歌ってみる?

    作者:本山創助


     夜の音楽室を、女の子の歌声が満たしていた。
    「だけど――♪」
     ぽろろん、ぽろろん、と憂いを秘めたピアノの音色が響く。
    「すきよ――♪」
     ぽろろん、ぽろろん、ぽろろん、ぽろろん。
    「ラブリン、ラブリン、あふれる―気持ち♪ ラブリン、ラブリン、伝えたーいの♪」
     アイドルソングをゆったりとしたバラード調にアレンジしての弾き語りだ。
    「とーおーくーはーなーれーてーいーてもー♪ ららら……」
     その歌に聴き入っているのは、頭に黒曜石の角をハリネズミのように生やした番長風の男と、その手下他達だ。男達は床に一列に座り、互いに肩を組み合い、歌に合わせて右に左に体を揺さぶっていた。
    「……ラ・ブ・リ・ン・ス・ター……♪」
     ぽろろん。
    「フォー、ユー♪」
     女の子はゆったりとしたアルペジオでアウトロを奏でた。
     最後の一音が、音楽室の壁と聴衆の心にじんわりと染みこむ。
     そして訪れる静寂――。
    「……ブラボーッ!」
     番長はすっくと立ち上がり、手の平が腫れ上がりそうなほどバチバチと拍手した。その顔は滝のように流れる涙と鼻水でぐしょぐしょだ。
    「ありがとー☆」
     女の子はピアノ椅子からピョコンと立ち上がると、ぺこりとお辞儀してニッコリ笑った。
    「最高だぜロロたん。もう一曲たのむッ!」
     拝む番長に、ロロは、んーん、と首を振る。
    「もう遅いから、わたし帰らなきゃ」
     そんなあー、と嘆く番長にとびきりの笑顔を向けつつ、ロロは音楽室から出て行ったのだった。


    「あなたを待ーってるー……♪ 私のナ・ミ・ダ・に・かーかるー♪」
     ヘッドホンをしたまりんが、窓に向かって踊っている。
    「レインボー……は、と・ど・か・な・いー><。」
     んちゃちゃちゃちゃ、と手を叩くまりん。
    「だけど!」
     んちゃちゃちゃちゃ。
    「すきよ!」
     そこでくるっと振り向き、ずらりと並んだ君達と目が合った。
    「ひゃああああっ!」
     一メートルほど飛び上がったまりんは、赤面しながら「違うの、これは違うの!」と手を振りつつ、今回の依頼について説明するのだった。

     うんとね、淫魔の営業活動を察知したんだ。この淫魔は夜の学校にたむろってる羅刹達を相手に歌を歌うことで仲良くしてるみたい。羅刹は淫魔の歌でしばらくしんみりしてるから、そこを叩けば有利に戦えると思うよ!
     みんなには、夜の学校に忍び込んで欲しいんだ。羅刹達は三階の音楽室に居るから、淫魔が出て行ってから音楽室に乗り込んで、羅刹達を灼滅して欲しいの。
     羅刹は神薙使いとバイオレンスギター相当のサイキックを使ってくるよ。手下達は五人居て、全員神薙使い相当のサイキックを使ってくるんだ。羅刹はスナイパーで、手下達は全員ディフェンダーだよ。
     この羅刹達は歌に弱いんだ。
     イイ歌を聴かせればすぐに感動して、仲間割れを始めるような気がするんだよね。だから、サウンドソルジャーじゃなくても、試しに歌ってみたらどうかな。
     でも、歌はオリジナルで頼むね。学園祭でやった時みたいに、自分の魂をぶつけるといいよ!
     繰り返すけど、倒して欲しいのは羅刹達だからね。淫魔に手を出すと羅刹達も加勢してきて大変な事になるから、それだけはやっちゃダメだよ。
     それじゃ、がんばってね!
     ま・り・り・ん・す・たー☆フォーユー♪


    参加者
    四童子・斎(ペイルジョーカー・d02240)
    海老塚・藍(エターナルエイティーン・d02826)
    鏡・瑠璃(桜花巫覡・d02951)
    八嶋・源一郎(颶風扇・d03269)
    野々宮・遠路(心理迷彩・d04115)
    鈴鹿・幽魅(百合籠の君・d04365)
    白伽・雪姫(アリアの福音・d05590)
    契葉・刹那(高校生サウンドソルジャー・d15537)

    ■リプレイ

     夜。
     子供たちの含み笑いが、真っ暗な教室から漏れ聞こえる。
    「魔法のおまじないだよ」
     口紅を持った銀髪の幼女が、にこにこしながらピンク髪の幼女に迫る。
     二人とも髪を二つのお団子に結って、髪飾りのお団子を刺していた。
    「しーっ」
     じゃれ合う二人に、おかっぱ頭の女子高生、契葉・刹那(高校生サウンドソルジャー・d15537)が顔を寄せた。
    「しーっ。うふふ」
     ピンク髪の幼女、薄井・ほのか(小学生シャドウハンター・dn0095)が刹那のマネをすると、ほのかに迫っていた海老塚・藍(エターナルエイティーン・d02826)も唇に人差し指をあてて笑った。
     トン、トン、トン。
     上の方から、足音が小さく聞こえてきた。
     階段を下りてくる。
     皆が息をのんだ。
     足音は廊下の窓から外へ出て、遠ざかっていった。
    「ふー」
     教室に潜んでいた一〇名の灼滅者達が、一斉に息を吐いた。

     音楽室では、羅刹たちがギターをかき鳴らしながらアイドルソングを歌っていた。
     だが、すごい音痴だ。
    「やぁ、こんばんわ」
     羅刹たちの演奏がピタリと止んだ。
     入り口で、前髪の長い銀縁メガネの高校生が手を上げている。
    「なんだ、テメエは」
     四童子・斎(ペイルジョーカー・d02240)が、羅刹に微笑んだ。
    「見た所皆さっきの子のファンって所かな?」
    「ファンなんて気安いもんじゃねえ。ロロたんは俺達の神。そして俺達はロロたんの下僕、従者、召使い、足ふきマット――そんなところだ。テメエら、ロロたんの知り合いか?」
     羅刹が教室に入ってきた灼滅者達を見渡しながら言った。
    「いや、知り合いではないけど」
     羅刹の入れ込み具合に苦笑いしつつ、斎はコメカミの汗を拭った。
    「こちらも歌が得意でね、聴いて損はさせないけど、どうだろう?」
     羅刹の眉がピクリと跳ね上がった。
    「俺ァ、いや、俺達ァ、歌に関しちゃ、ちぃーとばかしウルサいぜ。なあ」
    「そうでやんす」
    「ボクたち、通、ですから。聴いて損したらブッ殺しますよ」
     手下達が高慢ちきな態度で言った。
     羅刹達のプレッシャーをはね除けて、刹那が一歩前に出た。
    「私の大好きな『歌』、聞いてくれますか?」
     羅刹は黙って頷いた。
    「さあ幕を上げましょう」
     鏡・瑠璃(桜花巫覡・d02951)が指で弾いたギターピックをキャッチした。
     光と共に瑠璃の衣装が巫女服に代わり、肩にツインネックのギターがぶら下がる。
     刹那と瑠璃は目を合わせると、うなずき合った。
     瑠璃がゆったりとしたアルペジオでマイナーコードを奏でる。
     刹那の、切々とした歌声が、音楽室に響いた。

     歌って 誰かは言った♪
     無理よ 小鳥はもう歌えない♪

     殺した気持ち 唯傷付ける刃になった♪
     呻く小鳥に誰かは優しく手を添えて♪
     誇って 信じて♪
     自分を 紡ぐオトを♪

     歌が小鳥を忘れても♪
     小鳥は歌を忘れない♪
     弱々しい一声に♪
     けれど確かなヒカリ♪
     満ちるの♪

     悲しげだった歌声は、やがて勇気を得て、最後には力強く、確かな希望を聴衆の胸に届けた。
     瑠璃のギターが鳴り止むと、サルそっくりな羅刹の手下が、プーッとオナラをして、すっごく馬鹿にした表情で刹那に言った。
    「超クッセー詩だなぁ。恥ずかしくて聴いてらんない。もう歌やめ……」
    「超クッセーのはテメエの屁だコノ大馬鹿野郎おおおおおッ!」
    「ごばああぁぁッ!」
     サルそっくりな手下が、異形と化した腕に吹っ飛ばされて壁に激突した。羅刹の鬼神変である。
    「そうだそうだ、このサルッ! サルのくせに! サルのくせにッ!」
     他の手下も、横たわるサルに蹴りを食らわす。
    「アンタ」
     羅刹が刹那を見つめた。
    「その誰かってのはきっと――いや、なんでもねえ。いい歌だったぜ」
     鼻水をすすりながら、ビッと親指を立てる。
    「あ、ありがとうございます」
     ペコリとお辞儀する刹那。
     どうやら刹那の歌は成功したらしい。
    「次は私の番……」
     さっと前に出たのは、アイドルのようなミニ丈のフリフリ衣装を着た白伽・雪姫(アリアの福音・d05590)だ。その抜群のスタイルが、否が応でも男達の目を惹きつける。
     瑠璃が切なげなリフを奏でる。
     雪姫は銀のストレートヘアをさらりと払うと、羅刹の目を見て歌い上げた。

     君を想うと夜も眠れない♪
     甘くて切ない毎日♪
     ああ♪
     私はロールケーキになりたい♪

    「なんで?」
     羅刹がキョトンとして言った。その羅刹の顔に四方からパンチが飛ぶ。
    「歌の途中で――」
    「ちゃちゃ――」
    「いれてんじゃ――」
    「ねーぜ! アニキィィッ!」
     アサルトヒット!
     羅刹アニキの首がねじれた。その四本の腕と首は、上から見たら卍型に見えるだろう。
     手下四人の見事な連係攻撃であった。
     さすがのアニキもこれには参った。
    「そ、そうだったな。すまねえ。続きを頼む」
     気を取り直して、雪姫がうっとりしながら歌った。

     とろけるようなふわふわのスポンジ♪
     ボリュームのある甘い甘い生クリームに♪
     苺をトッピング♪
     ああ♪
     なんて幸せなの♪
     そんな私はロールケーキになりたい♪

    「なんで?」
     やっぱりアニキはキョトンとして言った。そのアニキの顔に四方から蹴りが飛ぶ。
    「歌に――」
    「理屈を――」
    「求めてんじゃ――」
    「ねーぜ! アニキィィッ!」
     クリティカルヒット!
     手下達はまた卍型を作った。
    「す、すまねえ、お前達……。確かに俺が間違ってたぜ……!」
     アニキは床に手をついてうなだれた。結構痛かった。だがこれは愛の鞭だ。甘んじて受け入れよう。
    「お嬢さん」
     カピバラそっくりな手下が雪姫を見つめて言った。
    「ステキな歌だったぜ。好きな彼を想いながら、甘いお菓子になりたいだなんて……な」
     どういうわけか、カピバラはもじもじしながら言った。何だかエッチな事を考えているような顔だ。
     雪姫は首を傾げたが、それでも褒められて悪い気はしなかった。
    「ありがとう、カピ」
     勝手にあだ名をつけてお礼をいう雪姫。
     良い感じの余韻が音楽室に漂った。
     その間を、超速十六分音符が切り裂いた。
     ガトリング連射のような激しい速弾きだ。
     天を突くようなチョーキングの果てに、瑠璃が口を開いた。

     ああ永き冬を越え いつか花開く♪
     小さな蕾(つぼみ)は 幼子のように♪
     その内に宿した 命の煌めき♪
     解き放つ時を 願い続けてた♪

     ミュートを織り交ぜた激しいバッキングから一転して、壮麗なアルペジオが聴衆の孤独な魂をくすぐる。

     幾度もの月夜を越えて♪
     花開く時を待ち続けた♪

     サビは力強く、高らかに、シンプルなパワーコードが瑠璃の声を引き立てる。

     空に舞い踊る 白き花弁の舞♪
     風吹き 儚く散りえども♪
     尚も咲き誇る 今日を輝く為に♪
     明日をも 知りえぬ繚乱(りょうらん)の桜達よ♪

     アウトロの速弾きはやがて一弦のビブラートに収束し――。
     後に残ったのは、魂を抜かれたように呆然とする羅刹達だ。
    「おおおおおーっ!」
     唐突に弾ける羅刹達。
     肩を組んで喜び合っている。めっちゃ好みだったらしい。
    「素晴らしいーッ! ギターもいいーッ!」
     両腕に手下の肩を抱いたアニキが天井を見上げて力一杯叫んだ。
     その手下達が、ずるり、と床に崩れ落ちた。力一杯抱きしめられたせいで、気を失ってしまったらしい。
    「おっと、すまねえ」
     ノビた手下二人を見下ろしつつ、羅刹が頭を掻いた。
    「ま、いっか。お嬢さん、いい腕してるぜ! ロロたんに会っていなかったら、アンタに惚れてたかもしれねえ」
     羅刹が瑠璃にウィンクした。
    「あ、ありがとう」
     瑠璃が苦笑いしながら頬を掻いた。
     そういえば、この中には『女性と間違われる』という灼滅者が二人いたような気がする。が、いちいち確認しなくても良いだろう。風呂に入るわけでもあるまいし。
    「ふむ。面白い」
     八嶋・源一郎(颶風扇・d03269)が、ふふ、と微笑んだ。
    「興が乗った。わしも歌おうかの」
     そう言うと、カカトでダン、と床を踏んだ。次いでパン、と手拍子。最後に拳でコン、と机を叩く。一呼吸置いて、また床を踏む。
     ダン、パン、コン――。
     ダン、パン、コン――。
     そのリズムだけを背に、和風の節回しで歌い上げる。

     世は泡沫 夢幻の如く♪
     露より儚き 人間の生♪

     惑いし者に 優しい夢を♪

     天より賜いし この神風♪
     万象一切 祓い清めん♪

     月に叢雲(むらくも) 花に風♪
     無粋を喜ぶ 汚泥の闇♪

     抗う者に 希望の光を♪

     天より賜いし この豪腕♪
     万象一切 打ち砕かん♪

     コン、と机が叩かれると、静寂が訪れた。
    「難しくてサッパリわかんねえ。なあ、アニ――」
     カバそっくりな手下が言い終わる前に、手下はアニキに首を絞められて気絶した。
    「それは、羅刹の歌だな」
     神妙な顔で源一郎を見つめるアニキ。
    「変わり者の羅刹でのう」
     羅刹の中には一風変わった者も存在する。人の子を育てるような羅刹も、まれにだが存在するのだ。源一郎の義理の親は、両方とも羅刹だった。この歌は、その両親が歌っていた歌をおぼろげな記憶と共に作り直したものなのだ。
    「だが、スッキリしねえ歌だな。俺達は単純明快に面白おかしく暮らせば良いはずだぜ。その歌は、ちーとばかし複雑だな。汚泥の闇とか、抗う者とか……俺とは相容れねえ」
     このアニキは歌に関しては変わり者だが、その他については典型的な羅刹だった。
    「不服か?」
    「いや、悪くはなかったぜ。俺とは違うってだけだ。良い歌だった」
     源一郎は微笑んだ。
    「よし、次はオマエだな。何を歌ってくれるんだ?」
     野々宮・遠路(心理迷彩・d04115)が自分を指さして目を丸くした。
    「え、僕?」
    「そう、お前だ」
    「いや、僕は歌、苦手だし……」
     遠路は頭を抱えた。
     遠路は相手の仲間割れを誘うためにうまく意見を誘導しようと機会をうかがっていたのだった。だが、そんなことをする前に羅刹達が拳で語り合いを始めるので、いままで出番がなかったのだ。
     さて、急に歌えと言われて困った。せっかくここまで良い流れできているのに、一人だけ歌わないのもどうかと思う。
    「こほん。えーと、それじゃあ、歌います」
     遠路は、即興で今の気持ちを歌にした。

     歌で感動するなんて 正直、僕には分からない♪
     歌で感動するなんて きっと、君は純粋なんだね♪

     アカペラで、適当なメロディーにのせて、遠路は歌い続けた。

     だけど、君はダークネス♪
     放っておくわけにはいかない♪
     だけど、君はダークネス♪
     悪いけど、倒れてもらうよ♪

     ストレートに、なにも包み隠さず、今の心情を歌ってしまった遠路。もともとこんな歌を歌う予定ではなかったが、仕方あるまい。
    「テメエ、まさか、俺達を!」
     ブタそっくりな手下が真っ赤になって叫んだ。
    「小さなことでブーブー騒ぐんじゃねえええッ!」
     鬼神変のアッパーカットを食らって、ブタが天井に突き刺さった。
    「んなこたぁ、最初から知れた事よ。奴らがどんなつもりだろうが、俺がその気になりゃあイチコロよ。今は、歌を聴け」
     返事がない。ブタは天井に刺さったまま気絶したようだ。
    「あっしはアンタの心意気が気に入りやんした」
     ネズミそっくりな手下が言った。
    「なんの準備もないのに、必要とあらばその場ででっち上げちまう。大人しそうに見えて、大胆なところがありやすね」
     なんだか知った風な口をきくネズミだった。
    「さすが根津。よく分かってるぜ」
    「次はボクたちの番だよ!」
     藍がほのかの手を引いて前に出た。
    「ツインオダンゴです。いくよー♪」
     小四の女の子、叢花・天音(孤独の花・d12803)が、藍から預かった携帯音楽プレーヤーの再生ボタンを押した。
     藍とほのかが、曲に合わせて、お団子頭を強調しながらぴょんぴょん跳ねて踊り出す。
     天音も合間合間にカスタネットを叩いてほんわかしたムードを演出した。

     まるいののせた女の子♪
     想いをギュッと詰め込んで♪
     桃色・白玉・よもぎさん♪
     みんな揃ったところで花見だよ♪

     ぴったりと息の合った躍りの後にポーズをキメる二人。すごく良い笑顔だ。
    「おうおうおう、ガキのお遊戯は幼稚園でやれい、このスットコド……」
    「小さな女の子に凄むんじゃねえええッ!」
    「へぶうぅぅッ!」
     ネズミそっくりな手下が、アニキの拳骨をもろに食らって床にめり込んだ。
    「この季節にぴったりの良い歌じゃねえか。花見の席で聴きたいもんだぜ」
     アニキが藍にウィンクした。
    「うふふ」
     可愛らしい雰囲気が一転し、急に大人のムードが漂った。
     鈴鹿・幽魅(百合籠の君・d04365)が、超ギリギリな水着姿でアニキの目の前に立ったのだ。アニキの鼻に豊満なボディーがくっつきそうである。
    「わたくし、以前自費制作してCDを出した事がありますけど、バベルの鎖の所為で全く売れませんでしたわ。どうやら今回、披露する機会が来たようですわね」
    「お、おう」
     幽魅のカラダをガン見するアニキ。この時点ですでに魅了されていた。
    「さあ、わたくしの歌を聴けぇっ!」
     ノリノリで歌い始める幽魅。
     が、しかし。

     ボエ~♪

     その歌声は、ボエ~であった。本当はもっと違う感じなのだが、幽魅の歌を日本語でどう表現したら良いのか分からないので、とりあえずボエ~で終わらせて頂きたい。
    「下手糞!」
    「歌うな!」
    「ばあちゃんが生き返ったらどうすんだ!」
    「海の底から魔王でも召還するつもりでやんすか!」
    「ぐはぁ(吐血)」
     今まで気を失っていた手下達が一斉に悶え初め、口々に幽魅を罵った。
     アニキは血を吐いて倒れた。手下達も再度失神した。
     初めての全否定であった。
    「な、なんですの、この反応……」
     幽魅は涙を浮かべた。
    「でしたら次はレクイエムを歌って差し上げますわ!」
     そう叫ぶと、蛇に変身してすねてしまった。
    「今のは効いたぜ……死ぬかと思った。口直しをッ!」
     アニキが這いつくばりながら斎に手を伸ばした。
    「いや、俺はパス。歌は思いつかなかったから」
     大ダメージを受けたアニキを冷たくあしらう斎。
    「俺に嘘は通用しねえッ! この鞄に何か入ってるだろッ!」
     アニキは斎が抱える学生鞄をひったくった。
    「や、やめろおおおぉッ!」
     斎が悲鳴を上げてアニキにつかみかかる。
     が、アニキはその鞄から黒いノートを引き抜き、おもむろにページをめくった。
    「こ、これは……!」
     アニキの頭から黒曜石の角がポロポロっと落ちた。
     そこに書いてあったのは、目が潰れそうなほど痛々しいポエム。しかもびっしり。
    「見てんじゃねええッ!」
     斎の紅蓮斬がアニキにクリティカルヒットした。
     手下達の連携攻撃と幽魅のボエ~を食らい、斎の黒歴史ノートを見たアニキには、その紅蓮斬に抗うだけの力は残されていなかった。
     アニキは消滅した。
     ぽろろん。
     音楽室に、雪姫のピアノが響き渡る。

     限りないそらへ 愛よ羽ばたけ♪

     藍が澄んだ声で歌った。
     それは、歌を愛したアニキに捧げる鎮魂歌だった。

    作者:本山創助 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年3月30日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 11
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