●幸せというもの
それは悟を守るように立ちはだかっていた。それは杖を持ち、ファンシーな衣装に身を包んでいた。それは一見すると普通の少女のようにも見えた。
だがそれが普通の人間の少女ではないことなど、聞かずとも分かっていた。
――コルネリウス。
自然とその名前が、月詠・千尋(ソウルダイバー・d04249)の脳裏に浮かぶ。そしてそれと同時に、頬を一筋の汗が伝った。
対峙した瞬間に分かった。可愛らしい姿をしているが、それは今まで出会ったどんなシャドウよりも格上の存在なのだということが。
しかしだからといって、引くわけにもいかない。
「……コルネリウス、だね? 悟を、返してもらうよ」
「それは駄目です。だってあなたたちと行ったところで、悟君は幸せになれないのですから」
拒否されたのは予想の内だ。だがまさかそこに、幸せなどという言葉が含まれるとは思ってもみなかった。
「……君と一緒なら、悟は幸せだ、と?」
「はい。魂が幸せならば、人は幸せになれます。そしてわたしならば、それを果たせます」
それは事実なのかもしれない。確かに目の前のダークネスは、それを可能に出来る程の力があるのだろう。
だが。
「なるほど、つまりお前は悟少年を夢の中で幸せにしてみせる、と?」
「そうです」
「無意味だな。夢の中でだけ幸せになってどうする」
「それはいけないことですか? 辛くとも現実で生きろと? 夢の中ならば誰だって幸せになることが出来るのに?」
「……それが、生きるということ。確かに夢の世界は楽だけど、困難に立ち向かわなければ強くなれない」
「強くなる必要なんてないじゃないですか。だってずっと夢の世界で生きていけばいいのですから」
「それでは葛葉君の両親や周りの人が悲しみます」
「では、あなたは他人の幸せのために悟君に犠牲になれというのですか?」
「そうではありません。そうなったら葛葉君も悲しむと言っているんです」
「そうですね、家族や友人は大切です。ですが、望むのならばそれも私は与えてあげることが出来ます。何の問題もありません」
「……なるほどね。確かに自分の幸せを追求するってのは大事だ。何のかんの言っても、結局はそこに行き着くことになるだろうし。だけど、それだけを求めるってのは違うんじゃないかな?」
「というと?」
「人は与えられるだけじゃ幸せになれないってことだよ。むしろ与えることで、幸せってのがどういうものなのかを感じることが出来る」
「それは夢の中でだって可能です。それも現実のように人から裏切られたり傷つけられたりする心配がないので、確実に幸せになることが出来ます」
「それは……確かに、幸せを感じるかもしれない。でも、そんなのは間違ってるよ!」
「間違いとはなんですか? 幸せとは、誰かに決められるようなものなのですか? ダークネスになる事ができずに、灼滅者なんて不良品になってしまって不幸ですね……と言われたら、あなたは不幸になるのですか?」
「お前によって与えられた幸せも、お前によって決められた幸せだろう」
「違います。私は悟君が望むことしかしませんし、望まないことは絶対にしません」
「それは、堕落です」
「いけませんか? それで幸せを得られるのならば、何の問題もないじゃないですか」
その言葉に、処置なし、とばかりに犬神・沙夜(ラビリンスドール【妖殺鬼録】・d01889)は溜息を吐いた。その気分は他の皆も同じだ。
白鐘・睡蓮(火之迦具土・d01628)、ライラ・ドットハック(サイレントロックシューター・d04068)、寺見・嘉月(自然派高校生・d01013)、無常・拓馬(魔法探偵半端ねえぜ・d10401)、金井・修李(無差別改造魔・d03041)、明鏡・止水(中学生シャドウハンター・d07017)。
それぞれが自分の思いを自分の言葉で口にしたが、暖簾に腕押し。コルネリウスの意思は微塵も揺らいでいない様子だった。
平行線だ。おそらくそれらの言葉は本心から言っているのだろうということは分かる。しかしだからこそ、コルネリウスは譲らない。
その内容も、実際は否定しきることは出来ないものだ。少なくとも、間違っていると断定できるものではない。人によっては一利あると、頷いてしまう者もいるかもしれない。
だが、そこに悟の意思は含まれていない。
「……悟」
コルネリウスを無視して、千尋は悟に優しく話しかけた。突然自分に向けられた言葉に悟は驚いた様子だったが、そこに拒絶の態度は見られない。
おそらくは今の問答から、自分のために頑張ってくれている、ということを感じ取ったのだろう。
「悟は、どうしたい? ここに残る? それとも……」
焦らせないように、焦らないように気をつける。一番大切なのは、悟がどうしたいかだ。それを間違えはいけない。
「悟がしたいようにしたらいい。ボク達はそれを尊重する。だけどボク達は君を救いにきたから、こう言うよ」
そっと、手を前に差し出す。
「一緒に帰ろう、悟」
悟は迷っている様子だった。何度もコルネリウスと千尋の顔を交互に眺める。
他の七人は敢えて何も言わなかった。ただ黙って微笑を浮かべ、悟の顔を見つめる。
そして。
悟の小さな手が、千尋に向けて伸ばされた。
直後、灼滅者達の後方、先ほど扉が出現していた場所に、再び扉が出現した。その扉より微かに見えるのは、見覚えるのある校舎。先ほど後にしたはずの場所だ。
だが。
「駄目です。悟君は帰してあげません」
やはりというべきか、それはまたコルネリウスによって遮られた。それと同時に、後ろに控えていたファンシー動物が前に出て、戦闘態勢を取る。
自分を睨みつける八つの視線を受けながら、それでもコルネリウスの表情は微塵も揺らがない。
そして。
「ですが、あなた達だけならば、安全に帰してあげることが出来ます。どうしますか?」
相変わらず敵意の一つも見せないままに、そんなことを言ってきたのだった。
参加者 | |
---|---|
寺見・嘉月(自然派高校生・d01013) |
白鐘・睡蓮(火之迦具土・d01628) |
犬神・沙夜(ラビリンスドール【妖殺鬼録】・d01889) |
金井・修李(無差別改造魔・d03041) |
ライラ・ドットハック(サイレントロックシューター・d04068) |
月詠・千尋(ソウルダイバー・d04249) |
明鏡・止水(中学生シャドウハンター・d07017) |
無常・拓馬(魔法探偵半端ねえぜ・d10401) |
●四度目にして掴んだもの
誰かが明確に言葉にしたわけではなかった。だがその視線や態度から察したのだろう。
「仕方ありませんね。悟君、少し怖いかもしれませんけれど、心配しないでくださいね?」
言葉の直後だった。可愛らしかった外見のものが、不気味な怪物へと変貌を遂げる。
予想済みであったために八人は驚くことはなかったが、悟は別である。
「……っ!」
声にならないのは驚愕か恐怖か。
しかしそちらに気を取られている暇はなかった。即座に八人へと一斉に触手が襲い掛かってくる。
寺見・嘉月(自然派高校生・d01013)はそれをかわし四つ星で切り裂きながら、教室で戦ったのと比べ手強くなっているのを感じていた。
しかしそれを理解した上で。
「貴方の主張に言いたい事は多々ありますが、その前に一つ」
コルネリウスへと言葉と視線を向けた。
「そこまで葛葉君に執着する理由は何です?」
コルネリウスに問いが向いている間にも、構わず触手は襲い来る。その全てを斬り裂きながら、明鏡・止水(中学生シャドウハンター・d07017)も視線を向けた。
「葛葉を留める理由は、寂しいからか? それとも――」
しかしコルネリウスが示した反応は、二人が予想していたものとは異なっていた。
「あなた達は、誰かを幸せにしようとするのに理由が必要なのですか? その相手を幸せにするのを、簡単に諦めてしまうのですか?」
そう言って、不思議そうに首を傾げたのである。
「……なるほど」
頷きの言葉は、コルネリウスよりほど近い場所から発せられた。
「てっきり悟の幸せに託けて何かを企んでいるものとばかり思っていたけれど」
月詠・千尋(ソウルダイバー・d04249)だ。
元より八人の中では最もコルネリウスに近い位置に居たが、今はそれよりもさらに近づいている。
もっとも千尋の頭にあるのは、徹頭徹尾ただの一人だけである。
「葛葉、走れ!」
それをサポートするように、止水が声をかけた。
だがそれに即座に反応するには、今まで起こった全てを瞬時に受け入れるには、少年は幼すぎた。
出来たことはただ一つ。一歩前に出る。それだけだ。
だがそれだけで十分だった。
伸ばされた手を千尋が掴み、引っ張る。しかし勢いがつきすぎたのか、悟はそのまま頭から千尋へと突っ込んでしまった。
それでも悟が痛みを感じなかったのは、ぶつかった先にクッションがあったからである。
「おっと、強すぎた。ゴメンね♪」
それが何かに気付いた悟は咄嗟に顔を赤くするが、千尋に気にした様子はない。というか、その程度気にならないぐらい嬉しそうであった。
とはいえ、のんびりしている暇はない。
けれど。
「キミの行動が善意からのものだったとしても、ボク達のすることは変わらない」
コルネリウスの目を真っ直ぐに見据え、千尋ははっきりと告げた。
「悟は返してもらう」
直後、触手が殺到した。
しかしその時には既に千尋は悟を抱えて跳んでいる。
即座に触手は追撃に移ったが、二人を守るために飛び出した仲間達がそれを防ぎ弾く。だがそれでも全ては無理だった。
片腕は悟で塞がっている。片腕だけで暗器・緋の五線譜を振るうも、一本だけ落としきれなかった。
食らうのを覚悟し、それでも悟を庇えるように身構える。
「……っ!」
打撃音が響いた。
だがその衝撃が千尋にまで届くことはなかった。
「やれやれ、無茶をする後輩がいると苦労するね」
触手を防いだのは、ソーサリーシールドを構えた無常・拓馬(魔法探偵半端ねえぜ・d10401)である。
「あ、ありがとう。でも……大丈夫かい、色々と?」
色々の意味を示すように、千尋の視線が一瞬コルネリウスの方を向く。ふと視線を感じれば、触手をぼこりつつライラ・ドットハック(サイレントロックシューター・d04068)達も拓馬へと視線を向けていた。
それほど信用がないのかと思うが、普段の言動を考えてみれば苦笑するしかない。もっとも千尋達にしてみたところで、本気でそう思っているわけでもないだろうが。
けれども。
「シリアスシーンくらい先輩面をさせてやれよ、後輩」
とりあえずはそう言って、千尋達を守るために構えるのだった。
●慈愛のコルネリウス
「さて、コルネリウス、でしたか」
千尋より預かった悟を背後に守るように動きつつ、嘉月は再びその視線をコルネリウスへと向けた。
「貴方の行動の理由は分かりました。ですがそれは貴方の都合です。葛葉君の望みではない」
「キミはさっきボクらの方へ手を伸ばした悟の邪魔をしたね。つまり悟の望みを断ったワケだ」
千尋も前方へと向かいながら、言葉を重ねる。
「ではあなた達は死を望んだ人は殺してあげるべきだと言うのですか?」
「それは極論だよ」
「私にとっては同じことです。ですからそれを拒否するのも当然なんですよ」
「じゃああの映像は?」
金井・修李(無差別改造魔・d03041)は向かってくる触手を撃ち落しつつ、教室での光景を思い出していた。
「悟君が望まないことは絶対にしませんって言ってたけど、してるじゃん! 悟君が一番望んでいない偽映像を見せてたじゃん!」
「悟君が望んでいなかったことは、あの状況に陥ることですよ? むしろそうしようとしたのはあなた達の方ですよ?」
「あんなことは現実には起こらない!」
「本当にそう断言することが出来ますか? 悟君はそれを忌避していたのに? しかし夢の中ならば、絶対そんなことは起こりません」
「だが悟少年がそれを拒んだのも事実だ」
襲ってくる触手をシールドで殴り飛ばしながら、白鐘・睡蓮(火之迦具土・d01628)はコルネリウスへと視線を向けた。
「幸せとは何かの形ではなく歩んできた道だ。辛抱を重ね、一筋の道が拓けた時にそれは幸せとなる」
睡蓮は思う。悟は強い、と。
もしも両親を蘇らせてくれたら、それが夢だと、偽りだと分かってはいても、自分は跳ね除ける意思を持てなかっただろう。
「自らの足で歩みを進める道が無かったらそれは砂上の現象でしかない。辛さを知るから幸せを感じ取れるんだ」
でもだからこそ、そう思う。
「人は幸せの中にいて幸せを感じる事は無い」
戦闘中であるためか、犬神・沙夜(ラビリンスドール【妖殺鬼録】・d01889)は普段とは異なる凛々しく攻撃的な口調で言葉を繋げた。
「思い通りに行かない現実で自分にとって『何』が尊いモノかを理解した時、初めて幸せという価値観が生まれる」
万人に当てはまる答えなど無い。それは、自分で見つけなければならないものだ。
「貴様の幸せの定義は基より破綻している。押し付けの善意など悪意となんら変わず、そして彼は何処でも幸せになれる。こんな所に閉じ篭る必要性は無い」
真っ直ぐ見つめながら、そう言った。
「……人ははじめから強い存在ではない。とても脆弱のまま生まれる」
誰でも困難に出会う。だけど現実で幸せを掴む人もいる。
「……なら、なぜ人は強くなると思う? 存在すると思う?」
言葉を繋ぐ間にも、触手は構わず襲い来る。だがその全てを、ライラは邪魔だとばかりに殴り飛ばした。
「……人間の強さとは、弱さや苦しみを克服した結果、よ。そしてわたし達は克服して強く成長いくことこそ、喜びであり、幸せと感じる生物なのよ」
最も、ライラはそれが理解されるとは思っていない。けれど。
「……断ずることができる。あなたの与える愛は、人間を真に幸せにはしない。その幸せは軽すぎる。安物、よ」
悟への奮起も願い、そう言った。
「そもそも幸せじゃないと言われて、帰す気もないんだろ」
そして止水にしても、悟を渡すつもりはない。悟と共に帰るために、ここまで来たのだから。
「ここは『優しい牢獄』だな」
コルネリウスの言葉は、止水にとって『幸福になることは、義務』という風にしか聞こえなかった。
それを自ら望んだ者にとっては、確かに優しい場所なのだろう。だがそれ以外の者にとっては、牢獄と変わらない。
「相手の望みを全て叶える事は、相手の幸せには繋がらない」
偽りで固めた幸せは、ちょっとした齟齬であっという間に崩れる。
「望まれない親切は、ただの迷惑だ。幸せなのは、お前だけだろう。そんなの、今際の際の奴にでもしてろよ」
吐き捨てるように、そう言った。
「残念ながらお前が夢で与えられる幸せは、お前の想像が及ぶ範疇でしかないしかないんだよ」
人の強さは意志の強さだ。人の幸せは、未来を得ようとする覚悟で決まる。
少なくとも拓馬はそう思うし、今までずっと、覚悟を信じて今日まで生きてきた。
だから。
「悟は千尋の手を取った。それは無限に近い未来の一つを、自分の意志で選んだということ。悟の進む未来を、邪魔する権利は誰にもない!」
これまで貫き通してきた自分の生き方と信念に従って、悟は絶対に連れ帰ってみせる。
「押し付けられた幸せに意味なんてない」
本当の幸せは、そんなものではない。
「本当の幸せはね、苦しみの先に自ら見出すモノだッ!」
触手の邪魔をものともせずに叩き落し、千尋は毅然と言い放った。
「……灼滅者の皆さんは人の心に詳しいのですね」
唐突に、コルネリウスは呟いた。言葉通り、心から感心している様子でもある。
だが。
「つまり本当の幸せを得るためには、不幸な状況に陥り、努力や仲間の助けなどによって乗り越える必要がある、と。では、次からはそうしましょう」
「……え?」
それは、想定外の話の展開の仕方だった。
「仲間に裏切られる事もあるかもしれない。不幸が訪れるかもしれない。乗り越えるべき試練で、挫折してしまうかもしれない」
「何を……」
「ですが夢の中では、必ず和解できますし、幸福になれます。挫折をしても、それは必要な要素となるでしょう。最後に幸せになることだけは、決まっているのですから」
――唐突に八人は理解した。
コルネリウスは、手段や過程はどうでもいいのだ。
だから幾らそこに言及したところで、共感を覚えれば取り込むだけなのである。
ないのならば作ればいい。足りないのならば足せばいい。つまりは、そういうことだ。
だが今までのやり取りで得られたものも、確かにあった。
それに最初に気付いたのは嘉月だ。悟のコルネリウスに向ける視線、そこに恐怖に似た感情が含まれていることに気付く。
その理由を考え、すぐに納得した。コルネリウスの言葉は、実験動物を世話して観察している、というようにも取れる。
それを敏感に感じ取ったのだろう。
その悟が、不意に嘉月を見上げた。
「え、えっと……」
「はい、どうしました?」
何かを言いたげな悟を、嘉月は急かせることなく待つ。
そして。
「……僕、帰りたい」
それを拒否する理由は、誰にもなかった。
●悪夢の終わり
「少年」
唐突に沙夜は悟に話しかけた。
「私達の勝利を強く願って欲しい。それはどんな逆境も覆す力となる君の為の剣となろう」
突然の言葉に悟は戸惑った様子だったが。
「う、うん……が、頑張って……!」
精一杯の返答に沙夜は一瞬だけ笑みを浮かべると、敵に向き直る。
集めた想念を、目の前のそれにぶち込んだ。
その声は当然近くに居た睡蓮にも届いている。胸元の小袋をぎゅっと握り締めた。
自分はまだ弱い。けれど。
(「お父さん。お母さん。私に夢に、悪夢に打ち克つ力を貸してくれ」)
――救うべきを、救う為に。
「我が一閃で辛を「幸」に転じて見せる」
腕を覆う炎が、バトルオーラと合わさって揺らめく。ぶちかました。
ゆらりと修李の隣に現れたのは、人影だった。その姿は修李と同じものであったが、髪型だけが異なっている。ロングヘアーの髪を靡かせながら、影で出来たそれが修李に並び立つ。
「行くよ……! 『修浬』!」
願望を映し出した影が、願望を果たすために走る。迫る触手を悉く斬り落とし、放たれた一撃はその身体を斬り裂いた。
たまらず後ろに下がろうとしたところを、止水の鋼糸が絡みつく。
「まあ待てよ。折角だ、最後まで付き合ってけ」
言いつつ、視界の端に映りこむ二人へ向けて蹴り入れた。
しかし最後の抵抗とばかりに、そこに触手が放たれる。
だがそこに拓馬が割り込んだ。触手を斬り弾き、それでも防ぎきれないものを自分の身体を使って防ぐ。
「無常君……!」
すかさず嘉月より、傷を癒す風が届いた。ついでとばかりに飛ばされた魔法の弾が、触手の一つを弾き飛ばす。
「――やってやれ」
すれ違い様に拓馬の言葉を受けながら走りこんだのは、ライラと千尋。
握り締めるのは拳。こめるのは力と想い。
「……これで終わり、よ」
「これが悪夢からの……目覚めの一撃だッ!」
二方向から突き刺さった拳。その衝撃と、内部から生じた爆発に、その身体は粉々に砕け散ったのだった。
九対の視線を受け、コルネリウスは少し悲しげにも見える溜息を吐いた。
「もう私には悟君を幸せにすることは出来そうにありませんね……夢の裏側を知ってしまえば、楽しく夢を見ることはできないですから」
その言葉と共に、僅かにしか開いていなかった扉が完全に開いた。その意味するところは明らかだ。
だが。
「ですが、これ以上の邪魔は許しません。あなた達を夢に入れると厄介そうですから、次からは夢に入る前に倒すことにしましょう」
気にはなったものの、その意味を問うことはしなかった。
悟の手を取った千尋を先頭に、扉を潜っていく。
沙夜はその扉を眺めながら、ふと先ほど念じてみても何も起こらなかったことを思い出した。
それは予想通りではある。ただ、悟がここに干渉出来る存在である可能性などを考えていたのだが……状況等から、それも怪しい。
では何故この扉が出現したのか。
しかし考えたところで答えは出ないかと思いつつ、沙夜も扉を潜った。
最後に残った修李は、悟以外の子について聞こうとしたが、意味がないということに気付いてやめる。
代わり、というわけではないが、一つ。
「夢は所詮夢だよ。そこで得られた幸せは、本当の幸せじゃない」
「そうですか……ですが、もしかしたら、私もあなたも、赤の王様が見ている夢の登場人物かも知れませんよ? そうでないなんて、誰も証明できないのですから。それでも、同じことが言えますか?」
「……言うよ。それはやっぱり、違うって」
それ以上の言葉はなかった。黙って背を向ける。
修李はコルネリウスを否定はしない。救いたい、幸せにしたいという気持ちを持っているのはスゴイ事だし、大切だと思うから。
だから。いつかは救ってみせると、心の中で誓いながら。修李もその世界から姿を消した。
降り立った先で、ふと千尋は空を見上げた。
まだ現実に戻ったわけではない。全てが解決したわけでもない。けれど。
「長かった悪夢が終わる……」
ポツリと呟いた言葉が、空に消えていった。
作者:緋月シン |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年3月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 53/感動した 3/素敵だった 19/キャラが大事にされていた 3
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