YESチクワ! NOチワワ!

    作者:斗間十々

     鯛ちくわをご存じだろうか。
     竹にちくわの形を整えて、竹輪で焼く、握り拳程のチクワである。
     一般に市販されている細いチクワでも、冷たいチクワでも無い。それは瀬戸内海での名産物――。
    「だ、チクワーッ!」
    「チクワーッ!」
     ざぱぁぁんと海の音をバックに、何やら香ばしい匂いと共に何者かが叫びだした。
     偶然通り掛かった町の人間が、目を合わせないようにそそくさと去って行く。
    「さあ、諸君今こそ行動を起こす時! チクワは暖かいもの、焼きたてのパリっとした皮を頬張る瞬間を! 欲張って囓った時に竹まで囓ってしまったあの思い出を! もっちりとした鯛の味を思い出させる時が来たんじゃ!」
    「チクワーッ!」
     再び波が音を立てた。
    「あ、あんなぁー。ちょいと……」
    「ムッ!?」
     気分高揚するチクワ達に声をかけた強者、それはお爺さんであった。海の男を思わせる彼は、鯛ちくわを生産している職人である。
    「何しとるんかわからんが、鯛ちくわ好きなんか?」
    「「当然だ!」」
     その場全員が肯定する。
     明らかに怪しくておかしな連中だが、名産品を褒められて悪い気はしない。ならば出来たてを少し食べていくかとお爺さんが提案した、その手を、逞しくてちょっと熱い腕がわし掴む。
    「な、なんじゃ!?」
    「貴様、鯛ちくわ職人じゃな……? ならば、やってもらうけえの! 我々、皆、平等に被れるサイズのちくわの生産をな!」
    「チクワーッ!」
     チクワチクワと輪唱する男達は、皆『ちくわ大好き』と書かれたTシャツを着ていた。までは良かった。良くないかもしれないが、とにかくスルー出来る範囲であった。
     しかし、腕を掴んだ大男の頭は、チクワ。
     頭から被っているのだろうか、しかしチクワそのものに見える。
     そのチクワは周りの男達用にも大きなチクワを作れと要求しているのだ。
    「そがぁなこと出来る訳ないが! 第一火が通らんじゃろうが!」
    「そこをなんとかするチクワ! 良いか、わし等は鯛ちくわで世界を征服するのじゃ。鯛ちくわが世界をな!」
    「た、鯛ちくわが……せ、世界を……世界を……」
     善良なお爺さんはぐるぐると意識が混濁した。
     確かに全国レベルで知られるには少し足りないだろう鯛ちくわ。全国津々浦々有名になれば、――――。
    「チクワじゃあああああ!」
     ――こうしてまた1人、チクワ怪人の手に哀れな一般人が手に落ちたのである。
     

    「わしはただ、チワワチワワと聞いていたら、チクワに聞こえてきただけなんじゃ!」
    「……そっか」
     西洞院・レオン(翠蒼菊・d08240)の言葉に、神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)はふっと空を眺めた。ああ今日も空が綺麗だ。
     と、黄昏れてからレオンとヤマトは、集まった灼滅者達へ向き直る。
    「と言う訳で、チクワ怪人が現れた! 皆、灼滅の時が来た!」
     待って、どういう事なんだ! と教室内でツッコミが起こる。
    「それについてはわしが説明しよう。わしは先日、チワワマッスル怪人を倒してきたんじゃが、チワワがチクワに聞こえてきてのう。チクワが気になって調べてもらったら、……まさかのそんな怪人が居たのじゃ」
    「……そういうことだ」
     納得出来るような出来ないような。
    「だがしかしレオン! そして皆! 気を付けろよ。チクワ怪人はチクワがこの世で一番ステキィィと思っている。つまり、チクワをチワワなんて言おうものなら、全力で集中攻撃を受けるんだ!」
     ヤマトの説明によると、チクワ怪人の他に、出来たてチクワな配下が3体、チクワ怪人によって操られている一般成人男性が3人に加え、本物の鯛ちくわ職人のお爺さんも操られているという。
    「操られている男達は……なんというか、ただのヤジ係だ。チクワ怪人を倒せば正気に戻るから、あまり気にしなくて良いだろう」
     何そのモブ。
    「後ろでひたすらチクワ! チクワ! ってはやし立てたり、『あ、あいつ今チクワとチワワ言い間違えましたぜ!』とか言う程度だ。それから頭からチクワを被ってるから、気になる程度だな」
    「とっても気になると思うよ!!」
    「次にお爺さんだが」
    「聞けよ!」
     ヤマトは灼滅者達のツッコミを華麗にスルーしながら説明を続ける。
     出来たてチクワな配下は、そこまで脅威では無いが、もし怪人と配下の集中攻撃を受けた場合はおいしそうな匂いに、出来たての熱さに、ダメージに、色々大変なことになるだろう。もちろん、相手のターゲットを誘導出来るという点もあるにはあるが……。
     ただし、お爺さんの方は灼滅者達に微弱ながらダメージを与えてくる。もちろん、操られているだけの一般人の為、灼滅する必要は無く、とにかく怪人を倒せば正気に戻る。
     一通り説明を終えたヤマトは、何故こんな依頼が多いのだろうと投げやりになりそうな気持ちをぐっと堪え、
    「皆、チクワとチワワは言い間違えるなよ!」
     叱咤激励、灼滅者達を見送ったのであった。


    参加者
    イオノ・アナスタシア(七星皇女・d00380)
    柄雪・かなめ(湫豺・d00623)
    安曇・陵華(暁降ち・d02041)
    日輪・かなめ(第三代 水鏡流巫式継承者・d02441)
    羽守・藤乃(君影の守・d03430)
    桃野・実(瀬戸の鬼兵・d03786)
    蜂・敬厳(エンジェルフレア・d03965)
    西洞院・レオン(翠蒼菊・d08240)

    ■リプレイ

    ●おいでませ瀬戸内海
    「鯛ちくわ怪人、一体どんな美味しいもの……じゃなくて、どんな猛者なんでしょうか」
     日輪・かなめ(第三代 水鏡流巫式継承者・d02441)が浜辺に向かい、そっと呟いた。漂ってくるのは、焼きたて出来たてチクワの香り。
     それだけでじゅるりと喉が鳴る。
    「今回は腹がへりそうな展開になりそうだな……」
     同じかなめの名を持つ柄雪・かなめ(湫豺・d00623)も頷いた。冷静に考えるとチクワとチワワって間違いようが無いようなと心の中で突っ込んだのは、柄雪だけでは無い。
     文面でそう見えただけであって、言い間違えるなんてそうそうないハズ、と西洞院・レオン(翠蒼菊・d08240)もこっそり心の中で突っ込んで。
     しかしそろそろ浜辺でハッスルしているチクワ集団を放って置けない。美味しそうな匂いに耐えるのもそろそろ限界である。
    「行きましょう、皆さん! ――お出でなさい、鈴姫!」
     羽守・藤乃(君影の守・d03430)が大鎌を顕現させる。近付けば近付くだけなんとも芳醇な香り振りまく怪人に、安曇・陵華(暁降ち・d02041)も浜辺に飛び降りた。
     昔食べた焼きたてのチクワは旨かった。何の擂り身か知らないけれど、鯛も旨そうなことこの上ない。
    「お土産にちくわ買って『帰る』ぞ!」
     弓を片手のその声が、怪人を勢いよく振り向かせた。
    「チクワァー! 皆ァー、チクワは好きかー!」
    「ちくわは確かにおいしいですよね。僕も大好きです」
    「イエ――ッ!」
    「あ」
     怪人につられて蜂・敬厳(エンジェルフレア・d03965)も言ってしまい、程よく怪人のテンションを上げてしまった。
    「でも周りに無理強いするのは良くありませんよ!」
    「イエ――!」
     慌ててフォロー。しかし周りのチクワ被った男衆のテンションはもう戻らない!
     戦いの行方が想像出来てしまうノリにしかし、桃野・実(瀬戸の鬼兵・d03786)に敵意はあまり、無い。
     分かり合えれば良いのにと思いもするも、オンと吼えて現れたクロ助に補佐を指示する。
     灼滅者は8人、しかし対するチクワに焦りは無い。
    「さぁ、存分にチクワの香りに魅了されるがええわ!」
     イオノ・アナスタシア(七星皇女・d00380)はその言葉を聞いてふっと笑う。
    「……なかなかの強敵のようですね、相手にとって不足はありません。まぁ私は謙虚なので不足があっても一向に構いませんけど」
     宣戦布告の双方に、開戦のコングが――ではなく、チクワが焦げた。

    ●焼きたてでチクワァーッ
    「行くぞ、増えるんじゃチクワァー!」
     チクワ怪人がお爺さんの作ったチクワをちぎっては投げると生まれた3体の小さな歩くチクワ達。
     戦闘員よろしく背を伸ばし、やる気満々である。
     じゅるっと今唾を飲み込んだのは誰だろうか。
     ぼわっと熱気を放ったチクワ達に、レオンが妖の槍片手に名乗りを上げた。
    「皆、すまんがやらせてくれ。これはわしが先陣を切ってやりたいんじゃ。……その頭を、いやチクワを冷やしてやるわ――!」
     カッキーン。
     振るわれた槍から放たれたのは冷気のつらら。ほこほこのチクワがしぼむように少し冷やされる。が、
    「!!」
    「熱い、あっつ!」
    「おわぁ」
     じゅわっと氷を溶かして再噴火。しかもターゲットはまばらに小さなチクワ達は一斉に熱気をばら撒いた。運悪く直撃したのは日輪に実、敬厳。
     ばっと陵華が振り返る。
    「大丈夫か? 燃えたら言うんだぞ!」
    「まだ、平気です!」
     敬厳が両手を広げる。降臨した十字が光を放ち、小さなチクワ達を浄化していく。
    「かぁー! どうせなら炙らんか!」
     それを見たチクワ怪人、思わず叫ぶ。
    「こんがり焼いてやってるんじゃ!」
     敬厳も負けじと言い返す。
    (「確かに炙るのもいいなぁ。でもこれは依頼だし、倒さないといかんし」)
     怪人を行かせまいと抑えに回った柄雪はこっそり同意する。しかし自分の役割は怪人を引きつけること。柄雪は心を鬼にして、その胴に盾で殴りつけながらぽそりと言った。
    「……チクワって言われてもな」
    「全くその通りです」
     右から柄雪、左からイオノ。
     左右から盾に殴りつけられ、頭のチクワを怪人は揺らす。それを見ながらイオノは挑発を続けた。
     ぴっと指を立てて。
    「チクワとチワワの見分け方は簡単です、二つを同じ場所に置き、食べた方がチワワ、食べられた方がチクワなのです」
    「……」
    「よってチワワの方がチクワより優れているのです。証明終了」
    「チワワって言ったー!」
    「うお、びっくりした」
     叫んだのは怪人では無く、後ろのヤジ役男衆であった。頭にチクワ被ったまま怪人を応援するその姿、気になる。
     が、レオンは一生懸命目を逸らして小さいチクワに集中する。
    「ならばこれを嗅げい!」
     怒らせるには至らずとも、その気を引くことにイオノはばっちり成功した。ただし――かぐわしいチクワの香りが直撃したが。
    「く、羨ま……じゃなかった! 鯛ちくわを利用した不埒な悪行三昧……寧ろ美味しいもの三昧! 退治してくれよう灼滅者! ……なのです!」
     ビシィっと指を突きつける代わりに、日輪はチクワをちぎった。正確に言えば、雷でアッパーカット!
    「!!」
     びよんとやっぱり揺れるチクワは無駄に灼滅者達のやる気を削いでいく。……いや、これは。
    「うおおおお!」
    「お、お爺さん……」
     元・善良なチクワ焼き職人であるお爺さんであった。
    「鯛ちくわが全国区――!」
     ぶわぁっと怪人に、小さなチクワ達に対峙する灼滅者達に襲い来る焼きたてチクワの香り。
     一歩下がった藤乃にダメージこそないものの、香りだけは漂ってくる。ぐらぐらと心を揺らしながら耐える仲間達はしかし、決してお爺さんに、チクワ被りの男衆に手は出さない。
     藤乃は耐えていた。
     言うべきことを言いたい。怪人達は愛に溢れているというのに、暴走して闇に落ちる。なんて、業の深い。
    「こう思ってはいけないのかもしれませんが、いつも灼滅してしまうのが忍びがたいですわ……。でも、負けませんわよ」
     藤乃が大鎌、鈴媛を振るえば再び砂浜が凍る。パキ、パキリと小さなチクワ達が凍り付き震え上がる。
     それは少し、心の痛む光景のようにも見える気もするが、構わず実は槍を回転させた。
     竹じゃないけど、と呟きながら、パパンっと軽快に回るその槍に続いてクロ助が吼える。
     前衛を切って殴り込んでいた日輪は元気が有り余って燃えていたのだ。
     それは比喩でなく、燃えていた。
    「ワンッ」
     クロ助のツッコミにも似た清らかなる瞳に射貫かれ、日輪の炎はふっと消える。
    「ちくわなのにちゃんと芯がある……隙がありませんね!」
     しかし勿論、日輪の心はやっぱり燃えっぱなしであった。

    ●チクワとチクワとチワ――
    「ファイヤー!」
    「熱っ」
    「チクワチクワッ、ぬるいわ! 貴様達、冷蔵庫に一週間置きっ放しのチクワ並にぬるいぞお!」
    「チクワは焼きたてじゃああ!」
     チクワはビシっと柄雪を指差した。
     吹き上げられた熱気が炎となって柄雪を襲い、その後ろではやっぱりお爺さんが一心不乱にちくわを焼いている。
    「匂いだけでも腹減るな……取り巻きのちくわなら食えるかな?」
     その手を攻撃に回せず、優しい風を巻き起こす陵華は漂いまくる香りにつられ、思わず男衆を見遣った。
     その頭は美味しそうなチクワ。
    「いやいや彼らは操られてるんだ、手を出したらいかん」
     陵華は何とか正気を取り戻す。
    「炎だらけで厄介ですね。もう少し耐えて……でも、私の活躍の場も残しておいてくださいね」
     イオノは盾を張ってくれる仲間達、自分と柄雪、実に厄災からの守りを、盾の守りを広げながら言った。その姿はどこかこの戦いすら楽しんでいるようで、わほーと声が出る。
     カッと再び光るのは敬厳の十字。何度もまとめて焼かれた小さなチクワ達はその数を減らしていたが、最後の1体がその光線をひょいと避ける。
    「そろそろ切り替え時じゃのう……」
     敬厳がむっと眉間に皺を寄せれば、その傍をさっと炎が――燃える日輪が走り抜けた。
    「蜂さん、大丈夫ですよ! ここはわたしが! あーたたたたたたたた……あたぁ!!」
     そして殴った。
     パァンと飛んでいき弾ける小さなチクワに、灼滅者達へと大ブーイングを寄越すチクワの男衆。
    「ええい気になるのう! しかし、残りはお前だけじゃ!」
     レオンがびしっと指を突きつければ、チクワは鼻で笑う。鼻がどこかは解らないが、何となくそんな感じだ。
    「笑――止! そんな程度では鯛チクワは止まらんのじゃあ!」
    「そうじゃ! 鯛チクワは世界を制す!」
     オォォォォッ。
     チクワ、お爺さん、そして洗脳された男衆が盛り上がる。
     しかし相手がチクワ怪人1体となったということは、灼滅者達は言動に我慢しなくても良くなったことでもある。
     ゆえに、走り出したのは藤乃。
     鈴姫を一振り、影を生み出せば鋭利な刃となったそれがチクワの身体を切り刻む。
    「ぐぬっ、チクワを包丁で切ってから食べる派か!」
    「違いますわ! ああもう……そこのあなた達!」
     仲間達が見守る中、藤乃はきっとチクワ被りの男衆を睨み付けた。
    「その不気味な竹輪の被り物は……竹輪を広報するには逆効果ですわ! この焼きたての香りを漂わすだけで十分ですのに……何故、この香りを信じ抜かなかったのですか!」
    「「な、なんだって――!」」
     男衆ががっくりと膝から落ちる。怪人はうろたえながらも、すぐに立ち直った。
    「香りか……この香りかぁ――!」
    「こうじゃな!」
    「あ、危な……けど、それなら俺も聞いていいかな」
     チクワとお爺さんの香りを直撃した藤乃を庇おうか一瞬迷った柄雪だが、自分も自分で聞きたいことがあり、それが柄雪を止めてしまった。
    「柄雪さん。同じかなめっぷり、そろそろ発揮しますか!?」
     同じかなめ、日輪は燃えている。柄雪はそれをもう少し制する。
    「その前に……怪人、ちくわぶの存在はどうなんだ?」
    「…………」
     ぴたりと怪人とお爺さんの手が止まる。
     その隙に煌めく天星弓、アルビレオを引いて藤乃の傷をちゃっかり癒す陵華。そして日輪は柄雪の言葉に続いた。
    「それ、わたしも気になってました。あれはアリなんですか?」
     怪人、カッとチクワの奥の目を光らせた――気がした。
    「無し、じゃあ! 大体ちくわぶは小麦粉使うたニセモノ! ここは東京でもないのじゃあああ!」
     怒りのパワーを溜めているような怪人に横やりを入れるように放たれたのは、実のビーム。横殴りに直撃したビームにはある思いが込められており、怪人は驚いたように実を見た。
    「これは……!?」
     ビームを放った体勢のまま、実は語り出す。
    「さっき魂をダークネスに傾けて分かったんだけど……俺の中のご当地怪人がすっげぇお前を調教したがってるんだ。だから今放ったのは、讃岐うどんに鯛ちくわの天ぷらを入れてみたいビーム」
    「貴様向かいの香川県民かぁ!」
     叫んだチクワにこれぞ好機とマテリアルロッドで内部破壊を試みるレオン。
     内部で爆ぜたらしい香りがやっぱり顔面に直撃する。――ダメージは無いが。
     ぐぬっと言いながら怪人が放ったのは強靱な蹴り。その先はイオノ。
     そのチワワジャンプキックだけで走馬灯を見るには至らなかったイオノはそれでもその剛力に痺れる腕を軽く振り、
    「あいにくとその程度の攻撃でおねんねできるほど甘い教育は受けてないですよ!」
    「しかも今チワワって言った気がするのう」
     ぽそりと突っ込んだレオン。
    「…………」
     浜辺が静まりかえった。しかし。
    「今お前チワワって言ったなぁ!」
     ヤジ男衆が叫んだ。
    「やっぱりチワワさんも好きですよね?」
     日輪が畳み掛ける。
    「お前達にツッコミをいれさせる、これは罠じ」
    「いい鯛ちくわは動けなくなーる、悪い鯛ちくわはもっと動けなくなーる、チワワはお座りしたくなーる」
     怪人に最後まで言わせない灼滅者達。
     実の指輪から弾丸が放たれれば香りを振りまいて、チクワは一歩下がった。
    「チッ、チクワの香り……!」
     ぐずぐずと崩れ出す頭のチクワを前に、日輪は更に踏み出し片腕を強く引く。
     それは拳の合図。
    「もしかして、オラオラチクワけぇー!?」
     YES チクワと謳った怪人が叫ぶ。日輪はここぞとばかりに口端上げ、言いたかったことと共に凄まじい連打を繰り出した。
    「YESYESYESYES……OH MY CHIKUWA!」
    「鯛ィィィィィ!」
     仲間達が見守る中、幾十、幾百もの拳に吹き飛び、怪人はそれはそれは美味しそうなチクワの香りを撒き散らして爆散したという――。

    ●灼滅者達は美味しく頂きました
     正気に戻ったお爺さんの隣にはこんもりと鯛ちくわが出来上がっていた。
     まだ暖かいと言えば暖かいが、そこに職人が居るのなら出来たてが欲しいと思ってしまうのが人の心。
    「ええよ。出来たて食べていき!」
     その一言で再開されるチクワの香りにわっと綻ぶ灼滅者達。
     因みに操られていた男衆をレオンが見れば、もう被っていたチクワを脱いで食べ始めていた。早い。
    「タダ? タダなのか?」
     お爺さんのご厚意に、実は思わず聞き返した。見切り品すら手に入らなかった分厚いチクワの出来たてである。お爺さんが差し出してくれたそれを手に取ると、実は思わず「おお」と感嘆する。
     一つもらった敬厳も、幸せな笑みが広がっていく。戦いっている間もずっと漂っていたこの匂いにすっかりお腹も空いていて、そこに囓る出来たてはたまらなく。
    「お爺さん。鯛ちくわ、とってもおいしいですね!」
    「あっち!」
     レオンの方は少し苦戦していた。熱い、でも猫舌だと葛藤しながら、それでもたまらず囓るとやっぱり熱い。でも美味しい。そんな無限ループ。
    「是非、私にも出来たてを賞味させて下さいませ」
     たおやかに願い出る藤乃にも勿論一本、陵華に柄雪も続いて貰う。
    「ちくわは歯ごたえもうまいよな」
    「ああ、……心を鬼にしたけど、俺もちくわ大好きだし」
     どっしりとしていながらぷりぷりの歯ごたえの鯛ちくわ。戦い終えた灼滅者達は、ふっくらと味を閉じ込めたそれに身も心も満たされていく。同時に、魅了もされる。
    「この竹輪が人々を魅了する限り第二第三のちくわ怪人が……。ですが私たちがいるかぎりチワワ怪人……あれチクワでしたっけ?」
     こてっと首を傾げるイオノに、
    「世界はともかく、わたしのお腹は征服されました! 美味しいなのですよー!」
     日輪がオーッと声を上げる。と、お爺さんと男衆三人組はぴくっと反応した。
    「チクワ……鯛ちくわが世界を……世界を……」
    「チク――ワ!」
    「「お、お爺さん、皆さ――ん!!」」
    「はっ!」
     嗚呼うまし鯛ちくわ。
     怪人の余波をちょっぴり残しながら、瀬戸内海の海は静かに波を繰り返していた。

    作者:斗間十々 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年3月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 8
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