●今日も染まる手
小さいころから、アカが好きだった。
りんごのアカ、炎のアカ。別にアカなら何でもいい。でも、特に好きなのは――
「綺麗なアカ。なあ、そう思わねえか?」
ふ、と、奇妙な凹凸を持つニット帽をかぶった青年、矢崎は笑う。彼の手は真っ赤な赤い色で染められており、その腕は明らかに太く変形していた。
「は、はい。そうっすね」
矢崎に手のひらを差し出された男が、びくりと体を震わせて何度も何度も首を縦に振る。
そんな男の怯えきった姿を一瞥した矢崎は、しかしまるで興味がないのか、すぐに自らの手のひらへと視線を戻した。
「山猫はこれで三回目か? だが飽きねえ……きれいなアカだ」
動物の血というものは、青空にも夕空にも、そして夜空にもよく映える。こうして赤い血を空にかざして見るのが、最近の矢崎のお気に入りだった。
だが、まだ見たことのないアカがある。
「人のアカは、どんなにきれいだろうなあ?」
うっそりと笑う矢崎のニット帽は朝日に照らされ、ふくらんだその縫い目から、黒曜石の角が覗いてた。
「彼は、登山部の部長をしているようです」
五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は、緑に溢れた写真を何枚か差し出しながらそう説明した。
「村にある唯一の中学校で……ですが、登山部とは名ばかりで、力に自信のある男子が集まって、山に入って動物たちを殺しています」
彼らが住むのは山々に囲まれた小さな村。一歩山の中に入ってしまえば、そこは動物たちの住処だ。
「彼は闇堕ちしかけていますが、完全に闇堕ちしたわけではありません。人としての意識も残っていますから、灼滅者として目覚める可能性もあります」
灼滅者としての素質があるのならば、救済を。完全なダークネスとなるのならば、灼滅を。
姫子は真っ直ぐに灼滅者たちを見つめた。
「今までのターゲットは動物でしたが、次は人を襲います。その日、村で行われる祭に参加する少女を、山の中に連れ込んで」
道に迷った少女を案内するふりをして、部員の四人が少女を矢崎のもとへと連れて行くのだ。初めこそ矢崎に憧れて登山部に入部した部員たちは、今や恐怖で縛り付けられて矢崎の言いなりだった。
「皆さんは、女の子が矢崎さんのところまで連れて行かれたときに接触を図ってください」
少女はまだ小さい。いくら案内してくれると言われたとはいえ、山の中に連れ込まれ、矢崎を前にした頃にはショックで気絶してしまっているという。
「女の子の身柄を安全な場所に移すことさえ出来れば、他に一般人が入り込んでくることはありません。ですが、山中ですので地の利は向こう側にあると思っておいてください」
時間帯は夕方で、長引けば日が沈んでしまい、さらに状況は悪くなる。
「攻撃は鬼神変で変形した腕で殴りかかってくる他に、足を変形させて高く跳び上がって蹴り下ろしたり、足で薙ぎ払って来たりします」
矢崎に怯えきっているという部員達も、力に自信があるだけあって運動神経は良いらしい。
「矢崎さんはもともと冷酷な一面があったようですが、説得が全く効かないというわけではないと思います。心の底から呼びかければあるいは……」
姫子はだんだんと下がっていた視線を、ぱっと前へと持ち上げた。
「灼滅者となれば、必ず私達の力になってくれる存在です。その分手強いですが、どうぞよろしくお願いします」
参加者 | |
---|---|
皇・ゆい(血の伯爵夫人・d00532) |
雨谷・渓(霄隠・d01117) |
迫水・優志(秋霜烈日・d01249) |
九条・茜(夢幻泡影・d01834) |
矛盾・和幸(中学生脳筋似非中華・d08713) |
物集・祇音(月露の依・d10161) |
咲宮・響(薄暮の残響・d12621) |
炬里・夢路(漢女心・d13133) |
●接触
「(祭かぁ……なんか美味いもんないかな?)」
祭でにぎわう村を抜ける際にはそんなことを考えていた矛盾・和幸(中学生脳筋似非中華・d08713)は、村とは正反対に静まり返る森の中、木の幹に預けていた身をそっと起こした。
――もうじきだ。
首からかけたロケットをきゅっと握りしめ、どうか上手くいきますようにと心の中で念じる。
そんな和幸を視界の隅で捉えながら、同じように木々に身を隠す雨谷・渓(霄隠・d01117)は少し離れた場所に一人で立つ少年、矢崎をじっと見つめた。
「(誰かの血で手を赤く染める前に、彼の心に声が届けばいい)」
そう祈るようにそっと瞼をおろし、音もなく息を吐いて気を引き締める。
「(これ以上被害者を増やさないためにもなんとかしなきゃね)」
矢崎を挟む様にして和幸達とは反対側で息をひそめる九条・茜(夢幻泡影・d01834)も、両の手をぐっと握りしめて同じように気合いを入れていた。
些細な物音さえ逃すまいとする張り詰めた空気の中、ぱきぱきと小枝を折るような音が聞こえてくる。
「暴れんなって!」
「じっとしてろよな」
ついで聞こえた数人の少年の声に、瞬時に茜はすぐ傍に立つ迫水・優志(秋霜烈日・d01249)と炬里・夢路(漢女心・d13133)に目配せをした。目が利く物集・祇音(月露の依・d10161)が矢崎の視線の先を見据える。
「や、やだっ! いっ……」
こもった少女の声が不自然に途切れ、すぐに声の主たちが姿を現した。体格のいい少年が四人と、だらりと力を失った少女が一人。
「遅ぇぞ、お前ら」
それまで空を見上げていた矢崎が気だるげに視線を前に戻したところで、四人は勢いよく地を蹴った。矢崎を挟んだ向かいからも、同じタイミングで四つの影が飛び出す。
「なっ?!」
矢崎と部員達の間に割って入るようにして突然現れた八つの人影に、少女を引きずるようにして連れてきた部員が目を見開いた。
咲宮・響(薄暮の残響・d12621)の腰から下げられた懐中電灯に照らされ、矢崎がうっとうしそうに目を眇める。
「なんだ、テメェら」
「そこまでよ」
「ああ?」
皇・ゆい(血の伯爵夫人・d00532)が矢崎をけん制するように一歩前に踏み出し、ぶわりと殺気を放って殺界形成を行う。反対に部員達の方を向く夢路はパニックテレパスを発動させた。
「ここから遠くに離れなさい!」
ただでさえ予想外の事態に混乱していた部員たちのうち二人が、突然のパニック衝動に連れてきた少女の身を放り出した。力なく投げ出される小さな体を、茜が地面に落ちる前に抱きとめる。
「九条、行け!」
優志の声を背中で聞きながら、茜は右往左往する部員達の間をすり抜け、気絶した少女抱えて走り去った。
●衝動
「なんなんだよ! 部長の邪魔すんな!」
突然逃げ出した仲間を呆然と見つめていた部員の一人が、はっと我に返って一番近くにいた優志に殴り掛かる。だが、所詮は素人のパンチ、優志はするりと真正面から飛んできた拳をよけると、逆にその腹を蹴り飛ばした。
「邪魔すんなはこっちの台詞だ」
たった一発で気を失ってしまった部員を見下ろし、優志がため息を吐く。
それまで静かに状況を見守っていた矢崎は、最後に残った一人の部員と目があうと、つ、と目を細めた。
「逃がした女の代わり、お前がやるか?」
「やめてください!」
渓が部員を庇うように声を上げるが、びくりと体を震わせた震えたまま矢崎を見つめる。
「そうだ、こいつらのうち一人を寄越せば、お前は見逃してやる」
まるであざ笑うように囁く矢崎に、ついに優志がジャッジメントレイで光条を放った。が、矢崎は高く後ろに飛び上がってそれを避けると、そのまま木の枝を掴んでくるりとそこに乗り上げる。
「ちッ」
舌を打つ優志に、取り残された部員は意を決したように首を大きく振ると、
「う、ああッ!」
矢崎へと顔を上向けていた響に飛び掛かった。ぱしん、と乾いた音が響く。
響は、部員の拳を容易く手のひらで受け止めていた。そしてそのまま、薙ぎ払うようにして部員の体を振り払う。
「次割ってきたら本気で殴んぞ!」
「ひぃっ」
後ろの木に体をぶつけた部員に、響の怒声が飛ぶ。それで腰が抜けたのか、部員がそのままじりじりと這いずるようにして逃げていった。祇音の霊犬・菊理が、そのあとを追いたてるようにして唸り、威嚇する。
「……クソが」
小さくなっていく部員の背中に小さく吐き捨てた矢崎が、めきめきと変形させた腕を振りかざし、とん、と枝を蹴った。
「和幸ちゃん!」
夢路の放った防護符が和幸に届くのとほぼ同時に、矢崎の腕が和幸の頬を掠める。
「っあ、ぶねぇ、なっ!」
お返しとばかりに放たれたレーヴァテインの炎に、矢崎は一瞬動きを止めた。その隙を見逃さず、祇音の影が矢崎を包み込むようにして伸び上がる。
変形させた足で矢崎が飛び上がる刹那、祇音の声が矢崎にとんだ。
「アンタはどうしてアカに魅せられてるんだ? 俺が纏う衣も紅だが、アンタはどんな反応するかな」
「っ」
反応した矢崎に追い打ちをかけるように、ゆいの鋼糸が迫る。
「私の糸は綺麗でしょう? 貴方の大好きなアカよ」
すぱん、と矢崎の首に裂傷が走った。
●説得
今まで、そして力を得てからは特にけがなどすることがなかったからなのか、矢崎は自らの首から滴る血にぱちぱちと目を瞬かせた。傷口をなぞるように指を術らせ、濡れた指を眺める。
「人の血を見た感想はどう?」
ゆいにそう尋ねられると、ようやく我に返ったかのようにはっと息を飲んで距離を取るようにその場を飛びのいた。
「……想像してたのと違う、って顔ね」
「っ! う、るせぇ!」
図星を着かれて激昂したのか、矢崎がそれまでのどこか呆けた様子からは想像もでき程の俊敏さで飛び上がり、ゆいを殴り飛ばした。
「ゆい先輩ッ!」
ちょうど戻ってきた茜が、吹き飛ばされたゆいの姿に悲鳴にも似た声を上げる。すぐに指輪に手をかざし、
「闇よ、癒したまえ、闇の契約……!」
祈るように自らの力をゆいへと注ぎ込んだ。
「てめぇっ」
自分の血を見たことで何かのスイッチが入ってしまったのか、それまで残っていた人の意識をほとんどなくしたように矢崎が見境なく暴れ始めた。
低い姿勢から薙ぎ払うようにして振り切られる足に、和幸が悪態をつきながら飛び上がる。するとそれを待っていたかのように、矢崎は和幸の影になっていた渓に殴り掛かった。
「う、らァ!」
「ぐ……っや、ざき、さん」
左肩に沈んだ拳を、渓が息をつめながらも両手で抑え込む。
「思ったより、綺麗に見えなかったんじゃ、ないですか?」
苦しげに顔を歪めながらもそう言われて、矢崎はびくりと体をこわばらせた。がら空きになった背中を、菊理が斬魔刀で斬りつける。
「い、っこ、の……やろッ」
渓を振り払うようにして振り向きざまに背後を殴った矢崎の拳を、祇音が同じ鬼神変で受けた。
「それが出来るのはアンタだけじゃねえんだ……!」
驚いた矢崎は力負けし、ぐらりと後ろに体勢を崩す。
「歯ぁ食いしばって踏ん張れよ? 矢崎!」
響の抗雷撃が、矢崎の鳩尾に入り込んだ。ぐ、と目を見開いて体を折り曲げた矢崎は、すぐに足を変形させると離れ際に響の脛を蹴りつけた。
「清めの風!」
茜の鋭い声と共に穏やかな風が吹き、響や先ほど膝をついた渓を癒す。すでに回復したゆいの結界糸が、矢崎の左腕を捕えた。
「貴方はまだ戻れるでしょう? 今のアカだけが全てじゃないわ」
「そうだ。まだ……間に合うだろ。堕ち切るなよ、矢崎!」
ゆいに続くようにして優志が声を荒らげ、再び裁きの光条を放つ。ゆいに動きを封じられたままの矢崎はよけきることができずに、その光条に右脇腹を貫かれた。
傷に気を取られた矢崎に、鬼神変を使った夢路が素早く飛び掛かる。咄嗟に変形させた腕で応じた矢崎は、そのまま夢路はぎりりと睨みあった。
●綺麗なアカ
「っ、アタシもアカは好きヨ、遠い国にしか咲かない真紅の花。地中の岩から生まれる緋色の石。こんな井戸の中じゃ知らないでショ。アナタはこのアカで本当に満たされたの?」
双方腕を押し合いながら、夢路が真っ直ぐに矢崎の目を見つめる。ぐっと唇を噛んだ矢崎は、ちらりと自らの腹部を濡らす血に目をやった。
アカい、赤い血。
「ねェ、もっと綺麗なものがあると思わない?」
その時僅かに矢崎の力が緩み、身体が夢路から離れた。その瞬間を見落とすことなく、優志のデッドブラスターが矢崎の右肩を掠める。
「ぐ、ぁッ」
よけようとしてバランスを崩したその懐に、渓が飛び込んだ。
「貴方が、本当に望むものは何ですかっ、退屈凌ぎに、力を持て余し奮うのなら、学園に来て強い相手との戦いへ身を投じてはいかがです? その時に見る赤は、もっと綺麗ですよ……!」
閃光百裂拳で矢崎と拳を交えながら、精一杯届くようにとその心に語りかける。
鬼神変で渓の拳を受け流しながらも押されてじりじりと後ずさっていた矢崎が、ふっと渓の目を見た。
「ッ……も、っと?」
先ほどの夢路に言われたときから引っかかっていたのか、初めて矢崎がまともな反応を返す。
「ええ、もっとです」
「……っ」
ぎゅっと眉を寄せて唇を噛みしめた矢崎の鳩尾に、まともに渓の拳が埋まる。声もなく吹き飛ばされた矢崎を、祇音が木の幹に押し付けるようにして捕えた。
祇音の後ろから、響が静かに語りかける。
「俺達は自分や他人の為に自分達の血を流してる。ただ無闇に流されるものより、他人の為に流すもんの方が、何倍も綺麗なのをお前は知らないだろ?」
小さく息をのむ音と共に、矢崎の目が真ん丸に見開かれる。
「俺たちの組織に来てみろよ。お前が今まで見てきたアカよりも綺麗なの、きっと見せてやれるから」
にっこりと笑って言った和幸に応えるように、矢崎の身体ががくりと力を失う。
優志がその頭からニット帽を外すと、帽子と共にぼたりと黒曜石の角が落ちた。
「じゃあ、私は女の子を親御さんのところまで送り届けてきますね」
「ああ、頼んだ」
負傷した仲間の手当てを済ませて笑う茜に祇音が応じ、響と優志、ゆい、夢路も同じように頷いて見送る。
鮮やかな夕日に照らされてんん、と伸びをした和幸は自らの三つ編みを指で弄り、思いついたようにぱっと顔を輝かせた。
「そうだ! 俺はこれから祭りに行こうと思う!」
「は?」
突然の宣言に皆がぱちくりと目を瞬かせる中、う、と小さなうめき声と共に気を失っていた矢崎が身じろいだ。自然と、視線が矢崎へと集まる。
ゆっくりと瞼を押し上げた矢崎に、夢路がしゃがみ込んでにっこりと笑った。
「ハァイ、お帰りなさい。歓迎するワ」
作者:なかなお |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年3月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 8
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