血染めの白装束

    作者:江戸川壱号

     暗闇に、白が浮かび上がっていた。
     白の正体は、一人の女。
     真っ白な和服を纏った女は、帯や小物をはじめとして足袋や草履も全てを白で統一しており、それどころか額から首筋まで白粉で塗りかため、果ては結い上げた髪までが白かった。
     女の白さの中で、血のように赤い唇と瞳だけが際立っている。
    「ちん、とん、しゃん。ちん、とん、しゃん」
     ナイフを片手に、歌いながら女は舞う。
     優雅に、楚々として。
     そうして女が舞う度に暗闇には赤が飛び散り、女の白い着物にも朱を散らした。
     舞いが進むに従って、場に満ちるのは血臭と悲鳴。
    「さてさて。早う来ねば、作品が完成してしまうのう」
     脅え逃げ惑う人々を舞いながら追い、次々を斬り刻んでいく女の唇に浮かぶのは愉悦の笑み。
    「灼滅者とやらが相手ならば、変わった趣の作品が出来ると思ったが……。はてさて、今日の作品の仕上がりはどうなるやら」
     言葉だけは困ったように言ってみせるが、女の口元から笑みは消えない。
    「ひとつ刻めば血の華一輪。ふたつ刻めば血の華二輪。みっつ刻めば、血の花畑。咲けよ咲かせよ雪原に」
     女が歌い舞う度に、悲鳴が上がり、血飛沫が舞う。
     斬り刻まれた人々の血によって、いつしか女の白装束は赤に染まり、不規則な柄を全面に作り出していた。

    「六六六人衆の動きを予測することが出来ました」
     幾分硬い声で、五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は切り出した。
    「事件を起こすのは、六六六人衆がひとり、序列四九四番の血染屋・白雪です」
     彼女は己の纏う真っ白な着物を、人の血で赤に染め上げることを好む殺人鬼である。
     材料とする人間、場所、逃げ方、抗い方……そうした違いで全く別の血染めの着物が出来上がることを楽しんでいるのだ。
     姫子が予測した彼女が起こすであろう事件は、勝手に占拠しているらしい貸倉庫で起こる。
     白雪は人々を適当に五十人ほど攫い、この貸倉庫に閉じ込めた上で犯行に及ぶようだ。
    「倉庫には窓もなく、出入り口は正面のひとつのみ。これは両開きで、全開にすれば二メートルほどの幅になります」
     倉庫の大きさは学校の体育館程度で、中に障害物はない。
     灼滅者達が侵入した時には、倉庫の中程に白雪、その向こう側に一般人が居る状態だという。
    「バベルの鎖に察知されない為には、彼女がナイフを振るい始めた時……最初の犠牲者の悲鳴を合図として倉庫に突入する必要があります」
     倉庫に鍵はかかっておらず、僅かに隙間も空いており、悲鳴を聞くのに問題はない。
     何故なら……。
    「どうも彼女は、灼滅者の皆さんを待っている様子があるんです」
     罠かもしれない。
     けれど、放置することも出来ない。
     灼滅者が来なければ来ないで、白雪は己の『作品』を仕上げて満足して帰るだろう。
    「倉庫に侵入すれば、血染屋・白雪は基本的に一般人を放って皆さんと戦おうとします。ですが……皆さんを有効に追い詰める駒として、安易に逃がす気もないようです」
     一般人を盾にするからといって、今回の六六六人衆の力が弱いということではない。
    「これは確かなことではないのですが……武蔵坂学園の灼滅者を闇堕ちさせようという意志を感じます」
     故に、一般人を利用して灼滅者を誘い、そして追い詰めようとしている。
     その可能性があるというのだ。
    「戦いをつまらないと感じたり、皆さんを追い詰めても闇堕ちする気配がなければ、再び一般人に手をかけようとするでしょう」
     まともに戦っても互角に届かぬ敵に対して、一般人を守り、逃がしながら戦うとなると、相当な苦戦と犠牲を覚悟しなければならない。
     よほど上手く立ち回らなければ、闇堕ちなしに対等に渡り合うことは難しいだろう。
    「現時点で彼女を灼滅することは不可能だと思ってください。皆さんにお願いしたいのは、虐殺を止め、犠牲者を出来る限り少なくすることです」
     半分救えれば僥倖だろうと、姫子は添えた。
     それが、救える可能性がある現実的な人数ということ。
    「彼女は殺人鬼と解体ナイフのサイキック、それから一部リングスラッシャーに似たサイキックを使ってきます」
     ジャマーのポジションで、バッドステータスを振りまいてくるので、それにも注意が必要だ。
    「非常に厳しい戦いになると思いますが……皆さんが揃って学園に戻ってきてくださることを、願っています」
     祈るように言って、姫子は灼滅者達を送り出した。


    参加者
    花藤・焔(魔斬刃姫・d01510)
    ミゼ・レーレ(救憐の渇望者・d02314)
    結島・静菜(清濁のそよぎ・d02781)
    音羽・彼方(笑わない殺人鬼・d05188)
    双樹・道理(諸行無常・d05457)
    皇樹・桜(家族を守る剣・d06215)
    黄泉坂・柩姫(葬戯屋・d10500)
    唯川・みえ子(心のままに・d10646)

    ■リプレイ

    ●今はまだ白き雪原
     これから惨劇が起きる倉庫の前で、灼滅者達は息を殺してその時を待っていた。
     突入タイミングは、第一の犠牲者の悲鳴。
    (「一般人を達成条件としか考えない辺り、自分も奴等と変わらないな……)」
     人々を救う為に動きながら一定の犠牲は割り切らねばならない矛盾に、音羽・彼方(笑わない殺人鬼・d05188)は自嘲の笑みを浮かべかけるが、柄でもないとすぐに頭から振り払う。
     それに、その余裕もなかった。下見の結果、倉庫の壁を破壊する案は諦めることになったからである。
     ダークネスが戦いの舞台に選んだだけあって壁は頑丈そうで、不可能ではないにしろ一般人を庇いながら強敵と戦っている最中に破壊するのは難しいだろう。
     それにバベルの鎖の問題もある。例え接触に問題がなくとも、予知された状況を大きく変える行動がどのような影響を与えるか分からない。
     小さな朗報は、倉庫の周辺に避難を妨げるようなものがなかったことだろうか。
     となれば、あとはもう不利な状況を承知で全力であたるしかなかった。
     彼方が手鏡を使って中の様子を窺おうと試みるが、倉庫の中は薄暗く入口付近の数メートルが見えるのみ。
     状況の推移を知ることもできぬまま、封印解除を終えて殲術道具を手にした灼滅者達は逸る心を抑えて待ち続ける。
    「……ッ!」
     そしてついに、その時がきた。
     割れた悲鳴が聞こえると同時に扉を限界まで開け放ち、灼滅者八人とサーヴァント一体は一斉に中へと雪崩れ込む。
    「死の境界、さあ狩りの時間だ」
     全てが漆黒の野太刀『黄昏』を鞘から抜き放ち、リングスラッシャーを己の周囲に展開させた皇樹・桜(家族を守る剣・d06215)や双樹・道理(諸行無常・d05457)らが敵を回り込み一般人を目指す軌道を描いて走れば、花藤・焔(魔斬刃姫・d01510)は彼らへの射線を妨げるように走り血染屋・白雪へと向かった。
    (「なんとしても虐殺を食い止めないと」)
     気合いを入れ握り直すのは、日本刀とチェーンソー剣『ヴェイル・アーヴェント』。
     同時に白雪を挟んで逆側へ走り込んでくるのは彼方である。
     漆黒のオーラを纏った彼方は別人のように目つきが鋭くなり、雰囲気も一変していた。
     彼らの目に映るのは白絹の後ろ姿。
     その足下に頽れる人影を見て速度を上げた二人は、左右の死角から急所を狙った一撃を繰り出す。
     赤い瞳がちらりと左右を交互に見て、ニィ……と朱唇が不気味な笑みを形作った。
     二つの刃を受けながら、女は両腕を広げ舞うような動きで二人を振り払い、一回転。
     数メートル飛ばされた彼方は攻撃が通ったことをよしとして他の仲間へ合流する道を選び、焔はその場でじりじりと再接近の機を窺う。
    「これはこれは、ほんに参るとは恐れいった。ようこそ灼滅者とやら」
     真白を纏う女の着物の前面には既に、赤い血の色が一筋。
     わざわざ手を止めて灼滅者らに挨拶をしてみせた白雪を、唯川・みえ子(心のままに・d10646)は唇を噛みしめて睨みつけた。
     背後に一般人を庇い、仲間の全てを視覚に入れられる位置に立ったみえ子の心は、憤怒に燃えている。
     赤系の着物を好んで纏うみえ子にとって、この敵は許しがたい相手だった。
     血は空気に触れるとすぐに変色して赤茶や赤黒い色へと変わってしまう。それを好むなど理解し難かったし、なにより。
    (「伝統の四季折々の色彩と柄の美しさを今に伝える着物に、許されざる所業ですわ…!」)
     目にものみせてやると決意と怒りを抱えながら、ミゼ・レーレ(救憐の渇望者・d02314)が高速で死角に回り込み斬りかかるのに合わせて、みえ子は指輪から魔法弾を放つ。
    「お前のような巫山戯た真似をする女に着物を纏う資格は無くってよ。この阿婆擦れ」
     その間にも黄泉坂・柩姫(葬戯屋・d10500)が展開した霧が前衛を担う者達を包み、その隙を守るかのように長夜が攻撃力を減じる攻撃を撃ち込んでいた。
    「くだらない趣味に付き合うつもりもないから、自慢の『作品』とやらも仕上げさせはしないわよ」
     白に赤を添える白雪に対し、黒一色の装いに赤の髪と瞳もつ柩姫は対照的である。
     気が合いそうにないと思いながら構えるのは、チェーンソー剣の『Schadenfreude』。
     だが全ての攻撃を受けながら、白雪は眉一つ顰めず柩姫の言葉にも動じない。
    「なるほど、なるほどのう。聞いた通り、一人一人はか弱き者なれど、集えば力になるか」
     それどころか楽しげに言って、ナイフの腹を赤い舌でべろりと舐めて見せる。
     過ぎる程の白に身を飾った中で、その舌の赤は灼滅者達の目に毒々しく映った。

    ●朱華の園
    「出来るだけ守ります。私達が動ける間に、気を付けて移動してください」
     ラブフェロモンを使いつつ、結島・静菜(清濁のそよぎ・d02781)は人々に避難を促していく。
     異様な状況下だけに効果はいまひとつだったが、動けない者には手を貸し、穏やかに声をかけた甲斐もあって、パニックに陥って闇雲に逃げ惑うという事態は避けられていた。
     気紛れに斬り込んでくる白雪の刃を桜と柩姫が防ぎ、その隙を見て静菜と道理が盾となり人々を逃がす。
     避難誘導を担う静菜、道理、桜、柩姫の四人は互いの負傷度合いを見て時に盾となり時に白雪を牽制しながら避難を進めるが、思ったほど進んでいない。
     簡単に逃がすつもりはないとの予測通り、白雪は主に灼滅者達をターゲットとしながらも、人々の逃げ道を邪魔するように動いている。
     そして少しでも灼滅者側の攻撃の手が緩むと、一般人へ毒の竜巻や殺気の渦を投げてみせるのだ。わざわざ標的を数人ずつに絞って。
    「悪趣味だな」
     焔達が白雪を右手に追い込んでいる間に左手から人々を逃がそうとしながら道理は舌打ちするが、いつものように帽子を回す余裕もない。
     闇堕ちさせたがっていると聞いたが、その理由は何なのだろう。
     目の前で仲間が闇堕ちするような事態にだけは避けたいと思っていたところで、不意に毒の竜巻が迫りきていることに気付いた。
     倉庫の逆端で、赤い唇が愉悦の笑みを刻んでいる。
     再び舌打ちして道理は日本刀『構太刀』を振り抜き、己の身を精一杯広げて辿々しく走り逃げる人々の前に晒した。
     異なる色彩の一房が揺れ、一瞬遅れて斬り刻まれる痛みと毒に浸食される不快感が襲う。
     それは道理だけでなく共に誘導を行っていた静菜や桜も同じようだった。
     桜は傷みに顔を顰めることを堪えない。
     それどころか、痛みと苦しさを殊更に訴えるように表情を歪めてみせる。
     相手が加虐心に満ちた相手ならば、それを利用してやるまで。
    「……絶対に、負けないっ」
     誰かが傷つくことが許せない。
     灼滅者を闇堕ちさせる為に、一般人を人質にすることも許せない。
     そんな相手に負けてたまるかと『黄昏』の周囲に光輪を生みだして振るえば、それは道理へ向かい――大切な人を守り誰も哀しませないという誓いの通りに、彼を癒し、守る力となった。
     みえ子が彼方と自分の回復に追われていることを見てとった静菜もまた、符を用いて己の傷を癒すが、人々を逃がそうとする声と足は止めない。
     その猶予がないのだ。
     一人扉から出て行く姿が見えて安堵する一方で、背後で一人倒れる音がする。
     五十人は、たった八人と一体で守るには多すぎる人数だった。
     救えて半数、無理でも十五名程を。
     そう願ったエクスブレインの言葉の重みを痛感する。
     逃げることが出来たのは、まだたった六人。
     倒された数はその倍以上に上る。
     敵の目に付きやすくなるからか、時間が経ち人の数が減る度に、守り易くはなっても逃がすことが難しくなっていったこともあり、灼滅者達の心に焦りが生まれ始めていた。

    ●花開く黒曜
    「時機弁えず問う。これまで何枚の白纏を丹塗に染めた?」
     ミゼが大鎌『紫翼婪鴉の紅嘴』を振り下ろし、激情を抑えた声で問う。
    「これはこれは、面妖な質問をする。お主らとて、今まで着た全ての衣の数など覚えてはなかろ?」
     ギリ、とさらに大鎌に力が込められ白雪の衣の一部が裂けるが、唇に刻んだ笑みは揺るがない。
    「忌諱に触れし浅ましい処世だな。我等とて貴様等衆人を討つ為に剰余の研鑽を重ねている。いつまでもその白無垢を赤き錦に出来ると思うな!」
    「我らの為にか、それはそれは、嬉しいのう」
     肩に食い込む大鎌を掴んだ白雪は、残る手でミゼの一種異様とも言える面に手を伸ばし艶やかに笑うと、力任せに鎌を抜き去り舞いの動きで刃の下から逃れた。
     一歩引いたのは、そこへ焔が斬りかかってきたからである。
    「その守りを破ります!」
     渾身の力を込めて『ヴェイル・アーヴェント』を振り下ろす焔。
     音を立てて刃が回転し、白雪を斬り刻んでいく。
    「……ほう」
     焔の会心の一撃は、ミゼの与えた傷を更に抉るようにして白雪を切り裂くことと――初めて白雪の顔色を変えることに成功した。
     瞳から楽しみからかう笑みが消え、冷たい光がとって変わる。
    「灼滅者、ようやった」
    「……っ!」
     気配の変化に反応し焔が引こうとするが、白雪の刃の方が早い。
     腕から脇腹にかけてを辿るように刃が動き、血の線を描き出した。
     焔の血を浴び、白絹を更に朱に染めた白雪が次の標的を求めて舞い始める。
     一撃離脱を繰り返していた彼方が動きを阻害しようと進路に割りこみ、長夜を伴った柩姫がチェーンソー剣を華麗に振り回して立ちはだかった。
    「その白装束を貴女の血で染めてもいいかしら。それが貴女の『作品』には相応しいと思わない?」
     援護するように道理も進路を塞ぎ、みえ子が焔へと癒しの歌を届かせる。
     次々に灼滅者達の攻撃が繰り出されるが、白雪は止まらない。
    「ひとつ刻めば血の華一輪。ふたつ刻めば血の華二輪。みっつ刻めば、血の花畑。咲けよ咲かせよ雪原に」
     戯れをやめた白雪が刃を片手に歌い舞い踊る度、血が流れていく。
     これまでの戦いで癒せない深傷も多くなっていた灼滅者達が耐えきれるものではなく、道理が倒れ、長夜が倒れ、柩姫は辛うじて堪えたものの魂の力だけで立っている状態だ。
     そしてついに――犠牲者の数が三十を越える。
     逃げられたのは、十一人。残るは九人。
     幾人かの脳裏に『闇堕ち』の言葉が過ぎった、その時。
     一般人に対し更なる刃を向けかけた白雪を、風の刃が不意に切り裂いた。
    「隙有り、ですよ」
     庇うのが間に合わないのならばと冷徹に攻撃をすることで注意を引き付けようとした静菜だ。
     ゆっくりと白雪が振り返り、赤い瞳に静菜の姿を捉える。
     白草履が彼女の方へ歩み始めた隙に、桜が入口近くまで来ていた二人をなんとか逃がすことに成功した。
     残り七人。
     だが果たして、彼らを逃がすまで持ち堪えられるだろうか?
     白雪の力ならば、タイミングが悪ければ一撃で殺されてしまう人数である。
     それにこれ以上、誰かが傷つくなんて許せない。
     背筋に冷たいものが走るの堪えるように漆黒の野太刀を握りしめ、桜は顔を上げる。
     誰かが傷つくくらいなら。
     そう決意して見開いた視界の先で――白雪が、吹き飛んだ。
    「あなたの血も存外に綺麗ですよ。ご自分の血で染めてみては?」
     静菜が腹の辺りから血を流しながらも、巨大化した腕で力任せに白雪を殴りつけたのである。
     逆の手で髪飾りを取り払い手首に通した彼女を包むのは、闇色のオーラ。
     『決意』という花言葉を持つゼラニウムの飾りの下には、僅かながらも黒曜石の角が覗いていた。

    ●決意の花
    「静菜さん!」
    「結島さん……っ」
     桜とみえ子の、悲鳴にも似た声が響く。
     だが静菜はそちらを見ない。吹き飛ばした白雪が起き上がるのに気付いたからだ。
    「今のうちに、皆さんを!」
     叫び駆け出す静菜の声に、二人は自分達の成すべき事を思い出す。
     泣きそうになるのを堪えて桜は人々を避難させ、みえ子もそれを手伝いながら、せめてと静菜に癒しの歌声を送る。
     彼方や表情を窺い知ることのできないミゼもまた、胸の内で苦い思いを抱いていた。
     だが誰かが堕ちねば助けることが難しい状況だったことも確か。
     誰が堕ちてもおかしくなかったならば、仲間の『決意』を支えなければならない。
    「ふふ……はははは! なるほどなるほど、これか、これであるか!」
     結った髪が乱れ、頭部から血を流しながらも愉快そうに笑う白雪を静菜の影が牽制し、ミゼが漆黒の弾丸を放って援護する。
     そして柩姫と、『殺』の字を冠した殲術道具を携えた彼方が、二人に気をとられた白雪を背後から斬りつけた。
     白雪の血染めの着物を、更に彼女自身の血が濡らしていく。
    「一般人と灼滅者……灼滅者とダークネス。何か違うなら、どう変わるのでしょうね?」
     静菜の問いにも答えず乱れ髪を解いて背に流すと、白雪は灼滅者達を見渡して嫣然と微笑んだ。
    「ぬしらのお陰で、より素晴らしい『作品』の案ができそうだわ。今日の衣など霞む程のな。……ふふ、感謝するぞ」
     そしてたったひとつの入口へ向けて走り去る白雪は、最後についでとばかりにナイフを振るう。
    「く……っ」
     それは灼滅者達ではなく、一般人を狙った一撃。
     追撃を止める為に静菜は白雪を追い、彼方とミゼが近くにいた人々を誘導し、柩姫と桜がその身を盾として庇い、みえ子も一人の腕を引いてどうにか避けさせる。
     だが、庇いきれなかった二人が毒の竜巻に飲まれて倒れていた。
     無事だったのは五名。既に逃げた十三名と合わせて、生き残った者は十八名。
     白雪が消えた倉庫の中、我に返ったように逃げ出す人々とは違い、灼滅者達の間に沈黙が落ちる。
     最低限以上の、救える限りの人は救った。
     だが――。
     仲間の介抱を受け立ち上がった焔を始めとした仲間達が、扉付近に立つ静菜を見つめた。
    「次会った時には……」
     その視線の中で言いかけ、しかし言葉を止めた静菜は、皆に微笑んでみせると白雪を追うように倉庫から走り去って行く。
    「静菜さん、待っててください!」
    「必ずや……」
     決意を口にする灼滅者達の足下には、彼らの誓いのように、静菜の髪飾りの一部だろうゼラニウムの花が一輪、落ちていた。

    作者:江戸川壱号 重傷:双樹・道理(諸行無常・d05457) 
    死亡:なし
    闇堕ち:結島・静菜(清濁のそよぎ・d02781) 
    種類:
    公開:2013年4月2日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 11/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ