槍を手繰り、その切っ先を静井に向ける。
「知っていて、来てくれたのね」
「ああ、受けて立つぜ……、やれるもんならやってみろよっ!!」
叫び、亮は静井目掛けて駆けだした。槍にサイキックを込め、螺旋状の衝撃波をその刃に纏わせる。走る最中、亮を捕えるべく茨が幾本も放たれたが、それら全てを、突き走る方向を修正することで回避する。
いくら亮が迫っても、静井の様子は全く変わらない。あいまいな表情を浮かべたままだ。
「怒って、いるの?」
「あぁ?」
届く距離まで辿り着いた途端に、槍を突き出す。しかし、思わぬ結果に亮は歯噛みした。サイキックと共に静井の身にねじ込まれる筈だった突きは、その足元から生えた茨によって止められてしまっていた。
あくまでバッグを握ったまま、ゆらりと立つ静井のその背後から、次に琥太郎が襲い掛かった。
「ホントは女の人殴るとか、気ぃ引けるんだけどな~……」
後退する亮に代わり、手の甲に装備された小型のシールドを展開、物理的な攻撃力を得たサイキックの障壁を拳にまとい、琥太郎は唇を尖らせつつも静井へと殴りかかった。
しかしそれも、茨が遮りに入る。琥太郎の殴打の一発一発が身代わりとなった茨を朽ちさせていく中、茨はそれでも次々と繁茂し、頑なに静井を守り続ける。
「怒ったり。笑ったり。いいわね、あなたたち」
「っ……ぐ!」
僅かに生まれた殴打の隙を突き、琥太郎の背後から伸びた茨がその背を打ち据える。表情を歪めつつも咄嗟に距離を取る琥太郎だったが、何を映しているのか静井の空虚な瞳はいつになっても焦点や感情を読ませず、ただ、静井は俯いて、そんなことを呟き始める。
「いいわね。痛みだって、感じるのね」
「……なんや余裕そうやなぁ、本気でやらんでええんか?」
放たれる不気味さを押し殺すように、東はにぃと唇を吊り上げた。地面から伸びる茨を蹴りで薙ぎ払いつつ、前方へ飛び出して静井へと距離を詰める。
「闇堕ちが見たいんやて? やれるもんなら闇堕ちさせてみぃなっ! 」
跳躍と同時に、サイキックを拳へと集約。渦巻く衝撃波を拳に纏わせて静井へと突きこんだ。
ほとばしる衝撃波は足元の地面をえぐるほどであったが、東は舌打ちしつつ後退した。手ごたえがない。衝撃の殆どは寸前で盾となった茨に阻まれてしまったらしい。
即座にまた身構えた東だったが、いつの間にやらこちらの足元まで、地面を這うように影が伸びている。ふと目をやった瞬間には、防御に使っていたものより太めの茨が一本、東の目の前に出現していた。
「ぐ……あっ!!」
茨が振るわれる。腹部に衝撃を感じ、呻いた次の瞬間には、東の体は大きく吹き飛ばされていた。
しなる茨が更に襲い掛かろうとした時、その茨はふとして引きちぎれた。同じく影によって構成された狼、その牙が、茨を前足で抑え込んで喰いちぎっている。
悠のサイキックだ。東はそっと息を漏らした。
「言うだけあって、やるもんだな」
「いてて……助かったわ、かんにんな」
腹部を抱えつつも、東は軽快な笑みを口元だけにでも浮かべて答える。
こくと頷いた悠は合図すると、影の狼はそのまま静井へと襲い掛かった。獰猛に剥かれた牙へ、静井は無表情のまま、茨を生やして応戦する。
「……狙い撃つ……! そこだっ……!」
「っ」
狼と茨の乱戦。その隙間に、イゾルデはバスターライフルの標準を固定し、サイキックによる射撃を打ち込んだ。
気配を察し、静井がイゾルデを向いた頃には時すでに遅く。放たれた光線をままに食らった静井は吹き飛ばされ、砂利の敷かれた地面を転がった。
●
「……答えろ、貴様らにこの悪趣味なゲームとやらを教えたのは誰だ?」
イゾルデが声を張っても、返事は返ってこない。これで死んだ筈はないが、不気味なほどに横たわったまま動かない。
「まぁいい。貴様が満足したら……答えてもらえるかもしれないからな」
「……可哀そう」
ふと、静井が呟く。そしてゆらゆらと、緩慢な動作で立ち上がった。
帽子は飛んでしまい、髪を少し乱れさせながら、それでも表情に痛みや悔恨の類は全く見られない、あくまで無表情のまま、静井は灼滅者たちを見つめている。
「自分は異能だと理解しているのに、心にそっと蓋なんてして。力を持ちながら闇に成りきらないだなんて、なんて哀れで、不憫で、可哀そう」
「何をっ!」
「…………」
布都乃と佐和は静井へと向きつつも、この戦場での自分たちの役割である回復と防護の手は緩めない。
布都乃と佐和のサイキックにより、それぞれ琥太郎と東の身体を包む柔らかな光がその傷を癒してゆく。サイキックをかける最中、黒い狐の面で顔を覆っている佐和の表情は伺いようがないが、少なからず布都乃は、その言葉の不可解さに顔をしかめていた。
「けれど、うらやましい」
本当に不可解だったのは、静井の言葉がそう続いたからだった。
攻撃は続く。茨による熾烈な攻撃を前衛の一同はそれぞれ紙一重でかわしながら、その薄い唇から紡がれる言葉を聞いていた。
「私は、随分と昔に心を喪ってしまったから」
「はっ、ふざけたことを言う」
静井の独白を、零は一笑に付した。うらやましい?。罪なき一般人の首をくびり殺そうとした殺人鬼の台詞だとはとても思えない。
「諦めろ、お前に明日は来ない」
言い捨てて、迫る茨をくぐると、零はバスターライフルを携える。グリップを引き、傍らにいるライドキャリバーからの連続射撃とともに、激しい弾幕を静井目掛けて展開した。
暫くして銃声が収まり、立ち込める灰色の煙が静井の周囲を覆い尽くす。
「……私は、心を取り戻したい。だから、このゲームに参加したの」
煙が風に流された頃、そこには漆黒の茨の壁に覆われ、そしてそれを影へと戻している最中の静井が立っていた。
「貴方たちが闇に堕ちる瞬間をこの目で見れば、何か思い出す気がするの。だから逃がさない。貴方たちが闇に身を委ねるまでは、絶対に」
「ふざけるな! お前らの思い通りにはさせるかっ!!」
虚ろな顔でそんなことを言う静井に亮は声を荒げ、槍を振りかぶる。対応して茨は組合って壁をなしたが、槍の斬撃を受け止めた瞬間、それらは流し込まれたサイキックにより爆散してしまう。飛び散った茨の破片は影となり、儚く宙に霧散する。
「……本気でやってくれんと、それどころか灼滅してまうで?」
そうして茨の薄れた静井の背に、東が渾身の蹴りを叩き込む。亮と相対しながらでは次の茨を構築している暇はなかった。その衝撃を脇腹に受け、静井はその場に踏ん張ることもせず軽々と吹き飛んでゆく。
そのまま、背中から墓石に打ち付けられた静井を、悠が見据える。いつの間にか静井の傍にまで迫っていた影の狼が、その喉元へと喰らいつき、何度も何度も、そのか細い喉に牙を突き立てる。
が。
「見せてほしいの。闇に身を染め、それでも光を失わないというならばその証拠を。」
直後、無数の茨が狼の体を突き破って繁茂した。茨は、周囲の墓石を砕き、地面をえぐり、そのまま前衛にいた一同へと向かう。
「うっ……あぁっ!」
襲来した茨は、前衛の一同の首や胴に絡まり、締め上げてきた。首にかかる圧迫感にたまらず茨を掴み、その棘で首と手を血でぬらしながら、東は表情を歪め、イゾルデは握力を維持できず武器を落としてしまった。
●
「この……っ! みんなを離せよっ!」
奥歯を噛み締め、布都乃はその手にサイキックを漲らせて駆けだした。だが、静井へと向かう最中に茨の牽制を受け、後ろに飛び退くを強いられてしまう。
「まずは、あなた。このままでは、死んでしまうわね」
静井がその目に映しているのは、零だった。色濃く漂った殺気に佐和は颯爽と駆動し、集約したサイキックを零へと浴びせかける。回復はしたが、それでも茨の拘束は衰えず、零は少しばかり楽になった体で気を持ち直し、静井を鋭く睨みつける。
滞る呼吸の中、頭に浮かぶのは、恋人の顔? 戦友の姿? いや、実際には走馬灯などなかった。あらかじめ整理でもされたかのように頭のなかは驚くほど真っ白で、眼前に迫る運命に必死に抗う脳を満たすのはただ苦しさだけだ。
いくら睨んだところで、喪服の女はこちらの死を見守るばかりである。
つまり、俺が、死ぬ?
「こんなところで、終われるか」
言った途端、瞳の色が変わった。発動は瞬間。決意が固まると同時に、零を拘束していた茨がはじけ飛んだ。
それからは一転。零は目で追うのも難しいほどの駆動にて、刹那の間に様々なことを成す。前衛の全員を茨から解放し、なんとか茨をかいくぐろうとしていた布都乃の目の前の茨を容易く一掃する。
そして。
「え」
なんともあっけない声と共に、静井の喪服に赤い飛沫があがった。
腹が裂かれた、零の手刀によって。倒れながら、静井は突きつけられた事実に、初めて目を丸くした。
「俺を殺す……? あぁ、それは無理だ」
鮮血のついた手で頬をくすり、ひどく歪んだ、残虐性で紅潮させた笑みを赤く汚しながら、零は静井を見下ろし、告げる。
「理由は簡単だ……お前は、俺に、殺される」
そして、静井をなぶりにかかる。
茨から解放された一同は、それ以上戦闘に介入することはなかった。内に秘めたるダークネスを解放した零の殺気に、傍観者となることを強いられてしまった。
「ごほ……っ、零っ……」
それでも迎撃しようとする瀕死の静井を、零は圧倒的に凌駕する。裂けた腹に蹴りを入れ、頬を殴りつける。驚くべき速度、攻撃力。そんなものに目を奪われている暇はない。
闇堕ちだ。それが今の時は味方だとわかっていても、悠は冷や汗を止められないまま、しゃがれた声で零を呼ぶ。このままでは零が、学友が、遠くに行ってしまう。
「敵味方の判断が付く内に、行け……」
返ってきた声は冷たかった。それでも、必死に理性を保った末の言葉だったのだと、一同は理解せざるを得なかった。
零の、静井を見るその表情は、一同の背に怖気を奔らせた。一瞬で、全員が撤退を決め込んだ瞬間であった。
「すまんな…暫く、戻れそうにない」
そんな呟きが、最後に聞こえた気がした。その意味を一同が考えている暇もなく、目の前の光景は移ろいゆく。
腹を裂かれ、いたぶられ、分が悪くなったと判断したのか、茨に身を包み、やがて、闇に溶けるように消えて行った静井を見やると、どこか嬉々とした様子で零も駆けだした。
十中八九、静井を追って行ったのだろう。
「零っ!!!」
だんだんと遠くなる背中に手を伸ばし、東の叫びが空に轟いた。
作者:ゆたかだたけし |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:黒夜・零(黒騎士・d00528) |
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種類:
公開:2013年4月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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