桜の樹の下には、死体が埋まっているという

     とある学校の校門前に植えられた、一本の桜。
     その桜の樹の下には、かつて行方不明になった女生徒の死体が埋まっているという。
     その事件の容疑者とされた男性教師が留置場で自殺してしまい、女生徒は今も見付かっていない。
     そして事件からしばらくして、学校で不可解なことが起きる。校門前の一本の桜の樹だけが、なぜか開花時期よりひと月も早く満開になったのだ。
     それから、件の男性教師はその桜の下に女生徒の死体を埋めていたのではないか、などと噂されるようになった。
     そして噂はさらに続く。深夜にその桜の下を掘り起こそうとした人が、翌日から行方不明となった、というものだ。
     『自身の罪を暴かれることを恐れた教師の霊に殺された』だの、『一人ぼっちで寂しい女生徒に冥界へと連れ去られた』だの、色々と語られている。
     以来その学校では、桜の樹とかつての事件を関連付けて語るのは禁忌とされたのだった。

     ――というような顛末を、エクスブレインと共に教室へとやってきた文月・咲哉(ある雨の日の殺人鬼・d05076)が語った。
    「禁忌だってのに、なんで広まってんだって話だよな。ま、禁忌はえてして破られるためにある、ってことなんだろう」
     咲哉から引き継ぎ、神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)が説明を続ける。
     ここからは根拠のないただの噂話ではない。灼滅者が対処すべき『都市伝説』の話だ。
     ヤマトが解析によって得た情報によると、深夜にこの桜の下で条件を満たせば、『教師と女生徒の霊』が出現して襲ってくるらしい。
    「条件は二つ。事件と桜を関連付けた噂話をすること、そして桜の下を掘り起こそうとすること。
     お前たちには、実際にこいつらを出現させて倒してきてほしい」
     もちろん彼らは、本物の教師や女生徒の霊などではない。噂話がサイキックエナジーを得て実体化しただけの存在。
     一般人に被害が及ぶことを防ぐためにも、必ず倒さねばならない敵である。
    「女生徒の方はそれほど強くはない。埋められてグズグズに腐ってる、って設定からかゾンビみたいな姿で現れる。もちろんダークネスの眷属なんかじゃないぜ?」
     そして灼滅者にとって脅威度が高いのは、男性教師の方だろう。
    「こいつは女生徒に比べちょっとばかし強いぜ。留置場で衣服で首吊り自殺したってのが噂話に尾ひれをつけたらしく、手にロープを持って攻撃してくる」
     そしてそのロープを使い、こちらを捕縛するような攻撃をしてくることも予測されている。
     とはいえ、相手はダークネスやその眷属ほどの難敵ではない。油断をしなければ問題にはならないだろう。
    「俺たちには、過去の事件を解明するなんてことはできない。第二、第三の犠牲者を未然に防ぐってだけだ。
     だから行って、そんな亡霊消し去ってこい。絶対にな!」
     ヤマトの激励を受け、灼滅者たちは教室をあとにした。


    参加者
    駿河・香(雪割りのアッラ・d00237)
    御子柴・天嶺(碧き蝶を求めし者・d00919)
    小鳥遊・詠子(天が祝いし鈴の歌姫・d01902)
    西海・夕陽(日沈む先・d02589)
    文月・咲哉(ある雨の日の殺人鬼・d05076)
    緋薙・桐香(針入り水晶・d06788)
    天笠・伊織(ビーシュの花籠・d08907)
    成瀬・透夜(空色日和・d14113)

    ■リプレイ


     ――とある学校へと続く並木道。植えられた桜はその日、ちょうど満開の見頃を迎えていた。
     そのうちの一本、件の桜の下へと集まった灼滅者たちは、都市伝説を出現させるべく掘削班と噂話班とに分かれていた。
    「で、例の幽霊の噂だがな。発端はここの教師が女生徒に手を出した事にあったらしい。
     だが禁断の仲はそう長くは続かなかった。次第に面倒臭くなった教師が、別れ話を切り出したんだ。
     でも女生徒の方が納得しなくてな、学校に関係をバラすと脅し始めた。
     マズいと思った教師は女生徒をこの桜の下に呼び出し、背後からロープで……」
     ――という文月・咲哉(ある雨の日の殺人鬼・d05076)のサスペンス仕立ての語り口に、探偵倶楽部の部員である緋薙・桐香(針入り水晶・d06788)が怪奇小説風味の推理で続ける。
    「痴情のもつれ……ですか。いえそれすらも、操られていたとしたら……?
     実はこの桜は、負の感情を餌にする妖樹なのです。
     死という最高の負の感情を吸収すべく、人の心を惑わせ、そして死体を埋めさせる……。
     ――そんな負の連鎖が、この悲劇を引き起こしたのです!」
     そう節を付けるように語る桐香。その様はまるで、推理小説の探偵のようであった。それは何如にも楽しそうで、彼女が根も葉もない噂話にノリノリであることは明らかだった。

    「でもま、桜の樹の下に――ってのは、定番の怪談よね」
     桜の下を大型スコップでかき分けながら、駿河・香(雪割りのアッラ・d00237)はつい噂話に口を挟む。
    「確かに桜には、人を惹き付ける妖しさがありますからね。
     女子生徒と教師の霊によって、こうして木の下を確かめに来た人まで食べてしまう、人喰いの妖怪桜になってしまっていた、なんてことも……。
     なにしろ桜の木には、埋められた死体を養分として美しく咲く――という話もありますから」
     ヘッドライトで掘削班の手もとを照らしながら、天笠・伊織(ビーシュの花籠・d08907)は香の言葉に応じた。もっとも噂話班の伊織だが怖い話は苦手なので、恐る恐るといった声音だ。
    「あ、それ私も聞いたことある。花が薄く色付いてるのは、血を吸い上げてるからだとかなんとか」
    「それなら俺もあるな。桜の花は元々は綺麗な純白の花弁なんだけど、埋まってる死体の血を吸っているから、薄紅の花が咲くんだって」
     伊織の話に、香は作業を続けつつ返す。さらに同じく掘削担当の御子柴・天嶺(碧き蝶を求めし者・d00919)も続いた。
     そんな、掘削班をも巻き込みながら盛り上がる噂話班に負けじと、西海・夕陽(日沈む先・d02589)は猛烈な勢いで掘っていた。
    「というか盛り上がり過ぎですよ……」
    「ええ、皆さんの噂話で怖さ倍増です……。こうして穴を掘っていると、何だか出てきそうですからね」
     実体のない怪談話が苦手な成瀬・透夜(空色日和・d14113)も、掘削に集中して気を紛らわせている。
    「――まあ、全部妄想ですが。木の下に死体、桜も大変ですわね……。有名税といった所ですか」
    「うふふ、本当に全て妄想かしら? 負の連鎖は、既に終わっているの?」
     桐香の言葉にそう応じたのは、小鳥遊・詠子(天が祝いし鈴の歌姫・d01902)だった。皆が手に頭にとライトを携えている中、詠子だけは蝋燭の明かりを手にしていた。


    「実際、とてもこの桜は美しいですわ。
     先生は妖樹に魅せられ、この桜で花見がしたかった。だから彼は、桜の下を掘られる事をとても嫌う。
     一方で殺されたその子も、体は腐敗して醜くなって、誰かに発見して欲しくても、もう誰にもこんな姿は見せられない。
     自分の上で噂話をする、綺麗な体の少女達が許せない。だから声をかけるのだけれど――」
     詠子はその美しい声で朗々と語る。掘削班は土を掘る手を止めることはなく、しかし詠子の口上に聞き入っていた。
    「その声に振り向いては駄目。醜い姿がそこにあるのだもの。
     許せない――見られた事も、その言葉に反応した事も。だから振り向いた子も、同じ目にあわせてあげるの。
     ――ほら、聞こえません?」
     直後、詠子は手にした蝋燭の炎を吹き消す。まるで闇に溶け込むように、彼女の姿はふっと消え去る。
    「あなた、綺麗ね」
    「――ひ、ひゃあ!?」
     背後へと音もなく近寄っていた詠子に耳元で囁かれ、伊織は思わず飛び退いた。
    「うふふ、なーんちゃって♪」
    「お、おどかさないで下さい、詠子さん……」
     詠子は渾身の諧謔が決まったことで心底愉快そうだった。そしてペンライトを取り出し、哨戒すべく周囲を照らす。

     ――すると、詠子が照らした先に人影が見えた。灼滅者たちが目を凝らすとそれは、土気色の崩れた肌に、ところどころ骨を覗かせる女生徒の姿だった。
    『で、でたー!?』
     詠子の話に聞き入っていた何人かが、都市伝説の出現に思わず声をあげる。しかしそこは灼滅者、恐慌に陥ることなく配置につく。
     一早く行動に移った香は、瞳にバベルの鎖を集中させ攻撃に備えた。
    「みんな気を付けて、『教師』がまだ出てきてない!」
     香の言葉に仲間たちは周囲を窺い、もう一体の敵――くたびれたスーツ姿にロープを携えた男性教師を発見する。『教師』は偶然か否か、『女子生徒』と灼滅者を挟撃する形で出現していた。
    「……やれやれ、仕方無いな」
     気怠げな呟きと共に、咲哉は愛刀『十六夜』の封印を解く。本隊が女子生徒を撃破するまでの時間を稼ぐべく、教師の前へと飛び出した。
    「――よう先生、お前の相手はこっちだぜ」
     そして一転して好戦的な笑みを浮かべながら、十六夜の斬撃で敵に足止めをかける。
    「……ゾンビは少し怖いですので、私も貴方の相手をさせてもらいます!」
     さらに伊織は仲間たちとの距離を保つべく、教師へと濃密な殺気を放ち牽制をかけた。

    「さぁて、こっちも存分に暴れさせてもらいましょうか」
     そう言うと桐香は、前衛の仲間を支援すべくヴァンパイアミストを放った。
     桐香の援護を受けた天嶺は得物を抜き放つ。柄も刀身も全てが漆黒、そして下げ緒のみが鮮やかな蒼色の刀である。
     内から湧き上がる炎を愛刀へと纏わせながら、女子生徒へと斬り掛かった。
    「炎には浄化の力があるんだ……、焼き尽くせ!」
    「ウ、ウグゥァァア――!」
     天嶺によって斬り付けられた女子生徒は、苦悶の呻きをあげながらも炭化しかけの腕で天嶺へと反撃を試みる。
    「ここは引き受けた、っと言うかこれが今回の役目ー。でもかなり痛いっ」
     天嶺へと向けられた女子生徒の攻撃を、体力に余裕のある夕陽がシールドを展開して庇った。
    「ウゥ……。オ願イ、私ヲ一人ニシナイデ……」
     腐敗と天嶺の炎によって半身を崩壊させつつある女子生徒へと、詠子の影業の刃が見舞われる。
     そして続け様に透夜の槍による強烈な一撃が、女子生徒の崩れかけの身体を穿った。
    「ホラーは苦手ですが、実体化してしまえばこちらのもの――ですよ」
     槍に身体を貫かれた女子生徒は、そのまま跡形もなく消滅した。


    「――Ready Go!」
     コードを口にし影業の封印を解く香。女子生徒の消滅を確認するなり、軽やかなステップと共に影の刃を放って、残った教師を斬り付ける。
    「ガァ――! 見ルナ、桜ノ下ヲ探ルンジャナイ!!」
     ロープを手に香へと向かう教師の前に躍り出た夕陽は、敵の攻撃を凌ぎながら無敵斬艦刀を振り被る。
    「燃えろっ無敵斬艦刀っ――いぃぃぃっとぉぉぉ! りょーだんっ!!」
     そして夕陽は、炎を纏った得物による渾身の斬撃を見舞う。
    「――Erzahlen Sie Schrei?(悲鳴を聞かせて?)」
     解体ナイフを解き放った桐香は、夕陽の攻撃に怯む教師の背後へと回り込んだ。
    「さぁ、お前はどんな悲鳴をあげてくれるのかしら?」
     桐香は普段は内に秘めた嗜虐性を露にしている。凄惨な笑みと共に繰り出される斬撃を受け、教師は飛び退くように灼滅者たちから距離を取る。
    「ウ――ウグゥゥウァ……」
    「おっと、逃がさねーぞ。年貢の納め時って奴だ、覚悟しな」
     桜の木の上へと飛び乗っていた咲哉は、退避する敵へと回り込むように、巧みな動きで飛び降り様の斬撃を敵の死角から見舞った。。
     咲哉に斬り付けられ防御を崩す教師。天嶺はその隙を見逃さず、オーラを込めた拳を叩き込む。
    「この無数の拳の前に打ち砕かれよ……、喰らえ!」
     天嶺の強烈な連打を受け、教師は数歩たたらを踏んだ。
     敵にかなりのダメージが蓄積していると読んだ透夜は、槍を無敵斬艦刀へと持ち替えて畳み掛ける。
    「怖い思いをしたので倍返し……というわけではありませんが、覚悟して下さいね?」
     透夜の渾身の斬撃を、しかし教師はよろめきながらも紙一重のところで躱す。

     ――が、無理な体勢からの回避は教師に致命的な隙を作ってしまった。
     後方の仲間たちはその隙に乗じ、一気に倒すべく攻撃を仕掛ける。
    「ウフフ……あなたのいるべき場所はここじゃないでしょう? お帰りは、あちらですわ」
     敵を冥界へと叩き返さんとするかのように、詠子の放つ影が教師を飲み込む。
    「これ以上、美しい桜に余計な噂を付き纏わせたりはしません!」
     さらに伊織の指輪から放たれる魔弾の掃射が敵を翻弄する。しかし当たりが浅く、未だ絶命には至らない。
    「桜と一緒ね。終わりは『散る』って言うんでしょ?」
     敵に止めを刺すべく、香は狙い澄ました魔法の矢を教師へと放つ。
    「ア……アァゥ……」
     過たず放たれた矢はもはや必中と言うべき精度である。香の魔弾に貫かれた敵は、ボロボロと崩壊を始めている。
    「桜は潔く散るものよ、お前も散る時は綺麗に咲いてね?」
     そして駄目押しとばかりに、桐香の紅蓮の刃が敵を薙ぎ払う。
     桐香のオーラの残滓か、はたまた敵の鮮血か――都市伝説は、桜花の如き薄紅色の塵だけを残して消え去った。


     二体の都市伝説が完全に消え去ったことを確認した灼滅者たちは、盛大に掘り起こしてしまった桜の下を埋めにかかった。
     もっとも一度掘り起こした地面を完全に戻すことはできないが、一般人の犠牲を防ぐために必要だったのだ。あとはこの学校に任せるほかないだろう。
    「お疲れ様です、これで全て片付きましたね」
    「はい、皆さん大した怪我がなくてよかったです!」
     作業を終え、仲間たちを労う透夜。そしてもっとも怪我をしているはずの夕陽は、しかしその言葉に元気そうに返した。
    「綺麗……ですね」
    「桜の樹の下には死体が埋まっている……か。美しさの影には犠牲がある、そう思わせる程に綺麗なのもまぁ確かだな」
     物言わぬ夜桜を見詰め呟く伊織に、咲哉もまた独白するように応じた。
    「……でも、この桜の下には何もありませんでしたね」
     詠子はふと、そんなことを呟く。
     今回灼滅者たちは、ある程度広範囲を掘ってみた。それでも結局、何かを発見することはできなかったのだ。
    「噂は所詮噂――ですか。今頃本物の女生徒さんは、どこでどうしているのでしょう」
     そう言う桐香は、戦闘を終えて穏やかな声音に戻っていた。
    「真相は分からないけど……、その女子生徒が今もどこかで幸せだったら良いですね」
     桐香の言葉に応じるように、天嶺は行方不明の少女の身を案じた。
    「さて、何にしても終わった終わった。こんな深夜にうろうろしてる理由もないし、さっさと帰りましょ。
     で、ものは相談なんだけど……。帰り道、途中まで一緒な人、いる?」
     どことなく縋るような声音で言ったのは、怪談じみた依頼の余韻が抜けきらない香だった。
     そして灼滅者たちは学園へと、ギリギリまで皆で一緒に帰るのだった。

    作者:AtuyaN 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年3月28日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 8
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ